ガンランスの話をしよう。   作:はせがわ

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 こちらは後編となっております。
 まだお読みでない方は、前話からどうぞ!






吹き飛ばせ! この星ごとヤツを!!

 

 

「カチコミじゃあぁぁああーーーッッ!!

 あのおばちゃん、もう絶対許さへんっ! よくもプリティくんをっ!!」

 

「ババア討つべし! きゃつを許すまじ!!

 久方ぶりにてっぺん来たぞ(おれ)はッ!!」

 

 現在ソフィーたちは、例のクエスト用紙の乗ったテーブルを囲み、作戦会議を行っていた。

 チエ&ミラの二人などは、もう椅子から立ち上がって怒号をあげている。

 

「こ~んなふざけたマネされて、黙っとれるかぁ!

 やったりましょうソフィーさん!

 クエストかなんか知らんけど、ウチぶちかましたります!!」

 

「あの妖怪ババア、目にもの見せてくれようぞ!

 主よっ、何を思い悩む!! はよぅ我に『行け』と命じぬかッ!!」

 

 やる事はもう決まっている。

 今からヤツに指定された狩場へと赴き、襲い来る全ての障害を蹴散らし、男の子を取り戻せば良い。それはすでに決定事項である。

 しかしながら、乙女の表情は冴えない。

 今のこのワケの分からない状況を飲み込めていないという部分も、もちろんある。だがそれよりも乙女が気になっているのは“あの人の意図“

 なぜ男の子を家に帰らせるのではなく、自分にこのような真似を仕掛けてきたのか。その意図が分からないのだ。

 

 男の子はああ言ってくれたものの、あのご婦人はまごう事無く、男の子の親だ。

 いくら乙女達が「一緒に居たい」と訴えた所で、本気で彼女がNOと言ったなら、とてもじゃないが通らなかったハズなのだ。

 

 無理やりにでも男の子から引き剥がす事は、きっと出来た。

 加えて富と権力を持つあの人であれば、そのような手段はいくらでも用意出来たハズなのに。

 

 ――――ほぅ、貴方ガンランサーですのね。“お見事“と言っておくザマス。

 

 なによりあの人には、“ガンサーに対する嫌悪“が全く無かった。

 いつも初対面の人と会う時には必ず感じる“ガンサーに対する侮蔑“の感情を、まったく感じなかったのだ。

 

 アタクシの息子がガンサーなどと……ではなく、真っすぐに私という個人に対して、敵意を燃やしていたように思う。

 ガンランサーではなく、“私“を見て話していた――――

 その事が乙女の心に、どうしても引っ掛かっているのだ。

 

 これじゃあ、まるで私に――――

 

「ソフィーさん、あの子の事頼むよ!

 これ秘薬と粉塵作って来たからさ、持っていってくれよ!」

 

「はい! あたし強走薬を作り置きしてたの!

 使ってあげてソフィーさん! あの子の事おねがいっ!!」

 

「き……君たち……!」

 

 気が付くと、乙女たちの周りには沢山のハンター達が集まっていた。

 その誰もが「男の子を頼む」「あの子を取り戻して」と言い、それぞれが乙女たちに支援を申し出てくれる。

 

「あの子いねぇと、ここ火が消えたみたいになっちまうんだよ!

 うちの仲間なんて、もう非公式のファンクラブまで作っててさ?」

 

「……ちょ! なんでバラすのよアンタ!

 あったかく見守ってんのよアタシらは!! 誰がショタコンよ!!」

 

「ソフィーさん達、いま3人だろ?

 あと一人! 誰か腕の立つヤツは!?」

 

「行きてぇけど俺HR2だよっ!

 せめて俺のグレート使ってくれよソフィーさん!!」

 

 ここにいる誰もが男の子の事を想い、力をくれる。

 その光景に乙女の目頭が熱くなる。心に火が灯っていく。

 

「――――行ってくるよ、みんな。 必ずプリティを取り戻してくる」

 

 ガンランスを担ぎ、雄々しく歩いて行く。それに追従するチエとミラ。

 今、集会所の仲間たちの声援を背に受けて、乙女たちがクエストへと出発していった。

 

 なにより、今はまずプリティを取り戻す事。

 このガンランスの先に――――答えはある。

 

 

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『あ~~~っはっはっは! よく来たザマスねぇガンランサー!!

 逃げずにやって来た事だけは、褒めてあげるザマス!!』

 

 決戦の舞台となる、通称“森丘“の狩場。

 馬車から荷物を下ろし、「あーよっこらせ」とキャンプ地に降り立った途端、そこにあのご婦人が現れた。

 びっくりするほど、速攻で会えたのだ。

 

「お、おねぇさんっ!」

 

「……プリティ!? き、君はなんて恰好を!?」

 

 そして、ご婦人の傍にいる男の子。

 逃げ出さぬよう後ろ手に縛られているようであるが、何故かその恰好はナルガ防具一式(女性用)。

 いわゆる“ナルガ娘“的なコスチュームであった。ネコ耳が胸キュンなのだ!

