冒険者が安易に稼ぐ方法の一つとして運び屋としての依頼を受けることがあげられる。
基本的には商人が生業とする仕事ではあるが、
商人や商隊は定期ルートでの巡回をメインとしている。
そこから漏れたモノや急ぎの届け物、
また手紙などを運ぶ際に冒険者へ依頼することがある。
「おかえり、ハツカさん」
アデラから帰ってきたハツカをケムが出迎える。
ゴーレムが引いている荷台には家具やら食材の入った木箱が山積みになっていた。
「ケム、言われた通りに買ってきましたけれど、
これはちょっと詰め込みすぎじゃないですか。
ゴーレムでもなければ運べない量です」
「いいんだ、最初が肝心だから!
せっかく2人がアデラとの道のダブルアイリザーを大人しくしてるんだ。
だからこそ今のうちにミラリアっていう選択肢を知ってもらわないと!」
ハツカとアーデルハイドが派手に暴れたせいで、
森の中でダブルアイリザーが出てくることがなくなった。
人間に対する恐怖心が植え付けられたのだろう。
皮はとれなくなるが、町と村を行き来しやすくなったのは大きい。
だからこそケムはまずはミラリアの存在を知ってもらうことが大事だと考えた。
人の交流こそが発展には一番大事であり、
ミラリアに最も不足している要素である。
「それに港町のアデラにとって、山菜や森の果実、川魚は馴染みがないんだ。
だから需要もあるんだよ」
出身地のことはさすがに詳しい。
「思いのほか高く売れて驚きました。
馴染みがないとはいえそこまでは価値はないとは思ったのですが」
「それはそうだ。こっちが先に『たくさん』買ったんだ。
だから色をつけてくれてるんだよ、これからもよろしくっていうこと。
アデラも今ま時期は商船も来ないから
あっちも少しでも稼げるネタは欲しいに決まってるよ」
ハツカよりも年下の少年ではあるが、色々とよく見ているものだ。
さすがは協会を任されただけはある。
「おっ、荷物届いたんだ。いいね、いいね!」
リンデが荷台を見て嬉しそうにはしゃぐ。
そう積まれたテーブルや椅子はウグイス亭で使うモノだ。
ケムが提案して取り寄せたのである。
「ウグイス亭がこの村の主要施設、まずはここからきちんとしないと」とのことである。
ゴーレムがテーブルを持ち宿の前に並べていく。
「随分とミラリアのことについて聞かれましたよ。
本当に今まで知られていなかったんですね」
「まずは興味本位でもいいから、人が来るきっかけを作らないといけないからさ」
その村の使者というのがゴーレムというのはある意味でインパクトは十分だ。
それだけで「ミラリアにはゴーレム使いがいる」と知ってもらえる。
ゴーレム使いは力仕事には最高の冒険者だ。
また海の荒れる時期はアデラも商人が中々に来ないため、
少しでも「小隊のルート」に入れてもらいたいとも考えている。
ミラリアと繋ぐことで、多少は商人たちの気も惹けるのではという思惑もあるだろう。
ゴーレム使いと魔槍という強力な冒険者が
今まで使われていなかったルートを開拓してくれたということは、
今後も更なるルートの開拓を期待する気持ちもゼロではないはずだ。
勝手に広げてくれるなら「乗っかりたい」というわけである。
「私が頼んだモノも買ってきてくれたかしら」
そこへ村長も顔を出す。
「ええ。そこの木箱に入っています」
ゴーレムが木箱を降ろして開けた。
そこにぎっしり詰まっていたのは乾燥させた海藻である。
「助かるわ。たまに塩っ気のあるものが食べたくなるのよ。
それに煎じれば薬の材料にもなるから」
村長はやはり肉は食べないらしい。
エルフらしい菜食主義にとって海藻は日々のレパートリーの一つになるのだろう。
「そうそう、ハツカさん。
今日だけ特別に使っても良いモノがあるの。
あなたとアーデルハイドさん、2人には村も世話になっているわ。
だからせっかくだからどうかしら」
「……今日だけ特別、ですか?」
「ええ。行ってみればわかるから。アーデルハイドさんはもう先に行っているわ」
よくはわからないが、ゴーレムを置いて村長に指示された場所へ向かう。
それは近寄らないように言われていた屋敷の方向だ。
屋敷は村から少し離れており、少しだけ開けた場所に建っている。
薄々とは感じていたが、恐らくここは高貴な身分の者の別荘か何かなのだろう。
屋敷はそこまでは大きくないが、上品な装飾が施された門に美しい外壁、
それに洗練された建屋であることが近づけばよくわかる。
普段は誰も近寄らないはずだが、今日は村人の中でも人間たちが清掃をしていた。
その指示をしているのはユナの父親のキミカだ。
「おや、ハツカさん。来たんだね」
彼はハツカに気付き声をかけてくる。
ハツカは周囲で忙しそうに作業する村人を見ながら訪ねる。
よくよく見るとエルフたちは、何やら細かい作業をしている。
具体的にはわからないが屋敷に置かれたルーンアイテムをいじってるようだった。
「これは来月の祭事に関係があるんですか。随分と念入りにしていますけれど」
「うん。そうだね。祭事の間、こちらに滞在される方がいるんだよ。
その方に快適に過ごしてもらわないといけないからね」
キミカはそれ以上に説明はしてくれなかった。
「ユナ! ハツカさんを連れて行ってあげて」
「はいー」
屋敷の中から掃除用の頭巾をしたユナが出てくる。
