しかもこの結果を受けて、今度は新しい敵が人間界に!?新学期早々、大変なことになってきちゃいました……
第5話「吹き荒れる豪雪!スノウ強襲!」
分厚い雲に覆われた、灰色の空。この土地は、ある男が治め始めてからというものの、未だ一度たりとも「光」を浴びたことがないという。毎日のように雨や雪が降り、激しい稲妻が走ることだって珍しくはない。
日本の千葉県に構えられているとあるプロ野球の球場では、打球の行方が左右されるほどの強風が吹くことで知られているが、この土地で常時吹いている風はその比では無い。
まさに「嵐」という表現がそのままピタリと当てはまるような土地なのだ。
もっとも、上述の男が訪れてからというものの、ここはただの土地ではなく、一つの国土となった。彼が国を創り上げたのである。
男は通常、その国土の最奥部、ひときわ目立つ大きな城の中で、専用の台座に肘をかけながら座っている。だが今日は少し様子が違うようだ。機嫌の悪そうな面持ちで、数十メートル離れた場所で平伏せている部下を見下ろしている。
「かのレイン将軍とあろうものが、この失態の連続は何事です?期待以上のご活躍ですね」
男は皮肉を交えながら吐き捨てた。
「申し訳ございませんクラウド様!!プリキュアとやらが、あそこまでの戦闘能力を所持していたとは…!」
レイン将軍と呼ばれた部下は、ひたいを床にくっつけるほどの勢いで頭を下げている。
「……ほう、私にはわかりませぬが、かつて闇をも引き裂いたとの『伝説』を持つ戦士を、どうして侮り舐めてかかれるのか、詳しく説明していただきたいですね。でも、過ぎたことを話していても仕方がない。私から言えるのは一つだけです。失望しました。戦線から離脱してもらいます」
男=クラウドは、冷めた顔のままそう告げた。
「お、お待ちください!!この将軍レイン、次こそは必ず……!」
「いえ、スノウと代わってもらいます。彼女にも、もうそのように話してあります。じきに戻ってくるでしょう」
「そんな!お言葉ですが、このレインに倒せなかったプリキュアを、あの女でどうにかできるとは到底思えませぬ!!クラウド様もご承知のはず、この国の現在の領土の3割は俺が奪い取ったもの!戦場での実績はあの女とは比べ物にならないはずです!!」
「それはそれ、これはこれですよ。あなたの戦績を否定まではしていない。私は、クリアハートを奪取せよという任務に失敗しながらも、自信たっぷりに次こそは!と語ったあなたに二度目の機会を与えた。その結果がこれですので、その罰を与えているだけです。将軍ともあろう軍人が、自ら有言したことを実行できずまた手ぶらで帰ってくるとは何事ですか?冷静に考えなさい。私、何かおかしなこと言ってますかね?」
クラウドはため息をつきながら、淡々と語った。
「……おっしゃる……通りです……」
あまりにもまっすぐな正論を突きつけられてしまい、レインは押し黙るしかなかった。
「しかしまぁ、あなたの言うことも一理ある。プリキュアが2人……。前にも言いましたが、レインとスノウ、二人掛かりでないと止められないかもしれないでしょう。スノウも満足な戦果は挙げられないと踏んでいます」
「で、では……!?」
「ですが、これはあくまで、現在の戦力差を分析して得た目測です。……ちょうど、スノウが帰還したようですね。報告を伺いましょう」
クラウドたちのいる大広間に、突然、小規模だが吹雪が吹き荒れた。この小さな雪の嵐はすぐに収まったが、つい数秒前まではそこにいなかった女が立っていた。これがスノウである。
「クラウド様、スノウ、只今帰還いたしました」
すぐに跪き、クラウドに対して頭を垂れた。その右腕には、何やら見慣れない物体が握られている。
「ご苦労様です。それで、その手に持っているものは何か、報告をお願いします」
「はっ!こちらはクラウド様のお求めになられている『エンシャント・ウエポン』の一つ『ダークブレード』。文字通り、そして見ての通り、ウィザパワーを使うことで真の威力を発揮する、闇の劔です」
ダークブレード、その名の通り禍々しいオーラを話す長剣だ。中世西洋の騎士が好んでいそうな、シンプルなロングソードの形状をしており、扱いやすそうな武器である。
「ほほう。素晴らしいではないですか。スノウ、ちょうどいい、レインに代わり、このダークブレードとともに人間界に行きなさい。プリキュアを倒せ、までは言いません。彼女らの持つエンシャントウエポン、クリアハートを奪うのです」
「承知いたしました。お任せください。この男とは違って、立派に結果を残してまいりましょう」
スノウは横目でレインを見つめ、ニヤリと笑うと、再び吹雪を巻き起こしながら姿を消した。
「レイン。私からの信頼を回復したくはありませんか?」
スノウが完全に姿を消した後、クラウドはもう一度、レインへと視線を向けた。
「も、もちろんです!!なんでもします!!」
レインは叫ぶようにいった。クラウドという男は、この優しげな雰囲気とは正反対の、凶暴な性格も秘めているという二面性がある。本気で怒らせれば、実績ある将軍といえどもどのような処分が下るか想像するのも恐ろしいことだ。必死なのだろう。
「いい心意気です。さすがはレイン将軍。では、スノウに代わり、エンシャントウエポンの回収に向かってください。あなたにも、その必要性は教えているはずです。将軍としては、戦場から離れこのような雑務をこなすことは屈辱的かもしれませんが、間接的には軍事のためでもあります。お願いしますよ」
クラウドはあいも変わらず、淡々とそう告げた。
「承知いたしました!!見ていてくださいクラウド様!このレイン!必ずやー」
