ーバハルス帝国ー
「王国よりは治安は良さそう。ま、私には関係ないけど」
既に日が傾きかけており、夕日はほとんど沈んで、1時間もすれば完全に姿を隠すだろう。その時間帯でも街は人の賑わいを保っている。
そんな賑わいの中、店じまいをしている露天の1つに足を運ぶ。
「ねーおじさん、ちょっといーい?」
作業中の店の店主が顔を上げる。
「あ?、なんだ嬢ちゃん、悪いが今日は終わりだ。また明日来てくれな!」
そんな店主の言葉にニンマリとした笑みを返し
「ちがうよー、客じゃない。冒険者ギルドって何処にあるの?」
「ギルド?あ、あーそうだな」
店主は見当違いな質問に困惑しながらも、首を傾げながら普段自分の使わないギルドの場所を説明する。
「あんまり使わないからうろ覚えだが、多分そんなとこだったはずだ」
「ありがと、すごーく助かった」
「ははっ、そりゃよかった。…ああっそうだ!裏の通りは使うなよ、何処の街にも危ない奴はいるからな。昼間は大した事ないんだが今の時間は微妙だからな、遠回りでも表通りを使いな」
「はいはーい、どうも」
そんな店主の言葉を背に後ろ手と軽い返事をしてギルドに向かう。
「ひっ、は…はは、まってくれよ。悪かったって、なあ」
「どーしたの?んふふ、遊んでくれるって言ったじゃん」
さっきまで粋がっていた男は既に逃げ腰で彼女に語りかける。
クレマンティーヌがゆっくりと近づくと、同じ距離後退する。それも仕方ないだろう、この男の仲間達は既に事切れて、彼女の足元に転がりジワジワと血の海を広げている。
「ほらっ、金だってやる、だからそれをしまってくれよ」
男は、武器をちらつかせながら近づいて来るクレマンティーヌを説得しようと必死だ。
こんなはずじゃなかった。いつものように仲間と適当な場所で獲物を待ち伏せて狩る。そんな毎日で今回は運良く女を引いた、そう思っていた、男もその仲間も、しかし獲物と思っていた女は自分達が噛み付いていい相手ではなかった。
女を取り囲んだ仲間が次の瞬間には殺されていた。1人がいきなり倒れ、残りの仲間もゆっくりと崩れ落ちた。全員が倒れてから殺されたんだと理解できた。
自分達のようなチンピラ小悪党とは違う、同じ悪でも質が違うのだ。金を巻き上げる為の弱いものいじめではなく、殺しというものに慣れている。しかも誰でも出来る雑な殺しではなく、技術に基づいたものだ。
それらが理解できた時、途端に恐怖が襲ってきた。
「別にお金は要らないんだよねー」
「だ、だったらなんか欲しいものはないのか?」
必死に会話を伸ばし、生き残る道を探す。
「そうだ、翼竜の洞窟って知ってる?」
「よ、翼竜の…洞窟?」
いきなりの質問に何とか応えるが、思い当たる情報はない。
「別に知らないならいーよ」
「あ、いや待てっ、俺の仲間に情報に詳しい奴がいる、そいつに聞k………かっ…あぁ」
「ハズレか。残念」
必死に言い繕うとする男の胸には短剣が深々と刺さり、クレマンティーヌが引き抜くと同時に地べたに転がり、人の形をした肉塊へと成り果てる。
さっき露店の店主から通るなと言われた裏道だが、彼女にとってはそれこそ望むところ、と言わんばかりに裏道に入った。こちらの方が近いし彼女に危害を加えられる者など、まずいないのだから。
「ま、情報が知りたくて、こんな道通った訳じゃないけどね」
普段ならば少なからず高揚するのだが、気分は晴れない。
ドールと戦って負けたのがそうなのか、結局言いなりのように洞窟を探している自分が気に食わないのか。どちらかもしくは別の何かかは分からないが、頭の隅に靄がかかったような違和感が消えない。
「おっと、流石にこれで行くわけにはいかないからねー」
