重い音が森に響き渡る。
ゴーレムは歩くだけでその存在を周囲に知らしめる。
それだけ地に響く足音の主に歯向かおうとする獣も中々にいない。
さすがにゴーレムなんて見たことないだろうが、
本能的に危険を察して隠れる。
それだけの巨体のモノは竜である確率が高い……
しかも竜は気性が荒く悪食なモノが多い。
関わり合いを避けるのは当然のことだろう。
「……良い森ですね」
肩に乗るハツカは周囲を見回す。
近くには人口の少ないミラリアしかないため、ここはほとんど人の手が入っていない森。
自然が豊かで小さな獣、山菜、木の実などパッと確認するだけで結構見受けられる。
さすがにどれが食せるかどうかまではわからないが、
少しでもまともな料理人がいればあの村の貧相な食事も簡単に改善されるのではないだろうか。
「これだけでも収穫だな」
後ろにはゴーレムの引く荷台でだらしなく仰向けで寝転がっているアーデルハイド。
あくびをしながら緊張感のない声で応える。
本当はアーデルハイドは自分の足で歩きたい性分だ。
しかしゴーレムが地面を揺らすためとてもではないが、並んで歩けるものではなかった。
楽しているように見えるが、これは彼女にとっても実は不本意なことなのである。
「しかし、さすがは元々は『当て石』だった奴だ。
よく見てくれるから安心できる」
感心したような口調でアーデルハイドは言い放った。
その言葉に、ハツカは額に手を当てゆっくりと深呼吸をする。
一瞬波だった感情を沈めてから、ゴーレムの足を止めた。
ドゥンッ!
荷台の横の地面が激しく陥没する。
それはゴーレムが力任せに地面を殴りつけたからだ。
直撃すれば人間など簡単に押しつぶされていただろう。
「アーデルハイド。
あなたという人間を私が知らなければ殴っていました」
激しい衝撃と轟音に、森がざわめく。
「ククク……」
だというのにアーデルハイドはまるで動じることなく心底愉快そうに笑う。
「ククク……アタシは褒めてるんだぜ?
断言してやるさ、冒険者の中でハツカ=エーデライズのことを一番評価しているのはアタシだってな」
「そんなことはわかっています」
感情のない平坦な声。
「けれど、次にその言葉を口にしたら今度は潰します」
「そうだな……悪かったよ、ククク。
でもお前の視界の広さと直感は頼りにしてンだ。
アタシは鈍感だからな、そういうのには疎い」
――当て石。
暗がりの中を歩くとしよう。
先は真っ暗で見通しがまるできかない……
もしかしたら獣が息を殺して待ち構えているかもしれない。
もしかしたら床が突然抜けるかもしれない。
もしかしたら罠が仕掛けられているかもしれない。
もしかしたら……
遺跡の探索や、あるいは獰猛な獣を退治する依頼などは常に危険と隣り合わせだ。
実際に冒険者というのは長続きしないモノである。
怪我をして引退するか、あるいは死ぬか。
『ベテランの冒険者』というのは勿論実力もそうだが、悪運の良さも重要な要素である。
それでも冒険者たちはそれぞれに続ける理由がある。
生きるためか、名声のためか、あるいは稼ぎたいか、理由は様々だろう。
だがどの冒険者たちにも共通しているのは「死にたくない」という思い。
当然といえば当然のことだが、いつ死ぬかわからない冒険者たちは特に顕著だ。
危険ではあるが進まなければならない……
そこで冒険者たちは考えた。
暗がりが怖いなら、石を投げてみればいい。
それが『当て石』。
身寄りのない子供や売られた子供が「使われる」ことが多い。
最近では減ってはきたが、昔は頻繁に行われてきた。
当て石は危険な場所を先に進んでいくのだ。
何かあった時に、冒険者たちの代わりに死ぬために。
「私は自分の親のことも知りません。
けれど私は今、ここにいます。
ハツカ=エーデライズはここに生きている、それが全てです」
王国では珍しい赤毛をそっと撫でる。
エーデライズ、それはかつて彼女を「買った」ギルドの名前だ。
ギルドの所有物、だからエーデライズという性を買われた時にもらう。
「そうだよ、だからお前の力をアタシは頼りにしている。
危険を察するセンスに、そしてゴーレムを手に入れた強運をな」
エーデライズはとある遺跡探索の際に、あっけなく全滅した。
先行しているハツカだけ「偶然に」罠を避けられたのだ。
一人になり無我夢中で遺跡の中で獣に追われて逃げる中で、
「ミリアは私を助けてくれました」
彼女の駆るゴーレム、ミリアと出会ったのだった。
当て石も建前は正規のギルドメンバーである。
ギルドは当然解散だが、
一人きりになっても彼女には「冒険者」としての肩書だけはきちんと残った。
登録されている姓名は変えられないからエーデライズもそのままだ。
ギルドエーデライズの遺産も全て彼女のモノになったがすぐに全部売り払ってもう今はない。
「この子だけが私の拠り所なんですから」
彼女は愛おしそうにゴーレムの顔を撫でる。
家族と呼べる存在はいなかったけれど、大切な存在はできた。
「ドール(人形)」とはよくいったものである。
幼い少女にとって、人形はかけがえないのない「友達」なのだから。
「やれやれ、何言ってやがんだ」
だがアーデルハイドは呆れたように否定する。
「もうお前には『家』があるんだろうが。
これからが盛り上がってくるって時期に、辛気臭ぇこというなっつうの」
傍若無人は即席の相方はそこで「私がいる」なんて浮いたセリフを言うはずもない。
彼女は事実だけを言う。
ハツカはアーデルハイドとは相性は良くないと思っているが、
慰めも励ましもない……それだけは気が合うとは思った。
「大体、あなたが無頓着なだけです。
私が元々そういう出自であるなんて関係ありません。
危険なんてちょっと耳をすませばわかるでしょう」
「お前みたいにそれができねぇから冒険者ってのはすぐ死ぬんだよ」
ハツカはゴーレムの拳を地面から引き抜いた。
アーデルハイドも肩を回しながら荷台から降りてゴーレムから取り外す。
ズルズル……
重たい何かを引きづるような音が近づいてくる。
「……これは2万8000では安すぎたかもしれませんね」
「ククク……ある意味、予想通りじゃねぇか」
ゴーレムが地面を叩いた音を「脅威」と判断したのだろう。
まだ少し湖から離れているはずたが、誘き出すことには成功したようだ。
ハツカとアーデルハイドは迎え撃とうと構える。
――そしてミヅチが姿を現したのだった。
当て石、というネーミングが良いのが思いつきませんでした。
捨て駒、偵察蜂、どれもなんとも違う気がします。
もうそろそろ、なろうで掲載分に追いつくので更新頻度が下がります。