「……どうなってるんですか」
村に戻ったハツカは、自分の家に着くなり頭を抱えた。
ミヅチと戦ったのが昼過ぎで、そこから湖から戻った時にはもう日が暮れていた。
家に明かりがついていたので誰かがいるのだろうとは思っていたが……
「おかえりー」
「2人とも、無事に帰ってきたみたいだな」
出迎えたのは既に酒瓶片手に顔を真っ赤にして出来上がっているユナと、
干し肉を挟んだパンを齧っているラエル。
勝手に上がり込んで食事をしているのは、まあ100歩譲ってよしとしよう。
しかし……
「主役が帰ってきたぞー!」
大工のザックの声に途端に歓声が上がる。
そう、そこにいたのは一人や二人ではなかった。
軽く数えるだけでも20人、どんちゃん騒ぎをしていたのである。
不揃いなテーブルや椅子はわざわざ村人が持ち込んだのだろう。
「おいおい。アタシたちが苦労していたってのに、随分と楽しそうじゃねぇか」
自分たちを差し置いて宴会が始まっていたことにアーデルハイドが顔をしかめる。
宴は明らかに「今始めたところ」ではない様子だ。
少なくとも日没より前から飲み始めているであろうことは、
隅に置かれた空の酒樽を見れば明らかである。
「はいはい、あなたたちも座って座って!
せっかく楽しい宴なんだから、飲みなさいよ!」
そんな2人の手を引いたのはエプロンをつけた若い女性だった。
少し薄暗い酒場にふわっと舞う栗色の艶やかな長髪。
まるでステップで踊るかのような軽やかな足取りで奥へ連れて行く。
彼女は飲んではいないようだが、周りで騒ぐ村人たち以上に嬉しそうな表情を浮かべていた。
「リンデ……来ていたのですか」
「ええ。だって段取りがついたんでしょ?
手紙を受け取ってすぐに飛んできたんだから」
キルテッドのウグイス亭の看板娘がそこにいた。
彼女に勧められるままに2人はテーブル席に着く。
するとすぐに彼女たちの前にドンッとグラスが置かれる。
「その様子だと、無事にミヅチは倒せたみたいね」
そのテーブルに先に座っていたのは村長。
彼女は酒の入った器から2人に注いでくれる。
「これで私たちが帰ってこなかったらどうするつもりだったんですか」
呆れたような口調に、村長は肩を竦める。
「どうもしないわ。だって君たちは今、ここにいる。それではなくて?」
「……理屈にもなってません」
村長の適当な言い分にアーデルハイドは「違いないな」と笑うが、
ハツカはむすっとしていた。
「はい、みんなグラスを持って!」
そこへリンデの掛け声。
いつの間にかハツカたちのいるテーブルを取り囲むように集まっていた村人たちが全員グラスを掲げる。
「英雄たちに乾杯!」
キンッ!
みんながグラスをぶつける。
「そして村長さんの奢りに乾杯!」
酒場に歓声が響き渡った。
「そういうことよ。
今夜の支払いは私がするから君たちも遠慮しなくていいわ」
「……いえ、遠慮もなにも……これ、ほとんど私が買って持ってきた食材に見えるんですが?」
確かにそれは「そのうち開店した時のため」にハツカが買った酒や食材である。
別にハツカが全て食べるわけではないが、「前払い」という形で先に運んでいたのだ。
「あら、ハツカ。それは違うわ。
あなたは確かにオーナーだけれど、店長は私なんだから。
だから食材をどうするかは私が決めるものでしょう?」
ハツカは「え?」と顔を上げる。
「だからさっきも言ったじゃない。
お膳立でが澄んだのだから……約束通り私が今日からここで働いてあげる」
彼女は両手を広げてクルリとその場でターンをした。
ふわっとエプロンが舞う。
「あなたの快適な生活を、このウグイス亭は約束するわ。
洗濯からベッドメイキング、そして朝昼晩の美味しい料理と酒」
それはまるで歌っているような弾んだ声。
そして彼女はウインクをして告げた。
「これからよろしくお願いね、オーナーさん」
まだぽかんとしていたハツカだったが、
「いいじゃねぇかよ。とりあえず飲もうぜ!」
ぐいっと酒を一気に飲み干し上機嫌になったアーデルハイドの顔を見たらどうでもよくなった。
自分もあわせてぐいっと飲む。
「あなたは悩みなんてなさそうで羨ましいです」
「細かいことばっかり考えて頭が重いから、お前は背が伸びなくてチビなんだよ」
何気ない一言。
しかし、それは禁句だった。
ハツカは剣呑な表情を浮かべて注がれた酒を更に飲み干す。
「……あなたはその平な胸と同じでデリカシーってものがほんっとないですよね」
「あぁ、今、なんつったチビ?」
応えるアーデルハイドは、今から人を殺す目をしながら睨みつけた。
「あなたから絡んできたんでしょう、ツルリンハイド」
「ククク、上等だ……その生意気な胸、アタシの槍でえぐってやるよ!」
「いいでしょう、ぺしゃんこにして私より小さくしてあげますよ。ミリア!」
2人ともミヅチとの戦闘を終えたその足で返ってきたのだ。
そんな疲労がたまっていたところに酒の一気である。
別段に酒に強いわけでもない二人はもう顔が真っ赤だった。
「はいはい、2人とも、喧嘩しないの!
宴会は楽しく飲むのがマナーでしょ!」
今にも殴り合いを始めそうだった2人を村人たちがなんとか抑えて、
代わりに酒をどんどん飲ませていく。
こうして初クエストを終えた夜は騒ぎが収まらないまま更けていくのだった。
冷静に考えると2人は1日も家を空けていないのにここまでされるということは
二人がミヅチ退治に出かけてすぐに準備が始まっていたということ。
酷い話である。