各国首脳が今年の覇権アニメを決めるようです   作:蚕豆かいこ

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英国議会が2022年冬の覇権アニメを決めるようです

 舌が三枚あるのに料理の味がわからないかつての大国イギリスで5月30日、同国2022年覇権アニメ選出の予備選となる冬アニメ覇権選出会議が開かれた。庶民院(下院)での議論は白熱し、議事堂近くを流れるテムズ川が沸騰していると聞きつけたロンドン市民がティーバッグを川に落とす光景も見られた。SNS上では「最近のイングランド人は川と港の区別もつかない」と嘆くウェールズ人のコメントに「ウェールズにインターネットなどあるはずがない。おまえスコットランド人だろ」「ウェールズを馬鹿にしてやるなよ。空と森ならいくらでもある」と返信がつくなど、選出論争は早くも場外乱闘の様相を呈している。

 

 

首相 神アニメに恋をした

 

 ハリケーンの中を歩いてきたようなぼさぼさ頭の首相が登壇するや否や、議場は野党議員らによる罵声大会に早変わり。議長の「静粛に(オーダー)!」の制止にも聞く耳を持たない。英首相は2020年6月、新型コロナ感染拡大を受けて実施した事実上のロックダウン中に、どう見てもただの集合住宅にしか見えない首相官邸で自身の誕生会を開催していたことが明らかになっている。首相についてはその後も、国民の行動が厳しく制限されていたロックダウン中、官邸などでポケモンアルセウスやエルデンリングに夢中になっていたことが相次ぎ発覚しており、与党・保守党からも首相に辞任要求が出される事態に。一連の騒動については首相が「アルセウスは仕事のうちだと思っていた」「誰も公務中にラニといちゃつくのがいけないことだと教えてくれなかった」と釈明しながらも、おわびとして屋外でのマスク着用義務を撤廃。消息筋は「北風と太陽のつもりさ。本音では黙らせたいがマスクを外させればかえって黙るだろうという魂胆が透けて見える」と痛烈に非難した。

 

「われわれ保守党は、2022年冬アニメの覇権に『その着せ替え人形(ビスク・ドール)は恋をする』を謹んで推挙します」

 

 首相のその一言で、野党議員らはいっせいに黙った。アニメのタイトルを野次で汚すことはイギリスの不成典憲法で慣習的にご法度とされている。

 

「このアニメの表層は、オタクに優しいギャルのテンプレをなぞっています。ですがわたしは断言しなければなりません。オタクに優しいギャルなど存在しない。①ギャルは人間である。②オタクなどという自分本位な存在に優しくしてくれる人間など存在しない。③よってオタクに優しいギャルは存在しないという反証が成り立つわけです。では『着せ恋』は? ギャルがオタクだった」

 

 これには何度も頷く議員の姿も見られた。『その着せ替え人形は恋をする』は、雛人形の顔を作る専門の職人「頭師(かしらし)」を目指す内気な男子高校生・五条新菜(わかな)が主人公。ある日、五条くんはひょんなことから、スクールカースト上位のクラスメイト・喜多川海夢(まりん)がひそかにアダルトゲームのキャラクターになりきるコスプレを趣味にしていることを知り、彼女にコス衣装を作るのを手伝ってくれないかと頼まれる。カースト上位と下位、エロゲオタクと非オタ、住む世界の違うふたりがコスプレというひとつの目標に向かって切磋琢磨するラブコメディーだ。

 

「ピアスを開けまくっている陽キャのギャルが重度のアニメエロゲオタク。もうこれだけで優勝です。ギャル特有の異様に近い距離感でわたしの髪の毛も見ての通り思わず逆立ちました。あの見た目で恋愛はクソ雑魚というギャップもたまりません。海夢ちゃんの胸の谷間に流れる汗には宇宙の真理が詰まっている。わたしはあれを見てロックダウン解除を決めました。海夢ちゃんに声を当てている直田姫奈氏の好演もイエスでした。こんな性癖歪ませてくるかわいい声の女性が保母さんやってたんだと思うとまだまだ世界は捨てたもんじゃないと希望が持てます。巷では海夢ちゃんが早くも2022年アニメヒロイン金メダリストとの呼び声も高いと聞きますが、それも納得のかわいさです。

