「花陽、お誕生日おめでと」
「う、うん。ありがとう、真姫ちゃん」
西木野家の玄関で、花陽は述べられた祝辞に若干戸惑いながら礼を返した。
「悪かったわね、こんな時間に急に呼び出して」
「それは気にしてないんだけど……本当にどうしたの?」
時刻は午前九時過ぎ。極端に早い時間という訳でもないが、待ち合わせに適した時間かと問われればそうではないだろう。
「とりあえず上がって」
「う、うん、お邪魔します」
ちなみに“一人で”と念を押されたので、幼馴染のにゃんこには何も伝えていない。
花陽は靴を脱ぐと、下駄箱から自分用のスリッパを取り出し履き替える。
こうしてここに来るのも何回目だろうか。生徒手帳を届けに初めて訪れた頃が、もう何年も昔のようだ。
「何それ、まだ一年も経ってないわよ。一人だけおばあちゃんになる気?」
真姫は呆れたような笑顔を見せると、自室へ案内する。
「さ、入って」
「うん」
促されて部屋へ入った花陽は、中の様子を見て思わず足を止めた。
「な、何これ⁉︎」
部屋の中には、大小様々な箱が積まれていた。その数、軽く二桁。
「真姫ちゃん、これ、どうしたの……?」
「プレゼントよ。あなたへの」
なんの気もなしに放たれた言葉に、花陽は呆然と山積みの箱を眺める。
ラッピングはされていないので中身が丸わかりなのだが、それ故にそれぞれ一つ一つの価値も分かってしまう。
花陽は一番手前に置かれていた小さな箱を、若干震える手で持ち上げる。
「こ、これ、ブランド物の化粧水だよね……? 雑誌とかでよく見る……凄く高いって……」
「そうね」
「あ、こっちのコート、この前ファッション雑誌で見たのと同じ……?」
「そうよ」
「こ、これは見るからに高そうな腕時計……」
「高いわよ」
総額を脳内で計算し混乱する花陽に対し、真姫は至って冷静。
「さ、好きなの選んで。幾つでもいいから」
「ええぇっ⁉︎ そ、そんな無理だよぉ〜!」
「どうしてよ」
「だ、だってこんな高価な物……使った事ないし……」
「じゃあちょうどいい機会じゃないの。ほら、早く選びなさいよ。選ばなかったのは私が使うから」
急かしてくる真姫。
「……何だか、真姫ちゃんっぽくないね」
「ヴェ……」
「…………?」
あまり深い意味はなく呟いた言葉だったのだが、真姫は一瞬見るからに狼狽する。
「な、何が変なのよ。いつもの私でしょ」
「うーん、確かに真姫ちゃんちはお金持ちだしμ'sの活動もそこに助けられた事もあるけど……。今の真姫ちゃんは、お金で全部解決する人じゃないと思ったんだけどなぁ」
「うっ……。べ、別にいつもの私よ! 何も変わらないわよ!」
腕を組んでそっぽを向く真姫。
分かりやすいなぁ、と花陽は少し苦笑い。
「……私の取り柄なんて、これくらいしかないじゃない」
「真姫ちゃん?」
少し俯いた真姫の目元は見えない。
「……私だけが花陽にできる事なんて、これくらいしか無かったのよ!」
吐き捨てるような、大声。
「花陽に喜んで欲しくて、私だけが贈れるプレゼントは何かって考えて、でも全然思いつかなくて! だって仕方ないじゃない! 分からないんだもの!」
「真姫ちゃん……」
「っ…………ごめん」
ハッと我に返った真姫は、俯いて謝罪。モゴモゴと口元を動かす。
「……今まで、友達らしい友達なんていなかったのよ……」
真姫が黙ると、部屋には静寂が訪れる。
突然の大声に呆気に取られていた花陽は、
「──あーあ〜あ〜あーあ〜〜〜」
目を閉じて、発声練習のように声を出す。
「花陽……?」
少し潤んだ瞳。その目を、花陽は優しく見つめ返す。
「私がμ'sに入りたくて、でも勇気を出せないでいた時、真姫ちゃんこうやって励ましてくれたよね」
凄く嬉しかった。
花陽は優しく微笑む。
「私、真姫ちゃんの曲好きだな」
「え……?」
「真姫ちゃんが作る曲。真姫ちゃんが歌う曲。私、それを聴くのが大好きなの」
「…………」
「さっき真姫ちゃんは『自分には何も取り柄なんて無い』って言ってたけど、そんな事ないよ」
ゆっくり歩み寄ると、花陽は真姫の手を両手で包み込む。
「μ'sの曲を作ってくれてるのは真姫ちゃんだし、私はμ'sの曲が大好き。それに──」
花陽は、背後のプレゼントの山に視線を送る。
「このプレゼントだって、私の為に一所懸命考えて用意してくれたんでしょ? その気持ちだけでとっても嬉しい」
「花陽……」
「真姫ちゃんは、真姫ちゃんにしか無い大切な想いを持ってるんだよ。だから、あんまり悲しい事言わないで? ね?」
数秒固まった真姫は、大きく息を吐いた。
「……ありがと、花陽。気持ちが楽になった」
「それなら良かった〜」
ほわん、と笑った花陽。すると真姫は、
「……ねぇ、ちょっといい?」
躊躇いがちに声をかける。
「……その、実は花陽の為に作曲をしたの」
「えっ⁉︎ そうだったの⁉︎」
「で、でも結局纏まらなくて、完成できなくて……それで混乱して慌てて、こんな事に……」
チラリと山積みの箱に目をやる真姫。その光景を想像できてしまい、花陽は再び苦笑。
「それで……もし良かったら、聴いてくれない? 未完成だけど……」
遠慮がちな真姫の提案に、
「聴くっ!」
花陽は即答した。
パッと明るくなる真姫の表情。
「えへへ、真姫ちゃんの曲、楽しみだなぁ」
「未完成だし、そんな期待しないでよ?」
ピアノへと向かいながら、真姫も楽しそうな笑顔を作る。
「気持ちを贈るプレゼント、か……」
「? 真姫ちゃん、何か言った?」
「おめでとうって言ったのよ。花陽、お誕生日おめでとう。あなたと出会えて良かったわ」
鍵盤に手を触れる真姫。そして奏でられるメロディーは、とても未完成とは思えないほど滑らかなものだった。
「うんっ、私もだよ! 真姫ちゃん」