孤独な蛇は、平淡な樹木の夢を見るか   作:藤猫

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買い物編。
次が入学になります。

評価、感想、ありがとうございます。


モチベのために感想、いただけると嬉しいです。


魔法使いに祝福を

 

 

「ああ、届いたんだね。」

 

丁度、森の見回りから帰ってきたらしいルツはマントに手袋などを脱ぎ、エヴェドに渡していた。

ルツはトム・リドルの差し出してきたそれに納得したのか頷いた。そうして、それを受け取り、目を通した。

リドルはそれに対して澄ました態度で手を後ろに組んでつんと顔をそらしていた。けれど、内心では胸はバクバクと脈打っていた。

 

(・・・・もっと、なんかあるんじゃないのか?)

 

リドルの予想としては自分の入学許可書を見たルツは、それはそれは喜ぶ予定だった。歓声を上げて、さすがはリドルだと弾んだ声を上げると思っていた。

けれど、ルツは澄ました顔で許可書を眺めていた。そうして、それを畳んだ後、リドルに微笑んだ。

 

「よし、じゃあ、リドル!次に何をするのか、わかるよね?」

 

その言葉にリドルは先ほどの沈んだ感情など忘れて叫んだ。

 

「教科書に、制服、あと、魔法の杖!」

「そう!ダイアゴン横町に行こうか!」

 

 

買い物については子どもだけで出かけることとなった。保護者役であるニュートやダンブルドアの都合がすぐには着かなかったせいだ。

リドルの入学許可書が届いて数日経ってから向かうことになった。

 

「それじゃあ、フルーパウダーを使おうか。」

「フルーパウダー?」

「登録された暖炉から暖炉に移動できるんだ。粉を掴んで、暖炉の炎に振りかける。そうすれば炎は無害になるから。その炎の中に入って、行きたい場所を大きな声で、はっきりと言うんだ。今回は、ダイアゴン横町って言えば良いよ。」

 

リドルは差し出された緑の粉を掴んだ。傍目には平静を装っていたが、内心では心臓がばくばくと脈打っていた。

そうして、暖炉にそれをふりかけ、炎の中に入り込んだ。炎は温かく、まるで春風のようだった。

そうして、リドルは叫んだ。

 

「ダイアゴン横町!」

 

ぶわりと緑色の炎が辺りに広がった。

 

気がつけばリドルは小汚い、という名称がよく似合うパブの暖炉にいた。リドルはそこから這い出した。周りには、以前見たようなローブを纏った魔法使いたちがいる。彼らは、暖炉から這い出してくる子どもが珍しくもないのか、それぞれでエールを飲んでいるようだった。

リドルは簡素にローブを付いた灰をたたき落とした。

 

(漏れ鍋だっけ?)

 

以前、ダンブルドアに連れてこられたときは早々とダイアゴン横町に向かったため物珍しい気分になって周りを見回した。

薄暗い室内にぞろりとしたローブを纏った大人たちがたむろしている様はなかなかに特殊だ。

そんなことを思っていると、近くにあった暖炉がまた大きく燃え上がった。そうして、金の髪を結い上げた少女がそこに降り立った。ルツはさっさとローブの灰を払うと、リドルに微笑んだ。

 

「それじゃあ、リドル。行こうか。」

 

それにリドルは顔を輝かせた。なんといってもようやく欲しかった魔法使いの証、杖が手に入るのだから。

わくわくとしたリドルの様子に、ルツはにっこりと微笑んだ。

 

「それじゃあ、先にお金を下ろしに、グリンゴッツに行こうね。」

 

その言葉にリドルの顔が青く染まったのは想像にたやすいだろう。

 

 

 

「・・・・気持ち悪い。」

「リドルは、トロッコ苦手だね。あんなに楽しいのに。」

 

グリンゴッツのトロッコの後、ルツはふらふらになりながらそんなことを言った。それを、リドルは忌々しいというように睨んだ。

 

