愛する旋律   作:プロッター

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あけましておめでとうございます。


同じじゃない

『訓練終了!みんな、お疲れ様!』

「お疲れ様でしたー」

 

 相も変わらず元気そうな隊長の声がスピーカーから聞こえてきて、対照的に私を含めた戦車の乗員全員は疲労が具現化したかのような訓練終了の挨拶を告げる。

 何時間も戦車に乗り続けて、おまけに戦車隊の隊長として戦車の指揮をしていたにも拘わらずケイ隊長はピンピンしているようだ。だが隊長がタフなことは既に知っているから今更驚きはしない。なので『すごいな』程度に思い留めておく。

 ただ、同時に私は小さな不安を抱いていた。

 

「・・・・・・はぁ」

 

 3年生であるケイ隊長と、私と同じ副隊長ではあるものの3年生のナオミも、来年には卒業していなくなってしまう。

 そしてその次は、私がサンダースの戦車隊を率いなければならない。それが私の不安の原因だ。

 いずれ私が隊長になるであろうことは予想できていた。私は度々メンバーにいじられているとはいえ、隊内ではナンバー3の副隊長というかなり上の立場にいる。だから、その自分よりも上にいるナンバー1、2のケイ隊長と副隊長のナオミがいなくなると必然的に私がトップとなってしまうのだから。

 だが、それが元々分かっていたのと、プレッシャーを抱くかどうかというのはまた別の話だ。

 つまり私は、緊張しているのだ。

 何せ、100輌近い戦車と500人ほどいる隊員たちの上に自分が立ち、その全てを自分が束ねていかねばならないからだ。もちろん、正式に他に副隊長も任命してその副隊長と協力していくのだが、それでもトップに立つことによる重圧を考えないというのは無理だろう。

 そして、その『世代交代』が近づいているからか、最近私に対する隊長の指導が心なしか厳しくなってきているように感じている。ただ、こんな大所帯を率いるには生半可な気持ちではいられないのだし、厳しくなるのも当然だ。だがそのせいで、最近の訓練が終わった頃には大体グロッキーだ。

 

「お疲れみたいですね」

 

 そんな私の心情を見抜いてきたのか、1人の隊員が後ろから声をかけてきた。戦車帽の下から赤に近い茶髪が覗く、私と同い年ぐらいのその少女は私の戦車の装填手だ。

 

「疲れないわけないでしょ、メット」

「あはは、ですよねー」

 

 いつも戦車帽を被っているところを見るから、私は彼女のことを『メット』と呼んでいる。もちろん本名も知っているけど、彼女はそのニックネームがお気に入りらしい。嫌がるようなそぶりは見せていない。

 

「あんたは平気そうね・・・。同じ戦車に乗ってるのに」

「まー、私は装填に集中しているんで。家で鍛えてるっていうのもありますし、ちょっとやそっとじゃ疲れませんよ」

「それは頼もしいわねぇ」

 

 さばけた口調で話すメットだが、同じ戦車なのもありなんだかんだで私との交流は多い方だと思う。私の乗るM4A1シャーマンの清涼剤と言うようなポジションだ。

 そしてそんな彼女の課題は、コンマ一秒でも装填速度を上げるのが主だ。だから、課題をクリアするために鍛えているというのも頷ける。

 

「疲れたんなら、熱いシャワーを浴びて、美味しいご飯を食べればどうにかなりますよ」

 

 確かに、季節が秋になったとはいえ戦車の中はまだまだ蒸し暑い。タンクジャケットの中も少し汗ばんでしまっていたので、シャワーを浴びてさっぱりリフレッシュしたい気分だ。

 それと、戦車に乗っていると体力を要するし、それと昼時が近いので空腹感がどっと押し寄せてきているのも事実だ。ここはメットの言う通り、早くシャワーを浴びて、昼ご飯を食べて英気を養うとしよう。

 戦車を降りて、隊の皆と一緒に最寄りのシャワールームへと向かいながら、先の方を歩いているケイ隊長を見る。

 

(・・・・・・最近隊長、随分と元気ねぇ)

 

 今私の目に映るケイ隊長は、訓練での疲労を微塵も感じさせないように元気だ。

 元々、隊長はどれだけハードな訓練の後でもしんどそうに振る舞っていたことはない。それだけ体力があるからか、それとも隊員たちに自分の弱い姿を見せたくはないのか、それとも両方か。ついでに、冬場(特にクリスマス)でも水着同然の布面積の服を着ても風邪一つひかないぐらいタフであるので前者の可能性が大だ。

 しかしそれにしたって、ここ数日の間隊長の調子がいつにも増していいように感じる。訓練中の指示はいつもと同じく厳しくも仲間を気遣いそして鼓舞するようなものだった。だが、よく聞いてみれば指示の声は弾んでいるような気がしていたし、訓練終了時の号令はどこから嬉しさを含んでいるようにも聞こえた。

 

(私の思い過ごしかしら・・・?)

