時は少しさかのぼり、プレイアが酒場を飛び出した頃。
「う、うわぁ、本当にいっちゃったよ」
「マスター、どうするんです?」
「どうもこうも……仕方ないよね。不合格かなぁ」
「ですよねぇ。さすがにあの荷物を20分で運ぶのは難しいでしょうし」
フィリップは困っていた。
信頼できる冒険者で、実力もついてきた子にはアクロポリス通行許可証を与えている。
当然、実力がついてきたというのはプレイアにも当てはまる。だが、プレイアはクエストを失敗したことがなかった。どんな冒険者でも、クエストを失敗をすることはある。成功だけを残す完璧な人間などいない。特に、初心者として失敗を繰り返していない冒険者は調子づく傾向が多い。
自分の実力を過信して、出来もしない仕事を受けることがあるのだ。
今回用意したクエスト。
『試験』は、プレイアが素直にできないということを認めさせるためのものだったのだ。出来そうでできない仕事をどうするか。もちろん、出来ないと認めて断る。何より、クエストを失敗したときに困るのは依頼主と仲介役のクエストカウンターだからだ。
石橋をたたいて渡ることを覚えさせる、フィリップからの初心者へのエールの試験だ。
意地を張らなければ合格する、簡単な試験。ただし、受けてしまえば地獄。確実に不合格をする事が最初で決まる試験だ。
……プレイアは理解力の高い男の子だったので、確実に趣旨を理解してくれると踏んでいたのだが。
「将来は有望な冒険者に見えるんだよねぇ。まぁ子供だし仕方ないと言えば仕方ないか」
「どうするんです?」
「失敗した後にしっかりとした反省を見せれば、試験の趣旨を教えて今後に生かさせる」
「……嫌われますよ?」
「大人が進んで嫌われ役にならないとね。有望な子供の間違いを犯す可能性を減らすんだ。今嫌われても未来で意味が分かるよ」
アフターフォローはしないといけないだろうが、それこそ対応次第だ。
色々と考えておくか、とフィリップは大きくため息をついた。
そして、この事態になった原因と自身の失敗を反省する。
「絶対に運ぶことは無理だって思わせるつもりだったんだけど、ここは僕のミスだからなぁ」
「重そうでしたけど、最後普通に持ってましたもんね。実はJOBがマーチャントってことは?」
マーチャント。
BP系(バックパッカー系)職業の一つ。非常に重い荷物でも、綺麗なパッキング技術で大量に持ったり、根性でどんな重い荷物でも運びきってしまう商人。基本、路上の露店商はマーチャント商人だったりする。なので、店員メイドさんは例に挙げたのだろうが……。
「いや、彼はノービスだよ。以前、戦える職業に就くためにアップタウンを目指していると話していたからね」
「へぇ~。討伐クエスト受けないのに意外ですね~」
「彼はしっかりとしてるよ。ノービスであることの危険性を理解しているのさ」
ノービスでありながらビーの巣穴という初心者用のダンジョンに潜り込んでしまう駆け出しは多い。そして、大けがをして帰ってきて初心者冒険者は、身の丈を学ぶのだ。最近も、ノービスで冒険に憧れていた少年たちが大けがを負って帰ってきた。……もう少し待てば、体に紋章を刻んで安全に冒険をすることが出来ただろうに実にやるせない。
「もしかしてなんですけど、アップタウンに入るって条件だったから、目の色が変わったんじゃないですか?」
「さすがにそれはないと思うよ」
メイドの言葉にフィリップは否定の言葉で断言する。
「アップタウンなんて条件さえ整えば、普通に入ることが出来るんだから」
フィリップ達現地人にとってアップタウンは重要拠点こそあるが、なにかしら申請すれば入れる街である。その程度の認識である。
そう、その程度の認識でしかないのだ。
アクロポリスに住まう子供でも知っている。
──ゲーム知識との、致命的なズレ。
アップタウンに入るという意気込みのプレイアとの致命的なズレ。
この『試験』が終わり、失敗という結果に終わるプレイアがどんな感情になるのかは想像が容易い。……はたして、フィリップは嫌われる程度で済むのだろうか。
「今回は試験って言葉で気負っちゃったのかもしれませんねぇ~。火事場のパワーってやつですよ」
「……悪いことしたなぁ。もう一つ重いゼリコ*1を追加しておくんだった」
そんなことに想像も及ばず、フィリップと酒場メイドは仕方ないよねぇって感じでおしゃべりする。そんな時。
「おはよう二人とも。なにかあったのかい?」
カランカラン。入口のベルが鳴り、初老の女性が入ってくる。
どうやら、フィリップと酒屋の店員メイドとは顔見知りのようで気さくに会話に入ってくる。
「ルーランさん、おはようございます。ええ、今アクロポリス通行許可証のために試験を受けさせていたのですが……」
「ふぅむ、将来有望な子がいたのかい? ただ、顔色が悪いけれど、何かあったのかしら?」
フィリップは脱帽して頭を下げてから、困り顔で今あったことを説明する。
事情を聴きながら、ルーランと呼ばれた初老の女性はポンと手を打った。
「最近走り回っていたあの子だね。私も孫からの手紙で数回世話になってねぇ」
「ああ、そういえばマーシャちゃんからの手紙もありましたね。……どうでした?」
フィリップは小声で、ルーランに話しかけた。
