満開、散花、愛、勇気。

 これは、誰かの為に捧げられた花の物語。

 ───最後に、想いを伝えよう。

 ───もう会えない事の哀しみではなくて、君たちと出会えた事の嬉しさを。



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貴女に捧ぐ彼岸花

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

 篝火は燃ゆる。

 

「世界は、一度終わった」

 

 薪の一つを手にとって、火の中に投げ入れる。

 

「それは人の傲慢さ故。それは人の愚かさ故。神の世界である(そら)へ至ろうとした故」

 

 業、と火の粉が散った。

 

「それが罪だと貴方は言う。嗚呼、確かにそうだろう。きっと貴方は間違っていない」

 

 脇に置いてある端末越しに、彼女たちの声が聞こえて、ふと表情が緩んだ。

 

 全くいい奴らだなぁ。

 

「だから、お願いがあるんだ、神様」

 

 そこまでして、世界が揺らぐ。

 

 けれどそれだけで、いつもの奴はやってこない。俺は、ようやく()()成れたらしい。

 

「満開と、散花。それだけのシンプルなお願いだ」

 

 世界が好きだ。人が好きだ。彼女が、彼女たちが大好きだ。

 

 今から貴方に、俺という花を捧げる。

 

 誰かの為ではない。

 

 唯、俺の為に。

 

「なあ、みんな、聞いてくれないか」

 

 そうだ、最後に、俺の想いを伝えよう。

 

 もう会えない事の哀しみではなくて、君たちと出会えた事の嬉しさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦2015年7月30日。

 

「あ、またこんなとこで」

 

 夜、俺は一人で空を見ていた。

 

「父様に見つかるとまた怒られますよ」

 

「そういう姉様も父様に見つかるとことじゃないの?」

 

「わ、私は、巫女なので!」

 

 なんとも理由になってない理屈だ。

 

 よじよじと社の屋根に登ってくる姉様がちょこんと俺の隣に座った。服装はピンクのパジャマ。今年16になる女の子には少し子どもっぽいと思う。

 

「え、でもせっかく弟たちに選んでもらったものを着ないというのも……」

 

「別に俺は気にしないけどね」

 

 そう言うが姉さんは、「でもあの子は気にしそうです」妹の名前をだしてくすりと笑う。

 

「それに私はこの服気に入ってるんですよ?」

 

 なら、良いのかな。

 

 屋根の上で空を見上げてみる。きらきらと光る星は手を伸ばせば届きそうで、なんとなく手を伸ばして見る。もちろん届くはずはないのだけれど。

 

「きれいねえ」

 

「うん。昼間からどんつか地震があってたなんて信じられない」

 

「地震、ね……」

 

 さっと姉様の表情が曇る。

 

「姉様?」

 

「私には最近の地震がただの自然現象には思えないんです。なんだか、ざわざわしてる気がして」

 

「ざわざわ」

 

「うまく言えませんが精霊様が落ち着いていないというか」

 

 貴方にはわからない話かもしれませんね、と姉様が弱々しく笑った。

 姉様はウチの神社の巫女の一人で、それでいて今ここにいる誰よりも『神に繋がる』才能のある巫女なのだと、父様は言っていた。

 その姉様が、精霊が落ち着いてないのだという。

 

「なに、神様たちが戦争でもおっぱじめてるの?」

 

「もう、そういう言い方は良くありませんよ」

 

 姉様は呆れたように息をつく。

 

「けど、あなたの言うこともそれ程間違っていないかもしれませんね」

 

「?」

 

「なんだか近いうちに大変なことが起こるような、そんな気がするんです」

 

「ふーん」

 

 言っていることはよくわからない。けど、この人の言うことなのでたぶん間違ってはいないのだと思う。

 

「怖いの?」

 

「……どうでしょうね。言われてみれば、少し怖いような気もしますね」

 

「……姉様達は大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 ふ、と笑うと隣に顔を向けて軽く胸を叩いてみせる。

 

「だって俺がいる。姉様も、妹も、父様も、母様も、ここにいる人たちも、みんな俺が守ってみせる」

 

 任せろって、ともう一度笑ってみせると、姉様がきょとんと目を剥いて、やがてくすくすと笑い始めた。

 

「いつのまにか随分かっこいい事を言うようになったんですね」

 

「何を? 俺はもともとかっこいい男だよ」

 

「あらあら」

 

 くすくすと姉様が笑う。ただの軽口。ただの気休め。姉様にとって根拠はない弟の戯言。

 でも、姉様は口を抑えて笑う。とても満足そうに、けれどどこか悲しそうに。

 

 二人で笑いながら空を見上げる。

 

 澄んだ空に浮かぶ半月は腹が立つほど美しくて、周りに輝く無数の星も相まって、まるで自然の作り出した宝石箱のようでもあった。

 

「今日の星空はとても綺麗ですね」

 

「さっきも言ってたよね、それ」

 

「そうでしたっけ?」

 

「そうでした」

 

 首をかしげる姉様。

 

「今日の空はとても綺麗だよな。心なしか星が多いようにも……」

 

 見えるな、と言葉を続けようとして、()()()星が増えているのに気がついた。

 

 まるで雨のように空から星が降り注ぐ。

 

 小さな自動車ほどの大きさの真っ白の星は、重力に従う様に一定のスピード()()()()、空を泳ぐ様にして地上へと迫ってくる。

 それはとてもこの世のものとは思えない光景。ある種の幻想的な魅力を含んでいる、そんな世界。

 

