――イルガードの第一王子と1人のエルフが恋に落ちた。
それは30年前の話。
その頃は人間とエルフの間に交流自体も皆無であった。
人間は自分たちの生活を豊かにするだけに専念しており、
近くに住んでいるという隣人に気をかけている暇はなかった。
エルフは深い森の中で暮らしており人里に降りることはなかったし、
そもそも人間という種に対して興味すら持っていなかった。
人間にとってはまだドワーフや獣人といった亜人の方が馴染みがあったと言える。
そんな中、どうして王子とそのエルフが恋仲に至ったかは今は置いておこう。
それは彼らを主役とする別の物語なのだから。
さてむしろ大変だったのは2人が想いを成就するまでのハードルの高さ。
第二王子は当然ながら王族、
他国の民ならまだしも別の種との結婚など当然のごとく反対された。
エルフの女性もただのエルフではなく、
長寿の種の中でも特別長く生きている14人で構成された「古き者」の一人であった。
エルフたちの事実上の中心組織、そして彼女は更に長の妹であった。
長を含めほとんどのエルフから止められたという。
だが周囲からの反対を受けながらもそれでも愛し合う二人は諦めず、
いかに両種族にとって「有益」なのかを説いて回った。
人間たちにとってはエルフたちの知恵、特にルーンやアーティファクトに対する技術を。
エルフたちにとっては長寿ゆえに停滞していた種への新しい刺激と住処を。
このうちエルフ側の方が実は切実だったと言える。
何しろ彼らも緩やかではあるが種族の人口が増えており、住む森の中も手狭になってきていた。
だからいずれは外への活路を見出す必要もあったのだが、それができないまま数百年過ぎてしまっている。
そんな2人は数々の困難を10年かけて乗り越え、
そして婚礼を機に王国とエルフの間に交流が生まれた。
その時に互いに結ばれた条項が、王国でみなが口にするいわゆる「約」と呼ばれるものだ。
約が結ばれてから少しして第一王女セレスティが生まれた。
彼女こそが王国初のハーフエルフである。
まだ両種族は「家族」と呼ぶには程遠い関係ではあるが、
王女が生まれたことで少しずつ歩み寄っている。
特に長寿のエルフからすればたった20年しか経っていないのに、
今までの数百年よりもそれは大きな変化であった。
「おうおう、甘い酒ばっかりじゃねぇか」
目の前にいるそんな第一王女の近衛騎士、
グレンガはただの脳筋に見えるが恐らくは国王が信用する手練れなのだろう。
ガバガバと気品の欠片もない雑な食事の仕方だが、きっとそうなのだ。
なにせセレスティ王女は事実上「王国で最も大事な存在」だ。
国王よりも王妃よりも、ある意味では重要な姫。
何かあっては両種族共に文字通り逆鱗に触れることになる。
「騎士様、もっと綺麗に食べてはもらえませんか。
さすがにちょっと散らかし過ぎです」
本来であればそんな注意をできる相手ではないのだが、
あまりの酷さにハツカは眉を潜めながら苦言を呈する。
口の回りをべたべたにしながら左手に持ったピザを頬張り、
右手に持った樽ジョッキでぐびぐびと酒を飲む姿はただの荒くれ者だ。
辺にお高くとまって上品に食事をされても困るのだが、
下品すぎるのもこれはこれでやめてほしい。
「おっと、そいつは悪かった。すまねぇな、久々の温かい飯なもんでよ」
彼は紙ナプキンで口元を拭く。
だが拭いた紙はぐちゃと丸めてぽいっである。
「奢られている飯だ、野暮なことは言いたくはねぇけどよ。
さすがのアタシも、もうちょっと落ち着いて食って欲しいと思うぜ。」
決して食べ方が綺麗な方ではないアーデルハイドですら苦笑いだった。
「あのー、騎士様。まだ食べるんですか?」
更に焼き立てのピザを両手に持ってきたリンデが恐る恐る尋ねる。
彼女は冒険者たちほど図太い神経があるわけでなく、
高位の騎士に対しては少し及び腰だった。
それが普通の感覚である。
水色の階級、近衛騎士など雲の上の存在だ。
「おうよ! なんだっけ、このピザの名前。えーと……」
「ホーキンス窯とミラリアの豊かな食材から生まれた
たっぷりチーズの湖をオーギョの群れが泳ぐキノコパラダイスピザ、です」
「なげぇし、前と名前変わってるじゃねーかよ」
半眼のアーデルハイドが指摘するがリンデは素知らぬ顔で口笛を吹いていた。
