孤独な蛇は、平淡な樹木の夢を見るか   作:藤猫

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思った以上に、ルツだけの話は続くかも。



学校の話

「・・・・まったく。あいつはどこにいるんだ?」

 

アラスター・ムーディがホグワーツに入学してから一か月が過ぎた。入学する前は、厳格な両親の手前、肩を張っていたという自覚はあるが、学校に慣れた今は前ほどではない。

というよりも、ムーディにはそれ以上に気にしなくてはいけないことが一つできていたのだ。

 

ムーディは学校の中庭へと歩みを進める。その間にも、家名のためか、それとも彼の才のせいか、注目を集めていたが、そんなことを気にする暇もない。

 

そんな視線に混じって、ムーディに声を掛けるものもいた。

 

「ムーディ!ルツを探してるの?」

「誰かールツ見た人いる!?」

「あの子なら、またオッズのところでニーズルと遊んでるんじゃないの?」

 

がやがやと騒がしい声に、ムーディは大丈夫だというように手を振った。それに、探しておくねーなどという声が返って来る。

 

中庭へとつくと、ムーディはそこで本を読んでいる女学生に近づいた。

 

「すまんが、オーガスタ。ルツのやつを知らないか?」

 

その言葉で、少女は上を向いた。勝気な顔立ちで、ムーディをじっと見る。

 

「ルツ?またいなくなったの?」

「ああ。今日は休みだからな。朝方から姿が見えんかったが、いつも通り走りにでも行っているんだろうなと思っていたんだが。昼になっても帰ってこないんだ。」

「・・・・まさか、また森に?」

「かもしれん。それとも、オッズの所でニーズルと遊んでるのかもしれないが。」

 

オーガスタの言葉に、ムーディは大きくため息を吐いた。

 

ルツという存在が、同じ寮になった時から、ムーディの想っていた以上の毎日が始まった。

彼女は、良くも悪くも、話題の中心にいた。

まず、入学した日に寮に振り分けられなかったのを口火に、ふらりとハッフルパフの中に潜り込んでいた時の騒がしさといったらないだろう。

元より、話題の種のルツが、スリザリンでも、グリフィンドールでもなく、ハッフルパフに入れられたことも目立つ理由なのだろうが。

 

結局、ルツはどの寮に入ったのかと気になって、早く目を覚ませば、談話室のソファーで居眠りしているのを見つけた時のムーディの心境など、一言では言い表せないだろう。

 

その後、ムーディは眠いとぼやくルツを引きずって大広間に向かい、朝食を食べるように促した。

そこからだ、どうも寮の内でムーディがルツの係の様になってしまったのは。

最初は、さすがに世話をするのはごめんだと拒絶したのだ。

同性の奴がやればいいだろうと。

が、別に、ルツ自身はそこまで甲斐甲斐しい世話というものはいらなかった。普通に起き、身支度をして、というように身の回りのことは出来るのだ。ただ、妙な所でぼけっとしている。