「これは?」

 

 慌てて隣の姉様に尋ねる。

 

「星、屑…………」

 

 そうして、そこに青白い顔で震える姿を見た。初めてだった。いつも気丈に振る舞うその人が、あからさまに『恐怖』の色を醸し出しているのは。

 

 ぞくり、と背筋が凍り、意識に軽いノイズが走る

 

 訳の分からない映像が流れる、否、刹那の隙間でそう言うことも()()()()()()()()()()()()。その体験を()()()()、慌てて姉様の手をとった。

 

「姉様! ここは良くない早く中にーーー」

 

 がくん、と突然に後ろの重さがなくなって思わずすっ転んだ。汚い屋根の上で転がり思わず顔をしかめそうになって、びしゃりと顔に何かがかかった。

 

 くそ、痛てえ。こんな事ならもっとしっかり、いやそんな事よりも姉様はどうなった。

 

「ーーーは?」

 

 びたん、と目の前に手首が転がっている。二の腕の半ばから無くなった腕だ。何か鋭いものに断ち切られたのか、断面は綺麗なもので、薄雪の様な肌の下にぶよぶよとした黄色い脂肪と、鮮血をほとばしらせる肉を覗かせている。

 

 何だこれは。誰の腕だ。どこから飛んできた。

 

 何で、何で、俺はこれと手を握っている。

 

 胸に酸っぱいものが混み上がりそうになる中、何かに突き動かされる様に後ろを振り向いた。

 

「姉、様……?」

 

 口から出たのは疑問形。だって、それが俺の見知った存在なのか確信が持てなかった。だって、だって、そこにあるのには胴体がなかったから。

 まるで何かに齧られたように、腹部が途中から無くなってて、断面から噴水みたいにぴゅーぴゅー血を吹き出している。

 

「あ」

 

 目の前に、人間だったものと、真っ白な醜悪な口だけがある化け物がいた。

 

 目はなく、手も、足も、おおよそ生命が普通持っていそうな器官は他になく、ただ口と矢鱈に立派な歯だけがあるという、まるで生命を馬鹿にするかのような存在。

 

 姉様が怯えながら『星屑』と呼んだモノ。

 

 そして、それが大口を開けた。

 

「ああ、そうなのか」

 

 俺の息が、納得したが故の呼気が漏れた。

 

 何故なら、その化け物の中に、白目を剥いてこちらを見ている姉様の上半身が咀嚼されているのが見えたから。

 

 ぐちゃり、ぐちゃり、と凌辱するように化け物の歯に噛みちぎられていく姉様。

 

 世界に再びノイズが走る。

 

 意識が混濁する。胸の奥がかき混ぜられる。記憶が乱入する。視界が色を失う。触覚に不快さが伝わる。身体の中が何かに引っ張られる。

 

 

「嗚呼、俺はこの感覚をーーーーー」

 

 

 ばくり。

 

 

 

 

 

 

 『   』

 

   ジッ

 

 『  █』

 

   ジジッ

 

 『 ██』

 

   ジジジッ

 

 『███』

 

   ジ……

 

 

 

 

 

「姉様も、妹も、父様も、母様も、ここにいる人たちも、みんな俺が守ってみせる」

 

「ふふ、いつのまにか随分かっこいい事を言うようになったんですね」

 

「何を? 俺はもともとかっこいい男だよ」

 

「あらあら」

 

 くすくすと笑いながら二人で空を見上げる。

 

「今日の星空はとても綺麗ですね」

 

 また同じことを言っている。なんとなく呆れてしまってーーーーー世界にノイズが走る

 

 未知が既知に塗り替えられる。デジャヴが襲ってくる。

 

「さっきも、同じこと言って、なかったか?」

 

「そうでしたか?」

 

「そう、だよ。この会話、さっきもしたよな」

 

 姉様が怪訝な顔をするが、俺のデジャヴは止まらない。知っている。この感覚を覚えている。俺はさっきもこの会話を確かに姉様とかわした。

 

「気のせいじゃない? あ、もしかして地震の時の話のこと?」

 

「違う。勘違いなんかじゃ、ない。だって俺たちは一緒に空を見上げて話したはずなんだ」

 

「そうだったでしょうか?」

 

 姉様の肩を掴んで揺するが眉を寄せる姉様の理解は得られない。

 

 クソ、なんで俺はこの感覚を知っているんだ。

 

 これは、気のせいなのか? 

 

 なら、なんでこんなにも、俺の胸はざわついているんだ?

 

 そうして、俺は空を見上げて、目の前に大口を開けている白い化け物を見た。

 

「あ」

 

「ねえさーーー」

 

 何か行動を起こすよりも早く、がちん、と口の閉じられるくぐもった音が聞こえた。

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

「姉様も、妹も、父様も、母様も、ここにいる人たちも、みんな俺が守ってみせる」

 

「ふふ、いつのまにか随分かっこいい事を言うようになったんですね」

 

「何を? 俺はもともとかっこいい男だよ」

 

「あらあら」

 

 くすくすと姉様がわらーーーーー世界にノイズが走る

 

 未知が既知に塗り替えられる。

 

「っ、はあっ、はあっ、はあっ」

 

「どうしたんですか?!」

 

 話している最中に息を荒げて顔を覆う俺を姉様が心配そうに覗き込む。

 

「姉、様」

 

「はい……」

 

 知っている。話したことがある。見たことがある。聞いたことがある。感じたことがある。

 

 既知感がする。

 

「父様のところへ行こーーー」

 

