本当にすみません!
サンダース大学付属高校学園艦は、日付が変わりサンダースフェスタ初日の未明に、母港・長崎港に入港した。
サンダースフェスタを開催している間はここに停泊する予定なのも、やはり学校を上げての一大イベントなので、学校側が多くの来場者を迎えたいと思っているからだ。事実、過去に行われたサンダースフェスタの来場者数は、一学校の文化祭とは思えないほどの数値を叩きだしている。港近辺で店を開いている地元民たちも、この期間は売り上げが上がるようでありがたく思っていた。
それほどの来場者が訪れるのは、サンダースという学校自体が戦車道四強校の一角であると同時に、国内でも有数の資金力を持っていて知名度が高いからだ。そしてこのサンダースフェスタの規模が普通の学校と比べても大きくて、学生主体とは思えないほどのクオリティを誇る。名実ともに他の学校とはレベルが違うから、こうして毎年かなりの規模と来場者数になるのだ。
だが、サンダースは外部からの訪問者に対するセキュリティの面も他より秀でている。何しろ、来場者用のゲートには空港の手荷物検査場のような金属探知機とスキャナーが設けられていて、これは他の学園艦にはない設備である。故に、安全性は他よりも高かった。
それでも、外部からの来場者に対する受け入れを始めるのは朝、陽が昇ってからだ。まだ学園艦で暮らす住民たちは眠りに就いているし、セキュリティを担当する船舶科の生徒も同様だからである。そして騒音についての問題もあるため、時間は日の出の後と決まっていた。
だが、来場者用ゲートが開く前の時間から、既に長崎港の駐車場にはサンダースフェスタ目当てと思しき来場者の車が駐車してあった。今の時間から待っているとは、よほどサンダースフェスタを心待ちにしていたことが窺える。
やがて陽が昇り、サンダースフェスタが始まる1時間前に来場者用ゲートが開き、受け入れが始まった。物資の搬入用の車輌は専用の搬入口から乗船し、他の一般来場者は来場者ゲートから乗船する。一般来場者のセキュリティチェックは1人当たり2~30秒ほどで終わるので本来なら来場者で渋滞するということはないのだが、なまじサンダースの一大イベントということでゲートを通過する人の数は普段の比ではなく、若干混雑していた。
このサンダースフェスタを訪れる客層の割合は、学生の比率が若干多めで他は同率と言ったところだ。学生が多めなのは、懐かしい母校を訪れようと思っているOBやOGと、サンダースへの進学を考えている中学生も多いからだ。
こうして、サンダースの一大イベント『サンダースフェスタ』の初日が始まった。
晴れ渡る秋空に号砲が打ち上げられ、サンダースフェスタが予定通り開催されることが知らされる。
そして、サンダースフェスタが始まる時刻・午前9時が、英とケイが待ち合わせをする時間だった。待ち合わせ場所は、2人が一緒に帰る時に別れる十字路。この待ち合わせ場所を提案したのは英で、サンダースフェスタの入り口にあたる校門の前は人が多くて待ち合わせに向かないと思ったからだ。
その待ち合わせ時刻丁度に、英とケイは待ち合わせ場所で落ち合った。お互い着ているのは制服で、これは学生は特別な事由がない限りは全員制服でいるようにという学校からのお達しからである。
それにしても、ほぼ同時に待ち合わせ場所に着くとは、何たる偶然。
「グッモーニン、影輔!」
「おはよう、時間ぴったりだな」
先にケイの方から挨拶をしてきて、英も片手を挙げて挨拶をする。
そこでケイが、英の異変に気付いた。
「・・・その手、どうしたの?」
ケイが指差す英の両手には、湿布が何枚も貼られていて、痛々しく感じる。
「ああ、これ?ピアノの練習しすぎて、ちょっと痛めた」
「え、大丈夫なの・・・?」
すぐさまケイが駆け寄り、英の手を取る。英はそれだけで心臓が高鳴るが、そんな英のことなどそっちのけで、ケイは英の顔を見てくる。
「痛くないの?大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫。痛んだ時はいつもこうしてるし、今はそんなに痛くない」
英はケイを安心させるために出まかせを言ったのではなくて、本当に痛んだ時はこうしているのであって、今もそこまで手は痛くないのだ。
だがいつまでもケイに手を握られていると、緊張と嬉しさで胸が張り裂けそうになってしまうので、その手を優しく振りほどく。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから」
「そう?でも痛くなったら言うのよ?」
心の底から心配してくれているのであろうケイの言葉に、英の顔がほころぶ。どこか母性を感じるようなその喋り方、戦車隊の隊長だから身に着いたものなのか、それとも天性のものかは分からない。考えても答えが出るはずがないし聞くのも変なので、考えることは止めた。
そして2人は、並んで学校へと向かう。一緒に学校から帰ることはあっても、学校へ行くことはなかったのでなんだか新鮮だ。
「どこか、回りたいところとかあるか?」
英がパンフレットを取り出しながらケイに問う。サンダースフェスタの規模が大きいせいで、パンフレットが中綴じでもページ数がかなり多い。そして一時のイベント用に作ったものとは思えないぐらい凝っている。
ケイも同じようにそのパンフレットを取り出したが、既に回ろうと思っている出し物には目星をつけていたらしく、隅が折られたページがいくつかあった。
「私、これを観たいと思ってるんだけど・・・」
「どれ?」
そう言ってケイが開いて見せたページには、縮小されたポスターがプリントされていた。より正確には、何輌かの戦車と妙な触手が無数に生えた白い巨大生命物体(?)が対峙しているポスターだ。だが、見る限りアニメーションではなく実写らしい。
さらによく見てみればその出し物をするのは、毎年プロ顔負けのCGと撮影技術、メイクを駆使して観る人たちの度肝を抜く映画を作る映画研究部の作品だった。
その作品の名前は『巨大アライッペ対大洗戦車隊』。撮影地は今年の全国大会で奇跡とも伝説とも言えるような快進撃を見せた、あの大洗女子学園の本籍地。しかも撮影協力にはその舞台となる大洗町と自衛隊(!?)、豪華が過ぎて煮崩れを起こしかねないほどボリューミーなキャストだ。それでいて上映時間は1時間。果たしてどんな内容なのか、興味深い。
「じゃ、それを観ようか」
「ありがと。それまではどうする?」
英が了解して、今度はそれまでの時間を潰す予定を決めることになる。その映画の上映時間は11時からで、場所は西側の第3体育館。今は9時過ぎなので2時間近くの間が空いている。
「まあ、それは適当に見て回るか」
「そうね、そうしましょう」
そして、サンダースの校門が見えてきた。校門にもアーチが飾られていて、来場者の目を楽しませるように明るい色合いだった。そして予想できてはいたが、開場直後だから人の数はとても多い。ただ歩いているだけだとはぐれかねないぐらいだ。
だから英は、自然とケイの手を取っていた。湿布だらけで痛々しいが、それでもこうするべきだと思ったのだ。
