第1話
ずいぶんと懐かしいセリフを囁く少年の声が聞こえたんだ。
『──ねぇ、不思議なところに行ってみたくない?』って。
目を開けると、見たこともない場所にいた。
いや、見たこともないというのは若干語弊がある。
既視感と懐かしさがないまぜになった眼前。
天使や悪魔のような不思議な翼と尻尾と天輪を持つ人たち。
天使のようなのがタイタニア種族で、悪魔のようなのがドミニオン種族。昔のゲームのキャラクター設定を思い出して、懐かしくて目が潤む。潤む視界を誤魔化すように、空に向かってため息をついた。すると、視界に大きな
知らない人が多く歩く中、天を衝いたひときわ目立つ大きな青い柱。
画面の向こうで何度も見たそれは、ここがどこかを明確に教えてくれる。
恐る恐る、青い柱とは真逆を振り返ると、新緑たなびく大平原。
「すごく、きれいだ……」
……今のは、自分の声か?
まるで声変わり前の子供のよう。
もう一度、声を出すと先ほど聞こえた高い声。
手を見てみると、幼いと言っていいくらいに若返っている。
青地の簡素な服に身を包んでいる。
もしかして、俺は青春時代を捧げ、社会人になってからも常々癒されていたあのゲームに。もう、終わってしまったあの世界に来てしまったのかもしれない。
……なんてな。明晰夢って奴だろう。
「まぁ夢なら夢で楽しめるか」
はて、夢でこんなに鮮明に思考することが出来ただろうか? そんな疑問も思い浮かぶが、夢としか言いようがないわけだし、とりあえず歩を進めてみよう。最初はゆっくりと、徐々に駆け足になって、最近忘れていたワクワクが胸の中で暴れ始めた。
居ても立っても居られず、情報を集め始める。
うろ覚えの知識を総動員して、酒屋さんに辿り着いてお試しで受けさせてくれたクエストを受注し、簡単な運搬系をさせてもらう。いわゆるお使いクエストを済ませ、少しだけ小金を稼いだ。受け取ったお金は見たことのないゴールドという貨幣。
試しに出てみた平原には、
好奇心で蝶々を追いかけているプルルにつんつんと指で触ってみる。すると、こちらに興味を示したプルルが突撃してきて……うわ、攻撃された!?
「いてて……」
プルルにぺちぺちと叩かれた痛みが、これは夢ではないと暗示しているようだった。
なんとかぺちぺち殴り返し、みゅーんというヤラレ声とともにプルルがシュンと消える。消えた場所には、やはりというか『ゼリコ』と呼ばれるゼリーのような謎物質が落ちていた。これがプルルの代表的なドロップアイテム。
「……本当にアイテムをドロップするんだ!」
ゼリコのアイテムテキストに食べられるらしいというのがあった事を思い出し、恐る恐る口に含んでみる。無味無臭で触感はゼリーという、何とも言えない味に首をかしげてしまう。
随分と、ゼリコっておいしくないんだなぁ。
「プッ、ふふ…、ハハハッ!」
すごいなぁ!
まるで現実みたいだ!!
食べ終わった後、クククッと笑みがこぼれ出てしまった。
すごいなともう一度思ってしまうほどに、胸がドキドキしていた。
夢というにはリアルすぎて、現実というには随分とファンタジー。
パンッと両手で頬を張ってみた。
うん、とっても痛い。
それでも、夢と言ってしまえば、一言で片づけられる。
「………夢と思って適当に過ごすのはもったいないな」
──カチリ。
何か音がした気がした。
俺は本当に来てしまったみたいだ。
あの大好きだった世界に。
ここは終わってしまったMMORPGの世界。
『エミルクロニクルオンライン』の世界だ。
そう確信した。とてもうれしかった。
興奮して思わずガッツポーズをしてしまうくらいにはうれしかったのだ。
よし、これから大冒険が、はじま……る?
冒、険?
