17.「早速、村長の私が君たちに初クエストを依頼させてもらうわ」
起きて周囲を見回すと酷い惨状だった。
食い散らかした食べ物のカスはそこら中に転がっているし、
テーブルの上に倒れているグラスから零れた酒の臭いがぷんぷんしている。
そして何より酷い頭痛……完全に二日酔いだった。
先に目が覚めたハツカの前には苦しそうに呻いているアーデルハイド。
久々に飲んだ酒に2人してついハメを外してしまった。
「君たち、随分と派手に飲み散らかしたものね」
そんな二人に声をかけたのはハスキーな声。
視線を向けるとグラス片手に薄緑色のワンピースを着た女性がいた。
彼女は酒を舐めると「安い酒ね」と勝手に飲んでおいて顔をしかめた。
「……なんだよ」
その声でアーデルハイドも起きたようだ。
椅子の背もたれにもたれかかるようにだらしない恰好で問いかける。
スレンダー……というよりは何かの拍子で折れてしまうのではないかというくらい細い手足。
白い長髪は美しく足元まで流れているが、白い肌と相まってどこか現実感がない。
そしてハツカやアーデルハイドと決定的に違うのは明らかに人のモノとは違う長く尖った耳。
「……村長? どうしてここに」
ハツカは彼女のことを知っていた。
このミラリアの長であるエルフ。ただ村長と呼ばれており、名前は知らない。
村長は眼鏡をくいっと上げた。
「ラエルから話は聞いたわ。
アーデルハイドさん、この村に居住を希望されているそうね」
さすがは小さい村というべきか、朝からご苦労なことである。
「話が早いじゃないか。そういうわけだからよろしく頼むな」
断られるなど微塵も考えないアーデルハイドは厚かましく言い放つ。
だがその言葉に村長は「ふうっ」と息を吐いた。
どうやら酒が合わなかったらしい。グラスを横に置く。
「ハツカさんには話したのだけれども、
ミラリアに住むにあたって君にも一応約束して欲しいことがあるのよ」
眼鏡の奥の瞳がアーデルハイドを見つめる。
ぱっと見はハツカより少し年上程度の少女にも見えるだろう。
だがエルフは長命……いや、正確には「老いることがない」。
見た目だけでは年齢を測ることはできないのだ。
エルフという種はある程度育ち、
自身が「今が一番優れている時」と認識した時に歳をとらなくなる。
そしてある条件を満たすまでは同じ姿のままでいるのだ。
村人の半分がエルフであるこの村の村長を務めているのだ、相当な高齢である可能性もある。
「まずは聞いてからだ、約束できるかは内容を知らないと頷けねえな」
「ええ、勿論構わないわ。それにたった二つだけだから簡単よ」
彼女はスラリとした人差し指と中指をぴんと立てる。
「一つ、村の奥に屋敷があるのだけれども、そこには近づかないこと」
「屋敷? ハツカは知ってるか?」
彼女は頷く。
「確かに少し外れたところにあるのは見えました」
「ええ、誰か住んでいるわけじゃないわ。
でも時々、使う方がいるので普段から寄らないでほしいのよ」
意図は不明だが、空き家のことを自分たちが別に気にすることもないだろう。
「もう一つ。世界樹には触らないで」
彼女が指さす先……窓から見えるのは少し大きめの木だ。
「世界樹……? そんなモンがあるのか?」
世界樹と、いっても巨木というほどのものでもない。
そもそもハツカもアーデルハイドも世界樹というものが何なのかを理解していなかった。
聞いたことはある……その程度だ。大層な名前だな、くらいとしか感じない。
「あれは、あなたたちエルフの信仰の対象のようなものですか?」
エルフという種が人里に混じって暮らすようになってまだ月日は浅い。
ケーレンハイトにも数人いた程度で、2人の知り合いには一人もいなかった。
もしかしたら自然崇拝のような宗教観があり、
対象としている木を「世界樹」と呼ぶのかもしれない。
だが村長は首を振った。
「この村の在り方に関わる存在なのよ。
世界樹というものがどんなものか……
君たちもラエルのルーンパドを利用していれば追々知ることにはなるわ」
ハツカとアーデルハイドは顔を見合わした。
何故ここでラエルの工房が出て来るのか。
「とりあえず、その二つを守ってくれれば好きなだけ住んでくれて構わないわ。
住人が増えることには私も歓迎よ。
それが優秀な冒険者ならなおさら、ね」
別に村の秘密を暴きにきたわけでもないし、興味があるわけでもない。
アーデルハイドは「わかった」と頷いた。
「村長ー。持ってきたけど、これ、どこに置けば?」
そこへ何かを担いだボーガンが入口から入ってきた。
両手で抱えているのは1.5メータほどの木のボード。
「ええ、そこに壁にかけてちょうだい。
そのままかけられるようにしてあるから」
よく見たらいつの間にか壁にホルダーのようなものがついている。
家主に黙って勝手につけられていることにハツカは文句を言おうとしたが
「お……よし、これでいいかな?」
それはコルクの板がはまったボード。
ハツカは「あっ」と声をあげる。アーデルハイドはニヤリと笑った。
「おいおい、クエストボードかよ」
そう、ハツカとアーデルハイドにとっては馴染み深いものだった。
冒険者へ依頼を出す時に張り付けるモノだ。
内容と希望の冒険者のクラス、そして報酬を書いた紙を貼り集う。
村長は立ち上がり、ボードの前まで歩いていき
「さて、君たちは村人であると同時に立派な冒険者」
勿体ぶるようにゆっくりとる言葉を放し、
「早速、村長の私が君たちに初クエストを依頼させてもらうわ」
懐から取り出した紙を張る。
その内容は……
「水源の安全確保……?」
【依頼内容】
ミラリアの外れにある湖の安全確保を依頼したい。
【希望クラス】
ドールマスター・ソーサラー
【報酬】
2万5000ラピス
「ボーガン、隣に地図も張って頂戴」
「あ、うん」
彼が持ってきたのはボードだけではなかった。
2メータにはなるミラリア周辺の地図。
大きな地図でテルト領一帯を網羅している。
村長は壁に貼られた地図の一点を指さす。
そこはミラリアからそう遠くない森の中。
「実はここに大きい湖があるのよ。
地図に記載がないのには理由があってね。
昔は物騒な獣が多くて、人が近づかないようにするために書いてないの」
村長はハツカとアーデルハイドを見て、
「とは言ってももう何年も前の話。
せっかく冒険者たちが来てくれたのだからもう大丈夫か調べきてもらいたいのよ。
アーデルハイドさんの槍、ラエルに預けているのでしょう?
