「つきやしたぜ。俺は馬と馬車を見てるんで。
リゼッタ、後は任せんぜ」
湖のほとりまで来た馬車を停め、グレンガは御者台であくびをする。
「さーて、始めるか」
左肩に魔槍を、右肩に2本の竿を担ぎ歩いてきたアーデルハイドが伸びをした。
王女の乗る馬車にはさすがに乗せてもらえなかったので横を歩いていたのである。
とはいえ村から湖までそこまで遠くはない。
旅慣れしている冒険者にとっては散歩のようなものだ。
「それで、姫様は釣りのご経験があられるんですかね?」
アーデルハイドの問いかけに
馬車から降りてきたセレスティは嫌そうな顔をする
「まずその取ってつけたような変な喋り方はやめろ。
馬鹿にされている気がしてならない。
そんな話し方をされるならいっそ普段通りで構わない」
アーデルハイドは気配をさせることなく傍らに控えるリゼッタを見る。
長い前髪に隠れて表情は見えないが、特に反応はしていなかった。
「なら、遠慮なくそうさせてもらうぜ」
試しに言ってみたが、とりあえずいきなり不敬罪等で殺されることはないようだった。
「大体私ではなくても、もう一つの冒険者を誘えばいいだろう。
同じギルドの仲間なのではないのか」
「ギルドが同じっても、四六時中一緒にいるわけじゃねぇっての。
エーデンウェルはメンバーを縛ったりはしないんだよ」
メンバーも何も、2人しかいないのだが。
「まあいきなり誘って悪かったな。
実はアタシは姫さんとゆっくり話してみたかったんだよ」
今のセレスティの服装はさすがにドレスではなく、
落ち着いた薄い黄色のレギンスに暖かそうな黒い毛皮のコートを羽織っていた。
普段の彼女がそのような「外で活動する」服装など持っているはずもなく、
急いで村の者が用意をしたのである。
彼女の長い髪が湖からの穏やかな風になびく。
「……私と、か?
お前と私の間で話が弾むとはとても思えないが」
怪訝そうな顔をする彼女に、
アーデルハイドは槍を地面に突き刺して置く。
次に背負ってきた樽に湖の水を汲む。
「なんだ、おかしいか?
まだ知り合って間もない相手と仲良くなりたいなら、
まずは釣りに誘えってのは、冒険者の間では常識なんだぜ?」
彼女は肩を竦める。
セレスティは胡散臭そうに彼女を睨む。
「私と仲良くなりたい、と言う割にはお前からはあまり友好的な感じを受けない。
そもそもその常識も本当かどうかも疑わしいものだ」
セレスティは視線でリゼッタに問いかける。
彼女は頷き、
「こいつは嘘をついてます。
姫殿下と仲良くなりたいなど微塵も思っていません」
そう断定した。
アーデルハイドはオーバーに「おいおい、その言い方はないんじゃねぇか」と嘆く。
「……で、目的は?」
「――馬車。単に荷物を運ばせたいだけです。
ハツカ=エーデライズが他の町に出ているので」
想像以上に下らない理由だった。
アーデルハイドは「ククク……正解だよ」と悪びれることなくニヤニヤした。
ゴーレムがいないのでいつもの荷台を引く者がいなかったのである。
「リンデから魚の調達を頼まれてな。
一人で釣りをするのも味気ねぇし、せっかくだから付き合ってくれよ」
そう言って竿を渡す。
受け取りはしたが、セレスティは憮然とした表情を浮かべる。
「私はそもそも釣りをしたことがない」
「なに、ここの魚は人間に慣れてなくて無警戒だ。
こいつを糸の先につけて投げ込めば、そのうち釣れるさ」
渡されたのは疑似餌だった。
意外とよく出来ており、ぱっと見たら少し大きい羽虫に見間違えるだろう。
「……器用だな」
「勘違いするなよ、そいつはファラルが作ってくれたんだ。
エルフは手先が器用で羨ましい限りだぜ」
エルフという種にそもそも釣りをするという習慣はないはずだ。
それなのにファラルもわざわざ作ってあげるとは……
随分と人間の文化に馴染んだものである。
見るとアーデルハイドも同じものを手にして先に糸につけていた。
「あらよっと!」
彼女は竿を振り、疑似餌を飛ばす。
普段から長物である魔槍を使っていることもあってか、
長い竿も振る姿は随分と様になっていた。
