「君にお礼をするとしたら、何が良いんだろうねえ。」
「そ、そのような!恐れ多いことです!!」
ルツは、そうかいと言いながら目の前の存在を見つめて出された茶を啜った。
「当たり前です!我らが恩人、アーヴェル様の子孫にそのようなことを望むはずがございません!」
キーキーと甲高い音が耳に触る。まるで大きなガラス玉のような目が、じっとルツを見つめていた。
大きな耳に、皺の寄った顔、そうして小柄な体。お世辞にも愛らしいとは言えない見目。
屋敷しもべ妖精のとしては特別な部分などない、それ。
名前をエヴェドというらしいそれは、何をトチ狂っているのかアーヴェルマニアであるらしい。
ホグワーツの屋敷しもべ妖精というのは、殆どが始祖の四人が集めたものだ。そうして、当時学校を作る上でその四人の身内たちも駆り出されていた。
エヴェドの家系というか、一族はアーヴェルにホグワーツに連れてこられたらしい。
けれど、エヴェドのそのアーヴェルへの献身ぶりの理由というのも連れてこられただけでなく、なんでも命を救ってもらったらしい。
当時、エヴェドの先祖は野良であったらしい。
(・・・・屋敷しもべの野良ってなんだろ。)
ルツとしてはそこまで屋敷しもべ妖精についてさほど詳しいわけではない。
ルツの記憶としては、屋敷しもべ妖精は元より家に憑く。人にではなく、家系につくものだ。
(確かに、家を追い出された屋敷しもべってどうなるんだろうか?)
後で調べて置こうかと頭の片隅に置いておく。
エヴェドの先祖は、拾われたアーヴェルにそれはそれは感謝したらしく、代々その恩を返すように言われているらしい。
エヴェドという名も、アーヴェルから賜ったのだそうだ。
ルツの記憶としては、エヴェドというのは記憶では所有物という意味があったはずだ。それを思うと、少々複雑な気分になる。
「・・・・それに、私は、その。ルツ様の落とし物を探すには至りませんでしたし。」
「うん、まあ、いいよ、かえって来たし。」
「いいえ。ですが、私が自分から探すと言ったというのに。にしても、不思議な事ですよねえ。誰かに盗まれたものがかえって来たのだから。」
「まあ、そんなこともあるのかもしれないよ。」
おかしなこともあるものだと、そんなことを思いつつルツはエヴェドとの出会いも同じようにおかしなものであったことを思い出した。
ルツは、教科書を無くした当初、散歩のついでに学校中を探し回っていた。
ルツとしても、学校中の人間と仲がいいとは思っていない。嫌がらせの可能性も考えて、ふら付いていたのだ。
(・・・・まあ、おかげで面白い部屋が見つかったからいいかなあ。)
そんな時、ルツはひどく甲高い声を聞いたのだ。
あったその時、彼、男であるらしいエヴェドはそれは感激したように目をキラキラさせていた。
ルツとしても、主に夜に行動する屋敷しもべ妖精が真昼間に人気がないとはいえ、廊下の真ん中に立っていることを奇妙に感じた。
彼は、ルツが自分を認識したと理解したとたん、まくし立てる様に彼女に話しかけてきた。
自分たちがアーヴェルに助けられたこと、今でも慕っていることなどなど。
ルツとしては、アーヴェルが何かをしたとして、それは先祖の功績で自分がどうすればいいのか分からない。
ルツは、そうかい、とそれだけ返した。
彼は、エヴェドはそう言われても聞いた通りの反応だと余計にテンションを上げていた。
「・・・まあ、他に用がないのならもう行くけれど。」
特別なようも無いため、ルツはさっさとその場を去ろうとした。けれど、それをエヴェドは慌てて引き留める。
「お、待ちください!」
「うん?」
眠たそうな目をエヴェドに向けると、彼はそれに慌てて姿勢を正して叫んだ。
「さ、探し物をしているのではないでしょうか!?」
その言葉に、ルツはふむと頷いた。己を見つめるその、大きなガラス玉のような目を見て確かになと納得した。
学校中を、自由に動き回れるそれは確かに探し物のパートナーにうってつけであった。
そんな経緯で、エヴェドとルツは時折会うようになった。
ルツとしては別段、見つかれば届けてくれればよかったのだがエヴェドの強い要望により定期的に会うようになった。
今、ルツたちがいるのは、学校の奥まった場所にある行き止まりの踊り場である。この踊り場の可笑しい所は、なんと踊り場という体をなしているというのに、階段自体が途中で壁に続いているだけでどこにもいけなくなっている。
唯一、廊下の隅にあった洞窟の絵の後ろから、その踊り場に続いているだけだった。
人と会ったことのないそこは、ルツにとって気に入りの昼寝場所であった。
ただ、一度一日中そこで眠り、ムーディーに大目玉を食らった経験から彼ぐらいには場所を教えているのだが。
「にしても、君が淹れるお茶とはこれでお別れだね。」
「そ、そのようなこと!」
「でも、別に君とお茶をしたりするほどの理由ももう、なくなったわけだし。」
「そうです!このお茶、特別な製法のものが伝わっております!他にもありますので、また後日に!」
キーキーと甲高い音を立ててエヴェドはそう訴えた。
「アーヴェル様の代から伝わっております、レシピもありますよ!」
最初は断る気であったルツも、その言葉には惹かれるものがある。そこまで古いレシピはもしかすれば自分の所でも廃れている可能性がある。
薬草を煎じたらしいその茶の材料は、ルツが聞いただけで分からないような珍しいものも混じっていた。
(・・・・・はて、この子はいったいどうやって薬草を手に入れているんだろう?)
