ルツが二年の話は、少しだけ長めの予定です。
感想、ありがとうございます。励みになってます。
「・・・・・・それでな、ムーディーがな。ものすごく優秀なんだよな。」
ルツは、そう言いつつ、ちらりと隣を見た。
そこには、むすりと不機嫌ですという感情を前面に押し通したリドルがいた。ルツは、自分が何を間違えたのかと、悩ましくため息を吐いた。
ホグワーツでの一年が過ぎ去った後、孤児院に帰って来て誰よりも喜んだのは、リドルであったが。実の所、孤児院の面々もまたルツの帰宅を喜んでいた。
理由としては、さまざまにあるものの、簡単な話リドルの癇癪が収まるのを期待してのことだった。
リドルは、もちろん、ルツに言われた通り面倒事を起こすことはなかった。けれど、大人しくなったリドルは他の子どもたちが見逃すだろうか?
もちろん、見逃すこともなく、自分たちを撃退したルツの居ない間にと、彼らはリドルを虐めようとした。
もちろん、リドルがそれを赦すわけはない。抵抗はした。その、年に似合わぬ知恵で言い負かしてやった。
けれど、嫌がらせはやまない。ストレスと言える負荷が限界を超えるとどうなるか。
リドルの魔力が暴走するのだ。
窓ガラスや花瓶が割れるのなんて序の口で、家具が壊れるなんてことも多々あった。誰も言いはしなかったが、誰もが察していたのだ。
ああ、きっと、これはこの悪魔がしたのだと。
孤児院の人間は、忘れていたのだ。
それが、けして唯の子どもではないことを。
ルツが来てから、落ち着いていたというのに、また再発したそれに孤児院の面々は嫌気がさして、そして恐ろしかった。
皆は、リドルに寄りつかなくなった。
無関心を装っていたが、無意識の恐怖がリドルの神経を逆なでする。その、何とも言えないピリピリとした空気感といえるものが、リドルを苛つかせるのだ。
ひそひそ、こそこそ。
その、わざとらしい、空気感がリドルは大嫌いだった。
誰も、リドルの近くに寄らない。しゃべりかけない。
唯一の救いは、ルツが毎日の様に寄越す手紙と、そうして両面鏡の会話だけだった。
両面鏡から、少しだけ覗くルツの顔を、いや、瞳を見ていると、少しだけほっとした。
その感覚の名を、リドルは未だに知らずとも。
ルツの瞳は、ずっと、ずっと、変わらない。出会った時から、なんだか、変わらない。
その瞳は、ひどく、平淡だった。
リドルが何をしたって、その瞳はぼんやりと微睡むように静かだ。
変わらない、変わることなんて、なかった。
リドルとルツが過ごした、彼女がが入学するまでの一年間、なんだか今までにないぐらい平穏だった。
ルツは、リドルのやることなすこと、全て、あーあ、なんて言葉で片づける。
何かを壊せば、塵取りと箒を持って現れて、無言で掃除を始めるのだ。壊した張本人のリドルに、掃除しないならどいてなんて言葉まで添えて。
何をしたって、ルツはそのぼんやりとした目で、リドルを見る。
リドルは、その瞳が、自分にとって何なのか、わからない。分からないけれど。
その瞳に、自分が見られていると分かると、わけも無くなんだかほっとした。
真夜中にトイレに起きた時、暗闇の中で掴む誰かの温かい手のような。
そんな安堵を覚えた。
ルツが帰って来ると、リドルは彼女と二人で部屋に籠った。ルツは、魔法の宿題のために籠らなければならず、リドルはルツとだけの秘密である魔法に浸ることができた。
孤児院の人間は、基本的に二人を放っておいてくれた。
少なくとも、そうしていればリドルの力で何かが壊れるなんてことも無かったのだから。ルツに関しても、暇になると出てきて、孤児院の手伝いをしてくれるために子どもからも職員からもありがたがられていた。