 だがわたしはあえて言いたい。『着せ恋』のヒロインは海夢ちゃんではない。彼女はむしろ主人公です。ヒロインはごじょー君。ごじょー君のかわいさに気づいたときこそ『着せ恋』の真髄を理解したときなのです」

 

 転換点は、新菜が仕立てた初のコスプレ衣装を海夢が着てふたりでイベントに参加した5話ラストだ。それまではおもに新菜視点のみで物語が進む。しかしイベントを終えた帰りの電車の車中、新菜のある一言で、海夢は彼をはっきりと異性として意識する。以降は海夢視点でいかに彼女が新菜に恋をしているかがこれでもかと描かれる。コスプレ衣装版プロジェクトXだった物語は、ストレートに想いを伝えられない海夢の空回りっぷりと、彼女の肢体に年相応の男子の反応はしつつも自分に価値があるとはまったく信じていないがゆえに海夢の好意をごく自然にスルーしてしまう新菜との、もどかしくも微笑ましいラブコメがトッピングされていく。

 

「見ていて応援したくなるのが主人公の必須条件です。ならば、海夢ちゃんが主人公でごじょー君がヒロインという構図になんら疑問はありません。海夢ちゃんのために『聖♡ヌルヌル女学園 お嬢様は恥辱倶楽部 ハレンチミラクルライフ2』をゼロから勉強し、寝る間も惜しんで黒江雫たんの衣装を作り上げたごじょー君を、海夢ちゃんが落とす、これだけが今のわたしの願いです」

 

 作画厨として名高い首相は映像面のチェックも抜かりない。

 

「本作アニメはとにかくよく動く。これはまさに原画マンを始めとした作画スタッフの“動き”に対する執念のたまもの。全身で感情を表現する海夢ちゃんがまさにアニメイテッド(命を吹き込むの意)されていた。これが週一のテレビアニメだなんて信じられない。表情が豊かな女の子はやはりかわいい。じいさんが笑うだけのカットでも同じ動きを繰り返して笑うのではなく、微妙に後ろにのけ反りながら笑ってる。海のシーンも素晴らしかった。あえて海の彩度を落として、ローレンス・アルマ=タデマの透明水彩画のように描かれた海は、きっと天国でもみんなの思い出として語られるだろう。トーマス・ヤーンとティル・シュヴァイガーにもあの海を見せてあげたいね。

 陰キャと陽キャの違いこそあれ、ごじょー君も海夢ちゃんも、アイルランド人がじゃがいもを愛でるように、相手を思いやる気持ちを当たり前のように持っている。やはり、陰キャに優しいギャルなどという都合のいい妄想は存在しなかったのだ。海夢ちゃんが陰キャに特別優しかったわけではない。ごじょー君が相手を一人の人間として敬意を払える人格者だからこそ、海夢ちゃんも惚れちゃったのだ。良好な作画で紡がれる彼ら彼女らの物語を最後まで堪能してほしい。EDも隙なくかわいいので、気の長いことが数少ない取り柄のわれわれは、その貴重な美徳を捨てることなく、最後まで視聴するべきであろうと思われる」

 

 最後に首相は警鐘を鳴らした。

 

「でもさすがに冒頭に海夢ちゃんが頭を机にぶつけたのは危なすぎる。炭治郎でもないかぎり真似はしないほうがよさそうだ」

 

 

労働党 セーラー服発祥地のプライド

 

 労働党代表は2022年冬アニメの覇権に『明日ちゃんのセーラー服』を推した。母の母校のセーラー服に憧れた明日小路ちゃんが念願かなって入学を果たし、その純粋な人柄でクラスメイトと交流を深めていく日常系箱庭アニメだ。

 

「賢明なる諸議員におかれましては、かの国で女子生徒の制服に採用されているセーラー服の起源が、世界に冠たるわれらが英国海軍の水兵服にあることはご存じかと思われます。なぜ女の子が水兵の服を? 答えは簡単。あんなだっせえ服を着せときゃ悪い虫なんかつかないだろうという、実に日本的な麗しい親心から制服に採用されたのです。セーラー服は避妊具としてうってつけだったというわけです」

