誤字報告ありがとうございます。
ルツは、いつも通り、とてとてと道を歩いていた。珍しく、夜もそこそこの時間帯は、ルツのような下級生が出歩いていい時間帯ではないが、その時の彼女には、堂々とした言い訳があった。
「・・・・珍しい。ダンブルドア先生からの呼び出しなんて。」
ルツは、少しだけ裏技を使っているが、呼び出されるほど変身術が悪かった記憶はない。
時期は、夏休みの差し迫り、試験も終わって生徒の気が緩むころだ。
ルツとしては、リドルに会える日のことを考えて、列車の中で買うお土産についてうきうきと考えていた時だった。
(・・・・・父さんは、あんまり好きじゃないって言ってたなあ。)
ルツという少女がダンブルドアを知っていたのは、彼女の父が彼の教え子であったためだった。
ルツは、いつか自分が通うという学校について、もちろん興味を示した。うきうきと問いかけると、ルツの父は、彼女によく似たぼんやりとした目で、とつとつと学校のことを教えてくれた。
例えば、彼の通った禁断の森だとか、良くしてくれた魔法生物の教師についてだとか、料理だとか。
そうして、好きではなかったけれど、一番に印象に残っているというアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアという人について。
父は、好きではない人を、フルネームで呼ぶのが癖だった。父の嫌いな人なんてそうそういないから、よく覚えていた。
だから、ルツは、父にダンブルドアという人が嫌いなのかと問うたことがある。それに、父であるグレイは、心の底から複雑そうな顔をした。
嫌いではないよ。ただ、あの人を見ていると、たまらなく哀れになるんだ。
ルツは、哀れという言葉の意味を、よく知らない。ただ、そう言って、微笑んだ父の目は、彼が母を見る時の目とよく似ていた。
だから、母も又、哀れな人だったのだろうと、ルツは思っている。
「先生、ハッフルパフのルツです。」
ノックの後に間を置いて、ルツは扉を開けた。扉の先には、机に向かって何かを書きつけているダンブルドアの姿があった。ダンブルドアは、ルツが入って来るのを見ると、にこにこと笑った。
「おお、ルツか。すまんな、こんな時間に呼んでしまって。そこに座りなさい。」
ルツは言われた席に、とんと座る。ダンブルドアは、彼女に背を向けていた。
「紅茶にかぼちゃジュースがあるが、どれがいいかの?」
「かぼちゃジュースがいいです。」
ダンブルドアは、ルツに振り向くと、彼女にゴブレットを差し出す。其処に入っていた液体を、ルツはいただきますと言いながら、くびくびと飲む。
「ふううううう。」
満足そうに吐息を吐き出すルツをダンブルドアはにこにこと笑いながら眺めていた。そうして、ルツと向かいあう形で置かれている椅子に座った。
「・・・・この一年、学校はどうじゃったかの?」
「楽しかったですよ!ムーディやオーガスタにも会えましたし。アラブクサス君とかチャーリーも遊んでくれたし。敷地の中で遊ぶのは、楽しかったです。」
にこにこと笑うルツに、ダンブルドアもまたにこにこと笑った。彼女の表情を見ていると、父親には似ていないという感想を抱く。
ダンブルドアは、無愛想で無口であった少年のことを思い出した。
「・・・でも、どうして態々そんなことを聞かれるんですか?ハッフルパフの寮監でもないのに。」
「・・・いやの、お前さんのように魔法族として生活しておって、マグルの中で生活するものはあまりおらんからの。わしが代表として話を聞こうということになったんじゃ。まあ、心配せずとも、成績もよく、皆ともよくやっておるが。少々のトラブルに目をつむればの?」
ダンブルドアは、最後の言葉をそのきらきらとして目で囁いた。ルツは、それに少しだけきまり悪そうに目を逸らした。
「気を付けます・・・・」
「そうしてくれると大変うれしいがの。ところで、ルツよ。トムは、どんな様子かの?」
「リドルですか?突然どうしたんですか?」
「あの子も、お前さんがおらずに、一人で孤児院でどんなふうに過ごしておるかと思っての。」
「手紙とか、色々連絡は取ってますよ。特別なこともないようです。ただ、よく、ここに早く入学したいってぼやいてました。」
「特別な事は、特にないか・・・・」
