「――悠久のヴィーテクス」
ラエルはそのアーティファクトの名前を告げる。
工房には大きなシートが広げられており、
そこには分解されたアーティファクトが置かれている。
アーティファクト自体は大きくはなく、
むしろアーデルハイドの魔槍よりも小さいかもしれない。
だが構成される部品の数が文字通り桁違いだ。
「732個の部品で組まれていて、その全てに精密なルーンが刻まれているんだよ。
しかも所々に帝竜の鱗が使われているから、替えもきかない」
悠久のヴィーテクスというのは杖のアーティファクトらしい。
それは今の王妃が昔から愛用していたというモノで
エルフの所有しているアーティファクトの中でも最上級のものとされる。
「噂程度でしか聞いたことがないんですが……
結局この杖にはどんな効果があるんですか?」
ハツカが尋ねる。
隣に立つアーデルハイドも興味津々のようだった。
「ああ、それは……」
ラエルが説明しようとしたところで、
「兄上! どうしてそう軽々しく秘宝の秘密を話しているのか!」
王女の怒声に遮られた。
「そもそも兄上、何故この者たちを工房に入れている?
今、どれだけ重要な作業なさっているのか自覚しているのか」
「セレス、勿論知っているよ。
これがいかに名誉なことで、
かつ王国でも俺と師匠くらいにしかできないことだってさ。
これほど誇らしい仕事はないんだぞ。
だから彼女たちに別に隠すことでもないだろう」
ラエルはそうは言うが、ハツカは「見せびらかすことではないですよね」とは思う。
けれどアーティファクトに対する好奇心の方が勝っているので黙っていた。
「なあ、ラエル。それはそうと、兄上ってなんだ?」
アーデルハイドが聞くと、ラエルは肩を竦めた。
「幼馴染なんだよ、一応は」
「兄上……幼馴染などではない。私たちは、家族だ」
あれだけ村に来た時は堂々としていた王女が、
ラエルの前ではどこか子供のような口調になっていた。
とくに「家族」と口にした時の彼女は、とても寂しそうでもあった。
だがラエルはまるで意に介した様子もなく2人に説明をする。
「俺の育て親……師匠は『古き者』の中でも
特にアーティファクトの知識が深い人でね。
その縁もあってセレスとはよくよく一緒にいたんだ。
俺自身は自分も出自も実は知らないんだけどさ」
「そう、ですか」
彼は何でもないように軽く語る。
薄々とは感じていたが、彼も血の繋がった家族はいないようだ。
「その師匠は今どこにいるんです?」
「知らないよ。気付いたらいなくなっていた。
今は王国が総出で探していて
更に懸賞金が掛かってるから見つけたら捕まえるといいよ」
そう言って彼が取り出したのは、お尋ね者の手配書。
そこに書かれているのは……
「賞金……2800万ラピス。おいおい、無茶苦茶だな」
「城が買えるレベルですね……」
それほどの重要人物らしい。
王国で最もルーンに詳しいともなれば相応の価値ともいえるだろうか。
「セレス。王都から今日着いたばかりなんだろ。
しばらくはここにいるんだから、まずは屋敷でゆっくりしてきたらどうだ?