グレンガは大いに満足したようにピザを受け取る。
「その、このホーなんとかピザ、美味いよな! まだ5枚はいけるぜ」
彼はベルヴァナーを樽ジョッキの飲み干す。
「しかし、俺はもっとキレのある辛口の酒が欲しいな。
甘い酒ばっかじゃ、魚料理にはあわない時があるだろ」
「辛口……ちなみにおススメは何かありますか」
ハツカも酒の種類は欲しいとは思っていたので尋ねる。
彼はうーんと考え、
「ニト領のクロディアニトエールとか、
アイリス領のキングバウアがピザにあいそうだ
王都も基本酒は地方都市から取り寄せてるからよ、地域はバラバラだけどな。
あとはワインとかも視野にいれれば、もっと選択肢は広がるぜ」
イルガードは広い王国であり、王都を中心として25の領で構成されている。
主にコルノ領のケーレンハイトで活動をしていた2人にとっては
まだまだ王国には知らない土地がたくさんあった。
ハツカは見知らぬ土地を見てみたい……というよりは、
新しい土地で出会える食材をこの宿に取り込みたいという気持ちがある。
花より団子、スリル溢れる冒険よりこだわりを詰め込んだピザだ。
「そもそもイルガードは王都を中心に回りすぎてんだ。
このピザみたいによ、ごちゃっとした方が面白いってのにな。
人間やエルフ、それにもっと色んなモノものもさ、
どんどん混ぜていけばいいってもんよ」
ハツカはここにきてやっとグレンガという者が
近衛騎士として姫についているかわかった。
国王は自身で道を切り開き、変化を望み実現した人だ。
ゆえに彼のような「先入観や固定観念」に囚われない騎士こそ、
王にとっては信頼に足る人物なのではないのだろうか。
「しかしこのピザ……気に入ったらぜ!
嬢ちゃんよ、王国で店出してたら案外流行るんじゃないか?
美人の姉ちゃんもいるしピザも美味い、俺が毎日通ってやるぜ」
「あははは……ありがとうございます」
お世辞ではなく騎士は本心で言ってるだけに、
リンデは困ったような愛想笑いを浮かべた。
「――浮気か?」
途端に空気がひんやりとした。
いつの間にか現れたもう一人の近衛騎士が、
後ろからグレンガの喉元にナイフを付けつけていたのだ。
非常に複雑な形状をした刃で、
表面にびっしりと刻まれたルーンが赤黒く光っているのがただただ不気味である。
彼女の名は、確かリゼッタと言ったか。
長い前髪の合間から冷たい瞳がギョロリと覗いていた。
「あっ、いや、そんなわけないだろ。
俺はもちろん、もちろんお前が一番だぜ!」
「二番がいるのか?」
「いっ、いない! 二番も三番もいない!
俺にはお前しかいないぜ!」
先ほどの上機嫌に女将に絡んでいた酔っ払いは既におらず、
顔を真っ青にして冷や汗を滝のように流す男がそこにいた。
しばらく彼女は無言だったが、すっと刃が手から消える。
そして彼女はグレンガの横に並び、
ハツカとアーデルハイド、リンデに頭を下げた。
「失礼。夫が粗相をした。謝罪する」
「あっ、いや、まあいいんですけど……」
どうやら夫婦らしい。しかし、おっかない嫁さんである。
暑苦しいくらい存在感の塊であるグレンガと違い、
リゼッタは微塵も気配を感じられなかった。
ハツカの感覚は人よりも優れているのだが、
それでも全く気付かなったのは
もしかすると何らかのアーティファクトの効果なのかもしれない。
「おい、リゼッタ。お前、姫殿下と一緒にいたんじゃないのかよ」
彼が尋ねると、彼女は無言のままちらっと横に視線を向ける。
するとそこには、
「……」
腕を組み、不機嫌そうに立つセレスティ=イルガード第一王女。
何故、ウグイス亭に彼女が来たのかさっぱり理解できず、
リンデだけでなくハツカたちもぽかんとしていた。
王女はドレスの裾をなびかせながらゆっくりと歩いてきてテーブルの横に立ち、
「お前たち……随分と、兄上に気に入られているらしいな」
ハツカとアーデルハイドを睨んだ。
まるで身に覚えがない2人は顔を見合わせたのだった。
また気づいたらピザですよ。ピザばっかじゃないですかこの話
あれですか、これは「ようそこ異世界ピザハ〇トへ〰ミラリア支店開拓日誌〰」とかいうタイトルにされてしまうやつですか。
というわけでエルフと人間についての世界観の説明でした。
登場予定はありませんが、一応ドワーフとか亜人もいるファンタジー世界らしいです。