ハツカが建てている建物は家……というには明らかに大きい。
それもそのはず、1階は酒場として機能する「予定」のスペース。
2階の彼女が使用している部屋自体も5室あるうちの1室にすぎない。
これだけ広いというのにまだ使用する目途も立ってはいないため、
中はまだ閑散として殺風景なものだった。
「これは随分と本格的じゃねぇか」
だだっ広い広間に丸いテーブルが一つ。
アーデルハイドはどかっと椅子に座る。
「……だれも泊めるだなんて言ってませんけれど」
「ケチくさいこと言うなよ、先月も泊めてくれただろ」
「あの時は2泊3日と決まっていたからです」
口では文句を言いつつも、
ハツカはまだ調理用具一つない厨房の片隅に置かれた木箱から干し肉をとりだす。
「酒は?」
「ベルヴァナーしかありませんよ」
ハツカが樽を転がしてくる。
ベルヴァナーは複数の麦を発酵させたエールであり、
王都で最も飲まれているオーソドックスな酒の一つだ。
保存もきくし安価ではあるが、その分の味はそれなりだ。
「しけてやがるな……まあいい。
アタシはマーグリットがあれば飲める」
「ありません。ランナで我慢してください」
ベルヴァナーは酸味が強い酒のため、果汁を入れることが多い。
マーグリットもランナも果物の名前であり王国ではメジャーなものだ。
乾燥したランナをベルヴァナーの入ったグラスに入れる。
2人はとりあえずグラスを静かに当て、乾杯をする。
最初の一回だけはグラスを当てあうのが王国における一般的なマナーだ。
互いが対等の立場であるならグラスを上に向けたまま乾杯する。
目上の相手に対してはグラスを少し傾け、
目下の相手には傾けずに乾杯をする。
だが彼女たちがしたのはお互いが零れる限界まで傾けて行う乾杯。
キンッ……
2人しかいない静かな空間にガラスのぶつかる小さな音が響く。
「ククク……」
「……まったく、何がそんなに楽しんですか」
互いに傾ける乾杯の時の意味は「お前が気に食わない」。
相手によってはこれだけで殴り合いに発展する立派な挑発行為だ。
「まさか、ここに住むつもりですか」
「当たり前だろ。ラエル=カーネイジをレイストにするなら拠点も当然この村だ」
「ならその辺に犬小屋でも建てればいいでしょう」
「そう邪険にするなよ、ククク」
アーデルハイドは一気にベルヴァナーを呷り、立ち上がって樽からおかわりを汲む。
ウェイトレスもいないため手酌のようなものだ。
普段の彼女なら自分では絶対にしないことだが……
「アタシも片棒担いでやるって言ってんだよ」
今日の彼女は上機嫌そうに満面の笑みを浮かべている。
グラスを片手にどかっと椅子に座った。
「……」
ハツカは苦い表情で酒をチビチビ飲む。
きちんと彼女に状況を説明したわけでもない。
けれど大体、ハツカがどんな風に進めているか理解しているのだろう。
「今、どこまでいってるんだ?」
「ふう……」
ストレートな問いかけにハツカはため息をつく。
「この建屋と、あと窯を作るところまでは依頼済みです。
ここを任せる人物には話はしてますが、いつ呼べるかはまだ決まっていません」
ミラリアを自分好みの拠点に作りあがる……とはいえ
一人ではゆっくりゆっくりと段階を踏んでいかざるをえないのだ。
まずキルテッドにあるウグイス亭の娘リンデを呼ぶには「収入がない」。
たった冒険者一人のために経営する宿など成り立つはずがないのだから。
そもそも冒険者は村いないことの方が多い、他に収入源が当然ながら必要。
酒場にしてもまさかこんなに少ない村人相手に商売ができるはずものない。
「なら、そいつの分はアタシが一年分、前払いで払ってやる」
「……正気ですか」
「ギルドを辞めたからな。その退団祝い金を当ててやるよ」
「はあ? あの安定のシルバーバードを辞めたんですか?」
干し肉を頬張るアーデルハイドをハツカは呆れたように見る。
だが明日の天気のように語る彼女はそんな視線も気にすることなく、
木箱をあさって乾燥したランナを取り出す。
「ケーレンハイトから出るんだから、当然だろ?」
事もなげに言うが、大手のギルドだからこそできることなど山ほどある。
所属するメリットは星の数ほどあれど、退団するメリットは一つもない。
むしろ後ろ盾がなくなって仕事がし辛くなるというデメリットしかない。
だがそれだけ彼女も本気だということだ。
「で、他にはお前、何が欲しい?
とりあえずいいから上げていけよ」
我が強くムラッ気の激しい「気まぐれな金髪爆薬」。
顔を合わすことは今まであったが、一緒に仕事をしたことすらない。
果たして、彼女と折り合いがつくのか。
(……そうじゃありません)
いや、そんなことを考える必要などないのだ。
何故ならもう告げたではないか、「お前が気に食わない」と。
「まず美味しい飯ですね」
ハツカも一気に酒をあおる。
「それに大きなお風呂」
本当は一人でゆっくりと味わおうと思っていたハムを取り出す。
適当に半分に切り、アーデルハイドに突き出す。
「依頼をまとめてくれるクエストカウンターもあると面白いな」
アーデルハイドはニヤリと笑いかぶりつく。
「雑貨品が売ってる市場も欲しいです」
「せめて月一で商隊には来てもらわねぇとな」
「酒」
「酒蔵は無理でもでかい貯蔵庫ってのはロマンあるな、ククク」
2人は同時に樽から酒をあおる。
「おい! なんかもっと他に食えるモンはないのか!」
「んー、しりません。てきとうにそこさがしてください」
まだ彼女たちは大して飲んでもいない。
だというのに薄暗い静かで閑散とした酒場の雰囲気がそうさせるのか早くも酔いが回っていた。
もうお互いのことは見えていかなった。
けれど、
――……
2人は喧噪の中にいた。
彼女たちのテーブルに並べられたのは料理と呼ぶには雑に肉や果物が盛り付けられただけの大皿。
手に持つのはもう何杯目かわからない酒のグラス。
酔いつぶれる2人と同じテーブルにいるのは彼女の仲間。
生肉を豪快に齧る者、黙々と自分のアーティファクトを磨く者、不機嫌そうに果物をつまむ者。
その隣の席では屈強な冒険者が腕相撲をしており、
それを取り囲むように勝敗で賭け事をする野次馬たち。
離れたステージでは歌い手が王都の流行りの歌を披露し、
それにあわせて酔った村人が適当な踊りをして失笑されている。
テーブルの合間を駆け回るウェイトレスたち、
カウンターでは愛想の良い女性店主を口説こうと必死になる青年に、
黙々と金勘定をする神経質そうな商人のコンビ。
扉を開けて入ってきたのは美味しい話を持ってきたと高らかに告げる情報屋と、
クエストを終えてきたばかりで武勇伝を語るため意気揚々とテーブルに着く冒険者。
2人を中心に酒場は活気に溢れ光に満ちていた。
今はまだ名もなき酒場。
きっと、それは遠くない未来に待っている光景だ。
彼女たちが歩んだ先……作り上げる未来。
けれどそこに至るまでには、もう少し時間がかかるだろう。
まだ彼女たちが紡ぐ物語は始まったばかりなのだから。
ベルヴァナーは果物とかシロップで入れて飲む酒らしい。
ここにあった干し肉やらお酒は酒場用に先に持ってきていた保存のきく食料で、
勝手にぼりぼり食ったり飲んだりするためのものではないとか