箒が空を飛び、アクロポリスを一望する。
ゆっくりと向かう先は、アクロポリスシティとアクロニア平原を結ぶ稼働橋……の下にある大きな水路。平原の切り立った崖とアクロポリスシティのしっかりとした外壁のその場所には意外にも降りられそうな場所がいくつか目に見える。
ずいぶんと古い飛空庭(解説)の設置されている場所や、なにかを搬入するような場所。
なんだか、秘密基地に最適そうな場所でワクワクする。
その中の一つに、空飛ぶ箒の目指す場所があった。
「いらっしゃいプレイア」
「お誘いありがとうございます、レミアさん」
「ふふ、以前に約束していましたからね」
箒から降りると、再びPON! と音を立てて小さくなって隅のほうに飛んでいき、壁に寄りかかって動かなくなる。箒に連れられてきた場所は程よく整備され、蔦が軽く外壁に外装然として茂っていた。そこではレミアが片手を振りながら挨拶している。
今日のレミアは顔を隠している布を外しているようだ。顔全体を見るのが初めてなので、まじまじと見つめてしまった。普段見えていない部分が見えていると、何故かイケナイことをしているような気分になるのはなんでなんだろうか。
「? どうかしたの?」
「あ、いえ!? 綺麗な場所ですね。静かで、落ち着けそう」
「ふふ。ええ、ここは私のお気に入りなの。じゃあ、そちらにお座りくださいな」
この場の名を仮に決めるとしたら、『レミアの秘密の場所』だろうか?
BGMはきっと『my country』だろうな、とりとめのない事を考えながら頬の熱を冷ます。レミアの指し示す場所には、テーブルクロスの装飾されたテーブルとアフターヌーンティのセットが。
三人分の茶器。
レミアの前にある一つは空で、もう一つは湯気が立っていて入れたばかりのようだ。
ほかにも誰かくるのだろうか……?
でも、そちらと言われた場所には空のカップ。
「?」
「お客さんが来ていたの。貴方が来るまでの暇つぶしに付き合ってもらっていたわ」
プレイアの視線に気が付いたレミアが説明をしてくれる。
なにか、大事な話でもしていたのだろうか。
「タイミングが悪かったですか?」
「そんなことはないわ。
出来れば貴方にも合わせてあげたかったのだけど恥ずかしがり屋さんみたい」
「恥ずかしがりですか……?」
やれやれとレミアはかぶりを振って、お茶を入れなおすわねと何処からともなくティーポットを取り出した。こんな秘密な場所にも、お客さんが来るなんてレミアさんもお仕事大変そうだなぁと思うのだった。
コポコポ、お茶が空いていたティーカップに注がれる。
美しい紅が揺れる。どうやら紅茶のようだ。
入れてもらった紅茶の香りがふわりと空間に広がっていくのを感じた。
「プレイアはソードマンになったのね」
「はい。でも実感があまりわかなくて……」
「ふふ、最初はそんなものだわ。刻まれた紋章を成長させれば実感していくでしょう」
「紋章を、成長ですか?」
ゲームで言うジョブレベルの事だろうか?
首をかしげるプレイア。でも、レベルって聞いて回ったけど結局謎な感じだったのだ。というか、刻まれた紋章? まずそこから良く分からない。
刻むとか言っていたから入れ墨みたいにされると思っていたのに、特に何もなかったのだ。
疑問に思っているプレイアに気が付いたのか、レミアが簡単に説明してくれる。
「まず、貴方の紋章を見てみましょうか。紋章を刻んでもらったあたりに意識を向けて今までにない感覚を探してみなさい」
「今までにない感覚」
言われるがまま、じっと服の上から自分の胸を見つめる。
………ん? 何だろうこの、感覚。
あ。
「なんか浮かび上がってきた……!」
「今はまだ小さな紋章だけれど、様々な経験を積むことでどんどん大きくなっていくの」
剣をかたどった淡く光る小さな紋章。
これが、この先成長していく。
頼りない光で輝くソレに、将来の期待を乗せて祈っておく。
「貴方がウィザードを選択していたら弟子にしてみようかと思っていたのだけど当てが外れちゃったわね」
「ええ!? レミアさんの弟子ですか!?」