 

 次の隊長を任されたことで緊張し、神経過敏になってしまいっているのかもしれない。

 私はそう考えているのだが、今隊長の隣を歩くナオミはどう思っているのだろう。隊長の様子は普段と変わらないと思うか、それとも私と同じようにその小さな異変に気付いているのだろうか。

 疑問が頭の中で渦巻きながらも、私は他の仲間たちと一緒にシャワールームの方へと歩いていった。

 

 

 昼休み。授業が少し長引いてしまった英は出遅れて、『バルタザール』食堂の4人掛けのテーブルに1人で座り昼食を摂っていた。

 4人掛けのテーブルを使っているのは、見る限り2人掛けのテーブルが埋まってしまっていたからである。また、いつも一緒に昼食を摂る山河がいないのは、彼が所属する部活動の会合に行っているからである。購買で適当に昼食を買い、部室で食べながら話し合いをするそうだ。

 まあ、もうすぐサンダースの一大イベントの日が近いし、仕方ないのかもしれない。

 そんなわけで今日、英は1人でランチタイムを過ごしている。だがたまには1人で食べるのも悪くないとは思う。

 チーズバーガーを食べながら、お気に入りの曲の楽譜を見る。もちろん油で楽譜が汚れるという、端くれではあるがピアニストにあるまじき真似はしない。

 左手でチーズバーガーを持ち、右手で楽譜をめくる。この曲は何度も弾いたことがあるので所々暗譜できる箇所はあるのだが、今は最初から最後までの暗譜を目指している。別に人様に発表するわけでもないのでその必要はあまりないのだが、それでも英の心の根底にある『ピアノが好き』と言う気持ちが挑戦心を焚きつけて、さらに自分の技術を向上させようとしている。

 

(やっぱここだよなぁ)

 

 そう頭の中でぼやくのは、自分が楽譜を見ていないと間違えてしまう箇所だった。そこにはシャープペンで色々とメモが走り書きされている。やはりここを重心的に覚えなければ、全編暗譜は無理だろう。

 と、そこでいつものように食堂の入口辺りがにわかに盛り上がる。

 

(ケイたちか)

 

 英は一瞥もせずに状況を理解する。

 ケイが英のピアノを初めて聴いてから数日が経過するが、英とケイの関係は全くと言っていいほど変わっていない。『最近できた仲のいい友達』の様な感じだし、ケイも多分そう思っているのだろう。

 英はより親密な関係になりたいと強く願っているわけではないので、今の関係を嘆いてなどいないし、今より先の関係もを渇望したりもしていなかった。

 だから、今のようにケイが食堂に来たところで『一緒に食べよう』と誘いはしない。相手はサンダースの人気者であり、他の誰かと約束をしていたなんてことになったら誘った自分が恥ずかしくなる。そしてそれ以前に、男が女に同席を誘うと何かしらあるのではないかと勘繰られやすい。相手が相手ならなおさらだ。

 だから英も、ケイに声をかけるというリスキーな行為は―――

 

「ヘイ、影輔!」

 

 ―――しないつもりだったのに、ケイの方から声をかけてくるというのは完全な予想外だった。まさか、この広い食堂で別に目立った顔立ちでもない英を見つけるとは思わなかったからだ。

 声のした方を見れば、そこにはやはりケイがいた。手には、チーズバーガーとフレンチフライ、そしてコーラのプラスチックカップを載せたトレーを持っている。

 そのケイの両隣にはナオミとアリサがいるが、ケイが突然英に声をかけたことで、少しばかり驚いたような目でケイを見ている。彼女たちの手にはフライドチキンとフレンチフライ、そして同じくコーラの入ったプラスチックカップの載ったトレーがある。

 ケイが突然男の名前を呼んだので周りの生徒は不思議そうな目でケイを見るが、すぐに自分たちの食事に戻る。ケイがフレンドリーなのは周知の事実なので、例えケイが聞いたことのない男の名前を呼んだとしても、どこかで仲良くなったんだなとしか思わないのだ。

 アリサとナオミが驚いているのは、ケイが急に2人の知らない男の名前を呼んで面食らったからだ。

 

「一緒してもいい?」

 

 ケイが英の傍までやってきて、空いているテーブル席を指す。ここで『嫌だ』と言える輩は恐らくいないだろう。

 

「ああ、構わない」

 

 そう言いながら英は、広げていた楽譜を閉じて椅子の脇に置く。そしてケイは、英の前にトレーを置いて正面の椅子に座った。そして英の後ろを『邪魔するよ』と言いながらナオミが通り、英の隣に座る。アリサはケイの隣、ナオミの正面に座った。

 

「まさか、ケイから声をかけられるとは思わなかった」

「たまたま見かけたのと、席が空いてるのを見て、どうせならって」

「ああ、授業が長引いて2人掛けのテーブルが埋まってな。それで仕方なく」

「そういうことね」

 

 英はそこで、自分がまだナオミとアリサの2人に対して名乗っていないことに気付く。英が2人を噂だけでも知っていても、2人は英のことなど知らないのだから。

 今その2人は、英のことを目に見えるほど疑わしい目で見てはいないが、それでも英のことを観察するように目を向けている。その視線には流石に耐えられないので、遅ればせながらでも自己紹介をすることにした。