 

 これには議会も笑いに包まれた。イギリスの不肖の弟アメリカの陸軍では、顔面偏差値の高い女性は入隊時に牛乳瓶の底のような伊達眼鏡を支給される。この眼鏡は「避妊用眼鏡」と通称されている。

 

「しかし、もはやセーラー服は避妊具ではない」と労働党代表。「セーラー服の女子中学生が好きじゃない男など男ではない。一ヶ月前までランドセルを背負っていた女の子が、真新しいセーラー服に袖を通す、これこそ罪深き人類が生みだしたたったひとつの善行なのです。母が手縫いで仕立ててくれた憧れのセーラー服。しかし、その学校では指定制服はブレザーに変更されていた。ブレザーのクラスメイトのなか、明日ちゃんだけがセーラー服で浮いている。面接で“あなたらしい服装でお越しください”とあったのでスウェットで行ったらほかのみんなはスーツだったあの日を思い出しました。もし、一人だけセーラー服だという理由で明日ちゃんがいじめられ、お母さんの手作りのセーラー服がずたずたに切り裂かれたり落書きされたりしたら耐えられない、そんな不安と恐怖と戦いながら視聴を続けました。まったくの杞憂だった。ゼロ年代の胸糞エロ漫画みてえなキャラデザインだと思った自分の口にマーマイトを押し込みたい」

 

 同アニメでは作画も大いに注目すべきポイントだったと労働党代表は語る。

 

「まさに作画の鬼。明日ちゃんの髪からは、思春期の少女特有の清潔な石けんのような香りと、甘酸っぱい汗の匂いが漂ってきそうでさえある。きらきらと輝く田んぼの水。山々の間に沈む夕日のノスタルジー。教室に舞う塵埃(じんあい)のきらめき。そして家のなかの温かい空気感。釣った魚を“アブラハヤっぽいな”と思っていたらほんとにアブラハヤだったときには、自分の目を褒めてあげたかったが、よく考えたらアブラハヤをちゃんとそれとわかるよう作画するスタッフの貢献によるところだと思い直した。

 そして、なんといってもセーラー服の作画だ。明日ちゃんが憧れていただけあって、そしてお母さんの愛が込められているだけあって、見れば見るほど視力が上がるくらいに美しい。しわの一本一本まで愛おしいよ。海軍のだっせえ水兵服がかくも聖骸布のごとき神々しいフェチズムに昇華されるとは、わが国の女子生徒の制服もセーラー服にすべきではなかろうか?」

 

 なお、英国におけるセーラー服の学校制服導入については、国民からの「ださすぎる」「殺す気か」「囚人に着させろ」という強硬な反対で断念している。

 

「『あしたちゃんのセーラー服』だと思っていたら『あけびちゃんのセーラー服』だった。それで第2話サブタイトルの“また明日”を“またあけび”だと思っていたら“またあした”だった。記号のごとき言語を母国語とする我々には日本語の奥深さに舌を巻くばかりだ。3枚でも4枚でも巻けるよ。

 ついでにいうと、私も足の臭い女の子が好きだ。『信天翁航海録』の双子とか。フェチは地球を救う。3話なんかいきなり腋のアップから始まる。昼間は制服をかっちり着込んでいる女子生徒が寮の部屋では裸足でリラックスしているギャップがたまらない」

 

 保守党も黙ってはいない。「ひかがみの尊さを忘れるな」「ポニーテールの後れ毛の素晴らしさを理解できないとは」「うなじを流れる汗にも人権はある」「明日ちゃんのへそが見えていない役立たずの目など捨ててしまえ」野次の嵐に、議長が「静粛に(オーダー)! 静粛に(オーダー)!」と口角に泡を飛ばして繰り返した。なおも飛び交う罵声で演説は一時中断し、議長がいつものように学級崩壊状態の議場をこうたしなめた。

 