「あら、私はそのくらい貴方の事を気に入ってるのよ? それに弟子なら数人いるわ。教えるのが上手いって評判なんだから」
「あ、あはは……、それは恐れ多いというかなんというか」
人差し指を立てながら楽しげに話すレミア。
なんでこんなに気に入られてるんだ? やっぱりあの約束のせいなのかな? と、プレイアは良く分からずに内心で首をかしげる。
「ふふ。じゃあせっかくだし、貴方がソードマンを選んだ理由を教えてくれる?」
「えっと、それはそんなに長くならないです。
『自分自身が選んだ。何にも流されずに、俺が決めたんだ』
そう思って、後悔しても何度だって立ち上がれると思ったから選びました」
ぱちぱちとレミアは目を瞬く。
何を思い出すように、自身の胸に手を当てて同じように口に出す。
「『自分で選んだ』『何度だって立ち上がれる』」
「どうか、しましたか?」
「とっても大切な気持ちね。ふふ、貴方は私の好きな言葉を息をするように吐くわね」
なにか含むような言葉。少し懐かし気に遠くを見る瞳。
どうしたのだろう? 首をかしげる。
「いえ、そうね。昔、私とそういう会話をした素敵な女性がいた事を思い出したの」
「素敵な女性ですか?」
「あら、貴方もそういうの気になるの? でも、今は私とのお茶会ということを忘れないでね?」
「あ!? いや、そういうわけじゃなくて、あの……はい……」
「ふふ、冗談よ。でも、その話はまた今度にしましょう」
ふわりと微笑むレミアのせいか顔が熱を持つ。
今自分の顔は真っ赤に染まっているんだろうなと思いながら、プレイアはお茶でも飲んでごまかす。
「今日は紋章のお祝いもあるけれど、聞きたいことがあって貴方を呼んだの」
「えっ?」
「答えたくなかったら答えなくてもいいわ」
夕暮れが迫る。
日は傾き始め、日を反射する水路が、僅かに茜に染まる。
水路から反射して、茜色の光がレミアを妖しく彩る。
「貴方はどこからやってきましたか? 」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
「それは……」
「もう一度言うけれど、答えたくなかったら答えなくてもいいわ」
でも、とレミアは続ける。
「貴方には寝泊まりする方法を知らなかった。帰る家もない。
誰しもが知っているはずの常識がないわ。
紋章についても、街の広さにさえ疑問を抱いていた。
そして何よりも、誰も知らないことを知っているわね? この世界の行く末を」
そこで、レミアは言葉を止めてこちらの反応を待つ。
脳裏によぎるのは、彼女が自分のために良くしてくれた事柄。
──小さな約束。震えていた自分の質問への回答。
──常識のない自分への注意。住まう拠点の手配。
──空を飛ぶ箒という感動。紋章に対するお祝い。
色々教えてくれて、たくさん与えてくれた彼女に対して、プレイアはごまかしや嘘を言いたくないと思ったのだ。
「たびを、していたんです」
だから、声が震えていたがゆっくりと話を始めた。
「旅?」
「はい。……嘘みたいな話になりますよ?」
「ええ。聞かせてちょうだい」
では、と姿勢を正してレミアの瞳を見つめた。
「アクロニアの物語の世界を旅をしていたんです」
懐かしさで、目が潤む。
それでもレミアと視線を合わせて、語る。
語ろうとした。
「それはこの世界の未来で、
それはこの世界の過去で、
それは、とても素敵な希望の物語でした」
プレイアは、こくんとうなずく。
何から語ろうかと、言葉をさ迷わせてた時、
──どこかでカチリと音が聞こえた。
◇
「──? ──イア?」
うつらうつらと、頭が揺れる。
近くから声がする。
なんだろう……? すごく体が疲れてる、意識に靄がかかったみたいだ。
誰だっけ。何をしていたんだっけ。
そうだ、紋章を刻んでもらって、レミアのお茶会にに来て……。
「ねぇプレイア、起きて……?」
「あ、れ? のわっ!?」
目の前に、レミアの心配そうな顔が。
いつの間にか、席を離れたレミアがプレイアの顔に手を当て至近距離で見つめていたのだ。
「……平気? 体におかしなところはない?」
「特に、何ともないです。何を? あれ、何があったんでしたっけ……?」
