「なあ、アタシのレイストになってくれ」
突然やってきて、開口一番に彼女はこう言った。
「……レイスト?」
怪訝な表情を浮かべてラエルは聞き返す。
「そうだ、アタシはお前に頼みたいんだよ」
残念ながら彼女、アーデルハイドはラエルが何故聞き返したのか伝わらなかったらしい。
担いだ槍を自分に肩にぽんぽんと当てながら大きく頷いていた。
「一つのルーンパド……いえ、一人マイスターに対して専属契約をすることです。
自分と契約を結んだマイスターのことをレイストと呼ぶんですよ。
専属になることで色々とお互いにメリットがあるんですが……」
場に居合わせたハツカがため息交じりに説明してくれる。
「アーデルハイド、あなたは前に二度と来るなと言われてませんでしたか?」
「確かに言われたな。しかし『はいそうですね』とはアタシは言ってないぜ」
「……あなたのことは前から図々しいとは思ってましたけど、本気ですか」
アーデルハイドはラエルに向け、頭を下げた。
「頼む」
ハツカは表情には出さなかったが、内心では驚いていた。
あの傍若無人の代名詞であるアーデルハイドが頭を下げたことに。
それだけ本気だということだ。
少なくともハツカが知る限り、彼女が頭を下げたという話は今まで一度も聞いたことがない。
彼女なりの誠意を見せているということはわかるのだが……
「そのレイストっていうのがまだよくわかってないけれどさ、
正直、俺は断ろうと考えているんだけど」
ラエルは取り繕うことなく正直に告げた。
ここまではっきりと言われれば、プライドの高いアーデルハイドは怒り諦めるだろう。
隣で見ているハツカはそう思っていた。
だが、予想に反してアーデルハイドは穏やかな笑みを浮かべる。
「この槍はな、父が私に遺したたった一つのものだ」
彼女は槍を持ち、上に掲げる。
「さえない父親だった。親としても冒険者としても。
アイゾンウェルの魔槍なんて大層に言われているが、父だって偶然手に入れただけのものだ」
槍について突然に語りだした彼女の言葉にラエルは耳を傾ける。
「そして結局なんでもない依頼の最中に、あっけなく死んだ。
それから単に娘だったいう理由だけでこの槍は私のモノになった。
だからアタシはこの槍に対して思い入れがあるわけでもない。
むしろ逆だ。重いし火球を射ち出せるといっても単発で使いにくからな。
アタシが冒険者以外に生きる道があったらとっとと売りさばいていた」
まさかあの「アイゾンウェルの魔槍」がそんなことを考えているとは思いもしなかった。
ハツカからすればアーデルハイドはまさに冒険者気質だと思っていたし、
そんな彼女を象徴しているのが魔槍という存在だった。
意気揚々と担いでいたから、余程愛着があるものだと勝手に考えていた。
「それで? その話の流れでどうして俺に槍を今、もう一度持ってきたんだ」
話の流れが読めないラエルは尋ねる。
その問いに対して、彼女は一言で答える。
「楽しかったのさ」
「は?」
「だから楽しかったんだよ。初めてこの槍を使っていて楽しいと思ったんだ」
そして彼女はマイスターに槍を投げる。
反射的に受け立ったが、重たい槍だ。よろけるラエルを慌ててハツカが支える。
「それが理由だ。お前が調整してくれた槍を使って気分が最高だった」
彼女は笑う。
いつもの人を馬鹿にするような笑みではなく、彼女らしくないどこか照れたような笑み。
「だからもう一度ここに来た」
理由らしい理由とはいえない。
だというのに、彼女はそれで伝わると本気で思っているようだ。
その言葉にラエルはふっと息を吐いた。
「わかったよ、そのレイストってのに関係なく槍の面倒は見る」
「えっ……ラエル、今の話でどうしてそうなるんですか」
「こんなに真っ直ぐに頼まれたんじゃ、断れるわけないだろ」
「……そんなに良い話だったと思えないんですけれど」
アーデルハイドがハツカを睨む。
「なんだよ、余計なことを言うなっての。
これはマイスターとアタシの間の話だ。
お前は関係ないだろが」
「いいえ、関係あります」
ハツカは得意気に笑い、懐から何かを取り出す。
「ラエルと私はレイストの契約を結んでいるんですから。
これはその契約書です。
だから私を差し置いて勝手に契約を増やされては困るんですよ」
ひらひらと紙を見せつける。
「……ハツカ、俺はそんな契約を結んだ覚えはないんだけど」
「おかしいですね、ここにラエルの直筆のサインがあるんですが?」
ラエルは頭を抱える。確かに最近、何かの書類にサインをした覚えはある。
ハツカが他の街に行く時に買い物を頼んだことがあり、
それを受け取った時に中身を見ずに何枚か書類にサインをした記憶がある。
「ほらよ」
「あっ!」
ハツカの持つ書類が彼女の手から消える。
まるで風のように奪い取ったアーデルハイドがそのままびりびりに破いて投げ捨てた。
「これで契約は無効だな」
「何するんですか! やっていいことと、悪いことがありますよ!」
「……お前なあ、自分がしたことを思い返してからアタシに怒鳴れよ」
「あー……騒ぐならよそでやってくれよ」
途端に喧嘩を始める冒険者たち。
そんな二人に頭を抱えるマイスター。
人が来なくて閑散としていたはずのルーンパドは、その日から賑やかな場所へと変わった。
人を騙してサインをさせてはいけません