「あ」
はたと思い出した。
──引っかかった疑問から、その言葉を思い出してしまった。
『この世界は、なぜ滅んでいないのか分からないほどボロボロである』
『知らない誰かが、奇跡的に未来をつないでいた世界』
それが、エミルクロニクルオンラインの舞台『アクロニア世界*1』の実情。
長年プレイした俺はそれを知っている。
なにしろ影で世界を続かせるファインプレーをしていたのは自分のキャラクターなのだから。先ほどまで暖かな日差しに感じていた太陽の日差しが、とつぜん薄ら寒く感じる。鳥肌が立って気持ち悪くなった腕をさすりながら、平原からアクロポリスへ向かう。
浮足立っていた気分が、僅かな不安に変わる。
どこでもいいから、落ち着ける場所に行きたかった。
今は、どのくらいの時期なのだろうか。
今日手当たり次第に行動した内容を思い出す。
アップタウンにはまだ許可証がないとは入れなかった。
まだ、なんでもクエストカウンターは存在しない。
タイニーカンパニーも存在しない。
イリスカードの噂すら聞こえてこない。
しいて言えば、ようやくノーザン王国の場所がアクロポリスに伝わったあたり。女王の総べる雪と魔法の国だそうだ。字面だけならミュージカルでも始まりそうだが、当の女王の肉体は氷漬けで封印されているし、王国民の大半は肉体を失って霊体となって潜んで暮らしている。
説明するととんでもなく恐ろしい国だ。なにより、そうなってしまったのは世界の資源が枯渇してきたことを何とかしようとした一種の世界救済の結果なのだから、体の震えが強くなる。
……情報を纏めよう。
今現在がサービス開始のSAGA0~SAGA1の間位だと仮定しよう。
まさに今が、アクロニア世界を巡る冒険の黎明。
これから覚えている限りだが、各地で季節ごとに起こる困りごとを片付けなければならない。有名どころで、逆襲のシナモンはアップタウンに来られると被害が想像もできない。
それはまだいいか。
いや、良くはないがこれに比べればましだ。
通年イベント。
通年イベントとは一年を通して伏線などをはらんだストーリーが設置され、ちょっとずつ謎が解明されていくイベントの事だ。年によっては普通に世界が滅ぶような要素があったりもするイベント。とにかく毎年毎年この世界は危機に陥るのだ。それも数年連続である。光の戦士でもいれば、たった一人で運命力に導かれてながら世界の破滅を救ってくれそうなのに。だけれど、この世界にはただ単に世界の冒険を楽しむ冒険者しかいない。
世界中の誰かとの絆、想いの力を合わせ足りないところをみんなで補って、ようやく世界を守れる。それがこの世界の冒険者の限界だ。
ゲームとしてはとても感動できる展開だった。
当時を振り返って、鮮明に思い出せる心が震える展開。
『最終決戦』
次元という概念事、世界を食らう巨大なクジラ『クトゥルフ』
そのクジラを自分の意のままに操り復讐を誓う黒幕『ハスター』
各年を通して絆を深めた人たちが、主人公の危機に颯爽と参上してくれる。
彼ら彼女らは主軸の世界をめぐるメインストーリーにもかかわっておらず、唐突に事件に巻き込まれる。その事件の中で、主人公が黒幕であるハスターの狡猾な罠に嵌められるのだ。それも随分と悪質で、今まで救ってきた人たちに後ろ指を指されてしまうような怒涛の展開。
だけど。
それでも。
主人公が、世界中から主人公こそは悪なのではと疑われても……!