顔に疲れが出て、少し顔色がよくないぞ」
「……兄上」
それはラエルらしい、鈍感な気遣いのなさである。
今日初めて会ったハツカですら、
彼女は彼と一緒にいたいのだとという気持ちが手に取るようにわかる。
だって彼女は村についてまず、ラエルの元に向かったのだ。
まだ二人の関係というものがきちんとわかっていないが、
それでも彼女にとってこのミラリアに来るということは、
彼に会えるから楽しみだったからに違いない。
「姫殿下、まずは屋敷で体を休め旅路の疲れを落としましょう。
ラエル殿と話すのは明日からでも時間はあります」
気配もなくふらりと横に並んだリゼッタ。
彼女の言葉に王女は躊躇をしていたが、
「兄上、明日また来ます」
それでもラエルが話を続けてくれなさそうとわかると
ドレスの裾を翻して工房から出て行った。
その様子を見送った後、ハツカは尋ねる。
「随分と素っ気ないんですね。数か月ぶりなんでしょう?」
「あいつは俺を王都に連れて帰りたいと思っているからな。
けれど俺はここでの生活が気に入ってる。
だからあんまりセレスに踏み込まれると本気で連れ去られるよ」
苦笑していた。
「この工房はそのアーティファクトを整備するためにあるんですね。
けれど、王都の工房ではダメなんですか?」
「ああ。世界樹に近いからこそ流れる濃厚なマナが必要なんだよ」
彼はそう言って、工房の奥に連れて行ってくれる。
「あんまり長く覗くなよ。マナは生命のそのもの、この大地の血のようなもんだ。
密度が高すぎから近づきすぎると『マナに酔う』ぞ」
そういって前は見せてくれなかった扉を開けてくれた。
「うっ……こいつは」
アーデルハイドが口元を覆った。
ハツカも少し距離を空ける。
「これが、むき出しのマナの流れだよ」
そこの部屋の隅には輝く緑色の液体が流れている。
光の反射なんてものではなく、液体そのものが光っているのだ。
それは以前にハツカが世界樹に見た光と同じ色。
あまりに強く、濃厚な空気に当てられて一瞬貧血のような眩暈がした。
「これは使えるのは王都広しといえどもこのルーンパドだけだ。
だからこそ、ここでしか調整できないアーティファクトがある」
扉を閉める。
たった数秒のことだというのに、ハツカとアーデルハイドは少し頭痛がしていた。
「悠久のヴィーテクスは強力すぎるアーティファクトだから、
数度使用するだけでこうしてメンテナンスが必要となる。
だからこそ世界樹を植えたこの工房に持ち込まれるんだ。
この村は悠久のヴィーテクスのために生まれたんだよ」
悠久のヴィーテクスは元々は王妃の持ち物。
それはエルフの持つ秘宝の中でも重要なモノである。
それを任される村だ……なるほど。
人間からは王都の関係者ばかりというのも理解できる。
村人の半分がエルフというのも当然だろう。
人間とエルフの間に約が生まれたことによって集められた者たちなのだから。
「それで、その肝心のアーティファクトはどんな効果があるんだよ?」
アーデルハイドのグロリオサも希少なアーティファクトだ。
だがその比ではない扱いに、彼女も気になって仕方がないらしい。
「厄災を退けるんだよ」
ラエルは、一言で杖の効果を説明した。
「は?」
アーデルハイドが聞き返したのも無理はない。
あまりに抽象的すぎるからだ。
「……厄災といっても、それは何をもって厄災とするのですか」
ハツカの言葉にラエルは言葉を選んでいるようだった。
「そうだな……使用者が厄災だと思うこと、としか言いようがないんだ」
「なんだそのふらっとした話はよ。何言ってるかよくわかんねーぞ」
「そうだよ、何かわからないだろう?
だからこそ強力なアーティファクトなんだ」
そこでやっとハツカは理解できたようだった。
「もしかして……因果や事象そのものに干渉するとでもいうんですか」
魔槍は火を噴く。これは簡単に説明ができる。
その火力は凄まじいものだが、しかし結局火を放つだけだ。
それに対して悠久のヴィーテクスは世界に干渉する。
例えば巨大なハリケーンが迫ってきていたとしよう。
それに対して悠久のヴィーテクスは「使用者が厄災として認識すれば退ける」。
ハリケーンは進路を変えるか、あるいは自然消滅をする。
抽象的な効果であるがゆえに、非常に強力なのだ。
「まあ、エルフからの最大限の友好の証ってわけさ。
勿論 誰にでも使えるわけではなく、
今のところ使用できるのは王妃と彼女の子供たちだけだよ」
つまり、セレスティ王女は使用できるということだ。
「ほー、でもアタシの好みのアーティファクトではないな」
「アーデルハイドには似合いませんね」
整備に時間がかかりそうなものだ。
これをラエル一人で整備をするのだという。
これでは確かにしばらく工房が使えないだろう。
他の仕事をやりながらというわけにもいかない。
「ま、そういうわけだからしばらくは工房にはあんまり立ち寄らないでくれ。
作業の工程によっては、結構集中力が必要なんだよ。
その間はキルシェさんか誰かが常に工房は警備してるとは思うけど、
ちょっかい出していい相手じゃないからな」
そう言って工具を取り出して腕まくりをする。
「そうだ、せっかくだから村にいるなら、
ちょくちょくでいいからセレスの相手をしてやってくれよ。
立場が難しいやつだから、あんまり同世代の話し相手がいないんだ。
いつも俺が話し相手になってるわけにもいかないしな」
ハツカとアーデルハイドは、「どうしたものか」と顔を見合したのだった。
大層に出てきた割に出番がいまいちな姫様の扱いに反省しております。