各国首脳が今年の覇権アニメを決めるようです   作:蚕豆かいこ

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各国首脳、2020年の覇権アニメについて語る

 アニメの祭典 今年も

 

 米ニューヨークの国連本部で31日、本年度の覇権アニメを決定する国連総会が性懲りもなく開催された。新型コロナウイルスの影響のため、国連発足以来はじめてとなるオンラインでの開催となった。

 

 2020年は新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るい、映画館の動員数も伸び悩むなか、『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』が公開からわずか72日で興行収入321億円を記録し、それまで邦画興収ランキング1位だった『千と千尋の神隠し』の316億円を超える異例の大躍進を遂げた。これにより邦画の興収ランキングは1位から5位までをアニメ映画が独占することとなった。『機動戦士ガンダム』の生みの親として知られる富野由悠季氏が約40年前に語っていた「この業界(アニメ業界)には幾多の天才たちがいる。その天才たちの才能が花開いたとき、日本映画のランキングはアニメで埋め尽くされる」という予言が現実のものとなったといえる。

 アニメの主戦場であるテレビアニメも、新型コロナによるいわゆる三密の回避などで制作に大きな困難を強いられたが、それでもスタッフやキャストの並々ならぬ努力もあって「例年と比べても遜色ない名作が次々誕生した」(官邸筋)と評される豊作ぶりを見せた。

 

 

 アフガニスタン 百合に陥落 タリバンも同調か

 

「あら^~の他に神はなし。そして今年の覇権アニメは『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の他になし」。演説冒頭、大振りの銀ジャケを抱きながらそう口火を切ったアフガニスタン共和国大統領の表情に迷いはなかった。

 

「いまさら説明が必要な人類はいないと思うが、『推し武道』は、大都会岡山の地下アイドル〈Cham Jam〉のメンバーの一人である舞菜を全身全霊で応援する恐るべきTO(トップオタ)、えりぴよを主人公とするコメディだ。ただでさえマイナーな地下アイドルのさらに人気最下位である舞菜に、えりぴよは狂気といってもいい愛情をそそぎ込んでいる。えりぴよが女性でなかったら危うく犯罪になるところだったことは一度や二度ではない。あまりに愛しすぎてえりぴよは苦悩する……なぜ自分は舞菜を産んでないんだろうと。自分が母親だったら舞菜がこの世に誕生してからの1分1秒をすべて堪能できていた。えりぴよは舞菜に邂逅するまでの時間を悔やむ。その空白の時間を補うために高校時代のジャージしか着るものがなくなるほど生活のすべてを舞菜の応援に費やすが、それでもやはりもっと早く舞菜に出会えていたら舞菜への愛情の総量はさらに上回っていたはずだと悶絶する。えりぴよは恐らく現実よりも早く舞菜を知ることができたパラレルワールドの自分を勝手に想像して嫉妬したりしているのだろう。

 CDを買うにはお金が必要だが、ライブのある日は丸一日を潰すので正社員にはなれず、アルバイトの収入はすべて舞菜に使う。まさに人生をかけている。〈Cham Jam〉が解散したり舞菜が引退したあとのことなどみじんも考えていない。人はここまで誰かを愛することができるのだとこの漫画は我々に突き付けてくるのだ。

 しかし、当の舞菜はたった一人の固定ファンであるえりぴよに塩対応を繰り返す。なぜか?」

 

 アフガニスタン大統領が問いかけると各国首脳たちは身を乗り出した。

 

「我々ムスリムにとって、アッラーは偉大なる神だ。偉大すぎるため、人間がその姿を直接見ると目が潰れてしまうという。えりぴよは舞菜を崇拝してやまないが、舞菜もまた、自分を応援してくれるたった一人のファンであるえりぴよに狂おしいほどの、いや失敬、偏執的な愛情を抱いているからだ。舞菜にとってえりぴよはアッラー。だから直視できない。目を合わせられない。それをえりぴよは自分は嫌われていると誤解する。この勘違い、すれ違いが、十字軍さえ許してしまえるくらいの微笑ましさを生む。

 しかしえりぴよは舞菜推しをやめない。どれだけ舞菜に目を逸らされようとも、最前列のチケットを獲得して……まあそれ自体は大して難しいことではないだろうが、そして彼女のメンカラーであるサーモンピンクのキンブレ(キングブレード。電池式のペンライト)を振って応援する。愛しているからだ。愛とは見返りを求めないものだ。見返りがあればむろん嬉しいに決まっている。だが、報われなかったからといって恨み言など言わない。ただただあなたを応援する楽しい時間を与えてくれてありがとうと感謝する。オタクとは、人間とはこうあるべきなのだ。古来、優れたコメディはただ笑わせてくれるだけでなく、作品を通して理想の人間像を観客に提示してきた。『推し武道』もその一翼を担う作品であろうことに疑問の余地はない。