「何かしらやらかしたら、自分ですごいだろって自慢してくるので何もなかったんだと思います。」
「そ、そうか・・・・」
ダンブルドアは、ルツのリドルへの妙な信頼に、なんだかな、と少し思ってしまう。というか、リドルの性格を笑顔で悪いと言い切るこの子は何なのだろうかとも思う。
ちょっぴり黄昏たくなるような心情で、ダンブルドアは空を見つめてしまった。
「でも、先生。どうして、リドルのことを私に聞くんですか?」
「リドルのことは、お前さんが一番知っておるじゃろ?」
「でも、リドルのことが知りたいなら、わざわざ私を介さなくてもあの子に直接会いに行けばいいじゃないですか?」
それに、ダンブルドアはまた口を噤んでしまった。ルツは、それを気にすることも無く、ゴブレットに口を付けながら言った。
「父さんが言ってました。例え、どんな著名な学者の本を読んでも、本当の意味で木々のことも、獣のことも、理解できないって。感触も、匂いも、泣き声も、走り方も、全部、自分の目で見なければ、それを本当の意味で理解できないんです。私の目から、リドルを見ても、それは私から見たリドルであって、先生の目から見たものじゃないんです。」
「わしの目、とは?」
「ええっと、うーん。」
ルツは、腕を組んで、頭をひねる。父親の言ったことを、自分の中で噛み砕いたそれを何とか伝えようと話し始める。
「ええっと、私は、色んな私がいるんです。父さんも言ってました。父さんも父さんとしての父さんがいて、旦那さんとしての父さんがいて、お仕事をするときの父さんがいて。私も、リドルには助けてあげるのが役目です。でも、私は先生に助けられる側です。だから、リドルだって私の前でのリドルと、先生の前のリドルは、違うんです。えっと、はい。」
ルツは、自分でこれが正しいのかと首を傾げながら、ダンブルドアに考えを伝えた。伝わったろうかとダンブルドアを見ると、彼は変わることなくその青い瞳で、ルツを見つめていた。
「会いに、か。」
「はい、リドルも喜びます。マグルの中に、魔法族一人は窮屈なようで。会いに行けば、喜びますよ。」
にこにこと笑うルツに、ダンブルドアは、そうかもしれんなあと、頷いた。
そう言って、こくり、こくりと、幾度も頷いていた。
そこでダンブルドアは、時計を見てそろそろ良い時間だと気づいたように言った。
「・・・・そろそろ良い時間じゃの。寮にお前さんを帰さねば。」
「はい、お話はこれだけですか?」
「・・・・そうじゃの。いや、もう一つ、用があった。」
「なんですか?」
「ルツよ、わしにもしも、話したいことや頼りたいことがあるのなら。いつでも、言ってきて構わんからな。」
「なんでも、ですか?」
「おお。何でもじゃ。」
ルツは、ダンブルドアの顔をじっと見た。
正直な事を言うのならば、ルツはリドルのことで気にかかっていることが一つあったのだ。ルツは、それにこんなことを相談してもいいだろうかと悩みつつ、恐る恐る問いかけた。
「実は、リドルのことで相談したいことがあるんです。」
「・・・・・ほう。」
ダンブルドアのきらきらとした青い瞳を見て、ルツは口を開いた。
ダンブルドアは、彼の隠し持っていた大量のおやつをせしめて意気揚々と寮に帰っていたルツの後ろ姿を見送った。
やけに真剣な顔に、身構えはしても、何のことはない。
相談内容は、リドルへの土産を何にするかというものだった。
(・・・・いや、当たり前じゃな。あの子はまだ、学校に入学したばかりの、幼い子どもじゃ。他愛も無かろうと、あの子にとっては大事な事なのじゃろう。)
時折、妙に老いた様な、聡い言動をすることはあっても、所詮は未だに幼いのだ。
ルツは、帰り際に、これからどんどん頼っていきますと言って出て行った。
(・・・・会いに、か。)
ルツの言う通りだ。あの子にわざわざ探りを入れずとも、直接に会いに行けば済むことだ。
分かっていることだ。
なのに、どうしたって、ダンブルドアはリドルに会いに行こうとは思えなかった。行けなかった。
ダンブルドアは、恐怖していた。
彼の中にある、未だかさぶたにだってなってくれていない、膿んだ傷。
彼にとって、光であったはずの、賢しく美しい、理想家だった、残酷な男。
そんな男に似た、美しく、賢しい、暗闇を孕んだ少年を、ダンブルドアは恐れていた。
