終わった噺の祈るひと   作:唯のかえる

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第3話

『冒険者をやめろ』

 それはプレイアにとって絶対に聞けない言葉だ。

 頭が真っ白になって反射的に言い返そうとする。だが、オーロベルディは大声を出しそうなプレイアの鼻先に指を突き付ける。プレイアは鼻白んでしまう。

 

「小僧、それは絶対に出来ないって思っただろう。叫びだしそうな気配、俺様分かっちゃうんだなァ」

「……なんで、やめろっていうんですか」

「ハハハ、建設的な質問だ。いいぞ、激昂する前によく考えろ」

 

 プレイアは先ほど床を拭きながら探した入り口と思わしき場所を横目に見ながら、深呼吸をして言葉を返す。その様子を楽しそうにニヤニヤと嫌な笑みを張り付けながら、オーロベルディはパクパクとツマミに頼んだのか甘そうな一口チョコを食べている。

 プレイアは自身の内で思考を続ける。

 この怪しげな男がやめろと言った理由だ。

 

「答えてくれないんですか?」

「考えてるんだろう? 小僧、冒険者にとって自分の頭で考えるってのは一番大事なことなんだぜ」

「……」

「ハハハ、考えろ考えろ。冒険者はどんな状況でも取り乱さずに冷静に考えるのが肝だ、身につけておけ。じゃァないと冒険してる時に後悔するぜ?」

 

 取り乱さないのは、そんなことをしても意味がないって自分の理性的な部分が訴えているからだ。それがなかったら、追い付かない環境に恐れで震えて泣き出してしまいそうだ。

 プレイアは深呼吸をして考える。こういう時は、何故何故何故だ。順番にさかのぼっていけ。

 まずは『冒険者をやめろ』と言ってきた理由。

 答えを単純化して引き出す。

 ──目の前の男になにかしらの利益が生まれる、事か。

 

 では次だ。なんの利益か? 金銭か愉快目的? 

 この男とプレイアはなんの面識もないのだ。他人が気に入らないことをした覚えはないが、覚えてないだけで相手が不快に思うような事はありえる。そして、オーロベルディに依頼を出してこうなった……? もしくは、初対面だけれどプレイアの反応を楽しむために気に触ることを言ってきている可能性も……いや、まて? 

 

 答えを求めた後、オーロベルディが行った返答をプレイアは思い出した。

 やけに親身に聞こえた冒険者の心構えを。

 

 プレイアはハッとした。思わず呟いて思考が外に漏れる。

 

「貴方自身は、冒険者をやめろとは思っていない……?」

「ふん?」

「本当に冒険者をやめてほしい相手に冒険の心構えを説いたりはしないはずだ」

 

 じゃあ、自ずと答えは絞られる。

 

「貴方は俺を知る誰かに依頼された……? そして、依頼した相手は別に俺が冒険者を続けようが続けまいが興味がないんじゃないんですか?」

「何故そう思う?」

「……中途半端すぎるんだ。一般的に人攫いのような連れてきかたをして、こんな場所で会話をする。無理やり言うことを聞かせる脅しだと思った。でも……この場に来たのは別になにかの理由が必要になる」

 

 こんな荒れくれ者が集う場所に連れてきた理由。

 それはこの人自身の事情か! 周囲のゴロツキ達が殺気立っていた時の何でも屋のおやじとオーロベルディの少し訳の分からない会話の応酬がゲーム知識のあるプレイアには答えになる。

 

「さっき、何でも屋のおやじさんに『新顔』と言われてた。つまり、ここに貴方が来るのは初めてだ。しかも誇張するようになんども自分の名乗りをあげる。……自分の名を売るためと、この店自体で触媒系アイテムを買い物出来るようにするため!」

 

 何でも屋では特殊なアイテムが購入出来るようになる。銃に使う実包や毒系の特殊な消費系アイテムだ。それはさっき彼が話していた『カレーの話』というキーワードのイベントを解決する必要がある! ゲームでの知識だけど売っているアイテム内容、そして初めて出会ったときにいきなり現れたような違和感。それでオーロベルディのジョブまで察することが出来る! 

 

「始めに目の前に現れたのは移動しながら姿を消すスキル『クローキング』! この店に用があるということは毒や服薬等の触媒を使うスキル習得している。つまり、貴方はスカウト系の上位ジョブ『アサシン』の冒険者だ!!」

 

 プレイアの推論を聞いてオーロベルディはニヤリと愉快げにパチパチパチと大仰に手を打つのだった。

 

 

 ◇

 

 

 パチパチと手を打ち終わったオーロベルディはプレイアに語りかける。

 

「縮み上がってた最初に比べてずいぶん盛り上がったじゃァないか」

「うっ、それは……」

「ハハハ、流石はあの『時を知る占い師レミア』に気に入られている小僧なだけはある!」

「なに? このガキが?」 

 

 大声でオーロベルディがレミアの名前を出す。

 すると、驚いた顔で何でも屋のおやじが反応する。周囲のごろつきも片眉を上げた顔でちらりとプレイアを眺めた。プレイアは身をすくめる。

 

