第五遊撃部隊旗艦の吹雪は、部隊のメンバーの加賀に呼び出される。お茶やお菓子が用意された休憩スペースの一角に案内された吹雪だが、そこで問いかけられた加賀の質問に吹雪は驚く。

アニメ版を見てから疑問に思ってたことを自分の妄想で話にしたものです。今更感の強いネタで、妄想が多く、ギャグ多めで勢いで書いた話ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。


*本作は、pixiv様にも投稿させていただいております

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憧れの赤、尊敬の青

 草木や葉をかすかに揺らす風、凪いだ海、ゆっくり流れる雲。そんな天気の中、椅子に腰掛ける少女は顔をこわばらせ、両手を太ももの上で握りしめ、目の前に置かれた湯呑の水面と、向かいに座る女性の顔を交互に見つめていた。

「……吹雪」

「は、はい!な、なんでしょう!?」

 目の前に座り、彼女とは対照的に湯呑を何度も口に運び、注がれたお茶の味を堪能する女性。彼女の揺るぎない眼光に射抜かれ、少女は無意識に背筋を伸ばす。鎮守府の一角に設けられた休憩スペースの椅子に、向かい合うように座る二人。テーブルの上には、せんべいやお饅頭等のお菓子、湯気をたてる緑茶が置かれているが、手は一切付けられていない。

「率直に聞くわ」

 湯呑を置き、テーブルに両手をついた女性は、身を乗り出し少女に迫る。体が緊張で、僅かに震える。場の空気が重さを増し、彼女の肩にのしかかる。戦場の空気のように、そこだけが張り詰めていた。

 目の前の相手の瞳や口の動き、髪の揺れ。一挙動一挙動を観察し、見逃さないよう神経をはりめぐらせ、次の動きに備える。

 女性の口が、僅かに開かれるのが見えた。彼女は身構える。

 

「あなたは、なぜ赤城さんに憧れたの?」

 

 場が静まり返り、二人の間をそよ風が吹き抜け、湯呑から昇るお茶の湯気が流れる。

「……はい?」

 予想だにしない問いと、呆けた声によって場を支配していた空気は軽くなり、開放された彼女は、頭に疑問符をうかべるのであった。

 

 

 

 

 深海棲艦。突如海に現れた謎の存在を前に、人類は対抗できる術を持たす、制海権を喪失。恵を与えてくれた母なる海を取り戻すため、人類は唯一対抗できる存在、かつて存在した戦船の記憶を宿す少女たち、艦娘を生み出した。

 深海棲艦と人類との戦いが、幕をあけた。

 

 

 

 その艦娘の1人、特型駆逐艦吹雪は、突如投げかけられた質問に固まってしまった。

「あの、質問、よろしいでしょうか?」

 硬直した体をなんとか動かし、彼女は右手で挙手をする。

「何かしら?」

 彼女の目の前に座る艦娘、加賀型空母1番艦、加賀は質問を促す。

「何で、そんなことを聞くんですか?」

 事の発端は十数分前のこと。

 

 本日の訓練を終え、夕食まで時間ができた吹雪は、それまでどう過ごそうか思案していた。そのとき、突如この鎮守府のエースの一人、同じ第五遊撃部隊の加賀に呼ばれた。駆逐艦の吹雪にとって、加賀だけでなく空母や戦艦などの主力艦の面々は、畏怖や敬意を払う対象。

 その対象の一人に呼び出されるなど、どんな要件かと緊張した彼女だったが、案内されたのは休憩スペースの一角。テーブルにはお菓子やお茶が並べられ、加賀に促されて椅子に腰掛けたまではよかった。お茶に誘ってくれたのだと、そのときまでは思っていた。

 リラックスしていた吹雪に、いきなり質問があると言って鬼気迫る表情になった加賀が言い放ったのが、先程の質問。

 

「なぜ聞くか?」

 加賀は椅子に座り、湯呑に注がれたお茶を静かにすする。

「あなたが、どんな赤城さんに憧れて護衛艦を目指す気になったのか、知りたかったから」

 加賀に倣い、吹雪もようやくお茶をすする。緊張のせいで味などわからないが。

「それで、どうなのかしら?」

「着任初日に見た、あの凛々しい姿です!」

 よどみなく、吹雪は言い切った。

「ただ純粋に、かっこいいなって思ったんです。その後、いつか一緒の艦隊で戦いましょうって、言ってくれて。空母の人から言っていただけて、嬉しかったんです」

 吹雪の瞳は曇りなく輝き、言葉も弾んでいた。

「窮地に陥ったところを救ってもらって。それに、いつも優しく包んでくれるような暖かい微笑みや、言葉。もうこの人についていくしかない!そう思ったんです!」

 赤城のことを吹雪が熱く語る一方、加賀の表情はぬるくなったお茶のように冷めている。

 

