ゴーレムが戻ってくるとすぐにわかる。
静かな村に鈍い足音が響き渡るからだ。
しかし村人も慣れたもので、日が暮れて遅い時間ではあったが誰も出てこなかった。
彼女が村に来た当初はみなが慌てて飛び出してきたものだが。
「……あれは」
宿の前に荷物を置き、ゴーレムを格納庫に入れようとしているところで気づく。
ウグイス亭のすぐ裏には世界樹の傍に人が立っていた。
ハツカはゴーレムに乗ったまま近づいていった。
「こんな寒い夜に外にいれば、風邪を引きます」
その人物に声をかけてから気づく。
そういえば少し前に似たような場面で自分が同じことをラエルに言われたなと。
あれから数か月、今度は自分が声をかけることになり、
その相手がまさか王女であるだなんて想像もしていなかった。
ハツカの声に、セレスティ王女が振り向く。
「ゴーレムは歩くだけで随分と騒がしいモノだな」
「仕方ありません。そういうものですから」
ハツカはゴーレムから降りるべきかと思ったが、
寒い中、長居するつもりもないのでそのままでいた。
王女も気にした様子もなく、先ほどと同じように世界樹を見上げる。
何を思っているのかわからないが、
邪魔をしてたと言われても困るのでハツカは帰ろうとした。
「世界樹が、大きくなっている」
王女の声に戻るのを止めた。
その言葉にハツカは首を傾げた。
「そうですか? 別段に変わったようには見えませんが」
「いや、少しではあるが大きくなっている。
この世界樹は特別なモノだ、私が見間違えるはずがない」
月明かりが照らす中、世界樹は淡く光を放っていた。
「世界樹はマナを空に還す。
命の営みが盛んになればその円環は促進されて、そのために世界樹も大きくなる」
王女は世界樹のことをどうやら詳しく知っているらしい。
前々から気になっていたことを尋ねる。
「どうして世界樹はこの場所……ミラリアに植えられたんですか?」
その言葉に王女は目を閉じ、世界樹にそっと触れる。
するとまるで彼女に応えるように、淡い光が蛍のように舞う。
「神竜が、この場所に植えるように告げたからだ」
彼女の緑の髪がふわりとなびき、
緩やかに月明かりと世界樹のマナの光を包み込む。
「エルフたちの里にある世界樹、その根に住む神竜……『賢竜のメラト』だ。
人間と愛を結び、そして里から出ることを決意した母。
そんな母にメラトが新たなる門出として渡してくれたのが世界樹の種だった。
そして賢竜はこのマナの巡る場所に種を植えるように言った」
「神竜の、祝福……」
神竜だなんて、御伽噺にしか出てこないような存在だと思っていた。
人間とエルフとの物語に、そんな竜が関わっていたとは初めて知った。
「エルフも世界樹について全てを知っているわけではない。
だからしばらくして成長を止めた世界樹も『そういうもの』だと思っていた。
だというのに、今、また大きくなっている」
王女は再び視線をハツカに戻す。
「ハツカ=エーデライズ。
お前が来たからなのか、それはわからない。
けれど、ミラリアは確かに変わってきている」
「それは、貴方にとっては良いことですか、悪いことなのですか?」
「……わからない」
彼女がそっと世界樹から手を放す。
周囲の淡い光は名残惜しそうに舞ってから消えた。
「もしかして、アーデルハイドから何か言われたのですか。
一緒に出掛けていたと聞きましたが」
「性格が悪いものだな、冒険者という者は」
「あの、さすがにアレと一緒にしないでもらいたいのですけれど」
嫌そうな顔をするハツカに、セレスティは少し不機嫌そうに言葉を返す。
「私からすれば、お前もあのアーデルハイドと一緒だ。
いや、どちらかというとハツカ=エーデライズの方がもっと悪い。
何故なら私の心が休まるだったはずのこの村を変えていっているのだからな」
「……そう言われても、私は困るんですが」
「そうだ、私はお前に当てつけをしている。
困ってもらわなければ意味がない」
どうやらアーデルハイドが何やら王女に嫌がらせをしたらしい。
完全にとばっちりだとハツカは内心舌打ちをする。
別に好かれたいとも思っていなかったが、
まさか一方的にこうも言われるとはさすがに想像していなかった。
「お前は、この場所で何を望んでいる?」
王女はそんなことを問いかけてくる。
思えばアーデルハイドを始め、みなが同じことを彼女に聞いてきた。
何もない村に突然住み着いた流れ者の冒険者……
きっと理由があるはず、何か目的があるはず、誰もがそう考えて彼女に真意を尋ねるのだ。
その問いに対する彼女の答えは決まっている。
「――私の居場所を」
何度も、繰り返し答えてきたからこそ、確固たるモノに。