 ばくり。

 

 

 

 『███』

 

 

 

 既知感がする。

 

「姉様、俺は」

 

 早くなにかを伝えなくてはいけな

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

 既知感がする。

 

 訳がわからないが、この空を見上げ続けていてはいけないような気がする。

 

 急に襲ってきた吐き気を堪えて、姉様の肩に手をかける。

 

「大丈夫ですか? 随分顔色が悪いですが……」

 

「姉様、父様たちのところへ行こう」

 

「え? どうしてですか?」

 

「ざわざわするんだろ? その事についてもっとちゃんと話しあった方がいい気がするんだ」

 

 理由はわからないけど。なんとなくそんな気がする。

 

 姉様はほんの少し悩むそぶりを見せていたが、やがて表情を引き締めると強く頷いた。俺は姉様の手を取ると慎重に屋根を歩いて下に降りようとして、()()()()()()()()

 

「姉様!」

 

「え?」

 

 腕を引いてパジャマ姿の姉様を胸に抱くと思い切って屋根を飛び降りる。社から地面まで大体三メートルギリギリないくらい。このくらいならうまく受け身をとれば死ぬ事はない。

 ぎゅっと強く姉様を抱きしめて、地面を転がったところで、化け物が社の屋根に突き刺さった。一瞬でひしゃげた木枠が砕けて、無数の木っ端が俺たちに当たる。

 

「う、くっ……」

 

 少し大きな破片が俺の額を掠めたせいで皮膚が切れて血が流れた。痛いがこんなの痛いだけ。それになんの意味もない。ダメージにもなりはしない。

 

 荒っぽく額を拭うと姉様と立ち上がろうとして、背中から凄まじい音が響いた。顔を背けると砕けたせいで屋根が崩れて俺たちの方へと滑ってきていた。

 

 やばい、急いで避けなければ死ぬ。

 

「ーーーかひっ」

 

 ばつん、と胸元辺りを断ち切られた。凄まじいまでの質量を孕んだそれは刃なきギロチンへと変わり俺の体をぶった切ったのだ。

 

「ーーー」

 

 声が出ない。息ができない。こんな感覚、今までに感じた事などない。

 

 世界にノイズが走る

 

 嗚呼思い出した。俺はこれを()()()()()()()。体験はした事ないが、俺は思い出すことができる。

 

 肺を真っ二つにされたせいで呼吸が成り立たない気色悪い感覚の中で必死に姉様の方へと手を伸ばそうとして、何かが転がってくる。

 

 色を失いゆく視界の中で必死に目を凝らして、姉様の首が転がっていた。

 

 ああクソ、この光景を()()()()()

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

 

 空を見上げていると動悸が止まらない。

 

 知っている。

 

 この空は見たことがある。

 

 覚えている。

 

 この会話を前にもした事がある。

 

 思い出せる。

 

 息をすることにすらデジャヴを覚える。

 

 ガンガンと頭が痛み始め、酸っぱいものが喉元を駆け上がってくる。

 

「姉様降りるよ」

 

「い、いきなり何をっ?」

 

 理由はわからないが、なんとなく姉様の手を引いて屋根を降りる。登るときは四苦八苦したものだが、降りるときには随分とスムーズに降りる事ができた。

 

 おかしいな、この前は降りるのも結構苦労したんだけど、まあどうでもいいか。

 

「姉様、早く降りて」

 

「そんな言われてもあなたみたいに降りれませんよ。お猿さんじゃないんですから」

 

「俺だってお猿さんじゃないよ」

 

 下を見つめて震える姉様に溜息をつく。なんとなくわかっていたことだけど、やはり姉様は社の屋根から一人で降りるのは難しいみたいだ。

 

 ん? なんで姉様が一人で降りられないって思ったんだ? 姉様は自分で登ってきたんだぞ。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもないよ。降りれないなら俺が受け止めるから、そこから飛んでくれればいいよ」

 

「飛ぶって、どこに?」

 

「俺の手の中」

 

 ほら、と腕を広げてみせる。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「問題ないよ。失敗する気しないし」

 

「随分と自信満々なんですね……」

 

 ああ、だって何回もやったし。いや待て、何回も? これはいつの話だ? 

 

 これもデジャヴなのだろうか。思わず首を傾げそうになるが、それよりも早く姉様が屋根から飛び降りた。

 

「えいやっ」

 

 目を固く瞑って飛んだ姉様の体を横抱きにすふように受け止めた。ずしり、とそこそこの重さが腕に伝わったが身のこなしで力をうまく逃して受け止めてみせる。

 

「うお、重っ」

 

「ちょ、ちょっと! 女の子に重いは禁句でしょう!」

 

「ごめんごめん羽のように軽いよ」

 

「それはそれで馬鹿にされてる感じがします!」

 

 なんだよ気難しい人だな。

 

 ぶつぶついってる姉様を気にすることなく、社の隣の家に走る。いつもならここに父様がいるはずだ。早く父様にあって話を…………何の話をするんだ?