 理想の人間像といえば、この漫画におけるレギュラーの1人、くまささんにも触れておきたい。くまささんは〈Cham Jam〉のリーダー、れおを推すTOであり、えりぴよの数少ない友人でもある。彼は見た目こそ典型的な中年独身キモデブ限界子供部屋おじさんだが、人を外見で判断することがいかに愚かであるかを私はくまささんに教えられた。彼もまた推しを応援するために人生を捧げているが、わきまえるべき一線を越えることはない。その気配すら見せない。彼は自分がどういう人間か自虐的なほどに理解している。ドルオタならプライベートでたまたま会った推しに話しかけられたりすれば天に昇るほど嬉しいだろう。だが彼は接触(握手、チェキ撮影、サイン会などのアイドル交流イベント。たいていCDに付属する握手券と引き換え)以外では推しとの会話すら必要最低限に控える。自分はれおと無料で言葉を交わす資格などないと悟りの境地に至っているからだ。れおという素晴らしい存在が自分に時間を使ってくれるなら、せめて握手券を買わなければ到底釣りあいがとれないと信じている。彼の信条を端的に表した名言を紹介しよう。“お金を出してこその接触。気持ちいいでしょう? 1000円で買う推しの5秒。興奮するでしょう?”。

 れおと自分の関係はあくまでアイドルとオタクであり、その関係を踏み越えようなどというオタクにありがちな考えをくまささんはむしろ厳しく戒める。だからこそ、くまささんがれおの住所を知っていたとしてもなんの心配もなく見ていられる。えりぴよとの掛け合いも笑いなしでは読めない。くまささんこそ聖人であり、理想のオタク、理想の人間といっても決して過言ではないだろう。

 なにより、〈Cham Jam〉のメンバーは誰もが個性的ではあるが嫌味な所がない。最下位の舞菜を見下したりいじめたりすることはない。互いが互いを尊重し、ひとつのチームとして、いかにファンに喜んでもらうか、ただそれだけを考えてひたむきに努力し切磋琢磨しあう。これもまた理想の人間関係だろう。アイドルものにありがちなギスギスやとってつけたようなシリアスはないので読んでいて快い。

『推し武道』は推しをもつオタクにとって大いに共感できうる啓蒙作品であり、コメディであり、真理である」

 

 アフガニスタン大統領は、これほどの漫画作品がアニメ化される運びとなったのは当然の真理としながらも、「いくばくかの不安があった」ことも事実だという。

 

「包み隠さずいえば、はじめて原作を読んだとき、私はえりぴよ以外の女性キャラの見分けがつかなかった。どの女の子も同じ顔に見えた。だが2話、3話と読み進めていけば、見分けがつくどころか髪型を変えようが遠景だろうが自然に個人認識できるようになっていた。これは平尾アウリ先生の卓抜したキャラクターデザイン、そして作画スキルによる現象だ。そういえば私はリアルでも人の顔を覚えるのに時間がかかるが、一度覚えれば髪型や服装を変えたくらいでは誰だかわからないなどということはない。同じ現象が『推し武道』では起きていた。それだけ『推し武道』のキャラ達は2次元と3次元とのすり合わせがうまくいっている証左だ。

 アニメーションは、原作者が作るものではない。別の、それも多くの人々の手によって制作される。原作がアニメに翻訳される際、時として致命的な齟齬が生まれてしまう悲しい事例を我々はしばしば目にしてきた。よほどのことがなければアニメ化は1回きりだ。そのたった1回きりのチャンスを『推し武道』のアニメは活かせるだろうか。平尾アウリ先生の素晴らしいキャラクター達をちゃんとアニメに翻訳できるだろうか。『悪の華』みたいに原作と絵がまったく違っていたりしたらどうしようと眠れぬ夜を幾度も過ごした。私は1日5回の礼拝を欠かさないが、そのうち1回は、いや2回は、正直いうと5回くらいは『推し武道』のアニメの成功を願っていた。私は一心に祈った。あれほど祈ったことは私の人生でははじめてだった。

 そしてついに訪れた第1話を視聴して、私は自分がいかに浅慮で愚かで不敬で稚拙な凡夫であるか思い知らされた。えりぴよはえりぴよとして、舞菜は舞菜として、動いてしゃべって笑っていた。本アニメには、確かにえりぴよと舞菜が居たんだ。