「僭越ながら、わたしは経済についてはギリシャ人ほどの見識を持っています。しかしながら本議会に“見えざる手”が働いて自然にあるべき姿に落ち着くだろうなどと考えるスコットランド人のような楽観主義者ではありません。いいですか、明日ちゃんや彼女のクラスメイトたちには元気いっぱいでいてほしいですが、自分のてのひらにご自分の年齢の数字を書いて、あなたたちがその数字にふさわしいふるまいをしているかどうか考えてごらんなさい。みなさんの脳みそはそのお顔と違ってしわくちゃのはずです。ハンサード(議会速記録)にはあなたたちはいつもどおり“名誉ある諸議員”と記されるでしょう。職務に忠実な速記者にうそをつかせたいなら別ですが、幸いにもそうでないのなら、どうか静粛に」

 

 同作は主人公の明日ちゃんの気持ちいいキャラクター性が高く評価されている。明るく、朗らかで、自分にも他人にもうそをつかず、ひたむきに努力する。そんな明日ちゃんに登場人物たち同様に惹かれる視聴者が後を絶たない。

 

「クラスメイトたちは、ささやかではあるが誰もが小さな悩みを抱えている。その悩みを明日ちゃんはその持ち前の明るさで蒸発させてくれる。彼女の圧倒的上昇気流のおかげで、うつむいていたキャラが上を向けるようになる。だからみんな明日ちゃんと友達になる。明日ちゃんと出会えたことを彼女たちは生涯の誇りにするだろう。なぜなら、明日ちゃん本人が、彼女たちと会えたことを誇りにしているからだ。やっぱり天真爛漫なかわいい主人公が無自覚に周囲を落としていく百合は最高です。その集大成となる12話は、神回をすら超えている。『明日ちゃんのセーラー服』は、神話だ」

 

 また労働党代表は、同アニメで描かれる人間関係や家族像に注目する。

 

「子どもが賞状をもらって帰ったら褒める。たったこれだけのことが子どもにとってどれほど嬉しいことか。褒めてほしいことで褒めてもらったら、子どもは自分の親を世界一の親だと自慢できるのだ。

 明日ちゃんを含めたこのアニメのキャラは、なにかしてもらったら必ず“ありがとう”と感謝の言葉を口にする。アヘン戦争やじゃがいも飢饉のことは忘れてもよいが、ありがとうの気持ちは決して忘れてはならないということを明日ちゃんたちは教えてくれた。惜しむらくは、われわれ英国人がせっかく“ありがとう”と言っても、なぜかそのままの意味では受け取ってもらえないことだ。()()()ありがとう」

 

 

歴史への敬意 800年越しのアニメ化

 

 アストルフォで抜いてるけどホモじゃない党、略してアホ党は、覇権候補に『平家物語』を推薦した。明らかに『逃げ上手の若君』の北条時行がらみの選出に、同党首の私情が多分に混じっていると議会は紛糾。またも会議は一時中断を余儀なくされた。

 巨乳巨尻エルフを許さない党の党首が、議長権限で選出却下するよう議長に要求したが、議長は毅然と請求を棄却した。

 

「大変恐縮ですが、乳尻エルフ党党首の請求は時間と酸素の無駄であり、牛のげっぷよりも価値が認められません」と議長。「人権とは、どれだけキモい相手の、どれだけ気に入らない意見であっても口を塞いではならない、そういう忍耐強さ、すなわち理性の結晶なのです。たとえ時行のさらさらした黒髪とぷにぷにのほっぺ目当てにジャンプを毎週買うようなショタコンであっても人権は尊重されねばならず、彼の口を塞ごうとするものの口をこそ私たちは塞がねばなりません。いいですか、皆の合意が容易に得られないときにこそ、議会の意味があるのです。われわれは辛抱強くお互いに耳を傾けあい、地道に妥協点を探り、最善を尽くすほかないのです。ドイツ人のように誰か一人に任せっきりにするのはとても楽で魅力的だが、ベストな方法とはいえないのです」

 

 議長に促されたアホ党党首は、議長に礼を述べ、演説した。

 

「800年。平家物語が原作完結からアニメ化までにかかった時間です。アニメ化に要した期間でいえばおそらく高畑勲の『かぐや』と一二を争う気の長いコンテンツ。平家物語を基にした漫画かなにかをアニメ化したのではなく、平家物語そのものからアニメを起こした意欲作だ。