ポチャンっと遠く離れた位置に着水する。
「せいっ!」
セレスティもとりあえず竿を振ってみた。
初めてのことでおっかなびっくりに振ってはみたが、
すぐ近くの水面までしか飛ばなかった。
「……それでこれからどうするんだ?」
「あ? 釣れるまで待つんだよ」
釣りということ自体を初めて体験するセレスティにとって、
それは理解に苦しむことだった。
彼女とて王都で多少は体を動かす「嗜み」はあるが、
その中には「何もせずに待つ」という動作があるものはない。
勿論、本当は待つだけではないのだが、
アーデルハイドはわざと教えていないのであった。
「おっと、早速一匹連れたぜ」
アーデルハイドは器用に釣り上げ、そのまま水を入れた樽に投げ込む。
い釣り上げられた魚は興奮したようにぐるぐる回っていた。
「オーギョっていう魚でな。水面に落ちた虫が好みらしい」
セレスティはなるほどと思う。この疑似餌の意味がやったわかった。
自分も釣り上げてみたいと思うが……
釣りというのが待つという動作だけではこれは運任せなのではないのだろうか。
「ククク……」
アーデルハイドは実はここに何回か釣りに来て「コツ」は掴んでいる。
微妙に疑似餌を動かすのがポイントだ。
痙攣しているようにもがく動きが、オーギョを誘うのに最適なのである。
「ほらよ、また釣れたぜ」
瞬く間に4匹目も釣り上げていた。
だがセレスティはまだ一匹も釣り上げていない。
別に張り合う必要もないし、釣り上げれなくても問題はない。
けれどなんだか面白くはなかった。
自分とアーデルハイドの間で何が違うのか……
それを見極めようと彼女のことをじっと観察する。
(アーデルハイド=アイゾンウェル、か)
思えばこうしてじっくりとその姿を見るのは初めてだ。
スラリとして背筋がぴんと伸びた立ち姿は堂々としており、
後ろで編んだ金髪が湖に反射する陽光を受けて美しい。
細かい傷だらけの鎧をまとっているが、
これがドレスでも着てお淑やかにしていれば、
どこぞの名門のご令嬢と見間違えるのではないだろうか。
これほどの鮮やかな金髪を持つ者は、王都でも中々に見られない。
「……綺麗な金髪だな」
「ん? ああ……母からもらった自慢の髪だ」
「その母は、今はどうしてる?」
「とっくに死んだよ。アタシが小さい頃にな」
そう何でもないように語る彼女の横顔は、
釣りを楽しんでいるようで笑っていた。
「母の家は元々は高位の騎士の家系だったらしい。
けれどなんか知らねぇが没落したかなんかで、母は娼婦をしていた。
それを父が孕ませちまってな、責任取って父は母を『買った』。
そうして生まれたのがアタシ、アーデルハイドだ」
「……」
かける言葉が思いつかない。
セレスティは黙って言葉を聞く。
「ま、そんな経緯だったがアタシの知る母は案外幸せそうだった。
冴えない父も、母とアタシのために冒険者を続けていたよ。
でも母は元々体が弱かったらしくてな、ある日呆気なく流行り病で死んだ。
その後に父も数年後には何でもない冒険の最中に逝っちまった」
彼女は髪をゆっくりと撫でる。
「父は魔槍を、母はこの金髪を残してくれた。それだけでアタシには十分だ」
彼女は更にオーギョを釣り上げる。
けれどセレスティはまだ釣れていない。
「お前は、冒険者である今の生活に満足しているのか?」
「少なくとも、お姫様よりかは楽しんでいるさ」
釣った魚を自慢するように見せつけてくる。
セレスティはその表情にむっとした。
「まるで私が楽しいんでいないと言いたいようだな」
「なんだ、1匹も釣れなくて楽しいのか?」
「……楽しくなくともしなければならないこともある」
そう、彼女はイルガード王国の第一王女なのである。
彼女に求められること……それはアーデルハイドには想像もつかないほど重い。
縛られることなく生きる冒険者には想像もつかないだろう。
「ククク……そんなもの、テメェの中以外にあるわけねぇよ」
だが、いや、だからこそアーデルハイドは切って捨てる。
「楽しいことだけをして生きていくことの何が悪い?