「あー…、そういうのはいいです。あまりそうやって成功を約束しないほうがいいですよ。あなたそれで失敗して私からの信頼失ってるんですから。仕事はあげますけど信用はしていません。それをちゃんと理解してくださいよ。さぁ、時間がないですよ。とっとと行ってきなさい」
「……は、はっ!」
単調な口調で、改めてあっさりと「信用していない」との烙印を押されてしまったレイン。一瞬、何かを言い換えさんという表情をしたが、相手はクラウドである。すぐにその言葉を、喉の奥へとしまい込み、頭を下げて命令に従った。
「随分と辛辣だったな。相手はレイン将軍だぞ。不満など持たれて、クライナー軍を率いてクーデターでも起こそうものなら面倒になる」
レインが完全に姿を消した後、常にクラウドの側で控えているスキンヘッドの大男、ストームが耳打ちをした。
「はは、彼は素直な男です。すぐに顔に出るので、そういうことは未然に防げますし、例えそうなってもあの程度の者、あなたにかかれば赤子の手を捻るようなものでしょう」
「そうだが、今はエンシャントウエポンを集めること、そして邪魔なプリキュアをどうにかすることに集中すべき時期だ。プリキュアは強い。隙を見せるわけにはいかないだろう。面倒になるとはそういうことだ」
「まぁ、そうですね。しかしご安心を。私は彼が、本気で私に対して反抗心が芽生えるようなことはしませんよ。そこらへんは上手くコントロールします。それに、渡してくれたのでしょう?カオスシードの方は」
「あぁ。……なるほどな。カオスシードにはそういう使い方もあったか。俺はてっきり、プリキュア側の人間に植え付けるものだと思っていたが」
「その推測も当たっています。もう、目星はつけた。レインはあのまましばらく放置で行きます。カオスシードは後1個残されている。それを、私の指示した『人間』に植え付けましょう」
クラウドは、カオスシードと呼ばれる、大豆よりも小さな、まるでひまわりの種のような物体を指先で遊ばせている。
「目星がついていると言ったな?どいつだ?スノウに指示を出す」
「いえまだいいです。まだ早い。それにストーム、あなたなら、すぐに察するはずです。さて、スノウはダークブレードの力をどの程度使えるのか、見ものですね」
クラウドは不敵に笑った。その外では、嵐がさらに激しさを増していた
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「おーほっほっほ!!いやぁ、いい気分ですわぁ!」
「ちょ、ちょっと月野さん、声が大きいって……」
月野紅羽、彼女がプリキュアの力を手に入れた翌日の、教室。テレビで放送されていたこともあり、怪物を退けた女性戦士が2人いるという事実は、もうクラス中、いや街中に広まっていた。ローカル番組であったのが不幸中の幸いか、全国区の話題こそ呼んでいないが、このネット社会である。SNSなどを通して拡散されるのも時間の問題だろう。
しかし問題なのはそこでもあるが、今はそうではない。妖精たちも頭を悩ませているのだが、なぜ月野紅羽が覚醒したのか、これである。
1番最初に覚醒したプリキュアが、キュアスパーク、つまり私、光山輝である。そのプリキュアに変身するためのアイテム、クリアハートはふたつあったため、必然的にもう1人、プリキュアが存在するということはわかっていた。
変身には条件がある、と妖精は述べていた。女子であることは言うまでもなく(近年は多様性社会であるため、これを言うまでもなくと表現すると語弊はあるかもしれないが)、特に中学生あたりが望ましいらしい。明確な理由は定かではないが、有力な説としては、プリキュアの力の根源であり、前向きな精神が生み出す『キサトエナジー』が最も多く分泌される年代だから、というものがある。
キサトエナジーは、プリキュアの全てであるとしても過言ではない。もちろん、戦闘においては変身者の身体能力や、状況判断能力なども求められる。だが、モノを言うのはやはり火力であり、ここが変身者のキサトエナジーの量と直結している。
月野紅羽は確かに条件を満たした上で、少なくともネガティブな思考回路ではないためキサトエナジーも持ち合わせている。理屈で言えば、変身は不思議なことではないのだ。
ただ、その理屈上であれば、私の親友、大田愛海が変身できなかった理由を説明できない。それに、クレハの覚醒時には、隣に同じく条件を満たしているはずの『神童』安楽加清もいた。なぜ彼女だけが覚醒できたのか、クリアハートをこの人間界に持ち込んできた妖精ですら説明ができないのである。
「しかし、いい気分ですわねぇ。あの安楽加清の先を越しましたわ!おほほほほ」
「安楽さんの目の前でよく言えるわね。プリキュアになるにはふさわしい図太い神経なこと」
カスミを目前にし煽るクレハに対して、マナミが皮肉を交えながらそう言った。
「だから、2人とも声が大きいよ!もうみんなにプリキュアの存在を知られてるんだし、慎重にしないと……」
「知られているのは女性戦士がいるってことだけ。プリキュアって名前は知られてないはずよ。だからいいんじゃない?」
せっかくの私の忠告を遮ったのは、煽られているカスミ本人であった。
「まぁ、私ではなく月野さんがクリアハートに選ばれたことは心外だけど、兎にも角にもプリキュアは2人揃ったのよ。これで、私がこのことに介入する必要は無くなったみたいね」
カスミのプリキュアへの興味関心は、すっかり冷めてしまっている様子だ。昨日はとても悔しそうな表情をしていたはずなのだが、落ち着いてきたのだろうか。
「そうですわそうですわ!もうあなたは必要ないってことよ!これからは私の天下ですわ!!」
「……なんですって?」