軽い戦闘で僅かにローブがはだけ、胸元の防具が見えている。本来なら別にいいのだが、彼女の防具には冒険者の証のプレートが貼り付けてあり、これは彼女が狩った冒険者達のものである。
今から冒険者ギルドに向かうというのに、これでは話どころか即臨戦体勢になりかねない。ローブで首元まで隠すように直しながら歩を進める。
「こんにちは〜」
「はい、どちらかというと、こんばんはですが」
ギルド内はもうほとんど人がいない、職員達も閉める準備のようだ。受付の女性に話し掛けると一応対応してくれる。
「ご用件は何でしょう?依頼を出すにしろ受けるにしろ、時間も時間なので、特に急ぎでなければ明日の方が宜しいかと。こちらもその方がしっかりと対応出来るので」
如何でしょう?、と受付の女性が聞いてくる。
「ん〜、確かに急いでないし、それでいっか。あ、じゃあさ、この辺りに良い宿ない?」
「宿ですか、私の知るところでよければ、銅貨の宿と笑う林檎亭がオススメですね。銅貨の宿は、駆け出しの冒険者の方が使う格安宿です。安い割にしっかりしていて、泊まるだけなら良いところです。お金に余裕があるなら、笑う林檎亭がいいと思います。質も高く何より料理が美味しいですね。サービスの割に料金も安い方ですし、オススメですね」
忙しそうな時にもかかわらず丁寧に教えてくれる。
「ふ〜ん、じゃあ、そこにしようかな。どこにあるの?」
そう言うと、またも女性は丁寧に道順などを説明して、メモまで渡してくれた。
「ありがと。じゃまた明日くるね」
「はい、お待ちしてます」
ギルドを出る頃には、日が完全に落ちていて外は暗い、それでも道を照らす街灯があるのは、王国とは違うところだろう。
所持金には余裕があり、節約するほど困っていない。特にこだわりがあるわけでもないので、勧められた宿に泊まることにした。
「確かになかなかいいところね。料理も美味しいし。」
料理を口に運びながら素直な感想が出る。
「だろ?、俺もお気に入りの宿なんだ」
本来は独り言の筈の言葉に返事が返ってきた。誰かと顔を向けると、自分の隣の席に手を掛けながら立っている男が話しかけてきた。
「お姉さんはこの宿初めてか?いいとこだぜ、金も思ったほどかからないしな」
(面倒なナンパかな。外に連れ出して殺っちゃおうか)
尚も男は軽い調子で話し掛けてくる。そんな男をどうするかと考えていると、男に後ろから声が掛かる。
「ヘッケラン、下手なナンパにしか聞こえないので、やめた方がいいですよ」
「同意」
「失礼な奴らだな、俺はあくまでフレンドリーに話しかけただけだろ」
振り向くと男の他に男1人女2人が近寄って来た、その風貌からおそらく冒険者だろう。
後から来た男の方が丁寧な言葉で話し掛けてくる。
「すみませんね、一応怪しいやつではないんで。良ければ相席させていただきたいのですが、宜しいですか?」
男の言葉に周りお見渡すと、どの席も埋まっていて、空いてる席も1人分がポツポツとあるくらい。この4人が座れるのはこの席くらいだ。
(ああ、席がないのか)
「別にいいよ」
「おっそうか、助かるぜ。じゃ失礼して」
そう言って、4人は各々の席に着いて料理を注文する。
何だかんだで、同じテーブルを囲むと会話が弾むもので、クレマンティーヌにとってはある意味新鮮だった。
「へー、帝国は初めてだったんですか。どちらから来たんですか?」
「少し前まで王国にいたの。貴方達は帝国に?」
「住んでるというか本拠点みたいな感じだな。住み慣れてるのは帝国で間違いない。アルシェは住んでるようなもんだったがな」
「ふーん、ま、冒険者なんてそんなもんだよね」
「まあ正確には冒険者じゃなくてワーカーなんだけどね」
(ワーカー…か、法国だと冒険者自体関わらなかったしね)
「帝国は冒険者よりワーカーの方が多いかもな、王国と違って」