例えば、ぼんやりと放っておけばずっと空を眺めているだとか、動く階段から落ちかけるだとか、中庭で居眠りして風邪を引きそうになるだとか。

妙な所で、気を抜くというか、ぼけっとしているのだ。

元より、性根が善良なものの多いハッフルパフだ。気づいたものが何くれと注意をしてやるのだが。

同学年であり、グリンの名に遠慮しない、そうして何だかんだで面倒見のいいムーディがルツのお目付け係になっているのだ。

一度、お前は今までどうやって生きて来たんだとムーディがぼやけば、彼女曰く、リドルが気にかけてくれていたのだそうだ。

聞くと、彼女の可愛がっている弟分らしい。ルツはにこにこと満面の笑みで延々と彼の自慢話を聞かされた。ムーディは密かにそのリドルという存在に同情している。

けれど、そんな風に日常ではぼんやりしていても、授業ではそういったあやふやさを出すことはなかった。

というよりも、彼女は薬草学や魔法薬学だけで言えば、生徒の中では一番に知識があるやも知れない。

薬草学など、担当教員のハーバート・ビーリーにはその知識ぶりに、ハッフルパフに二十点という点を出していたほどだ。

魔法薬学では、教科書を確認することも無く手際よく最速で作り上げてしまった。おかげで、彼女はホラス・スラグホーンのお気に入りだ。

ただ、どうも呪文などの実技はあまり好きではないらしく、成功はさせているものの習得には時間がかかっているようだった。

いつもは、取り留めなく独り言を言っているが、そういった実技がある時だけは黙り込んでいることが多い。

また、変身術に関しても上達が早く、ダンブルドアに褒められていたのを覚えている。

ただ、その時、ムーディはルツの隣りにいたというのに、呪文を聞いた覚えがないのだが。そこまで己は集中していただろうか。

それでも、ムーディがルツの世話を何だかんだで引き受けている。

その、少女との日常を、気に入っていた。

少女は、他にあまり気づかれることは少ないが、ふらふらと色んな所に迷い込む。彼女を迎えに行くためにする冒険を、ムーディはこっそりと気に入っていた。

 

ムーディにとって、今でも一番に愉快なこととして記憶している、マルフォイへの女の子呼びがあるが。

あの時ほどルツという存在の変わり者ぶりを実感したことはないだろう。

 

ルツは目立つ少女だ。その血のため、その見事な金髪やグリーンアイのため、そうしてその優秀な成績のために、やっかむ存在がちらほらいた。

特に、純血として扱われているというのに、マグル出身者や血を裏切る者たちにも当たり前のように接しているのが頭に来たのか。いや、彼女が、聖28一族のマルフォイともそこそこ口を利くことが、なによりも癇に障ったのだろう。

とあるスリザリン生数人が、ルツに向けて呪いを放ったことがあった。

それは、背中からであり、普通ならば避けることは疎か、気づくことも出来ないだろう。だというのに、だ。

ルツは、それを避けたのだ。おまけに、近くにいたムーディを突き飛ばしまでして!

それからのルツの行動をムーディは全て把握しているわけではない。

ただ、ルツから聞いた話や自分の見たことを総合して話すと、彼女はその複数のスリザリン生たちの呪いを回避し、距離を詰めた。

ムーディが見た限りでは、壁を走っていた気がしたが、さすがに己の神経を疑っている。

そうして、彼らの持っている杖を手で弾き飛ばすと、それを奪いムーディの前に立った。

その、鮮やかな動きに、ムーディを含めたスリザリン生たちは度肝を抜かれた。

もちろん、自分の杖を奪われた者たちが黙っているわけはない。取り返そうと、ルツに詰め寄るが、彼女は何を思ったか体を振り返して、その場から走り出した。

ムーディは聞いただけだが、少しの間、スリザリン生たちとルツの鬼ごっこが学校内で繰り広げられていたそうだ。

是非とも見たかったものだと、ムーディは今でも後悔している。

何でも、ルツがぶっちぎりの速さで、その後ろをぜいぜいと息切れしたスリザリン生が追っていたそうだ。

それを見たマグル出身の同寮の者曰く、ルツの走りっぷりは、それこそオリンピックというものに出ていてもおかしくないほどの走りだったらしい。

 

取り残されたムーディは、そんなことを知る由も無く、自ら囮になったと思ったルツを探し始めた。

といっても校内を走り回っていたらしいルツを見つけることも出来ずに、一旦は寮に帰ったが。

なんと、ルツはいつの間にか、平然と寮に帰っていたのだ。

丁度、談話室には誰もおらず、一人でソファに座っていたルツは、大事にしているというペンダントを持ってぼんやりとしていた。

 

「ルツ!」

 

もちろん、心配していたムーディが駆けよるが、ルツはこれまたのんびりとしながら、やあと挨拶をしてきた。

 

「やあ、じゃないだろう!お前、スリザリン生たちはどうしたんだ!?」

「ああ、あの人たちなら、すぐに撒けたよ。」

「ま、撒いたのか!?」

「うん、あの程度なら、造作もないよ。」

ルツ曰く、あの程度走れなければ魔法生物から逃げることも出来ない、のだそうだ。ルツの家庭環境を若干気にしつつも、というか非常に気になったが彼の理性が聞くなと囁くためにそれは頭の隅に置いておいた。そうして、ムーディはよかったと息を吐いた。

