トム・マールヴォロ・リドルは、幼いころから己が特別であるのだと知っていた。
彼が、望めば、大抵の事はするりといつの間にか叶ってしまう。
例えば、己を虐めた年上の少年が酷い目に遭うだとか、例えば、己の悪口を言った少女の大切のものがなくなるだとか。
だから、リドルは、己を特別なのだと認識していた。
だから、友達がおらずとも平気であった。だから、畏れるような目も平気だった。だから、独りであることを何とも思っていなかった。
なぜなら、リドルは特別であるからだ。他とは違うからだ。
違うのだから、交わらないのが当たり前なのだ。
物心ついたころから、ずっと、ずっと、そう思っていた。だから、リドルはいつだって一人だったし、独りであった。それでいいと思っていた。
なのに。
そうだというのに。
リドルは、その日、特別ではなくなった。
「・・・・・あー、ルツ・グリンといいます。どうぞ、よろしく。」
その日、また孤児院に新しい住民がやって来た。
時代が時代だ。孤児などいくらでも生まれる。そのため、孤児院の子どもたちはさほど騒ぐことも無く、それを受け入れた。
リドルは、一応の建前上としてその場に居合わせた。隅っこで見たその住民は、女であるようだった。
正直言えば、その髪と瞳だけは見事といって差し支えはない。
まるで金を紡いだような黄金の髪に、芽吹く新緑のような瞳は、それだけならば絵本に出て来る姫君の様であった。
ただ、その表情が、何とも言えないほどにやる気がない。やる気がないというよりは、眠たげというのが正しいのかもしれない。
顔立ちは悪くはないのだが。
そのややつり上がったアーモンド形の瞳のせいで、昼寝寸前の猫のような女だった。
現在、七歳のリドルより幾つか年かさの様だった。
リドルは、それに自分にはどうせ関係のないことだと、さっさと自室に帰ろうとする。
そこで、孤児院のミセス・コールが口を開く。
「それで、ええっと、グリン?あなたの部屋なんだけど。どうしても空き部屋が無くてね。男の子と、あそこにいるトムと一緒なんだけど。大丈夫かしら?」
その言葉に、リドルは勢いよく振り返った。そこには、自分を指し示すミセス・コールと自分を見つめる少女の姿があった。
「・・・・どういうことですか、ミセス・コール。」
リドルに、ミセス・コールは淡々と告げた。
今の所、ルツの眠ることのできる場所は、皆に同室を拒否されたリドルの部屋しかないということ。当分は、空きが出る予定のないことが淡々と語られた。
孤児院で、リドルだけが一人部屋であるのは事実だ。
少なくとも、今の所をこれを回避することも出来ないだろう。
(・・・・さっさと追い出してしまおう。)
リドルはそう思いなおし、大人たちに言われるがままにルツを連れて自分の部屋へと歩いて行った。
がちゃりと開けられた部屋には、私物らしいものはなく、左右に一つずつベッドがあり、その真ん中にキャビネットが置かれていた。
リドルは一旦自分の使っているベッドへ近づいた。リドルはそうして、くるりと振り向いた。牽制をしておくためであったが、ルツはいつのまにかキャビネットの近くに立ち、そうして扉に手を掛けようとしていた。
「触るな!!」
叫ぶように、リドルが言えば、キャビネットから火が上がる。それに、彼は、ルツから悲鳴が上がることを予想した。
けれど、ルツはその火を少しだけ見つめた後、手で払う様な仕草をした。それに、火はまるで夢であったかのように消え去った。
そうして、ルツは平然と、キャビネットを開けた。
その、予想外の行動に、リドルは茫然とそれを見送ってしまう。
ルツは、キャビネットの中に入ったリドルの数少ない私物に、今気づいたように振り返った。
「・・・・ここ、私が使って良い部分ってどこ?」
その、あまりにも普通の、平然とした逸脱した反応にリドルは立ちすくんでしまった。
「・・・・お前も、僕と同じなのか?」
キャビネットに持っていた少ない荷物をしまったルツに、リドルはそう聞いた。
「同じって、魔法族かってこと?」
「!それだ!その魔法族ってなんだよ!!僕は魔法使いなのか?」
「なんだい、君、知らないのか?親は?」
「・・・・・母さんは僕を生んで死んだし、父親は知らない。」
リドルからすれば、あまり両親の事は話したくなかったが、自分の正体というものを知っているルツからの質問には素直に答えた。
「ああ、なるほど。両親から聞けてないのかい。知られてないが、この世には魔法族と、マグル、魔法族じゃない存在がいるんだ。」
まるで、知っていることが当たり前のように言い放ったルツに、リドルは顔をしかめた。自分の応えたくないことを答えたせいか、不機嫌そうに言い返した。