「赤城さんの行動は、常に計算されているわ。笑顔を向けてくれて、温和に見えてしたたかだから、気をつけなさい」

 

 加賀の言葉に、吹雪は頭から冷水を浴びせられたように熱が冷めていく。

「これまでにも、赤城さんに憧れた駆逐艦の娘たちは数知れないわ」

 第一航空戦隊。通称、一航戦。吹雪の憧れの空母赤城と、目の前の加賀のペアの航空戦隊。空母2隻だけで深海棲艦の大艦隊を殲滅したという鬼のような強さと実績は、他の鎮守府でも有名で、転属してくる前に吹雪も噂だけは耳にしていた。

「あなたのように、彼女の護衛艦を志した駆逐艦は沢山いたわ。でも、多くは途中で諦めていったか、なれても長続きしなかった」

「なんで、ですか?」

 表情をこわばらせる吹雪に、加賀は淡々と言い放った。

「一言でいえば、興味がないから、かしら」

 加賀の言葉の意味が分からず、吹雪は首をかしげる。

「赤城さんの考えは、いつも戦うことに全てつながっているの。戦果を上げるために訓練し、寝て、食べて…。護衛艦も、勝率をあげるために選ぶわ」

「それって、普通のことなんじゃ……」

 戦闘に備え、常に体を最適な状態に保つ。装備も、味方も最適なものを選ぶ。食べることも、寝ることも、そのために必要なこと。勝つために、生き残るために。

「そうね。でも、赤城さんのそれは普通じゃない。戦えない、自分を守れない艦娘に興味はないの。いつでも簡単に捨てられる可能性があるということよ。あなたや駆逐艦の娘たちは、赤城さんに憧れを抱いても、赤城さんにとっては護衛艦その1、その2、くらいの認識しかないの」

 着任初日に目撃した赤城とは異なる、加賀の口から紡がれる彼女の姿に、吹雪は戸惑う。あれが全て、計算された上での演技だったなど、彼女は信じたくなかった。

「はじめは、それでも憧れの赤城さんだからと、護衛艦になった娘たちは頑張るわ。優しい言葉もかけてくれるし、戦果をあげたら褒めてくれる。でも、やがてお互いの認識のズレに耐えられなくなるの。背中を任せ合う関係のはずなのに、一番近い位置にいるのに、彼女の中に護衛の駆逐艦1はいても、吹雪という自分はいない、という風にね」

 吹雪の手にした湯呑が揺れ、お茶が波打つ。駆逐艦にとっては、一航戦は、赤城という存在は、憧れを抱く、特別な存在。でも、一番そばにいても、赤城にとって護衛艦は特別ではない。駆逐艦にとって赤城は特別でも、彼女にとって護衛艦でも特別にはなれない。

「でも、戦闘に役立って、自分を守ってくれる護衛艦を簡単に失っては問題だから、彼女も長くいてもらうために色々手を講じるわ。どんな手を使ってもね」

 それはまるで、蜘蛛の巣にかかった獲物をゆっくり食べる蜘蛛のようだった。今吹雪は、赤城の作った蜘蛛の糸に絡められているのだろうか?

「それでもいいなら、目指しなさい。でも、傷つくのは自分。よく考えなさい」

 吹雪は手が震える。これまで見てきた赤城が、全て虚像だったのか。では、本当の赤城とは何か?彼女は、足元が揺らぐような感覚に襲われる。

 

 

「可愛い後輩に、変なイメージを植え付けないでくれるかしら?」

 

 

 吹雪は背後からした声に振り向く。そこには、話題の中心の人が立っていた。

「あ、赤城さん……」

 赤城は吹雪に優しく微笑み、軽く手を振って応える。

「こんにちは、吹雪さん。加賀さん、こんな悪趣味な試験はやめてって言いましたよね?」

 赤城は微笑んだままだが、その表情に暖かさは微塵も感じられない。

「し、試験?」

 吹雪は、赤城と同じく向かいでお茶を飲む加賀を見やる。

「吹雪がどんな気持ちで目指しているのか、気になっただけです。空母は、戦闘になれば護衛艦に命を預けることになります。憧れや個人の抱く偶像など、敵の火力の前では意味を為しません」