 日本通の友人に、“原作ではどのキャラが死ぬのか”って訊いたんだ。そうしたら、“今はもうみんな死んでるよ”って言われたんだ。

 権力に固執するうちの首相みたいなトップ、そのトップの正当性のために利用されるうちの王室みたいな帝、お家のために意に沿わぬ戦をさせられる子供たち、運命に翻弄されながらも懸命に生きようとする人々。ここには普遍的な人の世の悲しみと切なさが込められている。琵琶とともに語られ諸行無常を訴えてきた、血肉ある物語だ。

 その語り部はその名も“びわ”。史実には存在しないオリジナルキャラクターだが、彼女はその名が表すとおり、『平家物語』というアニメを視聴者の目の代わりに登場人物らと同じ地平で見つめ、同時に俯瞰する、現代の琵琶法師の役割をもつ。びわというどう動かすも自由なキャラの視点を通すことで、平家の武士や女性たちがただ原作どおりの台詞を喋るだけの人形ではなく、ささいなことで笑ったり怒ったりしていた普通の人間だったことが実感できる。

 空想や異世界ではない、この世界で、確かに彼らは生きていた。月に()い、笛を奏で、人を愛し、そして血を流した。彼らと私たちは一続きで生きている。考えてもみてほしい、800年も前の出来事が、むろん一言一句違わずとはいわずとも、その名と成し得たことが現代に至るまで伝えられている。これこそが文化的豊かさだ。国が滅んだり、新政府以前の文化を徹底的に破壊したりしていたら、この平家物語も焚書か散逸の憂き目に遭っていただろう。これはとりもなおさず、先祖が代々文化を継承し続けてくれたからにほかならない。私たちにできることは、次の800年まで文化を伝えていくことだ。平家の栄枯盛衰が今に伝えられているのは、神さまが与えてくれた奇跡ではない。先人たちの努力だ。ならばわれわれがその努力をしなくてよい理由などない。

 OPの始めに画面の右上に黒い点が一瞬浮かぶのも、昔の映画のチェンジマークを彷彿させ、心地よいノスタルジーに浸る効能もあった。OPの歌詞が盛大なネタバレだがどうせみんな結末を知ってるだろうという思いきりも心地よい。日本昔ばなしを思わせるキャラクターデザインも、平家と源氏の戦いを語る上で避けて通れない生々しさを程よく緩和するのに一役買っている。

 名作には偶然さえ力を貸す。シャーリーズ・セロン主演の『モンスター』冒頭では台本に雨とは書かれていなかったが、撮影直前に雨が降り始め、続く展開と登場人物らの運命を暗示する名アバンとなった。『平家物語』では、クライマックスとなる壇ノ浦の戦いを描く回が、地震による放送延長で実際に壇ノ浦の戦いがあった3月24日に放送となる奇跡が起きた。放送後に月を見上げ、あの月もきょうの私と同じ戦を800年前に見たのかと感慨にふけった。これこそが諸行無常だと思い至り、私は涙を抑えようもなかった。娯楽作品であると同時に、時代を越えて耳から耳へと伝えられてきた、勝者にして敗者たちの歴史でもある『平家物語』が、覇権の名にふさわしい」

 

 スピーチが終わると、巨乳巨尻エルフを許さない党の党首も惜しみない拍手を送った。のちに同党首は『エルフさんは痩せられない』を全巻所持していたとして党員から異端審問にかけられた。

 

 

バディものの極北 錆喰いビスコ

 

 いまどきマルクス・レーニン主義を掲げるイギリス共産党は『錆喰いビスコ』を推挙。同作の原作は2019年「このライトノベルがすごい!」では史上初の総合・新作の両部門で1位を獲得する快挙を成し遂げた。本作は人間を含むあらゆるものが錆びてしまう「錆び風」と呼ばれる現象により荒廃した近未来の日本が舞台。その錆び風を発生させている諸悪の根源と目されるのが突然変異的に巨大化したキノコで、このキノコを各地にばら撒いている「キノコ守り」がテロリストとして忌み嫌われているが、実はこのキノコは「錆び」を食べて浄化する能力を持っており、キノコ守りたちはむしろ世界を錆びから救おうとしていたのだ。このコペルニクス的転回を、共産党党首はこう断言した。

