「……しつこいです!」
岩の塊であるゴーレムの剛腕が勢いよく薙ぎ払われる。
だが相手は驚くべき瞬発力で後方に跳び避けてしまう。
相対するのは大型の青い馬……ただし脚が6本。
しかもその足は通常の馬よりも関節が1つ多く想像もできない動きをする。
胴体は馬のものではあるが、既に動きはクモに近い。
ザイネンホース。マナの濃度の濃い地域で生まれた変異種とされている。
「ァァァ!」
獣は野太い人のような声で叫ぶ。
ドシドシと地面を踏み慣らして突進してきた。
「このっ!」
ハツカは駆るゴーレムの腕を再度横殴りに叩きつける。
当たれば即死、だが……
「ッ!」
高い俊敏性を持つ獣はいとも容易く避けた。
「相性が悪いです……」
ハツカは舌を巻く。
獣にドールマスターの本体を狙うという発想はないが、
それども大型のザイネンホースの突進をまとめに受け止めるのは避けたい。
衝撃で自分が振り落とされてしまう可能性があるからだ。
「飛び道具があればいいんですが」
力技しか選択肢のないゴーレムはこういう時に苦戦する。
攻撃のバリエーションが少ないからだ。
投げられる石でも用意して置けばと悔やむが後の祭り。
今更周囲から投擲武器を探すことはできない。
「ンァオァェ!」
耳障りな叫び声を開けて馬が叫ぶ。
怒っていることは明白だ。
呼び動作もなしに、多関節の不気味な足で再度突進してくる。
迎え撃というとハツカが構える。
そこへ……
「燃え尽きちまいな!」
突如として爆炎が走った。
ゴーレムのギリギリ横を通過したその熱風がハツカをあおる。
振り落とされないように必死に掴まった。
凄まじい熱量と勢いで飛ぶ炎球だったが、
それでもザイネンホースは横に跳びなんとか避ける。
しかしあまりの出来事に戸惑った様子で足を止めていた。
「今です!」
その隙を逃さずゴーレムの野太い腕で馬の首を掴み持ち上げた。
「こいつをどうしたいんだ?」
そんな彼女にかけられる声。
ハツカは振り返らずに叫び返す。
「毛皮と足がいりますから!」
「あいよっと!」
ゴーレムの影から火の玉を放った冒険者が素早く飛び出す。
銀色の鎧を身にまとう金髪の冒険者、彼女は自慢の愛槍を両手で構え、
「逝っちまいな!」
的確にザイネンホースの胴体……心臓がある場所を貫く。
いかに突然変異から生まれた獣であっても心臓を破壊されて無事ではすまない。
首吊りのようにゴーレムに掴まれていた獣は少し暴れた後、すぐに痙攣して絶命した。
「ふう」
ハツカは安堵のため息をつく。
「どういう風の吹き回しですが、アーデルハイド」
そして獣を仕留めた冒険者の名前を呼ぶ。
「なんだよ。
久々に会ったっていうのにつれないじゃねぇか、ハツカ=エーデライズ」
獣から槍を引き抜いたアーデルハイドはニヤリと笑う。
「私とあなたは再会を喜ぶ間柄ではなかったはずですが?」
「違いないな、ククク」
ハツカは湧きに止めていた荷台にザイネンホースの死骸を置く。
「変わった獲物を狙ってるじゃないか。
こいつを狙う依頼なんてそうそうないはずだぜ」
アーデルハイドに駆け引きという言葉はない。
最近何をしているのかと問うているのだ。
今いる場所はテルト領のキルテッドの近郊……
ケーレンハイトを拠点とするアーデルハイドがいるはずもない場所。
どうやら理由はわからないがわざわざハツカを探してきたのだろう。
ハツカは淡々と「あなたには関係ありません」と言い、
「毛皮は売れます。丈夫でよく伸縮もしますからね」
「そんくらい知ってるよ。
でもあえて獰猛なこいつから剥ぐほどの価値じゃねぇこともな。
それにお前、さっき足がいるってと言ったよな?」
彼女の持つアイゾンウェルの魔槍だと全身を消し炭にしかねない、
そのために咄嗟に目的を叫んでしまっていたのを思い出す。
槍を肩に担いだアーデルハイドは逃がさないとばかりに笑みを深める。
並の男であっても恐怖を覚える威圧的な表情だ。
しかしハツカにとってはどうでもいいことである。
「……この足の骨は良い窯の材料になるらしいです。
だから必要だったんです」
「窯だぁ?」
野太い6本の脚を見て怪訝な表情を浮かべる。
「あなたの助太刀には感謝します。
いくら払えばいいですか?」
金を出すからさっさと行け、と暗に言っているのだが、
その態度が余計にアーデルハイドの興味を引いてしまったらしい。
「金なんていらねぇよ。なぁ、お前とアタシの仲じゃねぇか」
「……なにを企んでいるんです?」
「ククク……企んでるのはそっちのほうじゃねぇのか?」
企み……と言われて確かに、ハツカ自身もその単語は当てはまると思ってしまった。
別に悪事でも儲け話でもなんでもないが……それが表情に出たのだろう。
アーデルハイドはドカッと荷台に腰を降ろした。
「まっ、いいさ。
しばらく一緒に行かせてもらうぞ」
「はあ……好きにしてください」
この状態になったアーデルハイドに何を言っても無駄だろう。
助けられたのは事実であるし、別に隠し立てをするような話でもないのだ。
彼女のことが面倒で正直関わり合いたくないだけで。
諦めたハツカはゴーレムを操作して荷台を引っ張っていく。
ザイネンホースの巨体はかなりの質量だが、
こういう運搬はゴーレムにとって一番得意な分野だ。
ドシンドシンというゴーレムの足音と、
ガラガラと荷台の車輪が転がる音が響く。
音もだが、獣の血の悪臭がする荷台でアーデルハイドは平然と寝息をたてていた。
この後、スタッフが獣の血抜きと皮剥ぎと防腐処理を行い、お肉は美味しく頂きました。