 

「すみません、自己紹介が遅れました。自分は英、3年生です」

 

 普段、英は初対面の同年代の人物と話す場合は大体タメ口になりがちだった。だが、ケイの時と同じように、ナオミは同じ3年生、アリサは2年生で年下でも、相手の立場を鑑みて敬語で話すことにした。

 自己紹介をしたことで警戒心が薄れたのか、ナオミがふっと小さく笑う。アリサも一度英から視線を逸らして小さく息を吐く。知らない人物を前にして多少なりとも緊張していたのかもしれない。

 

「ありがとう。私はナオミ、サンダース戦車隊の副隊長だ」

「同じく、副隊長のアリサ。一応よろしく」

 

 ナオミは右手を英に差し出して握手をしたのに対し、アリサは言葉だけでの挨拶だった。この辺りは性格の違いだろう。サンダースにいる者は全員が全員フレンドリーと言うわけでもない。

 そして改めて、今このテーブルにサンダースの看板とも言える戦車隊のトップ3がいると思うと気後れするし、そんなところに自分がいるのは場違いじゃないかと英は思った。抱く緊張の度合いは、職員室で生徒が自分1人だけという状況といい勝負になりそうだ。

 

「同じ3年生なら、変に畏まらなくていいさ」

 

 微妙に熱っぽい目を英に向けてそう告げるナオミ。その男性的な口調、風貌、仕草、さらには嫌みったらしくない気障な性格も相まって、女子に人気なのも頷ける。

 

「じゃあ、改めてよろしく。ナオミ」

「ああ」

 

 そこでナオミが、英の椅子の脇に立てかけてある楽譜を見る。

 

「さっきまで読んでいたそれは楽譜か?」

「ああ」

「・・・英は、楽器が弾けるのか」

「ピアノをね」

 

 ピアノと聞いて、アリサが『へぇ、ピアノを。ふーん・・・』と意外なものを見る目で英のことを見る。確かに、男がピアノを弾くというのもあまり主流とは言えない。男性のピアニストだって世には多くいるのだが、ピアノ=女性的なイメージがあるのは否めなかった。

 

「影輔、ホントにピアノが上手なのよ。聴いてるこっちが楽しくなるぐらい」

「そんなにか?」

「そうよ。影輔だって楽しそうに弾いてるじゃない」

「いやー・・・弾いてる最中は分かんないな」

 

 軽い調子で英とケイが話をしていると、アリサがストローを咥えながら2人のことを見てくる。

 

「隊長、随分と仲が良いですねぇ。どこで知り合ったんです?」

 

 アリサの問いかけに、ケイはほんのわずかに英の方を見る。『会ったきっかけを話していいか』ということだろう。

 ケイは、英がなぜ音楽系の部活に入らず『ハイランダー』棟の音楽室で1人でピアノを弾いているのか、その理由を知っている。

 だから、理由までは話さずとも、その場所を言っても平気かという確認の意図を込めた視線なのだと、英は気付く。それに英は頷いて『大丈夫』と伝えて、ケイはそれでアリサとナオミに教える踏ん切りがついた。

 

「たまたま『ハイランダー』の音楽室の前を通りかかってね。それですごくピアノが上手だったから聴き入っちゃって、それがきっかけかな」

 

 そう言えば英は、ケイがなぜあの時あの場所にいたのかをまだ聞いていなかった。だが、その理由は明確が目的があったからではなくて全くの偶然と言うのが、面白くもあり恐ろしくも感じる。

 

「そんなに上手いのか?」

 

 ナオミがケイの話を聞いて少し興味が湧いたのか、英の方を見る。『上手いのか』と聞かれて『上手いよ』と自分で言えるのは相当度胸のある人だと英は思うが、残念なことに英の度胸は並程度だ。

 

「いやぁ・・・自分じゃよく分からんが・・・ケイが上手いって言うぐらいには」

「まあ、私は確かにピアノなんて全く弾いたことない素人だけど、それでも影輔のピアノはすごい上手いっていうのだけは伝わってきたわ」

「ほう」

 

 聞けば、ナオミはよくイヤホンで音楽を聴いているらしい。だから音楽には割と興味があるようだ。英のピアノについても、ケイの話を聞いて気になってきたようだ。

 そこで、アリサが。

 

「・・・・・・まさか、最近隊長が元気なのはそれが理由ですか?」

「え?」

 

 アリサの問いに、ケイはキョトンとした表情を浮かべる。自覚がなかったようなので、アリサは改めて説明することにした。

 

「最近の隊長、訓練中とか終わった時の号令とか、元気そうな声をしていたから」

「そんな声だった?」

「ああ、それは私も思ったな」

 

 ナオミがアリサに賛成する。そこでアリサは心の中で、『ナオミも気づいていたのか』と心の中でホッとする。神経過敏になっていた自分の勘違いではなかったことに安心したのだ。

 

「何かいいことでもあったのかな、と思ったんです。その原因は、彼のピアノですか」

 

