31.「最近の子は、おっかないねぇ……」
ハツカの乗るゴーレムが薪棚から薪に運び出してきた。
人の手で運べなくはないが、やはり巨人の力を利用する方が断然楽である。
「ありがとう、助かる」
エルフの男性が礼を言う。
彼の名前はオラル、見た目はハツカよりも下くらいだが歳は60を超えているらしい。
エルフは外見で判断ができないものだとつくづくと思う。
肩まで伸ばした髪が少しカールを巻いていること以外、
あまり特徴はない容姿であるためそれが逆に個性となっていた。
印象が薄いエルフがいればそれはオラルである。
「随分と薪を出すんですね」
「これから大量に使うからな。
あわせてまた来年の分の仕込みも進めないといけないし面倒なことだよ」
「祭事に使うということですか?」
「というよりはそれにあわせて人が増えるから、
単純に使用量も比例するだけだよ。
一番は君も入った風呂も毎晩沸かすためのものだね」
なんとも贅沢な話である。
このあたりの森で取れる薪は燃やすと香りが強いものが多い。
暖炉で使うと他の薪より部屋に良い香りが広がるのだが、
いかんせん火持ちが悪く燃費が悪かった。
街によっては嗜好品とされるのだが、
それしか選択肢がないミラリアにおいては火力を保つのは一苦労なだけである。
「ミラリアの薪はもしかしたら他の街では需要があるかもしれねぇから、
いっそどこかで売って代わりに他の薪を買ってきた方がいいかもな」
そこへ槍を担いだアーデルハイドがやってくる。
その隣にいるのは女性のエルフ。
温かいスープの入ったカップを持ってきて作業をしているハツカとオラルに渡す。
「そうねぇ。ハツカさんのゴーレムもいることだし今度頼もうかしら」
オラルとよく似た容姿をしているのはファラルという彼の妹だ。
ただ彼女の方が成長が止まるのが後だったらしく、
逆に外見だけではアーデルハイドより少し年上に見える。
2人は双子らしいが、ぱっと見れば姉弟に見える。
この兄妹が主に村の薪を生産しているそうだ。
「それにしても……」
ハツカは前々から疑問に思っていたことを口にする。
「今までエルフの知り合いがいなかったので、聞いただけの話なのですが……
約を結ばれたとはいえエルフはあまり人間に好意的ではないと思っていました」
ここのエルフは基本的にそういった様子は見受けられない。
「まあ、この村にいるのは私たちのように人間を嫌っていない者だけが来ているからな」
「あっ、でも村長は昔は相当な人間嫌いだったのよ。意外でしょう?」
あの村長からは特にそういった印象を受けなかったが……
しかし思えば人間の口にするものをあまり食べようとせず、
どうにも嫌がっている節はあった。
「エルフもそうであるし、人間にも色々いることは知っているからね。
あなたたちのことは私たちも好意的に見ているけれど……
そういえば私、好きになれない人間がいるんだったわ」
「この村の人間ですか?」
「いいえ、違うけれどこの時期になると一応は顔を出すのよ」
ファラルが苦笑いをする。
ハツカとアーデルハイドが首を傾げていると、
オラルが何かに気付いたように視線を村の外に向ける。
「噂をすれば、ちょうどその本人が来たようだ」
遠くから向かってくるのは1台の馬車。
遠目に見ると商人が使うような馬車には見えないが……
「随分と、金のかかってそうなモンじゃねぇか」
その馬車はきちんと磨かれ汚れもない。
洗練されたデザインでそれを引く白馬の毛艶も商人たちが使う馬とは明らかに違う
「そういえば君たちは初めて見るんだったか。
これに乗っているのは領主だよ、一応」
ミラリアはテルト領に属する村だ。
領、ということは当然ながら領主がいる。
「まあ領主っていっても何も仕事してないんだけどね」
その言葉は馬車の中から聞こえてきた。
扉が開き、よっこいせと一人の中年の男性。
「やれやれ、一日分の仕事はこれで終わり。あー、やっぱ遠出は疲れるわ」
ハツカとアーデルハイドがその領主を見た率直な感想は「確かに仕事をしていなさそう」である。
「君たちが噂の冒険者?