何をしていたんだっけとプレイアは思考する。
そういえば、レミアに自分の出自を話そうとしていたんだったんだっけ? 首をかしげながら、思い出したように言葉を吐く。
「
「……。あら、記憶が混濁しているのね。その話はもう聞いたわよ?」
「んん? あれ、話しましたっけ?」
「ええ、もちろん。話したと思ったら急に寝ちゃったのよ? 流石の私もびっくりしちゃった」
「ええ!? あの、すいません……、全然覚えてなくて」
「そうねぇ。紋章を刻んだばかりだし、ちょっと体がビックリしてしまってるのかもしれないわ。慣れないことで緊張して疲れていたのかもしれないわね」
プレイアはレミアに落ち着くようにと頭を撫でられる。
こんなに辛そうな顔をさせてしまったのが申し訳ない。相当驚かせてしまったようだ。しばらく撫でるとレミアは元の席に戻って、口に手を当てて思考をしている。
「プレイア、貴方を占わさせて」
目を瞑った後そう言うと、どこからともなく占いに使うのであろう丸い水晶を取り出して、手をかざす。プレイアはその動作を見て、占いの邪魔をしてはいけないと無言で待つ。
日は完全に傾き、夕闇がやってくる。
もともと日が当たりにくいこの場所は、どんどん暗くなっていく。
明かりは、蒼に輝く水晶の光のみ。
テーブルのお茶が冷めたころ、ようやく思考から帰ってきたレミアはゆっくりとこちらを見た。
水晶の光が反射して、温かみを帯びた琥珀色のレミアの視線が射抜く。
「『ゆめみのたびびと』」
ぽつり、とレミアは言葉をこぼす。
首をかしげるプレイア。
どこかで聞いたことがあるような言葉だった。
「『ゆめみのたびびと』は、少し特殊な存在の事を指します」
少し考えて、思い出した。
ゲーム内ではとあるイベントのタイトル名。
『普通』を求めた少女の、優しい家族との団欒を夢を見る話。
でも、あの話は最後まで実装されることがなく、ゲームが終わった今では絶対に完結がされることのない話。プレイヤーだけが覚えていて、街の人たちが少女と家族の記憶を忘れたところで話が終わったような気がする。
「『ゆめみのたびびと』と言われて、身に覚えがありませんか?」
「ゆめ……」
「例えば、夢に関する存在と出会ったとか」
ハッ、とプレイアは目を見開く。
「タイニーが、俺の事を覚えてたんです! 俺と同じで、全部。旅したことも」
「子供に愛された人形に宿る妖精。夢の世界に住む御伽噺の存在。……大きな翼をもった存在に心当たりは?」
「翼ですか?」
その単語に引っかかるのは、タイタニア種族とドミニオン種族。
どちらも翼を生やした、この世界の住人だ。
……でも、これといって特別に知り合っていないんだよなぁ。
「うーん、特別に思いつかないです」
「そう……」
レミアが頷く。そして、切り替えるように胸の前で手をぽん! と合わせた。
先ほどまでの剣呑な空気はどこかに失せ、ふうと一息。
「さて、暗くなってきましたしおひらきにしましょうか。付き合ってくれてありがとうプレイア」
「いいえ、こちらこそお誘いいただきありがとうございました。……その、途中で眠ってしまってごめんなさい」
「ふふ、いいのよ。あ、そうだわ!」
思いついたように、レミアが微笑む。
「ねぇプレイア、聞かせて?」
なんだろう? 首をかしげる。
「貴方は、どうして冒険者を目指そうと思ったの?
いつか言っていた世界を救いたいのは、あなたの意思?」
「それは──」
考える。
最初は、怖かったからだ。
世界が滅ぶことを知っていることが怖かった。何とかなると楽観的に思えなかった。だから、自分で何かできることをしようと目的もなく思った。
でも、今は少し変わった。
「世界中を見てみたいんです。あの旅と同じように。
きっとそれは、とっても素敵な出会いが待っていると思うから。
それに好きになった人たちの力になれたらうれしいなって思うんです。
だから、この想いは俺だけのものです。俺の意思です」
俺の答えを聞いて、心底安心したような表情でレミアは頷く。
「じゃあ、貴方が旅をして帰ってきたらこうしてお茶会をしましょう?
