The Boss in Ikebukuro   作:難民180301

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第7話

 早朝 アパートの一室

 

 駅から数キロ離れた古いアパート。その中でも一番間取りの広い一室で、一人の少女が目覚めた。就寝前からつけっぱなしのラジオが古い外国の歌謡曲を流している。

 

 上半身裸にパンツ一枚というあられもない姿だが、胸というより大胸筋と呼ぶ方がふさわしい鍛え抜かれた肢体がエロスを感じさせない。電気もつけずのそのそと起き上がり、洗面所へ向かう。

 

 蛇口をひねり、冷水で口を軽くゆすいでから顔を洗う。決まりきった朝のルーチンだ。冷たい水が頬を叩くたび、寝ぼけた意識が覚醒していく。

 

 ひとしきり顔を洗ってから鏡に向き合い、身だしなみチェック。これもルーチンの一部である。あまりにはしたない格好をしていると、組織の仲間に小言を言われてしまう。

 

 ピタリ、と動きが止まった。

 

 少女は鏡の中の自身と向き合い、ポカンと口を開いている。続いて自分の顔に手を伸ばし、様々な角度から体や顔つきを観察していく。その様はまるで初めて鏡の中の自分を認知した動物のようだった。

 

 数分後。鏡と向き合い再び動きを止めた少女の口元が、ニヤリと歪む。

 

 それと同時、少女の小さな拳が鏡に叩きつけられた。鋭い破片が柔肌を裂き、血しぶきが散る。

 

 拳の痛みにも構わず少女は依然笑っていた。

 

 ラジオの歌謡曲が次に移る。陽気なDJの読み上げた曲のタイトルは――

 

 

 

---

 

 

 

 午後五時 池袋某所

 

 池袋の広い道路を黒いバイクが疾駆する。タイヤのホイールからマフラーまで真っ黒に染められたそのバイクは、影がそのまま立体化して走っているようだ。バイクにまたがるライダーも光をほとんど反射しない黒のライダースーツとフルフェイスヘルメットを身に着けているので、なおさら影としての印象が強い。池袋ではおなじみの都市伝説、首無しライダーことセルティである。

 

(まったくあの人は、人を宅配か何かと勘違いしてるんじゃないか?)

 

 セルティは自分の首を探すかたわら、副業として運び屋を営んでいる。

 

 今回の依頼は近年稀に見るレベルの高報酬、低難易度の仕事だ。ある荷物を指定の時間に指定の場所へ届けるだけ。楽に稼げるのはいいが、わざわざ自分に頼まなくても、と思ってしまう。

 

 指定の時間まではまだ余裕がある。あまり早く着いてもまずいし、どこかで時間を潰すべきか。

 

 そう考えたセルティの視界に見慣れた顔の少女が入ってきた。きれいに切りそろえた黒髪に丸眼鏡、真新しい高校の制服。セルティがバイクを路肩につけると少女も気づき、ぺこりと頭を下げた。

 

「こんにちはセルティさん」

 

『こんにちは。杏里ちゃんは今帰り?』

 

 園原杏里。ある女性をきっかけに知り合った高校生の少女で、体内に罪歌と呼ばれる異形の刀を内包している。自分と同じ人外を宿す人間として、セルティはなんとなく親近感を覚えていた。

 

「はい。スネークさんのところに寄ってから帰るつもりです」

 

『ああ、そういえば退院もうすぐだったっけ。あの子、元気すぎてケガ人って感じがしないんだよね』

 

 本音半分なセルティの冗談に杏里はクスクスと笑う。スネークの負傷からすでに一週間経っていた。

 

 負傷した右目はまぶたの筋膜が深く損傷していたものの、眼球自体は無事だったので失明の危険はなかった。しかしアウターヘヴンメンバーの強い勧めもあって、念の為一週間は病院で大人しくする運びとなる。

 

『例の件のことは話した?』

 

「いえ……きっと悪いことじゃないと思うんですけど……」

 

 例の件とはスネークが単独で多数の敵に挑んだ理由のことだ。

 

 意識を取り戻したスネークは傷を押して仲間たちに頭を下げ、多数の敵の存在を察知していたのにあえて報告せず、一人で挑んだことを告白した。なんなら戦っている最中でも無線で助けを呼べたのに、それさえしなかったと。

 

 仲間たちは怒りよりも強い困惑を覚えた。スネークがこと戦闘において非合理的な選択をするとは思えなかったからだ。必ず何か理由がある――そう信じて再三聞いているものの、スネークは謝罪するのみ。杏里を含め、アウターヘヴンのメンバーが表情を曇らせるのは当然だった。