リドルもリドルで、鬱陶しい存在もなく、自分と同じであるルツと魔法の勉強ができるのだ。
リドルは、ルツから魔法のことを聞いた。彼女が一年生から使っていた教科書を片手に、ルツの言葉を聞いた。
リドルの触れたかった、魔法のことを、ルツは教えてくれた。
ルツが杖を振ると、なんだか、楽しいぐらいに、世界にリドルの当たり前が広がる。
例えば、ルツが杖を振ると本を浮かび上がって、光が溢れて、花びらが舞った。
皆には、秘密だよと言って、杖を握らせてくれた。リドルが杖を振っても、何かが壊れたりして、ルツの様に綺麗な魔法が出てこない。
リドルの杖でないから当たり前だよ、と言われても、自分の魔法があまりにもルツの様にはいかなくて。
「・・・大丈夫だ、リドル。お前にだって、きっと、こんなふうに使える日が来る。君だけの、杖を持つことが出来るから。」
そう言って、不機嫌そうなリドルに、秘密だよと言って杖を振る。
教えてもらったんだよと言って、幻でしかないんだけどと言って、美しかったんだと言って、ルツの杖から花々が零れ落ちた。
ルツが、学校で見たという植物たち、七色に変わる花びらに、光を溢す花弁。
綺麗だった。
ルツが、リドルに見せたかった、リドルのいきたい世界の欠片。
ルツの語る、友人たちと一緒に会得したんだと言って。お前に、少しでも、私の場所を、お前がいつかいきたいと願う場所がどんなところか見せたくて。
きっと、私の様に、あんな素敵な友人が、君だって出来るだろうなあ。素敵だねえ。それは、とても素敵だねえ。
そう言って、ルツは、美しい魔法を使って、柔らかく微笑んだ。
その笑みを見ていると、なんだかほっと息を吐いてしまう。
そんな風に、心の底から楽しそうに、魔法を使うルツを見ていると、リドルはなんだかひどく安心してしまう。安堵する。
それと同時に、リドルは、別に気になんてしていないけどなんて思って、それでも、考えてしまう。
もしも、もしもの話で、自分が魔法を使えるようになっても、こんなにも美しい魔法を使えるのだろうか。
自分の魔法は、こんなにも美しいのだろうか。
きらきらと、きらきらと、現れては消える、美しい花びら。ルツの好きな、植物たち。
そして、ルツの語る、リドルの知らない彼女の友人たち。
なんだか、全てが遠くて、何もかもを知らなくて。リドルだけが、置き捨てられている様で。
それが、なんだか少しだけ、胸の中がくうくうと音を立てているような、ひどく寒々しい気分になってしまって。
美しい魔法を使うルツのことが、なんだか憎らしくてたまらなくなった。
それから、リドルは、ルツの話を聞くことがあまり楽しくなくなった。もちろん、魔法の話を聞くことは楽しかった。
けれど、ルツの話す、学校の話はなんだか面白くない。
ムーディーや、オーガスタ、学校でルツがどんなふうに過ごしているかなんて、どうだっていいじゃないか。
そんなの話されたって、知らない奴の話なんてつまらないに決まってる。
その日だって、リドルはずっと、ずっと楽しみだったのだ。
一年ぶりのダイアゴン横丁。
また、プレゼントを買ってくれるというルツの約束を、心から楽しみにしていたのだ。
だというのに、学校のものを買いに行くはずのルツが、その数日前に手紙を片手に、リドルに言ったのだ。
リドル、ダイアゴン横丁に、アラスターとオーガスタが来るんだって。
なんて、嬉しそうに言うものだから。
だから、その顔がひどく、ひどく、憎たらしくてたまらなくなって。
一緒にダイアゴン横丁に行くための道行きは、ずっと黙り込んだままだった。行かないなんて選択も出来ずに、むつりと引き結んだ口元のまま、ルツの後を追う。