 アリサがチラッと英の方を見る。

 英は、まさか、と思っていた。確かにケイは英のピアノを聴いて楽しんでいる風ではあったが、まさか戦車道の訓練にもわずかではあるが影響を与えているとまでは思っていなかった。

 

「あー、でも確かに、影輔の曲って聞いてて楽しくなるし、元気になれるから。だからかな?」

 

 笑みを向けられて英は恥ずかしくなり、コーラを勢いよく啜って逃げる。その反応を見て、アリサとナオミが英の方を見てニヤッと笑っているのに英は気付いたが、気にしない。だがこれ以上この状況のままなのもきついので、話を逸らすことにした。

 

「・・・ところで、3人とも戦車道ではすごい人だって噂で聞いた」

「すごいって?」

 

 ケイが英の言葉に耳を傾ける横で、ナオミが『露骨に話を逸らしたな』とポツリと呟いたのが聞こえたが、英は聞こえないふりをする。

 

「ケイは大隊指揮のプロフェッショナル、ナオミは全国屈指の砲手、アリサはサンダース一の参謀。そう聞いてる」

 

 そう聞いて、ケイは『それほどでも』とニッと笑う。アリサは少し恥ずかしかったのか、目を逸らして何も言わずにちびちびとコーラを啜る。ナオミは『それほどでもないさ』と言いながらも微かに得意げな笑みを浮かべてフレンチフライを1本食べる。

 

「俺は戦車には乗れないけど、ウチの学校が強いっていうのは知ってる」

「そうね。黒森峰、プラウダ、聖グロリアーナ、そしてこのサンダースが戦車道4強校と言われているぐらいには強いわ」

 

 英は男なので、まず戦車には乗れない。そして家族に戦車乗りがいるわけでもなく、サンダースの知り合いで戦車に乗っている女子もそこまでいなかったので、サンダースの戦車道は『強い』ということしか知らなかった。

 だがケイと知り合ったことで、サンダースの戦車道についても少しだけパソコンで調べてみたのだ。専門用語がよく使われていたので全部を理解するのは難しかったが、それでも『強い』ということだけは分かった。

 そしてケイの言ったように、このサンダースが高校戦車道四強校の一角であるということも、調べて分かったのだ。

 

「・・・その四強校も、変わるかもしれないと言われているがな」

「どういうこと?」

 

 神妙な面持ちでナオミが告げた言い回しが、英は少し気になった。その言葉には思うところがあったのか、アリサもコーラを飲むのを止め、ケイも笑みを引っ込める。

 

「今年の全国大会の話なんだけど・・・私たちが1回戦で負けたのは、聞いた?」

「ああ、それは聞いたことがある」

 

 その話は全国大会の期間中に聞いた話だった。その話題を実際に口にしたのではなく、風の便りに聞いたことだ。その時は、そんなこともあるよなとだけ思っていた。

 

「あの時私たちサンダースが戦った大洗女子学園っていう学校が、今年の全国大会で優勝したの。そしてこの前の夏休みでも、大学選抜チームと戦って勝利した。それで今、高校戦車道のパワーバランスが変わり始めているのよ」

 

 ケイの言葉に英は頷くが、全てを理解したとは言い切れない。サンダースの戦車道は少し調べた程度で、やはりまだ戦車道の世界には疎いからだ。

 

「つまり、戦車道四強校が五強校に変わるか、今の四強校のどこかが大洗と変わるかってことよ」

 

 そんな英を見かねてなのか、アリサが手っ取り早く結論を告げる。それでようやく英も、どういうことなのかを理解した。

 だがそれと同時に、ナオミの神妙そうな面持ちの理由にも気づいた。

 

「それじゃ、つまり・・・」

「ああ。このサンダースが、その四強校から外れる可能性もゼロではない、ということさ」

 

 深刻な表情でナオミがそう告げる。

 確かにサンダースは、未だ戦車道の全国大会で優勝したことはなく、準優勝がいっぱいいっぱいだった。それは同じ四強校の一角である聖グロリアーナもそうだが、聖グロリアーナはその今年優勝した大洗女子学園に未だ負けたことがないという。残りのプラウダと黒森峰の強さは、優勝した経験がある以上相当のものだというのが簡単に想像できる。

 とすると、もしこのまま“四強校のまま”だとすれば、サンダースがそこから外れてしまう可能性だってナオミの言う通りゼロではないのだ。

 

「でもそうならないために、私たちは次の世代を育てているのよ」

 

 そう言いながら、ケイは隣に座るアリサの肩を優しく叩く。

 それを受けてアリサも、小さく笑う。そして同時に、この先のサンダースを率いるという強い意志を籠めた目をケイに向けた。

 アリサは先ほどまで訓練に疲れたとか厳しいとか思っていたのだが、一度だってもう嫌だと思ったことはない。それはケイがサンダースの今後のことを考えてのことだというのは分かっているし、それだけケイがアリサに期待しているということだと思っている。

 そして何より、アリサだってサンダースの戦車隊が好きだから、その指導には反発せずに従い、次の世代のサンダースを率いることができるように研鑽を重ねているのだ、

 

「これからのサンダースはアリサの肩にかかってるんだから、期待してるわよ!」

「・・・イエス、マム」

 