 いや~ん♡

 

「アンタッ! 自分の子供縛って、そんな恰好させて!! 何考えとんねん!!」

 

「だまらっしゃい!! 我慢出来なかった物は仕方ないザマス!!

 アタクシ常識とか良識とか、そんなのワリとどーでも良いタイプ!

 可愛いは正義ザマス!!」

 

「プ、プリティに何をするんだ! 許さないぞ!!」

 

「まずは鼻血を拭かんか! この痴れ者が!!

 貴様、足腰グンニャグニャではないか!!」

 

 もう「はわわわ……♡」みたいな顔になっている乙女。愛的な物が鼻から溢れ出して止まらない。

 属性攻撃力に加えて弱点特効まである。乙女のハートが瀕死だ。

 

「今日まで生きてきてよかった……。心からそう思うよ――――」

 

「アカン! 死んだらあかんソフィーさん!! まだ助けてへんッ!!」

 

「腐れガンサーが天へと昇っていく!!

 我には見えるぞ! 幸せそうな顔しおって!!」

 

「ではここら辺でルール説明ザマス!

 皆さんこちらのフリップをどうぞ!!」

 

「は~い座って座って~」みたいな感じで、ご婦人が指示を出していく。そして「そっかそっか」みたいな感じでイソイソと腰を下ろす一同。何事も無かったかのように。

 

「これから貴方達には、ここッ! ビシッ!!

 通称竜の巣と呼ばれる“エリア5“まで来てもらうザマス!

 アタクシ坊やとそこに居ますから! いいザマスね?」

 

「「「はーい」」」

 

 ソフィーたちは良い子なので、元気よく手を挙げて答える。

 

「そこにたどり着くまでには、そりゃもう数々の障害が待ち受けているザマス!

 それぞれのエリアで待ち構えるモンスター達を突破し、

 見事アタクシ達の待つエリア5まで辿り着く事!

 それがこのクエストの目的となっているザマス!! 分かったザマスね?」

 

「はーい」「おっけーやでー」「うむっ」

 

「よろしいっ! たいへん元気なお返事ザマス♪

 それではアタクシたち、先に行って待っているザマスよ。

 ――――くたばりあそばせ、この泥棒猫ッ!! あ、そ~れ♪」

 

 説明を終えたその瞬間、こちらに閃光玉を〈ドゴーン!〉と投げつけてくるご婦人。

 みんなが目を押さえて「ぎゃー!」となっている隙に、ヒャッハーとこの場から消えて行ってしまった。

 

「……あんのババア!! 本気で許さぬッ!」

 

「なんでアレがプリティくん産めてん! 遺伝子の奇跡かッ!!」

 

「あぁ、世の中不思議な事でいっぱいだ!!

 さぁ行こうみんな! プリティを取り戻すんだ!!」

 

 ストレスにより無駄に狩り技ゲージが溜めながら、乙女たちが駆け出して行く。

 今なら素手で、二つ名大盾の甲羅だって割れそうだ。

 

「タマとったらぁーーッ!」

 

「滅ッ!!」

 

「プリティ! 今いくぞプリティーーッ!!」

 

 ご婦人討つべし、慈悲は無い。

 もうあの葛藤は何処へやら。こんな気持ちはじめて――――

 

 無駄に〈ドゴゴゴッ!〉と土煙をあげつつ、乙女が狩場へと向かって行った。

 

 

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 森丘のエリア1。

 ここは本来であれば、草食竜がのんびりと生息しているエリアだ。

 しかし現在このエリアには、大地を埋め尽くさんばかりの“大量のランポス達“がひしめき合っていた。

 

「うげっ!」

 

「なっ!」

 

「こ……この数のランポスと……?」

 

 もう結構な密度でワラワラしているランポス達。

 どうやって連れてきたのか。処理落ちとかは大丈夫なのか。地味にあのご婦人の本気度が伺える。

 

「まさかあのおばちゃん……、ソフィーさんがランポス嫌いなん知っとって?」

 

 流石にそれは無いと思いたいが、そもそもこれほどの状況であれば、泣いて逃げ出したくなるのはソフィーだけではないだろう。

 たとえ大剣使いだろうが片手剣使いだろうが、一歩でもこの中に入ろうものならば即ジ・エンドだ。

 ランポスたちに群がられ、戦う事さえ出来ずに終わるだろう。

 

「これと戦うのは……流石に無理だ……」

 

「数匹づつおびき寄せて倒すか?