──それでも彼らは一心に信じてくれて、恩を返してくれたのだ。
『この人は、絶対にそんなことをする人じゃない!』
そう言って世界各地の被害を防ぐために共に行動してくれるのだ。
もちろん、それには通年イベントで彼らと培った絆があるからに他ならない。
雑踏の中を、俯きながら歩く。
「もし、その絆が築けなかったら……?」
ドッドッドッと動悸がうるさい。
時折、なにかにぶつかってしまうが歩くのをやめない。
立ち止まった瞬間、得体のしれない何かに飲み込まれてしまいそうだった。
ツー、と背中に流れる冷や汗が非常に気持ち悪い。
カラカラに乾いた喉が、やけに痛んだ。
なにか、書くものが欲しいな……。
そう思ってようやく周囲を見回す。
目についた露店から、運搬で稼いだ小銭で手帳とペンを購入した。
何やら店主が心配そうに声をかけてきたが、フラフラと歩き去る。
正直、かまってる余裕がなかった。
……では、この世界で何が起こるかを箇条書きでまとめてみよう。そして、問題を放置された場合どうなるかも、単純に理解できるはず。
一つ、守護魔の卵を孵化させねばならない。
・ウルのいたずらで大規模な各地への被害が発生する。
・ウルが半身のルゥを無理やり連れだすことによりルゥの消失。
・ウルゥは存在しなくなり、次期守護神候補を失う。
・二度目の閏年に世界中に次元断層が溢れ世界が滅びる。
・星を守る者イベントの前提条件を失い、世界が不安定になり世界が滅びる。
・最終決戦の味方が減るので、世界各地の被害が増大する。
一つ、1期アルマ達とアミス先生を救わねばならない。
・病魔が進行し、アミス先生が死ぬ*2。
・人類とアルマ*3の理解が進まず悲惨なことになる未来。
・タイニーカンパニーにアルマへの理解ある冒険者が派遣されない。
・質の良い3次職冒険者が極端に現れなくなる可能性。
・上記により、諸々のイベントがスルー、及び崩壊して世界が滅びる。
・なんでもクエストカウンターが発足しないので、ロアイベントで世界各地の被害が甚大。
一つ、ロア、2期アルマ達を救わねばならない。
・世界中でロアによる被害が非常に大きくなる。
・規定路線で済ませないとストーリーを担う主人公がロア化して消滅。
・紙芝居屋アイリス(イリス博士)の力が借りられなくなる。
・イリスと同等の知識を持つアイリス・ロアとの敵対。
・ナコト写本による主人公の強化がなされない、世界が滅びる。
・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって、ラスボスが倒せない。
一つ、各地に眠る御魂たちを救わねばならない。
・アルティは夢を見続ける。
・上記により、御魂も朽ちる。
・アップタウンに巨大な飛空庭が堕ちる。
・神器開放のフラグが立たずに、最終武器が完成しない。
・縁の下の力持ち要素が消えるので、ストーリーが空中分解して既定路線を走れない。
一つ、タイニーカンパニー及び三期アルマを手助けせねばならない。
・次の年に神魔イベントに繋げ切れなければ、最終決戦以前に滅びが確定。
・各地のアルマたちの人間への理解が深まらずに、種族間の溝が広がる。
・種族間の軋轢による不安は、星を守る者の想いの暴走を早める。
一つ、神魔、4期アルマを導かねばならない。
・各地に次元断層からあふれた精神体が人間に憑依し、暴走及び破壊行動をする。
・神魔の人類に対しての気持ちが軽いので、下手をすると敵対化。
・上記を何とかしない場合、次元断層により世界中はズタズタになる。
・次元断層が開きすぎ、世界の座標がクジラ(クトゥルフ)に見つかる。
・次元という概念ごと食い物にするクジラに全てを食い尽くされ、世界が滅びる。
一つ、星を守る者、各地の守護魔を助けねばならない。
・想いの力の増大により、世界が不安定になり、妄想と不安による化け物が現れ始める。
・大を救うために小を切り捨てる人に、最終決戦の味方を切り捨てられる。
・世界樹の制御に失敗し、主人公は死ぬし、ついでに世界もゆるゆると滅びる。
・ウルゥは守護神になるきっかけを得られず、星の中心でオリジンは眠ったまま。
そして、とどめに三世界をめぐる大規模な冒険。
メインスト―リー(ドミニオン世界)
・ドミニオン世界で攻防戦に参加せねばドミニオン種族は滅びる。