「だからって、この子たちの気持ちを試すなんて、感心しませんよ」

「相方として心配しているだけです」

 赤城はため息をはくと、吹雪を見やる。

「加賀さんの言葉は流して。そんなことないから、ね」

「は、はあ……」

 一瞬、赤城の目の奥が怪しく光ったように、吹雪には見えたという。そして、赤城はどこかへ去っていった。彼女の姿が見えなくなったのを見計らい、加賀は口を開いた。

「まあ、実際はそこまでじゃないけど、計算高いのは事実よ。とにかく、彼女には気をつけなさい。いい?」

 加賀の念押しに、吹雪は頷く。

 

 

「この試験、いままでもしてきたんですか?」

 お茶にお饅頭、お煎餅を口にしながら、吹雪は加賀に問いかける。

「ええ」

 加賀は特に隠すこともなく答えた。

「でも、それでもみんな、そんなはずないと、私の言葉を聞き入れず、向かっていったわ。結果、みんな続かなかった」

「そう、なんですか……」

 加賀は話しながらでも、お煎餅に手を伸ばし続ける。

「ところで吹雪、もう1つ聞いていいかしら?むしろ、こっちが本題よ」

 ようやくお煎餅にかじりついた吹雪は、噛み砕きながら頷いた。

 

「なんで赤城さんには憧れて、私には憧れなかったの?」

 

 噛み砕いたお煎餅の欠片が喉に突き刺さり、彼女はむせた。見かねた加賀が、湯呑をさしだしてくれたので、お茶で流し込む。

「い、いきなり何を聞くんですか?」

 すると、加賀は少し俯き表情を曇らせた。気のせいか、サイドテールも元気なく垂れ下がっている。

「だって、みんなの憧れといえば、赤城さん、赤城さん、赤城さん……。私の名前は出てこない。少し足は遅いかもしれないけど、同じ空母なのに、一航戦なのに、練度は同等なのに、私の方が、少し艦載機も多く積めるのに……」

 後半になるほど、加賀の声は小さくなっていった。

「あなたから見て、私はどんな空母なの?なんでみんな、赤城さんに憧れるのかしら?」

 カッと見開かれた目は血走り、吹雪は背中に冷や汗を滲ませる。

「……気にしていたんですか?」

「相方が尊敬されるのは嬉しいけど、ペアを組んでいれば、なんで相方ばかり?そういう感情は、大なり小なり湧いてくるの」

 加賀は、噂や評判を気にしないタイプかと吹雪は考えていたようだが、そんなことはなかったらしい。

「着任初日に私はあなたの、憧れの赤城さん、のそばにいた。あなたの窮地にかけつけ、憧れの赤城さん、と一緒に敵を沈めた。今は同じ艦隊に配属され、私を日々目にしている。なのに、あなたの憧れは、赤城さんに向けられたまま。どうして?」

「えっと……」

「以前、ル級の砲弾から、金剛が守ってくれたらしいわね?加えてあなたは、彼女に抱きついたりもしたらしいわね?その彼女を差し置いて、私でもなく、接点の少ない赤城さんに憧れ続け、護衛艦を目指したいと考えた。なんで?」

 お煎餅片手に身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる加賀に、何で知っているのか、という疑問は脇へやり、吹雪は苦笑を顔に張り付かせる。

 なぜ目の前の加賀には憧れを抱かなかったか。勿論理由はある。でも、それを面と向かって本人に言っていいものだろうか?いうべきか、言わないべきか、吹雪の心は揺れる。

「えっと、そうですねえ……」

 身を乗り出す加賀に、吹雪は口を開こうとした。

 

 

「そりゃあ、一航戦は無愛想で表情が固くて、近寄り辛いからに決まっているでしょう?」

 

 