 ケイがサムズアップすると、アリサがくすっと笑いコーラを飲む。そのアリサの正面でフライドチキンを齧ったナオミが一言。

 

「隊長になって活躍できれば、タカシも振り返ってくれるんじゃないか」

 

 ゴボッとアリサの飲んでいたコーラが泡立つ。ケイが苦笑してアリサの肩をポンポン叩いていて、英は状況が上手く呑み込めない。

 なので、英はナオミに聞いてみた。

 

「タカシって?」

「ああ。実はアリサには、好きな―――」

「はぁいナオミぃ?今日は私とぉっても気分が良いからフライドチキンを1つプレゼントするわよぉだからその口閉じて!」

 

 何かを言いかけたナオミの皿に、アリサの皿に載っていたフライドチキンが1つ追加される。ついでにアリサは、英に向けてびしっと人差し指を向ける。

 

「あんたも今聞いた事は忘れなさい!」

「あ、はい」

 

 ナオミは『まあそう言うことだ』とだけ英に告げて、アリサからプレゼントされたフライドチキンを食べる。アリサはどかっと椅子に座りなおしてフレンチフライをがつがつと食べ始めて、ケイは口元を抑えて笑いをこらえていた。

 どうやら、乙女の触れてはいけないような問題だったらしいので、英もこれ以上野暮な聞き取りをするのはやめておく。

 しかし、と英は思う。

 ナオミとアリサ、そして英は今日知り合ったばかりである。それでもこうして打ち解けることができたのも、フランクな生徒の多いサンダースだからだろう。

 それと、英が既にケイと仲が良かったという要因もある。だからこうして、ケイと仲が良いアリサ、ナオミと仲良くなれたのかもしれない。

 ケイのおかげだ、と思い英は小さく笑ってチーズバーガーを一口食べた。

 

 

 その日も、英は『ハイランダー』棟の音楽室でピアノを弾いている。そのピアノに一番近い位置にある机には、今日もケイが座っていた。彼女は頬杖を突きながら目を閉じて、英の演奏する曲を静かに聴いている。

 今英の弾いている曲は、昨日までの現代的なジャズやアニソンなどとは違って、『サッキヤルヴェン・ポルカ』と言うフィンランドの民謡だ。曲調は少し暗めで悲しい雰囲気がするのだが、中盤からは盛り上がりを見せる曲だ。こういったしんみりとした曲もどうだろうと思って弾いてみたのだが、ケイの反応を見る限りは良好かと思った。

 なぜこの曲を知っているのかと言うと、前にテレビで民謡を紹介する番組でこの曲が出てきて、1度聴いて英が『これいい曲だな』と思ったから楽譜を探して取り寄せたのだ。

 さて、曲自体はラストスパートに突入し、一番盛り上がる部分に入る。これも何度か聞いた曲なので間違えはしないだろうが、弾き間違えると示しがつかないしカッコ悪すぎるので、細心の注意を払って弾いていく。

 そして、最後の小節まで間違えることはなく弾いていき、無事に曲を終えることができた。

 

「・・・・・・いい曲だったわね・・・」

 

 静かに拍手をするケイ。これまで有名なバンドの曲やBGMを聴いた後は、大きな拍手で曲と英を称え溌剌とした声で賛辞の言葉をかけてくれた。

 だが今ケイは、落ち着いた曲だったからからか、小さな拍手と落ち着いた声で感想を示してくれた。このように曲に合わせて感想の表現の仕方を変えてくれるのは英も見習ところがあるなと思ったし、嬉しくも思う。

 

「これ、何て言う曲?」

「『サッキヤルヴェン・ポルカ』っていう、フィンランドの民謡だ。ポルカってダンス曲を聴いて失われた故郷に思いを馳せるっていう、ちょっと悲しい曲・・・・・・嫌だった?」

 

 昨日まで明るい感じの曲を弾いていたので、先ほどみたいな曲はあまり好きではないかと心配したが、ケイは笑って首を横に振ってくれた。

 

「全然、むしろこういう曲も良いなって思ったわ」

「・・・それはよかった」

 

 気に入ってくれたようで一安心し、楽譜を閉じてトートバッグに仕舞う。その途中でケイが何かに納得したかのようにうんうんと頷きながら口にする。

 

「そっかそっか。ミカが弾いてるのってこの曲だったのね」

「ミカ?」

 

 思わず聞いてしまう英。ミカと名乗る人物はこのサンダースでは聞いたことがない。英が知らないだけで、ケイとは交流があるのかもしれないが。

 

「継続高校の戦車隊の隊長よ。なんかいっつも哲学的な小難しいこと話すんだけど、指揮能力はずば抜けてるの。ただ、いい戦車があまり揃って無くて強いイメージがないんだけど・・・」

「へぇ・・・」

「そのミカは、いつも楽器を弾いてるのよ。確か、カンテレっていうフィンランドの楽器を」

 

 そのミカと言う人物が弾いているのが、先ほど英の弾いた『サッキヤルヴェン・ポルカ』らしい。

 