・心無いDEMの増大。マザーが敵対したままになる。
・びっくりスキンク大作戦……もとい『戦歌の大地』作戦の失敗。
・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって詰む。
メインストーリー(タイタニア世界)
・タイタニアドラゴンとの面会。
・守護竜の中での過労死枠と繋がれないと行動の指針が貰えない。
・ティタの蘇生及び最終決戦への道しるべがすべて消える。
・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって、ラスボスが倒せない。
メインストーリー(エミル世界)
・エミルドラゴンが力を消耗し、衰弱して消滅。
・最悪、ゲームでの世界を救ったパーティが消える。
・各地でのハスターの計画の阻止を出来ない。
・既定路線を走れない及び味方ハスターの死亡。
・何の準備もなしに守護竜が苦戦した巨大クジラが解放される。
・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって詰む。
ほかにもネコマタイベントでルクスの心の成長だとかオートマタ等のDEMの少女とか……。
「うわっ、この世界滅びすぎ……?」
思わずつぶやくのも無理ないだろう。
誰か無理ないと言ってくれ……。いや、これは無理じゃないか?? 知ってたか? これだけ滅びかけてたのにこのゲームの広告『世界を救うなんて、めんどくさい!』とか書かれていたんだぜ? 詐欺かよ。いや、ハウジング要素とか着せ替え楽しかったけどさぁ……。なんだよこれ、世界滅んじゃうのか? 俺、数年後に死んでるのか?
最初にあった好奇心による興奮は、既に未曽有の混乱に変わっていた。
あれ、これ俺。
詰んでないか? と。
おもわず、近くにあったベンチにフラフラと近づく。
オイルの切れた機械のように軋む体を無理やり座り込ませて深いため息をつく。
何も見たくなかったので、両手で顔を抑えた。
思い出せる限り、特に意識していなかったゲームのストーリーを思い出す。
悲しいことに虫食いだらけだ。
しょうがないだろ。
最終的にエンドコンテンツのデュアルジョブレベル上げと自分のキャラクターへの着せ替えに傾倒していたんだから。
穴だらけのログが頭の中で一斉に騒ぎ出す。
手はめちゃくちゃに震えていたし、既に全身冷汗まみれだ。耳鳴りがうるさい。鼻がツンとして不安で涙がこぼれそうだ。ぽたり、と頬を伝った汗が地面で弾けた。
いろいろと、いろいろと、だ。
沢山の問題はある。
でも目下の問題なのは──。
主人公は誰だ?
ストーリーの主軸となる各イベントの最前線で行動する者は誰だ。
俺なのか?
それとも、知らないどこかの誰か?
ストーリーの進行具合は?
これは確定的ではないが調べるための方法がある。
酒場のマスターのフィリップ氏にエミルというネコマタを連れた冒険者に家を紹介したかどうかを聞けばいい。『エミル』というのは、種族名にもあるのだが、この場合人名になる。わかりやすいように『君』をつけておくか。エミル君はこの世界のメインストーリーの主軸を担う、プレイヤーキャラとは別の主人公だ。
エミル君が、冒険を始めていれば……、つまりその補助だけで世界は救われる?
だが、どうだ?
もしも、彼が存在しなければ?
主人公として俺自身が立ちまわっていかねばならないのではないか?
失敗すれば世界が滅ぶというのに?
失敗すれば簡単に死んじゃうのに?
……思考の路線を戻さないとな。
ゲームの人たちがいる前提で考えないと気が狂いそうになるから、彼らは絶対にいる、そう思っておこう。いるはずなんだ。いなきゃ困るんだ……!
……。
…………………はぁ。
確定的ではないと挙げた理由がある。
メインストーリーはリニューアルされているのだ。リニューアル後はアミス先生の学校からエミル君たちが紹介される手はずになった。そして、出会うのは東の国『ファーイーストシティ』のダンジョンだったはずだ。
リニューアル前は『イストー岬』という場所から、エミルパーティの一人であるマーシャの飛空庭でアクロポリスまで送ってもらえるというもの。もしくは、ゲーム初期地点『アクロポリス』の東稼働橋から直接始まるもの?