「・・・・杖は、後にして先に制服を作りに行こうか?」

「え、でも・・・」

「ちゃんと寄るよ。でも、今は気分も悪いよね?なら、そっちを先にした方がいいんじゃないのかい?」

 

道ばたに座り込み、顔を下に向けるリドルにルツはそう言った。ちらりと上を見たげた先で、ルツは穏やかに微笑んだ。

リドルは不服だった。何よりも、どんなことよりも先に杖が欲しかった。

魔法使いの証、魔法使いの象徴。皆が持っている、特別の証。

駄々をこねるように口元を引き締めた彼に、ルツは苦笑しながらそっとその方に手を置いた。

 

「安心しなよ。後でちゃんと行くんだから。」

 

それにリドルは、仕方が無いかと立ち上がった。楽しみは後にとっておけばいいと思って。

立ち上がったリドルにルツは当たり前のように手を差し出してきた。

リドルはルツの方を見ると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。その様子に、リドルは仕方が無いなあと言うようにその手を握った。

 

「ルツ、お前、もう少し大人になれよ。もう、いい年だろう。」

「そうだね、ごめんね。でも、リドルに手をつないでもらうと安心できるから。」

 

それにリドルは仕方が無いなあと頷いた。

いつまで経っても、隣に立つその女は自分がいないとダメな女なのだ。

 

 

「あら、ホグワーツの制服かしら?」

「はい、お願いします。」

 

連れてこられたマダム・マルキンの洋装店はひどく賑わっていた。出迎えた、藤色の服を着た魔女らしきそれにリドルは台の上に立たされた。そうすると、リドルの周りをふわふわと浮かぶメジャーが取り巻き、体の周りを測っていく。

ルツは店の中で商品を眺めている。リドルはそれを見つめた後、退屈な時間を過ごすことを決意した。

その時だ、隣の台にまた誰かが立った。リドルはそれにちらりと視線を向けた。そこにはおそらく、自分とそう変わらないだろう年の少女が立っていた。

見目は良いものの硬質な印象を受ける顔立ちをしており、黒い髪をきっちりとまとめている。そうして、ルツと同じ緑の瞳をしていた。

体格、そうして雰囲気からしておそらく今年入学するのだろう。

リドルは自分の同級生になるらしい存在に好奇心をくすぐられて、話しかけてみることにした。

 

「ねえ、君。」

 

リドルの言葉に少女は自分の方に視線を向けた。

 

「私のこと?」

「うん、そうだよ。僕はトム・リドル。君もホグワーツに入学する子?」

「そうよ。あなたも?」

「そうだよ。」

 

リドルはにっこりと微笑んだ。どんな人間だって目を奪われるような魅力的な笑みだ。リドルの本性を知らなければどんな人間だって彼のことをよく思うだろうそれ。

その表面的に人なつっこい微笑みに、そうして同い年であるせいか、警戒心を解いた。

 

「そうなの。なら、同級生ね。」

「うん、そうだね。君は、魔法族出身?」

「・・・・母は魔法族だけど、父はマグルね。」

「そうなんだ。」

 

リドルはそれに少々がっかりした。話を聞く限り、目の前の存在と仲良くしてもさほどのうま味はないように思う。

適度な距離を保つぐらいが丁度良いかもしれない。

そのためリドルは名前を聞くこともせず、また会った折にでも聞けば良いと考えた。

 

「あなたは?」

「・・・・僕は、魔法使いの家にいるかな。」

 

その言い回しに少女は少しだけ疑問に思った節はあったが突っ込んでくることはなかった。リドルはそのままその話をながして改めて話し出した。

 

「これから新しいことがたくさんあるけど、やっぱり不安だよね。出来れば、仲良くしてね?」

「そうね、私も出来れば仲良くして欲しいわ。」

 