 

「ナウシカだ。本作は宮崎駿監督の出世作『風の谷のナウシカ』の腐海と蟲の設定を受け継ぐ系譜に連なる、いわば子孫のようなもの。勘違いしないでほしいが、けっしてパクリなどと非難しているのではない。これはオマージュでありリスペクトであり、作品という遺伝子の継承である。矢を射ったらでかいキノコが生えてくる外連味(けれんみ)あふれる絵面はまぎれもなく“作者の味”だ。巨大なカニの乗り物、山にある寺だと思っていたら山自体が巨大な怪獣だった生物兵器など、この作品でしか見られない光景も盛り沢山だ」

 

 なによりもキャラの秀逸さが目を引くと共産党党首。

 

「主人公のビスコは、粗暴ながら純粋な心と愛すべき稚気の持ち主。ミロは見た目完全に女の子のジャパニーズトラップだが錆びの病から人を治したいという一貫した信念と確かな手腕をもつ美少年。まさに凸凹コンビ。古来コンビとは凸凹でなければならないという鉄の掟を遵守しつつ、なりゆきでバディを組むことになった二人が、錆びから大切な人を救うという共通の目的のため、様々な障害を乗り越えながら絆を深めていく本作は、男と男のバディものからでしか摂取できない栄養素を提供してくれる。ミロの姉であるパウーのキャラも素敵だ。治安維持部隊なのに鉄パイプで路面引っかきながらバイクで爆走する恐るべき猛者。普段はクールビューティーなのに弟のことになると我を忘れるお姉ちゃんキャラ大好物です。

 設定は奇抜に、物語は王道に。このラノでダブル1位になったのも納得の作品だ」

 

 アニメでは、原作の時系列を入れ替えるシャッフル形式が採用された。

 

「シャッフル形式。それは使い方を誤れば作品そのものを破壊してしまう諸刃の剣。ここにいる議員のみなさんも愛する原作をアニメで時系列シャッフルされて涙を呑んだものも少なくないはずだ」

 

 議員たちの何人かが深刻な顔で頷いた。なかにはトラウマを発症して「猿……鳥……犬……」と真っ青な顔で呟く議員もいた。『錆喰いビスコ』もまた序盤で時系列をシャッフルしており、視点も頻繁に変わるため批判の声も多い。

 

「だが私はあえて言う。『ビスコ』のシャッフルは成功例のひとつであると。原作通りに進めていては、20分しかない1話に、もう一人の主人公であるミロが登場できない。このアニメはビスコとミロの物語であり、最初にこの二人を映さなければバディものとしての趣旨が伝わらないおそれがあった。また、1話の時点でミロの視点を多く盛り込んだことで、錆びやキノコに対する一般人の認識を序盤で視聴者が共有し、ビスコの異端ぶりがより引き立つ効果もあった。手法自体を用いることが目的と化している主客転倒が多く見られる時系列シャッフルであるが、『ビスコ』ではむしろ必要な方法として採用されたと断言してよいだろう。批判を恐れず、本編20分のTVアニメというメディアに落とし込むためにあえてシャッフルを使ったスタッフに敬意を表したい。

 

 むろん、本アニメで注目すべきはシャッフルではない。錆び風によって砂漠化した群馬、生き残った人々が身を寄せ合い無秩序で歪ながらも発展を遂げている忌浜の街並み、そこに聞こえる“二つで十分ですよ”の声。この無国籍具合の混沌ぶりがたまらない。ポストアポカリプス、ディストピアものでありながら、そこに息づく労働者たちは彼らなりに今を生きている。アニメとは、ここではないどこかを見せてくれる魔法だ。『ビスコ』の魔法はわれわれの目をわれわれの体から離れさせ、ここではない世界とそこで繰り広げられる血沸き肉躍る生存競争を見せてくれた。

 よって、わが党は『ビスコ』を2022年冬アニメ、そして2022年覇権アニメの候補に推すものである」

 

 

スローというよりヘビーな百合釣りアニメ スローループ

 

 コロナ禍で空前のブームとなっている釣り。密を避けられる趣味として注目が集まっているが、同時に釣り人のマナーに関するトラブルも増加している。自身も釣りを趣味とするユーリ・ダイスキッシンジャー議員は登壇するなり、