「何をカリカリなさっているのかしら?今ご自分で申してたことですわよ?」
「心外ね、あなたを調子に乗らせるために言ったことではないのだけど」
カスミが、クレハの元へと詰め寄っていく。普段の彼女なら、クレハの挑発には耳も貸さないはずなのだがーやはり、少なからず焦りのようなものはまだ残っているのだろうか。
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、クラス中の視線が私たちの方へと集まってくる。
「あーーもう!!いっつもこんなんじゃん!やめなって!」
私はそう叫びながら、彼女らの間に割って入った。
「月野さんも、安楽さんにちょっかい出しすぎだよ!大体いっつも月野さんの余計な一言から始まるじゃない!」
止めに入ったところで、それ以上のことをやめておくべきだったのだが、私もクレハへの苛立ちから、ブーメランであるが余計な言葉を放ってしまった。しまった、と口を閉ざそうとしたがもう遅い。
「……ふふ、まさかあなたが割り込んでくるなんて、思いもしていませんでしたわ。さ、どいてくださる?プリキュアとしては私よりも先輩かもしれませんが、今は関係ないですわ。当たり前ですけど、あなたのように何もない、おつむも鈍そうなアホの子に説教される筋合いはなくてよ?」
「な……っ!い、今なんて……!?」
カーッと頭に血が上り、顔が徐々に赤くなっていく。
「や、やばっ!ヒカルちゃんに面と向かってアホっていうのは禁句……!!」
マナミが慌てて席から立ち上がり、私の腕を掴んで教室の外へと走り出した。
「し、失礼しました〜!!」
ドタドタっと音を立て、そのまま廊下の奥の方へと走り去る。
「……シラけちゃいましたわ」
クレハは溜息を吐きながらそう言った。
「そうね。私も気がつかないうちに熱くなっていたわ。でも月野さん、あまり調子に乗らないことね。今回のことは素直に私の負けよ。でも、まだあなたが完全に優位に立ったわけじゃない」
カスミも詰め寄るのをやめ、自分の席へと戻っていく。
「わかっていますわ。まぁ、私も初勝利の嬉しさあまり、過剰に舞い上がっていましたわね。だけど、近いうちに私はあらゆることであなたに勝つ」
「と、いうことは、出馬の意思は固めているのね?」
「当然ですわ。この学校では未だ嘗て、1年生の生徒会長は存在したことがない、と言いますが、その歴史は今年で終わりますわ。あなたか私、すでに二択しかないようなものよ。そして私が勝つ。いまに見ていなさい?貴方の神童伝説はもう間も無く終わりを告げますわ。おーほっほっほ!」
なぜか、自然に和解のムードが出来上がっている。いつもならば、カスミが頑なに無視を続けることで、クレハの方が飽きてしまいいつの間にかピリピリとした空気が時間の経過とともに緩和されていくのだが、このような雰囲気で彼女らの対立が終わるのは初めてと言ってもいい。
カスミが、クレハのことを認め始めているのだろうか。いや、認めざるを得ないことを目前に見届けてしまったのだから、無理もない。
こうなると、私は無駄にただキレていただけのヤバい子になってしまうのだが、もともとそういう認識らしいのでこの際よしとしよう。
「キーッ!やっぱり私、月野さんとは合わないよ!!あの子と一緒にプリキュア!?できるわけないじゃない!!」
廊下の奥で、私はマナミに八つ当たりするかのようにそう叫んだ。
「ま、まぁまぁ……ほら、昨日の戦いでは仲良くお手てを繋いでたし……」
「あれは!変身の時と同じで身体が勝手に動いてただけだし!!」
「……割り切るしかないよ、月野さんのあれは、多分死んでも治らないやつよ。いかんせん、本人に悪気が一切ないんですもの。彼女、安楽さんに勝つことしか頭にない。安楽さんしか視界に入っていないのよ」
「それにしても、言い方ってものがあるよ」
「でも、さっきのはヒカルちゃんも悪いわ。2人のあんな雰囲気は別に今に始まったことでもないんだし、無関係な私たちが割って入る必要はなかったのよ」
「それは……でも、私安楽さんのこと好きだし、目の前で安楽さんのことバカにしているようなところをみると、まるで自分までバカにされてる気がするっていうか、なんていうか……」
「あらヒカルちゃん、『そっち』の気があったの?」
マナミがニタニタと笑いながらそう言った。
「そ、そういう意味の好きじゃないよ!!……ふふ、ごめんマナミちゃん!マナミちゃん何も悪くないのに、当たっちゃって……おかげで頭冷えたよ。ありがとう」
「いいってことよ。これでよくわかったでしょう?あなたは私が、ちゃーんと見ていなくちゃね」
「あはは……そうみたいだね」
私の話に対して、真面目に耳を傾けつつ、手頃のタイミングで冗談を交えることで苛立った感情を緩和させる。しれっとやってのけているが、これはかなり高度な術とも言えるはずだ。冗談のタイミングを間違えば、私の怒りの感情の矛先が彼女へと方向転換してしまうことにもなる。
マナミの頭の良さという部分は、このようなシーンで光っている気がする。もちろん偏差値というデータも安楽、月野というツートップと比較しても遜色ないものだが、機転が利く、頭の回転が早いという意味合いでの良さが目立っている。
「しかし、これは大きな懸念材料ラエ」
そう言いながら、黄色い耳を持つ妖精ラエティがひょこりと、私のポケットから顔を出した。
「うわびっくりした!いたの?」
「いたの?とは失礼ラエ!!……知っての通り、プリキュアの力はキサトエナジーが左右するラエ。ヒカルの、あの嫌味な金持ちに対する負の感情を取り除かなければ、2人で戦う時、ヒカルの力が弱体化してしまう恐れがあるラエ」
「あんたもその言い方だと負の感情ありそうだけどね……」
