終わった噺の祈るひと   作:唯のかえる

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第4話

 レンガ造りの整った道を進む。

 

「わぁ……。ここが、本物のアップタウン」

 

 周囲から田舎者と思われるほどに、おのぼりさんの様相できょろきょろと周りを見渡す。

 洒落たレンガ作りの街並み。中央にはそびえ立つ青のタワー。ダウンタウンとは違って汚れた旅装の人間は少なく、生活感のある綺麗な私服姿が多く見て取れる。

 ゲーム的にはおしゃれとして、グラフィックの気に入っている見た目用の服を実用的な強い装備に融合する『武具融合』というシステムもあったものだが、いま目に映る人々の服はどうなんだろうか。

 やはりというかゲームとのMAPと違う広さに目を白黒させながら、大通りをプレイアは進む。

 

 今回アップタウンに入ったのは、念願の冒険を始めるにあたって必要なことである職業を手に入れることだ。その職業は、ゲームであれば2種類以外一括して『ギルド本宮』という建物で設定することが可能だった。こっちの世界でもそれは同じということは事前に調べてある。

 

 大通りを進めばギルド元宮はすぐに見えてくると、酒場の店主であるフィリップが言っていた。

 というか、建物が大きいから本当にすぐ大きな宮殿のような建物が……。

 

「でっかいなぁ。いや、ゲームでもデカかったけど普通にお城みたいなサイズ……」

 

 まるでタージ・マハルのような形で、遠くからでもよく見える。プレイアが想像していたよりもご立派な建物であった。白磁に輝く城のような建物には、ここからでも見えるように各ギルドの紋章をかたどった旗が風にゆらゆらと美しく揺れている。

 

 周囲の街並みを散策しながら大通りを歩き続ける。

 ギルド元宮の周辺には、他にも巨大な建造物が複数あった。

 転移当初から巨大さを誇示している青いタワーや、ギルド元宮と同じような白磁色で統一された白の聖堂とその正反対の位置には黒曜石のような光を吸い込む黒の聖堂。

 広場には先ほどの大通りに少なかった冒険者のような風体の人たちがたくさんいる。いくつかマーチャントによる露天商なんかも出ているようだ。軽く覗いてみると、おしゃれ用の服や格好いい武器とかが置いてあるようだ。歓談なんかを立ち聞きしてみると、やれどこのモンスターを倒しただのお宝を手に入れだの楽しそうな声が聞こえる。

 

 そして、ついにこの世界に来てから第一目標にしていたギルド元宮の大きな正面入り口に辿り着いた。

 深呼吸。胸に手を当てる。少し緊張して、汗で服が湿る。

 

「大丈夫。職業はちゃんと決めてきたから」

 

 ──チリッと、本当にそのJOBで大丈夫か? という思考。

 大丈夫だと、思う。

 たぶん……、大丈夫。

 

 一度決めたJOBは二度と変えられない。

 体に紋章を刻むのはそういうことだと、ゲームでよく知っている。

 気に入らないからって別なキャラクターで新たに冒険を始めることなんてできない。

 

「ねぇ君! そこの不安そうな君! おーい、大丈夫?」

「っ!? あっ、はい、大丈夫です」

「お、もしかして今から紋章を刻みに行くところ? いいねぇ、若いって感じ」

「いやいや、アタシたちもまだ全然若いじゃん……。でもキミより先輩だし、少しは教えてあげられるよ」

 

 元宮の周りにいた数人の冒険者に声をかけられる。

 年齢は若いらしく、見た目であればプレイアと同年代よりちょっと上といったところか? 

 どうもギルド元宮に入るのを躊躇していると思われてしまったようだ。

 

「どんな冒険者にいなるか不安だったのかな? そうなるとレンジャーとかどうだい! 冒険、宝探し! 一攫千金だよ!」

「あ、いや──」

「ボクは断然、ウァテスをお勧めするよ! 人を癒したり、光属性の魔法を使って援護したりできるんだ!」

「えっと、もう決めて──」

「馬鹿ねぇ、ここはアーチャーよ! アタシの初心者用の弓を上げようか? なぁに最初は狙い辛いけど慣れればすぐよ!」

「レンジャー!」

「ウァテスだ!」

「アーチャーよ!」

 

「「「ね、君が決めて!」」」

 

 だ、だめだ。この人たち話を聞かずに盛り上がってる。

 というか、このままじゃなし崩しに自分の望まない紋章を刻まれそうだぞ!? 