「あの、使い道の悪い杖も、適当に隠してきたし。」

「杖を!?」

 

ムーディが素っ頓狂な声を上げる。それに、ルツはきょとりとムーディを見た。

 

「別に、杖を隠しちゃいけないってルールはないよ?」

「い、いや、だが。杖を、隠す、のか?」

「誰かを貶めて、傷つけるだけの力なら、少しだけ使えなくしたほうがまだましじゃないか。」

 

ルツは、どこか、珍しく不機嫌そうな顔をした。

 

「一方的に弄れる存在だって思われるのはごめんだ。傷つく覚悟がないなら、剣を持つ資格はないよ。」

 

ルツは、そう言ってじっとムーディを見た。

ムーディとしても、ルツの言い分は分からないわけではないが。

ムーディは純血の出だ。彼の価値観は、魔法使いのものだ。その価値観が、杖を奪ったということに、何とも言えない感覚をもたらした。ただ、確実に、よくやった、という感覚を抱いたのも事実だ。

杖を奪われるというのは、犯罪者だけで在り、彼らにとっては相当の侮辱だろう。

 

「だが、なあ。杖を、か。面倒なことになるぞ。」

 

ムーディが思わず呟くのを、ルツは、そう、とだけ返した。

 

 

ムーディの予想は当たり、ルツは校長室に呼び出された。ムーディーはその場にいたということで証言をするために呼び出された。

校長室には、ルツを襲った少しだけ年上のスリザリン生たちが集まっていた。

そうして、ムーディが驚いたことに、スリザリン生たちの杖は未だ見つかっていなかったのだ。

杖を隠されたのは昨日のことだ。

どうも、彼らは結局ルツに隠された杖を見つけることは出来ず、唐突教師の誰かに泣きついたのだろう

屈辱だと言っている顔がそれを示していた。

 

「・・・・・ルツ。お前さんは、そこにいるスリザリン生たちの杖をどうしたのかの。アラスター。お前さんは、その場に居たそうじゃが。」

「はあ、グリンの家の者か、また。」

 

校長室には、ディペットとダンブルドアが待っていた。その問いに、ムーディがいの一番に答えた。

 

「ダンブルドア先生。ですが、先に呪文を仕掛けてきたのは、スリザリンの奴らです!ルツは僕を庇ったにすぎません!」

「だがな、ムーディよ。杖を奪うのは、その、あまりいいことではないからなあ。」

「これ、落ち着かんか。」

「・・・・彼らのご両親からも抗議の便りが来ておるし。」

「・・・・校長、それは。」

 

後ろでスリザリン生たちがにやにやと笑っていることが分かる。ムーディは頭に血が上る様な怒りが湧いた。

 

仕掛けてきたのは、元よりあいつらの方だというのに!己の喧嘩に、親まで引っ張り出してきやがって!

 

「・・・・先生。」

 

そこでようやくルツは口を開いた。それに、こそこそと何かを話していたディペットとダンブルドアが彼女の方を見た。

 

「先生、杖を見つけるのも、罰則についても私は受け入れます。でも、その前に、一つだけ教えてください。」

 

そう言うルツには、どこまでも悪意も、敵意も、欠片でさえも無かった。

その声にも、その瞳にも、あったのは素直な疑問。

幼子のような、その素直さで、ルツは大人に問うた。

 

「先生、なら、私はどうすることが正解だったのでしょうか?」

 

それに、ダンブルドアは、そのきらきらとした青い瞳でじっとルツを見た。

ルツも又、きらきらとした緑の瞳で、ダンブルドアを見返した。

 

「杖が一番最後に出した呪文を見れば、分かると思いますが。後ろの先輩さんたちは私に悪意を持って魔法を振るいました。私は、アラスターに傷ついてほしくなかった。私だって、痛いのは嫌です。だから、抵抗しました。」

 

ルツは、心の底から不思議そうな声で、言葉を続ける。

 

「ダンブルドア先生。先生は、やり返してはいけないと言いました。でも、やり返さないと私はずっと弄られるままです。だから、逃げました。後ろから追撃されるのが嫌なので、杖を奪って逃げました。先生、私は、されるがままであった方がいいのでしょうか。私が、弱いままであったなら、それでよかったのでしょうか?」