 アイドルアニメに欠かせないライブシーンに3DCGを使わずあくまで作画で挑むという、近年の厳しい制作スケジュールと予算の中でも可能なかぎり原作ファンに『推し武道』の名に恥じない作品を届け、さらには新規のファンをも獲得して、本作品を、いやアニメーションというジャンルそのものをもっと盛り上げていこうというスタッフの気概が窺えた。愛した原作のアニメ化という悲喜こもごもの一大イベントを彼らは最高の形で喜び一色に染め上げて我々に提供してくれた。我々にできる恩返しがせいぜいblu-rayの購入くらいしかないのが残念なほどだ。偉大なるアッラーとアニメ化に携わった全てのスタッフに、ラマダンでもないのに断食で感謝の念を表したが、彼らの功績には程遠い。スタッフに感謝の念を伝えるにはどうすればいいか、アフガニスタンの大統領として考えた」

 

 米政権とアフガニスタンの反政府勢力タリバンは2月29日、カタールの首都ドーハで、駐留米軍の段階的撤収などを定めた和平合意に調印した。アメリカとタリバンは、2001年にアメリカがアフガンに侵攻してから今日まで続く戦争の、いわば不俱戴天の敵同士。そんな両者が和平合意にまでこぎつけた背景には、アフガニスタン大統領の尽力があった。タリバンの態度軟化には、幹部に多くの『推し武道』ファンがいることが関係しているとされており、ある幹部は「我々はシーア派と妥協することはできない。だが『推し武道』を尊いと思う一点でのみ合意できる」(AFP通信)と話している。

 

 またアフガニスタン大統領は3月14日以降、1500人のタリバンの受刑者を釈放し、さらにアフガン政府とタリバンの間の交渉開始に伴い、2週間ごとに500人ずつ、残り合計3500人の受刑者を釈放した。いずれも『推し武道』のファンであり、「これからは銃ではなくキンブレを持つよ。そういう生き方をえりぴよは教えてくれたんだ」と話す元タリバン兵もいた。

 

「たとえ推しの握手券を100枚持っていようと接触は1枚分の5秒にとどめる。その精神が広まれば、人類はきっと世界平和を実現できるだろう」とアフガニスタン大統領はしめくくった。

 

 

 フィンランド、英雄の帰還に涙

 

 フィンランドの大統領は、今年の覇権アニメに『ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN』を選出したと宣言した。同作は地球によく似た世界が舞台となっており、魔女(ウィッチ)と呼ばれる少女たちが戦闘機のように空を飛んで、謎の敵「ネウロイ」と戦うというストーリー。2008年にTVアニメが放映されて以来、漫画や小説など幅広いメディアミックスを展開する長期シリーズとなっている。ウィッチたちの大半が第二次世界大戦で活躍したエースパイロットをモチーフにしていることも話題となった。アニメ版は平成20年度(第12回)文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品にも選ばれている。日本政府が「スト魔女は文化」と公式に認めた同コンテンツは、遠く離れたフィンランドでも人気だという。

 

「第1話を観たとき、私は同席していた首相や閣僚らにこう言いました。“諸君、我々のユーティライネンが帰ってきたぞ”。ユーティライネンだけではありません。8年前にラストで“つづく”と大書されていた劇場版の、その後を描く正当な続編である本作で、第501統合戦闘航空団〈ストライクウィッチーズ〉の彼女たちが、あのときの姿と声のままで帰ってきたのです」

 

 フィンランドでは、同国のエースパイロット、エイノ・イルマリ・ユーティライネンをモチーフとしたエイラ・イルマタル・ユーティライネンが特に人気が高い。エイラの誕生日と設定されている2月21日には、フィンランド駐日大使館の公式ツイッターアカウントが彼女の誕生日をフィンランド語でお祝いするツイートとともに、その日1日だけとはいえアイコンとヘッダーまでエイラに変更する気合の入れようを見せた。

 

「エイラには人生のすべてが詰まっています」とフィンランド大統領。「普段は飄々としたつかみどころのない、ともすればやる気の感じられない態度ですが、やるときはきっちり役目を果たす。しかもエイラは、オラーシャの至宝サーニャを含む戦友たちを一瞬先の未来予知を可能とする固有魔法でたびたび助けていますが、それは取りも直さず、凍てつく空に咲く一輪の花サーニャが被弾するビジョンを幾度も見てきた事実が8話で明らかにされたということです。おそらくこれまでも彼女は愛するサーニャが戦死する未来さえ視てきたと思われます。なんという精神力でしょう。そんなものを何度も見せつけられたら私なら気が狂います。しかしエイラはその冬戦争よりもくそったれな未来を彼女自身の力で変えてきました。過去は変えられない。でも未来は変えることができる。そして自分の人生と未来を変えるのはほかならぬ自分自身なのです。エイラは持って生まれた能力で、ウラル山脈の天使サーニャの死を目撃することになりましたが、悲観などせずその能力をフルに使って救う道を選びました。エイラが抱える苦悩はいかばかりか。誰とも共有できないし、そもそも彼女はそうすることを望まないでしょう。それでいてあの飄々っぷりだ。恩着せがましくないエイラの生き方に我々が見習うべき点は多いのではないでしょうか。

