終わった噺の祈るひと   作:唯のかえる

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幕間 出会う人、出会った人
フィリップの酒場/新緑の風


 時刻はお昼前。少しお腹が空いてくるころ。

 場所は東稼働橋近くのフィリップの酒場にて。

 

「だめですか」

「うん、だめだね」

 

 僕が店主のフィリップだ。

 酒場のクエストカウンターに依頼を受けに来たある少年の提案を突っぱねる。

 

「どうしてもですか? 俺はキラービーの巣穴なら適正だと思うんです」

「確かに君は慎重派で運搬クエストの受領後の受けも良い。ソードマンの紋章をちゃんと手に入れて、戦闘も楽にできるようになったんだろう」

 

 そのうえで! と続ける。

 

「君にはまだ早いよと言っているんだよ。プレイア君」

 

 目の前にいる少年はプレイア。

 時を知る占い師レミアに目をかけられている冒険者。ようやく、ノービスからソードマンの紋章を手に入れ、戦闘技能を手に入れた少年だ。

 腕を組んでジロリと、上から下までじっくりと視線をやる。見定められていることに気が付いたのか、居心地悪そうに身動ぎして姿勢を正すプレイア君。

 

「装備、整えたんだね。とってもえらいよ」

「あ、えへへ。フィールドジャケット買ったんです。さすがにスモックとモンペじゃ依頼人も頼りたくないだろうなって思いまして」

「なるほどね。じゃあ、君はソードマンなのになんで棍棒を装備しているのかな? ショートソードとかあっただろう?」

「え? 序盤は居合いよりブロウのほうが火力出るじゃないですか! 斬が高いより打が高いほうがいいですよね?」

「う、ううん??? あまり分からなかったけど指針があるのかな? なにか目的があるなら、それならいいんだ」

 

 時折、彼の言っていることは分からない。

 妙に世間との常識に疎いというか、恐らくだが良い所の出身とかなのだろう。大人に対しての会話も上手いし、世間渡りも子供にしてはそれなりに出来る。だけど、根本的な部分で知識のずれを感じるのだ。

 僕にはそれが致命的なことになる気がしてならない。

 

 でも、普通ソードマンというのは剣を使っていくものなんだけどな。使えば使うだけ、紋章が学んでいく。つまり、剣を使う機会が多ければ紋章が体の動きを最適化していく。

 流石にこれは子供でも知っていることだし、彼は明確な理由も答えた。

 知ったうえで目的を持って選んでいるのだろう。

 選んだ結果、他人とは違う結果になるんだろう。

 これが、あのレミアに目をかけられている理由なんだろうか? 

 

「うーん、じゃあ軽い知識の問題をいくつか出すね。これに答えられなければ僕が拒んでいる理由もわかるだろう」

「はい! お願いします!」

 

 知識、そう聞いてプレイア君は自信満々に頷く。

 僕は用意していた、アクロポリスシティ周辺の地図を取り出す。

 

「じゃあ、まず初めの問題だ。君のいうキラービーの巣はどこだい?」

「西アクロニア平原を抜けたあたりの……、ここですね。混成騎士団の方々が常駐してる小屋もこのあたり」

「うん、正解。目的地も分からないでクエストを受けようとしたわけじゃなさそうだね。それにイレギュラーなことが起きたときに、混成騎士団の小屋を頼れるように調べているのもポイントが高いね」

 

 じゃ、次だ。

 この辺で詰まるんじゃないかなと僕は経験から思っている。

 

「では、君にキラービーの討伐を依頼するとした場合、君はどのくらいの時間で討伐を終えられる?」

「……うん?」

「当然、巣穴だ。目標はいっぱいいるだろう。でもキラービーは空を飛ぶし、毒性は弱いが毒も使ってくる、それの集団だね。群れの中には素早いチビーやワスプやクイーンビー、長であるスティンガーだって存在する」

「……分かりません」

 

 プレイア君がモンスター討伐系のクエストをしたことがないと承知の上で聞く。

 戦闘中に乱入される想像はしていたのだろうが、群れという言葉を聞いて彼は顔色を変えた。

 嗜好品である『蜂蜜』や照明のたいまつなんかに使う『ロウ』をドロップするキラービーの巣に住むモンスターは初心者冒険者でも手を出せる程度には弱い。だけど、巣ということだけあってたくさんいるのだ。巡回しているモンスターだって当然いるし、それ相応の知識が必要になってくる。

 

 まぁそんな知識を学ぶためにうってつけな場所なので、僕たちギルドも初心者向けとして紹介しているダンジョンなのだ。

 

「うん、とりあえず次の問題だ。先ほどの続きに近いから、それも踏まえて考えてみるといい」

「え、あ、はい!」

 

 悩んだ表情の彼は切り替えてこちらを見上げる。

 

「では、君がアクロポリスシティからキラービーの巣へクエストに向かい、討伐を完了してここまで帰ってくるのに何泊かかるでしょうか」

「泊!? 一日では無理なんですか?」

「うん、なんだか予想していた通りの反応をありがとう」

 

 やっぱりか。

 

「子供の足じゃ一日じゃ無理だよプレイア君。それこそ行って帰ってくるだけなら、可能かもしれないけど」

 

 一日歩き続けた後に、モンスターを討伐? 