マナミがボソッと呟く。
「とはいえ、人間関係において負の要素を正の要素にする難しさは僕も理解はしているラエ。逆はとても容易なのに、ラエね。これだと、せっかく2人揃ったのに大して強くないことになってしまう。何か手を打たなければ……」
「ヒカルちゃんと月野さん、2人でデートでもさせるとか?」
マナミが今度は大きな声で提案した。
「で、デ!?」
思いがけぬ言葉に驚き、目を丸くする私。
「親睦を深めることは大事ラエ。ナイスアイデアと言える」
「ナイスアイデアじゃないよ!?無理だよ、むしろ仲悪くなる可能性大だよ!」
「でも月野さんとなら、ヒカルちゃん、一円も使わずとも楽しめると思うよ。すっごいおしゃれな、大人っぽいカフェとか連れてってもらえそうじゃん」
「月野さんにタカれと!?」
「ヒカル、無理と決めつけるのは良くないラエ。プリキュアたるもの不可能を可能にしなければならない。どのみち、君たちの間には一定の絆がなければ、この先の戦いも苦しくなるラエ」
「だとしてもね……」
「まぁ渋る気持ちはわかるラエ。僕だって、あの金持ちと2人で行動するのは嫌ラエよ」
ラエティは腕を組み、首を何度か縦に振りながらそう言った。
「……でも、そういう方法があるってのは覚えておくよ……。むしろ月野さんの方が嫌がりそうだけどね……」
彼女は私を1人のプリキュアとして認めていそうな節はあったが、それでもまず私のことなど眼中になく、何もできないモブの1人という大前提を持っていそうだ。私が行くの行かないのの前に、彼女から拒絶される可能性のほうが高いだろう。
「まぁ、話変わるけどさ、いい?」
ここで、マナミがそう切り出した。
「まぁ、こんな話続けててもね……なぁに?」
「ほら、今日からしばらく部活動の見学期間じゃん?ヒカルちゃんは部活、何するのかな〜っと思って」
「あ〜……!部活ね、忘れてたよ!まだ何にも決めてない……」
一応、小学校ではソフトボールをやっていた。得意でも下手でもないという感じだったが、続ける気は今の所ない。運動神経が鈍いという自覚もなければ運動が苦手というわけでもないのだが、なんとなく、運動部という気分ではないのだ。
「私も何も決めてないからさ、せっかくならヒカルちゃんと同じやつがいいな〜っと思って」
「その方が楽しそうだしね!興味あるやつとかあるの?」
「そうねぇ、吹奏楽とか!?」
「おお!中学生っぽい!!」
「なにそれ。でもいいでしょ?今日暇なら見に行こうよ!」
「オッケー、そうしよう!」
部活、そうだ部活だ。中学生になった途端にプリキュアの戦いに巻き込まれすっかり忘れていたが、中学生が最も輝き活躍できる場所、部活があるではないか。ここでしっかりと青春しながら成長すれば、なにもない、おつむも鈍そうなアホな子という失礼極まりないレッテルを貼られることもなくなるかもしれないのだ。
プリキュアも大事かもしれないが、第一に私はまだピカピカの中学1年生、ワクワクで胸を満たしながらイキイキと日々を送っていかなければ。私は月野紅羽のことは一旦忘れ、それだけを考えることにした。
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「さてと、あそこがプリキュアのいる学校だったかしら?」
高層ビルの屋上から、この輝ヶ丘を見下ろす、1人の女性のシルエットがあった。スノウである。
「ったく、レインめ、あの時に変な理屈をこいてないで、あのクリアハートをクラウド様へとお渡ししていれば、面倒なことにもならなかったのにね。将軍だかなんだか知らないけど、わけのわからないチンケなプライドのせいで仕事が増えるなんて、こっちの身にもなれってんだ」
ブツブツと、レイン将軍に対する愚痴を吐き捨てながらも、その腕にはエンシャントウエポンの一つ、ダークブレードを強く握りしめている。いつでも戦闘に入れるという姿勢だ。
「2人揃うと危険なことくらいわかっている。ならば、どちらか片方に狙いを絞り、1人ずつ確実に潰さなければ。刺し違えてもクリアハートだけでも手に入るならそれで私の勝利。2人目のプリキュア、キュアイラーレに関してはデータも少ない、迂闊に突っ込むのは危険と判断すべきかね。ならば、最初に出現したキュアスパークか」
スノウは空中で右腕を、左へさっと素早く振った。するとその場に、いくつもの電子ウィンドウが出現した。どうやら、プリキュアのデーターが記載されているもののようである。
「キュアスパーク……本名は不明だが、バディ妖精にはヒカルと呼ばれている。キサトエナジーの量は凄まじく要警戒。だが中身はただの子供、戦術の知識は無いに等しく、立ち回りも上手いとは言えない。正面からキサトエナジーに物を言わせた体術を繰り出してくるが、中距離でも強力な飛び道具あり。こちらの推定レンジは半径10メートル。十分に距離をとれば避けられる程度のもの。決め技はそれ以上の広範囲かつ高火力でスピードもある。撃たれたら負けと思うべし……か。なるほど、まぁ、たった数度の戦闘で割としっかり分析してあるし、レインも完全な手ぶらだった、というわけではなさそうね」
どうやらレインが残した記録のようである。このように、戦闘記録から分析したデータを、他の仲間も閲覧できるようにするシステムがあるらしい。流石は軍事国家というべきか。
「まぁ、なら間違いなくこのキュアスパークを1人にする状況を生み出し、イラーレが参戦できないほどの距離に誘い込むのがいいね。プリキュアの移動速度は尋常でないとも聞いている。この街全てが守備範囲といっても過言じゃないだろうね。なら、誘い込んだ後も数分で決着をつけなければ、イラーレが駆けつけ面倒なことになることも予測できる。迅速に叩かなければ」
