第1話
夜に微睡む。
今日はタイニーに会えるだろうか。それとも、ぐっすり熟睡して朝だろうか。朝コースだとタイニーがすねるんだよなとおもいながら、どんどん眠りに落ちていく。
今夜はどちらでもない不思議な夢に誘われるとも知らずに。
◇
薄暗い場所だった。
周辺は暗くてよく分からないが、なにかものが雑多に積まれたりしているような気がする。少なくとも、南国風の場所じゃないので、タイニーアイランドではなさそうだ。
(ここは……? あれ、声が)
声を出そうと思った。だけど、口はパクパクと動くが、声は出ない。
暗い視界の端で、キラリとなにかが光った。なんだろうと思って、近づいていく。光の正体は瑠璃色の蝶と紅玉色の蝶。二匹がキラキラとした燐光を放って飛んでいる。プレイアに気がついたのかその二匹の蝶々はプレイアに近づいて彼の回りをくるくると回り始める。
蝶の燐光に照らされて、わずかばかりだが周囲の様子が分かった。
(ダウンタウンなのか? でも、誰もいない。それに、こんなに暗い場所じゃないよな)
シン、と静かな動く物のいない世界。夜でもダウンタウンは外灯や店の光なんかで明かりが途絶えることはない。むしろ怪しげな雰囲気を出す人たちや酒を飲んでいる冒険者たちの往来が増え、喧噪さが増すくらいだ。だからこそ、物音ひとつせず薄暗いこの光景はプレイアに底冷えする恐ろしさを感じさせた。
(わっ)
この暗がりの中で唯一の光である蝶たちが、プレイアの周囲で回るのをやめてぐいぐいと背中を押す。そして、先導するように道の先を漂い始める。『ついてきて』そういわれている気がして、歩き出す。
建物が崩れて、瓦礫で通れない道がある。折れて壊れた外灯が目に映る。明かりがないのはこのせいか。足音だけが誰もいない街に響き渡る。
先導する蝶々が近くの家の中に入っていく。扉は空きっぱなしになっていた。どうやらそこは飲食店のようだ。お店の中に、誰も手を付けることなく冷めていった料理を見つける。不思議なことに、つい先ほどまで誰かがいたような生活感。ここにいた人達はどこに行ってしまったんだろう。道を先導する蝶々についていきながらプレイアは疑問に思う。
ダウンタウンの中心に近づいていく。普段であれば、露店がいっぱい出てにぎやかなその場所。
露店は出ていた。
また、誰もいなかった。まるで、商売中に忽然と人が消えたみたいだった。
蝶々は一つの建物前でプレイアを待つ。この暗い静寂には似合わない派手な告知ポスターのある建物。ECO世界での娯楽の一つ映画を見るために存在するシアタールームと呼ばれている場所だった。
大きなスクリーンのあるシアタールームの一角。
月が浮かんでいた。
三日月。
その上に、一人の少女が揺りかごの中で丸くなるように眠っていた。美しい少女だった。
ここまで道案内をしていた瑠璃と紅玉の蝶々が役目を終えたと言わんばかりに、少女が眠っている月にとまる。
すると、少女は身動ぎをしながら目を覚ました。
「ん……。テリアブル、シデュースおかえりなさい」
二匹の蝶々の名前だろうか、柔らかく微笑んでおかえりを告げ、少女はこちらを見た。深い赤色の眠そうな瞳がプレイアを捉える。また、プレイアも彼女の事をつぶさに観察した。
黒いフリルに彩られた紫色の三角ナイトキャップ。前髪の上に大きな黒いリボン。艶やかに光る銀色の長髪。サテンのような艶やかな生地をした濃紫のパジャマワンピース。紫色のフカフカした大きな枕。ミステリアスさを感じさせるけだるげな雰囲気。
何よりも、目についたのは彼女の耳だ。まるで、獣のように黒いたれ耳が生えていたのだ。
プレイアはゲーム内の知識を一通り思い浮かべる。だけど、宙に浮かぶ月の上で眠っている少女に関する情報は思い出せなかった。
……ただ、どこかで見たことがあるような既視感だけを感じている。
「いらっしゃい、若きゆめみのたびびと。待っていました」
そんな既視感のもとを探そうとするプレイアに少女は語りかけてくる。
「ここは夢の残滓。現の終わりの果ての場所。この出会いも不安定、まだ長くは滞在できないはずだから手早く説明をしましょう」
少女の後ろにあったシアタールームのスクリーンに灯がともる。映るのは影。一人の子供の影。その影を、プレイアは自分だとなぜか理解できた。プレイアの影は震えていて、なにかに立ち向かっている。
「力を求めなさい。貴方はとっても弱い」
相対していた何かの影が浮かぶ。
二足歩行をする大きな獣。獣の影の足元には自身の影と同じくらいの二つの子供の影が倒れ伏している。
「じゃないと誰も守れない」
獣が手を振り上げた。プレイアの影はがむしゃらに突っ込んだ。スクリーンに何かがビチャリと音を立てて張り付いた。
「じゃないとなんにも救えない」
(君は一体……?)