 

「あれ、兄様? それに姉様も」

 

 家に入ると目をこすりながらトイレに向かっている妹と鉢合わせた。腕の中にはこの前の誕生日で送った大きな亀のぬいぐるみが抱えられている。

 

「父様を知らないか? 兄様たちはすぐ会わなくちゃいけないんだ」

 

「ふにゃ、わたくし、今まで寝てたのでわからないです」

 

「そうか、ならいい。ここは危ないから巫女さんたちのところへ行くんだ」

 

「あぶない?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ねえ、何が危ないんですか?」

 

 妹と話していると横合いから姉様が口を挟んできた。

 

 何がって、そんなこと今更言わせるなよ。そんなの、あれ、一体何があぶなーーー世界にノイズが走る

 

 デジャヴが、きた。

 

「屋根がっ」

 

 なんだこれ何が降ってきた何が起こってるんだいやそんなことよりも早く妹と姉様をこっちに引き寄せてみんなで逃げて父さ

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 デジャヴ。

 

 姉様と空を見てたら唐突に、この現実に吐き気を催すような怒りを覚えた。

 動悸が早くなる。視界から色が消えていく。思考がぐちゃぐちゃになって、ぼろぼろと端から崩れていくようだ。空を見ているのが嫌だ。体が震える。フラッシュバックが襲ってくる。走馬灯じみた記憶の洪水。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

「あ「ああ「あああ「ああああ「あああああっ!」

 

「ーーー! ーーー!」

 

 何かが叫んでいる隣で、ぶちん、と頭の中で大切なものが切れた。

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

 世界が揺らいだ。

 

「ーーー」

 

 息をのんで、空を見上げると、無数の真っ白い星が降り注いでいた。目視できるだけでおよそ100ぐらいはいるようだった。

 

「もうどうでもいいや」

 

 なんだか急にどうでもよくなって衝動的に屋根から飛び降りた。プールに飛び込むように飛び降りてみたら、身体がひゅーんと落ちていって、地面に首がガツンとぶつかる。

 

 小学の時、飛び込みやってたのが役立ったや。

 

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 既知感がやってきた。

 

 知らないはずなのに知っているという気色悪い感覚。けれど、今はそれが異色なものではなく、むしろ見知った隣人と出会った時のように安堵すら覚えた。

 だがそれに重なるように頭痛と吐き気が襲ってくるが、その感覚もまたよく覚えている。

 

「行こう姉様」

 

「え、ちょま」

 

 姉様を抱きかかえると躊躇うことなく屋根から飛び降りる。着地の瞬間に膝のバネを使って衝撃を逃がすことで殆どタイムロス無く降りることに成功する。初めてやったはずだけど、なんとなく前にもやったことがある気がするが、まあ気のせいか。

 

 姉様を横抱きにしたまま父様の元へとひた走る。

 

 とりあえずは家。そこにいなければ社の中か。そこにもいなければウチの神を祀る祭壇とかそこあたりだろう。そちらの方には俺は行ってはいけない事になっているが緊急事態で文句を言うほど父様も頭は固くないはずだ。

 

 そうして玄関の扉に手をかけようとして、世界にノイズが走る。それは既知感。ここに来てはいけないという、無意識からくる確信。

 

「姉様こっちだ」

 

「どこに行く気なんですか!」

 

「父様のとこだ」

 

「なんでいきなりそんなところに」

 

 なんでって、変な事を聞くんだな。そんなものさっき話しただろう?

 

「そんなの知りませんよ! いきなり姉さんを抱っこなんてして! コアラさんじゃないんですよ!」

 

 は? ああ、ああ、ああ、ああ。

 

 そうだ、そうか、そうだったな。

 

 俺はまだ姉様に訳を話していないのか。なんだか、この景色を何回も繰り返しているような気がして、そこらへんの感覚が鈍くなってたよ。

 

 あれ、なんで、話してなかったんだっけ。まあいいか、そんなこと。

 

「姉様の感じた異常を伝えなきゃ。凄く嫌な予感がするんだろ?」

 

「それはそうですが……凄く顔色が悪いです。大丈夫ですか?」

 

 姉様が心配そうに覗きこんでくるが、短く大丈夫だと返答して社へ向かう。だが、その中には父様はいなかった。

 

 なら祭壇か。

 

 姉様に声をかけてまた走り出そうとして、デジャヴが起こる。ここにいてはいけないという確信が俺を襲い、考えるよりも早く、体が動いた。

 

 遮二無二前へと飛んで身を伏せた、そして瞬きほどのラグの後に、家の方で凄まじい音が響いて、目の前が真っ赤に染まった。

 

「があああっ!」

 

 肌を撫でる熱気に炙られて鋭い痛みが襲ってくるが頭痛や吐き気と共に押し込めると身を起こす。

 

 そして、台所のあったあたりに突っ込んでいる真っ白の怪物と、燃え盛る我が家を見た。中から誰かの絶叫が聞こえる。

 

「あ……」

 

 よく聞いた事のある声だった。俺より高くて、どこか舌足らずな、そんな大切な人だった子の、命を賭した断末魔の叫び。

 

 聞いたことがあるはずがない。自分の妹が焼かれながら死ぬ時の声など。

 

「なんで、聞いたことあるんだよ、俺は……!」

 

 けれど、()()()()()()()()()()

 

 嫌だ。聞きたくもない。見ていたくもない。

 

 けど、なんで俺はこの景色に安堵すら覚えているのか、それがまるで理解できない。

 

「姉様、早く父様のところへーーー姉様?」

 

 いつのまにか俺の側に姉様がいない。

 

 もしかしてさっきの爆発の時に吹き飛ばされたのか。なら早く探して、そして祭壇の方に行かなくては。

 俺や姉様ではわからないことも父様ならきっとわかる。なんとかしてくれる。その為の方策があるはずだ。

 

 そう思って、辺りを見渡してみるが、やはり姉様はいない。

 

「なんだ、これ」

 