「・・・・・・あ」
「・・・はぐれないようにな」
英の頭では『ケイとはぐれないためだ』と分かっていても、心の中では『手を繋いでいる』ということに意識が取られている。こんな気持ちを知られたら自分の評価など地に落ちてしまうだろう。
一方でケイは、『・・・・・・そうね』と言いながらその手を強く握り返す。その強く握る理由は、英の言う通りはぐれないためなのか、それとも別の理由があるのか。ケイが少し顔を背けているせいで、その真意は分からない。
ただこの時英は、少し前にこうして2人で文化祭を回ることが、まるでデートのようだとケイから告げられたのを思い出す。だが今は、あくまで友達と一緒に回るだけなのだと自分に言い聞かせながら、顔に熱が集まるのをどうにかして防ごうとした。
サンダースの校門付近は、たった一つの入り口だったために来場者でごった返していたが、校舎の中をある程度進んでいくと人もそこまで多くなくなる。開場からそれほど時間が経っていないのもあるし、サンダースの校舎自体が広いのもある。
とりあえず、そこまで混まなくなった辺りで、英はケイの手を離す。はぐれないための配慮とはいえいつまでも野郎に手を握られるのは流石に嫌だろうし、心配しすぎかもしれないが湿布の匂いが移るかもしれなかったからだ。
ところが、手を離したところでケイが『あ・・・・・・』と名残惜しそうな声をポツリと洩らしてきた。
その声を、趣味のピアノで鍛えた英の耳は聞き逃せず、戸惑ってしまう。そんな声を聞いてしまうと、まるでケイが英と手を繋ぐことを望んでいたのではないかと錯覚し、勘違いしかねないからだ。そうなってしまうと、この恋が破れた後のことが怖くなる。
その場の雰囲気に耐え切れなくなったのと、その勘違いから目を逸らすために、英は近くのクラスで出店しているソフトドリンク喫茶へと入店する。そのクラスの出店している人たちは、ケイが入店したのに気付くとにわかに色めき立つが、それで店の商売を忘れるということはなくすぐに大人しくなる。
英はケイに席で待つように有無を言わさず伝え、先んじてコーラを2人分注文する。ケイが何か言いたげにしていたが、英は気付かないふりをしてコーラを啜る。
さて、こうして腰を下ろしてコーラの味を楽しんでいるのは、先ほどの気まずい雰囲気に耐えられなくなったから、という理由だけではない。ケイが観たいという映画研究部の映画の上映時刻まではまだだいぶ余裕があるため、それまでの予定を考えたくて少し座れる場所を探していたからだ。
「適当に回るって言ったけど、どうする?」
「え?そうね・・・・・・うーん」
コーラを飲んで気持ちが落ち着き普段通りのペースを取り戻したのか、ケイの纏う雰囲気が普段のような明るいものに変わる。人の纏う空気や雰囲気とは、決して目に見えるものではないが、英はケイと1月近く接して来てそれがなんとなくだが分かるようになってきた。
「影輔のクラスって、何をやってるの?」
「俺のクラス?俺んとこは・・・フレンチフライとかホットドッグとかの軽食喫茶だけど・・・」
ケイに聞かれたから答えたところで、英は気付いた。ケイがニコニコ笑いながら訊ねてきた理由に。
「まさか・・・行く気か?」
「オフコース!ダメかしら?」
「ダメ」
英は即答する。ケイは『え~?』と唇を尖らせて納得いかないと顔全体で表現する。英もただ断るだけでは自分の印象が悪くなるだけだと思ったので、その理由は伝えておくことにした。
「俺は山河の手伝いでピアノの演奏があるからクラスの出し物には参加しなくていいって言われてる。けどその演奏は3日目だから初日、2日目はフリーってことになる。そんな奴が自分のクラスに行って注文なんてしたら嫌味に思われるだろ?だから行きたくないんだ」
「そっか・・・・・・それなら仕方ないわね」
ケイが一応は納得してくれたようなので、英は胸をなでおろす。
英が自分のクラスに行くのを嫌がった理由は、先に述べたのもそうだし、何より自分とケイが一緒にいるところを見られたくなかったからだ。もし見られようものなら、あらぬ誤解やよからぬ噂を招くのは避けられないし、変に煽られるのも嫌だった。そしてその後、英がケイに告白してフラれてしまったら、この時のことを黒歴史と揶揄されるかもしれないので、それは絶対に避けたかったのもある。
しかしながら、ここで話題を終えてしまうとケイの中での『行きたい場所に行く』という気持ちが不完全燃焼で終わるので、話の流れついでにケイのクラスの出し物を聞くことにした。
「ケイのクラスは、何の出し物を?」
「私たちはねぇ、執事とメイド喫茶よ」
「・・・・・・・・・・・・」
聞いた口で申し訳ないが、とてつもなく反応に困る答えが返ってきて、英は無言でコーラを啜るしかない。『へぇ~』程度の相槌すらも打てない。
「・・・・・・一体、何でそれをやろうと?」
「『なんか楽しそう!』って理由で決まったわ。特にみんな反対もしていなかったし。私も面白そうだって思ったから、反対はしなかったわ」
絞りだした英の言葉に、ケイはあっけらかんと答える。アバウトな理由でそれを選んだケイのクラスメイトにも、それを否定するどころか肯定するケイにも、妙な尊敬の念を英は抱く。その出し物は結構敷居が高いと思ったし、楽しそうという理由でその敷居を躊躇なくまたぐのも、見上げたものだと思う。
「何なら行ってみる?」
「いや、いい」
英は首を横に振る。というのも、英は“その手”の店に入ることに抵抗があるのだ。普通にお茶やお菓子を嗜むぐらいならチェーン系列の一般的なカフェで十分だと思っているし、ぶっちゃけて言えば興味がない。
「影輔はメイドとか嫌いなの?」
「嫌いというか、そこまで興味がない」
「へぇ~・・・クラスの女子が『男はメイドが好きだから、男性客はゲットよ!』って言ってたんだけどねぇ」
「それは『日本人は全員忍者の末裔』ってのと同じぐらいの偏見だ」
その女子の大いなる偏見をどうにかしたいと思ったし、それに乗せられるクラスメイトもどうかと思う。というか、なぜ自分はこんな時、こんな場所で自分の趣味を暴露しなければならないのだろう、と悲しくなり、英はコーラをまた啜って頭を冷やす。
なぜこんな話になったのだろうと、話の流れを思い出して、映画までの時間をどう潰すかを決めるんだったと気付いた。
「他にどこか、行きたい場所はないか?」
「影輔の行きたいところはあったりする?」
「俺は・・・・・・ケイの行きたいところに合わせる」
女性と2人で出歩くという経験がない英でも、これはいつまで経っても行きたい場所が決まらないパターンだと憶測で分かった。
悩んだ末、その映画が上映される西側第3体育館から離れすぎない程度の場所を見て回り、気になったブースに入っていこうということになった。
方針が決まったことで、2人はコーラを飲み終えると店を出て、西側体育館の方へと向かう。脇目も振らず、ではなくてむしろ周りを見回しながらゆっくりと向かう。
途中、休憩中と思しき英のクラスメイトや知り合いを見かけたが、英には気づいていない様子だった。それは変な噂が流れるのを恐れる英としてはありがたいことだ。