スノウは空中に映し出された電子ウィンドウを、先ほどとは逆の操作を行うことで消滅させると、屋上から飛び降りた。
「さぁ、作戦は固まったわ。私の勝利は間違いない、これで昇級すれば、レインをも私の部下にできるわね……ククク……」
そのレインも似たようなことを言っていた気がするがー。
カバークラウダーの幹部たちにあるのは仲間意識ではなく、あくまでお互いを蹴落とすべき相手という意識のようだ。よく言えば、切磋琢磨しているとも捉えられるが、悪事のためにそんなことをされても、困ったものである。
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そのビルの麓のベンチに、1人のスーツ姿の女性が、魂の抜けた様子で腰をかけていた。すっかり疲れ果てた顔をしている。
「はぁ……なんでうまくいかないんだろ……何がダメだったっていうのよ……」
だらん、とベンチの外側へと降ろされている右腕。そこに握られたスマホの画面には『別れよう』とのチャットアプリのバナー通知が来ていた。1時間前のものだ、少なくともそれだけの時間、このように過ごしていたのだろう。
「あら、これはいいウィザパワーね」
その背後に、ストンっとスノウが降り立った。女性は突然、空から降って来た人間の姿に酷似したその異世界人を目にし、ビクッと飛び上がる。
「ひっ……な、なんですかあなたは!?」
体を震わせながら、スノウを見つめている。
「ククク……いいわね、その表情。恐怖からますますウィザパワーが強くなってる。これは、いいクライナーになりそうね……!」
スノウはそう言うと、女性の方へと右腕を差し出した。
「かわいそうに、まるで氷のように冷たい心……。召喚!クライナー!!この者の凍てついた心を力に変え、絶望の吹雪を吹き荒らせ!!」
『クライナァァァ!!!』
女性を媒体として出現したクライナーは、身長おおよそ5メートル程度の、全身が分厚い氷で覆われた、薄暗いピンク色をしたハート型の個体だった。
「失恋クライナーってところかしらね。さぁ、おゆき!まずはキュアスパークをおびき出す!」
周囲に、身体の芯から冷え上がるほどの吹雪を吹き付けながら動き出したクライナー。その影響で、道を行き交う人や車が、その身に雪を積もらせながら舞い上がっていく。
「う、うわぁぁぁぁ!」
人々の悲鳴や、鳴り止まないクラクションをよそに、クライナーはゆっくりと歩みを進み続けている。
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「あら、あなたもこっちについてくるの?」
学校の廊下。珍しく、安楽加清と月野紅羽が並んで歩いている。
「当然ですわ。部活動見学など不要。私は先ほども言いましたけど、最初から生徒会と決まっていますわ。別に、あなたに付いて来ているというわけではないですわよ」
「まぁ、そうね。ごめんなさいね、愚問だったわ」
「それで、少し伺いたいことがあるのですけど、よろしくて?」
「……あなたが私に?珍しいこともあるのね。明日は嵐かしら」
カスミが冗談っぽくそう呟く。
「……光山ヒカルのことですわ。彼女は一体、どのような人間でして?」
カスミのジョークを無視しながら、クレハはそう続けた。
「奇遇ね。私も似たようなことを先日、あの妖精さんに伺ったわ。不思議な子ね、一見、何も持ってなさそうな、どこにでもいる明るいだけが取り柄の子。昔からそうだったわ。なのに、特別な力に選ばれている」
「……そこですわ。私のような全てがハイスペックな人間にこそふさわしそうな、あのプリキュアという力。なぜ光山ヒカルに発現したのか、意味がわかりませんわ。……あなたも、似たような疑問をお持ちとのこと。正直、悔しいですが現段階ではあなたは私よりも優れている。なのに、あなたはあの力には選ばれませんでしたわ。やはり、そこには引っかかるものがおあり?」
「まぁ、過ぎたことは仕方がないわ。手に入らないものをねだるよりも他のことに時間を費やすべきよ。でも確かに、納得はしてない。心外ですもの。……別に、あの力が心底欲しいというわけではないし、むしろあんな危険なことに巻き込まれるくらいなら不要だわ。でも、納得がいかないのよ。私は誰よりも努力をして、誰よりも優れた人間なはず。なのに、力は私ではなく、何もない彼女と、私の下位互換であるあなたを選んだ。引っかかるものがあるかって?ないわけがないでしょう」
カスミは少し早口気味にそう言った。
「安楽加清……いちいち結構辛辣ですわね。まぁ、慣れてますけど」
クレハもクレハだが、カスミもカスミで相変わらずのやや自己中気味の思想だ。能ある者というものは、当然だが自信に満ちている。我も強くなりやすいということか。
「でも割り切ってはいるわ。プリキュアとしては光山さんやあなたに負けた。でも、プリキュアは正体を隠さなければいけない存在。よくよく考えてみれば、力を手にしたところで、それを示すことができないのなら私の人生にとってプラスにはならないわ。なら、成績や肩書きという、誰の目にも明らかなものを手にし、それを示したほうが効率的よ」
「……なるほど、安楽加清らしいですわ。でも、宣言した通り、あなたの神童伝説はもうここまででしてよ。この月野紅羽、あなたが重視しているその『誰の目にも明らかなもの』でも完全勝利を収めてみせますわ!下位互換?言ってくれるじゃない、あなたが私の下位互換に成り下がる日はそう遠くなくてよ。おーほっほっほ!」
「楽しみにしているわ。今のあなたとなら、胸が踊る勝負になりそうね」
このようなやり取りをしている間に、彼女たちは生徒会室の前へとたどり着いていた。