 エイラーニャだけでなく、本作では501のみんなが輝いていました。各キャラを掘り下げながらストーリーも同時進行させる手腕は見事の一言です。ストーリーとキャラが密接に絡み合った脚本は神回量産機としか言えなかった。

 作画においても、故郷を取り戻す悲願と魔法力が衰えるタイムリミットへの焦りが入り混じったカールスラント組の表情や、空戦での奥行きを感じさせるレイアウト、激しさを増すネウロイとの激闘は出色の出来栄えでした。

 ついでにいうと、魔法力の減退が始まる20歳というタイムリミットが迫る描写に、なんの疑いもなく永遠に若いままでいられると信じていたのに気がつけばTVアニメ版エヴァのミサトさんもすっかり年下になってしまったわが身を重ね合わせ、涙を禁じ得ませんでした」

 

 また、フィンランド大統領は、第8話の「わたしもミーナももう20歳だ!」というバルクホルンの台詞を、バルクホルン役の園崎氏がアフレコで「40歳だ!」と言い間違えるNGを出したエピソードに触れ、「40歳のお姉ちゃん、ありだと思います」と答え、総会は一時騒然となった。

 

「声優陣にも注目したいところです。エイラも、蒼空に舞う銀雪サーニャも、芳佳ちゃんも、リーネちゃんも、静夏ちゃんも、ペリーヌも、シャーリーとルッキーニも、お姉ちゃんとミーナとハルトマンも、もっさんも、8年前の劇場版からなにも変わっていませんでした。劇場版の公開当時にまで時間が戻ったような錯覚に陥ったほどです。むしろリアルで8年経っているぶん演技の引き出しが増えたことで、より表現力が豊かになっていました。それでいて最終話のもっさんや芳佳ちゃんのように喉が潰れそうなほどの悲痛な絶叫もいとわない。声優陣にとっても本作が特別な作品であることがうかがえます。

 最終話といえば、世界首都ゲルマニアのランドマークを破壊した2人のモデルがフィンランドとソ連のエースパイロットという構図には、正直胸の高鳴りが抑えられませんでした」

 

 とフィンランド大統領が語ると、ドイツ首相が神妙な面持ちで何度も頷いた。

 

 最後に、国連総会議長から「いちばんお気に入りの話数は?」と質問されたフィンランド大統領は、

 

「7話です」

 

 と曇りのない瞳で即答した。

 

 

 英国 王室問題には手を出すな

 

 ダウニング街10番地の首相官邸前から総会に参加した英首相は、2020年の覇権アニメに『映像研には手を出すな!』を推挙したと発表。いつもの寝起き風ぼさぼさ頭を寒風に吹かせながら同アニメについてブレグジットよりも真剣に語った。

 

「考えてもみてほしい。今年は『映像研』のほかにアニメーションがあっただろうか? 『映像研』はほんの少し未来の世界で華のJK3人組がアニメ作りに奔走する物語だ。俺らの擬人化浅草氏、後ろ姿だけは絶世の美女だが真正の銭ゲバ金森氏、事実上の紅一点水崎氏の3人は、高校生でありながらひょんなことからちゃんとリクープできる(採算の取れる)アニメを作ることになる。浅草氏は水路やトマソンですら空想の材料にして架空のメカに仕立ててしまう筋金入りのクリエイターだ。彼女が書き溜めたスケッチブックの設定資料やイメージボードは、水彩画であることもあいまって宮﨑駿監督の雑想ノートを連想させ、それが本アニメでは“アニメーション”という魔法によって命を与えられ、空想の世界で設定どおりの実物大で動く。雑想ノートが動くんだ。これに心躍らない男は去勢手術でも受けたかもしくはトルコ大統領かのどちらかだ」

 

 これにはトルコ大統領も苦笑い。かつて英首相は某雑誌の企画「いちばんトルコ大統領を不快にさせてやったで賞」にトルコ大統領がヤギと性行為を行なう詩を投稿し、みごと優勝を勝ち取り1000ポンドを獲得している。

 

「子供たちが協力してなにかを作る物語では、いいものを作って終わりになるものが多い。それはそれで悪くないが、本作では納期厳守はもちろん、経営やプロモーションも視野に入れてリクープライン(損益分岐点)を設定し、ビジネスとして成功させてはじめて目標達成となる。作りたいものを作るには予算と時間がどれくらいかかるのか、それは完成したらどれくらい売れるのか、そのとき黒字になるのか赤字になるのか、赤字になる見込みだったらコストカットするかそもそも企画を一からやり直すか。ゆえに本作のアニメ作りでは妥協もまた避けては通れない。予算と時間が無限にあれば作れるはずの巨大な“最強の世界”を、少しずつ妥協のやすりで削っていって、現実世界に収まるサイズにまで小さくしていかなければならない。

