少し暗い中、毛布にくるまりながら目を覚ます。
寝起きのせいで体温が低く肌寒い。
もう少し目を瞑っていたいが、無理やり体を伸ばして意識を覚醒へと向けた。
ドサッ、バラララ。
伸ばした手が、頭の上にあった物にぶち当たり、ベッドの下に落としてしまう。
眠気眼を擦りながら、落ちたものを見る。
大きな野菜! とでかでかと書かれたパッケージ。
中身はやたらとげとげした種が、床一面へと転がっている。
はぁ……。ひとつため息をこぼす。
今日の始まりは、床掃除から始まりそうだった。
無論、寝る前にそんなものを置いた覚えはない。
──だが、善意で置いてくれている妖精のような存在なら知っている。
その存在との初めての出会いを、なんとなく思い出すのだった。
☆
あの日、レミアさんと別れ月を見上げた後、俺はいろいろと諦観してベンチで眠ることに決めた。
そこから、その妖精のような存在と邂逅する。
ベンチでウトウトしていると、いつの間にか海岸に立っていた。ザザーンと耳に心地の良い海の音が聞こえるのはわかるが、突然すぎる移動に脳みそが付いて行かない。
「やぁ、また会えたねー! 今日も君を……、もてなしタイニー♪」
声をかけられた気がしたので周囲を見回す。
だけど、周りには誰もいなくて。
「むー! こっちだよ! したー!」
声とともに俺の来ているもんぺをくいくいと引っ張る存在に気が付いた。
ピンク色の帽子をかぶった、二足歩行するかわいらしいクマのぬいぐるみ。
俺が、目を合わせるとうれしそうに両手を上げてアピールをする。
やんちゃな子供みたいな声からは、喜びと楽しさを感じ取れた。
「今日のおもてなしはこれ!」
「えちょ、どういうじょうきょう?」
混乱する頭の中で、にこやかなクマは無情にも会話を一方的に進めてくる。
あれ、というかこのクマ見たことがあるぞ。
「もしかしなくてもタイニー?」
「うん! ひさしぶり!」
アクロニアにいる、不思議な存在。
大人には見えなくて、大切にされたクマのぬいぐるみに宿るとされる存在。
「じゃじゃーん! 『人生の攻略本』! これはねー、あたまがよくなるんだって! 君もあたまがレベルアップできるよ!」
「おぃいいい、いきなり失礼だな!?」
しかもその本の説明ログは頭がよくなった気がするだけじゃなかったか!?
効果も数分で切れる消耗アイテムだし、INT*1が永続して上がるわけじゃ──。
「えーい! 押しつけスタンプシュート!! まっタイニー!!!」
すさまじい速度の投擲。
俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
まぁ、見えただけぶしっ!?
スパーン!!
本を顔面に投げつけられて、視界が明滅する。
ぶつけられた衝撃で体ごと地面に引っくり返る。
ブラックアウト寸前のおぼろげな視界には、空に大きくかかる巨大な虹の架け橋。
そこでようやくここがどこなのか分かった。
夢の世界。不思議なところ。
南の島のようにヤシの木の並ぶ穏やかな景色の世界。
タイニーアイランド。
『タイニー』の生まれ育つ世界。
ジンジンと痛む顔面ともに俺は、唐突に飛ばされた世界から再び叩き出される。
意識が吹っ飛ぶ最後に、小さく聞こえた言葉は。
『──アレが最後のスタンプじゃなかった。これからもよろしくね!』
「へぶっ!?」
泣きっ面に蜂。
気が付いたら元のベンチの横の地面に突っ伏している。
おそらくベンチから落ちたのだろう。全身への衝撃にもんどりうつ。
特に痛む顔を抑えながら、いてててと起き上がった。
涙目で地面に寝転がったことでついた土ぼこりを払いながら、呟く。
やっぱり、押しつけタイニーじゃないですか、やだー……。
地面には、先ほど投げつけられた『人生の攻略本』と1つタイニー印のスタンプが押されたスタンプカードが落ちているのだった。ため息をついて、それらを拾い上げてもう一度呟く。
「こちらこそ、またよろしく」
以降、夜寝るたびに不思議な世界へと行けるようになった。
でも、やっぱ。
「えいえい! やっぱり君は楽しいなぁー! ぴゅんぴゅーん!」
「わ、馬鹿!? 顔に向かってアイテムを投げるなぁ!」
どんなアイテムだろうと顔に向かって投げつけてくるのが許せないクマ野郎だと思いました!