「さて、今日からここを私たちのモノにしてみせますわ」
「先輩方を甘く見ないことよ。もちろん私も生徒会長の座は奪うつもりだけど、目上の方をリスペクトできない人は上に立つことはできない、いえ、許されないわ」
「わかってますわよ……」
早速カスミに説教をくらい、いささか不満げな面持ちのクレハ。ふてくされながら、その扉を開けようとしたところ、スカートのポケットの中から、突然、ピンク色の妖精、レティツが飛び出してきた。
「クレハ!クライナーが出たレティ!戦うレティよ!」
「あら、びっくりしましたわ。何か、スカートがモソモソしますわねとは思っていましたけど、あなたがいたのですね」
焦るレティツとは正反対に、呑気なことを呟くクレハ。
「さぁ、早く行くレティ!!」
「……と、申されましても、私たち、今から生徒会に入会しなければならないのですわ。早ければ早い方がいい、すぐにでも出馬の準備を固めたいのですわ」
クレハには、戦う意思が微塵もない様子だ。
「何言ってるレティ!生徒会と街の平和、どっちが大切レティか!?」
「……どちらも大切ですけど、それはもちろん、生徒会でしてよ?私たちは中学生ですのよ?学校と天秤にかけたら学校が優先度高くなるのは当然ですわ」
「な……!?そうかもしれないけど、君は学生と同時にプリキュアレティよ!?」
「妖精さん、横から失礼するけど、これに関しては私も月野さん側の意見よ。プリキュアなら光山さんがいるじゃない。あの子はまだ入部する部活も決まってないだろうし、すぐに駆けつけられるわ。そういう人が率先して現場に向かうべきよ。平和を大切に思っていないわけではないの。ただ、優先順位の問題よ。そういうことでしょう?月野さん」
この会話に割って入ってきたカスミがそう述べた。
「ですわ。入会の手続きが終わり次第、行くとしましょう。プリキュアとしての先輩、光山さんですもの。それまで持ち堪えることくらいできますでしょ?」
「で、でも、この間の戦いを2人とも見てるはずレティ!!1人じゃ、強力なクライナーを倒すのは……」
「そう言われても困るのですわ。だから、終わり次第行くと言っているじゃないですか。ここで私たちを引き止めようとしている今この時間こそ無駄の極みですわよ。なるべく急ぎますから、そう急かさないでください」
「……そんな……ど、どうなっても知らないレティよ……」
しかしまぁ、なんとも相変わらずの2人である。一理あるのかもしれないが、プリキュアとしての責任感が根本的に欠落している。本当にどうして、この者がクリアハートに選ばれたというのだろうか。まだ大田愛海の方が、戦士としての覚悟を決めていたようにも見えたのに、なぜ月野紅羽がー
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私たちは、部活動見学をも投げ出して、騒ぎのある方角へと走っていた。こんな時にも現れるのだから、クライナーという怪物は本当に甚だ迷惑な存在である。
「マナミちゃん、なにも付いてこなくてもよかったのに!」
走りながら、後方で同じく駆け足のマナミに聞こえるようにそう叫んだ。
「仕方ないじゃない!私にできることはないかもしれないけど、1人で行くよりはマシでしょ!?」
「ありがとう!でも危ないって!」
強力なクライナーともなると、プリキュアに変身したとしても単独ではギリギリの戦いになる。先日現れたタバコクライナーには一度敗れているし、二度目の戦闘でも、キュアイラーレの増援がなければ負けていただろう。そんな所に、プリキュアの力を持たない、生身の女子中学生が向かうのはあまりにも危険すぎるのだ。
しかし心強いのは事実だった。伝説の戦士の力を継承したのかなんだか知らないが、大前提として私はまだ、先日まで小学生だった中学一年生、それも女子なのである。いくら戦う術を持っていようと、怖いものは怖い。本当なら戦いなんかしたくはない、誰だってそうだろう。
友達が1人付いてきてくれている、それは確かに心の支えにはなっている。
「どうせヒカルちゃんのことだもん、1人だと足ぶるぶる震えてまともに走れないでしょ!私が応援してあげるから、勇気を持って頑張るのよ!」
「う、うん!ありがたいけど、やっぱバカにしてない!?」
「気のせい気のせい!」
そうこうしているうちに、急激に周囲の気温が低下してきた。よく目をこらすと、数百メートル先で、雪に覆われた車や人が強風に煽られ、宙に浮いている。どうやら、季節外れの猛吹雪に見舞われているらしい、今回は、そういう能力のクライナーのようだ。
『クライナァァァァァァ!!!』
雄叫びも聞こえてきた。目標は近い。
「マナミちゃん、こっからはもう大丈夫だから、下がってて!」
「……そうね、ここから先は、むしろ足手纏いになるかも……」
「そんなことないよ!でも見てて、すぐにやっつけるから!」
マナミは大切な親友だ。彼女だけは絶対に守らなければ。
まだ月野紅羽の姿は見当たらない、この騒ぎに気がついていないのだろうか?二人掛かりならばどうにかなるかもしれないが、正直、1人というのは不安だらけだ。二度も敗北しているのだから、当たり前といえば当たり前だが。
しかし、不安になっていては、キサトエナジーにも影響が及んでしまう。ここはポジティブに、ポジティブに考えなければいけない。
正直、紅羽のことは苦手だ。苦手なのだが、彼女には感謝をしなければならないこともある。
一つは先日、増援にきてくれたこと。一緒にクライナーを倒してくれたことだ。
だが、私はそれよりも感謝、というと皮肉に聞こえるかもしれないが、そう思っていることがある。そもそも、プリキュアになってくれたことだ。