 こういう時は、三十六計逃げるに如かずー! 

 

「ご、ごめんなさいー!!」

 

 プレイアは運搬で鍛え上げたAGIを発揮し、ギルド元宮から逃げるように広場を後にするのであった。

 

 

 ☆

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 ぜぇ、ぜぇと息を荒らげながらしばらく走った先にあったベンチに座り込む。

 土地勘のない場所で現在地がほぼほぼ分からなくなったが、どこからでも見える青いタワーを目指していけばギルド元宮にはたどり着けるので特に心配はしていない。

 ぐぅー。とプレイアのお腹が鳴る。日は既に中天にあり、時刻は昼なのだろう。どこからともなく、おいしそうな匂いが漂ってくる。

 先ほど走ってきた大通りのほうを見れば、まばらながら食事が出来そうなおしゃれなオープンテラスのようなものもいくつか有るみたいだ。

 

「何か食べようかな。お腹いっぱいになれば、不安とかも吹っ飛ぶ気がするし」

 

 両手を見つめる。

 少年らしい柔らかい掌。これからいっぱい武器なんかを握って大きくなる手のひら。

 大丈夫、大丈夫と心の中で呟くが一度首をもたげた不安はやっぱり、どうしても消えてくれなかったのだ。

 首をぶんぶんと振って、とにかく何か食べようと意識を切り替える。

 考え続けてたって、なおさら不安になるだけだ。

 

「あ、そういえばタイニーと約束してたっけ」

 

 アップタウンに入れたら、おいしいものを一杯買ってやる。そういってフィリップさんの試験の時に約束をしていた。

 守らなかったら拗ねるだろうし、ちゃんと思い出したので腰につけたポーチからタイニーを呼び出すハンドベルを取り出し鳴らす。

 

『おいしいもの! 約束! いっぱいちょーだい!』

「アハハ、これから買いに行くところだよ。一緒に選ぼうか」

『うん!』

 

 出てくるなり、両手を広げてぷりーず! と催促をするクマの人形の頭をなでてベンチを立ち上がって歩き出す。

 

『いろいろたべたいなー。あっちから甘いにおいがするよ!』

「お店に座るより、せっかくだから街も見て回る食べ歩きにしようか」

 

 ギルド元宮の前とは違う別な広場で出ていた露店から、焼き鳥や肉まんなどを買いながらタイニーとはんぶんこしながら食べ歩く。

 意外と運搬で稼いでいるので、少しくらい贅沢するのもたまにはいいだろう。

 

「そういや、君はいつも夢で逢うタイニー?」

『そうだよー? ちゃんとおぼえてよね!』

「あはは、ごめんごめん。でも、ちゃんと会話する前にいつももの投げられて終わっちゃうからさ」

『びゅんびゅーんって投げるのたのしい』

「ごめん、あれ痛いから勘弁して」

 

 しかたないなぁー。と肉まんをぱくつくタイニーに少し安堵。

 安眠は確保されたような気がしないでもない。でもなぜだろう、別ないたずらで遊ばれそうな気がするのだった。

 

『ねぇねぇ』

「ん? なんだろ」

『食べてるの、おいしくないの? なんだか、そんなお顔してるよ?』

 

 ぺたりと、プレイアは自分の顔を触る。

 ずっと、ご飯を食べていても、タイニーと話していても、心の片隅でひりつく不安が晴れない。

 

『ねぇ! あれ食べたい! あれは甘くておいしいよ!』

 

 タイニーも気を使ってくれるのか、おいしそうなクレープ屋さんを見つけて指をさす。

 

『君がたべなくても僕はたべたいからね!』

 

 前言撤回。割と自分本位だわ、この子。

 まぁ、タイニーのリクエストなので一つクレープを買ってタイニーに渡す。

 

『うまうま』

 

 ぱくつくタイニーの口周りはクリームでべっとり。 

 

「仕方ないなぁ……。ほら、こっち向いて」

『むむむ? むぐぐ~。ありがとう! ぱくっぱくっ! むぐー!』

「わざとやってんのか……。ほら、綺麗になった」

 

 布きんで拭ってあげて、落ち着いて食べれるようにベンチを探して座る。

 食欲は無くなっていたので、タイニーが美味しそうに食べているところをぼけーっと眺める。

 

『ねぇ、だいじょうぶ? ……一口、たべる?』

「ねぇタイニー」

『ん?』

 