 明け方から向かってもたどり着くのは夕方くらいだろう。急いでいけば、昼にはつくかもしれないがそこから討伐する体力が紋章を手に入れたての冒険者に残っているだろうか? 

 彼は運搬クエストでアクロポリス中を走り回っているけど、外は勝手が違うからね。

 帰りは討伐後のドロップ品だってあるだろうし、道中でバウなんかの獰猛なモンスターと遭遇する可能性だってある。

 あそこ辺りには、稀にだが初心者殺しと言われる『はぐれベア』だって現れる確率があるのだ。

 基本的に混成騎士団がそういった危険は取り除いてくれるが、イレギュラーというのは起こりえるものだ。

 やはり冒険というのは時間がかかるのだ。

 パーティーメンバーでもいれば違ってくるんだろうけど……。

 

「プレイア君、冒険者で仲良くしている子っているかい?」

「ぐっ……! いません……」

「一人で、キャンプって出来る?」

「うっ!? で、できません……」

 

 うん、やっぱり誰かと関わってる情報が入ってこないからそうだと思っていたけど、ぼっち気味だからな。キャンプも知識がなさそうだ。まぁダウンタウンでホームレスじみた経歴もあるしそうだと思ったけど、やっぱりか……。

 

 懐に入っている、一つの紙を確かめる。

 

「さて、まだ早いと言っている理由が分かったかな?」

「必要なことを、全然わかってなかったんですね。学ばないと……どうしよう」

 

 いやぁ、本当にいい子だね。

 冒険者を目指すような子ならやんちゃ気味で反発するもんなんだけど。

 ……ま、だからこそ僕も紹介しがいがあるってものかな。

 

 先ほど懐で確認した紙を、取り出し彼に差し出す。

 

「うんうん、学んでおいで。じゃこれは、普段から運搬という大事な仕事をこなしている君へのご褒美ってことで」

「……、紹介状? 髪型でも変えたほうがいいんですか?」

「なんで髪型!? いや、これは平原にある冒険者育成学校の先生への紹介状だよ」

「え! あ、いや、でも!?」

 

 表に書いてる紹介状という文字を見て、良く分からない反応をするプレイアに突っ込みを入れて、説明をする。

 

「毎日欠かさず受けていた運搬クエスト、感謝している人が一杯いたよ。子供の君が困ったら力になってほしいと、色々な人に言われていてね」

 

 ぽかん、と口を半開きにしてこちらを見上げているプレイア君の頭をぽんぽんと叩いていう。

 

「これが、君の冒険の成果だ」

 

 まじまじと、受け取った紹介状を見つめるプレイア君。

 ちゃんと君が頑張ってることは、みんなが見てるんだ。

 だから、たまに見せる焦ったような表情がいつか無くなるといいね。

 

「君は紋章を手に入れてるから卒業認定でキラービーの巣へ行く試験への参加権もある。しっかり学べたと思ったら、申請して挑んでみなよ」

「あの、ありがとうございます……!」

 

 あ、最後に一言、余計なお世話かもしれないけど付け加えておくか。

 

「プレイア君、何を焦っているかは知らないけど一人で頑張る必要はないんだよ」

 

 横で他の冒険者のクエストの管理をしている店員メイドや配膳をしているほかの店員メイドを親指で指さして告げる。

 

「僕には僕にしかできないことがある。その出来ることだって、この両手分しかできないんだ。だから、頼れる仲間を探しなさい。……仲間が難しいなら、友達から始めるといい。君の人生はまだまだ長いんだ」

 

 極端な話、同年代の冒険者と全然絡まないでクエストをやっているから心配になったお節介だ。

 

「マスター! そろそろ、マスターの意見が欲しいんですけどー!」

 

 奥でクエストの案内をしていた店員メイドから僕に声がかかる。

 

「わ、ごめん! すぐ行くよー! ……じゃあプレイア君、仕事ができたみたいだから行くね」

「はい! あの、この恩は必ず返します!」

「ハハ、そんなに気張らなくてもいいんだよ。君みたいな初心者冒険者を立派に成長させるのも僕の使命だからね」

 

 ぺこりと、大げさに頭を下げて酒場から出ていくプレイア君を送り出す。

 

「うーん、ちょっとクサかったかな」

「マスター! 立て込んでます!! 早く!」

「はーい! 今行くよ!」

 

 冒険者をやめて働いている大人の僕には祈ることしか出来ないけど。

 

「君に素敵な冒険がありますように」

 

 

 ◇

 

 

 ぺらり。本の匂いがする静かな場所。

 アクロニア平原にある初心者育成学校にある図書館。

 金髪で、肩上で切りそろえられたロングボブのエミル族の少女が一人本を読んでいた。

 彼女の横には、ウッドスタッフと呼ばれる木でできた杖と、その上につばの広い魔女帽がある。

 その事から彼女がスペルユーザー系の紋章を持っていることが分かる。

 

 ぺらり、と再び本をめくる。

 彼女の読んでいる本は、魔術体系の理論が書かれた少々小難しい本。

 どうやら新生魔法と呼ばれる、エミル界でも比較的新しい魔法を学んでいるようだ。

 なにかに気が付いたのか、軽く頷くとメモに万年筆を走らせ──。

 

 ズバーン!! ビクゥ!! 