ルツは、リドルの様子に困惑しながらも、機嫌取りなのか相変わらず彼女の友人の話を続ける。
その顔は、なんだか嬉しそうで。
目を合わせるのだって、口を利くのだって、相槌を打つのだってなんだか嫌で。嫌で、でも、離れることだって出来なくて。
僕は、行かないなんて。そんなことも言えなくて。
ダイアゴン横丁に行けないのだって嫌で。
そうして、ルツが、自分の居ない所で、自分の知らない誰かと笑い合っていることを考えるだけでたまらなく嫌になって仕方がなかった。
一年前と同じ、ダイアゴン横丁。
不可思議なものが溢れていて。不可思議な人に溢れていて。
特別が溢れる、リドルのいきたい世界。
リドルの目には前と同じように、全てが宝石のように、きらきらと光り輝いて見えて。
鬱陶しいダンブルドアもいない。
ルツとの二人だけ。
リドルは、ルツが迷子にならないように、手を繋いでやった。
ルツは、それに心の底から嬉しそうに笑う。
「リドルは、優しいなあ。」
にこにこと、笑って。手を繋いでやっただけで、そんなにも笑う。
ふん、馬鹿な奴。お前が情けないから、こうやって手を繋いでやるんだぞ。本当に、まったく、僕がいないと駄目なんだから。
ああ、本当に駄目な奴。僕がいないと、駄目なんだ。
彼女は、そのぼんやりとした目で、リドルを見る。リドルは、そんな彼女に、呆れたように言うのだ。
「もっとしっかりしろ。」
そう言って、手を引いてやるとルツがニコニコとしながら、分かったよ、とルツは言う。ルツの手を引いて、ダイアゴン横丁を駆けていく。
意味の分からないものが並ぶ店、変なローブを着た魔法使いたち、見たことも無い生き物、そんなものたちの合間を、二人は歩いて行く。
ああ、姉弟かな、なんて言葉を耳に滑り込ませて。リドルは、頼りない導き手の手を引いて歩き出した。
リドルは、その瞬間が一等に好きだった。理由なんて、なかったけれど、その瞬間がひどく好きだったのだ。
「ルツ!」
それは丁度、二人が本屋で教科書を探している時の事だった。
くるりと後ろを振り向くと、そこには灰色の髪に黒い瞳の少年と栗色の髪に青色の瞳をした少女が立っていた。
「アラスターにオーガスタじゃないか、久しぶりだねえ。」
「久しぶり、じゃないだろう!まったく、ダイアゴン横丁で会おうとは言ったが、集合場所も何も送ってこなかっただろうが!」
「本当よ!おかげでずいぶん探したじゃない!」
そう言って近寄って来る二人に、リドルは思わずルツの前に出た。
それに、二人はリドルの存在に気づいたのか、黒と青の目を彼に向けて来た。
リドルは、思わず動揺してしまいそうになるが、それでも彼のプライドで押し留まった。
リドルにとって、ルツ以外で初めて関わる魔法族の同年代だ。好奇心もあるが、それと同時に警戒心も確かに膨れる。
ムーディーとオーガスタは、好奇心にあふれた目をリドルに向けた。
「へえ、これが噂のリドルか?」
「噂以上に、綺麗な顔立ちねえ。」
それぞれ、リドルよりも二つも違うため、どうしても見下ろすような形になってしまう。リドルは、じっと自分を見る二つの対の目を必死に睨み返した。
「そう警戒するな。僕たちは、ルツの友人だぞ?」
「ふふふ、ルツ、あなた可愛いナイトがいるのね?」
「あんまり脅かさないでよ。変な所で臆病な所があるんだから。」
「誰が臆病だよ?」
ルツの言葉にリドルが不機嫌そうに声を上げた。
「まあ、そんなに怒るな。リドル、紹介するね。男の子の方が、アラスター・ムーディー。闇払いっていう、マグルでいう警察みたいなところの名門みたいな家の人なんだ。ものすごく優秀だよ。」
「ああ、紹介に預かったアラスター・ムーディーだ。お前さんは、ルツの自慢のリドルか?」