 よく考えたら、タイニーはかつてのプレイヤーとしての自分を知っている稀有な存在だった。

 不安を、打ち明けてみてもいいかもしれない。

 

「不安なんだ。一度選んだ職業は変えられない。でも、本当に今考えている職業で未来の自分が後悔しないのか分からないんだ」

 

 空を見上げる。雲がゆっくりと流れていく。

 

「イレイザーを目指そうと思ったんだ。ゲームでの単独での火力なら一番出しやすいからさ」

 

 スカウト系JOBの最終職業。

 スペシャルアビリティに敵の防御を無視するという物があり、単純な高倍率火力でダメージを通しやすい。

 一人で戦うのであれば、モンスターから身を隠すスキルだってある。

 攻撃力を底上げするスキルだっていっぱい揃っている。

 でも……。でも、本当にそれで大丈夫なんだろうか。

 

 あの、ゲームですらものすごく強かったクトゥルフに勝てるのだろうか? 

 

『ねぇ、聞いて』

 

 タイニーが、口を開く。

 いつになく、声音が真剣なものに聞こえる。

 

『君は、きっと後悔する。絶対に後悔するよ』

「タイニーは、イレイザーじゃだめだと思うんだ?」

 

 じゃあ、何がいいんだろう? その問いは、タイニーの首が横に振られたことで口に出来なかった。

 

『イレイザーだからとかじゃない。君は、どんな職業を選ぼうと後悔する』

 

 ドキリ、と心臓がはねる。核心をついて告げられたのは、ずっと思っている不安の正体。

 なんでわかるの? いい加減なことを言わないで。そう思った。

 でも、口に出なかった。

 それは、俺自身が想像のついていたことだから。

 きっと、回復魔法が使いたい場面が出てくるのだろう。

 きっと、強い攻撃を放たねばいけない場面が出てくるのだろう。

 きっと、遠くの敵を攻撃しないといけない状況に陥るのだろう。

 

 でも、一つの職業じゃ出来ることが限られてしまう。

 ジレンマだった。

 寝ずに考えたけど、無理に納得させて選んだけど、どうしようもない事だった。

 

『君は好きなことをするべきだと思う。君は、この世界が大好きだったでしょ? 戦うために好きだったわけじゃない。だから、好きなことをしてほしいな。冒険でも、生産でも、魔法だっていいんだ』

 

 一言一言が胸にしみる。

 

『──夢と希望を忘れないでね。それが僕と君の繋がりなんだから。

 君はソレをなくしたら、私たちとはもう会えないんだからね?』

 

 心臓が熱い。

 まるで、別人のように力強く語るタイニーの想いが胸に流れ込んでくるよう。

 

 タイニーとは、妖精である。

 子供にしか見えない、夢を忘れた大人には見えなくなる御伽噺だ。

 この子と会えなくなるのは、かなり悲しいだろうなと思った。

 

「夢を、忘れるなかぁ。難しいね」

『けど、君ならできるでしょ』

「どうしてそう思ったの?」

 

 信じ切ってるその言葉が不思議でたまらなかった。

 なにか、プレイアの知らない根拠を持っているかのように自信満々で。

 タイニーは大仰に頷くと、簡単に一言。

 

『だって君は、私達としゃべれるからだよ! んー、くれーぷおいしい!』

 

 しぱしぱとプレイアは瞬く。

 タイニーは、先ほどの真剣な様子とは打って変わってクレープを食べ始めた。

 

「ぷっ、ふふ」

 

 ハハハ、と笑いが出てくる。

 タイニーが教えてくれたソレは真理だった。

 

 きっと、何を選んでも後悔するならやりたいことを選ぶべきだ、ってことだ。

 

「ハハ、ねぇタイニー。俺さ、憧れてた職業があるんだよ」

『むぐむぐ、じゃあそれにしよう?』

「……うん、そうする。簡単なことだったんだな」

 

 昔、ゲームを始めたときに格好いいなと思った職業があった。

 プレイ次第では強かったり弱かったりするその職業は、この世界では真っ先に選択から除外していた。

 

 タイニーはクレープを食べ終わっていた。

 ベンチから立ち上がる。

 

『ねぇ、結局なににするの? おしえて!』

「それはね、最後までゲームで使ってた職業。メインキャラとして扱ってたキャラの職業」

 

 タイニーと一緒にギルド元宮に歩き出す。

 

 

「──ソードマンだよ」

 

 

 ゲームプレイ環境で強さが分かれる、でも使いこなせればとっても優秀な職業だった。

 




おそくなりました。

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