良くも悪くもここは酒場、いろいろな派閥の人間がいるのだ。
特に目の前のルーランという女性は、一つ一つの発言に大きな力を持っている人物。
──この街『アクロポリス』評議会の重鎮。
「評判は悪くないよ。数日の間ダウンタウンのベンチで過ごしていたようだけれど、しっかり家も借りられたみたいだしねぇ」
「子供がそういうことをしていれば、嫌でも噂になりますからね」
「あのぉ、お話の途中すいません。その男の子ってプレイアくんだったんですかぁ?」
「ええ、そうみたいね。今ではしっかり生活できてるようでよかったわ」
「ホームレスの男の子の話は知っていたんですが、しっかりしたプレイアくんと繋がってなかったのでフィリップさんにも伝えてなかったんですが、こんな噂があるんです」
「まぁ、彼しっかりしてるし、つながらなくても無理はないね」
「……あのぉ眉唾なんですけど、あの占い師のレミアさんが家を紹介したって噂ご存知ですか?」
プレイアが路上で生活をしている間は良い噂が流れていなかったようだ。
ひそひそと、酒場のメイドも話に参加してきた。彼女は、プレイアとその噂の少年が繋がっていなかったようだ。だが、ここにきてホームレスだった少年の噂話がプレイアに繋がった。酒場で誰かが話していた噂話を思い出したのだ。
メイドの言葉が予想外だったのか、フィリップとルーランは二人してメイドの顔を見つめる。
「だからぁ、家を借りる際にあのレミアさんが力を貸してくれたみたいなんですよぉ」
「えぇ!? とてもじゃないが信じられないけど、あのレミアさんがかい!?」
「しーっ! マスター、あくまで噂なのでお静かにっ……!」
「おっとごめん。……確かに下手な噂を流してあのレミアさんに目を付けられたくはないからね」
「ですですっ!」
「……へぇ、あのレミアがねぇ」
酒場で珍しいとお客がしゃべっていたのを耳にしていたらしい。
店員メイドはあまり信じていないようで、フィリップとルーランも怪訝な様子だ。
レミアの名前に含んだような反応をする三人。
かなり昔からダウンタウンの北に居を構える時を知る魔女。
混成騎士団も彼女の力や意見が無視できない。未来を見てもらいにギルドの重鎮すら占ってもらいに来る人物。だが、占いが行われるかは彼女の気分しだい。
占ってもらえなかった場合は、仕方ないと諦めて帰るそうだ。
機嫌を損ねてしまい、アクロポリスから去られてしまったほうが損失になるから。
とある不思議な噂話もある。
他所の国のお偉いさんがしつこく迫り占ってもらったところ、非常に痛い目に会ってしまったそうだ。レミアはその痛い目に合う結果を占い相手に告げていた。
貴方がここに来たことで貴方は災難を呼び込んだのだ、と。
重鎮は不幸を避けようとしたが、どうあがいても避けられず災難に見舞われる。もちろん、レミアは一切手を加えていない出来事。レミアのせいだと、お偉いさんは再び迫ったそうだが……。
『世の中には知らなくてもいいことがある。
……で、今から起こるあなたの不幸、聞きたいかしら?』
そうにっこりレミアが笑って告げると、相手は泡を食った様子で国に帰ったそうだ。
いまだに彼女の力は底が知れず、古くから姿は変わらない。
人々は口々に言う。
時を知る占い師レミアは気まぐれな大魔女だ、と。
「そんな噂があれば、レミアに取り入りたいであろう各混成騎士団が放っておかなそうだけど」
「なんでも、騎士団に入るのは良いけど冒険はできるのかって聞いたそうなんですよぉ」
「騎士団に入って冒険……? それは前代未聞の試みだね」
騎士団とは、各地でモンスターから領民を守ったり、困りごとをこなす職業。だからこそ、人を守るという使命を理解してるので気高いのだ。冒険者も人を守っていると言っても、行き当たりばったりでクエストを受けるも気分次第だ。
自由気ままな冒険者とは、まさに対をなす職業と言ってもいいだろう。
「ええ。結局自由がなくなるならってダメだって、いろいろ融通させてもらえる条件を蹴ってどこにも入らなかったそうです」
「北なら魔法。南なら最新武具の調達。西なら燃料問題。東なら潤沢な食糧かい? ほかにも融通が利いたろうに」
「それよりも、明日もわからない冒険者生活のほうが大事か……。子供特有の好奇心ゆえかな」
「……大人になったら後悔しそうですね」
「それはまぁ……、そうかもね。でも、世の中ってそんなものだから」
どこか苦い顔のフィリップはやれやれと首を横に振った。
各騎士団は、レミアと近づくためなら何でもするといった体で条件を提示していったそうだ。だが、冒険という単語を出されれば、そんなのは自分勝手な冒険者と変わらない、と渋ってしまった。
プレイアにとって冒険という要素がどれだけ重要視されているなど、混成騎士団には理解されなかった。プレイアも、ゲームで冒険者という体でプレイしていたので、騎士団の重要性など理解できない。特にプレイアは好条件と言われてもゲームであった飛空庭*2で直接各騎士団の国まで飛べるくらいにしか恩恵を思いつかなかったというのもある。
話し込んでいた三人が、レミアに世話になった少年は少々無鉄砲な性格なのかと思い始めてきた頃。
ジリリリリ! ジリリリリ!