良好な印象を与えられたことを理解してリドルは満足する。その時、自分の採寸が終ったのか、メジャーがするすると消えていく。

 

そうして、藤色の服を着た婦人が近づいてきた。そうして、仕立てをするので後で立ち寄って欲しいと言われた。渡されたのは、順番待ちの紙だった。それを受け取ると、いつの間にかルツがリドルの近くに立っていた。

 

「終わった?」

「終わったよ。」

「そうか、出来れば少し大きめに作ってもらった方がいいのかな。」

「なんで?」

「男の子って、すぐに大きくなるそうだから。君も、すぐに大きくなるよ。」

 

それにリドルはふーんと言った。ちらりと、自分よりも高い背の姉貴分を見た。

大きくなるのだろうか、自分は、それならば、きっと、この少女よりもずっと大きくならなくては。

いつか、何かがあれば自分が目の前の存在を守って、世話をしなくてはいけないのだから。

何よりも、見下ろされる現状自体が気に入らない。

そんなことを思っていると、自分のすぐ後にやってきた少女も近づいてきた。

 

「こんにちは。」

「うん、こんにちは。誰かな?」

「今年、ホグワーツに入学するんだって。」

「へえ、リドル、もう友達が出来たの?」

 

ルツの言葉はリドルにとって少々しゃくに障った。この程度が自分の友達だなんてごめんだ。

 

「初めまして、私は、リドルの家族のルツ・グリンというんだ。」

 

そんなことも気にせずにルツは目の前の少女に名前を名乗った。そうすると、彼女は顔をぱっと輝かせた。

 

「あの、もしかしてグリンって、あの、グリンですか?」

「グリンは、グリンだけれど?」

「もしかして、グレイ・グリンの?」

「私の父だけれど。知ってるの?」

 

それに少女は顔を輝かせた。

 

「あの、母が書籍を持っていて。以前読んだ、植物と妖精の関係を書いた本が面白くて!」

「父の本をその年で読んだの?すごいね。」

 

なにやら二人で勝手に盛り上がっている様がリドルにとって非常に面白くない。大体、ルツの父の書籍なら自分だって読んでいる。

リドルは二人の話を遮るようにルツの手を引いた。

 

「ルツ、次に行こうよ!」

 

それに対して少女は話を遮られたことが面白くないのかむっとした顔をした。

 

「・・・ねえ、少しぐらい、いいでしょう?」

「知らないよ。大体、君だって次の買い物があるんじゃないの?早く、親のとこにいったらどうだい?」

-

 

嫌みったらしい口調に少女の眉間に皺が寄る。

 

「少しぐらいの立ち話はいいじゃないの。あなたの買い物を邪魔する気なんてないわ。ただ、素晴らしい読み物に対して話をしたいってだけじゃない。」

「ああ、そう。ならもう満足だろ?僕達はもういくからな。」

 

それに対してルツはあーあという顔をして苦笑した。そうして、リドルが自分を引っ張るそれにあらがい、その少女に微笑んだ。

 

「そうだね、お嬢さん。今日はちょっと急いでるからね。」

 

それに対してリドルはほら見ろと少女を嘲るようにふんと息を吐いた。その腹の立つ顔に少女はこめかみを震わせた。けれど、ルツは言葉を続けた。

 

「でも、今は無理でも、他の時だったら大丈夫だよ。フクロウで手紙を送ってくれるなら、いくらもで話は出来るから。名前を聞いても良いかな?」

 

ルツのその言葉に少女は今度はリドルに対してざまあみろというようにふんと笑って見せた。それに今度はリドルの眉間に皺が盛大に寄った。

 

「ありがとうございます!私の名前は、ミネルバ・マクゴナガルです。」

 

その時、ミネルバとリドルは睨みあい、そうして同じように胸の内で吐き捨てた。

 

こいつは絶対に気に入らない奴だ!