しかし、英の知人含めサンダースの生徒とすれ違っても、英とケイのことを気にする人はあまりいなかった。年頃の男女2人が並んで歩いているのを見れば、『もしや』と頭をかすめる程度でも考えるかもしれないが、今英の隣を歩いているのは、あのケイだ。ケイがフレンドリーな性格で交友関係が広いということは、ケイを知るサンダースの生徒であればほとんどが知っていることである。だから、今そのケイの横を歩く英も、ケイの友達程度の認識なのだろう。
だがそれも英からすれば、変に囃し立てられたり茶化されたりするのは望むところではないので、助かることである。
「あっ、ここなんてどうかしら?」
そうして歩いていると、ケイがある1つの教室を指差す。パンフレットによればそこは、手芸部が開催するショップ兼展示会だった。英も、悪くないんじゃないかと思う。
「ああ、入ってみるか」
2人の意見が一致し、教室の中へ入る。先ほど入ったソフトドリンク喫茶とは違い、こちらは中も静かで、どの商品を買うか悩んでいる人も、展示されている品々を見ている人も静かに見学している。
教室の前側―――黒板と教壇がある方―――が物品売り場になっており、後側―――ロッカーがある方―――は手芸部の作品を展示するコーナーとなっていた。
英とケイは、まずは手芸部の作品を見ることにする。展示品は、特殊な模様の編み込まれた海外の民族衣装を再現したものや、緻密な花の刺繍、大きな布の上に小さな布をいくつも縫い合わせたアップリケなどの裁縫ものだ。中でも、様々な色の布を縫い合わせたパッチワークキルトは、カーペットほどのサイズを誇っていた。その大きさと完成度の高さに、スマホカメラのシャッターを切る人も結構いたし、英とケイも同じようにそのキルトを撮った(撮影OKと書かれたプレートあった)。
「すごいわね・・・・・・」
そのキルトを見上げ、さらにその横に置かれていた赤いバラの花の刺繍を見て、ケイが率直な感想を述べる。それは英も同感で、この緻密な柄の刺繍が人の手でできたものと思うと、とても趣深い。
「私にはできそうにないかな・・・・・・」
「・・・ああ、それは確かに・・・」
ケイには、裁縫が得意というイメージが無くて、つい英は頷いてしまった。そしてそれは、ケイの機嫌を損ねる結果になってしまう。
「ふーん?それはつまり、私はそんな細かい作業ができないと」
「あっ、いや、そうじゃなくて・・・・・・」
ふてくされたような表情をケイがして、英はビクッと震える。
確かにケイには裁縫が得意というイメージが湧かないが、細かい作業全般ができないとは思っていない。それをただ伝えればいいだけなのだが、ケイを怒らせてしまったということに英は動揺し、焦り、言い知れぬ恐怖が心の中で渦巻いて、舌が上手く回らない。
だが、その狼狽えている英の心の中が見えたのか、ケイがふっと柔らかい表情へと変わった。
「冗談よ、冗談。困らせてごめんね」
「いや・・・俺も悪かった。ただ、ケイって裁縫とか好きなイメージがあんまりなくて」
「まあ、確かにそうね。あんまり得意じゃないかも」
緊迫した空気が払拭されて英はホッとする。相手を怒らせた時の彼我の間にある妙な緊迫感とは耐え難いものだし、それが自分のせいだとなると余計気が重くなる。
しかし英もここまで焦って恐れたのは、相手がケイだったからこそだろう。自分が好きな人に嫌われるということは、その想いを告げる前においては最も避けるべきことだった。そうなってしまうと、自分の想いが届く可能性が限りなくゼロに近づいてしまうからだ。未だケイの好きな人が誰なのかは謎だが、せめて自分が告白するまではケイにとってのいい人だと思われたいから、余計にそれを恐れていた。
だから、たった今ケイが冗談だと言った時は心底安心したし、もう二度と誤解を招くようなことは言うまいと心に誓う。
それから少しの間は、また手芸部の趣向が凝らしてある展示品を見て回る。こうした裁縫ものは自分で作りたいとはなかなか思えないが、部屋に置いておくと少しだけ雰囲気が和やかになるような感じがするものだ。
展示品を一通り見終えると、2人は物販コーナーへと移る。こちらには、展示されていたような裁縫系とは違い、身に着けるアクセサリーの類のものが売られていた。たがねを使って金属に模様が刻まれた彫金の指輪や、銀粘土のネックレスやイヤリングなど、こちらも中々凝った出来のものが多い。
「流石・・・こういうのはお手の物か」
「ホントねぇ・・・プロが作ったみたい」
陳列されている商品を見ながら、2人は同じような感想を抱く。
英が今回協力するクイズ研究部も、この手芸部もそうだが、サンダースの部活動は結構本格的なものが多いのだ。部活動の部費も結構多めなので、本格的な設備(道具やトレーニング器具)等を揃えられる。そして十分な設備が与えられているからこそ、生徒たちが十分なポテンシャルを発揮することができ、そしてこの手芸部のように手の込んだ作品を作ることができるわけだ。
「ケイは、こういうアクセサリーとか着けたりは?」
「そうねぇ・・・。興味はあるけど、買おうと思っても買わないことが多いかな」
その気持ちは、英にもなんとなくだが分かる。英にとってはアクセサリーではないが、欲しいものがあってもそこまで重要度が高くなければ『また今度でいいや』と後回しにする。その結果ずっと買わないということがあるのだ。
「せっかくだし、ここで気に入ったのがあれば、買ったらどうだ?」
「うーん・・・・・・そうしようかなぁ」
英が促すと、ケイが本格的にどのアクセサリーを買うかを見始めた。こういうところでは男の英が何がケイに似合うかを選んでそれを買ってあげた方が良いのだろうが、英は自分のファッションセンスに自信がないので、迂闊なことはしないでおくことにした。
なので、自分も適当に商品を見ながら、ケイのお目当ての映画の時間に遅れないように時計をチェックしておく。
「ね、影輔」
「んー?」
少しして、ケイが声をかけてきた。何か欲しいものでもあったのだろうかと思いながら振り返ると、ケイはアクセサリーが収められた2つの箱を持っていた。
片方にはイヤリング、もう片方にはネックレスが入っている。イヤリングには稲妻の意匠が施され、ネックレスのロケットの部分には同じ稲妻の模様が刻まれていた。その稲妻は、サンダースの校章にも描かれている黄色い稲妻と同じものだ。
「このイヤリングとネックレス、どっちがいいと思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
英はこの質問は、答える側のファッションセンスが問われるものだと聞いたことが前にあった。つまり今、英のファッションセンスが鍵になっているということだ。だが、英は自分のセンスには自信がないため、これは難問だ。
また、英の選んだアクセサリーを身に着けるのは、他でもないケイだろう。だとすれば、ケイのイメージに合うものでなければならないと、さらに知恵を絞って考える。
そんな英の出した答えは。
「・・・ネックレスだな」