 

ねえ、先生。ダンブルドア先生、校長先生。

私に、正解を教えてください、分からないんです。だから、教えてください。

 

その言葉に、ディペットはおろか、ダンブルドアでさえ沈黙した。

 

ディペットは、思わず、というようにダンブルドアの方を見た。それは、スリザリン生はもちろん、ムーディでさえ同じだった。

ダンブルドアは、じっと、どこか少しだけ茫然としたような表情でルツを見返していた。

 

「・・・・ルツよ。」

「はい。」

「傷つけられたくないと思うことは悪いことではない。戦うことには、大変な勇気が必要じゃ。じゃがの、誰も傷つけん為に逃げることもまた、勇気のいることじゃ。」

 

誰かのために己の行いを選んだお前さんは、立派じゃぞ。

 

ダンブルドアはそう言って、くすりと笑った。

 

「それにの、今日は別にお叱りのために呼んだわけではないぞ?」

 

その言葉に、ムーディとルツはきょろんと不思議そうにダンブルドアを見上げた。ダンブルドアは、いつもは少しばかり大人びた雰囲気をした二人の、幼い行動にくすりと笑って、その頭をぽんぽんと撫でた。

 

「さすがに、杖を隠されては、お前さんたちの先輩の学業に支障があるでの。出来れば、ルツに出してほしくて呼んだんじゃ。」

 

ルツは、ダンブルドアの言葉に、少しだけ考え込んだ後、囁くような声を出した。

 

「・・・・今度から、分かりやすい所に隠します。」

 

その言葉に、ダンブルドアはくすりと笑った。そうして、後ろにいたスリザリン生たちに目を向けた。

 

「さて、彼らの杖をそろそろ取りにいかねばの。授業がおしておる!」

 

 

 

ルツがムーディやダンブルドアたちを連れてきたのは、学校の側に立つ暴れ柳だ。

ゴドリック・グリフィンドールが何らかの気まぐれに植えたらしい巨木だ。ただ、近づく者に対して激しく攻撃するという性質を持っているため、近づくものもいない。

その時、少なくとも、ムーディはてっきりルツは暴れ柳の近くに、スリザリン生たちの杖を隠したのだと思い込んでいた。

けれど、予想に反して、ルツは小走りで暴れ柳にまっすぐに走って行ってしまったのだ。

 

「ルツ!」

 

ムーディは慌てて後を追い、暴れ柳に近づくのを止めさせようとしたが、それよりも前に信じられないことを目撃した。

 

暴れ柳は、ルツが近づいても攻撃するどころか、まるでただの植物の様にじっと静止していた。あろうことか、ルツが暴れ柳に手を伸ばし、登らせてと頼めば、言われるがままにルツが上りやすいように枝をしならせたのだ。

 

その光景に、ムーディだけでなく、ダンブルドアやスリザリン生たちも茫然と見つめていた。ルツは、暴れ柳にとん、と飛び乗るとするすると登っていく。そうして、枝の間から何かを取り出した。

 

「・・・・グレイのサボり場所が、ようやくわかったのお。」

 

ダンブルドアの呟きも、ムーディは聞き逃す。

そこには、スリザリン生たちの杖が握られていた。

ルツは、ぴょんと、勢いよく飛び降りると、まっすぐにスリザリン生たちの元に歩み寄った。

 

「・・・はい、返さなくてごめんなさい。」

 

ルツの謝罪の言葉を聞きながら、ムーディは確かに目の前の存在がゴドリック・グリフィンドールという偉大なる魔法使いの血を引いた、変わり者の中の変わり者であることをしみじみと確信した。

 

早々と、その場を去っていったスリザリン生たちのあとには、ムーディとルツ、そうしてダンブルドアが残った。

ルツとムーディは、ダンブルドアに一言入れてから、寮に帰ろうとした。

そこで、ダンブルドアが二人を引き留める。

 

「さて、二人とも。」

 

それに、ムーディとルツは、お叱りがまだあったのかと、互いに体を寄せ合うようにくっ付いた。

その、子犬が怯える時のような仕草に、ダンブルドアはやはり微笑ましい気分になる。

 