 しかしこの数を相手にしておっては……、夜が明けてしまうぞ……?」

 

 こうしている間にも、一刻一刻と時は進んでいく。

 だいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は寒いのだ。あの子が風邪でもひいてしまったらどうするのか。ナルガを着ているんだぞプリティは。

 

「――――よし、ここは俺に任せろ」

 

「ッ!? 君は!?」

 

 そして突然この場に姿を現した、謎のハンター。

 というか、実はさっきからずっとソフィー達と共に居た“4人目の仲間“だったりするのだが……。

 彼はシャイな人であるし、とても無口な人なのだ。たまたま今まで一言も喋らなかったに過ぎない。

 

「あっ、どっかで見た事あるぅ思うたらっ!!

 アンタもしかして……、“ランポススレイヤー“さんか?」

 

「ランポススレイヤー!?」

 

 顔の見えないフルフェイスの兜に、粗末と言って良いような薄汚い鎧。

 しかし彼はG級ハンター、通称“ランポススレイヤー“と呼ばれる男。

 この界隈では伝説となっている程のハンターなのだ。

 

「そうやでソフィーさん!

 ランポススレイヤーさんがおったら百人力やで!!」

 

「そ、そうなのかランポススレイヤーさん!

 君ならこの状況を何とか出来るのか!?」

 

「当然の事を聞くでない主よッ!

 ランポススレイヤーさんであれば、このような状況、造作もあるまいて!!」

 

「お前も知っているのかミラッ!? 

 いや……あの、私よく存じ上げなくて……」

 

 なにやら興奮気味に話すチエちゃん&ミラちゃん。

 その目はキラキラと輝き、まるで憧れのヒーローの事でも語っているようだ。

 

「ランポススレイヤーさんはな?

 新人の頃、苦労して苦労してや~っと『初めてレウス倒せそうや~』って時に、

 横からランポスキック喰ろうて3乙させられた~ゆう経験を持つ人なんよ。

 そん時のトラウマにより、ランポスに対して凄まじい憎しみを抱いてはるねん」

 

「そこからこやつは“この世からランポスを殺し尽くす“事だけを目的としておる。

 今ではランポス狩りが生きがい過ぎて、

 2日ほどランポス狩りをやらねば、手がガタガタと震えてくると言うぞ?」

 

「強い武器でランポス狩りたい~とかワケのわからん事言うて、

 無理やり知り合いに養殖してもらったクズやねん!

 そんなんでG級まで行ったもんやから、ランポス以外にはぜんぜん勝たれへん!

 上位のクックにもあっさりやられてまうんねんで!」

 

 ちなみにその養殖行為の代償として、ランポススレイヤーさんは仲間たちの信頼を失い、孤独の身となってしまったのだ!

 

「まぁぶっちゃけ、ランポス掃討しかせん“役立たず“ゆえ、

 ギルドからも、結構な勢いでウザがられておる。

 ちなみにランポス素材の売値がゴミ同然なのは、

 7割ほどはランポススレイヤーさんが原因ぞ。需要に対して狩り過ぎるからな」

 

「それでもランポススレイヤーさんは、ランポスに対しては無敵やねん!

 ランポス相手に大タルGは使うわ、硬化薬グレートは使うわ……。

 そのハンターらしからぬ恥も外聞もない戦い方は、

 一部では信仰すらされてんねんで!」

 

 もうやめて。やめてあげて――――

 乙女は聞いているだけで心が潰れそうだったが、フルフェイスを被っているランポススレイヤーさんの表情は伺えず、彼が何を思っているのかは分からない。

 

「あの……ランポススレイヤーどの?

 ホントにお任せしても良いのだろうか……?」

 

「――――俺はランポスのプロフェッショナルだ。任せておけ」

 

 ハートつよッ!! そして無駄にカッコいい!

 もう胸をキュンキュンさせているチエちゃんとミラちゃんを余所に、ランポススレイヤーさんがアイテムポーチをゴソゴソし、中から大量の“毒けむり玉“を取り出した。

 

「――――よし、これをヤツらに投げるぞ」

 

「流石やランポススレイヤーさん! かっけぇ!!」

 

「もう“戦う“という発想すら無い! いっそ清々しいッ!!」

 

「目から鱗ですランポススレイヤーどの! ステキッ!!」

 

 そしてソフィーたちは「おっしゃー!」「そいやー!」とひたすら毒けむり玉を投げ続け、無事ランポスたちの殲滅に成功。エリア1を踏破するに至る。

 

「――――俺の役目はここまでだ。あの子を頼んだぞ」

 

「任せといてください、ランポススレイヤーさん! ウチらやります!」

 

「大儀であるぞランポススレイヤーさん! また会おうぞ!!」

 

「えっ、もう帰……? ……あっ」

 

 思わず察してしまう。

 そうだ、ランポスの出番はもう終わったのだ。……ならばランポススレイヤーさんの出番もまた、ここで終わりなのだ。

 言葉少なく、まるでヒーローのような渋さでスタスタと帰っていくその背中を、ソフィーたちは感謝を持って見送る。

 

 ありがとうランポススレイヤーさん!! ありがとう!!