 凄まじい勢いで図書館にエミル族の青髪でおでこが広い少年が走りこんできたことで、少女は驚きメモの紙にあらぬ方向の黒線が走った。

 

「フレイズ居た! やったぞーフレイズゥ!! 俺はやってやった!!」

「なに、なになに!?」

 

 バンバン! 走りこんできた青髪おでこ少年は金髪少女の姿を見つけると、図書館に入ってきた勢いのまま机に向かい大きな音を立てながら机を叩く。

 フレイズ、そう呼ばれた金髪の少女は目を回しながら状況の整理に努めようと目を回す。

 

「よっしゃ! 見ろ!!」

「じ、ジョニー。落ち着いて、図書館では静かに」

「っとと、分かった。フー、ハー! よし、見ろフレイズ!」

「だからうるさいってば!」

「この時間は体力プルル未満のお前以外いないんだから大丈夫だろ。ほかの子たちなら外でプルル倒して回ってるもん」

「ぐっ……妙な皮肉を。ハァ。もー、なになにー?」

 

 ジョニーと呼ばれた青髪デコ少年はフレイズに一枚の紙を突き付ける。

 そこには、『卒業認定試験許可証(仮)』と書かれた許可証が。

 

「え!? ほんと? ノービスのジョニーが!?」

 

 目を皿のように開いて驚くフレイズ。

 

「おうとも! 渋るセンセーの雑用やら実地テスト、ペーパーで満点連打してやったら、仕方ないって認めてくれたんだぜ! いやー、超天才スーパーノービス戦士、可能性の男ジョニー様を止められる奴なんて居ないってことだな!」

「可能性の男って……。まぁノービスは可能性の塊なんだけどさぁ……」

 

 でも、とフレイズが二っと笑って告げる。

 

「おめでとうジョニー。これで、キラービーの巣に行けるね」

「ああ! あー、いや、まぁ条件があるんだけどさ……」

 

 嬉しそうに頷くジョニーだったが、面目なさそうに語尾が詰まっていく。

 

「三人以上パーティ組まないとダメだって……言われた」

「えっ」

「うん。三人以上」

「ほんとーに? ほんと?」

「まことに申し訳なない……。そして、さらに条件がありまして」

「なんて?」

「この許可証、有効期限があと一ヵ月になっております……」

 

 ガーン! とフレイズの顔に青線が走る。

 

「ど、どうすんのよー! 私達と組んでくれる紋章持ちなんてほぼほぼいないのよ!?」

「わぁってるってよー! 俺だって抗議したんだよー!! ダメだったんだよー!!」

「持ち前の可能性で、何とかしなさいよぉ! ゴホッ、ぜぇ、ぜぇ……はぁはぁ」

「おっと、大丈夫かフレイズ。体力プルル未満なんだから、あんまむりするな?」

 

 その言葉を聞いて、フレイズはジョニーに息を整えながら二ッと笑っていった。

 

「フフ、ジョニーが朗報を持ってきたように私だって朗報があるんだからね」

「なに!?」

「縄跳び二十回飛べたわ!」

「なに!? やったじゃないか! 体力プルルに昇格!」

「わーい!」

貴方たち! 図書室では静かにしなさい!! 

「「はい、すいませんでした……」」

 

 鬼の表情で司書の先生が奥から飛び出してきて、めちゃくちゃ怒られる二人だった。

 彼と彼女はこの学校の生徒。

 そして、卒業試験を控えた少し変わった子供たちだった。

 

 金髪の少女フレイズ。職業紋章ウィザード。

 ウィザードの紋章適正過去最高レベルの魔法理論の新星。

 ──なお、アクロポリスシティを歩くだけで力尽きかけて貧血で倒れそうになるモヤシ少女。

 

 青髪デコ少年ジョニー。職業紋章無し。

 初心者学校で歴代最高の成績を持つ可能性の少年。

 ──なお、職業紋章に一切の適性がなく冒険者として致命的な欠点を持つノービス少年。

 

 もちろん、ダメな方向で有名な二人なので彼らと組んでくれる紋章を持つ子供たちは皆無な現状だった。フレイズとジョニーは図書館を出て、外に向かう。

 ゆっくりと今後の話を詰めるためだ。

 

「はぁ……。こんな時に前衛バリバリな紋章を持った子供とか現れないかなぁ」

「なお、その後に私たちとパーティーを組んでくれる可能性を求めよ」

 

 可能性、という言葉を聞いてニヤリとジョニーは笑った。

 

「それは大丈夫だ。なぜなら──」

 

 自信満々の表情で、ジョニーは自分を親指で指さして笑ってフレイズを安心させる。

 

ノービスってのはあらゆる可能性を秘めた存在なんだからな

 

 一陣の風が吹く。

 少年少女の祈りに、一つの出会いが訪れるのはあと少しの事だった。

 

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