仮にだ。もしも、リドルの言動を知りたいというならば、彼がどうなっていくかを分かりたいのなら。
いっそのこと、リドルを養子にでもすればよかった。間違えた方向になど行かないように、自分が道先を示してやればよかった。
事実、ダンブルドアは、彼にとって姉の様に振る舞っているルツだけでは不安になっているのだ。
それをしなかったのは、恐ろしかった。
リドルを自分が育て、その果てにまた、あんな結末を迎えてしまったのなら。
ダンブルドアは、小さく首を振り、書きかけのそれに目を向けた。
今は、まだ、考えたとしても仕方がないことだ。何よりも、きっと、自分はリドルと距離を置いた方がいいだろう。
ダンブルドアは、そう考えた。そうなのだと、考えた。
痛む傷から必死に目を逸らす様に。
そうして、彼は書いていたそれを封筒に入れ、窓に向かった。窓には、利口そうな梟が待っている。
ダンブルドアが梟に渡した、手紙にはエメラルドグリーンのインクで、ニュート・スキャマンダーと書かれていた。
「・・・・・・ねえ、一つだけ聞いていいかしら?」
「何だい?」
ホグワーツから帰る列車の中、アブラクサスは一人でコンパートメントで窓の外を眺めていた。
出入り口から聞こえてきた声に振り向けば、そこにいたのはブラック家の一人であるヴァルブルガ・ブラックだった。
真っ黒な髪に、勝気な顔立ち、そうしてピンと伸びた姿勢のせいか、ひどく威圧的な印象を受ける。
アブラクサスの前にだん、と座り足を組んだ。
「・・・・・あの、変わり者のグリンの女とずいぶん親しいようね?」
「ははははは、親しいとは。止めてくれ。ただ単に一方的に懐かれているだけだ。」
アブラクサスはなんてことないようにオーバーにリアクションを取る。それに、ヴァルブルガは苛立ったように、組んだ腕を指で叩く。
「そんなことが聞きたいわけじゃないのは分かってるでしょう。どうして、あなたやほかの者たちまで、あれに報いを受けさせないの?前に、杖を奪った時、どうとでも言い訳は立ったはずだわ。」
アブラクサスはそれに、おや、と内心で首を傾げる。
(・・・・・ヴァルブルガは何も言われていないのだろうか。)
「・・・・・知らないのか。グリン家の秘密を。」
「秘密?」
ヴァルブルガの反応に、アブラクサスは勿体ぶった仕草で顎に手を添える。そうして、まるでとっておきの秘密を語る様に、ヴァルブルガに囁いた。
「グリン家が人付き合いを滅多にしない、という話はお前も知っているな?」
「ええ。徹底的な人嫌いで、植物やら獣の相手をしている者ばかりだとか。」
「ああ、だが。あの家は、とても、とても、古い代からホグワーツで得た最高の知識を基に、独自の魔法を開発しているらしい。曰く、だ。」
グリン家のものたちは、永遠を求めている。
勿体ぶって、囁くような声に、ヴァルブルガは息を飲んだ。
普通ならば、失笑の一つでも吐き捨てていただろうが。
ルツ・グリンの特異さを一年でまざまざと知りえてしまった彼女からすれば、その言葉が、まるまる嘘であると断じることが出来なかったのだ。
久しぶりに、勝気な彼女に先手を取れたことが嬉しくて、アブラクサスはにやりと笑った。
「・・・・まあ、それがどこまで本当かは分からないが。あの一族は、色々と新しい薬の配合などを教えてくれることもあるらしくてな。まあ、何よりも、あの一族は付き合いなどの埒外にいる。昔、ちょっかいを出して痛い目に遭ったこともあるらしくてな。関わるなと言われているんだ。」
寝た子を起こすものではないだろう。
アブラクサスの言葉に、ヴァルブルガは黙り込んだ。元より、彼女には、家の決めたことを覆す力はないのだ。
アブラクサスとしては、確かにルツの行いに苛立つときはあるが、己から近づこうとしなければ対岸の火事だ。
己からちょっかいを掛けた存在には自業自得としか言えない。
アブラクサスは黙ったヴァルブルガが納得しただろうと視線を外す。そして、持っていた新聞を読み始める。列車が駅に着くまで、まだまだ時間がかかる。
そうして、新聞の端にとある記事を見つけた。
ゲラート・グリンデルバルド、イギリス国内で目撃。
(・・・・この国ではそこまで活発に行動していなかったが。)
そこで、ふと、アブラクサスは以前聞いた噂話を思い出した