 

「断言していいが、釣り人には撮り鉄レベルでマナーが期待できない」

 

 と切り出した。

 

「“釣り人はごみは落としても金は落とさない”。釣りの名所ではどこでも言われる言葉だ。進入禁止の危険な波止場で釣り糸を垂れる恥知らずも、まさに“その思念の数はいかに多きかな。我これを数えんとすれどもその数は砂よりも多し”だ(旧約聖書『詩編』139節)。地元住民が耐えかねて釣り禁止になった釣り場も多い。場所取りを巡って殺人事件が起こるのも日常茶飯事だ。

 そこに燦然と降臨したアニメが『スローループ』だ」

 

 同作は、フライフィッシングを趣味とする女子高生ひよりが、釣りを通じてさまざまな人々と交流を深めていくきらら系漫画だ。

 

「オッサンがやってることを女子高生にやらせるアニメはヒットするとはいうが、フライとは渋い。かつてコロコロコミックで連載されていた『スーパーフィッシング グランダー武蔵』でもルアーだった。陰キャのひよりちゃんがその渋いフライで釣りをしていたある日、やたら明るいコミュ強で巨乳の女の子、小春と出会う。ここだけ見るともうほとんど『ゆるキャン△』の釣りバージョンに思えるが、その浅はかな考えは釣られた魚のようにすぐさま〆られてしまった。このアニメは、重い」

 

 ひよりがマイナーな疑似餌であるフライを使っているのは、亡き父親の影響だ。1話では、憂うつな表情で釣りをしていたひよりはその夜、母親の再婚相手とその連れ子と顔合わせがてら食事に行く予定だった。暗い顔も当然である。しかし、小春もまた、その日に父親の再婚相手とその連れ子と食事会が予定されていた。ひよりと小春は姉妹になった。

 

「多感な10代の女の子に新しいパパ・ママができるという、第1話とは信じられない重さ。下手したらグレてもおかしくはない。だがひよりには小春が、小春にはひよりがいる。二人は釣りで親交を深め、交友関係も広がっていく。そして、欠かせないのが吉永恋ちゃんだ。ひよりの幼馴染という正妻ポジションにして常識人の恋ちゃんとハイテンションな小春、この三人の関係がなによりも尊い。ひよりと恋ちゃんの熟年夫婦みたいな関係もおいしく、ベテランの恋ちゃんと初心者の小春ちゃんのコンビもおいしく、三人揃うとそこはもう桃源郷。声優も素晴らしい仕事をしてくれた。個人的に第7話の恋ちゃんの“力加減を何回もやっていけばわかってくるよ”がMVP台詞だ。恋ちゃんがきっかけでイギリスでも八重歯が市民権を得る日がくることを願ってやまない。ほかにも、二葉ちゃんと藍子ちゃんのペアもたまらない」

 

 複雑な家庭環境のなかで、家族とはなにかという問いも投げかけられる。

 

「連れ子同士の姉妹。再婚相手。赤の他人とひとつ屋根の下で暮らすのは決して容易なことではない。だがひよりと小春、その母と父の4人は、互いに思いやり、家族になろうと能動的に努める。それが結実するのが7話だ。ひよりと小春は、再婚の結婚式を挙げていない両親のためにささやかな式を計画する。小春が一人で釣った魚をメインディッシュに使った手作りのコース料理で、結婚おめでとうと伝えるのだ。これほど嬉しい結婚式があるものか。このシーンには重要な示唆が含まれている。家族とはなにか。血の繋がりだけが家族なのか。ノーだ。互いが互いを尊重し、愛してさえいれば、血が繋がっていなくともそれはもう家族なのだ。

 現実では殺伐としがちな釣りとは本来こうあるべきであるという面白さを再確認させてくれた。さらに家族という最も身近な他人のひとつの理想を見せてくれた。観るものの心を浄化してくれる『スローループ』こそが、今期の覇権アニメである。では、『スローループ』が覇権の栄冠に輝くことを願って、ここでティータイムといこう」

 

 ユーリ議員はお茶を注いだカップを高々と掲げた。

 

「MUGI tea!」




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