『大丈夫だ、問題はない』
そういう某72の名前がある男のゲームが流行ったころに、運営がパロディで設置した選択肢を思い出す。そんなこともあったなぁ。こんなくだらないことを思い出してる場合じゃないのにな。
『このままだとアクロポリスが沈む!!』
『君、そんな装備で大丈夫なのかい?』
大丈夫だ、問題ない。
→一番いいのを頼む。
少し違った気もするが、そんなイベントを挟んだ。そのイベントは、ゲーム開始直後のチュートリアル。チュートリアル『夢の世界』で始まる。
「ってまて。そうだ! ティタが出てくる夢を、俺は見ていない!!」
『ティタ』とは、エミル君パーティの一人で、タイタニアの少々天然な少女。
癖のあるキャラだらけのエミル君パーティの中でも、特に特徴的なキャラクターだ。ティタは一度エミル君を生死の境目から救うために限界まで身をささげ、肉体から心をなくしてしまう。だが、復活したエミル君は記憶喪失になってティタのことを忘れてしまう。最終的にティタの兄との確執もいろいろありながら、エミルはティタのことを思い出す。
そして、ティタの心を再び取り戻す冒険をする。
という自己犠牲系ヒロインな女の子なのだ。
ゲームのプレイヤー視点としての話はこんな感じだ。
キャラクタークリエイトした後に、ティタと出会うのだ。出会う場所は、プレイヤーキャラの夢の中という特殊なフィールド。このフィールドでゲーム操作に関してのチュートリアルを受ける。
その後、アクロニア世界の過去の出来事の様子を見せられ、初期のチュートリアルは終了を告げるのだ。
SAGA0では、まだティタは実装されていないんだっけ?
全然覚えてないぞ? そんな昔のこと。いや、俺がただ単に夢を見ていない可能性もある……?
つまりティタはまだ死んでいないのか?
確か彼女はエミル君を救うために心が砕け散ってしまったような? あいまいだが、そんなストーリーだったと思う。
……あれっ?
チュートリアルキャラだったティタは、最終的に紙芝居屋アイリスに変わったんだっけ。
そのころには新キャラをあまり作らなくなっていたからいまいち思いだせない。
まてまてまて。最初は。
どうすればいい?
下手なミスをしたら、俺のせいで世界が滅ぶのではないか。
「ははは、そんな、まさか…………?」
もしも……。
もしも、成功例のストーリーをなぞれなかったら?
様々なバッドエンディングが脳裏を走り抜ける。
「そこの貴方、大丈夫?」
「──ッ!?」
顔を上げる。
艶のある黒布で目以外を隠した妙齢な女性が心配げに、こちらを見ていた。
「ずいぶんと顔色が悪いわね」
この人を知っている。
ゲーム内で、高い頻度でお世話になったNPCだから。
「時を知る占い師、レミア……さん」
「あら、私を知っているの?」
ステータスのリセット行為を行ってくれた占い屋のNPC。
狩りや演習、攻防戦の前にお世話になっている占いお姉さんだ。
そうだ、彼女なら。
未来が見れるという設定を持っているレミアなら分かるかもしれない。
「世界は滅びますか? だ、誰かが間違えたせいで救えませんか?」
『俺のせいで』とは、聞く勇気がでなかった。
レミアは最初キョトンとした瞳で、それは徐々に真剣みを帯びていく。
最後に、ニコリと綺麗に笑った。
「そうね。もしかしたら滅びるかもしれないわ。でも、滅びないかもしれない」
求めていたものとは違う、どっちつかずの答え。
「あら、曖昧な答えで不満そうね?