 貴方の事は忘れない。必ずプリティを取り戻してみせます。

 乙女は彼の雄々しい背中に、そう誓うのだった。

 

 

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 エリア2へと到達した乙女たち。

 彼女達を待ち構えていたのは、エリア一帯をワラワラしている“ドスランポスたち“であった。

 

「彼はどこだ!? ランポススレイヤーさんを呼んで来てくれ!!」

 

「あかん! ランポススレイヤーさんはあくまで“ランポス“専門や!

 ドスランポスには勝たれへん!!」

 

 エライ事になってしまった。さすがにエリア1ほどの数ではないにせよ、もうとんでもない数のドスランポスが現れてしまった。オロオロとうろたえる3人。

 というか、ドスランには勝てんのかアイツは。

 

「それじゃあ“ドスランポススレイヤー“とかは居ないのか!?

 パワーアップ版の!!」

 

「流石に聞いた事が無い! 居たとしてもこの場にはおらぬ!!」

 

「ぜったい勝たれへん! こんなん絶対無理やソフィーさん!

 ウチ今日で最終回や!!」

 

 ソロの超特殊クエでも折れなかったハンターが、今ドスランポスに対して絶望を味わっている。凄まじい状況だ。

 ドスランポススレイヤーさーん! はやくきてー! はやくきてー!

 そんな風に幼子の如く泣いてみても、事態は好転しない。男の子を助け出す事は出来ないのだ。 

 

「ッ!? そうかっ!! …………みんな目を瞑れぇ! そぉぉおい!!」

 

 その時、乙女の頭上に\ピコーン!/と裸電球。

 思い出せ、あのランポススレイヤーの姿を。そしてあのご婦人の姿を!

 大声で二人に指示を出し、次の瞬間乙女が投げ放った物……。それはひとつの閃光玉であった。

 

「よしっ、今だお前たちぃ! 走れぇぇーーーっ!!」

 

 上手い事ピヨピヨと目を回しているドスランポスの群れ。そこに勢いよく乙女たちが突貫していく。

 もう蹴ったり殴ったり押しのけたりしながら、ひたすらエリアの出口を目指して走る。

 

「……すごいっ、閃光玉いっこでこの場を切り抜けるやなんてっ!

 ソフィーさんこそ、ドスランポススレイヤーや!!」

 

「すまないっ、それはごめんこうむる!」

 

 彼から教わった“道具を使う“という発想。そしてキャンプ地でやられたご婦人の行動。

 この場を切り抜ける為の答えは、すぐそこにあったのだ!

 

「主! 主よ!! ……我ちょっと凄い事に気が付いてしまったやもしれぬ!」

 

「どうしたミラ!? 何があった!?」

 

 もうヒーコラ走りつつ、ミラちゃんに視線を向ける乙女。

 

「閃光玉あれば、あの男いらんかったな! 多分エリア1も何とかなってた!!

 我らに必要なのはランポススレイヤーではなく、

 光蟲、石ころ、ネンチャク草であったのだ!!」

 

「そうかもしれないっ、だが彼には絶対に言うなよっ!」

 

 むしろ使ったのが毒けむり玉だったせいで、余計に時間かかっちゃったまである。何をいちいち倒す必要があるのか。自分達は、エリア5まで辿り着けさえすれば良いのだから!

 なにやらさっきまでの感謝の気持ちが、どんどん薄くなっていく心地がする。不思議だ。

 

「コイツはおまけだぁ! そぉぉおおいっ!」

 

「ナンボのもんじゃーーい! 今いくでぇプリティくーん!!」

 

 振り向き様にもういっちょ閃光玉を投げつけ、ソフィーたちがエリア2を突破していった。

 

 

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「うそーん……」

 

 ようやくエリア3へとたどり着いた乙女たち。

 

「次はドスゲネかな~とか、思いますやん……。

 なんやったらファンゴとかモスかな~とか、思いますやんか……」

 

 呆然とチエが見つめる先には、決して広いとは言えないエリア3に“通せんぼ“するようにして鎮座する、アカムトルムの姿があった。

 

「高低差で耳キーンなるわ……。ガチですやん」

 