 それは監督の浅草氏だけでなく、原画にして動画にして作画監督の水崎氏も同様だ。彼女はアニメーションの芝居に並々ならぬこだわりを持っている。人間が10人いれば食事をしていても10通りの食べ方がある。10通りの歩き方、10通りの走り方がある。ロボットや怪獣が出るならその架空の存在の構造・生態を想像し、骨格と筋肉、関節駆動部の設定を詳細に詰め、それが動くときにどんな挙動を見せるのか、脳内でイメージし、さらに作画で出力しなければならない。つまり原画とは俳優だ。登場人物が10人いれば水崎氏は1人10役をこなす必要がある。人間だけでなく、動物、巨大ロボット、壊れる建物、爆発の炎や煙も登場人物に含まれる。水崎氏はすべての“動くもの”に納得のいく動きをつけたいが、納期は容赦なく迫ってくる。100を100として完全に作品にしたいのに、間に合わなければ0。作品にするためには80、それでも時間がないなら70と、完成度を意図的に下げていくしかない。理想と現実のはざまで、金森氏と水崎氏はこれ以上は完成度を下げないですむようにひたすら手を動かし続ける。

 プロの仕事には納期と予算がつきものだ。うちの王室は違うようだが、おっと失礼。とにかく利益を確保しなければ続けることができない、その現実を誰よりも知っているのが金森氏だ。彼女は卓越した手腕で資金を調達し、浅草氏と水崎氏がアニメ作りできる環境を整えていく。そして2人をつねに監視し手綱を引く。能力はあるがクオリティのことしか考えていないアマチュアの2人を、黒字の出せる作品を作るプロのクリエイターたらしめているのはほかでもない金森氏だ。いわば『ラーメン発見伝』のハゲが味方についたようなものと考えてほしい。厳しいがこれほど頼りになる存在はいない。ただしハゲと異なるのは、金森氏はアニメのことをなにも知らないということだ。だから3人のなかではある意味でいちばん客に近い。客がパッと見て気づかないような部分のクオリティアップに時間を使うのは無駄としてとりあえずさっさと完成させろと迫る。全体の進行に寄与しない枝葉末節に拘泥して完成までこぎつけられなかったら本末転倒だからだ。

 これに対して浅草氏や水崎氏は、確かにほとんどの人はアニメーターのこだわりなど気づきもせずにスルーするだろうが、わかる人にはわかる、そういう作品を作ることこそがアニメ作りの動機そのものであると譲らない。浅草氏、金森氏、水崎氏、この3人は誰も間違っていない。ブレーキの壊れた車は論外だが、アクセルを踏んで加速しない車にも用はない。浅草氏と水崎氏はアクセル、金森氏はブレーキに相当する。目の前の作業をこなすことしか頭にない2人に引き換え、金森氏が全体を俯瞰して適切にブレーキを踏んでくれる。だからこそ浅草氏と水崎氏は安心して思いきりアクセルを踏んでいられるのだ。金森氏が予算と時間を計算し、現実的に可能な妥協点を提示し、時には容赦なくカットを命じ、時には客はお前のアニメが見たいんだ、お前だけは弱気になってはいけないと叱咤する。このアニメで監督とプロデューサーの役割の違いがはっきりわかった視聴者も多いだろう。

 雑想ノートが動く感動、3人のJKがひとつのことにエネルギーを燃やす青春、未来なのにどこか懐かしい下町の風景、浅草氏のだみ声と金森氏の猛禽類めいた声、水崎氏のキラキラ輝くような声。ワクワクさせてくれる音楽。浅草氏のスケッチブックそのままの水彩のような巧みな色彩設計。これらをぜいたくに盛り込んだ『映像研には手を出すな!』こそが今年の覇権だ。落ち目のEUでもなければこの完全無欠の論理にまさか異論を挟もうなどと夢にも思わないだろう。

 最後にひとつ。仲間とともに見る徹夜明けの朝日は美しい。ありがとう」

 

 

 アメリカ、禁じ手の特撮を選出

 

 米大統領は大統領選挙の大勢が決まった15日、今年の覇権アニメに『ウルトラマンZ』を選んだとツイート。これに対し全米の民主党支持者が「それならあなたに投票していたのに」と嘆いた。

 