 そんな俺の頭に何かが滴った。ぴちょん、と社の屋根の下にいるはずなのに、まるで雨のように何かの水滴が落ちてきたのだ。

 

 思わず顔をしかめて頭に手を伸ばして、ねとりとした感覚を感じ取った。

 

 嫌な予感がする。吐き気がやってくる。デジャヴが、既知感が襲ってくる。

 

 目の前に手を持ってきてみると、真っ赤な粘着質な液体が付いているのが見えた。

 

「け、ほ……」

 

 それと同時に上から小さな声が降ってきて、全てを理解、否、()()()()()()()()()()。どこかで、こんなことが以前もあったような気がする。

 

「姉、様…………」

 

 恐る恐る上を向くと、頭上の突き出た木の枠組みに胸を貫かれて、百舌の餌の如く磔にされている姉様がいた。口からは血泡がぽこぽこと吹き出ていて、その目からは既に光が失われている。

 

「また、姉様が……また? またって、何だ」

 

 デジャヴ。既知感。知らないのに知っている。体験したことないのに思い出せる。

 

 これは、何なんだ。

 

「クソッ!」

 

 考えても答えは出ない。そんな事よりも、今は家の方で動き始めている星屑から逃げなくては。それに、もうすぐ空からも星屑が無数に降ってくるんだ。今の俺に悩んでいる暇はない。

 

 例え、姉様がいなくても、父様のところに行かなくては。

 

 姉様の死体を磔にしたまま、妹の絶叫を聴きながら、父様のいる所へとひたすらに疾走する。

 山道の中の長い長い、ひたすらに長い階段を一度も休む事なく駆け抜けていく。心臓が喧しいほどに脈を打ち、はち切れそうだが、そんなことに構うことなく階段を登って、鳥居が見えた。

 

 ウチの、祭壇。

 

 姉様や父様、母様達がよく行く、神を祀る厳かな場所。

 

 そして、その奥に白い装束の父様か静かに座していた。

 

 ああ、ようやくだ。

 

 父様きいてくれ姉様が『星屑』とか言った変なかいぶ

 

 ぼこり、と身体が脈打つと内から弾けた。

 

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 きちかんをおぼえる。

 

 めのまえで、からだをかじられたしたいがある。

 

 ぐらり、とたおれこんだそれをうけとめる。

 

 ぴゅーぴゅーぴゅーぴゅーふきだすちは、なんだかへんにげんそうてき。

 

「ほしくず」

 

 ばくり。

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

「今日は星空がとても綺麗ですね」

 

「そうだーーーーーあああああああああああっ!」

 

「っ!? どうしたんですか?!」

 

 世界にノイズが走る

 

 未知が既知に塗り替えられる。

 

 頭が割れるように痛み、体のあちこちが急に軋み始めて、そして心の奥から悲鳴が聞こえ始める。

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

「どうしたんですか! 私の、話を……」

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

「ちょ、わた」

 

「死にたくない殺されたくない痛いのは嫌だ血が嫌いだ死にたくない死んでほしくない殺されたくない殺されてほしくない死にたくないやだやだやだやだやだ」

 

「わた」

 

「もう、いやだ」

 

 目の前に、死の足音が迫っていた。

 

 そうして、()()()()()()()、俺たちへと死が訪れる。

 

「避けて!」

 

「え?」

 

 事はなく、姉様に背中を押された。無防備な時に、諦めていた時に、貰ったその腕は俺の体を揺らがせてごろりと転ばせてみせる。

 

「け、ほ……」

 

 目の前で、姉様の体が真っ白の化け物に齧られた。けれど、それは全く覚えのない姉様の姿。

 

 姉様が、俺を庇って左半身を丸ごと噛み付かれて咀嚼されていた。

 

「あ」

 

 理解した瞬間、体が動いた。

 

「ふざけんなァァァァッ!」

 

 武術なんて知らない。ただ、全力で地面を蹴って、そして鉄の意志を握りしめた拳を満身の力で振るって、真っ白の星屑の胴体を殴り抜いた。

 

 間違いなく渾身。もう一度同じ威力の攻撃をしろと言われてもきっとできない。大の大人でも間違いなく怯むレベル。

 

 けれど、星屑は全く応えた様子がなかった。

 

「く、そぉっ! 姉様を離せぇ!」

 

 ヤケクソのように蹴りを、反対の拳を、果てには掴みかかってみるが、星屑はまるでものともしない。

 

 同じ次元に存在していると思えない。

 

 言うなれば、宇宙を殴って倒そうとしているような、そんな有り得ざる感触。

 

「ーーあ」

 

 目の前で、ふらふらと姉様が手を伸ばしてきた。

 白い肌に黒髪がよく似合う姉様は、顔を自身の返り血に染めながらも、儚げに微笑んで、俺の頰へと触れた。

 

 口が動いて音を出そうとしているが、か細いヒューヒューという息しか出てこない。けれど、姉様は懸命に口を動かして、今際の際の言葉を、俺へとかけた。

 

 

 い  き  て

 

 

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 満点の星空の下で、デジャヴが襲ってくる。

 

 守らなければ、と思う。それがどこから出でたモノなのかは俺にはわからないけれど、胸の奥に燃える炎がある。尽きぬ叫びがある。

 なればこそ、守らなければならないのだろう。

 

 空を見上げると無数の星屑が降ってきていた。

 

「知ってるよ、この景色は」

 

 だって、きっと俺はこれを何度もーーー。

 

「姉様、行こう」

 