店内のカウンター奥にある古めかしい黒電話が音を立てる。
フィリップは再びルーランに失礼します、と頭を下げ、電話を取りに戻った。
さて、相手は誰であろうか。
この黒電話にかけてくる相手はさして多くない。こんな古めかしい黒電話ですら、機械時代のオーパーツとして扱われ、持っている人間が限られるからだ。しいてあげるならば、ギルド元宮からの直接の依頼や、各平原の出張クエストカウンターなど。
別の国から直接かかってくることは、ほぼないので候補から外しておこう。
「はいはい、こちら酒場のフィリップ。ご用件は?」
『フィリップさん。こちら西の出張カウンターです』
「ん、なにがあったんだい。電話なんて、珍し…い……。まて、西の出張カウンター?」
フィリップは少し、固まった。
脳裏に浮かぶのは、今まさに電話がかかってきた先に向かった無理難題を請け負った少年の名前。かぶりを振って、ありえないとちょっと思い浮かんだ思考を打ち消す。先の会話からしっかりしていそうに見えて、少々無鉄砲じみた少年ということを理解していたからだ。
おそらく、別な要件だろう。
大人が手ぶらで全力疾走をして、ようやく間に合うような時間設定。
なのに、あんな大荷物背負った子供に間に合うわけないのだ。
「……うんうん、これはきっと別な要件」
『あれ、なにかありました?』
「いやいやっ! なんでもないよ、要件は何かな!」
ちらりと時計を見る。
カチ、カチ、と音を刻むその時計の二つの黒芯示す時間は──。
──時刻 午前9時19分。
約束の時間まで、あと一分。
どきりと、心臓が跳ねる。
『こちらもよくわからないんですけど。特に依頼もないのにめちゃくちゃ重い鞄を受け取ってくれっていう男の子が──』
ぽろっ、っと黒電話の受話器を落としゴゴゴゴン! と机にぶつける。
電話から、『イイッ↑タイ↓ミミガァァァ↑』と出張カウンターの店員メイドの叫び声が聞こえる。
驚きの冷や汗で震えるフィリップは思う。
あのレミアさんに認められている冒険者『プレイア』。
並みに考えていると、ちょっとヤバいかもしれない、と。
「あー悪い。僕からの依頼だ。少年の名前がプレイアなら受け取っておいて」
そして、ここで合否を決めるつもりだったので、西の出張カウンターの店員メイドに何にも伝えていなかった事をようやく思い出し、自分の連絡ミスなのでしっかり受け取っておくようにと告げるのだった。
『しっかり預かりました。ほかに伝えておくことは?』
「……僕のクエストカウンターまで戻ってくるようにと伝えておいてくれないかな。疲れているだろうから昼までにゆっくり戻ってきてくれればいいとも」
『了解しました。あと……、今度受話器から大きな音だしたら評議会にオーパーツの不適切な扱いとして連絡を入れるのでご注意を。いいですね、私の耳が痛いからではなく、オーパーツの取り扱いについてです』
「は、はは。心得ておくよ……? ごめんね?」
ガチャン!
きつい音と一緒に、通信が途切れる。
しっかりと後で謝らないとなぁ、とフィリップは受話器を当てていた耳を抑えた。
そして切り替えるように、大きく頷いた。
戻ってくるだろう、プレイアに『合格』を告げることを決めた。今回の思惑や試験の趣旨を告げることはしておこう。レミアに認められている冒険者なら、それでしっかりと理解をしてくれるだろうと自身への反省とプレイアへの期待をこめる。
「彼はいつか今回以上にアッと僕たちを脅かしてくれるような、そんな気がするね」
フィリップは、フフフと笑ってこちらの様子を見ているルーランと酒屋のメイドの元へ、有望な冒険者の朗報を携えながら戻るのだった。