「・・・・・それは、分からないけど。ルツの近くにいるリドルは僕だけだよ。」
次にルツは、オーガスタの方を見た。
「それで、こっちはオーガスタ・ロングボトム。聖28一族っていうものすごく有名な一族の人なんだ。この人も、ものすごく優秀な人だよ。」
「聖28一族?」
「魔法族の中でも、一等に長く続いてる一族の通称だよ。」
「・・・・へえ。」
ルツの紹介にリドルは興味深そうに二人を見た。
「そう言えば、二人はお父さんとかお母さんは?」
「家は仕事だ。」
「ああ、闇払いだし、忙しいのか。」
「家は、きょうだいが多いので。両親は下の子たちを見てるの。」
「まあ、ダイアゴン横丁には馴染みあるしな。迷うわけも無いし。買うものなんぞたかが知れてるしな。」
「ふーん、オーガスタは?君、一応令嬢でしょう?」
ルツの言葉に、オーガスタは鼻を鳴らす。
「あら、おあいにく様。そこら辺の有象無象にやられるほどのたまではないの。」
よく言えばひれ伏したくなるような自信にあふれた笑みで、悪く言えばその地位に相応しい傲慢そうな笑みに、見える微笑みでオーガスタは笑う。
「それに、私にもルツほどではないですがナイトが付いていますので。」
「は、リドルほど男前じゃないがな。」
「あら、お気になさらず。私は、騎士には華やかさではなく優秀さを求めますので。」
「そうだねえ。ムーディーは顔立ちは普通だけど。実力は折り紙付きだよ。」
「・・・・・お前な、そこまではっきり言うか?」
ぐったりとしたムーディーの顔を見て、リドルは口を開いた。
「・・・噂のって、ルツは僕のことどう言ってたんですか?」
(・・・・あ、敬語。猫被ってる。)
ルツはそんなことを思いながらリドルを見ていると、それに対峙した二人は顔を見合わせた。
ルツ曰く、リドルは悪い子でもいい子でもなく、ひねくれていると聞いていたが。対面したリドルという子はなんだか礼儀正しい。
(・・・・まあ、外面というものもあるか。)
ムーディーはそんなことを考えながら、口を開く。
「そうだな。ひどく物覚えも良く、優秀だと、お前さんから手紙を貰うたびに飽きもせずに自慢していた。」
「あと、綺麗な顔で人気者になるだろうかとも聞いたわね。それと。」
オーガスタは、隣のムーディーに目配せをする。それに、ムーディーもああ、と頷いた。
リドルは、その動作を不審そうに見る。
その眼に、二人は示し合わせたように言った。
「まあ、少し。」
「捻くれているとも、聞いたけど。」
その言葉に、リドルは思わず斜め後ろに立つルツを見る。ルツはリドルの視線の意味も分かっていないのか、彼の肩を抱いた。
「ああ、自慢の子なんだ。ちょっとひねくれてるけど。」
その邪気のなさと、自慢の子、という言葉の鼻高々とした声音に、リドルはなんだか怒る気もうせてしまう、
そうなのだ、こういう奴なのだ。
リドルは諦めの意味合いでため息を吐いた。
その、苦労していそうなため息に、オーガスタとムーディーはああ、と何もかもを察してしまう。
そして、にこにこと笑っているルツにも目を向ける。
きっと、この少年も、ルツのマイペースさで色々と苦労しているのだろうと。
「そうだな。聞いた通りに優秀そうだな。」
「ああ、リドルはとても優秀だ。一年前の私の教科書も、理解してるしな。あと・・・・」
その場にいた存在は、ルツの話が長いと察して、オーガスタが横やりを入れた。
「そうね、リドルが優秀なのは分かったわ!ところで、さっそくだけど新学年の買い物に行きましょう?教科書、たくさん買わないといけないんだから。」
その言葉に、ムーディーは同意する様に頷いた。
「そうだな!教科書もそうだが、制服も替えにゃあならんしな!」
さっさと行くぞ!