「え、ちょっと」

 

「父様のところだ。父様なら、星屑の事を知ってるはずだ」

 

 俺が見つめると、姉様ははっとした表情をして力強く頷いた。

 

「行きましょう。私が、私たちがやらなければならないことがあります」

 

 そうだ。姉様に巫女の使命があるように、俺にも、命を賭して『人』を守る使命がある。

 

 

 何度折れても、何度やめそうになっても、きっと、その為のこの既知感はあるはずだから。

 

 

 だから、足掻け。

 

 

 

 

 『███』

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 姉様を背負って、妹を肩に担いで祭壇の道を駆け上っていく。

 意識のない人間二人を背負うのはなかなかの重労働で、体力をごりごりと削っていくが、なんとなく体の動かし方がわかったので、なんとか天辺まで登り切れた。

 

 赤い鳥居。そして、その向こうに静かに座す父様がいる。

 

「父様……」

 

 ようやくだ。いや一時間前に一緒に食事をしたばかりだから久しぶり、という感じでもないが、とにかく、ようやく父様に会えたような気がしていた。

 

 肩で息をしながら鳥居の中に足を踏みいれようとしてーーー世界にノイズが走る

 

 未知が既知に塗り替えられて、このまま前に進んだらいけないという確信へと変わり、思わず飛び退いた。

 

「来たか」

 

 俺の様子に気づいたのか父様が祈るように目を閉じたまま声をかけてくる。

 

「そこから先はお前は足を踏み入れない事だ。命が惜しくないのならな」

 

「……わかった」

 

「そこにいるのは、姉と妹か」

 

「ああ、そうだよ。姉様と、俺の妹だ」

 

「まだ生きているのか」

 

「生きてる。当たり前だ」

 

「……その割には、血が止まっていないようだが」

 

「っ」

 

 二人を背負った背中から腕にかけて、生暖かい液体が伝って流れていって、地面に滴って跳ねた。

 

「死なないよ。俺が死なせない」

 

 デジャヴがある。まだ、こんなとこじゃこの二人は死なない。そういう確信が、何故か知らないけど俺にはある。

 

 それに、父様が稀代の巫女である姉様と、家を継ぐべき妹をここで死なせるはずがない。

 

 俺の言葉に、父様の目がすっと細くなる。

 

「その目、()()()()()()()()

 

「何、って、父様が……」

 

「そんな事を聞いているのではない。なんだ、()()()()()()()()()?」

 

「ーーーッ?!」

 

「図星か」

 

 父様が、息を呑んだ俺を見て、はあとため息をひとつ零した。

 

「そうか、兄が言っていたのは()()()()()()()。通りで、ああいうことができるわけだ」

 

「何を」

 

「ならば何を起点に、ああ、名前か。古事記のあの逸話も、なるほどそれらしい。

 だからこそ、長兄に名を継がせろと言われているのか。一族、いや、生まれの段階で()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 嗚呼、度し難いな、私達は」

 

「何の話を、してるんだ、父様」

 

「別に、ただ『運命』の話をしているんだ、息子よ」

 

 父様がゆっくりと立ち上がりこちらへと歩いてくる。

 

「命を運ぶと書いて『運命』。時にはそれに定めとルビを振るものもいるか。

 かくあるべし生まれついての枠にはめられ、そうして死ねと言われた憐れな存在」

 

 父様が俺を見据える。感情を宿さず、けれどどこか悲しげな瞳で。

 

「先ほど、我らが神から神託が降った。

 曰く、世界は既に滅ぶ運命にあるのだそうだ」

 

「ーーーは?」

 

「理解できなかったか?

 西暦2015年七月三十日を以って、人類の未来は消失したのだそうだ」

 

 何を、言っている?

 

「故に我らの役目も終わり、そして、もうじき我らの神も『根之堅洲国』に赴くのだそうだ」

 

「根之堅洲国……」

 

「そこで、勇ある者を集い、人類最後の反撃を試みるのだそうだ。

 日の本の八百万の神、その全てを集め、勇ある者らを援護し、外敵ーーー天の神と戦う、と」

 

 天の神。それが、あの星屑の正体なのか。

 

 あれが、神?

 

「嘘、だ」

 

「嘘ではない。我らが神は虚言を持たない」

 

「でも、そんなのーーー」

 

「納得できる筈ない、か」

 

 俺の言葉を父様が引き継いだ。

 

「っ、そうだよ! そんなの、そんなの納得できるわけがない!

 まだ、姉様も妹もやりたいことがあったんだ! 生きていい権利があるはずだろう!

 あんな、あんな化け物なんかに殺されていいはずがない!

 根之堅洲国? 笑わせるんじゃねえよ! 俺たちの世界を捨てることなんて、納得できるはずがないだろう!」

 

「……やはり、お前に託されているのだろうな」

 

「え?」

 

 父様が星屑が降り注いでいる空を見上げて、ふ、と薄く、自虐的に笑んだ。

 

「なあ、一つ聞きたいことがある。

 お前は、自分が世界を救えると言われたならば、そのために命をかけられるか?」

 

「それは、どういう……?」

 

「深い意味はない。考えずに、心に従って答えろ」

 

 父様の言葉に少しだけ悩んでーーーデジャヴが起こる。思い出せる。俺は、この時に何をしたのか、何をすべきだったのかを、既知のものとして、自分のものにできる。

 

 目を閉じると、背中越しに姉様と妹の熱を感じる。

 

「かけられる。俺は、人を守る為に生きている」

 

 迷いはない。なぜなら()()()()()()()()()()()。父様の言葉を借りるなら、『運命』だから、迷う事はない。

 

「そうか、安心したよ」

 

 ほう、と父様が息をついて、俺の頰に手を触れ、柔らかく笑みを浮かべた。

 

「お前は俺の自慢の息子だよ」

 

 

 世界にノイズが走る。

 

 

 俺の体の理が書き換わる。

 

「あ、が……?」

 

 立っていられない。

 

 何だこれは? 何が起きている? 父様は俺に何をした?