嫌だってのにしなければいけないことなんて、
それはテメェが勝手に決めてるだけの話さ。
やりたいことがあるのにしないのは、ただ臆病な自分に対する言い訳だろうが」
からかうような口調。
傍若無人なアーデルハイドは、全て自分を基準にして物事を考える。
そんな彼女からすれば、「やりたいことをしない」というのはありえないのだから。
完全に王女の立場など知ったこっちゃない、という感じである。
その身勝手なさまにセレスティはかっとなった。
「冒険者風情が気楽に言ってくれるな!
私には、父と母が託してくれた共存への想い、
そしてこれから生まれる新しいハーフエルフたちが
胸を張って生きれるように、私は歩んでいかなければならない!」
それこそが、セレスティ=イルガードの生きる意味だと。
叫ぶ王女に対してアーデルハイドはおかしそうに笑う。
「ククク……」
「何がおかしい!?」
「いや、引いてるぜ。姫さんの糸が」
その言葉にビックリしてセレスティは釣り竿を掴む。
「……あっ!」
だが慌てていたせいで、魚の引っ張る力に体ごと引っ張られる。
「ほらよ」
そこへ横から竿を掴んだアーデルハイドが手を貸し、
暴れていた魚を綺麗に釣り上げた。
「やっと、釣れたな。初めてしては上出来じゃねぇか」
アーデルハイドは魚を樽に放り込む。
しばらくしてやっと釣り上げたという実感が湧いたセレスティは、
「……はは」
なんだか体の力が抜け、笑いが出た。
自分は何を真面目に考えていたのだろうかと。
そう、今は釣りをしていたのだ。
何故自分の生きる道の話になっていたのかと。
この性格の悪い冒険者が単に自分の食べる魚を獲るためだけの目的の釣りに付き合っていただけ。
何も難しい話などない。
「姫さんも食べるか、ウグイス亭名物の川魚のピザをよ」
そう言ってから、湖を見る。
そろそろ陽が傾いてきたのか、綺麗な夕焼けが水面をキラキラと照らしていた。
「おっそうだな」
そこでアーデルハイドが何かを思いついたようにぽんと手を叩く。
「この湖は王女が初めて釣りをして、そして初めて魚を釣り上げた湖。
名前がないこの湖に、『セレスティ湖』って名付けようぜ」
何も考えもせず、思いついたことを口にしただけ。
セレスティは首を振り、
「いいわけないだろう」
案外釣りも悪くないと思った。
ミラリアの傍にある美しい湖。
そこは後に、セレスティ湖と地図に記されることとなる。
祝100ユニークアクセス達成!
そんなわけで釣りの話です。
決してアーデルハイドは説教したいわけでも 姫様の生き方を変えようと思っていたわけでもないわけです。単に真面目すぎる彼女をからかっただけ。
ということで全然かみ合わない 変なテンポの会話になってしまうのは仕方のないことなのですと眠気と戦いながら書く作者の言い訳をここに書き残しておきます。
本当は釣りの仕方を聞かれたリゼッタさんが湖に飛び込んで素手で魚を獲ってくるというシーンがある予定でしたが、カットされました。