「そういうお前は、それを教えてくれた親はどうなったんだよ。」
「父親は、数年前に死んで。母親は、それに病んで、私を殺そうとして、殺し切れずに罪悪感で自殺した。」
平然と、少女はそう言った。
リドルは、それにまた固まった。
逸脱した、事実であるそれを、彼女はまるで昨日の天気のような気楽さで語った。その、気楽さが、リドルには理解しきれなかった。ルツは、リドルに振り返り、彼の茫然とした行状に、少しだけ申し訳なさそうな顔をして、ごめんと呟いた。
「ああ、いや。うん。ごめん。」
「・・・・・別に良い。」
リドルは、動揺してしまった己を恥じ、ぷいっと顔を逸らした。そうして、少しだけ背の高いルツを睨むように見上げた。
「・・・・・それじゃあ、僕の両親は、魔法使いだったって事か?」
「いや。どうだろうか。魔法使いといっても、マグル同士から生まれることもあるし。君の両親のどちらかが魔法使いであった可能性もある。私も、父親はそこそこ古く続いた魔法族だったが、母は魔法が使えなかったし。」
それに、リドルは頭をひねる。
それはならば、自分の母親が魔法使いであったという可能性は低いだろう。もしも、魔法が使えたのなら、母は死なずに済んだはずだ。
ならば、父親が魔法使いであるのか。いや、この女の言葉が正しいというのなら、自分だけが魔法が使える可能性もあるのかもしれない。
(・・・・・こいつも、魔法族っていうなら、こいつから魔法を教わることが出来るかもしれない?)
素早くそこまで考えたリドルは、一先ず目の前の存在と仲良くしておくことを決めた。
「・・・・そうだな。せっかく、みない同種族と会えたんだ。仲良くして置こうじゃないか?」
「まあ、それは構わないけど。」
すっと自分に伸ばされた手に、ルツは少し迷った後に、こくりと頷いた。そうして、リドルの頭をぽん、と撫でた。
リドルはまた目を見開いた。そうして、ルツの手を振り払った。
「誰が、頭を撫でていいと言った!」
「そうか、すまない。」
激しい拒絶の言葉に、ルツは目をきょとりとさせて、こてりと首を傾げた。
それに、リドルは、頭を抱えたくなった。だって、そうではない。
こんな、こんな、間抜けそうな、考えなしが、今の所、自分にとって唯一同じものなのだ。
そうだ、リドルにとっての唯一、同族なのだ。
こんな存在に、これから魔法を教わろうとしている自分に、リドルはひどい不安を抱えてしまった。
ルツは、昔から、どこかぼんやりとしていた。ぼんやりとしているというよりは、平淡といった方がいいのだろうか。
人よりも感情の起伏を苦手としていたせいか、変わり者として扱われていたが、父親も似た様なものであったので気にしていなかった。
母は、父の在り方を不安に思っていたようであったが、良くも悪くも揺るぐことの少ない彼に安心していた面もあるようであった。
その平淡さというべきか、ぼんやりとした感じ方のせいか、彼女は父親が死んだときも、あまり動揺はしなかった。
人は死に向かってゆく者である。
植物を愛していた父は、枯れてゆく木々を見て、そう言っていた。それに、ルツは、そんなものだろうと納得していた。
命とは、途絶えるものであり、消えゆく者である。
それは、生きている者ならば当たり前のように知っている事実であった。だから、ルツは、父の死を受け入れた。
父は死んだ、生きていたからだ。ならば、仕方がない。
けれど、母は違っていたらしい。
ルツは迷惑をかけていたつもりはないが、母からはもしかすれば心労の種になっていたのかもしれないと、今では後悔している。
己の首にかけられた、その手を、彼女は覚えていた。
そうして、母は、空へと飛んで、死んでしまった。
命があるということは、死ぬことだ。だから、仕方がない。ただ、自分は今でも生きている。ならば、生きねばならず、けれど、非力な子どもでは、独りで生きていくことも出来ない。
そうして、彼女は孤児院へとやって来た。
ルツは、もぞりと、与えられたベッドの中で、目を開け、そうして隣のベッドに目を向けた。そこには、目を見はるような美しい少年が横たわっている。
その少年は、久方ぶりに会った、自分と同じ魔法族であるそうだ。
父以来の、自分と同じ存在を、ルツはじっと見つめた。
少年は、騒がしく、そうして怒りっぽかった。
(・・・いいことだ。)
少年は、美しかった。けれど、生きていた。それは、生きているからこその美しさだ。
父もまた、眠る様に横たわるその姿が美しかった。
父は、もう二度と起き上がることはない。怒ることはない。
けれど、少年は違う。怒ることが出来る。
それは、よいことだ。
少なくとも、植物にも出来ないことなのだから。