いいねぇ、うちの領は冒険者とは名ばかりの者ばかりだからねぇ。
まあ、それでも領主さんよりは何倍も役に立つんだけどさ。ははは」
身なりはいい。
ピシっと決まった燕尾の服はまるでおろしたての新品のようなハリ。
腰に下げた剣の鞘に刻まれた装飾は非常に美しく、それだけ相当な値のつくものだろう。
「……」
しかしそこにいるのはいかにもさえない中年オヤジであった。
ぼさぼさでみすぼらしい無精ヒゲに、
寝ぐせと判断が着きづらい激しい癖っ毛は櫛も通らないのではないだろうか。
身長は高いわけでもないうえ、だらしない猫背のため小さく見える。
彼は「ふぁー」と眠そうなあくびを隠すことすらしなかった。
ファラルが嫌い、というのもよくわかる。
ハツカとアーデルハイドも好きになれないタイプだ。
「テルト様、背筋が曲がっております」
「え、領主さんの背筋と根性が曲がってるのは今更だから別にいいじゃん」
従者である白髪の年配の騎士の言葉にも面倒くさそうに答える。
彼の襟元に光る紋章の色は緑。確かに階級は高いとはいえる。
王国において、公職に属するものは武官でなくとも全員が騎士である。
その階級は虹の色になぞらえ7つに分かれており、
下から順に赤、橙、黄、緑、水色、青、紫と上がっていく。
緑は地方領主としては妥当な階級であった。お付きの騎士は橙である。
背筋をぴしっと伸ばし控える様は堂々としており、
こちらの騎士の方が領主と言われてもしっくりくる風格だ。
「ちなみに領主さん、独身なんだ。
そして実は綺麗なお嫁さん募集してるんだけど。
スレンダーでシュッとした奥さんって素敵だと思わない?」
領主がアーデルハイドを見て、少しはにかんだ様子で言う。
「心優しいアタシは笑えない冗談でも許してやることができる。
ただしそいつが……冗談であれば、な」
アーデルハイドはニヤリと笑う。
ただし目は全く笑っておらず、槍をポンポンと体の前で叩く。
「おっ、おう……勿論冗談だとも。
領主さん、小柄で可愛いお嫁さんでも……」
ハツカの方をちらりと見るが
「……なにか?」
無表情のハツカ、そしてその後ろにゴーレムが腕を組んで見下ろしていた。
「最近の子は、おっかないねぇ……」
領主は冷や汗を掻きながら視線をそらした。
なんとも情けない限りである。
「テルト様、どうやらちょうどいらっしゃるようです」
そこへ控えている騎士が言葉をかける。
みなが振り返るとそこへ何かが飛んでくる。
「……ドール?」
それは人の顔くらいのサイズしかないドールだった。
甲冑を身にまとった人型のドールで、
まるで天使のような翼を持ちふわりと空を飛んでいる。
まさに人形と呼ぶべき表情のなさ、そしてその小さな体に背負っているのは大きな斧。
「おいおい、ドールだけでドールマスターはどこにいるんだ」
アーデルハイドが怪訝そうに呟く。
「斧を持つ……翼の人型ドール?
まさか……」
ハツカはそのドールを知っていた。
いや、正確には噂で聞いたことがあるだけなのだが……
しかしそれはドールマスターであれば誰もが知っているであろう存在。
「いやはや間に合った良かったよ。
領主さん、さすがに遅刻したら洒落にならんからね」
領主とその従者、エルフの兄弟がひざまずく。
カラカラと馬車の音が近づいてくる。
その馬車は領主の乗ってきたものとは違い、黒一色で統一された地味な馬車であった。
馬も黒い毛並みで、日が暮れてしまえばその姿は見えなくなるだろう。
御者台で手綱を持っているのは屈強な男。
この寒い中なのに何故か上半身は半裸で、鍛え抜かれた筋肉をまるで見せつけているようだった。
ぱっと見は「変なやつ」であるが、
彼がまとう雰囲気がただモノではないとハツカもアーデルハイドも気が付いていた。
「おい、ハツカ。お前、もしかして向こうから来るのが誰かわかったのか?」
尋ねると、ハツカは少し頭を抱えて頷いた。
「ええ……あのドールは間違いありません」
その馬車の周囲には先ほどのものとは別のドールが2体浮いていた。
護衛するように浮遊しており、フォルムは先ほどのものとよく似ているが、
得物が違いそれぞれが剣と弓を持っている。
「三体のドールを操る、王国最強とされるドールマスター。
その彼女が仕えている存在はただ一人。それは……」
馬車が村へと入ってくる。
村人たちが集まってきて、みなが膝をついた。
人間もエルフも関わらず、全員がである。
アーデルハイドがただ事ではないと気付く、
そしてハツカはその存在の名前を告げた。
「――この王国の、王女です」
権力者が出てきますが、
これからの村づくりに手を貸してくれるわけではありません。
権力財力チートパワーで強引に融資してくれたりなんて展開も勿論ありません。
この物語はあくまで冒険者がえっさえっさ施設を充実させていくものです。