「継続高校って、確かフィンランドに縁のある学校だっけ?」

「ええ、そうよ。その戦車もフィンランドとソ連製の戦車が多いわ」

 

 継続高校は、全国でもトップレベルに自然が豊かな学園艦で、その構造を生かして動植物の生態系の観察や繁殖・保護・研究を行っている。あの継続高校学園艦そのものが、巨大な自然研究施設と言っても過言ではないような場所だ。ニュースでもよく話題に上がる学校で、そこから英は継続高校がフィンランドと関係がある場所だということは知った。

 だからミカと言う人(恐らく女性)も、フィンランドの楽器を持っていたり、フィンランドの曲を知っているのだろう。

 

「じゃあ、次の曲行くぞ」

「OK!お願いね」

 

 今日持ってきた曲には、何曲か民謡が混じっている。

 民謡とは、その国や地域に住む人の思想や、国柄などが反映されているものが多い。それを歌詞や曲調から推察するのも民謡の楽しみ方の1つだ。

 さらに、純粋に聴いていて楽しくなる曲だって多くある。先ほど弾いた『サッキヤルヴェン・ポルカ』だって、最初は静かで悲しいようなメロディだが、中盤を過ぎたあたりから盛り上がるようになっている。そんな感じの曲をいくつか今日は持ってきたのだ。

 そして、今から弾こうとする曲も明るめの曲だ。

 

「・・・・・・よし」

 

 この曲は最初から明るめの曲調で始まる。世界最古のコマーシャルソングとも言われていて、日本でも多くのCMやレジャー施設のBGMなどで使われている。

 出だしのフレーズでケイもどんな曲なのか気付いたらしく、『おっ』と口を小さく開けていた。

 曲の方だが、最初に盛り上がりを見せてから、嵐の前の静けさとばかりに少し落ち着いた雰囲気になる。

 そして、徐々に曲調が明るくなっていき、また最初のように盛り上がっていく。

 それを繰り返していき、最後は曲全体の明るさを保ったまま、曲は終わりだ。

 

「すっごい聞いたことがある!この曲!」

 

 曲が終わって拍手をしながら、ケイが目を輝かせて言ってくる。自分の知っている曲だったから嬉しかったのかもしれない。

 ケイの言う通り、この曲を聞いたことがあるという人は多くいるかもしれないが、曲の名前はあまり知られてはいないらしい。

 

「『フニクリ・フニクラ』っていう民謡・・・もとい大衆歌謡だ」

「へぇ~・・・そんな名前だったんだ」

「もとはイタリアのケーブルカーの宣伝ソングらしいけどな」

 

 こうして曲を探していると、自然とその曲の出自を知ることができる。全ての曲でそうだというわけではなくて、自分が興味を持った曲だけなのだが。

 

「アンチョビもよく口ずさんでいたわね~」

「あ、アンチョビ?」

 

 アンチョビとは、イタリアの食材の名前だったと英は記憶しているが、まさかそんな名前の人物がいるわけではあるまい。

 

「ああ、アンチョビはアンツィオ高校の戦車隊の隊長で、本名が“安斎千代美”。皆からは“アンチョビ”とか“ドゥーチェ”って呼ばれてるの」

「要はニックネームってこと?」

「そうね。でも、アンツィオの衰退していた戦車隊を再興させて、隊の皆を統率できて、それに皆から慕われてるぐらい人望が厚いわ」

 

 皆から慕われているという点ではケイに通じるところがあるなと、英は思った。そして他の学校の隊長のことを知っているあたり、他の学校ともパイプがあるらしい。

 

「仲が良いのか、他の学校の人とも」

「そうね。試合をした後でよく話をすることはあるから。アドレス持ってる人も何人かいるし、交友関係は広いに越したことはないからね」

 

 他の学校の隊長とのパイプを築くというのは、いざという時心強いだろうが、それは恐らくその人柄がよくなければできない芸当だろう。その人が信頼に足る人物でなければ、相手に取り入って情報を抜き取ろうとしている、と疑われるかもしれないからだ。

 だが、その疑念を植え付けないのがケイの魅力だと思う。

 フェアプレーを重んじている真っ当な人間だからこそ、小賢しい手を使わないからこそ、ケイがフレンドリーな性格だからこそ、相手も信用して話をしてくれるのだろう。そして繋がりを持つことができるに違いない。

 

「・・・・・・ああ、そう言えばさ」

「?」

 

 他の学校の隊長とも面識があるという話と、昼のナオミたちとの会話で、英は1つ思うことがあった。

 

「夏休みの終わりの、大洗女子学園と大学選抜チームの試合に、ケイたちが出たって聞いたけど」

「うん、参加したわよ」

「やっぱりそれは、大洗を助けるために?」

「もちろんよ」

 

 今日の昼休みのナオミたちとの話でもチラッと出てきた、大洗女子学園と大学選抜チームとの試合。それは大洗女子学園の廃校をかけたものだということは、夏休み後のネットのニュースでちらっと見たものだ。

 この試合には、サンダースの他にも聖グロリアーナやプラウダ、黒森峰などの強豪校が大洗の増援として参加したという。そして最終的に大洗が勝利して、廃校は完全に撤回されたという話だ。

