ミラリアからアデラまで向かう経路は二つある。
一度、南下してから森を抜け森沿いに平原を抜けていくルート。
ハツカが先日地図で確認した通り、大体2日かかるだろう。
平原に出れば見通しが良いため安全を確保しやすいが、
少々回り道となってしまう。
もう一つのルートは西へ真っ直ぐ進み森を抜けていくルート。
人の行き来がないため道と呼べるものはないと予想されるが、
代わりに距離的にはぎりぎり1日で移動できる。
さて、2人が選んだのは最短距離となる二つ目のルート。
もしアデラとの間に交流が出来れば開拓しておいて損はないルートだからだ。
下見も兼ねて、あえて不確定要素の多い道を選択したのである。
「なんだよ、案外に普通じゃねえかよ」
が、道なき道を進むことを覚悟していただけに拍子抜けした。
思いのほかに開けた森だったのである。
木々の合間から覗く太陽の光が十分な明るさで照らしてくれているし、
地面に茂る草もそこまで伸びているわけではない。
平坦で石も少なくアーデルハイドが寝そべる荷台もあまり揺れずに快適だった。
「……」
ハツカはゴーレムの歩幅を狭く歩かせることで道を均しながら進んでいく。
何回かこのようにゴーレムを歩かせて往復すれば道と言えるものになるだろう。
これで街同士が繋がれば気軽に行き来できるようになるが……
「ま、そうはならなさそうってことか、ハツカ?」
注意深く周囲を見回すドールマスターの様子に、
アーデルハイドは彼女は何かに気づいているのだろうと察した。
直感と洞察力においてハツカ=エーデライズは非常に優秀だ。
「そうですね。
そこまで大きくはなさそうですが、地を這う存在が複数いるようです」
「竜か?」
「いえ、違うように思えます。竜のように堂々としてはいません」
このルートについて出発前、ミラリアの村長に尋ねるとこう教えてくれた。
「一度だけそこを通ってきた旅人がいたのだけれども、
『ずっと何かに見られているような気がした』と気味悪がっていたわ」
アデラからミラリアに向かう理由があるわけでもないので、
それ以来、森を通ってきた者を見てはいないのだという。
「おいおい、幽霊じゃないんだからよ」
「……確かに、ちょうど少し前から、確かに見られている感覚があります」
「……ほう」
ゴーレムが足を止める。
アーデルハイドが槍を手に持ち荷台から降りた。
ゆっくりと深呼吸して、感覚を研ぎ澄ます。
そこに「何かいる」と教えてさえもらえれば、
アーデルハイドも敵の不意打ちに対応できる。
冒険において長時間ずっと集中力を維持して警戒できるハツカが特殊なだけで、
瞬間的な集中力に関しては冒険者の必需スキルだ。
そうでなければ危険な場所で生き残ることなどできるはずもない。
「っ!」
アーデルハイドが弾けるように飛び出した。
少しだけ背の高い草むらに向けて槍を突き出す。
ガサガサと音を立て、慌てたようにその獣は姿を現した。
「気味の悪いものが出てきましたね」
ハツカが嫌そうに呻く。
シューと甲高い声をあげながら、長い舌をちろちろと出して値踏みしてくる獣。
冒険者たちはその獣の名前を知らなかったが、
それはダブルアイリザーと呼ばれる獣。
一見すると1.5メータくらいの巨大なトカゲだが、
トカゲというにはあまりに異様な風体をしている。
黒ずんでまだらな皮膚の色をしているのはまだいい。
しかしムカデのように足が無数にあるのだ。
短いその足がカサカサと忙しなく動くことで地面を自在に歩き回る。
そして頭が二つあるのである。尻尾がなく、前後に頭があるのだ。
その顔にはギョロリとした大きな一つ目。
二つの頭にそれぞれ一つがつある瞳が、ダブルアイリザーの名前の由来だ。
地面を這いつくばり前も後ろも関係なく動く様は、
様々な獣を見慣れている冒険者であっても生理的に嫌悪感を抱く。
「こいつら、アタシたちとやる気らしいぜ」
逃げる獣を深追いせずにアーデルハイドは下がる。
そう、一匹ではなかったのだ。
迂闊に追いかけていれば、左右に隠れていた獣たちに挟まれていただろう。
――囲まれている。
ゴーレムの肩にいるハツカからは
隠れているダブルアイリザーたちの姿が見えていた。
なるほど、こんな獣が腹を引きずりながらうろうろしていたら、
こういう感じに森の地面も綺麗になるだろう。
「アーデルハイド! 討ち漏らしたら頼みます!」
ゴーレムは豪快に足音を立てながら走る。
進路上にいる獣が慌てて逃げるが、遅い。
ブンッ!
ビンタをするように大きく振りぬかれた腕が逃げ遅れた獣を複数吹き飛ばす。
まるで砲丸のように打ち出された獣たちは木に激しくぶつかり、
口から血を吐いて絶命する。
変則的で予測し辛い動きであっても一気に薙ぎ払ってしまえばいい。
それこそがゴーレムの戦い方だ。
「ちっ!」
アーデルハイドが舌打ちしながら飛びかかってきた獣を槍で貫く。
足で槍から引き抜きすぐさまに次の獣を柄で殴り飛ばす。
逆にアーデルハイドの槍は相性が悪い。
矛で貫くということは点の攻撃。
地面を張っている状態ではカサカサ変則的に動くダブルアイリザーを狙い辛い。
とはいえゴーレムのように薙ぎ払うには、
人が操る槍では隙がどうしてもできてしまう。
相手から飛びかかってる時を狙うのが一番なのだ。
自慢の火球も撃つ瞬間は足が止まるうえ、
爆風で視界が遮られるために周囲からばらけて襲い掛かられている場面では見極めて使わねばならない。
ドンッ……ドンッ……!
足を踏み鳴らすゴーレムの足音は威嚇として十分。
獣たちは逃げずに数で押し脅威を排除する選択をしたようだが、
それでも暴れまわる巨人にどうしても臆してしまう。
その中途半端に襲い掛かろうとする姿勢が仇となっていた。
「このっ!」
カサカサと地面を這いながらくる獣を腕で叩き潰し、
足で蹴り飛ばし、踏みつぶす。
獣たちの不快な断末魔の血の臭い。
「燃えちまいな!」
隙を見て放たれるアーデルハイドの火球が獣を焼く。
足を止めた彼女に獣が襲い掛かるが、
ゴーレムが彼女を掴み別の場所に移動させて避ける。
「クク……助かるぜ!」
「無理はせず、着実に数を減らしてください!」
2人は開けた場所で戦い続ける。
次から次へと湧いてくる獣……しかし、それにも限度がある。
40匹は倒しただろうか、気づけば周囲には屍の山が積まれており、
生きている獣はいなくなっていた。
酷い異臭がする中、2人は油断なく警戒していたが……
「終わりました」
ハツカがふうと息を吐く。
ゴーレムの肩に乗るハツカが見回しても周囲には獣はいないようだった。
吐き気を催す酷い有様であり、
アーデルハイドに至っては返り血でべったり汚れていた。
「さて、こいつらは売れると思うか」
だというのに平然としたものである。
獣を倒せば金目のモノになるか食料になる、冒険者たちの基本中の基本である。
「肉はさすがに手を出したくはないてすが……皮は良さそうですね」
「このでっけぇ目玉とか面白くないか」
「面白くはないですが、一応いくつか獲ってみますか」
戦後処理に入る。
アデラに到着するのはもう少し時間がかかりそうだった。
実写版の場合はトラウマになりそうな光景です