「そう言えば貴女は冒険者なの?そんな感じに見えたけど」
「んー、ちょっと違うんだよねー」
「いろいろあるのね」
話しかけてくる割に必要以上に踏み込んで来ない、冒険者でもワーカーでも、マナーは一緒なのだろう。ある程度の線引きはしてあり、そこら辺は弁えている
「そう言えばどうします?報告は」
「明日行くの?疲れたから、明日はゆっくりして明後日でもいいと思うけど、だめ?」
「ん〜〜、アルシェは?」
「どちらでも。どうせ同じ」
「忘れたのヘッケラン?アルシェの妹ちゃん達あそこにいるのよ」
「私だけでも一足先に行ってる」
「あー、そうだったな」
「ん?」
「ああ、こっちの話だ。依頼主への報告でな。依頼を終えてようやく戻って来たて感じなんだ。だからその報告をな」
最近まで依頼で帝国を離れていたのだろう。それが今日戻って来たということか、とそんなことを思っていると、自分の目的を思い出した。
(せっかくだし、聞いておこうか)
「そう言えばワーカーになって長いの?」
「そうだな、それなりに長いと思うぞ。一応帝国のワーカーの中でもベテランって呼ばれてるからな」
「じゃあ知ってる?翼竜の洞窟って」
「あ、ああ、知ってるぜ。一応な」
「?」
あからさまに驚いた様な反応に、素直に疑問が浮かぶ。
「あ、あー、いや、知ってはいるんだが、あそこはなー」
「立ち入りが禁止されてるんですよ。その洞窟」
歯切れの悪いヘッケランの代わりに、ロバーデイクが補足する。
「翼竜が出るという事もあって、未だ人の手が入っていないので、希少な資源や宝なんかが、あるんじゃないかと噂でして」
人の手が入っていない、しかしドールはそこに来いと言っていた。既に矛盾が生じている。
「まあ我々も例に漏れず興味を持ちまして、侵入してみたんですよ。結果は翼竜に追いかけ回される、というものでしたが。あ、ここだけの話にしておいてくださいね」
「中に人はいなかったの?」
「奥まではとても入れる状況じゃなかったですからね。いないとは言い切れませんが、いる可能性は無いと思いますよ」
「ふーん」
(さて、どこまで本当か)
「興味があれば行ってみますか?案内は出来ませんけど、場所は教えますよ。多分冒険者ギルドとかでも、教えてくれると思いますが。でもまあ封鎖されてるんで入れないかも」
(これ以上はなにも出ないね)
「…いや、いいよ」
そう言って立ち上がる。
「そろそろ休もうかな。お腹も膨れたしね」
「おー、そうか」
「誰かと食事なんて、久々だけど楽しかったよ。じゃあねー」
そう挨拶を残して自分の部屋に帰った。
彼女の背中が消えるのを見て、思わず胸をなで下ろす。
「ふー、焦った」
「分かりやす過ぎよ」
「まったくです」
「ロバーデイクに感謝」
「でもよ、洞窟に行ってみろ、なんて良かったのか?」
「彼女は既に、何か興味を持っていたのでしょう。そこで変に『行っても何も無いから行くな』なんて言ったら逆に不審に思い興味が深まるでしょう」
「ヘッケランの反応を見た後だし、ね」
「最初から行く気なら、多分止めても無駄。それにどうせ最下層まで行くのは無理」
それはそうだろう。あそこにいるのは竜、しかも最弱でも規格外に巨大なワイバーン。それが群れをなしているんだ、最下層を目指すとか言ってられる状況じゃない。
彼女が何の目的で洞窟を探しているのか、それは分からないが、場所だけでも人に聞けば分かる。別に探りを入れているのは彼女一人ではないし、自分が心配することではない。
「で?どうすんだ、明後日にするか?」
「さんせー」
「私もそれでいいですよ」
「それでいい」
「よーし、じゃあそれで。アルシェは一足先に行くんだろ、明後日に俺達が行くって言っといてくれ」
「了解」