プレイアの疑問に答えるように謎の少女は厳かに頷いて、親指と人差し指でワッカを作って目に当てた。そして、眠たそうなとろんとした目がピカーン!! と輝きを放つ。
(!?)
「ん! それではおまちかねのレベル確認タイム」
(え、なに? 急になにこわっ?)
疑問に答えるようには頷いていなかった。それに厳かでもなかったかも。この少女はなにも考えてないだけかもしれない。
「夢模倣『レネットちゃんアイ』!!」
(うわぁぁぁあ!!)
プレイアもなんかビカビカ光る。それと同時にダラララララ、とドラムロールと共にスクリーンが七色に輝きだした。
(さっきまでのミステリアスな感じが消えさっていく! いやECOキャラっぽい雰囲気のぶっ壊し方だけども!!)
現実でやられるとちょっと違うと思う! いや、夢の世界っぽいけど!! プレイアはビカビカが一向に治まらないので、アワアワした。
数字と文字がドラムロールの終了と共に\ジャーン! /とスクリーンに浮かび上がった。
『name プレイア
Lv 3/5 ソードマン
STR ちょっとのびた
DEX ぶきようみたい
INT おべんきょうしよう
VIT からだをきたえよう
AGI すこしのびた
MAG なくてもいいかも
総評:アップタウン警備員*1にはまだ早いです。しっかり修行しましょう』
(な!?)
「ね。もっとがんばろう? ステータスはゲームみたいに振り分けじゃないから頑張って鍛えてね」
(レベル!? タイニーでも分からなかったのに、本当に君は何者なんだ!)
ECO世界に来た頃、誰に聞いてもわからなかった概念。
ゲームを知っているタイニーでも、無いんじゃないかなぁとあやふやな回答しかこぼさなかったそれをこの少女は知っているのか。つまり、エミルクロニクルオンラインを知っているという事になる。
「ん。色々おしゃべりしたいけど、もう時間切れみたい。もっと強くなれば喋ったり長く滞在できるようになると思う。……覚えていたら、いいね」
(覚えていたら? 忘れるのか!? ……ッ)
貧血の様に、寒気とめまいが唐突に訪れる。
プレイアは自分の足元が崩れた気がした。
「夢は砂糖菓子のように脆いから」
堕ちていく中で赤い眠そうな瞳がじっと見つめてくる。最後になにか言っているような気がしたけどプレイアは聞き取ることが出来なかった。
現実が、夢が、壊れていく。
逆転する感覚。
次第に意識は、消えて……?
──ジリリリリリリリ!!!
バンッ!! と頭の上で鳴っていた目覚まし時計をベッドから飛び起きて黙らせる。
恐ろしい夢を見ていた気がする。
服が汗だらけで気持ちが悪い。
どんな夢だっただろうか、プレイアは荒れている息を整えながら思い出そうとする。
だけど、怖い夢を見ていたと恐ろしい夢を見ていたという感覚があっても。
「……どんな夢だったかな。なんか急いで強くならないといけない気がしたんだっけ」
内容を思い出すことはないのだった。
「虹色のドラムロール? どんな夢を見てたんだ俺は……」
寝る前になかった胸の内の強くならなきゃという妙な胸騒ぎと共にプレイアは一日の活動を始めるのだった。
◇
プレイアの消えたシアタールーム。
スクリーンの灯りも再び消えて、瑠璃と紅玉の蝶々の淡い光りだけが残る。三日月に座る少女が、再び眠る様に丸くなった。
「あんなに美味しい夢は、もう食べたくないから……」
ぎゅっと、枕と一緒にどこからか取り出した魔法使いを模したクマのぬいぐるみを抱きしめながら呟く。
「私も冒険したかったなぁ。その時は一緒に行こうね、タイニー」
しばらくすると、すぅすぅと穏やかな寝息が誰もいない世界に響き渡って、誰にも聞かれず消えていく。寄り添うように二匹の蝶々はわずかな明かりをともし続けるのだった。
ゲーム内には登場してないけどちゃんとECOキャラです。