☆
掃除を終え、一息つくためのコーヒーを入れる。
ゴポゴポとお湯が沸騰する音が、子供が住むには少し広い借家の中に広がる。
このアクロニア世界に転移してから一月程が立った。
野宿を繰り返すホームレス生活の俺を見かねたレミアさんが仮宿になる空き家を紹介してくれた。その際に、このまま放浪生活を続けていても、名声は地に落ちるばかりだと怒られてしまった。
『自分のことすらしっかりできていない人に頼りたいとは思えない』
根本的な部分で注意を受けたので、確かにその通りだとひどく反省をした。彼女には本当に頭がさがる思いだ。
借り受けた空き家は、西稼働橋付近の地下。
そう、あの『なんでもクエストカウンター』の付近である。ちらりと見せてもらうと、ほこりがたまっていたが見たことある内装に涙腺が潤んだのは言うまでもない。ちょっとだけ、未来が待ち遠しくなってしまった。いつか、アルマやロアたちがここにやってきたときに頼れる近所の人として助けてあげられるといいなぁと、うまく世界の安寧が進んだ未来に思いをはせる。そのためには安寧を守る努力は欠かせないので、これから頑張っていこうと再認識した。
それからは借家で生活をしつつ、ただひたすらクエストをこなしている。
一日に受けられる件数などは特に制限がないので、確実にできるというものを一件一件受けてお金をもらっている。いろいろな目的はあるが、これからやりたいことに資金が不可欠なので金払いの良い運搬クエストメイン*2である。一日に何件もの運搬を受けるために、酒屋の店主のフィリップさんには顔を覚えられた。
クエストを受け続けているのにも当然理由がある。ゲーム時代には、隠しパラメータとして個人に対する名声値が設定されていたのだ。これは、クエストを成功させれば特に減ることなく溜まっていくという物。この名声がなければ、重要な施設のある上町『アップタウン』に入ることが出来ないのだった。
やはりというか、ゲームのように数回クエストを受けた程度でアップタウンへの道が開けるほど現実は甘くないようだ。なので、失敗を出さないように必死で届け先をチェックしたりして、今のところは失敗回数ゼロである。
これには、仲介役のフィリップさんも笑顔でよくやってくれていると褒めてくれた。
褒められたとき、ものすごく嬉しかった。
これからもがんばるぞという気力もわいてくるほどだ。
案外、自分は人の役に立つ仕事というのが好きだったのかもしれない。
それからも失敗をしないようにダウンタウンや稼働橋付近を走り回りながら、ただひたすらどこに何があるかを頭の中に刻み込んでいく。
このダウンタウン、相当広い。広大といってもいい。
……いや、この世界は広いと言い変えよう。
アップタウンを60秒で一周することは、当たり前だができない。飛空庭を使っても一瞬でほかの国にたどり着くことは不可能。当たり前といえば当たり前なのだが、現実に即した時間が伴われるということ。例えるなら、ダウンタウンを色々と回っているだけで丸一日ほどの時間がかかってしまうこともあるくらい。今では夜の寝る前に、自前のダウンタウンの地図に覚えた場所や注意のメモをつけているほどである。
ゲーム内で散々活動していたならそんなこと不要だろうって?
本当に不要だったらよかったのになぁ。
はぁ……。とため息一つ。
常に開いているお店などはないし、主要NPCであった人たちもお出かけをしていた事だってある。この一か月の間に、露店の入れ替わりも多くあった。チョコチップわさび寿司を売っていた露店が数日で消え去ったのをよく覚えている。
というか、なぜそれを売ろうと思った??
ときおり復活する露店なので、何かよくわからない力が働いているのかもしれない。
主要NPCに関しては、もちろんレミアさんである。
あれはレミアさんに届け物のクエストがあった時だ。当然のように占いの館に行ったら、レミアさんはお散歩に行っていてめちゃくちゃ焦ったことがあったのだ。何とか渡せたという報告をする時間を残して道端で出会えた。ちなみに、出かけていた理由を聞くとお気に入りの隠された水路でゆっくりお茶していたとのこと。
おしゃれさんか!? おしゃれさんだった……。
そういうところが、レミアさんのミステリアスな魅力なので否定的なことは言えない。
美人って何でも似合うなぁ、と俺はそう思った。
まぁこんど一緒にお茶に誘われたので行ってみようと思う。
何か特殊な作法とかあったりしないだろうな?