 

 

 

リドルはそのままひどくふきげんそうな顔でルツとダイアゴン横町を歩いていた。その後、マクゴナガルは母親に連れられて分かれることとなった。

母親とルツが穏やかに挨拶をしている中、マクゴナガルとリドルは気に入らないとにらみ合っていた。

その後、ルツはリドルの様子を気にした様子もなく、道を歩いている。リドルはそんな彼女の態度が酷く気に入らない。何よりも、自分よりも他の少女に関心を向けたことが非常に気に入らない。

 

(優秀そうだったら、なんでもいいのか?)

 

むすくれるようにそう思っていると、ルツが気づいたように声をかけてきた。

 

「リドル。」

 

それにリドルは謝る気になったのかと少しだけ胸がすく思いだった。けれど、すぐに赦すのはなんだか癪で、少しだけ無視してやろうと思い無言で歩き続けた。

 

「リドル?」

(知らないぞ。)

「・・・リドル、オリバンダーのお店、過ぎてるけど良いの?」

「え?」

 

思わず声を上げて店の立ち並ぶ方を見ると、数件ほど過ぎ去っていることに気づいた。

リドルは無言でそのまま店に入っていった。

 

 

オリバンダーの店は変わることなく杖の入った箱で満たされていた。殆どが棚と杖の在庫で溢れたそこに入ると、以前の通り動くはしごにとって白髪の老人が現れた。

 

「やあ、ようこそおいでくださりましたね。」

「こんにちは、ミスター・オリバンダー。」

 

はしごを下りてカウンターに近づいてきたオリバンダーはずいっとリドルに顔を寄せた。

 

「今日は、坊ちゃんの杖をお望みで。」

「はい、お願いします。」

「よい返事だ。それでは、杖腕は?」

 

リドルはそれに右手を差し出した。オリバンダーはそれに棚をいくらかあさり、そうして箱を一つ持ってきた。

 

「ニワトコにドラゴンの心臓の琴線。非常に強力じゃが、きまぐれ。」

 

リドルは初めて持つ杖にわくわくしながら降った。が、バンと盛大な破裂音の後に焦げ臭い臭いが辺りに漂う。

それにオリバンダーはひったくるように杖を取り戻す。そうして、また箱から杖を取り出す。

 

「カエデにユニコーンの毛。非常に柔軟。」

 

リドルがそれを振ると、今度は近くにあった花瓶が割れた。それにまたオリバンダーは杖を奪う。

 

「黒檀にユニコーンの毛。頑固な杖じゃ。」

 

それはリドルが振る前に奪い取られた。

 

「うーむ、これまた難しいお方じゃ。」

 

オリバンダーはぶつぶつとそう言いながら、ふと思い立ったように棚の奥に消えていく。そうして、これまた古びて、埃だらけの箱を持ってきた。

 

「・・・・イチイに不死鳥の尾羽。強力じゃが、扱いにくく頑固者。」

 

リドルはそれをおそるおそるで手に持った。ルツはどこか嬉しそうにその後ろ姿を眺めた。振った、その時。まるでリドルを祝福するようにきらきらとした光がリドルを包んだ。

それにオリバンダーは穏やかに微笑んだ。

 

「坊ちゃん、おめでとう。それがあなたの杖じゃ。」

 

それにリドルは暖かな感覚を覚える杖をじっと見た。初めて、ようやく手に入れた、魔法使いの証、その象徴。

リドルは思わず、その杖を抱きしめた。

嬉しい、これで同じだ。誰にだって引け目を感じる必要は無い、ようやく、拒絶された世界から受け入れられた気がした。

 

「リドル。」

 

リドルはそれにルツの方を見た。彼女は緑の瞳を穏やかに細めて、リドルの頭を撫でた。

 

「おめでとう、良い杖だね。」

「当たり前だろう、僕の杖なんだから。」

 

すました顔でそう言った彼にルツは穏やかにそうだねと微笑んだ。

それを見つめてオリバンダーは頷きながら小さく言った。

 