その時に、貴方が見て触れて感じたことをぜひ教えてほしいわ」
「全然大丈夫ですよ! とっても嬉しいお誘いです!」
「ふふ、ありがとう」
ぱちんとレミアは指を鳴らす。
すると壁にかかっていた箒が大きくなって、浮かびながらプレイアのもとへとやってくる。
「プレイア、良い旅を。貴方に素敵な出会いがありますように」
バイバイと手を振るレミアに一礼をして、再び箒に跨る。
来た時と同じように、箒は空へと浮かび上がり飛び立った。
そうだ、と思いついて悪戯っぽく笑ってプレイアは最後に一言。
「レミアさんと出会ったことが、すでに最高に素敵で特別な出会いですよ! それじゃあ、また!」
まんまるに目を開いたレミアの姿は何と言うか印象的で、今後見れるか分からないと思ったのでしっかりと目に焼き付けておく。その後、箒に運ばれて家に帰りついたプレイアは良く分からない倦怠感で疲れ切っていたのですぐにベッドで休むのだった。
◇
プレイアとお茶会を終えたその場所で、私は先ほどの事を思い出す。
『おはよう、こんにちわ、こんばんわ』
こちらを見ているようで見ていない目を。
ぴちゃん、と私の秘密の場所に水音が響く。横を通っている水路に、月明かりが揺らめいていて不思議とその場は見通せるほどの光量を与えてくれる。
茶器を傾け、揺れる月を眺めながら思案を続ける。
『こうして端末が反応したってことは、信頼できる上位種族に出合えたって事なんだろうけど予想より早かったせいで、そちらの情報が全く届かないんだ』
虚ろな表情のままプレイアの口が動く。
いいや、それはプレイアと呼ばれる者ではなかった。
上位種族。私がただのエミル族から上位転生したハイエミルということを知る存在は少ない。プレイアにそれを教えたことはなかった情報。彼なら知っていてもおかしくないだろうけど、急に名前で呼ばなくなるなんてことはないだろう。
『つまり、会話ができないっ―ザッこと。──ザザッまずいな、端末が予想以上にまだ脆い』
焦ったような声音。
私も焦る。
プレイアの体ががくがくと震えだして、噴き出すように玉の汗が流れ始めたのだ。
いったい何が起きている? 私の質問のせい?
急いで近づいて、原因を解明するためにプレイアの震える体に手を当てた。
ドクン──と、心臓が跳ねた。
大きな影。大いなる力。
全てを包み込むような翼のイメージが流れ込んでくる。
圧倒的、上位種の存在を無理やり感じさせられた。
『ごめんザッさい! とにかくボクザザッお願いを聞いて──ザザッ!』
唐突な強大な強いイメージに体が硬直する。
プレイアの口から焦る様に、言葉が紡がれる。
『この端末を世界中を旅させて、──ブツッ』
全て聞くことはできなかった、強制的に何かが引きちぎれるような音共にプレイアの体が大きく跳ねた。プレイアの名前を何度も、呼びながら声をかける。
紋章の関係により、そこまで得意ではない回復魔法を冷静に使う。最後に、回復魔法の理論を読み込んだのは数十年も昔の事のような気がする。こんなことがあっても後悔しないように、もう一度勉強しなおさないといけない。
その後プレイアが目を覚ましたがあの異様な状態を覚えている様子はなかった。
ただし、ずいぶんと疲労している様子に見受けられた。
「『ゆめみのたびびと』。……どうして」
一度、出会ったその日にプレイアの事を簡単に占ったことがある。
分岐しすぎる未来を持った不思議な少年。分かったのはそれだけだった。
今回は、より明確に確かめるため直接目の前で占った。以前より明確に分かるはず。
そのはず、だった。
「輝かしい目的。未来への希望」
水晶からあふれるイメージは、そう暗示した。
──だが、一度もそれが達成されているようなイメージが湧かなかった。
「あやふやな地面、たくさんの壁」
貴方の道のりは非常に困難な物。
だから、貴方は『ゆめみのたびびと』。
思考を打ち切る。
大きく伸びをして、深呼吸。
「私も、出来ることをしてみましょうか」
口の前に手のひらを持ってくる。
その指には一つの指輪があった。
指輪には、エンブレムが刻まれており少し特別な感じがする。
それは『リング』と呼ばれる。
長期的な目的や交流のために複数人で構成される組織の所属を証明する物。
遠距離への通信手段。メッセージを残せるツールであった。
「ねぇ、久しぶりに会ってお話をしましょうか。
──リーリエ、ヒスイ」
旧知の仲へ、そうメッセージを残すのだった。
『ゆめみのたびびと』
少女には夢がありました。
それは『ふつう』の人の中で家族のような人たちと『ふつう』に笑い楽しんで、ただ『ふつう』に暮らすこと。それは本当に『ふつう』の夢でした。……平凡すぎて『ふつう』の人にとっては夢といえるほどのものではありませんでした。
……少女には夢がありました。
決して、叶わないだろう夢が。
ECO イリスカード『ゆめみのたびびと』フレーバーテキストより引用。
序章 了
主人公のイラストは必要?
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