リドルが入学するまでの二年間は、二、三話でざっくりまとめようと思います。
ちなみに、組み分け帽子は、グリン家の組み分けの後は少しだけ萎みます。
美しいものだと、少女は心底感嘆した。
ルツは、森番だというオッズという男の促しに応じ、小舟に乗り込んだ。
小さな船には、ムーディとオーガスタがルツの前後を固めていた。まるで、闇を溶かし込んだかのような湖を渡る途中、闇夜の中に浮かんだ壮大な、城をルツは見上げた。
ルツの耳には、彼女にとって馴染み深い、植物たちの騒めきが聞こえて来る。
久しぶりだな。帰ってきたねえ。ああ、馴染み深い。
(・・・・・古い魔法が、まるでヴェールみたいに積み重なって掛けられてる。とても、とても、古い魔法が。)
ルツとて、長く続いた家系の長子なのだ。家に伝わる魔法に、それを感じるための感覚とて持っている。
ホグワーツ魔法魔術学校。
まるで、お伽噺の中に出てくるような、荘厳で、息がつまるような魔力を感じる城。
ルツの先祖が飛び出した場所。ルツの父はあまり好きでなかったと言った場所。
遠い、遠い、昔。
魔法族の四人が、己が同胞の為にと作り上げ、決別した場所。先へ渡し続けるための学び舎。
同胞たちが四つに分かれたままの場所。
ルツにはその城にかけられた魔法がどんなものか察せられた。
そして、その圧倒される力以上に、ルツは、その城に妙な郷愁を感じる。
帰って来たとも、帰ってきてしまったとも、そうして、初めて来たとも言える様な妙な感覚。
(父さんは、学校があまり好きじゃなかったと言っていたなあ。)
「すごい・・・・!」
「ああ、さすがは魔法界の一の牙城だ。」
「ええ、ルツもそう思うわよね。」
「・・・・・なんだろう、これ。」
思わず、ぼそりと呟いたルツに、ムーディとオーガスタは妙な顔をした。
「おい、ルツ。どうした?」
「気分でも悪いの?」
「・・・・ううん。いや、すごい場所だねえ。」
そう言って、ルツはぼんやりとした目で、うっそりと微笑んだ。そうして、頭の隅で、寝る前にリドルに手紙を書かなくてはと考えていた。
小舟を降りればいつの間にかオッグという森番はいつの間にか消えていた。
その代りなのか、現れたのはサンタクロースのような、見知った老人だった。
「おお、ようこそ。一年生諸君。ここからは儂が引率を引き受ける。遅れぬようにしっかりついてきなさい」
「あ、先生。」
ルツが囁くような声で言うと、彼はそのキラキラ光る青い目でぱちんとウィンクをした。
そうして、ダンブルドアはたなびくような長いローブをひらめかせて、一年生の先頭に立ち、城の中へと進んでいく。
騒めいていた一年生たちは、そのあとをぞろぞろとついて行く。
オーガスタとムーディは城に来てからぼんやりとしているルツの両腕を持って、引きずるように荘厳な城の階段を上がっていった。
まるで古代の神殿のような中を進むと、ダンブルドアは一年生を小部屋へと誘導すると、静かに待つようにと言って隣の部屋に向かう。
一瞬だけ聞こえたざわめきからして、隣りの部屋に在校生や教員たちが待っているのだろう。
「・・・・・うう、緊張してきたわ。」
「ほお、ロングボトム家のお嬢さんが弱気な事で。」
「あなたは緊張しないの!?これから寮決めだっていうのに。どんな試験が待っているか。」
「ふん、今更慌てた所でしょうがないだろうに。」
「豪胆ですこと!周りを見てみなさい、私だけじゃないわ。」
その言葉に、ルツは周りを気にすると、確かに一年生たちは落ち着きなく、そわそわとしている。中には、予習してきたのか、呪文の暗唱を行っているものもいた。
「・・・・大丈夫だよ。寮を決めるのは、ただ帽子を被ればいいだけだから。」
「え、そ、それはどういうこと!?」
ルツの何気ない言葉に、オーガスタが食いついた。肩をゆすられて、ルツは驚きで目を見開いた。
「え。ああ、うん?」
「帽子を被ればいいってどういうこと!?」
見れば、不安そうにルツを見ているのは、オーガスタだけではない。多くの新入生が、不安そうにルツを見ていた。
ルツは、その剣幕におののきながら、言った。
「ああ、うん。ホグワーツで寮を選ぶのは、組み分け帽子って帽子なんだ。それには、創始者の四人の意思、つまり価値観やらが宿っている。これを被ると、その組み分け帽子が、新入生の資質を判断して寮に分けていくんだ。といっても、複数の寮に適性がある人もいるから、その場合は本人の意見も聞いてくれるそうだけど。」
「創始者のい、意思?」
「そうだよ。まあ、本格的な人格とまではいかないけど。どういったものを選ぶかという程度までは宿っているだろうね。だから、安心していいとおもうけど。」