「なんで?」
「イヤリングは、人によっては邪魔と思うかもしれないし、ネックレスはそうはなりそうにないかと思って。それに、外すときも手間がかかりそうだから」
あと、耳に穴開けるのも痛そうだし、と英が付け加えると、ケイはニッと笑った。そして、『そっかそっか』と納得したように頷きながらイヤリングを元あった場所に戻し、同じネックレスをもう1つ手に取った。
手に取ったということはその2つを買うつもりなのだろうが、なぜ2つも買うのだろうと英は僅かな時間考える。しかしその答えを英はすぐに察した。
ケイには、好きな人がいる。だから今ネックレスを2つ買ったのは、その好きな人に贈るためのものなのだろう。
今日に限ってケイは英と一緒にサンダースフェスタを回っているが、そのケイの本当に好きな人は今日何らかの事情があって一緒に回ることができないのだ。そして前にケイが言っていた3日目の“用事”が、その本来好きな人と回ることなのかもしれない。
そう思うと、嬉しそうにアクセサリーの会計をするケイを見ていると、胸がズキッと痛む。
だが、それで嫉妬の念に駆られるのは違うと、英は分かっている。
だから今の英にできることは、目下最大の試練であるクイズ研究部の『サンダースQA』の特別コーナーで使う自分のピアノを成功させること。そしてその上でケイに告白することだ。可能性は低いが英の気持ちが伝わればそれでいいし、玉砕したらケイとその相手の幸せを願い、自分は涙を静かに流す。それ以上英にできることはない。
「お待たせ♪」
会計を済ませたケイが、実にいい買い物ができたとばかりに嬉しそうな声を英にかける。それで英も思考を切り離してケイの方を向くと、晴れやかな笑みを浮かべているのが分かる。
「誰かにプレゼントするのか?」
確認の意図も籠めて英が聞いてみると、ケイは普段の明るい笑みとは違う恥ずかしさと照れが合わさったような笑みを浮かべる。
言うなればそれは、恋する乙女のような顔だった。
「・・・そうね、私の大切な人にね」
その大切な人こそが、ケイの好きな人なのだろう。英はそれが分かったから、もうこれ以上訊きはせずに『そうか』とだけ言う。ケイも、それ以上は何も言ってこなかった。
だが、ケイが『大切な人』と言った時、英の方を見ていたのに英自身は気付いていなかった。
ケイが買い物を終えた段階で英が時計を見ると、映画の時間が間近に迫っていた。どうやら展示品を見ていたのと商品を選んでいたのが、思いのほか長かったらしい。2人は急ぎ足で西側第3体育館へと向かう。
そこへたどり着いた時にはまだ席には若干の空きがあったが、やはり映画研究部の映画のクオリティが高いことは評判のようで、席は満席に近い。そのクオリティに加えて、今年の映画の題材が、戦車道全国大会で伝説を打ち立てた大洗女子学園の戦車隊で、さらに撮影協力の大洗町と自衛隊(どんな形で協力したのかは分からないが)が話題を呼んでいるのだろう。
先ほどのコーラのお礼ということで、ケイが英の分の鑑賞料も払って、隣同士の席に座り映画を楽しむ。
肝心の映画の内容だが、地球外生命体のアライッペ(ポスターに描かれていた白い触手がうねる巨大生物)が大洗町に上陸し、大洗女子学園戦車隊と自衛隊の戦車部隊が戦って、最後はアライッペを退けるというものだった。巨大生物が出現するのと、ミリタリーを持ち出してドンパチ撃ち合うのは、アメリカのアクション映画に似通ったところがあると、英は見ている最中に思った。
ストーリーはともかくとして、戦車の戦いについては男の英も面白いと思ったし、まさか自衛隊が最新鋭の一〇式戦車(後でケイから教えてもらった)を持ち出して普通に出演し戦っていたのは度肝を抜かれた。この自衛隊の戦車のことを知っていたらしき観客たちは『おおー』と小さく声を出していたのを覚えているし、隣に座っていたケイが戦車乗りの血が騒いだのか目が輝いていたのにも英は気付いていた。
おまけに実際に撮影した場所が大洗町で、ミニチュア模型などは全くと言っていいほど使っていなかったのは素直にすごいと思った。
それにしても、例え資金が潤沢にあると言っても、所詮は一介の高校、しかもその中の部活動の映画撮影にまで登場する自衛隊と、撮影地として場所を提供した大洗町はもしかして暇なのだろうか、とほんのちょっと思わなくも無かったが。
「とってもエキサイティングだったわね!」
「まあ、な」
映画が終わって体育館から出たところで、ケイが裏表のない笑みを浮かべながら感想を告げる。英も同感だったので、頷いてケイの言葉に同調する。
英がそこで時計を見ると、時刻は正午を回っており、丁度いい感じに空腹感が湧き上がってきた。
「そろそろ、昼ごはんにするか」
「Oh,それなら!」
いい時間になったのでケイに聞いてみると、彼女は指をパチンと鳴らして、まさに閃いたとばかりに表情を明るくする。
「どこかいいところでも?」
「ええ。付いてきて!」
英の聞いた通り、おすすめの場所があるらしい。そこへ向かうらしく、ケイが先導して歩き出し、英も後に続く。どんな料理のブースか聞こうと考えたが、アメリカンな雰囲気のサンダースと来れば、肉か、ファストフードか、正反対の和食になるだろうと思ったので聞きはしなかった。ちなみに普段英たちが使う学食は、サンダースフェスタの期間中はフリースペースになっていてそこで料理を注文して食べることはできない。
その目当てのブースへ行くまでの道のりは、結構人が多かった。昼時となったことで、そろそろ昼食にしようと考える人が大勢いて、うっかりすると人の多さでケイを見失ってしまいそうだ。
そう考えながらケイの姿を見失わないようにしなければ、と思った矢先、英の手が誰かに握られた。
その手を握る誰かとは、前を行くケイだった。ケイは、英の方を振り返って小さく笑う。
「はぐれないようにね」
先ほどの英と同じセリフを言われて、英も抵抗せずに頷き大人しく手を引かれる。
そんな英は今、先ほど手を繋いだ時よりもドキドキしている。さっきも手を繋いでいたというのに、繋がれている今はそれ以上に胸が高鳴っていた。手を繋ぐのと繋がれるのは、どうしてこうも違うのだろう。
もしかしたら、さっき英に手を握られていたケイも同じ気持ちだったのだろうか、と詮無い想像をしながら、ケイに手を引かれてその場所へと向かう。
そうして到着したのは、中庭だった。煉瓦で舗装された道と手入れされた芝生が綺麗な中庭だが、ここも人で賑わっている。
「オーマイガー・・・ちょっと出遅れたかしら・・・」
人だかりを見ながら、ケイは残念そうに声を上げる。ケイが立ち止まり手を離したので、英はその隣に立つ。そして、ケイはそのまま何かの列に並んだ。その最中、ここには何があったっけと英がパンフレットを取り出して該当するページを開くと。
「アンツィオ高校の出張屋台?」
「そ。アンツィオの戦車隊長・アンチョビが、P40って戦車の修理資金を寄付で募ってるんだけど、中々集まらないらしくてね?」
「ほう」
「それで私が、『ウチに来たら少しぐらいは足しになるかもしれないよ?』って言ったら、『ぜひ行かせてくれ!』って」