プリキュアは2人と聞いている。現に、クリアハートは2つしか存在しておらず、クラウドたちも必死にこの2つを追っていることから、第3、4のそれが出現することは到底考えられない。つまり、もうこれ以上プリキュアの戦いに巻き込まれる女子中学生を生み出さずに済むということになる。
要するにである。親友、マナミがこの戦いに直接巻き込まれる、なんていう事態を避けることはできたのだ。
紅羽でよかった、そう思ってしまう私は、人間としての何かが欠落しているのかもしれない。でも、それが私の正直な気持ち、本音だった。
「きたね、プリキュア……!!」
上空から声が聞こえた。レインのものではない、女性の声だ。
「私は帝国カバークラウダーのスノウ!無能なレイン将軍に代わり、お前たちを倒しにきた者だ!!覚悟しろ!」
スノウと名乗ったものはそう続けた。
『クライナァァァァ!!』
氷のハートのような姿をしたクライナーも、ついに私たちの前へと現れた。周囲に吹雪を起こす能力、雨を降らせるレインのクライナーとは違い、これはこれで厄介そうだ。
「覚悟するのはそっちだよ!いつもいつも、私たちの大事な街にちょっかい出さないで!雨だか雪だか知らないけど、これ以上暴れるなら、許さないんだから!」
「威勢のいい小娘だねぇ。そんなに街が大切かい?なら、そのクリアハートを寄越しな!!用があるのはそれだけさ。渡したら、こんなくだらない街には二度と来ないよ!来たくて来てるわけじゃないんでね!」
「でも、渡したら渡したで、悪いことするんでしょ!?この街はそれで守れても、ほかの場所で、ほかのだれかが嫌な思いをするなら、渡せないよ!」
「けっ、大層な正義感だこと。でも嫌いじゃないね。さぁ、かかってきな!!」
『クライナァァァァァ!!』
場の雰囲気は、すっかり戦闘用のムードとかしていた。戦わなければ守れない。
「……プリキュア!!エキサイティングフィーバー!!」
クリアハートを握りしめ、私は『合言葉』を叫んだ。
これを合図に、私の身体が、そしてそれを纏う衣服が大きく変化していく。衣装は黄色いフリフリのド派手なもの。髪の毛については、色はそのままだが毛量が倍以上に増加。ついでに、何も手を加えていないのに勝手にツインテールになっている。
これがプリキュアとしての私、キュアスパークの姿だ。
『てやあああ!!』
そう叫び、一気に大地を蹴り、宙へと踊りでて、クライナーを見下ろせるまでの高度を取る。
『プリキュア流星キック!』
毎度おなじみ、テキトーにつけた名前のアクションである。
クライナーはこの奇襲に身動きも取れず、物の見事にキックをもろに受け、数十メートルと吹き飛んで行く。
『まだまだぁぁぁ!!』
一息つくような暇はない。今は私にしか、街を、マナミを守れない。その意識が、私の身体を自然に動かしていた。身体の奥底から、噴水のように力が溢れてくる感覚がある。
これなら、1人でも戦える!
その自信の根拠となるほどの力が溢れ、そして、その力がさらなる自信を呼ぶ。今なら、どんな敵にも負ける気がしない。
「今日のヒカル、やけに調子がいいラエ……。プリキュアとして理想のキサトサイクルに入ってる。いい集中力ラエ……」
「思いの外、強いじゃない。でも、確かにデータ通り……。恐るるに足りないわね」
スノウはそう不敵に笑みを浮かべた。
『プリキュア!!スパーク百裂拳!!』
彼女が不気味に笑ったことには一切気がついていなかった私は、ただ目の前のクライナーを倒すために無我夢中になっていた。視覚化されるほどに溢れてきた大量の黄色いオーラ=キサトエナジーを両拳にまとい、連続パンチを繰り出して行く。
ズガガガガガ……という、建築作業現場の工事による騒音のようなやかましい音を立てながら、連続パンチが次々に命中してゆく。だが、その分厚い氷には少しのヒビを入れるのがやっとである。
『く、クライナ……』
しかし、怪物の精神にはかなりのダメージになっているようだ。いくら氷で打撃からどうにか身体を守っているとはいえ、完全に集中しきっている、おそらく鬼の形相になっているであろう私から烈火の如く攻撃をされている光景を目の当たりにしているのだ。怪物といえど、恐怖心が焼きついたようである。
「ったく、何やってるんだあのクライナーは……。でも、確かに、感心する集中力だわ。小娘のくせに、あそこまで戦闘に没頭できるなんて、素晴らしい逸材よ。それも、クリアハートがなんらかの作用を与えているから、かしら?まぁ、なんでもいいわ。少なくとも、単身で複数を相手にするときに突入する状態ではないってことを、未熟な小娘に教えてあげなくちゃね!!」
ダークブレードを強く握り直したスノウはそう叫ぶと、がら空きとなっている私の背中をめがけて飛んできた。
「ヒカルちゃん危ない!!後ろ!!」
そのとき、マナミの叫びが聞こえて私はハッと我に帰った。振り返ると、今まさに大きな黒色の剣で私を切りつけんとするスノウの姿が目に入った。慌てて上空へと飛び上がり、これを回避する。
『クライナァァァァ!!』
ダークブレードによる斬撃を食らったのはクライナーだった。私のパンチでは亀裂で精一杯だったはずだが、この攻撃を喰らった箇所の氷はほとんどエグられていた。あの剣がとんでもない代物だということは、この光景を見れば一目瞭然だった。
「チッ、人間が隠れていたとは……。邪魔してくれちゃって」
スノウは少し苛立ったのか、そう吐き捨てると、今度はマナミへと斬りかかろうとする
『やめて!その子は関係ない!!』
慌てて、私は彼女を庇うように、スノウの前に立ち塞がった。