 そして、航空科に所属している英の友人から、サンダース最大の輸送機・スーパーギャラクシーを使って大洗の戦車をサンダースに運び一時的に匿ったという話も聞いている。

 つまりサンダースは、大洗女子学園を廃校から守るために他よりも一枚噛んでいるということになる。そしてそれは恐らく、大洗と実際に戦ったことのあるサンダース戦車隊のケイが主導したのだろう。

 

「よく、大洗を助けようと思ったな」

 

 ケイがそういう人間だということは既に知れている。だからこそこの言葉は、分かり切ったことを聞くかのような言葉だった。

 けれどケイは、そこで先ほどまで浮かべていた笑みから、真剣な表情へと変わる。

 

「・・・後悔、したくなかったのよ」

「?」

 

 あの明朗快活なケイにしては、いつになく落ち着いた言葉に英も意識を向けざるを得なくなる。

 

「私たちの学校は知っての通り、戦車も設備も揃ってて・・・ぶっちゃけ資金が豊富よね?」

「ああ、まあそうだな」

 

 戦車の保有数が国内一ということはこの学校の入学案内でも聞いたし、今でもそれを売りにしているので、戦車に乗っていなくてもそれは知っていた。設備面についてはこの学園艦で3年も暮らしていれば嫌でも実感させられる。

 

「大洗を助ける力が、私たちにはあったのよ。流石に廃校を完全に撤回させるほどの力まではないけど、その手助けをすることぐらいはできたの」

 

 その『手助け』こそが、一時的な大洗の戦車の隠蔽、一部パーツの交換、そして大学選抜チームとの試合への参戦か。

 

「その力を持っているからこそ、私たちが力を貸せる場面に立っていても何もできなかったって後悔するのが、嫌だったのよ」

「・・・・・・」

「要するに、私がただ大洗の皆を助けたかっただけなのよ。サンダースのみんなを巻き込んじゃったけど」

 

 大洗を助ける力があったからこそ、その力を発揮できずに何もできないまま、大洗が廃校になるのをみすみす黙って見ていることができなかった。そしてそんな後悔をしたくなかったから、例え文部科学省に目をつけられるようなリスクを負ってでも、大洗に力を貸したのだ。

 そう思ったうえで実際に行動に移すことができる思い切りの良さと行動力も、彼女の持ち味なのではないかと、英は思った。

 

「ただ助けたかったから・・・・・・っていうところは、影輔と似てるかもしれないわね」

「?どうして」

「自分がそうしたかったから、って理由で行動に出たのが同じかなって私は思うわ」

 

 ケイが少し笑って英のことを見る。だが、英はそのケイの言葉には素直に頷くことができなかった。

 

「・・・・・・俺は、同じじゃないと思う」

「え・・・・・・?」

 

 同意が得られると思っていたのか、ケイが意表を突かれたとばかりに呆けたような表情を浮かべる。それでも英は、ケイの表情の変化に気付いても言わせてほしい言葉があった。

 

「確かに俺も『自由にピアノを弾きたい』って理由で教わるのに反発して、自分で自分のためにピアノを弾いてる。ケイも『大洗を助けたい』って理由で、力を貸した。自分がそうしたかったからっていう点では、俺もケイも同じだと思う」

「・・・・・・・・・」

「けど、ケイの『大洗を助けたい』っていう考えは、結果的に大洗のみんなを助けたことに繋がった。つまりそれは大洗のみんなのため、自分以外の誰かのために動いたってことだ。自分のためだけに動いた俺とは違う」

 

 ケイの表情が疑問と驚きの入り混じった表情となってしまっている。

 もしかして、責めていると勘違いさせてしまったのかもしれない。そう思った英はどうにかフォローして、(誤解だが)責めているという誤解を解こうとした。

 

「ケイは俺のことを立派なピアニストだって言ってくれたけど、ケイだって十分立派だ。誰かのためにって決意してそれを行動に移せることが、俺からすればすごいこと、素晴らしいことだって思う」

 

 そこまで言って、英がケイのことを見る。が、ケイはなぜか俯いてしまっていて、ドジを踏んでしまったかと不安になる。

 少しの沈黙を挟んで、ケイは『あはは・・・』と小さく笑いながら、英と目を合わせないように横を向いて頬を掻く。

 

「ゴメンゴメン、そんなこと言われたことが無かったから・・・ビックリしちゃった。ありがとね」

「・・・そうか。悪い、変な話させて」

 

 元はと言えばこの話を引き出したのは英なのだから、それは謝っておく。ケイはそれに『大丈夫よ~・・・』と言いながら手を振って気にしていない風を見せてくれた。顔を合わせてくれなかったのが少し気がかりだったが。

 

「じゃあ・・・・・・次の曲、いくぞ」

「ええ、お願い」

 

 

 