「ああ、それで」
「だからこのサンダースフェスタで、ああして今屋台を開いてその売り上げを修理費に回すらしいわよ?」
「なるほどね・・・」
つまり今並んでいる列は、そのアンツィオの出張屋台のものだろう。この列の正体が分かって英も腑に落ちて、ケイの口から齎される事情に耳を傾ける。
先ほど言っていたP40という戦車は、今年の全国大会の2回戦・・・大洗女子学園戦で投入した、アンツィオの隠し玉にして切り札でもある重戦車だ。しかし、惜しくも敗れてしまい、その時の大洗から受けた損傷が予想以上に深刻なもの、そして修理資金が足りないことで修繕が進んでいないという。アンツィオ高校のホームページや戦車道ニュースの公式サイトで寄付を募っているが、それもあまり進展がないらしかった。
それで嘆いているアンチョビに手を差し伸べたのは、他でもないケイだった。ケイは個人的に寄付をしたが、それだけではなくてアンツィオの力になろうとして、こうして寄付金を募る場所を提供したのだという。
「それはやっぱり、アンツィオを助けたくて?」
「ええ、もちろん。アンツィオは資金があまりないのは知ってたから、少しでも力になってあげたくて」
流石に、サンダース大学付属高校から直接資金援助をアンツィオ高校にすることは到底無理だが、力になりたいと思っていたから、ケイはアンツィオに資金の足しになるような“場所”を提供したというわけだ。
その修理資金が欲しいという話はアンツィオ高校全体の話ではなくて、アンツィオ戦車隊の話だったから、同じ戦車隊を率いる身であるケイの話も通りやすかったのだろう。
やがて順番が順調に進んでいき、売り子なのだろう3人の女子の客引きの声が聞こえてくる。『美味しいナポリタンだよー!』とか『温かいラザニアですよー!』と、端的な言葉ではあるが、どうしてだかそれが逆に安心感を覚える。
ようやく英とケイの順番になると、フードワゴンが目に入り、さらにアンツィオの制服らしき白いシャツと黒に近い紺のプリーツスカート、その上に黒いマント、そして黒のリボンとドリルツインテールという一際目を引く容姿の女子がいた。
「Hey,チョビ!」
「チョビって言うな!アンチョビだ!」
その人の正体を知っているらしいケイが声をかけたら、いきなり反発してきた。だが、アンチョビという名前(?)を聞いて、英もこの人が件の戦車隊隊長のアンチョビか、と気付く。以前音楽室で『フニクリ・フニクラ』を弾いた後でのケイの話にも出てきたが、それがこの奇抜な出で立ちの人だったとは。
「今回は店を開かせてくれてありがとう、助かった!」
「それは何より。で、店の方はどう?」
「順調順調!もう目標の半分ぐらいは突破できたかな?」
「すごいじゃない!やっぱり、アンツィオのイタリアンは美味しいって評判高いしね」
ケイとアンチョビの話が盛り上がる横で、英は『先に買ってる』とケイに伝えて商品を注文することにした。英たちの後ろにはまだ結構人が並んでいるので、立ち話をしていると後がつかえてしまうからだ。ケイとアンチョビもそれに気づいて、少し場所を移動して話を続ける。
「何の屋台?例の鉄板ナポリタン?」
「ああ、それとラザニア。夏休みの屋台総選挙で2位になった奴も誘って、ツートップの自慢料理を提供してる」
「へぇ~、美味しそうね!」
「他にも色々パスタやピッツァなんかも用意してるけど、売れてるのはその2つだな。是非食べていってくれ!」
そんな話声が聞こえてきたので、フードワゴンに掛けられたメニューを見ると、確かにその鉄板ナポリタンとラザニアの欄が一番大きく書かれていた。他にもアンチョビの言う通りパスタやピッツァなどもあったが、やはりこの2つのことを聞いたのでそれにしようと思い、ケイの分も含めて買うことにした。
「すみません、鉄板ナポリタンとラザニアを1つずつ」
「はぁい、550円です。オーダー、ラザニアと鉄板ナポリタン1つずつよ」
「ういっす!」
「了解」
エプロンを着けた金髪の澄んだ声をする金髪の女子に注文し、中で調理している2人に向けてオーダーを告げる。それに応えるのは、すぐそばで調理をしていたコックコートを着る黒い髪のおさげの少女と、奥で調理をする同じくコックコートを着た男子。3人とも、英と同じ高校生だが、こうして繁盛しているあたり彼ら彼女らの料理の腕は確かなのだろう。素直にそれはすごいと思う。
少し列からずれて料理が出されるのを待つが、ほどなくして『おまちどーさん!』と黒い髪のおさげの声と共に料理が渡し口に出された。英はそのラザニアと鉄板ナポリタンを手に取る。ラザニアはプラスチック製の皿に載せられていたが、鉄板ナポリタンはその名の通り鉄板の上に載っていて、その下に敷かれた木のプレートも熱くなっている。ラザニアも少し熱いが、鉄板ナポリタンはそれ以上に熱い。これは長時間持つことはできなさそうなので、早いところケイと合流することにした。
ケイの姿を探すと、彼女はアンチョビと共にフードワゴンの裏側で話をしていた。2人は『総合演習が~』とか『燃料が溜まったら練習試合も~』と戦車道の話をしている。話を遮るような真似はしたくないのだが、このままだと熱々の鉄板ナポリタンを持つ英の右手がもたないので、やむを得ず話しかけた。
「お待たせ、ケイ」
「あっ、ごめんなさい。話し込んじゃって」
「いやいや、戦車道の話も大切だし」
話しかけると、ケイが鉄板ナポリタンを持っている英の湿布が貼られた右手が震えているのに気付き、鉄板ナポリタンを持ってくれた。それに英はお礼を告げる。
と、そこでアンチョビが、2人が親しそうにしているのに興味を抱いた。
「ケイ、その人は?」
「私と同じ3年生の影輔。たまたま知り合ったんだけど、今は仲良しよ」
「どうも、英影輔と言います」
ケイに名前を言われたら自己紹介しなければと思い、英は名乗る。アンチョビも、うんと頷いて笑った。ケイの明るい溌剌とした笑みとは違って、アンチョビの笑みはどこか勝気で得意げな感じがする。
そんなアンチョビは手を差し出してきた。
「よろしく。アンツィオの
「よろしくお願いします」
絶対本名じゃないよな、と思いながら英も右手を差し出して握手をする。
だが、握手をしたところでアンチョビが、英の右手の湿布に気付きグイッと引っ張る。そして両手で労わるように優しく持つ。そして、キッと英の顔を見る。悪意や敵意は感じられないので、恐らく元々の目つきのせいだろう。
「お前、これどうしたんだ?」
「ああ、大したことはありませんよ。ピアノで痛めただけですし、今は痛くありません」
「そうか。けど無理はするなよ?お前がこんなことになって、悲しむ人だっているはずなんだからな?」
「ご忠告ありがとうございます」
初対面の男のケガを心配するのは、アンチョビが心配性だからなのか、それともアンツィオの生徒が人懐っこい性格をしているからなのかは、英には分からない。その答えは前者なのだが。
「影輔、そろそろ行きましょ?」
そこで、ケイが話しかけてきた。だが、そのケイの声が若干棘が含まれているように感じたのは、英の気のせいなのだろうか?