「・・・・・先ほども言ったが、誰かに立ち向かうことはそれは勇気がいる。じゃが、逃げることも又、勇気がいる。そこで、ルツ・グリンに十点を与える。」

 

それに、ムーディとルツは顔を見合わせて、にやりと互いに笑いあい、ぱん!とお互いの手を叩いた。

そうして、元気よくありがとうございます、と言ってその場から走り去った。

ダンブルドアは、その背中を、どこか懐かしむ様な、そうして寂しがるように、ずっと、ずっと、眺めていた。

 

 

 

「・・・・リドル、大丈夫か?」

ルツは、暴れ柳の枝の上。丁度、枝と枝の間、ルツの体がすっぽり嵌る様な、丁度いい隙間に体を横たえていた。

木漏れ日から流れ込む柔らかな日差しだとか、そよそよと吹く風だとか、暴れ柳がわざわざ揺らしてくれるためか、今のルツは非常に眠たいのだ。

 

(・・・・ダンブルドア先生にも聞かれたけど、草木に言うこと聞かせられる人っていないのかなあ。父さんもそうだったし。いないわけじゃないと思ってたけど。)

そんな思考を挟みつつ、ルツはペンダントに潜めた両面鏡に語りかけた。

こうやって、裏でこそこそとしているのは、リドルがこのペンダントの秘密を他にもたらすことを嫌がったためだ。

ルツとしても、自分たちだけの秘密、という響きにはなかなかに魅力的なものを感じるので、好きにさせている。

そうして、今日は、何故かリドルから連絡を取ってきたためだ。

リドルは、その年齢からすれば驚くほど高い知能を持っている。そうして、そのエレベスト級のプライドのためか、自制心は人一倍ある。

授業中の場合を考えて、昼間に連絡してくることはほとんどないのだが。今日だけは、珍しく連絡してきたため、ルツは滅多に人の来ない暴れ柳の枝の中に隠れていた。

 

「・・・・・ビリー・スタッブズの奴に、馬鹿にされた。」

「ビリー?」

 

確か、兎を飼っていたリドルとさほど変わらない年齢の男の子だったはずだ。

 

「馬鹿に、かあ。」

 

ルツの脳裏に浮かんだビリーという少年は、お世辞にもリドルに勝っている部分というものがあるとは思えなかった。

もちろん、友達の数だとリドルは圧倒的に負けてしまっているが。

 

「珍しいなあ。君が、そんなに怒るなんて。何を言われたんだ?」

 

 

ルツは、やはりのんびりとそう言った。それに、鏡の向こうは沈黙した。ルツは、別段それを気にしない。

プライドは高いが、頭の良いリドルの事だ。本当に話したいことはしっかりと話すし、愚痴りたい程度の言葉なら言わないだけだ。

ルツは、のんびりとうつらうつらと夢現に鏡の向こうへと耳を澄ませた。

ざわざわとこの葉擦れの音を聞いていると、どうしても眠たくなる。

くああああとルツが欠伸をしていると、そんな音の中で、囁くようなリドルの言葉が聞こえた。

 

「・・・・・・女の後ろに隠れて威張ってるって、言われた。」

 

その、木の葉の騒めきに攫われてしまいそうな声を、確かにルツは捉えていた。そうして、彼女は一瞬だけ口を噤み、次には当たり前を言うように平然と言葉を発した。

 

「年上数人じゃないと向かっていけないお前さんがすごいから、ビーリーは嫉妬してるんだろう。」

 

それにリドルは黙り込んだ。ルツは、のんびりと、また気にするなと歌うように言った。それに、リドルは、黙り込んだままだ。ルツは、それに呆れたようにため息を吐いた。

 

「どうした、やはり収まらないのか?」

「・・・・いいこと思いついた!」

 

ルツの言葉を聞いていなかったのか、リドルは突然叫んだ。その声の後ろにある、妙なほの暗さを気にすることもない。

ルツは気にした風も無くなんだい、とリドルに問いかけた。

 

「あいつ、兎、大事にしてただろ?いなくなったら、どんな顔するかな?」

 