「どうやって連れてきたんだろうな……この子。

 あのご婦人……、どうも間違った方に情熱を燃やしているように思える……」

 

「ここまで来ると、逆に天晴ぞ……。

 ふてぶてしいまでにくつろいでおるな、アカムのヤツ……」

 

 前足でポリポリと首をかきながら、ポケ~っと寛いでいるアカムトルム。火山とかじゃなくても、意外と生息できるようだった。

 

「ほなしゃーないね。倒してられへんし。

 ――――先に進んで下さいソフィーさん。ここはウチがやります」

 

 ハンマーを担ぎ直し、チエが一歩前へ出る。

 乙女はその後姿を、目を見開いて見つめる。

 

「とりあえず、一発どついてアイツの注意引きます。

 その隙にお二人は、次のエリア行って下さい」

 

 仕方ないと言うように「ふー」とため息をつくチエ。しかしその瞳には、覚悟の色が宿る。

 

「……む、無茶だ! こんな狭い場所で、ヤツの攻撃は躱しきれない!

 君はハンマー使いで、盾も持っていないのに!」

 

「いやいや♪ こんな時の為のブシドースタイルです。

 なんか今日はそんな気分や~思て、ブシドーでいく準備しとったんです♪

 それに……アカム言うたらハンマーなんです。ウチの獲物です。

 カッコつけとるようですけど、ここはウチに譲ったって下さい――――」

 

 そう言い残し、スタスタとチエが歩き出す。その顔に浮かぶのは“喜び“。

 まるでもう、アカムを殴っている自分の姿が見えているかのような……、殴り屋としての本能が疼いているような……、そんな笑みだった。

 

「……チエよ」

 

「ん? なんや~ミラちゃん?」

 

 静かな声で、ミラが呼び止める。そして短い言葉で告げた。

 

「楽しいからとて、いつまでも遊ぶな?

 2~3度スタンを取ったら、切り上げて来いよ?」

 

「あ、バレとる♪

 おっけーミラちゃん! 早めにウチも追いつくわ~!」

 

 そして一気にチエが駆け出す。勢いそのまま、ハンマーを叩きこんだ。

 衝撃でアゴが跳ね上がり、激昂したアカムが凄まじい咆哮を上げる。

 

「あ、そ~れっと♪ ……あ、おばちゃんのパクってもうた」

 

 まるで山が迫って来たかのようなアカムの突進。それをブシドー回避で躱し、そのまま溜めに入る。

 

「今やでソフィーさん! ミラちゃん!

 ほな先行っとってやっ!」

 

「応ともッ! 適当に遊んでやるがいい、チエよ!!」

 

「待っている! 君の力を、信じているからっ!」

 

 チエをすり抜け、二人が駆け出して行く。

 もう振り返らない。私たちが目指すのは唯一つ、男の子の所だから。

 

「ホンマ……嬉しい事言うてくれる。ウチの宝モンやでみんなは……。

 よっしゃあ! ほなやろか、アカムちゃん♪」

 

 回避、強溜め、アッパー。

 回避、縦3、スタン。

 アカムの大きな頭に、面白いようにチエの打撃が入る。

 

「あー……でもやっぱウチはアカンなぁ~。プリティくんの事、

 ソフィーさんに任せとったらえぇんちゃうか~とか思うてまう。

 あの人やったら大丈夫や、ぜったい。……確信してんねん」

 

 回避する度、アカムがこちらを向く度に叩きこまれる打撃。狩りが開始して僅か数分で、すでに2度目のスタンを取るに至っている。

 

「せやからウチ、このまま殴り続けたい――――

 もっともっとカッキーンやりたい……。

 そんな風に思うてしゃーないねん。こりゃ本能かもわからんね……」

 

 縦3、縦3、強溜めアッパー。

 その適確な立ち回り、力強い動きは、見ている者が居たならば感嘆の声を漏らすであろう程。

 

「キバ2本とも折れてもたけど、まだやれる?

 ……おっけぃ! ほな今日はとことんまでいこかっ! てへっ♪」

 

 

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「そして次は我の番、と言った所か」

 

 エリア4へとたどり着いた途端、即座にミラ・ルーツが乙女に告げる。

 

「ここは任せよ、我が主。

 はよぅあの壁を登り、ババアをとっちめて来い」

 

「い……いやっ、しかし!」

 

 薄笑いを浮かべてそう言われるも、乙女にはそれに応じる事は出来かねた。

 それもそのはず、ここエリア4には複数のモンスターがいるのだ。

 

 通称四天王と呼ばれる、ディノ、ライゼ、タマミ、ガムート。

 その“二つ名“が今、この場に勢ぞろいしているのだ。四体同時に!