「・・・ああ、そうだな」
「チョビ、邪魔しちゃってごめんね?」
「だからチョビって呼ぶな!」
先ほどと同じように訂正を求めるアンチョビの反応を見て、ケイは『あははっ』とその反応が面白おかしいようで笑った。
しかし実はこの時、ケイは少しばかりの嫉妬心を抱いていた。
なぜかと言うと、それはやはり英がアンチョビと親しげにしていたからだ。それも、英の湿布が貼られた右手をアンチョビが優しく握り、労わるように諭していたのを見て。アンチョビが世話焼きで面倒見がいいタイプなのはケイももちろん知っていたし、アンチョビに他意がないことだって分かっていたので、ケイも仕方がないと思っていた。
だが、そう思えていても、心の中にモヤッとした黒い気持ちがあったのは否定できない。
嫉妬なんて自分の柄じゃないはずなのに、と思った。けれど、前に英がクリスと昼食をともに楽しんでいたのを見て心が抉られたような気持ちになったことがあるので、自分はもしかしたら嫉妬深いのかもしれない、とケイは内心で苦笑した。
「・・・・・・それにしても、なんか変わったな。ケイ」
「え、何が?」
別れ際にアンチョビがそう告げたので、ケイが足を止めて振り返る。英も同様に、立ち止まってアンチョビの方を見る。
「いや、私も戦車隊を率いてる身だからなんとなくわかるんだが、さっき話してて前と比べて明るくなった気がしたんだ」
「私が?」
「ああ。確かに前は明るかったけど、何だか疲れとかが見えて・・・・・・でも今はそんな感じがしなくて・・・・・・上手く言葉にできない」
アンチョビの言わんとすることは、ケイにはなんとなくだが分かった。だからもっと具体的に言ってほしいとは言わず、ニコッと笑った。
「そうね。確かに自分でも、最近は少し変わったって思うわ」
「そうか?」
「ええ」
そしてケイは『Bye♪』と言いながら手を振り、英も軽く会釈をしてアンチョビに挨拶をし、その場を離れることにした。あまり時間が過ぎると、せっかくの料理が冷めてしまう。
2人は中庭を後にして、座って昼食を摂れる場所を探す。その末に見つけたのは、グラウンドの周りに敷かれた芝生の広場だ。昼時の今は多くの人が芝生に座って弁当を食べたり、出店で買った料理を食べたりしている。
英とケイは、空いているスペースを見つけてそこに並んで座る。広場の前方、グラウンドにはパブリックビューイング用の大型の特設モニターが設置されてはいるものの、何も映っていない状態だ。
「それじゃ、食べるか」
「そうね、冷めないうちに」
英とケイは、それぞれが持っている料理を食べることにした。元々誰がどっちを食べると決めていたわけではないので、異論はない。英はラザニア、ケイは鉄板ナポリタンだ。
「「いただきまーす」」
そう口にして、お互いにそれぞれの料理を一口ずつ食べると。
「美味っ」
「美味しい・・・!」
2人の感想は同じ。英の食べたラザニアも、ケイの食べた鉄板ナポリタンも美味しかった。アンツィオで開催されていたという屋台総選挙で1位2位に輝いたのも頷けるほどの出来である。
「ラザニアなんて初めて食べたけど、結構イケるな」
「鉄板ナポリタンもアンツィオ名物ってことだけ聞いてたけど、確かに美味しいわね~」
お互いに初めて食べる料理に舌鼓を打つ。この美味しさなのに2品セットで550円なのだから安いにもほどがある。
そうして食べ進めていき、2人の料理はそれぞれおよそ1口分ずつ残った。そこでケイは英のラザニアを、英はケイの鉄板ナポリタンをチラッと見る。そのケイの視線にいち早く気付いた英は、何を言わんとしているのかを先読みした。
「ケイ、これ食べてみる?」
「あら、いいのかしら?」
「ああ」
一口分程度の量だし、親しい人が物欲しそうにしていれば惜しげもなく譲るのが英の譲り方だ。相手が自分の好きな人であるケイであればなおさら。
「じゃ、お返しに私のもあげるわね」
「いいのか」
「私だけもらうのも申し訳ないもの」
お互い最後の一口をトレードすることが決まったので、英はフォークを持ち直そうとしたが、その前にケイが最後のナポリタンを自分のスプーンで巻き始める。先ほどの約束はフェイントか、と思ったが、その巻き取ったナポリタンを英に差し出してきた。
(えっ・・・・・・)
だが、それを見たまま口を閉じて硬直していてはならないので、口を開けてナポリタンを食す。口の中が程よく温かくなり、ケチャップと玉子の味が広がる。
「・・・・・・うん、美味い」
「でしょ?」
得意げに笑うケイだが、どうやら先ほどの行為が恥ずかしいものだとは気付いていないらしい。それか、あの程度の行動は同性間、異性間を問わず普段からやっているのかもしれない、というかそうなんだろう。
ではつまり、それを英がやっても問題はないというわけだ。
「じゃあほれ、口開けろ」
「え・・・・・・あ、うん」
最後のラザニア一口分を英のフォークで刺して同じようにケイに差し出すと、ケイは一瞬戸惑いを見せた。さっきは平気そうだったのに何で自分がされると恥ずかしがるんだと英は心の中でツッコみ、そして自分でも恥ずかしくなってくる。
だが撤退することはできずに、儘よとケイの口にラザニアを入れる。そしてケイは口を閉じ、咀嚼して飲み込むと大きく頷いた。
「そっちも美味しい!」
「・・・それはよかった」
そう言ってもらえると、作った身ではないが英も嬉しくなる。
空になった皿とフォークを脇に置き、程よい満腹感に満たされて英は小さく息を吐く。ケイも同様に、鉄板ナポリタンのプレートを脇に置く。
そこで英は、先ほど気になった言葉をケイに改めて問いかける。
「・・・・・・ケイ」
「?」
「さっき、アンチョビさんが『前は明るかったけど何だか疲れが見えた』って言ってたけど・・・・・・それって本当なのか?」
「・・・・・・・・・」
ケイは座りながら空を見上げる。
その質問にどう答えるべきかを考えているのが分かるが、空を見上げたところでそこに答えが示されているわけではない。
英の感じからして、少し心配しているのがケイには分かる。その英を安心させるために誤魔化すか、それとも多少の恥を忍んで本当のことを伝えるべきか、ケイは一瞬悩む。だが、ケイも英に言いたいことがあったので、そのために本当のことを伝えることにした。