「居場所……?」
「私がいる場所は、私が作る。そう決めたんです」
そうはっきりと告げる。
「それが今まであった何かを変えることになったとしても。
これは私の物語なんですから」
ハツカはゴーレムの左肩から腕をつたい手の先に行く。
そこに腰かけて世界樹を背に村を見下ろす。
「私は人間のエルフが紡いだ始まり物語を人づてに聞いただけでしか知りません」
右手をセレスティの方へと差し出した。
一瞬、彼女の意図がわからなかった。
だが王女は気付き、ゴーレムの手に腰かける。
「私は物語を聞いて、その主人公たちは居場所を求めてたんだと思いました。
立派な志も、目指した理想もきっとそれは後付け。
本当に欲しかったのは大切な人と暮らせる世界なんだったんじゃないかって」
それは王女にとっては父と母の物語。
ゴーレムが腕を上げる。腰かける王女が落ちないようにゆっくりと。
「……この村がお前にとっての居場所だというのか?」
「まだ、です。けれどきっとそうなります」
ゴーレムが腕を上げると地面から4メータ以上になる。
普段よりも随分と高くなった目線で見下ろせるのは、ミラリアという小さな村。
「ハツカ=エーデライズ。
なら、私の居場所はどこにあるのだと思う?」
父と母、多くの人の希望を背負い立つ王女としての立ち位置。
セレスティにしか務まらず、そして彼女にとって全てだと思っていた世界。
けれど、本当にそこは私の居場所なのだろうか、と。
「それは他でもない、貴方自身が決めることなんだと思います」
「お前も、あのアーデルハイドと同じことを言うのだな」
セレスティは苦笑した。
ゴーレムが彼女を地面に降ろす。
「寒くなってきた。暖かい風呂に入って今日はもう寝るとしよう」
「そうですか」
地面に降り立った王女はゴーレムの腕に乗るハツカを見上げ、
「お前が村に来て良かったことが一つある」
「……たった一つしかないんですか」
「私の釣った魚で、宿の娘がピザを焼いてくれたのが美味しかった。
また食べたいものだ」
そう言って振り返らずに屋敷へ歩いていった。
それを見送り、姿が見えなくなってからハツカは呟く。
「……もしかして、私は不敬で処罰されたりしますか?」
問いかけると、物陰に隠れていた人物がゆっきりと姿を現した。
「いいえ、そんなことはしませんよ」
微笑みながら出てきたのは、黒い長髪の女性。
王女の護衛である「古き者」、キルシェ=エメラルドラインだ。
穏やかな表情を浮かべているが、対するハツカは冷や汗混じりに呟く。
「その割には、ずっとドールに囲まれていて、気が気でなかったんですが」
三体のドールが王女と話している間ずっと、
いつでも飛び出せるように隠れていたのだ。
彼女の操る三体の天使は、人が視認できないほどの高速移動で襲い掛かる。
いかなる場所であっても天使の刃から逃げ切ることはできない……
王国最強のドールマスターは派手さこそ確かにないが、不可避の攻撃だ。
マスターの指示一つで殺戮の天使は無慈悲に対象の命を刈り取るだろう。
「私たちは姫様を少し過保護に育て過ぎたかもしれないと感じていました」
「なら、貴方たちからも言ってあげればいいじゃないですか。
もっと楽しくいきなさいって」
キルシェは首を振る。
「私たち大人ではダメなんだと気付かされました。
あの子に本当に必要なのはあなたたちのように歳の近い子たちなのでしょう」
彼女が指を鳴らすと、やっとドールたちが離れてくれた。
「あなたさえ良ければ、またお話をしてあげてください」
「……物騒なドールで睨みを効かさないと約束してくれるのでしたら」
キルシェは「それはあなた次第です」と微笑んだ後、
王女の後を追って屋敷に向かっていった。
ハツカはそこでやっと大きく息をつく。
アーデルハイドよりは彼女は常識人だ。
つい勢いで色々と言ってしまったが、王女にかけて良い言葉ではない。
物言い次第では殺戮人形の餌食にされていたかもしれないと思うと、
次からは王女には関わらない方が良いとしみじみと思った。
「とりあえず、暖かいご飯にしますか」
完全に体が冷え切ってしまった。
彼女はゴーレムに乗ったまま、小屋へと戻る。
(もう話すこともないでしょう)
そもそも王女と自分では身分が違いすぎる。
たまたまラエルの繋がりで話してしまったが、これからはもうないだろう。
そう考えていたハツカだったが、その考えが甘かったことを後に知ることになる。
そう、彼女の街作りの物語にとって、
セレスティ=イルガードもまた、関わりの深い人物となるのだから。
もうすぐ5章も終わりです。
眠い中更新したのか、なんか会話が結構飛んでいる気がする・・・