 

「二体同時はよくあれど……まさかここまでやるとは……。

 面白い、これは我への挑戦と受け取った。

 久方ぶりに暴れてくれようぞ――――」

 

 ミラの魔眼が赤く光る。その口元が醜く歪み、獰猛な笑みを形作る。

 

「……おや? もしや貴様、心配しておるのか? この我の事を?」

 

「ッ!? そ……それは……」

 

 思わず乙女が言いよどむ。その様を、ミラは楽しそうに見ていた。

 

「知っておろう、“数千年“だ。

 数千年時をかけようと、我を討つ者はついぞ現れなんだぞ?

 まったく……どいつもこいつも雑魚ばかり。

 かようなヒヨッコ共、討たれとぅても、討ってはくれんのさ。

 ――――お前だけだ。我が身を穿てるのは」

 

 ニヤリと小憎らしい笑みを浮かべるミラ。しかしその瞳には、強い親愛が宿る。

 

「ほれ、さっさと行かぬとプチッといくぞ?

 また我に押しつぶされたいのか?」

 

「……あぁ、アレはもう二度とゴメンだ。

 必ず戻る。それまで頼んだぞ、ミラ」

 

 乙女の背中が遠ざかり、その姿が洞窟へと消えていく。それを見届けた後、ミラがコキコキと首を鳴らした。

 

「うむ、歓待ご苦労。

 よくもまぁ……揃いも揃って大人しくしておったモノよ。

 ――――足がすくみ、動けなんだか」

 

 ミラたちが話し込んでいる間、また現在に至るまで、四天王と称される彼らが動く事は無かった。

 ……身じろぎする事すら、許されなかったのだ。

 

「せっかく雁首揃えたのだ、かかってくるが良い。

 命を賭けよ――――さすればこの身に、傷くらい付くやもしれぬ。

 あの世で良い自慢になろう?」

 

 ミラが一歩踏み出す。それより遥かに大きな歩幅で、四体が同時に後退する。

 

「やれやれ……。

 まぁあの腐れガンサーの為、暇つぶし程度にはなろうて。

 したらばミラちゃん、大変身…………って、おや?」

 

『――――――ごめんあそばせッ、ですわぁぁああーーッ!!!!』

 

 突然この場に轟く大声。

 そして恐らく龍識船から飛び降りたのであろう少女が、〈ドゴーン!〉と土煙を上げ、この場に着地した。

 

「助太刀に参りましたわよソフィー!

 まったく! 水臭いじゃありませんのっ!

 世界広しと言えど、貴方の背中を守れる物など、

 わたくしのランスを置いて他にあろうハズが御座いませ……って、あら?」

 

「………………」

 

「「「「……………」」」」

 

「あらミラちゃん、ご機嫌いかが♪

 今日はお一人? ソフィーはどこへ行きやがりましたの?」  

 

 突如この場に舞い降りたプリシラを、目をぱちくりして見つめる四天王。どことなく愛嬌がある気がせん事もない。

 

「……ふむ、マズいな。

 こやつがおっては、ミラちゃん大変身が出来ぬ」

 

 このちんまい身体のままグーパンで戦う事も考えたが、それだってプリシラに見られたら「ギャー!」とか「ですわー!」とか言われてしまいそうだ。

 かと言ってこの複数を相手にヘヴィで戦うのは、流石にごめんこうむる。ミラはたらりと冷や汗をかく。

 

「お、そうだそうだ。

 ……おいプリシラ嬢? お前は“ゲネル・セスタス“を知っておるか?」

 

「ん? もちろん知っておりますわよ?

 あのおっきい虫さんですわよね?」

 

 返事を聞くと同時に〈ピョーン!〉とプリシラにおぶさるミラちゃん。

 ヘビィを担いだままだったので、プリシラが「おごっ!」っと変な声を出す。

 

「うむ。では今から我が、アルセルタス。

 そしてお前がゲネル・セスタスだ。

 盾を構えて走れプリシラ嬢。 我はその背で、ヘヴィを撃つ」

 

「なにそれ面白そう!! なんですのその素敵アイディア!! 誰考案ですの!?