 

 セルティとしても、あの男らしい筋の通った女の子が変な理由で仲間に心配をかけるとは思えない。シュンとする杏里の肩に手をかけ、大文字フォントでPDAに文字を打ち込む。

 

『大丈夫。必ずいつか話してくれるさ』

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 月並みな慰めだったが、杏里の顔に柔らかな微笑みが浮かぶ。

 

 その後共通の知り合いについて雑談(ほとんどがカズについての愚痴)をしていると都合の良い時間になったので、セルティは愛馬のエンジンをいななかせ、依頼人の指定した場所へ出発した。

 

 

 

---

 

 

 

 同時刻 某立体駐車場

 

 駅からは少し距離のある立体駐車場の屋上階。手すりにひじをかけ、肩を並べる人影が二つあった。

 

 一つはボスだ。沈みゆく太陽の赤い光を受け、金髪がキラキラときらめている。眉間にシワを寄せ目を細めたその表情は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

 

 もう一つ、ボスよりも頭一つ分は小さい女の子が一人。病院の患者服もそのままに街並みを眺めているのは、病室で安静にしているはずのけが人、スネークである。右目の眼帯に痛々しさは不思議となく、むしろあるべきものが正しい箇所に収まっている安定感がある。

 

 二人の会合はボスの提案がきっかけだった。話したいことがあるので都合の良い日時を連絡してほしい、とのメールに今すぐとだけ返信し、急遽場所を決めて合流したのだ。顔を合わせた二人はどちらともなく肩を並べ、夕日に向き合った。

 

 お互いにそのまま黙り込むことしばし。建物の影が数センチは長くなったころ、出しぬけにボスが口を開く。

 

「久しぶりね、スネーク」

 

「……ああ。本当に、久しぶりだ」

 

 ボスはあえてスネークの見舞いに行っていない。それでも会ってないのはほんの一週間と数日だ。数十年ぶりに再会したかのようなスネークの口ぶりは、異様に響いた。

 

 しかし二人の間に違和感はなかった。二人にしか理解できない、二人だけの空間が形成されている。

 

「お前は私を許せない。お前と私が同じ道を歩むことはできない」

 

「その通りだ。あんたは銃を捨てた。一度ならず二度までも」

 

「お前は銃をとった。戦わなくてもいい国で、戦士としての道を選んだ。結果、無様に敗北した」

 

「……」

 

「スネーク。あなたは平和な国の女の子よ。いくらでも生きる道はある。それでも戦士に戻るというの?」

 

 答えは決まっていた。だからこそ仲間に迷惑をかけてまで、かつての自分を取り戻そうとしたのだ。スネークは深く首肯する。

 

「居場所も立場もない子供たちがいる。そいつらが胸を張って生きるには、戦うしかない。今を生きて、今より良い明日を作るために、戦い続ける。それが俺の選んだ道だ」

 

「ならば――」

 

 スネークの肩に手が置かれる。振り向くと、寂しげなボスの瞳がまっすぐにこちらを見据えていた。

 

「流されてゆけ。私はここが終端だ」

 

 スネークが何か言うよりも早く、ボスの体が離れていく。そして背後から音もなく忍び寄る気配を感じ取り、弾かれたように振り返る。

 

 すると、そこには真っ黒なバイクにまたがった影のように黒い人影があった。スネークとボスの共通の知り合い、運び屋のセルティである。

 

 セルティはスネークを一瞥すると呆れたように肩をすくめる。病院を抜け出したことを揶揄しているのだろう。しかしそれ以上は何も言わず、ボスに向けて二つの円柱を放り投げた。

 

 ボスが受け取ると共に、セルティはさっさと駐車場を出ていく。

 

「手向けよ」

 

 そう言ってボスがスネークに手渡したのは、ボスの名の由来ともなった有名なブランドの缶コーヒーである。スネークは苦笑いしつつ、プルタブを開ける。

 

 そしてボスと共に缶を傾けた瞬間、異変に気づいた。ラベルがいつもの缶と違う。缶のサイズが一回り大きく、容量が多い。しかし大容量といっても味はよく、コーヒーらしい苦味と渋みの後にスッキリした甘さが残り、よく冷えた液体が爽やかな喉越しとともに胃へ落ちていく。

 

 このBOSSとはひと味違うガツンとした飲みごたえは――

 

『BIG BOSS』

 

 夏季限定、クール専用。350gの大容量。ボスがコネをフル活用して調達した季節違いの一本だ。

 