一週間はかかると聞いてるから、それまでにはある程度の下見は済ませておくわ」
薄く笑って「簡単な依頼でしょう」と告げた。
ハツカはアーデルハイドを見る。彼女はどこか意地の悪そうな笑みを浮かべて頷いた。
「村長、その依頼受けましょう」
「そう、助かるわ。近場の湖が使えたら私たちも助か……」
「――ただし」
礼を言いかけた村長の言葉をハツカは遮る。
「正直にきちんと話してもらえませんか、下手な探り合いはやめてください」
ピシャリと言い放った。
その言葉に、すっと村長が顔から表情を消す。
「ククク……冒険者と交渉するなら、もう少しうまくやってほしいもんだな」
アーデルハイドが足をテーブルの上にどかっと置いた。
「……何が言いたいのかしら?」
村長は淡々と問いかける。
ハツカは二日酔いで痛む頭を押さえながら、グラスに入れた水を飲む。
「内容と報酬が見合ってません」
「あら、もしかして安すぎたかしら?」
「逆だよ、高すぎんだよ。
なんで近くの湖いって危ないモンないか調べるだけで2万5000も払うんだっつうの」
アーデルハイドは「アタシにもくれよ」とグラスを受け取る。
「しかも何で先に下見なんてすんだ。アタシたちがいく意味がねーだろ」
ハツカは頷く。
「つまり村長は、湖にいる『脅威』の正体を知っているということです。
まず私たちがクエストを受けるか試します。
そして一週間後、出発前に『何がいるか』をさも初めて知ったかのように
明かすつもりだったんでしょう。
これは、あまりにも話の段取りが良すぎます」
「そんな回りくどいことをする理由が、私にあるのかしら」
その言葉にハツカは首を振った。
「安心してください……聞いたところで断ったりしません。
私たちは冒険者であると同時にもう村の一員、
村で困っていることがあれば協力したいと思ってます」
「言い値で構わねえって言ってるんだ。
何がいるか知らんが、ドールマスターとソーサラーに頼りたいんだろ」
冒険者たちの言葉に、村長は「ふっ」と小さく笑った。
「人の子たちは、生きてる時間以上に聡くて困るわね」
そう言って彼女はもう一度テーブルに戻って座った。
「2万8000出すわ」
村長はテーブルに乗ったアーデルハイドの足をどける。
「それで引き受けて頂戴。
わかっているようだけど、うちの村は貧乏なのよ」
「十分だ。で、何がその湖にいるんだ」
彼女は一言で答えた。
「ミヅチ」
「……ミヅチ?」
「ええ、私たちはそう呼んでるわ。自在に姿を変える水の大蛇。
その正体は暴走しているアーティファクトを核とした防衛装置。
10年以上も前に、どこからともなく流れ着いてきて迷惑なことに留まってるのよ」
その言葉を聞いて、なるほどと2人は頷く。
「アーティファクトが相手か。そりゃ厄介だな」
ゴーレムや魔槍のように「人の言うことを聞く」ものより、
実は使い方が不明であったり常に起動し続けて動くものの方が多い。
それは人の手に負えない状態であるものもあるということだ。
「近づく人に反応して無差別に襲い掛かってくるわ。
危険だから誰も近づかないように湖の存在は隠しているの。
でもあそこの湖は綺麗で食料になるものも豊かにあるから、
できれば使えるようにしたいとは前々から思っていたところなのよ」
その言葉にハツカが食いついた。
「豊かって何がですか?」
「魚に山菜、雪解けの季節なら澄んだ水は酒作りにも使えるはずよ」
アーデルハイドが「食材か!」と身を乗り出す。
彼女は手を広げる。
「これで全部よ。危険だと思えば引き返してくれて構わないわ」
けれどその言葉を聞いて冒険者たちは笑う。
「せっかくの初クエストなんですから、勿論引き受けさせて頂きます」
「魚が獲れるってのは魅力的だからな!」
ハツカもアーデルハイドも乗り気だった。
実際、2万8000ラピスという報酬も悪くない。
「とりあえず、まずは……」
立ち上がって支度をしようとしたが
「あー、みんなこんなに散らかしてー」
意気揚々と立ち上がった冒険者たちを諫めたのはちょうど入ってきたボーガンの妹のユナ。
汚い部屋を見てどうやらお怒りのようである。
「冒険もいいけど、きちんと片付けてからいきなさいよねー」
どちらにせよ、アーデルハイドの槍が戻ってきてからしか出発はできない。
ハツカとアーデルハイドは二日酔いの頭痛の中、宴会の後を片付けるのであった。
ここでやっと、初期に出た「エルフ」と「世界樹」の話が書けました。
タイトルにもなってるのに、全然世界樹に関する話題すら出ないのはさすがによろしくない