 よぉーし、やったりますわよぉ~~~っ!!」

 

 そして〈ドゴゴゴ!〉とモンスに突っ込んで行くプリシラ。その背中でひたすらヘヴィを乱射するミラ・ルーツ。

 ヘヴィは足に難があるし、複数に囲まれては戦えない。しかしプリシラの背に乗る事により問題は解決! 加えてこやつには大きな盾もあるのだ! 負ける要素が見当たらない。

 

「ごめんあそばせっ、ですわぁぁああ~~~~っ!!」

 

「さぁ逃げまどえ若造! 我の貫通弾のHIT数を数えろ!!」

 

 もう戦うどころか、ミラ&プリから「ギャーッ!」と逃げまどう四天王(二つ名)

「ヤツらは二体で一体の獣……」とばかりに、うし〇ととらよろしく戦うのであった。

 

 

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 ハンマー使いのチエ、ヘヴィのミラ、ランサーのプリシラ。あと要るかどうかは非常に微妙な所だったがランポススレイヤー。

 そんな幾人もの仲間たちのおかげで、ついにエリア5“竜の巣“へとたどり着く事が出来た乙女。

 

「キィエェェーーーイッ!!」

 

「――――むっ!? ぬぅえぇぇーーいッ!!」

 

 洞窟の入り口をくぐった途端、横から老紳士トーマスさんの奇襲攻撃が襲い来る。

 予め壁に張り付き、死角から襲うという容赦ない外道ぶり。

 しかし乙女は即座にジャストガードを慣行、ガンスの切っ先をトーマスさんに突きつけた。

 

「……ややっ、見事! お見事に御座いまする!

 さすがは坊ちゃんのPTメンバーたるお方。

 このトーマス、感服致しまして候……と見せかけてキィエェェーーーイ!!」

 

「くっ!? ぬぅえぇぇーーーいッ!!」

 

 油断させておいて、再び奇襲を仕掛けてくるトーマスさん。しかし乙女も即座に対応、ジャスガで弾き返す。

 

「……なんと……なんというお手前ッ! ワザマエ!!

 まさかここまでのお方が、坊ちゃんとご一緒だったとは!!

 とてもこのトーマスの及ぶ所では御座いませぬ……。失礼を致しました。

 さぁどうぞ奥へとお進み下さいま……と見せかけてキィエェェーーーイ!!」

 

「っ!? ぬぅえぇぇぇーーーーーいッッ!!!!」

 

 奥へと招き入れると見せかけ、三度襲い来るトーマスさんの奇襲。それさえも乙女はガッキンとジャストガード。ガンスを喉元に突き付ける。

 

「……あなやっ!? またしても弾き返されようとはっ!!

 なんという鉄壁、なんという危機管理シミュレーション能力ッ。

 お見事に御座います! お見事に御座います!

 ガンランサーどの、この先で奥さまがお待ちです。

 ではどうぞ足元にお気をつけ……と見せかグゥベッッ!!」

 

 流石に4度目はグーで殴る。ガンスで殴らなかっただけ感謝して欲しかった。

 いくら乙女といえど、仏の顔も三度までなのだ!

 

「……ふふ、ふははは……! 見事ッ……見事也ガンランサーどのッ!

 しかしこのトーマスは、狩場出家において最弱……。

 これで勝ったとは思わん事だ……」

 

 気を失い、ガックリと倒れ伏すトーマスさん。その身体をすり抜けて、乙女が洞窟の奥へと進んでいく。

 

「――――と見せかけてキィエ……ごっぼぁッッ!!」

 

 5度目はガンスでいく。

 背後から襲いくるトーマスさんを、「ふぅぅん!!」とばかりに叩き伏せてやった。

 

 改めて、乙女が洞窟の奥へ進んでいく。

〈ベシャッ!〉と地面に倒れ、今度こそ動かなくなったトーマスさんに、念のためひと蹴り入れておいてから。

 

 男の子の家の闇の深さを……、改めて垣間見たような気がした。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『何がユーの幸せ? 何をしてハッピー?』

 

 洞窟内に、ご婦人の声が響く。

 

『分からないままクエ終了……。そんなのはぁッ! いやだッッ!!』

 

 目を〈カッ!〉と見開き、その場から立ち上がるご婦人。手には金色の狩猟笛が握られている。

 

「これが、我が狩場出家の家訓。カリピスト(狩猟笛使い)の心――――

 よく来たザマスね、ガンランサー」

 

 ご婦人が歩み寄り、まっすぐ乙女と対峙する。

 その表情には静けさ、そして柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「ここまでたどり着くとは、見事という他無いザマス。

 良い仲間も沢山お持ちね。流石ラインハルトの見込んだ人ザマス」

 

「…………」

 

 言葉なく、ただご婦人を見つめる乙女。

 今目の前で微笑み、自身を称賛してくれている、優しい人の顔を。

 

「しかしながら……もうラインハルトは帰らない。

 ふたたび貴方と狩りをする事もないザマス。……アタクシを倒さない限り」

 

「さぁいらっしゃいな、ガンランサー。

 最後の相手は、アタクシざます。

 アタクシを倒し、見事あの子を取り戻して見せなさい――――」

 

 やがてご婦人が身体を揺らし、ゆっくりと狩猟笛を構えた。

 もう言葉は必要ない。力を示せとばかりに乙女を見据えている。しかし……

 

「ひとつだけ……、聞かせて下さい」

 

 乙女が口を開く。だらりと両手を下げて、ガンランスを構えないままで。

 

「……何故、こんな事をなさるのです?