「・・・・・イチイの木は偉大なる者を好む。そうして、不死鳥の尾羽もまた持ち主を非常によく選ぶ。」

 

オリバンダーは心の内で、その少年が非常に偉大なることをなすのではないかと考えた。

それが良きことであるか、悪しきことではあるかは関係ない。

ただ、それだけが事実のように感じられた。

 

 

「どうして、蛇をペットに連れて行っちゃいけないの?」

 

全ての買い物を終え、家に戻ってきたリドルはエヴェドの用意していたスコーンと紅茶をすすった。

すでに日はとっぷり暮れ、夕食の後のデザートだった。

ピカピカの鍋に、教科書。全て新しいそれはリドルにとって自分だけのものだ。良いものを選べたとほくほくした。そうして、最後に訪れたのは魔法生物ペットショップだった。

リドルは正直に言えば、杖以外でここでとあるものをルツにねだる気だった。

ホグワーツ魔法魔術学校にはファミリアとして動物を持って行くことが赦されている。リドルは是非とも、蛇が欲しかった。意思疎通が出来るそれならば、よき使い魔になるだろうと思っていたのだ。

 

「別に蛇を持って行くのはいいよ。蜘蛛だとかを持って行っている人もいるからね。でも、一年生には蛇は扱いが難しいからね。連れて行きたいなら、あと少し待たないと。」

「僕ならそんなへまはしないよ?」

「知っているけれど、大人は納得しないからね。それに、せっかく蛇を連れて生きたいなら、ニュートに頼んで、いい子を紹介してもらった方が良いよ。」

 

それにリドルは少しだけ考えた。確かに、連れて行くならばとびっきりの蛇がいい。元より、意思疎通が出来、尚且つ数少ないリドルにとって好ましい動物だ。ならば、よくよく選んだ存在の方が良いだろう。

 

「あの人に頼んでくれる?」

「うん、構わないよ。」

 

にこにこと微笑んだルツはちらりと外を見た。そうして、すでに眠る時間が近い。ルツは立ち上がった。そうして、リドルに微笑んだ。

 

「リドル、少し森の奥に散歩に行かない?」

「え、でも、夜なのに?」

 

ルツは基本的にリドルに何かを禁じることはない。それでも絶対にしてはいけないと禁じていることは幾つかある。それは、例えば教えられた道以外は森では通っていけないだとか。

夜も別段外に出ることは禁じられてはいないが、そうはいっても奥に行くことは禁じられていたし、近い場所でのみ、外出は赦されていた。

 

「いいんだ。今日は、何と言っても特別な日だからね。」

 

ルツはそう言って玄関近くのコートかけにあるマントを手に取った。それが何でもルツの家に代々伝わっているものであることはしっていた。

ビロードのような、さらさらとしたさわり心地の良い若草色の布に、まるで絡まるように蔦や花々が銀の糸で刺繍されている。

ルツはニコニコと笑ってリドルを手招きした。そうして、近づいたリドルにそっとそれをかぶせた。

 

「それじゃあ、行こうか。」

「え、でも。森の奥にはこれを被っていかないといけないんじゃないの?」

「うん、でも私は別に良いんだよ。ただ、それは約束の証みたいなものだから。」

 

それの意味がわからないが、そっと差し出された手をリドルは取った。暖かなそれに少しだけほっとした。

 

 

 

森はひどく静かで、けれど不思議と何かの音がする。がさがさと、何かがうごめいている。風の揺らめき、木の葉のささやき、水のせせらぎ、そんな音がする。

ルツは、ささやきのようにスカボローフェアを歌っていた。それに会わせて、リドルも口ずさむ。

時折、ふわりとフェアリーがリドルの横を飛んでいく。きらきらと、鱗粉が薄く、木々の間から差し込む月光に輝いていた。

ルツの持ったカンテラにつけられたベルが、時折カランと音を立てた。何かが、自分たちを見ている。怖いもの、名さえも忘れられたもの。

リドルはそれを無視した。

 