ちょっと酒屋さんで受付をしているメイドさんとかに聞いてみよう。
そうこの話で分かったと思うがこのダウンタウン、めちゃくちゃ広い。
さすがは、ゲーム内で様々な事件が勃発するだけはある。隠された区画とかもいまだに発見されるらしいので、自分の足でマップを刻んでいかないとわからないことだらけなのである。
なぜだか往年のローグライクゲームをやっている気分になるのは俺の気のせいだろう。
……気のせいではないな、これ。
さて、そろそろ仕事の時間だ。
今日も一日張り切って運搬しますか!
討伐に関しては、ある程度踏ん切りがつかないと出来そうにないしなぁ。
戦闘をしたくない二つほど理由がある。
実をいうと、ステータスの上げ方がわからない。
このエミルクロニクルオンラインでは、レベルを上げてボーナスポイントを手に入れることが出来る。そして、自分の好きなように振り分けるのだ そう、振り分けなくては実質レベル1のままである。種族値ボーナスがあるだけだ。いろいろと調べたり人に聞いたりもしているが、帰ってくるのは自分を鍛えるしかないとのこと。
ゲーム内で散々ステータスリセットをお願いしていたレミアさんですら、この子は何を言っているのだろう? という目で見てきたのはつらかった。
これだけ走り回っていると俺のAGI(敏捷性)はかなり上がってきてるんじゃないだろうか。
狩りはしていないが、かなりクエストをこなしているので、レベル5くらいにはなっているんじゃないだろうかと思うんだけどなぁ。
……体が光るようなレベルアップエフェクトも起きないので実際のレベルは謎なのだ。
そういえば、タイニーはゲームでのことを覚えていそうな感じだったな。
本日のもてなし分を受け取る際に聞いてみようと思う。
……。
……………でも、話聞いてくれるかなぁ?
タイニーは素早く投擲でいらないものを俺の顔にぶつけてくる遊びにはまっているようで、長いことタイニーアイランドに滞在できないのである。全力で逃げようとしたときに、タイニーの魔法『ポケポケ*3』というスキルで氷づけにされたのがトラウマになっている。
お前は俺の味方じゃなかったのか……。
「っと、いけない。時間だ!」
今日も一日頑張るぞいっ!
温くなったコーヒーを一気に飲み込んで顔をしかめながら、椅子から立ち上がるのだった。
☆
「やぁプレイア君。今日は君に大事な仕事を任せたいんだが、いいかな?」
酒屋で、常のごとくしっかり挨拶をしてから今日の依頼を聞こうとすると、酒屋さんの店主フィリップさんがにこやかにそう告げた。にこやかに告げているが、目が笑っていない。なんというか、こちらを見定めているといったような怖い感じがする。
これは、やばい仕事の気配?
こちらの緊張が伝わったのか、フィリップさんは「いけないいけない」とトレードマークのキャップ帽の位置を整える。
「そう緊張しなくてもいいんだ。君にはちょっと大事な荷運びをお願いしたくてね……?」
プレイアは にげだした!
しかし 店員のメイドに まわりこまれてしまった!
「俺は闇の運び屋になりたくてクエストカウンターに通っていたわけではないんですぅ!」
「いやいやいや!? そんなことさせないよ!? というか、闇の運び屋の存在を知ってるのかい……?」
「か、風の噂で……」
ゲーム知識とは言えまい。
しかし、こんなことならプルル退治やクローラー退治の依頼も受けとけばよかった!! いや、でもノンアクティブのモンスターって気持ちよさそうに日向ぼっことかしてるから本当に襲いにくいんだよ……。気持ちよさそうに鼻提灯作っていたり、こちらに気が付くと興味深そうにぴょんぴょんと近寄ってくる姿に癒しを感じてしまうのだ。
……これが、モンスター討伐クエストを受けない二つ目の理由である。
まぁ初日にプルルを一体しばき倒しているから、いまさらと言えば今更だが。
「うーん話を続けるよ。君にはそろそろ上の『アップタウン』で活動をしてもらいたいんだ」
「……! 続けてください」
俺は姿勢を正して、しっかりと話を聞くことにした。
この、俺が今いる国『アクロポロリスシティ』は二種類のエリアがある。
一つは、俺が今いる場所『ダウンタウン』
色々なものが雑多に集まり、沢山のモノが手に入る場所。だが、結構な頻度で怪しいツボや絵を売ろうとする悪徳商人なども現れる。良く言えば、なんでも集まる。悪く言えば、玉石混淆で目利きが必要。ガラの悪い冒険者のような人たちもいるし、……俺のようなベンチで寝て居た冒険者だって存在する。
だが、もう一つの街『アップタウン』は違う。
アップタウンに入る前には門番が常におり、通行許可証の提示を求めてくる。通行許可証を手に入れるには、クエストをしっかりとこなして信用を得なくてはならないのだ。街には混合騎士団のギルドや、他世界や別種族のための集会所なども存在する。
そして、何よりも。
冒険者活動に必須な、JOBを手に入れるためのギルド元宮が存在する!