ルツの言葉に、周りの子どもたちはほっと息を吐いた。そこに、これまた尊大な声が割り込んできた。
「・・・これはこれは、さすがはグリフィンドールの子孫。学校についてよく知っている様で。」
声の方に、ルツたちが視線を向けると、人垣が割れてプラチナブロンドをきっちりとオールバックにした子どもが歩いてい来る。
「・・・・あなたは。」
「ごきげんよう、ロングボトム嬢。」
「ルツに何のようで?」
「いやいや、そう警戒なさらずに。彼女とは知り合いなもので。」
そういって、ルツの方にそれは視線を向ける。
「お久しぶりですね、お嬢さん。」
ルツは目の前の存在に向けて首を傾げた。そうして、不思議そうに言った。
「・・・・私は、あなたみたいな綺麗な女の子に覚えはないんだけど。」
ぴし。
空気が凍る音が聞こえた気がした。ルツは、そんなこと気にするはずも無く、はてりとまた首を傾げた。
「うーん、君みたいな綺麗な子、忘れないと思うんだけど。」
うーん、と唸る声と共に集団の中から次々に噴き出すような声が聞こえ始める。その子どもの白い肌が真っ赤に染まりそうな瞬間、誰かの爆笑と言って良い笑い声が聞こえた。
「あ、あはははははははははははは!!お、女の子、君が、女の子!?」
「笑うな、ポッター!!」
その笑い声の方を見ると、そこにはくしゃくしゃの黒髪に、ハシバミ色の瞳をした少年がいた。
「ご、ごめん。だって、君が、女の子って。マ、マルフォイが、女の子!」
「くううううう!貴様!」
「・・・・マルフォイ?」
ルツは、必死に笑いをこらえているらしいオーガスタとムーディの横から歩き出した。そうして、無言でマルフォイの前に立つと、そのローブを開帳した。
「あ、ほんとだ!スカートじゃない!!」
「当たり前だろうが!!」
このやり取りに、さらに笑い声が広がる。
「・・・・どうかしたのかの?」
いつの間にか立っていたダンブルドアにルツは振り返った。
「笑い声が響いているのは良いことじゃが。何かあったのかの?」
「はい。アブラクサス・マルフォイ氏があんまりにも綺麗な顔立ちで、私が女の子と間違えたので、皆がおかしくって笑っているんです。」
ルツの返事に、ダンブルドアは目をぱちくりとさせて、破顔した。
「ふむ、そうじゃの。確かに、綺麗な顔立ちじゃの。」
「はい、とても綺麗な顔です。」
にこにこと笑いあう二人に、笑っていた一年生たちはもちろん、アブラクサスまでどこか毒気を抜かれる思いだった。
「さて、友好を深めるのはよいことじゃが、そろそろ、組み分けの時じゃぞ?」
行こうか。
ダンブルドアは、まるでそう言うように、彼が先ほど入っていった扉の先へと新入生たちを促した。
扉の先には、ルツたちにとって先輩たちが待っていた。
縦長の四つの机に分かれた彼らは、それぞれの寮のイメージカラーを身につけ、己の後輩になるらしい新入生をじっと見ている。
普段ならば、そこで緊張でもしそうだが、新入生の目をそれ以上に釘付けにするものが、部屋には溢れていた。
宙に浮く数々の銀の燭台に並べられた蝋燭に、暖かな灯りに照らされた豪奢な調度品たち。長机の上には輝く金の食器がたくさんの御馳走が盛りつけられるのを待っているようだった。
そしてなにより、部屋の天井部分には、まるで星空をそのまま切り取って張り付けた様な、きらめきが広がっていた。
宝石のように煌めく星々が、天井となって新入生たちの頭上に広がっていた。
感嘆の声を聞きながら、ルツはリドルと見た星空を思い出す。
(・・・・実物の、森の中で、父さんと見た星空の方が好きだなあ。)
などと、驚かせがいのないことを考えて、ルツは長机の間を進んでいく。そうして、ルツたちは、教員用のテーブルの前に集められた。
教員用のテーブルは数段高い場所に座していたが、その前には一つの椅子と、そうして古ぼけたとんがり帽子があった。
(・・・・あー、そういや、組み分けはグリン家にとっても、あの帽子にとってもめんどくさいんだよなあ。)
ルツがそんなことを内心で考えていると、帽子の皺が集まって、ついには顔のようなものになる。人面のような模様を持った帽子は、高らかに歌い始めた。
勇猛果敢、己を獅子が如き騎士とするならグリフィンドール。そこで君は、何かをなしうる仲間を得る。
温和勤勉、己を穴熊が如き正直者とするならばハッフルパフ。そこで君は、支えあうべき隣人を得る。
怜悧狡猾、己を蛇が如き賢しき者とするならばスリザリン。そこで君は、同胞成り得る友を得る。
切問近思、己を鷲が如き探究者とするならばレイブンクロー。そこで君は、共有すべき英知を得る。
被ってごらんよ、この私。あなたが知りえるあなたから、あなたの知らないあなたまで、私は全てが御見通し。
あなたのあるべき場所へと導こう!!