「二割程度しか正解を引き出せていないがまぁこれからに期待と言ったところか」

「あ、あれ。全然当たってない?」

「ハハハ、じゃァそろそろ冒険者をやめてくれるかどうかの回答を聞こうか」

 

 どうするんだ? とオーロベルディが肩をすくめる。

 

「続けます。俺には、冒険者になってやりたいことがあるので」

 

 当然ながら、プレイアはそう返した。

 その答えを聞いて、つまらなさそうにフンと鼻を鳴らしオーロベルディは酒をグイっと呷った。

 

「……はー、賭けは俺様の負けか。俺様はお前にやめてほしかったんだ。これがお前がさっき外した推論の一部だな。俺様、小僧が冒険者をやめるに賭けてたからどうでもよくはなかったんだなァコレが」

 

 ピン、とオーロベルディは何処から取り出した硬貨を行く当てを見ずに指ではじく。それは綺麗な放物線を描いて、別な席でキセルで煙を吸っていた紙袋をかぶった男の机の上に納まる。紙袋の男女がジッとプレイアを見ていることにようやく気が付いた。あの人たちと賭けをしてたのか……? 

 

「じゃ、じゃあなんでさっき冒険の心構え的なことを教えてくれたんですか?」

「小僧がどうせ冒険者をやめないって分かってたからだ」

「……なのにハズレに賭けたんですか?」

「俺様は自分に嘘はつかないって決めてるんだよ」

「???」

 

 なんでこの人は俺がやめることを選ぶに賭けたんだ……? プレイアの頭が混乱に満ちる。混乱しているプレイアを置いて、オーロベルディは話を進める。

 

「あと依頼人なんていませーん。しいていえば、俺様から賭けを持ちかけて楽しんだだけ。最近何かと噂になりがちな小僧をからかって遊んだだけだぜ。ハハハ、怖がってるところ面白かったぞ!」

「えぇ……」

「ガキ相手にタチの悪い奴だな……」

 

 オーロベルディはゲラゲラと楽しげに笑う。プレイアはその様子を見てええー……と唖然とした。何でも屋のおやじもヤバそうなのに絡まれて大変そうだと、プレイアを同情気味に見ている。 

 プレイアは将来酒が飲めるくらい大人になっても、こんな奴にはならないようにしよう、と強く思うのだった。

 

 一通り笑い終わった、オーロベルディはプレイアに質問する。

 

「小僧、先ほど冒険者を続けると言ったときにやりたいことがあると言ったな」

「は、はい……」

「それは、先ほど平原でやっていたように最弱モンスターのプルルを眺めるようなことか?」

「ぐ、見てたんですか!? それは、そのいきなり殴りかかるのがちょっと、出来なくて……」

「……ハハハ!!! プルルに、ハハッ、ビビってハハハハハ! ゲホゲッホ!!!」

「そんなに笑うことないじゃないですか……」

「ハハハ、悪い悪い。盛り上がっちまったな」

 

 その返事を聞いて大爆笑をするオーロベルディ。プレイアは凹みながら言い返す。そして、言い訳がましくなると思ったが感じている事を全部伝えることにした。

 

「ビビったわけじゃなくて、こっちを不思議そうに眺めているのにいきなり襲い掛かるのもどうかなって思いまして……。オーロベルディさんはそんなの気にせずに殴りかかりそうですが」

「オベさんと呼べと言っている。まぁそうだな俺様なら殴るどころか目の前に居たら蹴飛ばす」

「見知らぬ俺の事もキャッチしては裏路地に連れ込んで処理するくらいだから、簡単に想像できます……」

 

 ここに連れ込まれた経緯を思い出し、そういえばと蹴られた顎をさする。痣になったりしている感じもせず、無駄に技量の高い気絶のさせ方だったんだなと呆れた顔で目の前の仮面の男を眺める。いい加減、目の前の男を怖がっていても仕方ないなと言う気になってきたプレイアだった。

 

「つまり、小僧は相手が敵意を持っていないと殴りかかれない、そういう事だな?」

「いや……うーん。どうなんでしょう。あまり戦ったことないので、でも襲われるのを想像するとやっぱり怖いです」

「貴様、本当に冒険者になりたいのか……? まぁいい、せっかくの機会だ。そんな奴の対処法を教えてやろう」

「え? 本当ですか!?」

「ああ簡単な話、こうするんだ」

 

 オーロベルディは突然立ち上がり、周囲のゴロツキに向けて大声で叫んだ。

 

 

「俺様、最強! お前らざーこ!! ばかばかばーか!!!」

 

 

「テメェ!!」

「語彙力なめてんのかコノヤロー!!」

「ハハハ、分かるようにINTを合わせてやったんだ。感謝しろよ」

「ぶっ殺してやらー!」

 

 いきなり喧嘩を吹っ掛けられたゴロツキ達は見た目に違わず沸点も低いようで立ち上がり始めた。ブチギレた様子の凄まじい形相でオーロベルディを睨みつける。言ってしまえば、プレイアも連れと思われて睨まれ始める。

 