ここで、JOBを手に入れなければ俺の冒険は、スタートにすら立っていないのと同義。この依頼を成功させれば、ついに俺もお使いばかりの冒険者から卒業できるものだ。背筋を伸ばして、フィリップさんが話し出すのを緊張して待つ。
「よろしい。ここで一も二もなく飛びついていたらその時点で試験は終了だったさ」
試験。なるほど。
この依頼は、俺が本当に信頼できる冒険者かどうかを判断する試験ってことですな?
このころのアップタウンには信頼できる冒険者にしか入れない。それを証明するには、アクロポリス通行証が必要になる。おそらく、これは許可証を受け渡すに足る人物かどうかを確かめる試験ということか。
「そうだね! 君は理解が早くて助かるよ。仕事も正確だし、非常にまじめだ。僕としては……っと私見はおいておこうか」
フィリップさんが、奥の机の上にある『非常に重そうな背負い鞄』を示す。
なんというか……、すごく、大きいです。
……え、まじ? あれ持ってくの?
マジィ? ゴゴゴゴゴ、って圧力を放ってるんですが……?
「あれを西アクロニア平原にいる出張クエストカウンターのメイド店員に渡してほしいんだ」
……とりあえず、持ち上げられるかどうか試していいですか?
「その辺は大丈夫。普段の依頼でどのくらいまでの荷物までなら平気か理解しているから。君ならばギリギリもてるだろう」
つまり、キャパシティとペイロードの最大に挑戦しろってことか。
よし、分かったぞ。
この試験の意味が、完全に分かった!
──俺の冒険者としての根性を見るための試験に違いない。
最大キャパシティは自分の持てる許容アイテム量。
最大ペイロードは自分の持てる許容アイテム重量。
ゲームでは、数値が1でも超えるとその場からキャラクターを動かせなくなるシステム。のちに修正されて、ものすごく重そうなモーションで移動だけはできるようになった。ちなみに戦闘しようとしても一切攻撃できないので、ダンジョン内で突然攻撃なくなったりした時は誤クリックでキャパペイの大きなアイテムを拾っていることが多い……。全然気が付かずに画面外で攻撃できなくなった事実でよくパニックを起こしていた。
恐る恐るとんでもないサイズで重さと許容量をアピールする背負い鞄を掴み、腰を入れて持ち上げる。
「へぐ、ぐぐぇっつぷ」
あまりの重さに変な声が漏れた。
前傾姿勢で体を低めに傾けなければ、体が後ろ向きに倒れてしまいそうだ。
ちょ、ちょっと一回降ろそう。
何とか地面にゆっくり降ろして、一息つく。
ちょっと持っただけなのに、汗だくである。
いやいやいや、これは確実にSTR*4が足りていませんね。
マジでステータス指定がある装備じゃないよなこれ?
もしくは、俺の装備レベル足りてなくない?
特大リュックは装備レベル20からだよね??
どう見てもこれ特大リュックですよね? ふざけているの?
「どうだい、この仕事。君は、それでもこの試験を受けるかい?」
フィリップさんは真剣な表情で問いかける。
……持ち上げることはできた。
歩くだけの余裕があれば運ぶことが出来る。
ならば、どうするか。
アップタウンに入りたい。
あそこには、冒険者としての大前提のシステム。
職業を定めるための、ギルド本宮があるからだ。
俺はそこで職業を、『力』を手に入れなくてはならないのだ……!
俺には立ち止まっている心の余裕がない。遠い先の目標とはいえ、歩き続けなくてレミアとの約束は果たせないだろう。このアップタウンに入るための機会を逃せば1か月先かもしれない。または、一年後だろうか? それに俺の心は果たして耐えられるだろうか?