「・・・確かにそうね。私も、アンチョビと同じように戦車隊のみんなを率いる身だから、気苦労とかもすることが多いわ」
「・・・・・・・・・」
「でも私が弱音を吐いたり、ぐでぐでだったら付いてくる皆にも失礼でしょ?だから、無理をしてでも明るく、元気に隊長として頑張ってきたわ。同じ隊長のアンチョビには、バレちゃったけど」
そう言いながら、ケイは英の方を見る。
「でも最近は、そこまで疲れることも無くなったわ」
「・・・どうして」
「それは・・・・・・影輔のピアノを聴き始めるようになってから」
自分のピアノのことを言われて、英も心臓が跳ねる。
「影輔の聴いていて楽しくて、明るい気持ちになれるピアノと出会ってから、戦車道で疲れても癒されるようになったから・・・・・・」
前にケイは、英のピアノを聴いていると楽しい気持ちになれると言ってくれた。だが、まさか戦車道で疲れたケイの心と体を癒すほどのものだったというのは、今初めて知ったことだ。
「でも、だからあなたのことが心配なのよ」
「え?」
急に自分の心配をされて、今度は戸惑う英。そしてケイは、湿布が貼られた英の右手に視線を落とす。
「手は大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だって、そんな痛くないし」
だが、本当に英がそう思って答えても、ケイは心配そうな顔をして英の表情から目をそらさず、そして自らの左手を英の右手に優しく重ねてきた。先ほどのように手を繋ぐのとは違って、ただ優しく、ふわりと重ねるだけなのに、それだけで英の鼓動は早くなる。
「さっき、アンチョビが『こんなことになって悲しむ人だっているはず』って言ったわよね?」
「ああ・・・・・・」
ケイがいつになく重々しく言葉を紡いできたので、昂っていた英の鼓動も落ち着きを取り戻して、ケイの言葉に耳を傾けろと理性が告げたような気がする。
その時のアンチョビの言葉はアドバイス程度にしか考えていなくて、肝に銘じておこうとまでは、真剣には考えていなかった。だが、今ケイから同じ言葉を真剣な表情で告げられて、その言葉の意図を改めて真剣に考えざるを得なくなる。
「影輔の手がこんなになってたのを今日初めて見た時、私すっごく心配したのよ?」
「それは・・・・・・悪かった」
そこまでケイが心配してくれていたとは思わなかったので、素直に平謝る。最初に大丈夫と言っただけでケイの心配は拭えたと思っていたが、英の思っていた以上にケイは心配している。それは嬉しくもあったが、それ以前に心配させて申し訳ないと思った。
「・・・もし、影輔が手を痛めて、もう2度とピアノが弾けなくなる、なんてことになったら・・・」
「・・・?」
「すごく・・・・・・悲しいわ」
前にケイは、英のピアノが好きだと言ってくれた。そして今、英のピアノを聴くと疲れが癒されるとも言ってくれた。それだけケイは、英のピアノを気に入ってくれているのだ。最初に英のピアノを聴いた時も、そう言ってくれたではないか。
『最高にクールね!気に入ったわ!』
だから、そのピアノを弾く英本人が手を痛め、最悪ピアノを2度と弾くことができなくなれば、ケイだって英のピアノを聴くことは永遠にできなくなる。それが悲しいと言うことだ。
「・・・心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ」
英は、右手に重ねられていたケイの左手に、自分の右手を絡ませる。
「今回はちょっと大変だったけど、無理はしない程度に頑張ってるから。あくまで趣味で弾いているだけで、ちゃんと休み休みやってる」
「・・・・・・それなら、いいんだけど」
ケイの声は安心したように聞こえるが、それでもまだ不安を完全に払拭することはできていないだろう。その証拠に、ケイの左手は英の右手を強く握っている。さながら、英のピアノが聴けなくなるなんてことが嫌だと言わんばかりに。
どうしたものか、と思っていると近くに設置されたスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。大人のものとは違う、若干の幼さを感じさせるその声は生徒のものだろう。
『只今より、第1体育館にて、サンダースOB・OGで結成された音楽グループ『
そのアナウンスの直後、英たちの座る芝生広場の前方、グラウンドに設置された特設モニターも点く。英たちの周りにいる人たちも、モニターの見える位置で待機していた。
「せっかくだし、観ていこうか」
「・・・そうね、そうしようかな」
お茶を濁したつもりはないが、せっかくモニターが見えるいい位置に座っているので、そのライブ映像を観ていくことにした。サンダースフェスタ初日の目玉である、その『夢幻観測』というグループがどんな曲を歌うのかも気になったからである。
曲が始まるまでの間にスマートフォンで、手早く『夢幻観測』のことをケイは調べ、検索結果の画面を英にも見せる。事前情報と先ほどのアナウンスの通り、『夢幻観測』はサンダースのOBとOGの2人が結成したバンドで、主に学生時代をイメージした曲を歌うらしい。ドラマの主題歌に選ばれたこともあるようで、その曲を見つけるとケイは覚えがあるらしく、『このグループだったのねぇ』と呟く。
やがてモニターの映像が切り替わり、第1体育館の様子が映される。ステージの上を除く全ての照明が消されており、そのステージの上には4人の若い男女が立っていて、ドラムやギターなどの楽器も置かれている。あの中でサンダースのOBとOGはそれぞれ1人ずつで、その2人がボーカルとベース、ギターを兼任しているらしい。
「ケイは聴いたことがあるんだっけ?」
「ええ。でもこのグループの曲は1曲しか知らないから、他の曲は知らないけど・・・」
その1曲というのが、先ほどのドラマの主題歌だろう。ケイはモニターを見たまま英の質問に答えたので、どうやら今から始まるライブの映像に意識を注ごうとしているらしい。英もこれ以上質問してケイの集中を乱すのは無しにしようと、同じくモニターに注目する。
『夢幻観測』のメンバー1人1人が挨拶を終えると、拍手の音がスピーカーから聞こえてくる。あの場に直接いる観客たちのものだろう。