リドルの声に擡げる嗜虐心を感じながら、ルツは平然と聞いた。

 

「殺すのか?」

「まあ、やり方については色々考えようと思ってるけど。」

 

弾んだ声に、ルツは、呆れたように言った。

 

「リドル、兎を殺すのは止めろ。」

「は?」

 

一瞬の沈黙の後に、リドルの威圧的な吐息のようなものが聞こえた。

 

「・・・・何だよ、お前もそんなこと言うのか?」

 

どこか、肌がざわざわするような、ひどく残酷で身勝手な悪意を感じる。ルツは、それに口を噤む。

口を挟むと、リドルの怒りは大きくなるのだ。

 

「お前も、僕のこと怒るのか!先にやってきたのはあいつじゃないか!僕は、あいつに僕の方がすごいって分からせたいだけ!僕は悪くないのに!あいつの方が悪いんだ!あいつだって、僕が特別だって分かったから、もうそんなこと言ってこないだろう!?」

 

少しだけ、声に涙が混じっているような気がしながら、ルツはリドルが鎮まるのを待った。そうして、声が途絶えると同時に、ルツは兎を殺すのを止めた理由を言った。

 

「リドル、いいか。兎は、殺すなら秋ごろにしろ。夏の兎はまずいからな。」

 

ルツの言葉に、明らかに両面鏡から感じていた怒りは消えた。リドルは黙り込んだ。ルツは、リドルからの返答を待つが、一向に返ってこない。

 

「おい、リドル?」

「・・・・・お前、兎、食べる気なのか?」

 

明らかに引いている声に、ルツははてりと首を傾げた。そうして、次には、深々としたため息を吐いた。

 

「・・・・・なんか、馬鹿らしくなった。」

「なんだ、殺さないのか?貴重な肉だぞ?」

「いったいどこに、孤児院の子どものペットが死んだら食事にするやつがいるんだ?」

「このご時世だからなあ。ドイツの方も色々不穏だしなあ。マグルの知り合いが取ってる新聞を見る限り、二回目の世界大戦が起きそうだ。」

 

ルツは、そう言ってため息を吐いた。

 

「そういえば、食事はとれてるのか?」

「・・・・まあ、一応は。」

「送ったクッキーがあるだろ?足りないなら、それを食べなさい。こっちは、食事には困らないからな。君も、再来年には学校に通えるから、食事の心配もしなくていいんだが。」

「分かってるよ。僕だって、早くそっちに通いたいのに。」

 

また、ぶすりとした顔をしているだろう向こう側に、ルツはふふふと笑ってまるでとっておきの秘密を囁くように勿体ぶっていった。

 

「・・・・リドル。今年のクリスマスに帰った時、杖、少しだけ貸してやる。」

「・・・・本当?」

「ああ、ただし、私も面倒事はごめんだからな。軽いものだけだぞ。」

「わかった!待ってるからな、絶対帰って来いよ!」

 

はしゃいだ声に、ルツが目を細めていると、木の下から聞きなれた声がした。

 

「ルツ!」

 

それにルツは、地面に視線を向けた。

 

 

 

 

ムーディとオーガスタが、暴れ柳から逃れられるほどの立ち位置にいると、木からたんと軽やかに飛びおりる存在がいた。

それは、てこてことムーデたちのほうに歩み寄って来る。

 

「ああ、ムーディにオーガスタ。どうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃないだろう!歴史のレポートをやろうって言ったのはお前だろうが!」

「あれ、探しに来てくれたのかい?それは、ありがとう。」

 

のんびりとした声音に、ムーディはため息を吐く。そこで、隣りに立っていたオーガスタがむすりとした表情で言った。

 

「本当よ!心配したんだからね!?・・・・また、森に迷い込んだじゃないかって!」

 

こそりとしたオーガスタはルツに囁いた。

ルツが禁じられた森に時折分け入っているのは、ムーディとオーガスタだけの秘密だ。もしかしたら、森番とダンブルドア先生は気づいているかもしれないが。

ただ、彼女は森の中の方が生き生きとして、自然体なのだ。

父もまたこっそりと森に学生の頃に入り浸っていたという話を聞いた時は、絶叫したぐらいだ。

ムーディーもオーガスタも、ルツを止めていた。ルツも頷いていたが、未だに入り込んでいるようだった。止めようにも、証拠がないため、今は保留している。

 