ルツはのその日、のんびりと己が寮にてリドルへの手紙を書いていた。この頃は、リドルへのプレゼント探しと忙しくなった勉強のためにあまり送れていなかったため、謝罪の言葉とご機嫌伺いの言葉を綴った。
以前は、日記の変わりかというほどの頻度で送っていたため久方ぶりの感覚に、少しだけリドルに申し訳ない気分になる。
ルツのこの手紙も、両面鏡に語り掛けても反応しなくなったことで慌てたためというのもある。
(・・・・よくよく考えたら、リドルには手紙を送るための手段ないもんなあ。私が梟を送った時に、手紙を渡すしかないもんなあ。)
孤児院で独りで怒り狂っているだろうリドルのことを考えて、ルツはため息を吐いた。
そんな時、ドアを乱雑に押し通して入って来る存在がいた。基本的に穏やかな存在の多いハッフルパフには珍しいなあと感じていると、その存在はルツが座っていたソファに近づいて来た。
ルツのいるソファは暖炉の目の前で、冬場の夜は特別に人気な場所であるものの、今は丁度昼休み。
昼食が終わった後で、皆が宿題や遊びに精を出すため寮はあまりひと気がなくなる。静かな寮はルツの気に入りだ。
どさりと自分の横に座った少年は心の底から不機嫌そうな顔で、じっとルツを見る。
「・・・・・おい。」
「なんだい?」
ルツが無視していると、少年は、ムーディはひどく不機嫌そうにを見た。
ルツは、リドルへの手紙に目を向けたままだ。それに、ムーディは思わず声を上げた。
「まだ、見つからない。」
その言葉で、ルツは未だにムーディがルツの物を借りていた犯人を捜していることを察した。
「君、まだ犯人捜してるの?」
「当たり前だろ!」
噛みつくようなムーディの言葉に、ルツはええーと首を傾げた。
「人のもん盗んで、そいつがそのまんまなんだぞ!?ほっとけるのか?」
「だって、もう盗まれたものは返ってきちゃったしねえ。」
「これはそう言う問題じゃないだろ!?」
ムーディはまるで我がことのように怒り狂う。けれど、ルツはというとムーディのことなど気にすることも無く、リドルへの手紙に夢中であった。
ムーディはようやくルツが何かしらのことに夢中になっていることに気づいた。そうして、それが手紙であることにも。
「・・・・リドルへか?」
「うん。このごろ、書けてなかったからねえ。」
のんびりとした声音にムーディは顔をしかめた。それにルツは気づかない。
ルツの毎日は、騒がしく、楽しい。
そんな毎日のことを書こうと思えば、手紙は何枚あっても足りないのだ。
うーんと唸るルツに、ムーディは口を幾度も開けては広くということを繰り返した。そうして、少し経って囁くように言った。
「なあ、ルツよ。」
「なーに?」
「リドルの世話、お前、もう止めたらどうだ?」
間延びしたルツの言葉に、ムーディの固い声音が被さった。ルツは、それに彼女にしては珍しく驚いたような目をした。
真ん丸になった緑の瞳が、光の加減か、少し金の虹彩が混じっているように見えた。
その、少しだけ人を逸脱した様な目が、リドルの赤く染まった目を思い出す。
少しだけ動揺したムーディに、ルツは心の底から不思議そうな顔をする。そこにいるのはいつも通り、のんびりとした友人だけだ。
それになんだかたまらなく気まずさを感じて、ムーディは目の前の暖炉を眺めながら口を開いた。
「・・・・・お前は、よくやっているとは俺も思ってる。ただ、お前はそれでも子どもだろう?同じような歳の奴の世話をするのは無理がないか?ダンブルドア先生に相談するとかあるだろう?」
そう言って、ムーディは無言で火も灯っていない暖炉を見た。妙な沈黙が続いた。
少しだけ、早口になってしまったのはムーディの内心を覚られたくないためだ。
己の中にある、まだ学校にも通っていない幼子への恐れ。それを、隠そうと必死であった。
(・・・・・俺にだって、分からない。)
ただ、あの時の、赤い目。
それだけ、それだけが、ムーディの中の中にある怖気と言える何かを駆り立てられる。
それに、近づいてはならないと。それを、刺激してはいけないと。
何か、爆発寸前の爆弾を見ている気分になる。