やがて『夢幻観測』が演奏をする準備に入ると、自然と拍手も止んで『夢幻観測』が準備をする音以外の音が聞こえなくなる。英たちの周りからも自然の音以外が聞こえなくなって、もしかするとこのモニターが見える位置にいる人は最初からこれを目当てにしていたのかもしれなかった。
やがて、『夢幻観測』の演奏が始まる。
『夢幻観測』の曲は、先ほどケイが調べたように、学生時代の思い出をイメージした曲がほとんどで、今回のライブで演奏する全3曲もそんな感じの曲だ。
まず1曲目は、『進学したての頃に環境ががらりと変わって、不安になりながらも新しい仲間を作り、そして新しくできた仲間と共にこれまでとは違う新しい時間を過ごす』というコンセプトの曲だった。静かに盛り上がっていき、サビではガツンと盛り上がる力強い構成のこの曲は、進学したばかりの中高生が聴いて大きく共感できると評判だったらしい。英も、前に何かの音楽番組でこの曲を聴いたような記憶がどこかにあった。
続く2曲目は、聴き始めた時はラブソングかと思いきや、聴き終えるとまさかの失恋ソングだと気付く。『告白する勇気がなくて、好きな人を陰から見ているだけで満足していたけれど、その人は別の人と付き合い始めてしまい、自分の前から姿を消してしまった』と、何とも哀愁漂う曲。曲自体暗めな感じがして、ケイのお気に入りのラブソングとは、同じラブソングというジャンルが同じであれど方向性はまるで違う。
演奏後に、この曲を作るに至ったきっかけを女性ボーカル(サンダースOG)が話して、自分がサンダースで失恋した経験をもとに歌詞を書いたと笑いながら話し、観客からも少しだけ笑いが起こる。
だが、英としてはひとかけらも笑える要素が無かった。何しろ、自分の苦い経験を歌にしてそれを人前で歌うなど、並の精神力でできることではない。挙句その時のことを大人になった今笑って話すというのは、とても英にはできそうにない。
そしてそんな悲しい曲の後は、お口直しとばかりに爽やかなイメージのする卒業ソングを最後に演奏する。『短くはない時を共に過ごした仲間たちと別れる時に涙を流して、それでも手を重ね合わせて再会を誓い合って、お互いの門出と未来を祝福する』という全体像のこの曲は、最近作ったもので、ラジオ局で流してもらった時も決して小さくない反響があったという。曲はやはり爽やかな感じがして、サビの部分では一層盛り上がる曲だった。
一曲終わるごとに観客たちは拍手を贈り、そしてすべての曲を演奏し終えたら観客たちはもちろん、モニター越しにライブを観ていた人たちも、誰もが拍手を贈っていた。無論、英とケイも大きな拍手で『夢幻観測』を観ている人なりに褒め称える。
英は、映像越しとはいえミュージシャンのライブをリアルタイムで観たことなど一度も無かった。だからこうして、パブリックビューイングでライブを観ることができたのは貴重な経験だし、知らない歌手グループの曲を聴いたことで自分の趣味の幅も広がった。特に最後の卒業ソングは、爽やかな雰囲気が英も好みだったので、後でまた調べてみようと思う。
「すごかったわね・・・」
「ああ、みんないい曲だったな」
モニターの映像が消え、英とケイ、そして周りにいたライブ映像を観ていた人たちは拍手を静かに止めていく。多くの人たちは、残りの時間は学校内の出し物を見物しようとして立ち上がりその場を離れていく。だが英とケイは少しの間そこに座り、ライブで昂った気持ちを落ち着かせる。
「・・・・・・今日はありがとうね、影輔」
「ん?」
改まってケイが英にお礼を告げる。何かお礼を言われるようなことをしただろうか、と英は記憶を掘り起こす。
「あなたと一緒に回れて、楽しかったわ」
「・・・・・・いや、でもあんまり回れていないし・・・」
英の言った通り、今日はそこまで見て回れてはいない。映画とライブで大きく時間を消費し、後は手芸部の出展ブースにしか行っていない。映画の時間が若干長めだったのと、ライブも少し『夢幻観測』メンバーのコメンタリーもあったからだ。今日はまだ時間が残っているので、今から行動を始めればまだ少し回れるだろう。
「昨日帰る前に、1曲弾いてくれたじゃない?」
「・・・ああ」
それは昨日の夜、帰り際にケイをいつもの音楽室に呼んで、『緊張したり不安になっている人の背中を押すような曲』を弾いた。それはもちろん覚えている。その後自分の部屋に帰ってから、英は自分の手が若干痛むのに気付き湿布を貼ったのだ。
「あの曲を聴く前は緊張したり不安にもなっていたけど、あの曲を聴いてからそれも無くなった」
「そうか・・・・・・」
「それで、昨日あの曲が聴けなかったら、今日もまた明日の総合演習のことが気になって、リラックスすることもできなかったかもしれない」
離れていた英の右手とケイの左手が、また繋がれる。
「でも昨日、あなたの曲を聴けたから、今日はとっても楽しむことができた。おかげで明日は万全のコンディションで挑めそうよ」
そしてケイは、横に身体をずらして、肩や腕を英にくっつける。英は、恥ずかしくてケイの顔など見ることができやしない。
「ありがとう、影輔」
そう言って、英の肩に首を傾けて頭を乗せるケイ。
英は、小さく笑い、目を閉じる。
「・・・・・・明日の総合演習、応援するから、頑張れよ」
「それは、もちろんよ」
心地良いそよ風が吹いて、2人の頬を撫でていく。
その風が止むまでの間、2人はその場に座って、その風を感じていた。
今回の作品内の『巨大アライッペ対大洗戦車隊』は、もっとらぶらぶ作戦4巻を参考にさせていただきました。
蝶野教官は割と協力してくれそう。
そしてサンダースとアンツィオって雰囲気が微妙に似ているなぁと思い、アンツィオ組も登場させました。
アンチョビとケイは作品内では関わりがありませんが、同じ隊長、3年生ということで独自に仲良しということにしました。
お気に召さないようでしたらすみません。
ここで2点ほど、お知らせがあります。
次回の投稿は、筆者の私用の影響で少し遅れてしまうことが見込まれます。
また、バレンタインが近いので、過去作でバレンタインデーの話を1つ書き投稿したいと思いますので、本作の投稿時期が少し遅れますのでご了承ください。
申し訳ございません。
ですが本作も絶対に完結させますので、よろしくお願いします。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。