ムーディーがそう言うのに、ルツもああ、そうだねと頷いて、彼ら四人は人のごった返すダイアゴン横丁に歩き出した。
リドルは、また、ひどく面白くなくて顔をしかめていた。
先ほどまでは、そこそこには気分がよかったのだ。
教科書を買うために寄った本屋にて、リドルは約束していた誕生日のプレゼントとして、昨年よりも少しだけ高度な呪文集を買ってもらったのだ。
一年前の本は、すでに隅から隅まで読み込んでいたため、内心だけを言うならばルンルンであったのだ。
買ってもらった本も、ルツの幾らでも入るトランクの中に入れられている。本当は、買ってすぐに読みたかったのだが、読みながら歩こうとしてルツに取り上げられてしまった。
もちろん、それは腹が立った。けれど、それについては自分も悪いと思っていたため、納得はしている。
(・・・・・・何だよ、ルツの奴。こいつと仲良いみたいだな。)
丁度、リドルは以前に来たマダム・マルキンの洋装店の前に立っていた。
ルツたちの学年では、一応買うものといったら教科書ぐらいで、他にはサイズの変わってしまった制服をし立て直すだけだった。
ムーディーはオーガスタやルツよりも早く採寸が終わった。リドルは、ルツたちの荷物を見ているために外にいた。
後は、オーガスタに、レディの採寸をじろじろ見るものではないと釘を刺されたためだった。
そんな時、リドルは買ってもらった本に夢中で、ルツの手を放していた。そうして、服屋が込むとオーガスタに促された時だった。
リドルは、いつものようにルツの手を取ろうとした。
けれど、伸ばした手はするりと空振った。
気づけば、ムーディーがルツの手を取って歩き出していた。そうして、伸ばされたリドルの手をオーガスタが取って歩き出した。
早く行かないと、そんな声が聞こえた。
リドルは、自分の手を取る馴染みのない温度を気にするよりも、ルツの手を見ていた。
後ろからだから、よく見えなかったけれど、確かにムーディーはルツを引っ張っていた。
ムーディーが、ルツの手を取っていた。
リドルは、ルツがその手を解くのだと、何の疑いも無く思った。
リドルがオーガスタの手を振りほどかなかったのは、ルツが、きっとその手を解いて。
そうして、リドルの方に手を伸ばしてくれると、何の疑いも無く、信じていたから。
けれど、ルツは、そんなことをしてくれなかった。
ルツは、微笑んでいた。
いつもの、ぼんやりとした、夢を見ているような目ではなく、表情ではなく。
確かな、嬉しさを見出した。
リドルといる時に、リドルが、難しい問題を解いた時とか、ほかの孤児院の子どもと上手くやった時とか、父や母のことを語る時のような、幸福そうな、確かな笑み。
(・・・・・ああ、何だ。お前、笑うのか。)
そんなにも、普通に、当たり前のように、ルツは誰かの前で笑う。リドル以外の、リドルにとって、特別な時しか見ない笑みを当たり前のように浮かべていた。
ルツは、リドル以外に手を引かれる。ルツは、リドルの前以外でも笑う。
当たり前のことなのに、リドルは、茫然とその笑みを見つめていた。
リドルは、同じように店の前で待っているムーディーの隣でルツの持っていた荷物を抱えていた。
(・・・・・こいつ、何をこんなに怒っているんだ?)
ムーディーはというと、突然不機嫌になったリドルを手前に困惑していた。
ムーディー自身も、リドルの性格など又聞きでしかないために、何が怒りの根源かもわからずに困惑していた。
(・・・・・まあ、ルツへの振る舞いからして、プライドは高そうだが。)
ムーディーは、リドルへの振る舞いで、なにか気に障ることがあったかと考えるが、特に思い当たることも無い。
が、ここでリドルを放っておくという選択肢もなかった。
ムーディーは、ハッフルパフに入った通り、善人であり、リドルの気難しさに友達が出来るかと心配になってしまった。
言ってしまえば、少々お節介を焼いてしまいたくなったのだ。
「・・・・ところで、リドル。お前さん、来年から入学だったか?」
「そうだけど。」
短い返事に、ムーディーは苦笑してしまう。
あからさまな、分かりやすい怒っていますという表情ではなく、口を真一文字に結んで、まるで大人のような顔でリドルは怒っていた。
なんだか、ルツよりもずっと、困った性質をしているように感じられた。
「まあ、そこまで警戒するな。ルツからよくよく話は聞いてるんだ。」
「あいつと仲良いんだね。」