リドルは、確かにルツを慕っている。それこそ、母のように、姉のように、妹のように、師のように、この世の全てのように。
けれど、ムーディはリドルのそれを信用しきれていなかった。
ムーディは、ルツという存在が善人であると知っている。ことさらに、リドルという存在を大事にしていることは知っている。
けれど、だからこそムーディはその友人の近くに、彼の子どもを置いておきたくなかった。
いつか、その災厄に彼女が巻き込まれるという未来を想像してしまった。
拳を握りしめたムーディをルツをじっと見た。
そうして、不思議そうに問いかけた。
「ムーディは、リドルが怖い?」
急な核心を突いた問いかけにムーディは固まり、そうして慌ててルツの方を振り返った。そこには、穏やかな目をしたルツがこちらを見つめているだけだった。
その眼は、不思議と凪いでいた。
疑念も、呆れも、親しみも、気遣いもない。
ただ、ひたすらに透明な、翠の瞳がそこにあった。
「どうして、そう思う?」
ムーディの言葉に、ルツは困ったように肩を竦めた。
「君の今の目は、孤児院でリドルを見るマグルの目によく似てる。」
それにムーディは納得したように目をつぶった。ルツは、また何事もなかったように手紙に視線を向けて、何かを書きつけ始める。そうして、何気ない口調で言葉を続けた。その声音は、まるで赤子をあやすかのように柔らかなものだった。
「どこが怖いの?確かに、リドルは性格は悪いけど。」
そこに咎める様な色がないことを察して、ムーディは思わず、それこそまるで幼子のような声音で呟いた。
「・・・・見ていると、人狼に会いそうな月夜の晩が思い浮かぶ。」
ルツは、それにとんとんと羊皮紙を叩いた。そうして、ふむと頷いた。
「ねえ、ムーディは将来何になりたい?」
「は?」
唐突に飛んできた疑問にムーディは虚を突かれたような顔をした。何故、そんなことを訊くのか分からずにルツを見るが、彼女は相変わらず淡く笑ったままだ。
「やっぱり闇祓い?それとも、他にやりたいことがある?」
「あ、いや。その。」
唐突にそう言われ、ムーディは混乱のまま考える。
確かに、そう言われると漠然とした将来というものを考える。もちろん、家系的に闇祓いというものに関して考えなかったわけではない。けれど、そう改めて言われると闇祓いになりたいかと言われると分からなくなる。
悩む様なその顔に、ルツは淡く笑った。
「それと同じだよ。」
「何がだ?」
「私たちは、まだ、何になるかなんて分からないんだ。」
ムーディは無言でそれに耳を澄ませた。
「私は、確かに今は私だよ。でも、大人になるにつれて、私は私じゃなくなるかもしれない。」
「なぞかけの様だ。」
「そうかな、分かりやすいと思ったんだけど。そうだね。例えばね、芋虫はあんなにもコロコロして可愛いけど、さなぎを経て、美しい成虫になる。蝶はね、さなぎの中で一度体をドロドロに溶かして、蝶へと体を作り変えるんだ。それと同じ。私たちはね、変わりゆくものなんだよ。」
「変わりゆくもの・・・・・」
「私は、きっと私のままじゃいられないし。それは、君だってそう。そうして、リドルだってそう。」
ムーディー、父さんが言ってたよ。大事なのはね。どう生きるか何だって。
「どう、生きるか?それは、リドルがどうやって生きていくかってことか?」
「うん、そうだよ。あのね、ムーディ。どんな命だって生まれてきたら無垢なんだ。でもね、無垢ってね正しいことでも、綺麗って事でもないんだよ。それはね、ただ、何も持っていないってだけ。頭の先から足の先まで正しい人もいなければ、悪い人だっていない。私も、君も、そうしてリドルだって、どちらにもなれるし、なってしまうんだ。人は、生まれることを選べない。でも、どう生きるかは選べる。それだけは自由だ。でもね、どんなふうに生きていくか、色んなことに影響を受ける。優しさを知らない人が優しさを与えられない様に。導かれたことがない人が、どんな方に行くかは誰にだって分からない。」
「お前は導いてやっているんだろう?」
「でも、私はいつだってリドルの側にいるわけじゃない。私だけの正しさは、ただの独善だ。だから、リドルにはリドルなりに色んな価値観を知ってほしい。」