 総会に先立って開かれた記者会見で、記者から「特撮はアニメですか?」と聞かれた大統領は、「ニコニコ動画でアニメにカテゴリーされていたからアニメだ」とニコ厨らしい回答を見せた。翌日のワシントンポスト紙が「特撮をアニメ扱いするとは、寝ぼけているのは彼のほうだったようだ」と一面で報じると、その日のうちに大統領はツイッターを更新。「フェイクニュース!」と猛反論した。

 

「もはや『ウルトラマンZ』は実写だのアニメだのといった枠組みを超えた傑作」。総会で大統領は力強く持論を展開した。

 

「まさかこの2020年にセブンガーがレギュラーとして再登場するなど誰が予想できただろうか。防衛隊のおもちゃが売れないから人類がロボット怪獣で戦う設定にすればいいという発想はまさにコロンブスの卵だ。怪獣から人間が逃げまどうカットもまったく合成らしさを感じさせない。

 なによりも好感が持てたのは主人公であるハルキ、そして彼と一心同体となるウルトラマンZが、どちらも竹を割ったような性格のまっすぐな熱血バカだということだ。守りたいものがあるから戦うという、しっかり目的を定めて主体的に動く主人公はやはり見ていて気持ちがいい。ストーリーの途中でハルキは、怪獣を倒す行為がただ命を奪っているだけにすぎないのではないかと思い悩むが、その苦悩を乗り越えて成長していく姿も素晴らしい。

 ウルトラマンA(エース)の客演回では、48年の時を超えて格段にパワーアップした殺し屋超獣バラバのおぞましいまでの凶悪さにおののき、A兄さんは必殺技のAの異名を思い出させてくれるほど多彩な光線を見せてくれた。しかもA兄さんの声はかつて北斗星司を演じた高峰圭二氏。声が渋くなっていて、Aのかけ声を担当していた納谷悟朗氏に声が似てきており、さらにAとの統一感が出ていた。

 特オタにとって2020年といえばケムール人の年だが、54年前のトラウマを『Z』はこの年にみごとに再現してくれた。

 このように昭和ホイホイの多い本作ではあるが、これまでウルトラシリーズを見たことがない、なんの予備知識のない新規でも、ハルキとZの熱血一直線ぶりのおかげで楽しく視聴できる点も高ポイントだ。まだ観ていない人がいたら何かのアニメを観るような軽い気分で視聴してほしい。“これはこういうものなんだ”とストーリーに没入できる工夫が随所にこらされているため、きっと有意義な時間となるだろう。

 基本的に1話完結だから途中の回から観始めても楽しめる。これこそ今年を代表する傑作だ。私は来年の1月に大統領の職を辞することになっているが、最後の公務として『ウルトラマンZ』を覇権に選出できてとても光栄に思う。

 それでは皆さん、ご唱和ください! 我の名を! ウルトラマン……」

 

 と大統領がかけ声をあげると、各国首脳は左拳を高々と突き上げ、

 

「ゼェーット!」

 

 と叫んだ。

 

 

 フランス すけべ心隠さず

 

「今年の覇権アニメは何かって、すでに1月の時点で決まっていたよ。『異種族レビュアーズ』だ。

 世界は確実にハメる、いや破滅に向かっている。大手ポルノサイトから大量の動画が削除され、人間がもともと持っているありあまるエネルギーを発散する場がどんどん奪われているんだ。これは食べ物を無理やり奪われたのと同じことだ。食べ物がなくなったら人はどうする? 盗むほかはない。犯罪はそうして起こるんだ。これに反論したいのだったらポルノが氾濫している国より厳しく規制している国のほうが決まって人口あたりの性犯罪件数が多いことについてまずは貴重なご意見を聞かせてもらおうか。

 人の業のみならず、今年は新型コロナウイルスの影響で同種族レビューもできなかった。

『異種族レビュアーズ』はそんな混沌とした情勢下で生きていかざるを得ない我々に一筋の希望をくれた。人間、エルフ、天使、悪魔、ラミア、ミノタウロス、獣人、ハーフリング、サラマンダー、ゴーレム、有翼人に単眼娘。古今東西のファンタジーに登場するあらゆる種族がここでは風俗店で働いている。種族ごとに興奮するポイントも常識も違うから面くらったりもするが、異文化との交流こそエンターテインメントだ。多種多様な種族と文字通り交わる本作こそエンタメの極北というべきだろう。