もしも、森の奥で、生き物であるかもわからないものを感じたら、けして見てはいけないよ。

 

見ると言うことは認識すると言うことだ。認識すると言うことは知ることの一歩だ。知るとは近づくと言うことだ。近づくというのは、境を越えることだ。

時折、ルツはリドルにとって意味のわからないことを言う。

それはどんな書物を読んでも書いていないことだった。

けれど、賢いリドルは理解していた。その言いつけはきっと、絶対に破っていけないものなのだと。

ルツのスカボローフェアにだけ、耳を傾けた

そうすると、不思議と森の奥からする視線は気にならなかった。ルツのかぶせてくれたマントは、まるでリドルを抱きしめるように寒さから守ってくれた。

どれだけ歩いたことだろうか、そうして、開けた場所に出た。

 

「ここだよ、リドル。」

 

その光景に、リドルは目を見開いた。

 

「ここが、グリンの一族が魔法使いの門出に訪れていた場所なんだよ。」

 

そこは、泉だった。直径はどれほどあるだろうか。小さな家二つ分ほどのそこは、フェアリーや、そうしてユニコーンたちが遊んでいる。月光の中でそれらは踊り、遊ぶそこはまるで光がはじけるように輝いていた。

そうして、何よりも目を引くのは、泉の真ん中にある小島に生えた、大きな木だ。

 

「大きいでしょう。あれはイチイの木だよ。君の杖と同じ木だね。」

 

リドルはその光景をじっと見た。きらきらと、何か、名前もわからないけれど。美しい、人ではない者たちが踊っている。歌うように、笑うように、泣くように、踊っている。

 

「門出の場所って?」

「正確に言うと、魔法学校とかに入学するときぐらいに連れてきてもらえるんだけど。父さんは、それよりも先に私をここに連れてきたんだけどね。それで、だ。リドル。」

 

ルツはリドルと向かい合うように立った。そうして、彼女はそっと彼にかぶせたマントを下ろし、微笑んだ。

 

「・・・・・ものすごい、昔はね。誰かに作ってもらうんじゃなくて自分で杖を作ってたんだ。自分で木を切り出して、そうして、芯を入れ込んで。幾度も作って、自分に合うものを作ってたんだ。己の人生と同じように。だから、昔はここに連れてこられて、自分で木を切って、杖を作ってたんだ。ここに連れてくるのは、その名残。」

 

ルツはそう言った後、リドルの手を取った。まわりを、フェアリーたちが飛んでいる。くすくすと、どこかで何かの笑い声がする。

なんだか不思議な気分だった。自分たちだけしか、いないはずなのに。なんだか、多くの者が自分の周りにうごめいて、笑っているようで。

 

「ここに連れてきたのはね。門出の時に、お呪いをするのがしきたりみたいなもので、私はしてもらえなかったけど。リドルにはしてあげたかったんだ。」

「おまじない?」

 

リドルの言葉にルツは穏やかに微笑んで頷いた、そうして、頭を下げてリドルの手の甲を額に押しつけた。

 

「芽を出せし若木よ、お前に詞を。唄いなさい、この世の喜びを手にするように。」

 

ざああああと風が吹いた音がする。どこからか飛んできた花びらが甘い香りを乗せて自分に吹き付ける。

 

ことばが、ただ、リドルの中で踊っていた。

 

踊りなさい、お前の楽しみを刻むように。知りなさい、この世のあまたを愛するように。

生きなさい、通らぬ道などないように。死になさい、お前の夢が覚めぬよう。

イチイは、お前の夢を見つめるだろう。

ヒイラギは、お前の敵を刺すだろう。

ニワトコは、お前のなすことを見つめている。

 