「ハツカ。こっちにきてねー。アーデルハイドはもう入ってるから」
「……入ってる、ですか?」
さて、彼女は何に入っているんだろうか。
ユナについていくと、そこは屋敷の裏側だった。
屋敷から独立した、こじんまりとしている小屋があった。
屋根には煙突があり、何やらもくもくと湯気が出ている。
「はい、どうぞー」
なにかわからないまま、ハツカは中に入る。
するとそこには……
「よう、ハツカ。遅かったじゃねぇか」
上機嫌そうなアーデルハイドが酒を飲んでいた。
けれどいつものようにテーブルに座っているわけではない。
「これは……もしかして、風呂ですか」
そう彼女は裸になって、大きな湯舟に浸かっていた。
足を延ばしてゆったりとした姿で、グラスを持ち酒を飲んでいる。
珍しく編んだ髪を解いており、美しい金髪が広がっていた。
その姿はまるで一枚の貴婦人を描いた絵のようだった。
黙っていれさえすれば彼女も深窓の令嬢といえなくもない整った顔立ちをしているのだが……
しかしながら吊り上がった口元と意地悪そうな目が台無しにしていた。
最も、お淑やかなアーデルハイドというのは想像もできないが。
「ククク……そうだ。見ての通り、風呂だ」
小屋の中はタイル張りになっており、
壁は落ち着いた色の磨き抜かれた石で覆われている。
ハツカが靴を脱ぎ、素足でタイルに乗るとじわっと暖かかった。
「アタシもまさか驚いたぜ。こいつぁ立派なもんだよ」
彼女は湯舟をコンコンと叩く。
「ルーンで熱を逃げないようにして湯の温度を保つんだとさ」
「ではどこかで火を焚いているんですか?」
そう尋ねると、アーデルハイドは何故か笑う。
「ククク。まあ、先に入れよ。こいつぁ極楽だぜ」
ハツカは一瞬躊躇したが、寒い中、村に帰ってきたばかり。
暖かい湯気の籠る小屋の中も暖かいが、やはり湯は魅力的だ。
「……では、私も」
ローブを脱ぎたたみ、全部服を脱ぐ。
後ろで結っていた髪をほといた
ハツカは湯舟に恐る恐る足をつける。
「あつっ!」
「体が冷えてるからだよ。言うほどは水温は高くねぇからな」
その言葉に、ゆっくりと入ってく。
「……あっ」
そして肩までつかると、深い息をついた。
「これは……いいですね」
ハツカの顔がだらしなく緩む。
大量に水は使うわ、水温管理が大変だわ、掃除が大変だわと、
風呂なんて贅沢なものは街中でもなかなかにお目にかかれない。
「だろ? ほらよ、ベルヴァナーだ」
彼女がグラスを渡してきて、脇に置いていた酒瓶から注いでぐれる。
「ここであえてのベルヴァナーですか」
「こいつが一番手軽だからな」
2人はグラスを傾けて、キンッとぶつける。
「アタシたちにはお似合いだろう?」
立派な風呂の中につかりながら安物の酒を飲む。
それはなんともこの二人らしさのある選択だった。
「こいつは普通は外で焚いて水を温める風呂なんだとよ」
「では、今も誰かが薪で焚いてるのですか?」
「ククク……まあ、今日だけしかこの風呂は使わせてもらえねぇらしい。
だからからこいつを使った」
彼女が顎で示す先にあったのは……
「呆れました……魔槍で湯を沸かしているんですか」
端にある管に魔槍が突き刺さっていた。
どうやらそこから熱が伝わってきているらしい。
「あえて出力を絞ってんだよ。
こんな無駄な用途にアタシのグロリオサを使うのは今日だけだ」
魔槍はそんな器用に熱を調節できるアーティファクトではない。
普段の出力が熱を放てば一瞬で沸騰してしまうだろう。
つまり、この風呂を沸かすためだけに出力を調整した
「風呂焚き専用」モードなわけだ。
「はあ……なんだか力が抜けました」
ハツカは広い湯舟の中で脱力して体を伸ばす。
彼女の体がふわりとあがり、胸が浮かぶ。
それを見てアーデルハイドが舌打ちをした。
「見せつけてんのか、ああ?」
「そんなわけないでしょう。大きくたっていいことなんてありません。
ゴーレムに乗って動いている時も、揺れて肩が凝るんですから」
「黙れよ、ぶっ殺すぞ」
多少ぬるいとはいえ湯舟に浸かって挙句に酒を飲んでいるのだ。
アーデルハイドの顔はよくよく見れば真っ赤だ。
ハツカも酔いが回ってきたのか、ぼーとしてくる。
(清掃して試しに湯を張ってみたということですか)
果たしてどんな人物がここに来るというのだろう。
取り留めもない想像が浮かんでは消えていく。
「世界樹のある村、か」
呟く。
何も知らないままにこのミラリアに住み着いてしまったが、
やっとこの村のことがわかる時が来たのだろう。
それが自分にとってどう関わることになるのか、それはまだ不明だ。
けれども、その変化も楽しもうと思う。
今まで一人でやってきたけれど、気が付けば村で知り合いも増えて
今の生活が楽しくなってきていたところだからだ。
(これからも新しい出会いを繰り返していく……)
予感はあった。けれどそれがどんなものか今はまだ想像もできない。
「良い湯、ですね」
その後、のぼせて倒れていた二人をユナが発見し、
村人に抱えられて運び出された。
記念すべき30回目は温泉回です。
色気は置き忘れてきました。
これで4章は終わりで、説明できないままだった
エルフのこと、王国のこと、そして村のことを書いていきます。
地味で説明が多くなりそうなので読みやすいよう気を付けます、はい。