帽子が歌いおわると、大広間は拍手の音で満たされる。
広間中の全員から喝采を浴びた帽子は、礼儀正しくお辞儀をして応えた。
その顔の得意そうな感情に、それは、いったい誰の感情であるのだろうかと考えた。
(・・・ゴドリックかなあ。)
しばらく拍手が続いた後、部屋には元の静寂が戻った。それを見計らって、ダンブルドアが椅子の隣りへと上がる。片手には名簿と思しい大きなスクロールが握られていた。
ダンブルドアは厳かな雰囲気を漂わせて口を開いた。
ABCの順に、次々と人が呼ばれていく。
ルツの隣りにいた、アラスター・ムーディやオーガスタ・ロングボトムも呼ばれていく。ルツは二人に手をひらりと振りながら、ぼんやりと夜空を眺めながら待っていた。
ムーディはハッフルパフに。オーガスタはグリフィンドールに。
そうして、アブラクサスはスリザリンに。加えて、アブラクサスの時に爆笑していたくるくるの黒髪の少年はグリフィンドールに組み分けされていった。
そこで、ふと、ルツは自分が最後の一人であることに気づいた。
(・・・・あれ、Gはもっとさきに呼ばれてるはずなんだけど。)
そう思っていると、ダンブルドアが最後の一人になったルツを見た。
「・・・・ルツ・グリン。」
グリン、という家名に部屋からざわめきが生まれた。ルツは、ようやくかあと独りごちながら、数段だけの階段を上がっていく。
蝋燭の、オレンジ色の明かりにルツの金の髪がキラキラと光る。くるりと振り返る。信じられないという表情で、部屋中の在校生がルツを見つめている。それをまたぼんやりと見つめていると、すとんと椅子に座ると同時に、とんがり帽子が被された。
『かあああああああああああああ!!!』
頭の中に響いた絶叫に、ルツは顔をしかめた。
『また!またなのか!!またグリン家の者が入学するとは!恨みますぞ、ゴドリックよ!!』
絶叫に次ぐ絶叫に、ルツは顔をしかめて無言で帽子を取った。寮が示されてもいないのに帽子を取ったルツの行動に、皆が唖然とする。
「どうかしたのかね?」
「・・・・・すごく煩い。」
「あー・・・・そうじゃの、お父さんも帽子を嫌がっておったが。寮を決めるには、仕方がないんじゃ。」
ダンブルドアに宥められて、ルツはまた渋々帽子を被った。
『いつも、いつも!!グリン家の者は厄介なのだ!知っておるか!?六代目のグリン家の者は、ワシを雑巾にした方がいいとまで言ったのじゃぞ!ただでさえ厄介な性質の者が多いというのに。あの代の者は特に。』
(・・・・・ごめん。私の組み分け、してくれないの?)
『・・・・・わかっておる。今回こそは、今回こそは!!納得のいく、完璧な組み分けをしてみせる!!』
やけにやる気の満ちた声が頭の中で広がる中、ルツはぐったりとため息を吐いた。
『・・・・それでは、どれどれ、うーん。勇敢、といえないわけではないが。困難に遭えば打ち勝つ気はあるが、出来れば回避したいと考えている。グリフィンドールに、該当しないわけではないが。勤勉さも、ないわけではない。義務であるならば、精進する気はある、な?狡猾さ、目的の為なら手段を択ばないこともあるな。英知、うーん、知れるならば知ろうとする気はある、と。』
一瞬の沈黙の後に、また頭の中で絶叫が響き渡る。
『かあああああああああああああ!!貴様も、歴代のグリン家と同じではないか!素質がないわけではないというのに、このぼんやりさ!温さ!あるにはあるが、ないと言えばないという中途半端さ!ゴドリックの末裔として恥ずかしくはないのか!?』
(グリン家の始祖のあだ名を知って、そんなこと言うの?)