ルツのそれは、ただの言葉のようで、けれど、まるで歌のように響いていた。

ルツはそれに頭を上げて、リドルのことを見た。

彼女は、やっぱり微笑んでいて。

 

「そうして、全てが終ったその時は、ここに帰っておいで。お前の遺骸を土に埋め、この血と、この地は、お前の墓守、お前のゆりかごであるのだから。愛しき同胞よ、どうか、お前に良き旅があるように。」

 

額に暖かくて、柔らかなものが押しつけられた。額に、祝福するようにキスされたのだと、理解した。

 

「お呪いだよ。古い、古い、祈りの詞。長い旅をした同胞が、ここに帰ってきますようにって祈るものだよ。」

「祈り?」

「うん、私はね、リドル、とっても今嬉しいんだ。」

 

新しい同胞がいることが心の底から、嬉しい。

 

「私たちは、多くのことを知る。この世の裏に人でないものがいる。鉄と焔が世界を統べるよりも前に、この世が丸いと人が知るよりも先に、私たちはずっと昔、世界の悉くを知っていた。そうして、人とは違うものと生きていた。」

「魔法生物のこと?」

「ちょっとだけ、違うかな。」

 

ルツはまたリドルの手を取って、泉に近づいた。泉は、澄んでいるはずなのに不思議と底が見えなかった。

 

「・・・・私のご先祖様は、昔、赤い竜に会いたかったんだって。」

「赤い竜?」

「そうだよ。昔はね、竜はもっと賢くて、魔法だって使えたんだよ。でも、今はもう、蜥蜴もどきしかいなくなっちゃった。」

 

ルツは思い悩むように月光を見上げた。リドルはそんなことが本に書いてあっただろうかと首を傾げた。それでも、なんだかふわふわとした感覚があって、ぼんやりと輝く金の髪を見上げた。

 

「魔法とは、世界を知ることだ。特定の人間だけが使える技術であり、知識だ。だからこそ、私たちはそれを理解できない人々から離れた。誰だって、理解できないことは怖いからね。」

 

それでもつかず離れずに生きていた。私たちは人にとって医者であり、産婆であり、教師であり、助言者だった。

でも、人は結局理解の出来る自分たちの理を信奉して、私たちを遠ざけた。

 

リドルはその横顔をじっと見た。それはルツの浮かべたことの無いような顔だった。なんだか、今にも泣いてしまいそうな顔だった。

 

「悲しいの?」

「・・・・悲しいんじゃないかな。きっと、私は寂しいんだ。一緒に生きていたのに、離ればなれになったから。ねえ、リドル。私たちはどうして、魔法が使えるんだと思う?」

 

その問いにリドルは言葉を詰まらせた。だって、それに答えなんて持っていなかった。

 

「才能みたいなものだろう。そこに、意味なんてあるのか?」

「そうだね。そうとも言える。でも、この力に意味があるんだと信じて、それを探す人もいた。それぞれがその理由を見つけて、見つけられなくて、死んでいった。私のご先祖様が、赤い竜に焦がれて死んだように。私は、何を見つけるんだろうね。」

 

自嘲のように聞こえることはどこか不思議でリドルはルツを見た。そこには、今の湿った声など嘘のように穏やかに微笑むルツがいた。

彼女は自分を見上げるその瞳を見返した。

 

「リドル、君は賢い子だ。そんな君につかの間でもこうやってものを教え、そうして暗闇のための灯を貸せることができたことを誇りに思う。」

「なんだよ、お別れみたいなことを言って。」

「お別れ、じゃないけど。でも、これから君は違う人を師とする。だから、少しだけ区切りを、と思って。君はこれから多くのことを知るし、多くの人と出会う。それは良いことであると同時に、悪いこともあるかも知れない。それでも、これだけは忘れないで。」

 

リドル、君は自由だ。

 

力強い声だった。祈るような言葉だった。握った手は、ひどく温かかった。

 