 加賀が手にしていたお煎餅が一瞬で粉々に粉砕され、吹雪は咄嗟に顔を両手で覆った。

 彼女は吹雪から視線を外し、深海棲艦を見るような鋭い視線を声の主に向ける。

「あら~。そんな怖い顔して、どうかしたんですか?加賀先輩」

「……何の用かしら、五航戦」

 そこには、赤城と同じ色の紅白の服装を纏い、頭の両側で縛ったツインテールを揺らす艦娘がいた。

「私の名前は五航戦じゃないわ!瑞鶴よ!ず、い、か、く!」

「そうだったわね。五航戦の、騒がしい方」

「瑞鶴だって言っているでしょ!一航戦の青い方!」

 吹雪はため息を吐き出した。翔鶴型空母2番艦、瑞鶴。同じ第五遊撃部隊のメンバーだが、艦だった当時の記憶のせいか、会うたびに加賀と言い合いがたえない。いや、むしろ言い合いで済んでいるので、この場合はよしとするべきか。

「それはそうと五航戦、さっきは聞き捨てならないことを言ったわね。無愛想で近寄りづらい、と」

「事実でしょ」

「……頭にきました」

「か、加賀さん待ってください!」

 どこから取り出したのか、瞬く間に艤装を展開し、矢を番えようとした加賀を吹雪はしがみついて止める。

「離しなさい、吹雪。今は、この礼儀知らずの後輩を、海の底に叩き落とすことが先決なの」

「同じ艦隊の仲間にそんなことしたらダメですよ~」

「弟子の失敗は、師匠の責任でもあります。安心して。優秀な子たちばかりだから、お茶が冷める前に片付けるわ」

「そういう問題じゃありませんよ!」

「加賀先輩って、沸騰しやすいんですね。さすが海鷲の焼き鳥製造機。いつも心の内は熱いんですね」

「……頭にきました」

「だから、ダメです~!」

 結局、加賀と瑞鶴の間に吹雪が割って入り、ようやく加賀は矢を収めてくれたのだった。

 

 

 

「それで、一体何の用かしら?からかいに来たの?冷やかしに来たの?」

「そんなんじゃないわ。間宮さんから生クリーム大福3つもらったから、同室の3人で食べようと思っただけ」

 瑞鶴は、手にしている袋の中から丁寧に包装された白い大福を取り出した。目の前に出された甘味に、加賀の肩がピクリと跳ねた。

 目の前の美味しそうな丸くて白い球体に詰まった餡や生クリーム。それらの組み合わせが生みだす食感と味。

 加賀の頭の中で想像が掻き立てられ、彼女の口の中で唾液の分泌が促進され、喉を鳴らす。

 それを見て、瑞鶴は不敵な笑みを浮かべた。

「あ~。でもさっき、私は加賀先輩ってちゃんと言ったのに、当の本人は五航戦、なんて言っていたしなあ~」

 手に持っている大福を引っ込めようとする。すると、加賀は目にも止まらぬ早さで瑞鶴との距離を詰め、彼女の大福を持つ手を握った。

「今までの非礼は詫びます。だから、お願い」

 甘味一つで簡単に心が揺らいでいいのか一航戦。ここまで迅速に行動できる先輩に、瑞鶴と吹雪は目を丸くする。

「べ、別にあげないなんて、言ってないでしょ」

 瑞鶴は吹雪の隣りに座り、袋から大福を取り出し、二人に手渡す。加賀は、宝石でももつような手つきで丁寧に大福を包み、一口食べる。

「どう?」

「……流石に、気分が高揚します」

 加賀のいつもの表情は崩れ、とろけるように柔らかい笑みを浮かべている。

「そういえば、2人はここで何を話していたの?」

「えっと……」

 どう答えたものか悩む吹雪は加賀を見るも、甘味を楽しむことに全神経を集中しているのでそれどころではない。

「えっと、何で赤城さんに、憧れを抱いたのかって加賀さんに聞かれまして」

「ああ、吹雪は赤城さん大好きだもんねえ」

 大福の包みを開け、彼女も一口かじる。

「やっぱ、憧れる?」

「ええ!かっこよくて、凛々しくて、信頼できる強さをもっていて。それでいて優しくて、浮かべる笑みは包んでくれるような暖かさ。これで憧れない理由なんてないですよ!」

「……そう」

 だが、瑞鶴の反応も加賀と同じく蛋白だった。

「瑞鶴さんは違うんですか?」

 瑞鶴は加賀を一度見てから、大福を飲み込んでお茶で喉を潤す。

「なんというか……、わからないのよ」

 彼女は頬杖をついて、空を見ながら話し始める。

「確かに練度は高いから、戦闘では頼りにできるし、時折訓練も見てくれる。でも、いつも笑みを貼り付けたみたいで、話口調も変わらず穏やかで、なんというか、底が見えないし、本音がわからないのよ」