「ウ、ウワーッ! めちゃくちゃ怒ってますってぇ!!!」

「ハハハ、怒らせたんだよ。連れてくるときに言ったろ、俺様の武勇伝を聞かせてやるってな!」

「全員止まれ!」

 

 だが、今にも暴れだしそうな空気に待ったがかかる。店主の何でも屋のおやじだ。自分の店を壊されては堪らぬと声を張り上げる。

 

「新顔テメェ!! お前らも俺の店で暴れるなら本当に出禁にしてやる!!」

「おやじ、お騒がせ代だ! 先に受けとりな!」

「そういう問題じゃ──」

 

 そういうとオーロベルディは憤怒の形相の何でも屋のおやじに金色に光る宝石を一つ投げ渡す。

 

「──んなぁ! コイツはジュエルゴールド!?」

「んん~?? 足りないかァ? この欲しがりさんめ!」

 

 更に二つほど同じものが飛んでいく。ジュエルゴールドは、ゲーム内で100万ゴールドの価値として売買されていたアイテム。つまり、今の三つの石ころには300万の価値が。悠長にプレイアは意外とお金持ちなのかこの人と思った。

 

「……よしオーロベルディだったな? 好きなだけやりな!! でもあんまり壊すなよ!」

「ハハハ! 分かりやすくていいぜ!」

「仮面野郎は金持ちか! 根こそぎ奪っちまえ!」

 

 目がお金のマークになった何でも屋のおやじは買収されてしまったようだ。周囲のゴロツキ達もコイツを倒して身ぐるみ剥いでやると目がお金のマークになっている。まぁ、そうなると震え上がるのはとばっちりを受けたプレイアだ。どうしてこんなことに、と頭を抱えている。

 

「ちょっとぉー!! 本当に何やってんですかアンター!!」

「なんだ、ビビったのか」

「ビビるに決まってますよ! あんな怖くて強そうな人たちに囲まれてるんですよ!?」

「ヘヘヘ、連れのほうは分かってんじゃねぇか」

「ハァ……。おい小僧」

 

 怖くて強そうと聞いて、ゴロツキ達が鼻の下を擦る。それを見ながらオーロベルディは大きくため息をつく。どうもプレイアに呆れているようだ。

 

「小僧。貴様は冒険者になると言ったな」

「えっと、はい……」

「世の中にはな、こんな輩よりも恐ろしくて巨大なモンスターなんてゴロゴロしてる」

「!」

 

 それ以上語ることはないと、プレイアに背を向けてオーロベルディは一番近くにいた大男にゆっくり歩み寄る。その背中は、こんなことでビビるのなら本当に冒険者などやめてしまえと語っていた。そして、いつの間にか大男の懐に入り込むとソイツを店の隅に投げ飛ばすのだった。

 それが戦闘開始の合図になった。

 

「テメー!」「やりやがったな!」「やっちまえー!」

震えるのなら名乗りを上げろ。竦んだのなら目的を叫べ」 

「ッ!?」「風!?」「う、オッ!」

 

 一斉にオーロベルディに向かって襲い掛かるゴロツキ達。

 それを意にも返さず、オーロベルディはくるりと両手を広げてその場で回る。

 

 ──それだけで暴風が吹き荒れた。

 

 ゴロツキ達は体勢を崩し、ついでにプレイアは椅子からずれ落ちて床を転がる。

 

ハハハ、俺様の名はオーロベルディ!! こういう風になァ!! 

 

 体勢を崩したゴロツキ達が泳ぐように近づいてくるオーロベルディに、初めに男が投げられた店の隅へと同じように放り投げられていく。プレイアが床から立ち上がった時、目に映ったのは最後の一人をポイっとゴロツキタワーの頂上にセットする場面。

 あまりに一瞬の戦闘。

 オーロベルディが明らかに高レベルな冒険者であるという事を認識させられる出来事だった。

 

「小僧、覚えたか?」

「は、はい……」

 

 プレイアはオーロベルディに戦々恐々と頷き返した。

 心の中で思う。

 

 この人、自分で言っていたように『悪い奴』ではないんだろうけど……いちいち行動が怖すぎる。要件も終わったみたいだし、早くここから帰してくれないかな、と。

 

「ハハハ、じゃあ呑みなおすとするか! おやじ、もう一杯!」

「あいよ!」

「えっ!?」

 

 切にそう祈るプレイアだったが、オーロベルディに解放されたのは日が暮れた後であった。ついでにプルル討伐のクエストは、失敗という事になっていてフィリップさんに心配をされてしまう散々な一日だった。

 

 

 ◇

 

 

 家に帰りついたプレイアは大きくため息。

 

「濃い一日だった。明日からフィリップさんに紹介された学校だし、もう寝よう……」

 

 今日はタイニーに会えるといいなぁと、布団の中で目をつぶる。

 プレイアはすでに忘れてしまっているが。

 

 ──胸の中で燻っていた妙な不安は、いつの間にか消え去っているのだった。

 




オーロベルディが吞んでいたのはビールでもなくミードでもなく、心底甘ったるいカルーアミルク。
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