 

「████、お前は俺たちの、否、人類の希望であれ。それが神の願いであり、お前に託された使命だ」

 

 ぐわん、と視界が揺れる。

 

 じわり、と背中に感じていた二人の熱が遠くなる。

 

 きいん、と耳鳴りが聞こえる。

 

 ぞぶり、と意識が何かに沈められていく。

 

「四国へ赴け、████。そこが根之堅洲国、日の本の八百万の神々が集まり神樹と変わった、人類を救う為の揺り籠」

 

 とうさま、なに、を。

 

「願わくば、()()()()、████」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

「ここは、どこだ?」

 

 冷たい石畳の感触を頰に感じて、目を開いて立ち上がる。

 すると、目の前には赤い鳥居と、芽吹いたばかりのような無数の若葉が広がっていた。

 そして、その全てが真っ赤な物で染まっていて、紅葉したかのようだった。

 

「これ、は……?」

 

 惹かれるようにふらふらと足を進めようとしてーーーーーデジャヴが襲ってきた。

 

「ここは、駄目だ」

 

 何故かはわからないが、俺はここで()()()()()()()()()()ような気がする。

 言うなれば本能で、今の俺は自身の危機を察知している。

 

 ずり、と後ずさりそうになってーーーデジャヴが襲ってきた。

 

「ーーーっ!」

 

 反射的に飛び退いた瞬間、背後からやってきていた星屑の顎が目の前で閉じられる。頰に汗が流れ、背筋が冷えた。

 

 姉様は、妹は、父様は、どこだ。

 

 早くここから逃げなきゃ。じゃないとまた姉様たちが死ぬ。もうなんども繰り返してきたのに。

 

 デジャヴ。

 

 星屑が口を開けてーーーーー中にすり潰された何かの肉が見えた。

 

 おい、何だよそれは。

 

 何の肉だよ。

 

 なんで、なんで、姉様の服が見えてんだよ。

 

 世界にノイズがーーー()()()()

 

 感じるのは唯の既知感。それ以上でも以下でもなく、吐き気を催すような知っている感覚と、目の前の事実に納得する自分の心の動き。

 

 嗚呼、そういうことかよ。

 

 ()()()()()()()、お前が殺したんだな。

 

 姉様も、妹も、父様も、俺が守るって約束した人は、全部お前たちが殺したんだな。

 

 そうか、そうか、そうか。

 

 

 

 なら、俺もお前を殺す。

 

 

 

 

 白い怪物が、否、『星屑』が口を開けて突進してくる。

 

デジャヴ。この攻撃を知っている。

 

 ひょい、と身を捻ってかわしてみせると、鋼の殺意を以って手を、姉様とつないでいた手を、拳という凶器へ変える。

 

デジャヴ。この光景を見たことがある。

 

 だん、と強く地面を踏み込んで、体の各部を通して勢いを殺さずに拳の先まで余す事なく伝える。

 

デジャヴ。この技術は行使したことがある。

 

 全ては既知。今の俺に未知はない。故に、この拳は必殺だ。

 

デジャヴ。この敵とは戦ったことがある。

 

 だから、殺せる。

 

デジャヴ。この敵は殺した事がある。

 

「ーーー消えろ」

 

 ズ、と星屑の脇に拳が炸裂し、体の内部を貫通した。

 

「汚ねえ」

 

 動きを止めた星屑から手を引き抜いて乱雑に払うと、びちゃりと何かよくわからない液体と、赤いものがとんでいった。

 

「拳で殴るのはめんどくさいな。何か斬るものが欲しいな」

 

 ぼんやりと階段を降りて行く。

 

「……剣、は無理だから、まあ包丁とかでいいか」

 

 長い、長い、ひたすらに長い階段を下りると、軽く肩を回した。

 そして眼前に広がる星屑(まっしろ)の空を見て、やはり俺はデジャヴを覚えた。

 

 取り敢えず、目の前の星屑を殴ってみた。すると、やっぱりさっきみたいに星屑を一瞬で殺すことができた。

 うん、やっぱこいつと戦ったことあるな。

 

 お、包丁、この辺りにある気がしてたんだよ。

 

 振ってみても、うん、使ったことあるなこれ。やってみなきゃわからないけど、やってみたらわかる。それが既知感ってもんだからな。

 

 一体、跳躍と落下の勢いに任せて、流れるように星屑を切り裂いた。

 

 十体、みなくても感覚だけで星屑がやって来る感じを思い出せるようになった。

 

 五十体、包丁が折れても木の枝で星屑を刺し殺す感覚が蘇ってきた。

 

 百体、そういえばこいつら食べられるんだったな。食い物少ないんだ食べて栄養にしとこう。ばくり、不味いな。でも食える。

 

 二百体、そろそろ近くの人がいなくなり始めた。おかしいな、少し前まではたくさん人はいたと思うのに。

 

 三百体、いや別におかしくねえな。俺のいる場所は山奥だったから、町に降りる頃には付近の人はほとんど死んでるんだったな。()()()()()