 なにより本作ではどの風俗嬢、いやサキュバス嬢も楽しく仕事をしている点がいい。私は、売春婦や性的少数者を弱者として描く作品は嫌いだ。なぜなら、そういったステレオタイプの弱者像こそ、普通を自称する強者たちがマイノリティに求めている姿だからだ。強者たちは、いわゆる弱者が、社会や理不尽と健気に戦う姿を娯楽として消費したいにすぎない。だから弱者にも人間としての負の側面があることをけっして認めようとはしない。そして、弱者がなに不自由なく幸福な人生を送っていると過剰なまでに攻撃的な反応を示す。“そんなことはあるはずない。きみは絶対になんらかの差別をされているはずだ”と。強者にとって、弱者は不幸で、抑圧されている存在でなければならない。そうして自分たちに優越感を提供するのが当然だと強者は信じ込んでいるのだ」

 

 その風潮に『異種族レビュアーズ』は一石を投じたとフランス大統領は語気を強めた。

 

「本作で描かれているヒロインたちは風俗嬢であるが、彼女らはいずれもプロフェッショナルとして自らの仕事に誇りを持っている。プライドがあるから客も選ぶ。なにより彼女たちは仕事も含めて人生をめいっぱい謳歌している。そのことがむくつけきPTAの逆鱗を尻で撫でることになった。娼婦はみんなやむにやまれぬ事情があってその身をやつしていて、来る日も来る日も客の相手をさせられてムスコと辛酸を舐め、搾取されている、差別と格差の被害者であるはずだ、そうでなければならない、そんな思考停止の安っぽいテンプレートを、『異種族レビュアーズ』は風俗嬢たちが自らの意思で性を売り物にしている世界観によって笑い飛ばしてみせた。勝手に自分より下の職業に就くしかなかったと哀れんでいた風俗嬢が、まともな人生を送っているはずの自分より遥かに充実している。ポリティカル・コレクトネスを標榜する連中にはそれがただただひたすら我慢できなかった。弱者であるべき売春婦が、差別も、強制も、搾取もされることなく自由であることなど、認めるわけにはいかなかった。だから奴らは『異種族レビュアーズ』を放送中止に追い込んだんだ。

 では『異種族レビュアーズ』はポリティカル・コレクトネスに負けたのか。それは断じて否だ。むしろ『異種族レビュアーズ』は、政治的正しさの美名を盾にして自分たちの価値観にそぐわないものを排除しようとする、醜い人間たちを白日の下に引きずり出すことに成功したのだ。生まれもった姿を最大限に活かして仕事にする。これはまさに人権活動家たちが理想として掲げてきた社会ではないか。しかしいざそれが実現された社会を提示すると彼らはとたんに眉をひそめ、目を背けようとする。そんな人間たちの矛盾を浮き彫りにした一点において、『異種族レビュアーズ』は“消されたら勝ち”を体現してみせたのである。

 私はここで宣言する。職業や種族で差別などせず、むしろ種族の違いを特有の強みとしてみんなで遊んでバカをやる。そのために仕事をがんばる。『異種族レビュアーズ』の世界こそ全人類が目指すべき理想郷であり、同アニメこそ覇権アニメなのだとね」

 

 

 インド首相 選んだのは『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』

 

「最初に言っておくが、私はこの『イド』という作品をまだ完全には理解できていない。かれこれ3周したが自分がこのアニメを理解できたという自信が得られないのだ。いっそのこと下半身に身を委ねて『土下座で頼んでみた』を覇権に選ぼうかと投げやりになった日もあった。あと、“インドがイドって”と笑われるのも避けたかった。

『イド』は一言でいえばSFミステリーだ。この世界では殺人事件の現場には犯人の殺意が残留する。拳銃を使ったときの硝煙反応のようなものだろう。その殺意をデータ化し、殺意の世界“イド”と呼ばれる仮想現実を構築して、そこへ潜り込むことで真相を探るのが主人公の使命だ。サイコメトリーの一種ともいえるだろう。そして“イド”に潜れるのは同族である殺人鬼だけ。つまり主人公も人を殺したことがあるわけだ。世界観設定がキャラの人生と有機的に連携して、綿密に張り巡らされた伏線とともに視聴者に超然として迫ってくる。情報量がすさまじいため1度の視聴ではすべての伏線を拾いきれなかった。これは2周目以降に真価を発揮するアニメだ。

 まして1話を観ただけでは、ただ街がレゴブロックになってたわけのわからないアニメとしか評価できないだろう。3話までで強烈なインパクトを残さなければ切られるこの時代、最終話まで観なければ魅力がわからないアニメを作る理由とは、ほかでもない視聴者への信頼だ。いいものを作れば視聴者はきっと最後まで見て評価してくれる、そう作り手が我々を信じているからだ。この信頼に応えずしてなにがアニオタか。