ムーディーは、リドルのルツへのぞんざいさに少し笑ってしまう。
「お前さん、ルツに対して気安いな。」
「・・・・・ルツの世話は僕がしてるし。御相子だよ。」
「ああ、確かにあいつの世話は手がかかる。変な所で抜けているというか。」
ムーディーは思わずルツの世話について同意してしまう。
脳裏に浮かぶのは、ほっといても大丈夫なようで、幼児並みに気を張っておかなくてはいけない、何だかんだで構ってしまう友人のことだ。
リドルは、何故か苛立ったような顔でムーディーの方に視線を向けた。
「・・・・仲良いんだね。」
「まあな。同じ寮だか、何だかんだでな。」
「それは、申し訳ないね。まあ、あいつのことだから、どうせぼおっとしてるんでしょ。まったく、僕がいないと駄目なんだから。」
吐き捨てるような言い方に、ムーディーはなんだか察してしまった。
どうやら、この後輩の苛立ちの原因は、焼きもちを焼いているためであったようだ。
それに、ムーディーは少々、下種な気分になってしまった。無性に、この小生意気そうな後輩を揶揄ってやりたくなってしまったのだ。
「まあ、気にするな、あいつの世話も大分慣れたしな。お前さんは、入学してもあいつのことは気にしなくていい。」
本音としては嘘だ。ムーディーとしては、出来ればリドルに出来るだけルツの世話を押し付けようと思っていた。
けれど、やはり、揶揄いたいという気持ちが上回ってしまったのだ。
「・・・・・へえ。」
ムーディーは、リドルから聞こえて来た凍える様な威圧的な声音に思わず目を丸くした。
リドルの目が、赤く、まるで焔の様に染まっていた。
「ふん。僕だって、あんな奴の世話をしなくていいと思うと安心だよ。せいぜい、あいつのこと、お願いするよ?」
ムーディーは、それにたじろいた。
少なくとも、ムーディーは、畏れたのだ。恐れてしまったのだ。
その、赤い、朱い、紅い、瞳。
まるで、人でないような、人から逸脱したような。
ムーディーは、足を、一歩下がらせた。まるで、化け物を前にしたような、息を飲む様な、感覚を覚えて。
ムーディーは黙り込んだ。
リドルは、ムーディーから目を背け、反対側に体を向けた。
「・・・・少し、そこら辺を歩いてくるよ。」
ムーディーは、あの、冷たい声音と、そうして、その赤い瞳に茫然とその場に立ち尽くしてしまった。
ムーディーは意識を戻す前に、リドルの小柄な体は雑踏の中に消えていった。
(・・・・・何してるんだろう。僕は。)
リドルは、ただ、まっすぐと、何かを考えることもせずに、一心に色の洪水のような魔法使いたちの間を歩いて行った。
あんなにも心躍った、不可思議で、興味深い魔法街のことも頭にはなく、ただ、ただ、茫然と、自分の怒りに驚いていた。
(・・・・何を、怒ってるんだ?)
リドルは、歩みを速めた。
「なんで、怒ってるんだよ!」
リドルの歩みが小走りになる。
「怒る必要なんてないのに!」
とうとう走り出したリドルを、魔法使いたちは横目に見ながら、避けていく。
リドルは、走った。
胸の中にある、分からない、どうしてという感情をくすぶらせて、リドルは走る。
(・・・・・あいつは、利用するだけなんだ。)
利用するだけ、この力が何なのか、もっと上手い使い方が分かれば、魔法界との繋がりを自分で作ることが出来れば、それで。
ルツが、誰とどんなふうに仲良くしていても、リドルにはどうだっていいのに。
リドルは、走る。どんなに目立ったって、どんなに、視線を向けられても。
リドルは走る。
走るしかなかった、リドルの中にある、何か、分からない。
孤児院で悪魔だと陰口をたたかれたとき、自分にだけ宝物がないという事実を理解したとき、誰も机の席で隣に座ってくれなくなった時、化け物を見るような目で見られた時。
そんな時に感じた、腹の底に溜まる熱。
リドルの中には、それが渦巻いていた。渦巻いていて、けれど、似ていたけれど違う感情を紛らわせるために、リドルは走る。
けれど、体力のないリドルはすぐに立ち止まってしまう。
そうして、肩で息をしながら、立ち止まった。
気づけば、あまり人のいない外れまで来てしまった様だった。
リドルは、寂れてはいるが、何かの店の前でへたりこむように膝を抱えた。
丁度、木箱の重なったその店の軒下だ。
リドルは、子どものように小さくなって、じっと考え込んだ。
何を、そんなにもショックを受けている?
リドルは、それを己に投げかけた。
何を、何を、何を?