 5時を告げる鐘が鳴り、英のピアノも今日で終わりだ。いつものように後片付けをして音楽室の鍵を閉め、そして職員室に鍵を返却し、帰路に就く。

 ケイが英と知り合ってから今日に至るまで、英とケイは一緒に途中まで下校していた。もちろん黙ったままではなくて授業のこととか戦車のこととか、軽い雑談を交えながらだ。

 だが今日は、なぜかケイの口数が少ない。昨日まではケイが積極的に話しかけてきて話が盛り上がったのに、なぜか今日はあまり話そうとはしない。気まずさに耐えかねて英が話題を振っても生返事を返すだけだ。

 ますますもって、英の中の『責めていると誤解させてしまったか』という疑念が増幅していく。だが、触らぬ神に祟りなしという言葉のように、あまり多くを聞くのはよしておく事にした。

 そして夕日が学園艦を照らす中で、結局会話らしい会話もあまりせず、いつも別れる十字路に着いてしまった。英は、ここまで大人しくなったケイは見たことがないので、この異変が気がかりだったのだが、これ以上何かをするのは駄目だと英の勘が叫んでいたので、追究はしないと決めた。

 そこで英は、別れの挨拶を告げようと思ったのだが、その前にケイが話しかけてきた。

 

「・・・ねえ、影輔」

「ん?」

「明日もまた・・・ピアノ弾く?」

「ああ、空いていればな」

 

 ケイと知り合った日から毎日ピアノは弾いているし、ケイも毎日聴きに来ている。そしていつも、こうして別れる前には次の日のことを聞いてきてくれていた。

 だが、今日の確認はなぜか昨日までとは違うように感じた。わずかながらに不安が入り混じったかのような聞き方と、何かに縋るような瞳。頬がわずかに紅く染まっているように見えたのは、夕日のせいだろうか。

 

「・・・そっか。じゃあまた明日も、聴きに行っていい?」

「ああ、もちろん」

 

 そう答えると、ケイは少し安心したような笑みを浮かべる。

 

「あなたのピアノ・・・本当に素敵だから。また何度も聴きたいって思うの」

「・・・・・・・・・」

「だから、また明日もお願いね」

 

 そう言ってケイは『グッナイ』と優しい口調で告げて手を振り、寮の方へと戻っていった。

 一方で英は、別れ際にケイから告げられた言葉を頭の中で反復していた。

 素敵と言われたこと、また何度も聴きたいと言われたこと。

 それは紛れもなくつい先ほど経験した現実であり、夢ではない。

 だがそれでも、先ほどのケイの別れ際の表情と言葉が、普段の明るいイメージの彼女と微妙に乖離している気がしてならなかった。

 明瞭な答えが見つからないまま、英は自分の寮へと戻っていった。

 

 

 十字路で英と別れてから、ケイはずんずんと自分の寮へと向かっていた。普段はこうして勇み足の早歩きで帰宅したりはしないのだが、そうさせているのは先ほど音楽室で英から言われた言葉である。

 

『ケイだって十分立派だ。誰かのためにって決意してそれを行動に移せることが、俺からすればすごいこと、素晴らしいことだって思う』

 

 これまでケイは、サンダースを率いる隊長として、皆から『すごい』とか『カッコいい』とか『素晴らしい』とか、そんな感じの言葉を幾度となく受けてきた。それが鬱陶しかったということは決してなく、自分のことを評価してくれている点が、ケイにとっては嬉しかった。

 だが、今日英から受けた先の言葉は、これまでに自分が受けたどの賛辞の言葉とも違うと思ったし、それでいてなおかつ心を揺るがすような言葉だった。そして何より、温かい気持ちになれる言葉だった。

 

(なんで、こんな・・・・・・・・・?)

 

 どれだけ考えても、どうしてこんな気持ちになってしまうのかが分からない。

 そしてその言葉を聞いてから、英に顔を合わせるのが難しくなってしまった。英の顔を見るとなぜか恥ずかしいという気持ちが湧いて出てきて、目線を合わせることができなくなってしまった。

 だから、あの話をした後は英のピアノの演奏に耳を傾けながらも英の方は見ないで、そして帰り道でも極力英の顔を見ないようにしていた。

 

(でも・・・・・・)

 

 そこまで思ってなお、ケイの気持ちは悪い方向に傾いてはいない。

 

(全然・・・・・・・・・嫌じゃないのよね・・・・・・・・・)

 

 自分でもそうだということは分かっている。

 英のことが嫌いなわけではないのだ。嫌いじゃないからこそ、明日もまた英のピアノが聴きたいと思って明日の事を聞いて、自分が英のピアノに対して思っている気持ちを素直に伝えた。もし本当に英のことが嫌いなら、もう明日からピアノを聴きに行ったりはしないだろう。

 しかしそれでも、英の顔を直視することが難しくなってしまったし、いざ英と顔を合わせると顔が熱くなってしまう。

 なぜこんな気持ちになるのか、自分がどうしてこうなるのか分からないまま、ケイは家路を急いだ。




あけましておめでとうございます(2回目)
今年も読者の皆様のご期待に添えられるような作品を書くことができるように精進してまいります。


劇場版でウサギさんチームがタカシのことを知っていたのはナオミが教えた説、
割と気に入っています。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。

それでは今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
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