でも貴方、この世界がとっても好きなんでしょう? 」
その言葉がすっと胸に刺さった。
「……なんで、そう思いました?」
出会って一分にも満たない時間。
しかも、自分にとって心の片隅にあった感情。混乱とよく解らない使命感によって隅に押しやられていた、始まりの興奮を見抜かれて思わず口についていた。レミアがよしよしと頭をなでてくる。俺は少し泣きそうになりながらそれを受け入れた。
「滅びを想像して、滅びを知って、それでも貴方は救いたいんでしょう? だから貴方はこんなにも焦っている。方法も道筋も知っているのはとても辛いわ。実行するための力がないのを理解するのが歯がゆいもの。実行するための機会を逃すのが、とっても苦しいものね」
でも、と彼女は続ける。
「貴方は足掻くんでしょう? 無理だと思っても、最終的には足掻いてしまう。だからこそ、あなたは今悩んで震えている。それは、貴方がこの世界をとっても気にかけているからだわ。その震えと恐怖が他ならない答えを示しているの」
そしてね。と、撫でていた手が頭をポン優しく叩く。その衝撃は発破をかけるようなものに感じられた。
「まだ、滅びるかどうかの答えを出すのは早いわ。だって、遠い未来の話だもの。未来は変わる。いえ、変えられる。貴方が、私たちが行動して変える可能性はいくらだってある」
……そうだった。
暖かいものが胸に満ちる。
何年も同じゲームを続けていたのはひとえにこの世界観やキャラクターが好きだったからだ。誰かが困っていたら、周りの誰かが声をかけてくれる。この優しいハートフルな世界が大好きだったことだけは覚えてる。そのことを再確認して、座り込んで動けなかったベンチから立ち上がる。
──震えはもう止まっていた。
「フフ、いい顔ね。頑張れそう?」
「ありがとうございました。貴女も、いつか自分の未来が占えるって応援しています」
だから貴女も諦めないで。
そう告げると、レミアは驚いた顔を見せた。
時を見通すレミアは、自分の未来だけは見通せなかった。だから、時折クエストという形で水晶を持ってきてくれと依頼をするのだ。力のある冒険者にお願いをして、諦めずにそれを続けていく。でも、何度やってもうまくいかなくて諦めそうになる描写も作中に出てくるのだ。いや、内心諦めつつ、応援に答える振りをしているというべきか。
「……本当に、なにかを知っているのね。ええ、もちろん諦めないわ」
もう立ち止まっていられない。
レミアにしっかりと笑顔で手を振って、さようならを告げる。
その場を立ち去るために、しっかりと地面を踏みしめて一歩を踏み出す。
「貴方、名前は?」
背中に声を受けて、思い出したように振り返る。
この夢のような現実での決めてなかった名前。
ちょっとだけ考えて、この世界で名乗る名前を決める。
かつてのゲームキャラの名前じゃなくて、ふさわしいと思った名前を。
「──プレイア。俺は、プレイアです」
かつてこの世界を旅した
そう名乗ることにしよう。
「プレイアね。困ったら私のお店にいらっしゃい。きっと力になるわ」
大きく頷く。
そして、最後に一言。
「貴方の未来を一個だけ知ってます。──世界が救われた暁には、きっとあなたに真っ先にお礼を言いに来る人がいるでしょう!」
その言葉を受けて、キョトンとした目がこちらを見ていた。
レミアの返事を待たずに、今度こそ前を見て走り出す。
とにかく、酒屋のフィリップにエミルの事を聞いてみよう。
それからだ。
それからこの世界をどう生きるかの方針を決めるのだ。結論から言うと、エミル君はフィリップに家を借りていないようだった。つまり、まだエミル君は記憶を失っていない可能性が高い。
これから先、世界はどうなってしまうんだろうか。
全然わからない。
足踏みしている時間はないんだろう。
でも、焦るほどの時間でもない。
レミアの言った言葉を思い出す。
『世界を救う』その言葉は重い。だから、こんなに体がこわばってしまうんだ。この一歩が重くなってしまうのだ。
じゃあ、出来そうな風に考えよう。
レミアに告げた未来。
それが守れるように精一杯努力しよう。
そしたらきっと。
世界を、未来を変えているかもしれないんだから。
世界の平和を祈りましょう。
上手くいくことを祈りましょう。
なぜなら俺は、プレイヤーだったのだから。
俺は方針を定める。
何があってもいいように、力を手に入れよう。
まずは全てのイベントのために、3次JOBカンストまでひたすらレベリングだ!