「セクハラされるたびに、提督を爆撃しているあなたが分かりやすいだけでしょ」

「な、なんですって!」

 瑞鶴は加賀に向き直り、両目をつり上げる。気のせいか彼女のツインテールが、相手を威嚇する猫の毛のように逆立つ。

「それに、底が知れないというのは、あなたの姉もそうと思うわ。一見感謝の言葉を述べているようで、他の娘たちを随伴艦と一括りにしてしまう、とかね」

「う!そ、それは、まあ……。でも、翔鶴姉に悪意はないし」

「悪意がないという保証がどこにあるの?人畜無害に見えて、そういった言葉をいうから底が知れないのよ」

 瑞鶴がツインテールを逆立て、加賀を威嚇するもどこ吹く風。

 

「それで吹雪。なぜ私には憧れを抱かなかったの?」

 結局その話題からは逃れられないと悟った吹雪は、覚悟を決める。

「えっと、確かに加賀さんは、憧れはなかったです……」

 加賀の持っている湯呑が小刻みに震え、お茶にいくつも波紋がたつ。

「でも、別のものを抱きました」

「別のもの?」

 加賀は首をかしげ、頭に疑問符を浮かべる。

 

「はい!私は、加賀さんを、尊敬しています!」

 

「……どう違うのかしら?」

 加賀はわからないようで、首を僅かにかしげたまま問いかける。

「その、赤城さんは、確かに憧れます。でも、どこか、遠い存在のように、感じるんです」

「……彼女なら、この鎮守府にいるでしょ?」

「いえ、そうじゃなくて。確かに、赤城さんは優しくて、強くて、冷静で、かっこよくて。非の打ち所がないです」

 相方を褒める吹雪を見て、加賀の表情は曇る。

「だからこそ、みんな憧れると思うんです!あんな人と一緒に戦えたらって、彼女のそばにいて、特別になりたいって、夢に見ると思うんです」

「……そう」

「でも同時に、やっぱり心のどこかで、無理だって思ってしまうんです」

「無理とわかっていて、何で目指すの?」

「やっぱり、一度抱いた目標や憧れに、蓋をして生きていくことが、辛いからだと思います。それならせめて、あたって砕けてからの方が、気持ちの整理はつきますから」

 

 憧れは、あくまでああなりたいという漠然とした願望でしかない。でも、その気持ちは強く、容易に消せるものではない。だから、これまで彼女の護衛艦を目指した駆逐艦たちは、自分の気持ちに区切りをつけたら、途中で諦めた。

 たとえ護衛艦になれても、彼女と自分とのズレに苦しんだ。憧れ、ただの自分の偶像を彼女に押し付けていただけだと、悟った。

 

「でも、加賀さんは、純粋に尊敬します。表情の変化に乏しくても、皆さんのことを思って、やるべきことをしています。それに、良く瑞鶴さんと言い合いしていますよね?」

「……そうね」

「後輩とあれだけ言い合いになっても指導役を引き受けて、他の人に任せないって、すごいと思います」

「……先輩として、後輩の指導は当然よ」

 加賀は、瑞鶴に少々厳しい。でも、それは仕方のない部分がある。かつて、加賀たちは先の大戦で開戦間もない時期に、あのミッドウェーの海に沈んだ。その後、残された翔鶴や瑞鶴たちが代わりとなって戦った。

 諦めることも許されず、ただ彼女たちは前を向いて戦った。だが、次々味方が沈み、瑞鶴は残された。その彼女も、最後は囮として、エンガノ岬沖に沈んだ。

 先輩として後輩に残せたものは少なく、すべての負担を押し付け、ついには沈むことを前提とした作戦に、送り出さねばならなかった。

 この人の姿を得て、かつての記憶を引き継いで新たな生を得た今、加賀は瑞鶴に先輩らしいことをしたいのではないか。もう、囮として彼女を送り出さなくていいよう、生き残る術を身につけさせるために。

 加賀は日々鍛錬に、瑞鶴の指導に当たっている。彼女に憎まれても、必要なことを残すために。自分も生き残るために。

 

「加賀さんは、表情が乏しいので損しているように思うんですが、言葉の裏に、すごく暖かい心があるように思いますし、簡単に諦めて見捨てることもしません。それに時折見せる笑みが、すごく可愛いと思うんです」