「誰かを導く賢者にも、誰かのために戦う騎士にも、誰かを側で支える友にも、他を守る誇り高いものにだってなれる。」

 

それと同時に、道に迷う愚者にも、己の独善に彷徨う狂戦士にも、長いものに巻かれる事なかれ主義にも、誰かを騙す狡猾な者にだって成り果てられる。

 

「ねえ、リドル。人生って、面白いでしょう?」

 

さえずるような声音で少女は言った。踊るようにルツはリドルの手を取ってその場でくるりと回って見せた。

 

「リドルはリドルの人生を生きていい。君がいつか呪いに焼かれて死ぬとして、幾多の人間に否定される人生を生きたとしても、私はそれを否定しない。君の人生を肯定するのも、否定するのも、結局自分だけだからね。」

ただ、これだけは覚えておいて。

 

「誰かを傷つけ、誰かから何かを奪い、誰かを否定したその時は。君はきっちりと、傷つけられ、奪い返され、否定される日が来ることを忘れてはいけない。」

「どうして?」

僕の自由であるのなら、僕の幸せのために、他人を傷つけるのは、どうしてだめなの?

 

リドルはなぜかそんなことを反射のように言ってしまった。けれど、それは確かにリドルにとって素直な疑問だった。

リドルにとって人間とは嫌な者で、醜くて。

リドルにとって、ルツ以外の全てが不愉快であった。ルツはそれに困ったような顔をした。

 

「難しいね。人という生き物は、幸せでありたいと願う生き物だ。それが根源だ。マグルも、魔法族も変わらない。己の幸せのために、何故、他を傷つけてはいけないのか。」

 

私は私の答えを持っているけれど、それが君に納得の出来るものであるかはわからないよ。

 

困り果てたような顔をした姉貴分の顔に、それでもリドルは彼女の答えを求めた。リドルは素直に、そう言えた。

今のところは、それをする理由はない。けれど、いつか、必要があるのならリドルはそれをたやすくする。それに戸惑いはないし、躊躇もない。

それを目の前の少女は否定しないと理解して、皮肉のようにそう言った。

 

それにルツは苦笑気味に言った。そうして、泉の先の、フェアリーやユニコーンたちに眼を向けた。

 

「私は、自分と違う者を滅ぼして生きるよりも、違う者と生きていくほうがずっと面白いと思っているだけだよ。」

 

それがリドルにはわからなかった。煩わしい者なんて、滅ぼした方がずっと良いと思った。

そちらのほうがずっと胸がすく気がする。

明らかに理解が出来ていないリドルに、ルツはそっとその手を握った。

暖かな、自分以外の体温にリドルは視線をあげた。

緑の瞳を細めた彼女は、その手を握り込んだ。

 

「いつか、君にもわかるかな。私たちは、独りで生きていくものではないんだよ。誰かと共に生きていくんだ。」

 

私が君を見つけたように。君も、いつか、誰かを見つけるんだ。この世に愛された、数少ない同胞を。

おめでとう、私の同胞。お前の生に祝福を。お前のこれからに祈りを。いつか、私が受けたように。言祝ぎがありますように。

 

リドルには、その女の言葉がやっぱりちっともわからなくて。何が言いたいんだと、その女を見るけれど。

それでも、目がくらむようにそこは綺麗で。

それでも、己の手に伝わる熱は驚くほどに暖かくて。

 

(・・・・いらないよ。)

 

こんなくだらない世界に生まれてきて、誰を今更祝福するというのだろう。

魔法だけが素晴らしい。それだけは、本当に好きで。

世界には、魔法使いだけが溢れていればどれだけいいだろうか。

そう思ったのに。

きっと、目の前のそれはそんなことを言うと、悲しい顔をするのだろう。

 

(違う者に歩み寄っても、恐怖で目がくらんだ奴らにどれほどのことが理解できるんだ?)

 

そう思うのに。

それをリドルはついぞ、口に出来もせずに。

 

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