 

 四百体、最近街中に星屑が見えなくなってる。どうしてだろうか。俺が殺しすぎたのか。ああ、いや違うな。別のところに行ってるんだっけ。誰かがそう教えてくれたような……あれ、これなんの記憶だっけ。んー、まあどうでもいいか。

 

 五百体目を殺す頃、目の前で人間同士が殺しあってるのを偶然見つけた。どうやら食料を奪い合ってるらしかった。

 急いで駆け寄って止めようとしたが、突然横合いからやってきた星屑にまとめて食われてしまった。

 

 地獄みたいな光景だ。

 

 人が人と争って、殺して。そして、どこからともなく湧いてきた星屑に食べられておしまい。

 

 こんなの、今まで生きていた世界と同じとは思えない。現代の、しかも日本で、人間同士が殺しあうとは。

 

 信じられないが、驚くことはなかった。

 

 嗚呼、やっぱり、俺はこれを覚えてる。

 

 デジャヴ。俺は前にもこの地獄を訪れた。

 

「四国、四国、四国だよな」

 

 どこが四国につながる道かはわからないけど、まあ歩けば着くだろう。それに、この未知は歩いたことがあるから、多分間違っていない。

 

 世界を、人を、救う。

 

 何をすればいいかはわからないが、きっと星屑を殺してればいつか道が拓けるはずだ。

 

 それが、俺の役目なんだろう、なあ、父様、姉様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (こおり)千景(ちかげ)は勇者である。

 

 流れる艶やかな黒髪。日に焼けていない白い肌。楚々とした陰のある雰囲気もあいまり、和美人といった容姿を持つ少女。

 

 天の神の尖兵『バーテックス』の侵略から四国を守るための力を持つ五人の『勇者』の一人。

 

 それが郡千景。

 

 そんな彼女は、今日勇者の仲間たちと四国と本州とを繋ぐ橋を守っていた。

 

 ある日、日本の神の集合体である『神樹』から神託が降った。

 

 曰く、『世界を変えうる存在が来る。勇者を以て迎え入れろ』と、要約するとそういう感じの大まかな指示だった。

 訳はわからないが、神である神樹に嘘はなく、きっと間違いもない。

 そのため、四国と本州をつなぐ橋、『本州四国連絡橋』の三つの橋に勇者が一人ずつ派遣された。

 

 時期は2017年。未だ四国にバーテックス『星屑』の襲来は起こっていないが、それでも何が起こるかはわからないため、二人の勇者は本拠地で待機することになった。

 

「何も……ないわね……」

 

 千景は橋の上で体操座り。神の武器である大葉刈を脇に置いて、あらかじめ以ってきておいた携帯ゲームをぽちぽちと弄り始める。

 もともとインドア気質の千景(ぼっちかげ)はこうした隙間時間を適当に潰す方法に困ってはいなかった。

 

「高嶋さん……一緒に入れたら良かったのだけど……」

 

 ぴこぴことゲームを弄っていると思い出すのは千景の数少ない……いや、唯一と言ってもいい友達の笑顔。

 一人が長かった千景にとって今の時間は別に苦痛ではないが、彼女がいなければさみしいことは寂しかった。

 

「ん……あれは……?」

 

 ふと、千景の目に小さな影が映った。最初は見間違えかと思ったが、目を凝らせば次第にその影は此方へと近づいてくるのが見えた。

 

「ーーーっ」

 

 千景の体がびくりと震える。

 

『星屑』かと思ったのだ。四国の中は結界で守られているためバーテックスである星屑はいないが、四国の外は違う。今でも星屑が無数におり、人を殺すために徘徊しているのだという。

 ごくり、と千景の喉が鳴って身の丈ほどもある大鎌に手が伸びるが、その心配は杞憂に終わった。

 

 近づいている影が()()()()()()()()()からだ。

 

「まさか……外から、人が……」

 

 千景が鎌を片手に橋の上を駆ける。そして今にも倒れそうな人影の元に走った。

 

(ーーー男の、人……)

 

 黒髪に、ボロボロの服。肌は薄汚れていて、いかにもみすぼらしい。視点はふわふわと彷徨っていて、目の前の千景を捉えているかも怪しい。

 

「あの、大丈夫……ですか……?」

 

 とりあえず、来訪者に千景が声をかけた瞬間、『彼』は崩れ落ちた。

 

 え、と声を漏らした千景が思わず彼を受け止めた。

 

「あ、あの……」

 

「やっと、会えた……、君たちに」

 

「え?」

 

 ほろり、と彼からの声が聞こえた。初めて聞いたはずなのに、どこか心が安らぐようなそんな声だった。

 

「あの……貴方は……」

 

「俺、俺は…………」

 

 躊躇いがちな千景の問いかけに、彼は気力を絞り出して、答えた。

 

 

 

 

紫苑(しおん)三輪紫苑(みわしおん)

 

 

 

 

 此れは、どこかであった、少年と少女達の『終わりかけた世界』の物語。

 

 それに、満開と、散花と、愛と、友情、そして、勇気を加えた、それだけのお話。

 

 

 

 

 

 

 『███』

 

   ジッ

 

 『██目』

 

   ジジッ

 

 『█周目』

 

   ジジジッ

 

 『()()()

 

   ジ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
死ぬ要素しかない終末世界を死に戻り(のような何か)の力で救ってみようという試み。

この物語は間違いなくハッピーエンドで終わります。



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