『彼の人は、まだお前らほどぼんやりとしとらんかった!勇気に溢れ、英知を望み、公平で、狡猾なものよりも狡猾であったわ!』
(ああ、うん。わかったから適当に入れてよ。私はどこでもいいんだし。)
『組み分けがそんな適当でいいことがあるか!確かに、お前さんは中途半端ではある。だがな。ワシも数多くの組み分けをこなした。難しいものもあった。その経験を、ここで発揮するのみ!!』
頭の中で響く高笑いに、ルツは早く終わらないかと憂鬱になりながら待っていた。
ダンブルドアは、ちらりと時計を見た。
ルツが帽子を被って、数時間が過ぎた。それでも、組み分け帽子はうーんと唸り続けている。
とうとう根負けした職員たちによって、生徒たちには食事が振る舞われた。ルツは、ダンブルドアの隣りに座り、帽子を被ったまま食事を終えた。
永遠に続く組み分けに、生徒たちはおろか、ルツでさえも居眠りを始めている。
「・・・・はあ、今年もこうなったな。」
ディペットの言葉に、ダンブルドアは頷いた。
「・・・・・グリン家の恒例なのだよ。毎回のように、半日は組み分けをするのだよ。」
「・・・・・そうなんですか。すいません。」
生徒たちはそれぞれの寮へと帰り、ルツは寮が決まるまでダンブルドアの預かりとなった。
ディペットはぐったりとしながらそう語って、ルツをダンブルドアに渡して、自室へと帰っていった。
ルツは、ダンブルドアの部屋である変身術の教授の部屋にて、椅子に座っていた。
「組み分けはどうかの?」
「まだ唸ったまんまです。」
「そうか。」
ダンブルドアは、ルツにホットミルクを渡した。
ホットミルクを啜るルツに、ダンブルドアは口を開いた。
「・・・・リドルは、どんな様子かの?」
「気になるなら、会いに行けばいいのでは?」
何の気なしの質問に、ルツは不思議そうに問うた。それに、ダンブルドアは、固まった。そうして、そうじゃの、と頷いた。
ルツは、どうして固まっているのだろうと首を傾げて、出発前のリドルのことを伝える。
「うーん。私が行く前には愚図ってましたけど。でも、暇つぶしに本を置いていったり。あと、手紙を書くとか約束したら、渋々了解してくれました。」
手紙、書かないとなあ。
そう言うルツに、ダンブルドアは、その青い瞳をきらきらとさせながら、じっと見つめる。そうして、一つだけ、問いかけた。
「・・・・のう、ルツ。お前さんはトムをどう見る?」
「どう?」
「お前さんの目から見て、あの子はどんなこじゃろうか?」
その問いに、ルツははてりと首を傾げた。そうして、思い浮かぶままに、口を開いた。
「うーん、はっきり言って、性悪です。」
「しょ、性悪?」
予想外の単語に、ダンブルドアは目を見開いて、復唱した。
「まあ、頭もいいし、見てくれもいいもんだから、まず傲慢の塊なんですよね。下手に、マウント取れる人もいないし。魔法なんて力を得てる分、余計にそうなのかな。容赦ないし、短気だし、意地悪だし。性格は、ものすごい悪いです。」
上げられる性格に、ダンブルドアは、そ、そうかと頷いてそれを聞く。そうして、次に、ルツは淡く笑う。
「でも、大事だって思ったら、ちゃんと大事にできる子です。」
素直ではないから、時間がかかるけど。でも、そうだと理解したらそれに誠実で在れる子だと思います。
ルツの言葉に、ダンブルドアは黙り込み、そうしてそうかと頷いた。そうかと、深く、深く、頷いた。
ルツは、ダンブルドアがいったい何にそこまで感慨を覚えているのか不思議に思いながら、ホットミルクを啜った。
二人の間に、沈黙が落ちた。
その間に、ホットミルクも飲み干し、ルツも又うつらうつらとし始める。
「・・・・組み分け帽子よ。そろそろ、お開きにせんか?」
(・・・・私も、眠い。)
『・・・・くっ!またしても、またしても、納得のできる組み分けは叶わんか!』
組み分け帽子は悔しそうな声と共に、高らかに叫んだ。
『あなたの意思をまた、歪曲してしまうが、お許しを。少なくとも、学ぶに足る資質はあるのです!』
「ハッフルパフ!!」
『だが、しかし!グリン家の者よ、次代の時こそは、覚悟するがいい!その時こそは、納得に足る組み分けをしてみせるぞ!!』
そんな組み分け帽子の最後の言葉を聞きつつ、ルツは大きく欠伸をした。