「つまり、何が言いたいの?」

「えっと……」

「つまり、高嶺の花の赤城さんには憧れるけど、加賀さんには憧れない。加賀さんは高嶺の花ではなく、尊敬する先輩だから。そういうことじゃない?」

 一見温和で親しみやすそうに見えて、孤高な赤城。逆に、孤高に見えて、加賀はその言葉や内面に、暖かい心を秘めている。

 赤城は届かない目標でも、加賀はあくまで目指すべき目標として、そこに存在している。自分を鍛え、後輩も鍛え、生き残ろうとする先輩として。

「それは、褒められているの?」

「褒めているんですよ。憧れじゃなくて、頼れる、目指したい先輩ですから」

 吹雪は白い雪のように、混じりっけのない笑みを浮かべた。

「……そう」

 加賀は湯呑を口につける。その彼女の頬は少し赤くそまり、口元が微笑んでいる。

「なんだかはぐらかされた気がするけれど……。要するに、赤城さんと私とでは、抱く感情が違うということかしら?」

「はい!そうです!」

「……そう。ありがとう」

 加賀は横を向き、サイドテールで顔を隠しながらお茶を飲み続けた。

 

 

「あ、吹雪ちゃん」

 お茶もお菓子も無くなり、お開きになろうとしたとき、吹雪は聞きなれた声に気づき、背後を振り返った。

「あ、睦月ちゃん、夕立ちゃん」

 元同室だった、駆逐艦睦月と、夕立だった。

「そろそろ夕食の時間だよ、行きましょう」

「早く行かないと、赤城先輩が全部食べちゃうっぽい~」

「そ、それは流石に無いんじゃ…」

「赤城さんなら、ありえない話じゃないわ」

「そうね」

 この場に赤城が居たら泣くか、頬を赤らめながら否定するのではないか。そんな事を吹雪は想像する。

「加賀さん、ご馳走様でした」

「こちらこそ、呼び止めて悪かったわね。ありがとう」

 吹雪は席を立ち、睦月と夕立と共に食堂へ向かっていった。

 

 休憩スペースには、加賀と瑞鶴だけが残された。先程まで和気あいあいとしていた時と違い、静寂が場を支配している。加賀は澄ました表情でじっとしているが、瑞鶴はどこかそわそわしている。

「あ、あのさ……」

 瑞鶴が口を開こうとするのに、加賀は耳を傾ける。

「わ、私も、あんた、加賀のことは尊敬しているし、頼りにしている、から……」

「そう」

 加賀は簡単に、そっけない返事を返す。

「で、でも!」

 瑞鶴は加賀に向き直り、言った。

「いつまでも、尊敬だけ抱いている後輩でいるつもりはないから!いつかあんたのこと!絶対に追い抜いてみせるから!」

 決意を表すように語気を強め、大きな声で、彼女は言い放った。加賀は、僅かに目を見開くも、いつもの表情にすぐもどる。

「……生意気な後輩ね」

「な、なんですって!」

 瑞鶴はツインテールを逆立て、加賀を威嚇する。

「言っておくけれど、簡単に追い越させると思わないことね」

「上等じゃない。超えるべき壁が低いんじゃ、やりがいがないものね」

「言ったわね。なら、明日からあなたの鍛錬を見直します。せいぜい覚悟しておくことね」

 そう言うと、加賀は席を立って食堂に向けて歩き出した。

「あらそう。楽しみにしているわ、加賀先輩」

 瑞鶴も、食堂目指して彼女のあとを追っていく。

 

 加賀は、口下手である。厳しい訓練を課すが、それは期待の裏返しだという。きっと、彼女ならこれくらいは乗り越えてくれる。そしていつか、自分を超えてくれる。

 彼女は口に出さなくても、その日を一日、また一日と、待ち続けている。そのことに思いを馳せているのか、食堂に向かう加賀の口元は、少し緩んでいたらしい。

 

 

 なお、後日苛烈さを増した加賀の鍛錬を前に、瑞鶴は何度も悲鳴をあげそうになった。瑞鶴は、何でこんな先輩を尊敬していたのだろうと後悔することになった。

 瑞鶴が加賀のことを、一航戦の青い方、から、一航戦のヤバイ方、に認識を新たにせざるを得なかったのは、仕方ないことかもしれない。

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

思いつきで書いた話なので、この1話で完結となります。
荒削り、未熟な表現の文章ですが、楽しんでいただけたなら幸いです。

また投稿の機会がありましたらよろしくお願いします。

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