 

 

ムーディは、ごめん、と目を細めてぼんやりと微笑ましいルツを見ながらため息を吐く。

本当ならば、己の立場を考えるならば、あまりルツと関わることは良いことではないのだろう。

父からも、グリンという名に止められはしなかったが、あまり良い顔はされなかった。

 

グリン家とは、魔法界の中では、扱いに困る一族であった。

グリンという一族が出来た経緯も特殊ならば、その在り方もまた逸脱していた。人よりも、獣や草木を愛した彼らは、外側で必要なこと以外は殆ど素性の分からない存在であった。定住をすることなく、放浪という生活を好んでいるらしく、あまり他の魔法使いと関わりがないというのが、その謎に拍車をかけているのだろう。

はっきり言えば、ルツのふわふわとしたというか、変わり者の在り方は付き合いやすくはなかった。

魔法使いという特殊な枠組みの、これまた特殊な一族のルツは、その血の為なのかひどく不思議な奴であった。

 

けれど、ムーディはルツという魔法使いを好ましいと思っていた。

彼女は、不思議だ。誰の味方でないようで、誰かの隣りに当たり前のように立っているような人だった。

ルツは、良くも悪くも、他人をあまり気にしなかった。当たり前のように、自分の近しい人間が幸せならばそれでいいという人だった。

けれど、彼女は、誰にとっても敵でもなかった。そうして、正義でさえも無かった。

例えば、下級生を虐める上級生の輪に突っ込んでいくとか、喧嘩をしているスリザリンとグリフィンドールの間に何をしているんだと聞きに行くとか、純血の魔法使いとマグル出身の魔法使いの間をどうどうと歩くだとか。

それは、ただ単に空気が読めないだとか、ぼんやりしているだけとも言えるかもしれないが。

ルツは、結局どちらの味方もせずに、そのぼんやりとして、少しだけ見当違いな言葉で、その場をかき乱してしまう。

最終的に、毒気を抜かれて、もういいやと放り出させてしまう。

元より、純血主義の者たちは、ルツの血筋に強くは言えず。上級生たちがルツの杖強奪を遠巻きに見て。マグル出身の者は、助けられて感謝するものもいたがルツの魔法使いらしい不思議さに、嫌いはせずとも好きにもならずという微妙な立ち位置にいた。

そのためか、ルツがいると、不思議と争いが起きなかった、争いが呆れと共にうせてしまうことが多かった。

ムーディは、悪党が嫌いだ。それは、闇払いの両親を持ち、当たり前の正義感を持っている魔法使いだった。

けれど、ムーディは正義を語る人間も、あまり好きではなかった。両親を見ていると、しみじみと思うのだ。

本当の意味で、正しいということは、そうそうないのだ。だから、ムーディは正義を語らない。正しさなんて、所詮は、それぞれの中にしかないのだと。

そんなことを、早々と悟っていた。

ルツは、悪人ではなかった、けれど、誰かを自ら助けたいという善意も無かった。

けれど、ルツは平等であった。

その平等という無関心さと紙一重のそれは、どこまでも公平であった。公平で、その場を平和にさせる、不思議な脱力感をムーディが気に入っていた。

 

ムーディは、オーガスタに叱られるルツを見て、少しだけ笑った。

 

ルツの側に居る間は、ムーディは背負った家名だとか、正しさだとか、悪意だとかを気にせずに、なんだかただの子どものように振る舞えるような気がした。

ちょっとした冒険に、少しだけわくわくしてしまうのだ。

ムーディは、ルツの起こした、愉快で、騒がしい日常を考えて、明日は何が起こるだろうかと考えながら、オーガスタを止める為に二人に視線を向けた。

 




ちなみに、ルツの本名は、ルツ・V・グリンです。

暴れ柳が出てきましたが。本来なら、暴れ柳はルーピンが入学したときに餓えられたものですが、この作品ではゴドリックがいたころから植えられていたことになっていますので、ご注意ください。
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