己は、そうだ。
自分以外に、ルツと手を握っていたから。自分以外が、ルツの手を引いていたから。
(違う・・・・)
そんなのじゃない!そんな、そんな、あいつのことなんて、そんなふうに。
思ってなんていない。
自分は、ひとりなのだ。ひとりであったはずなのだ。
リドルは、特別だから。
ルツがいなくたって、平気なのだ。
リドルは、特別だから。特別は、ひとりだから。
だから、リドルは、ルツがいなくたって平気なのに。
平気なんだ。
けれど、リドルが、幾度も、平気なのだと、思うたびに胸の中の熱が燃え上がるように、熱くなる。
まるで、リドルの中で、炎が燃えているように。
その炎は、まるで、リドルの心中を否定するかのように、熱く、燃えるように、熱くなる。それと同時に、目頭が、熱くなる。喉の奥から、何かが、せり上がってくるように、熱くなる。
平気なのならば、この、この熱さはなんだ?この、燃え上がる様な、感情は、何なのだ?
リドルは堪えるように、歯を噛みしめた。
(何だよ、なんだよ!なんでも、いないんだよ!)
言ったのに、ルツが、言ったのに。
自分は、リドルを守り、手を貸すからと。
なのに、あいつは、どうして。
「リドル?」
その声に、リドルは肩を震わせた。
(・・・・・なんで。)
「・・・・どうしたんだ、急に居なくなって。」
(どうして、いつも、こんな時に。)
リドルは、悲しくもないのに、流れて来そうなそれに必死にこらえる。
「リドル、どうした、どこか、痛いのか?」
声の主が、当たり前のように自分の目の前に屈んだのが分かった。
来るなと思った、視るなと思った。
リドルは、抱えた膝に顔を押し付ける。
けれど、声の主は、そんなことを察してくれるほどの繊細さなんてない。
「・・・・もう。」
リドルの両頬が手で覆われて、不躾なほどの力で無理矢理に上を向かされた。
そこには、リドルの見慣れた、ルツの顔があって。そうして、リドルの目からその反動で、ぼろりと涙がこぼれ落ちた。
「見るな!」
そうどなっても、ルツは気にすることも無い。そうして、心の底から不思議そうな顔をした。
「どうした、目にゴミでも入ったのか?」
「は?」
リドルが驚いて声を上げていると、ルツは取りだしたハンカチで、リドルの目を拭った。
「ほら、取れたか?」
それに、リドルは茫然としてしまう。
ルツは屈みこんだまま、少しだけ目線の違うルツの顔を下からのぞき込んだ。
「どうした?まさか、何かあったから泣いてたのか?」
「そんなことない!!」
リドルは、思わず立ち上がってルツに叫んだ。それに、ルツは、そうだろうなあと頷いた。
「ああ、知ってるよ。リドルが、強くてすごいことなんて知ってるよ。」
ルツは、そんなことを何でもないことのように言った。リドルは、その、あっけんからんとした態度に、黙り込んでしまう。
「でも、どうして黙り込んでたんだい?」
「・・・・・別に。」
「そうか。なら、まあ、いいけど。じゃあ、みんなの所に帰ろうか?」
そう言って、ルツはリドルに手を差し伸ばした。リドルは、その手を、取る気にはならなかった。
なんだか、その手を取ることが堪らなく嫌だった。
「リドル?」
ルツは問いかけるようにそう言った後に、リドルの手をすくい上げた。リドルは、思わずその手を振り払った。
ばしりと、音が響いた。
ルツは振り払われた手とリドルを交互に見た。
リドルは、それに咄嗟に何かを言おうとした。けれど、言葉が出てこない。
だって、今、どうして自分がルツの手を振り払ってしまったのか分からなかったから。
分からなくて、けれど、その手を振り払ってしまった。
「・・・・リドル。どうした、どうして、泣いてるんだ?」
リドルは、自分の頬を零れる涙を乱雑に拭った。
分からなかった。分からないことが、たまらなく、ただ、たまらなく不愉快だった。
「なんだよ!」
リドルは叫ぶ。自分の身にある感情に制御も利かずに、叫ぶしかなかった。
「お前、何だよ!なんで、なんで!」
僕を置いていくんだよ!!