ところで、気が付かないふりしていたんだ。
すでに重大な問題が発生していて、見て見ぬふりをしています。
「寝るところ、どこにあるんだろ……?」
煌々と地上を照らす綺麗な月を見上げながら、俺は途方に暮れた。ゲームではイベントでしかなかった夜が、アクロポリスを包み込んでいる。ゲームには宿屋などなかったために、どこに行けばいいか分からない。
プレイアは、がっくりと項垂れるのだった。
☆
「不思議な子だったわね」
時を知る占い師レミアは帰路につきながら、考える。
「未来の見えない子だった。いえ、未来が多岐に渡りすぎて良く分からない子だった」
様々な未来が見えた人物であった。
震えていたあの子は可能性の塊。
きっと、なろうと思えば何にでも成れるであろう才能の持ち主。
武器を使えば最終的に隔絶した武術の頂に達するだろう。
魔法を扱えば最終的に隔絶した魔導の知恵を得るだろう。
まるで、何にでも成れるように作られたような存在。過程をすっ飛ばして作り上げられた器のような存在。タイタニア氏族のように過去が隠滅された謎の存在。
そんなただの人ではない存在が、震えて蹲って泣きそうになっていたのだ。
思わず声をかけてしまった。
そうして返ってきたのは、衝撃の質問。
「世界が、滅びるか。どうしてあんな質問を……」
大体12歳くらいだろうか?
そんな子供の口から飛び出る言葉ではない。
たくさんの大人達が見て見ぬふりをしている事実。
この世界は滅びる。
──それは、まぎれもない真実である。
このエミル世界を守護するドラゴン。『エミルドラゴン』はいずこかに消えた。
何十年と時間が経とうが、かの守護竜は帰ってこない。
いずれ、忘れ去られてしまうのではないか。
一部では死んでしまったのではないかとも言われている。
最近では、御伽噺の扱いになって語られていることもあるのだ。
今の子供はもう御伽噺と思って、本当にいた事を信じていないだろう。
資源戦争が終結したとはいえ、資源問題が解決したわけではない。
事実、一昔前の機械を使わない旧世代の生活水準に戻っている。電気のスイッチすら知らない人がたくさんいる事に正直驚きが隠せない。魔法による進展はある。だが、革命的な進歩ではない。新たな資源や、革命的な技術が開発されない限り、この問題は一生続くだろう。無から有を生み出す様な、想いをエネルギーにするような技術でもない限りなくならない問題。
他にも混成騎士団の仲違い、各次元世界の問題などもあるにも関わらず──。
「あの子には見えているのね。世界を救う道筋が……」
私にも見えない、遠い輝かしい世界への道筋が。
きっと困難なのだろう。
未来を知っても震えるほどに。
常人であれば立ち上がれないほどに。
「でもあの子は、立ち上がって駆け出した」
可能性の塊だ。
ふふふ、と笑みを漏らす。
がんばりなさい少年。
貴方なら、どのような結末になろうときっと良い未来を掴みとれる。
私はそう思う。
いえ、可能性のその先を信じてみたい。
「ちょっとだけ、覗いてみましょうか」
占いの館に帰宅して、わくわくしながら水晶に力を込めて覗き込む。
するとそこには。
──ダウンタウンのベンチで横になっているプレイアの姿が映し出された。
「……はぁ。せめて仮宿くらいは紹介してあげましょうかね」
なんとも幸先が悪いスタート。
レミアは呆れてため息をついた。
思わず頬杖までついてしまう。
そして、
「フフッ」
水晶に映るプレイアのおでこを綺麗な細指でつついて笑う。
「前途多難だけどがんばりなさい、ね」
水晶に映る少年は、むず痒そうに寝返りを打ってベンチから地面に落ちるのであった。