……もうチャンスは廻ってこないかもしれない。
そのくらいの気持ちで俺は進まねばならない。
時間は不可逆だ。
一度失敗したら、その失敗は取り戻せない。
もちろん人は失敗をする生き物だ。
でも、絶対に失敗してはいけない時というのは存在するのだ!
この一か月のことが、脳裏によぎる。
この世界はゲームのようで、ゲームとは違うということをイヤというほど味わったんだ。
未来を変えるのに、こんなところで立ち止まってたまるものか!!
「受けます。俺は、この試験を完了して見せます」
「? え、っと本当に受けるのかい? 本当にいいのかい」
何故か、少し戸惑ったようなフィリップさんが横のメイドさんと目配せする。
その瞬間、少しフィリップさんに申し訳ないと思いながらも……ズルをすることにした。
根性を見る試験とはいえ、俺は絶対にクリアするのだ。
だから、
──ポケットから取り出したるは、クマの印が刻まれたハンドベル。
チリィン。後ろ手に持って一度振る。小さいながらも、確かに音が鳴り……ハンドベルがすっと虚空に消えていった。それは、ゲームとは違うアイテムの形ではあったが、この世界にも確かに存在していた『課金アイテム』だ。
「その意気込みはいいんだが、君は荷が重いんじゃないかな。先ほど、移動が難しそ……」
「何言っているんですか? この位何ともないです。制限時間を教えてください。どこに届けるんですか?」
俺は先ほどの荷物を軽々とではないが、無理がない恰好で持ち上げて店の外に向かって歩きだした。当然、種も仕掛けもある。
『お、おもいよぉ~。はやくいこうよぉ~!』
背中の鞄の下から、やんちゃな男の子の声が聞こえる。
俺の目には、必死な顔で鞄を下から押しているタイニーの姿が見えている。
大人には見えない、夢のクマのぬいぐるみ妖精。その特性を存分に生かしていた。
先ほど使ったのは、『タイニー秘伝収納術』。
180分キャパシティとペイロードが50%づつ上昇する課金アイテムだ。ゲームで使用すれば、数値だけが上昇していて見た目には変化がなかったアイテム。だが、この世界ではタイニーが持つのを手伝ってくれるようだ。初めて使った時にそれなら持てる量が増えるし、重量も軽くなる、と納得したものだ。もてなしタイニーの数少ない当たり枠アイテムである。
最初から使っておけばいいと思うかもしれないが、当然のように永続とはいかなかった。課金アイテムはゲーム内時間と同じ時間で効果が切れるようなのだ。めちゃくちゃ重いものを持っている時に『時間だからかえるねー! 次はあまいものをちょーだい!』と速攻で消えていき、途方に暮れたのは目新しい苦い話題である。
だからこそ、ここぞというときに使うのだ。
「……え? えぇ!?」
? 何かフィリップさんの様子がおかしいような?
「そ、そうだね。ええと、そうだな! 20分!! 君はたどり着けるかな? 無理だろう!?」
何故か脂汗たらたらのフィリップさんが焦ったように腕時計を見ながら、すさまじいシビアなタイムを指定する。さぁ断れ! と、フィリップさんの気迫が伝わってくる。
……もしかして俺を、アップタウンに行かせるにはまだ早いと思っているのだろうか。
まだ子供だもんなぁ。
「でも、俺は先に進みたいんです。……行ってきます!」
「えっ、あ! プレイアくーん!?」
親切をむげにするようで、心苦しいが全力でこなさせてもらおう。
大きく頷いて、俺は駆け出す。
そして、思考開始──。
まず、到着地点はここから西。大体普通に真っすぐ突っ切って一時間ほどかかる距離。ダウンタウンを抜けて、初日みた海原のような平原を少し行った場所にあるのだ。結構時間がかかる。
この東稼働橋の麓にあるクエストカウンターから、西アクロニア平原まで何も持たずに全力疾走してギリギリ間に合うような時間。だが、フィリップさんがその時間を指定するということは、この荷物をもって行くことは可能なルートがあることに他ならない。
ゲームでは5分で移動して来いだの、別の国まで10分で行けとかあったし、普通だな!!