とっさに出てきたのは、そんな言葉だった。それを皮切りに、リドルの口からはぼろぼろと言葉が零れ落ちた。
「何だよ!何が、僕を守るだよ!この一年、僕の側になんていなかったくせに!僕は、あのくそったれな孤児院にいたのに、お前は悠長に友達かよ!何だよ、嘘じゃないか、守ってもなんてくれないのに。僕の事、置いていってるじゃないか!!僕がいないと駄目な癖に!」
駄目な癖に、この女は、どうして僕を置いていくんだ?どうして、あの男は、この女と当たり前のように隣にいるんだ?
自分が幼いから?
たった、たった、数年違うだけで?
それだけで、どうして、こんなにも、置いていかれてしまうんだ!?
叩きこまれるような、怒気にルツは、やはりキョトンとしていた。
そうして、もう一度、リドルの方に手を差し伸ばした。
「うん、だから、リドルがいないから、迷子になってしまったんだ。」
だから、リドル、手を、繋いでくれないか。私が、迷子になってしまわないように。
そう言って、ルツは手を差し出した。リドルは、その手を、見つめた。
その手が、あまりにも、変わらないまま、そこに有ったものだから。だから、その手を、リドルは取ってしまった。
前と同じ、いつもと同じ、ルツの手だ。
ルツは、心の底から嬉しそうに笑う。
「やっぱり、リドルは優しいなあ。ちゃんと手を握ってくれる。アラスターは、腕を引っ張るから痛いんだ。」
「腕を?」
「そうそう。リドルは紳士だねえ。いつだって、ちゃんと私の手を握って、引いてくれるもの。」
「・・・・・当たり前だろ。」
リドルは、心の底から、不機嫌そうに言ったけれど。不思議と、涙は引いていた。
そうして、いつものように、リドルは、ルツの手を引いてやった。
彼女が迷子にならぬよう、リドルが先行してやった。
それにつられて、ルツは歩く。いつの間にか、隣り合わせになった時、ルツはのんびりと言った。
「・・・・リドル、私は、君が泣いてた理由、分かったよ。」
リドルは、無言のままだ。けれど、ルツは気にしない。
ルツが勝手に喋って、リドルが聞いているなんてよくあることだ。
だから、ルツは気にしない。
「リドルは、きっと悔しかったんだな。」
「悔しい?」
「そうだよ。きっと、リドルは私の方が先に魔法を学んで、ムーディーに言われたことで、私と開いた差を理解したんだね。」
悔しい。
その言葉が、リドルの胸の中に、すとんと落ち込んだ。
ああ、そうか。
自分は、悔しいのだ。
あの、熱は、悔しさだったのだ。きっと、そうだ。そうだった。
あれは、悔しさなのだ。
「・・・・君は、私がものすごく前にいるように感じてるだろうけどね。きっと、君はスタートラインに立ってしまえば。すぐに私を置いていってしまうと思うよ。」
「・・・・ふん。」
リドルは、ルツと繋いだ手の力を、少しだけ強めた。
リドルは、ルツの顔を見なかった。ルツも又、リドルの顔を見なかった。互いに、人気のなくなった道を二人ぼっちで歩いた。石畳は、すでに少しだけ茜色に染まっていて。
二人ぼっちの影を映し出していた。
リドルは、その影をちらりと見た。それだけを見るならば、まるで、本当に、二人ぼっちの様で。
「なあ、リドル。もしも、君が、私を置いて行ってしまうなら、それでもいいんだけど。でも、私は、この手を放したくないとも思ってるんだ。」
父さんは、手を離して行ってしまったから。だから、手を、繋いでいてほしいなあ。
「・・・・・そんなの分かってるよ。僕が学校に通い出したら、お前の事なんて、すぐに抜いてしまうさ。でも。」
リドルは、少しだけ、痛いかもしれないほどの強さでルツの手を握った。
「・・・・・お前は、すぐに迷子になるから。手ぐらいは、繋いでいてやるよ。」
それに、ルツは、ゆるりと微笑んだ。
「そうかあ。嬉しいなあ。」
とっても、とっても、嬉しいなあ。それなら、きっと寂しくないから。
ルツは、幾度もそう言って繰り返した。