(そう言えば、グリンデルバルドが、グリン家に近づいているなんて噂を聞いたことがあったが。まあ、どうせ勝手な妄想だろう。グリン家の話が、いったいどこから漏れ出てきたというのか。)
リドルは、その日、いつもよりもずっと早くに目を覚ました。そうしていつもよりもずっと早く、食事をして、用を済ませて、用も無く孤児院の前に立っていた。
(・・・・遅いな、あいつ。)
その日は、ルツが夏休みで孤児院に帰って来ることになっている日だった。
列車が来るのは、ずっと先の時間なのだが。
リドルは分かっているというのに、ぶつぶつと文句を呟く。
門の前で、駅の方の道をじっと見ている。門に背を預けて、むすりとふくれっ面になる。
(・・・・いの一番に、帰って来るって言ってたのに。)
「・・・・リドル?」
その言葉に、リドルは半場眠っていた意識を揺り起こした。声のする方を見ると、トランクを持ったルツが心配そうにこちらを見ていた。
「どうした?こんな所で。気分でも悪いのか?」
ルツがそういって、リドルの顔を覗き込む。リドルは、寝ぼけた頭で、ようやく待ちわびた存在に抱き付いた。
「うおっと。」
お世辞にも豊かとはいえない食事事情のリドルと、歳の差やホグワーツの食事のせいか、ルツはすくすくと育っていた。
前よりも、ずっと柔らかくなった体に、リドルはぐりぐりと顔を擦り付けた。
遅かっただとか、ようやくだとか、そうして心の片隅にあった恋しさにつられて、リドルはルツに抱き付いた。
「・・・・リドル、どうしたんだ?」
ルツの不安そうな言葉に、リドルは、ようやく我に返った。
そうして、自分のしていることにようやく気付く。リドルはいそいでルツを突き飛ばそうとするが、それよりも前にルツの腕がリドルの背に回された。
「ふふふふ、どうしたんだ、リドル。今日はやけにサービス良いなあ。」
その言葉に、リドルは、少しだけ考える。
(・・・・・そうだ、これはあくまで、こいつへのサービスだ。)
良くも悪くも、手間のかかるこいつが、一人でホグワーツで頑張って来たご褒美なのだ。自分を抱きしめられるなんて、すごいご褒美だろう。
リドルはこの行為と自分のプライドでのつり合いが取れたリドルは、今度こそ遠慮なくルツに抱き付いた。
「・・・・まあ、抜けてるお前が、一年間頑張って来たからな。」
「そうかあ。リドルは優しいなあ。」
「・・・・特別に、だ。特別に。」
リドルは、そう言いながら、ルツの肩に頭を押し付ける。それは、猫が甘える仕草をよく似ていた。
そうだ、ルツは自分と同じ特別だから。これぐらいはしてもいいだろう。
ちゃんと、寄り道もせずに、自分のもとに返ってきたのだ。ご褒美にこれぐらいはしてもいいだろう。
リドルは、そろりとルツの顔を見た。ルツは、うっすらとした、あのぼんやりとした笑みで、リドルを見ていた。
「・・・・おかえり。」
その幽かな声に、ルツは、心の底から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「ただいま、リドル。待っていてくれてありがとうな。お土産もあるんだよ。」
「・・・・じゃあ、さっさと出せよ。」
「じゃあ、中に入ろうか。」
「・・・・うん。」
リドルは、少しだけ名残惜しそうに孤児院に向けて歩き出した。ルツは、その手を引いて、歩き始める。
そこで、ふと。リドルはルツが到着するまでに一、二時間ほど時間があることを思い出す。
自分が、そんなにもぼんやりとしていたのだろうか。
けれど、リドルの耳にルツの声が聞こえてきたために、思考が途切れる。
「孤児院のみんなにも、土産があるんだよ。」
「・・・・・なんであいつらなんかに。」
「まあ、何だかんだで世話になってるし。なにより、君の土産は、魔法界のお菓子だよ。」
「・・・・・そうか!」
嬉しくなって、うきうきと心が浮足立って、そんな疑問は頭の隅に追いやられてしまう。
ニコニコと笑うリドルとルツは、どちらからとも云わずに互いに手を結んだ。
そうして、てとてとと、幼い二つの影は、古びた孤児院の扉に歩き出した。
ゲラート・グリンデルバルドに関しては、映画で分かることがあるとは思いますが、いちいち設定を書き換えるのはしんどいので、ここでの模造として受け入れてくださるとありがたいです。