 深層心理世界を視覚化した非現実的な映像、それ自体が伏線となっている会話、映像とともに“イド”を表現した音楽、それらから得られる情報は、1回流し見をしただけでは全貌が掴めない。なにがなんだかわからないがとにかくすごい作品を自分は目撃しているという高揚感は確かだった。似たような感覚を私は以前にも味わった。『2001年宇宙の旅』や『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』をはじめて鑑賞したときだ。すなわち『イド』も無理に理解する必要はないのかもしれない。まずは新鮮な映像体験の海にたゆたうのがひとつの正解だろう。

 私は頭を空っぽにするアニメが大好きだ。だが『イド』はその対極に位置する。今の時代にこのようなうちの国の人口みたいにぎゅうぎゅうに詰まった高品質なアニメが作られたことを私は嬉しく思う。

 では私は4周目を観てくるのでこれで失敬。でもちょっと疲れたから『ヒプノシスマイク』を挟もうかな……」

 

 

 ロシア大統領は遊びたい

 

 クレムリンから参加したロシア大統領は本年度の覇権アニメに『宇崎ちゃんは遊びたい!』を選んだ。

 

「私はおっぱいが好きだ。大きいおっぱい、または巨乳、もしくはスイカップ。勘違いしてほしくないが私は貧乳を差別する意図はない。おっぱいはその時点で満点だ。この世の奇跡だ。大きければさらに加点されるというだけのことにすぎない。どちらが下かではなくどちらがより好きかという問題だ。

 私は八重歯が好きだ。KGB時代から何度も明言しているが肌色の八重歯が特に好みだ。あの小さなパーツだけでそのキャラの性格がわかる優れたデザインだ。

 では巨乳と八重歯の女の子はどうか? 決まっている。大好きだ。宇崎ちゃんが2020年の女神であることは自明であり、よって本アニメが覇権アニメであることもまた完全な決定事項だ。

 桜井くんと宇崎ちゃんの絡みを眺めているだけで1週間の疲れがスプートニクよりも遠くへ飛んで行った。娯楽とはかくあるべしと教えられた気分だった。

 なお、宇崎ちゃんのNTR絵をインターネット上にアップした不心得者どもはすでにすべて住所を特定し、スペツナズを送ってある。年明けには世界へ朗報を届けられるだろう。よい新年を」

 

 

 

 日本 選出はあのなろう原作から

 

 天皇が即位し、疫病が流行り、鬼退治が流行り、稲作が流行った日本の令和2年度は激動の一言だった。長期政権から引き継いだ新首相は覇権アニメに『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』を選んだ。

 

「アニメには愛される主人公が不可欠です。『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』、通称『はめふら』の主人公、五等分の猿知恵、BAKARINA、野猿、もといカタリナは、基本的に自分の破滅の未来を変えるべく行動します。しかしその方法が“土を耕して家庭菜園を始める”など、どこかズレていて面白い。それ以上に、彼女の気さくで朗らかで人から愛される性格が、登場人物たちだけでなく視聴者までも引きつけるのです。また、復讐やざまぁ系でもないため、やさしい世界を望んでいる私にはうってつけでした。

 彼女は本来の主人公ではありません。しかし、彼女の無自覚な内面の魅力が、周囲の人々が抱えていた闇に優しく光を当て、皆を前向きにしていったわけです。そんなカタリナにはまさしく主人公の資格がありました。主人公でない人間が、本人の努力で主人公になったことに大きな意味があると思います。私たちもカタリナのようにひたむきに頑張っていれば、関わる人々を救う主人公になれることを示しているからです。これは日本の安全保障にも資するものであると、我々政治家も虚心坦懐に受け止めねばならないと、そう感銘を受けた次第であります。

 同時に、『はめふら』をきっかけとして、なろう原作だからといってそれだけで評価の対象としないのではなく、あくまでも個々の作品を実際に視聴して判断するようになればと、かように思うものであります」

 

 

 総会の最後に国連事務総長が総評した。

 

「世界はかつてないほどに分断されています。自分が世界から孤立していると感じるときもあるでしょう。そんなときは、アニメを観ましょう。世界のどこかには、あなたと同じ瞬間に、同じアニメを観ている人が必ずいます。あなたと同じように笑い、感動している人間がいます。アニメを観ることで、我々は繋がることができます。

 いまだコロナ禍は収束の見通しが立ちません。しかしいつかトンネルの出口が見えるときが来ます。一人で闇のなかを歩くのは難しいですが、あなたの隣には同じアニメが好きな仲間がいます。もう少しだけ頑張ってください。来年もきっと素晴らしいアニメが私たちを待っていることでしょう。アニメを愛するかぎり私たちは団結できます。

 最後になりますが、国連事務総長としてではなく、一人の人間としてこの言葉を贈らせていただきたい。“あなたは孤独ではない”。来年があなたにとってよい年となるように」

 

 としめくくると、各国首脳からは惜しみない拍手が送られた。

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