大事な運搬とかになると、やっぱゲームとかの時間準拠になるんだな。メインクエストでも時間制限あるようなのあったような気がするし、その辺のための訓練だと思おう。
現在時刻は午前9時00分。
脳内で、ルートを検索する。
まっすぐに大通りを直行する。不可能。
人ごみを、この馬鹿でかい荷物を持って移動するのはそれこそ人の邪魔だ。
そして、自分も人が邪魔でうまく通り抜けることは不可能だろう。
あと普通に間に合わない。体力的にきつい。
乗り物物に乗せてもらう等もも思いつくが、この重ぉい荷物と一緒に連れて行ってくれる人など運よく通りかかるわけもない。
「……そういえば」
緊急時だけの手段としてひとつ。頭の中で電球の光とともに思い浮かぶ。
「よし、いけそうだ……!」
『うんしょ、うんしょ! いそげー!』
ズルにズルを重ねることになるが……、もはや手段は選んでいられない。
俺は大きく頷いて、
──
「通ります! 急いでます!」
と大声を出しながら、人ごみを駆け抜ける。
そうすると、この世界に来てからチョットだけ関わりが出来た人が道を譲ってくれる。ダウンタウンでここ一か月走り回って運搬クエストをやっているのを知っているせいか、がんばれよー! と背中に声援までかけられる。少なからず、自分のことを見てくれている人もいるようだ。
胸に満ちる暖かさに力がみなぎる。
普段以上の力が発揮できそうな気がした!
──時刻 午前9時04分。
「ようこそアクロポリスへ! うわぁ、とっても大きな荷物だねー。アップタウンに入りたいのかい?」
「いえ、ぜぇ。っ違いま、ぜぇ…す」
「うん……?」
東稼働橋からのアップタウンに入るために控えている、混成騎士団の門兵の前にたどり着いていた。門の前には、衛兵が二人ほど控えていてアップタウンに入る際に必要な許可証を検閲している。ちょうど人が少ない今がチャンス。
当然、俺にはまだこの先のアップタウンに入ることはできないし、入ったとして後15分くらいでたどり着くこともできない。無理に押しとおろうとしても、捕まるだけだ。
だが、ECOプレイヤーなら知っている。
ゲームプレイヤーでこのシステムを使わなかった人は、ほぼいないといっても過言ではないからだ! この門番に、とあるセリフを選択すると──!
「──いつも、ご苦労様です」
「……ふーん、急いでいるんだ?」
ピンときた……? 握手するように手を差し出す。
チャリン、と門番の手のひらに今夜の酒代くらいになるお金を乗せる。
そう。賄賂を渡して一瞬で別な稼働橋に移動する秘密の抜け道を使うことが出来るのだ。
「……おい、ちょっとこの子連れてくから。ちなみにどこ?」
「に、西です。お願い……します」
「あいよ」
ニヤリと笑った門番が胸元からゲーム内でも見たことがない鍵を取り出す。ゲームで言うところの秘密の抜け道。それは、アクロポリスだけで使える特殊な時空の鍵*5だったらしい。
俺はずり落ちそうな背負い鞄をタイニーと共に背負い直し、東稼働橋から西稼働橋へと一瞬で転移する。
「はぁはぁ、ありがとう、ございます! あとは、走るだけ!」
「あいよー。良く分からないけど頑張れよー」
ひーひー言いながらタイニーと駆け出す。
遠目に見えてきた、出張クエストカウンター、あそこだ!
『お、おもいよぉ。あまいものほしいー』
「あとでッぜっ…な!! アップタウンには入れたら、おいしいもの一杯買ってやる!!」
『わぁ……! うん! ボクがんばるよー! プレイアーさんもがんばれー!』
うおぉおおお! と内心で叫びながら……!!
遂に──!
「ゴール! ぜぇ、受付メイ、ぜぇ……さん、これフィリップさんからです!! ぜぇ……間に合いました、か」
「え? あの……?」
無茶苦茶重かった特大リュックをカウンターに押し付け地面に四つん這いになる。
全身、汗だくだくで、乳酸がたまっててヤバイ……。
「フィリップさんからなにも伺ってませんが……? これは何のいたずらでしょう」
「……はぁはぁ。……………………っえ?」
困った顔で首をかしげる受付メイド。
プレイアは酸欠で真っ白になった頭で、言葉の意味を必死に考える。
あれだけ時間がなくて急いでいたのに、世界の時が止まったような気がしたのだった。
活報に用語用質問箱設置しておきました。