 思わずボスの方を振り返ると、ボスはBOSSを片手に不敵な笑みを浮かべている。つられたスネークもくつくつと笑いを漏らし、夕日に照らされる街を肴に少しずつ味わっていく。

 

 

 

---

 

 

 

 この世界は実に奇妙だ。

 

 強い思いで結ばれた二人が残酷なめぐり合わせで引き裂かれることもあれば、数奇な縁に導かれ、遠いどこかで再会することもある。まるで無数の支流が絡み合う大河のようだ。まったく奇妙で、理不尽なこと極まりない。

 

 ただ――遠いどこかで再会した師匠(弟子)と、肩を並べて飲む一杯は――

 

「ウマい……」

 

 この上なく、ウマい。






次章予告
 


 物語が加速する。

『あなたがたはボスの平穏を脅かした。すでにサイファー上層部では報復論の機運が高まっている。無用な犠牲を避けるためにも、誠意ある対応を――こ、こらクワイエット! ステイ! 今は電話中だ!』

 闇医者と無口な少女。

『もちろん、私らもこんな商売してる身だ。相手が誰だろうと、事を構えるとなれば徹底的にやりますとも』

『でもねぇ旦那。そうなると池袋は戦場になりましょう』

『男も女も、子供も赤子も、チンピラも売女も関係ない。死体が風景の一部になった、血なまぐさい戦場に……』

 池袋の先行きを懸念する、赤鬼の異名を持つ武闘派幹部。

『ボス。リンギーリン大佐を覚えているか?』

『我々と彼の商社で共同開発した新兵器が奪取された。犯人は池袋に向かったようだ』

『安心しろ。君に何かを頼むわけじゃない』

『ただ、我々も手をこまねいているわけにはいかん。取り急ぎ手の空いたスタッフを現地に向かわせた』

『君には悪いが、しばらく池袋は騒がしくなるだろう』

 サイファーからの刺客。

『サイファーの特殊部隊は全員、特異な能力を持つことで有名だ。実に興味深い。セルティくん、君はたしかボスと仲が良いんだったね? 解剖用のサンプルを一体、ちょこっとだけ寄越すよう頼んでくれるかね?』

 サイファーに接近する某製薬企業の男。

『分からん……なぜ無限大の形が縫い込まれているだけで、弾薬が減らなくなるんだ? 飛んでいった弾丸が手元に戻ってきてるのか? それとも異次元から新しく召喚しているのか? 気になって仕事が手につかない……って言ったらどう答える、ヴァローナ?』

『回答不能。サイファーの技術は奇天烈怪奇。既存の科学に準拠する思考は時間浪費します。残念無念、スローンの仕事は現時点で凍結の模様』

 新装備とともに暗躍するロシア人の兵士たち。

『待て! どこ行くんだ!?』

『決まってるだろ! 園原さんを助けに行くんだ!』

『お前一人で何ができる!? ……くそっ、分かったよ』

『蒼天已に死す、ってな。黄巾賊復活だ』

『共同戦線と行こうぜ、ダラーズ』

 ぶつかり合い、手を取り合う少年たち。

『随分と好き勝手してくれるねぇ……まあいいさ。蚊帳の中の人間は外の蚊に手を出せない。せいぜい外からうるさい羽音を響かせてやるさ。君もそう思うだろう?』

『……』

 人を愛する情報屋と、宙に浮かぶ少年。

『あー、なるほどな』

『大の大人ががん首そろえて、何追いかけてんのかと思えば、ハハ……』

『……このクソロリコン野郎どもがぁああああぁ!!』

 大噴火する平和島。

『あ、杏里お姉ちゃん……!』

『大丈夫……追い込まれた狐は……ジャッカルより凶暴です……!』

 追い詰められる少女たち。

 そして――

『ボス……どうしてなんだ!?』

『お前も分かっているだろう。私は自分に忠を尽くす。これまでも、これからも』

『ボスゥゥゥ!!』

『来い!』

 異なる世界、異なる因果で再び対峙する二人のボス。

 様々な思惑が絡み合い、池袋は混沌のるつぼと化していく。

 果たしてこの動乱の末に生き残るのは誰か――



第二章




池袋動乱 〜Children of The Patriot〜




『彼女たちは戦うことでしか生きられない。とても不器用で、哀れな生き物だ』

『ただ――どこまでも愚直に、忠を尽くして果てていく、彼女たちの生き様は――』



To Be Continued...




---



(書きたいものを全部書いたので、アイデアの断片をダイジェストにまとめまして、当二次創作は完結となります。ここまで目を通していただいて、ありがとうございました)
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