日本号と特長谷部で長谷部につれあいができた話。長谷部の相手は好きにご想像ください。
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鈍色の血の失せたあと

 毎度毎度よく飽きないものだと思うほどの小言が、この数日は聞こえてこない。なにやら思い悩んだ様子の腐れ縁は、眼前でこれ見よがしに酒を飲んでやっても、僅かに眉を顰めたきりだった。

 

 そんな矢先に、もう布団を敷こうかという時になって部屋の障子が開かれた。声ぐらいかけろ、と言おうとして訪問者の手の中にミックスナッツの缶があるのを見つけた。

 

「お、飲みにきたのか?大したもんはないが、歓迎するぜ」

 紫紺の瞳を来訪者に向けてそう言ったのは部屋の主である六尺半近い大男で、日本号と呼ばれていた。倶利伽羅龍をその本性に宿す、大身の槍の付喪である。

「……ああ。そうだな」

 審神者主導の宴会以外でこの男が酒を飲むのを見た試しがないので、肯定されて日本号は大層驚いた。

「珍しいな。槍でも降るかね」

「せめて刀であってほしいものだ。刀装兵が残る程度の」

 そう言ってこれまた珍しい事に冗談を笑ってみせた煤色の髪の青年は、へし切長谷部という。華やかな皆焼刃の打刀がひとのかたちを持った姿だ。

 

 向かいあうよりも隣に並んで同じ方向を向く方が余程落ち着くのは、きっと今も毎年並べられる現世の「日本号」と「圧切長谷部」の所為だろう。部屋に入ってきた長谷部も、猪口を二つ出してきた日本号も、互いの正面ではなく隣に腰を下ろした。

 

 日本号が携帯する丸徳利には、風味も温度も彼の思う通りになる無尽の酒が入っている。それを互いに大ぶりの猪口に注いでは長谷部の持ち込んだナッツを噛み砕く。無言で無音のまま時間だけが過ぎていくのも、別段苦ではなかった。ここ二百年ばかりは年に一度並んで展示されているが、大凡の場合はこんな風にただ黙って二振りで並んで座っているだけだった。

 

「日本号」

 

 宙に視線を漂わせて、青年が男を呼ばう。疲れきっているような、冷めきったような、あるいは戸惑いを殺しているような。いずれにせよ、手中の液体のように透明な声だった。

 日本号はその声になぜだか、遠い日の空を思い出した。母里の家を離れた日の普段よりも遠い空と、海の向こう側で見た地上とは裏腹に澄み渡った高い空を。

「どうした御刀」

 

 藤色の瞳がすうっと下がり、ゆるりとほんの僅かに口角が上がる。細くなった目元が見ている先は、間違っても畳の目ではなかった。

 

恋刀(こいびと)ができた」

 

 知っている。相手も、いつからお前が恋い焦がれていたのかも、ひょっとしたらお前自身よりもずっとよく知っている。そんな返事を肺の底へ押し込めた。「黒田の槍」と語られるが故のこの執心を、宝刀本刃に悟らせる気は毛頭なかった。恋などには決して成り得ないと知っていれば、尚更に。

 

 幸せそうだな、とも言えなかった。本当にしあわせな時のこの刀は、もっと余裕のない声をしている。これは、微々たる量の幸福を、金箔でもつくるように薄く広く引き延ばしている時の声だ。

 

 となれば、どうしても心配が先に立った。お前はそれでいいのか。男のすがたをしたものを相手に恋をして、応えを求めて、それだけで済むとは、いくらなんでも思っていないだろう。お前が今でも聖書を読んでいるのを知っている。ラテン語を学んでいることも。

 

 長谷部の信じる神とやらが、愛するものである以前に、罰するものであることを、日本号は知っていた。

 

「……なんだったか。『女と寝るように男と寝るものは……』」

 答えは即座に返ってきた。流石にあの細かな字で千頁を超えるような代物を丸覚えしているわけもないから、何度も読み直して思い悩んだのだろう。

「レビ記だな。二十章十三節」

 ”女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう”。

 

 頁に釘付けになって、夜通し悩んで、それでも彼は(しゅ)に背くことを選んだ。濯げない罪を一秒ごとに積み上げるとしても、愛には敵わないという、それだけのことだった。

「ああ。だが構うまい。もとより俺たちはひとではない。なれば()()()()()()()()()もないのだから」

 近い未来には「憎むべき事」をするのだろう男はそう言った。自棄すら感じる骨より渇いた声で、刀槍に過ぎない自分たちには魂などないのだからと、そう言った。それでも彼は報われぬ信仰を続けるのだろう。救われることがないと知っていて、審判すらも訪れないと知っていて、それでも。

 

 あるいは。この男もまた、この修羅道に鋼を埋める覚悟をしたのだろうか。子羊の持ついのちの書には名も所業も決して書かれることがないというのなら、彼らには第一の死だけが絶対であろう。自分も、相手も、必ず殺されて終わる日が来ると、そう信じて、裁きを待っているのだろうか。神を信ずる気も、終わりを迎える気も、このひとの身だけだとしてなお更々ない日本号には分からなかった。きっと、次の六百年を過ぎた後でも分からないのだと、それだけは確信できた。


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