「……キュアスパーク、自らの関係者を庇うときは、どんな状況であれ、危険を顧みず突っ込んでくる、か。データに加えておかなきゃねぇ。まぁ、そのデータが役に立つ来る日は、こないかもしれないけどね!!」
スノウは一瞬動きを止めたが、すかさず、私へと再び斬りかかろうとしてくる。
『プリキュア!!スパーク白刃取り!!』
これを、キサトエナジーをまとった両手のひらを合わせるようにして受け止める。しかし、少しの痛みが手に走った。わずかだが、流血しているようだ。
「面白い、キサトエナジーの鎧のようなものを纏っているとはいえ、まさか素手で受け止めにくるなんてね……!」
『ぐっ……ぐぐ……!』
痛む両手に力が抜けそうになったが、ここで離してしまったら、また攻撃を受けることとなる。絶対に離してはいけない、私は剣の刃が食い込んでくることをも恐れず、さらに力を入れ、刀身を握りしめた。
「こっ、この小娘……!!離せ!!」
「ひ、ヒカルちゃん!!手が……」
『離さないよ……絶対に!!』
「……その勇敢さと根性、褒めてやるよキュアスパーク!気に入った!!でも、これはただの剣じゃない!エンシャントウエポンの凄まじい、真の力を見せてやる!!」
スノウはそう叫ぶと、体中からドス黒く染まったオーラを出現させた、これが、視覚化されたウィザパワーだろうか、とんでもない量だ。
「くっ、あの金持ちは何してるラエ!!このままじゃスパークは……とてもじゃないけど持ち堪えられないラエ!」
「一旦撤退しないと、ヒカルちゃん、マジでやばいって!」
「撤退すると、街へ大きな被害が……でも止むを得んラエ……。ここは僕が気をひくラエ!そのすきに、ヒカルを連れて逃げるラエよ!」
ラエティが、果敢にスノウへと突っ込んで行く。
「ふん、そうはさせないよ!クライナー!!」
『クライナァァァァ!!』
戦意を取り戻したクライナーが、ラエティの前に立ちはだかる。
「……く、これでは……」
「……な、何か、私にできることは……」
マナミは泣き出しそうな顔で、周囲をキョロキョロと見渡している。混乱しているのだろう。
「ふははははは!!もっと絶望しろ!その絶望が、私たちの力、ウィザパワーになるんだよ!」
「クライナーが戦意を取り戻したのも、それが原因ラエか……マズイ。レティツに緊急信号を!こうなったら金持ちにもすがる思いラエ!イラーレが増援に来れば……!!」
「おっと、そいつを呼ぶわけにはいかないね!クライナー!頼んだよ!!」
『クライナァァァァァァ!!』
クライナーはこれまでにないほどの声量で雄叫びをあげた。同時に、地中から分厚い氷の壁が出現し、戦場をドームのように包み込んだ。この場は、氷によって遮断された陸の孤島、密室と化してしまう。
「……こ、これは……」
撤退することすら許されないのか。まさしく、完全なる敗北、そう言わざるを得ない状況だ。スノウめ、ここまで作戦を用意していたとは。
「ククク、さぁ、命が惜しかったらクリアハートを差し出すんだ!私だって、子供を相手に残虐な真似はしたくはないんだよ!渡したら逃がしてやる!さぁ!早く!」
そう叫んだスノウだったが、その時、彼女の額に何かがコツン、と当たった。
「……?」
額に当たった何かは、そのままポトンと真下、足元に落下した。小石だ。
「ヒカルちゃんを離して!!」
小石を投げたのはマナミだった。そのまま、いくつか握りしめていた分を連投し始める。
「……はぁ、健気だねぇ。……余計なことしなければ、そのお友達が痛い目見ることはなかったのにね!!」
怒り狂ったスノウは、一気に力を集中させて行く。先ほど彼女の周囲に広がった、視覚化されたウィザパワーが、ダークブレードの刀身へと集まり始めた。
『ま、負けるもんか……』
握りしめていた刀身が、みるみると重くなって行く。このまま握り続けていると、掌が裂けてしまいそうだ。それでも、離したら負けだ。堪えなければ。
「い、いい加減に手を離したらどうだい!!死ぬ気なの!?」
あまりのしつこさに、スノウはそう叫んだ。その一瞬、躊躇いのような表情が見て取れた。残虐なことはしたくない、どうやら本心だったのかもしれない。
『……わかった……』
その隙を逃さなかった。私はすっと手を離し、二歩ほど引いた。力が入って重くなった刀身は、私の両手という支えを失ってしまったことでバランスを崩し、これを握っていたスノウがよろけた。今しかない。すぐにその場を離れると、壁の近くにまで接近した。
『スパーク……パンチ!!』
全力のパンチを氷の壁へとお見舞いし、破壊した。そこに生まれた、人が通れそうなくらいの穴に向かって、ラエティを捕まえポケットに押し込み、マナミの手を握り駆けて行く。
「ま、待て!!」
スノウはすぐに追いかけようとしたが、剣のあまりの重さにさらにバランスを崩し、その場に片膝をついてしまった。その間に、私は残る全てのエナジーを両足に込め、全力でこの場を離れていたため、もう追いつけないほどの距離が開いていた。どうにか、撤退には成功したらしい。
「……ふん、まさかこの状況から逃げ出してしまうとはね……。キュアスパーク、ますます気に入った。……ダークブレード、全く使いこなせなかったな……。今日のところは引き分けということにしといてやるよ。次は必ず、倒す」
スノウはそれだけ言い残すと、クライナーとともに姿を消した。街を襲った吹雪は止み、氷のドームなどの痕跡も跡形もなく消え去っていた。だが、やはり敵を倒したわけではないため、建物や道路などへの被害は修復せず、人々の記憶も改善はされていない。このままでは、いよいよこの戦いが明るみに出てしまうだろう。そうなると、正体だってバレかねない。
両手の傷は、全治1週間程度で済んだとはいえ、肉体的にも、そして今後にとっても、かなり手痛い結果を残してしまった。
続く