「不安か?」
「リドルのこと?まさか、あの子は優しい子だよ。」
「それは、リドルが善性を持っているって事か?」
「まさか、どっちかっていうとあの子は悪人だよ。」
それにムーディはがくりと体を傾けた。予想外の返事に、彼はルツを見た。それに、ルツはくすくすと笑った。
「でも、善性だって持ってる。大事なものを守ることも、誰かを好きになることもある。ねえ、ムーディ。リドルは、まだ何も成していないよ。怖がることなんてない。あの子は、どこにだっている少しだけ捻くれてしまっただけの子だ。」
穏やかな声音に、ムーディは少しだけ考え込んでしまった。
リドルのことを考える。
ムーディは確かに、リドルのことを恐れた。けれど、彼の子に悪を感じていたわけではない。ただ、恐ろしかった。
何か、得体のしれない何かを感じてしまった。それ故に、恐ろしかった。
ムーディは、すとんと胸の中に何か、収まった気がした。
そうだ、ムーディが見た幼子は、確かに姉を待つ不安を孕んだ子どもであった。
「分からないものは、怖いよね。」
カリカリと、羊皮紙に何かを書きこむ様な音が辺りに響いた。
「分からないものは怖いよ。それはね、マグルも魔法族も同じ。どうしてか分からないから、恐れて疎んでしまう。だから、ムーディ。ちゃんと、あの子がどんな子か、君は見てほしい。」
「そうだな、確かに俺はあいつとろくに話してもいないのか。」
「・・・・植物ってね、肥料とか土とかで色々変わっちゃうんだ。人だって同じだよ。嫌なのを見る目で見られてたら、暗い方に行っちゃうもの。だから、ムーディもあの子が何処にも行かない様に見ていてね。」
それが、リドルという少年が暗い方向に、闇へと行かない様に見張っていてほしいという意味だと察した。
「私は、リドルのことが大好きだ。大事な、私が導く子だ。でも、私じゃ見えないことも、分からないこともあるだろうから。だから、ムーディもあの子を見守っていてね。誰にも気にしてもらえないのは寂しくて。一人ぼっちは、悲しいから。」
「・・・・俺は、嫌われてるだろう?」
「大丈夫だよ、ちょっと優しくしたらすぐに懐くよ。リドル、寂しがり屋だから。」
この、少しずつ挟まれるリドルへの辛辣さは何なのだろうか。
ムーディは複雑な気分になりながら、少しだけ肩を力を抜いた。
恐ろしかったのは確かだ。けれど、ルツの言葉でようやく思い出す。
自分は確かに、あの幼子のことをほとんど知らない。ルツから聞かされた子を知っていたとしても、自分で直接知ったことなど殆どない。
自分は、厳しい両親に、正しく在れるようにと導かれた。
あの子は、どうだろうか。
あの子は、優しいことや、正しいことがどんなことか知っているだろうか。
あの子の抱えた、恐ろしさとは何なのだろうか。
ムーディはそれを知らない。だからこそ、知らなければいけない。
疑わしきは罰せず。
あの子は、確かに自分と同じように、どんなものにだってなれる、どんなものにもなってしまう。
ムーディは、その幼子がルツを待つときの不安そうな顔を覚えている。
ああ、そうだ。
あの子供は、自分よりもずっと幼い、ルツを慕っているだけだ。
「・・・・・ルツ、手紙に伝言を頼めるか?」
「うん?リドルにかい?」
「ああ、学校で来年、待っていると。」
すっきりとした。あの恐怖が、嫌な感覚が、晴れたような気分になる。
自分にどれだけのことができるかわからない。
けれど、せめて、兄貴分を気取るぐらいはできるだろうと、そんなことを考えた。
「・・・・そう言えば、お前教科書盗られたことリドルに言ってるのか?」
「さすがに、心配かけそうだし。犯人も見つかってないし。」
「まったくな。たく、お前、またなんかの魔法生物に懐かれてるんじゃないのか?」
「魔法生物?」
「人でもなく、ホグワーツに紛れ込めるのなんかそれぐらいしかいないだろ?」
その言葉に、ルツは頭の中でパズルを組みあげた。
(人じゃない、誰にも気づかれず女子寮に入れる、私のことが好き。)
一つだけ、そんなものに心当たりがあった。