 私からあの子を引き剥がす事など、容易なハズだ。

 こんな事をする必要なんて、無かったハズなんだ」

 

「…………」

 

「たとえ私たちが何を言おうと……、通るハズも無い。

 だって貴方は、あの子の実の母親なのだから。

 無理やり家に連れ戻す事だって、きっと出来たのに」

 

 俯きながら、乙女は語り続ける。

 

「私だって……、自分がどう思われているかなんて知ってる。

 ……嫌われ者のガンランサー。

 そんなのが自分の子供といる事を、良く思う親なんて……、いるハズも無い。」

 

「それなのに何故、貴方は私を試すような真似を?

 問答無用で引き剥がせるのに……、

 何故貴方は、私に機会を与えるような事を(・・・・・・・・・・・)

 

 乙女は問いかける。

 目を伏せ、まっすぐご婦人の顔を見れず、震える声で何故だと問いかける。

 貴方の気持ちが分からない、私は貴方と戦えない。未だ武器を構えず立ち尽くす彼女は、そう言っているのだ。

 

「ほうほう、なるほどなるほど」

 

 やがてご婦人が構えを解き、静かに狩猟笛を下ろした。

 

「アタクシとは戦えない、戦う理由が無い。

 ……貴方はそう言うんザマスね? ガンランサーさん」

 

 静かにため息をつき、乙女を見つめるご婦人。

 自信なさ気に俯く彼女の事を、とても優しく見つめているように思えた。

 

「……なら、逆にお訊きするけれど……。

 本当に出来ると思ってるんザマスか(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「……えっ」

 

「貴方さっき言ったザマスね? 無理やり連れ戻してしまえば良い、と。

 本当にそんな事が出来ると? あのラインハルト相手に?」

 

 まるで幼子に対してするように、どこかひょうきんな笑みを浮かべるご婦人。それが何故なのか、何を言われているのかが分からず、乙女は戸惑う。

 

「あっはっは! 無理無理っ、無理ザマス♪

 貴方まだまだ分かっていないのね、あの子を。

 ……いえ、“狩猟笛使い“を」

 

「一度笛使いが“この人が良い“と選んだんザマスよ?

 この人の為に吹きたい、この人を助けたい、この人の為に在りたい……、

 そう笛使い自らが選んだんザマスよ? たった一人をね?

 その意味を……、しっかり考えてごらんなさいな」

 

 優しく微笑みかける、暖かい人。

 諭すように、直接心に語りかけるようしてに、ご婦人が語る。

 

「――――無理ザマス、貴方から引き剥がす事など。

 たとえ鎖で繋ごうと……、磔にして檻に閉じ込めようと……、

 あの子を止める事など決して出来はしない。誰にも出来ないんザマス」

 

「“笛使いが選ぶ“というのは――――つまりはそういう事。

 ……もうあの子、一生貴方と居るつもりよ? 覚悟を決めなさいな♪」

 

 そういたずらっぽく笑うご婦人を、乙女は呆けたように見返す。

 今聞かされた、狩猟笛使いの事。

 その在り方や、矜持。“誰かの為にある“という、その精神性。

 

【――――何が貴方の幸せ? 何をしたら喜んでくれる?】

 

 心底驚いている、衝撃を感じている。

 でも今乙女の胸に、何やらとても暖かい気持ちが、どんどん溢れて来るのだ。

 

 顔をリンゴみたいに真っ赤にしながら、乙女は男の子を想う。

「おねぇさん♪」と自分を呼ぶ彼の事で、頭の中がいっぱいになる。

 人生史上最高の多幸感で、もう本当、どうにかなっちゃいそうだ。

 

「――――で、『何故こんな事をするのか』だったザマスね?

 有り体に言えば、嫌がらせ(・・・・)ザマス」

 

 そんな幸福の絶頂にいる乙女を、ご婦人の一言がこの場に引き戻す。

 

「……当然でしょ……? こちとら可愛い息子を取られてんザマスよ……?

 そりゃ嫌がらせのひとつもしないと……、収まりが付かないでしょ……?」

 

 なにやら空気が〈ゴゴゴゴ……!〉と震えている気がする。

 さっきまでの幸福感は何処へやら。乙女の額からタラ~っと汗が流れた。

 

「そういえば……菓子折りの一つも持って来てないのねぇ貴方……。

 普通来る前に、ハムだのメロンだのカントリーマ〇ムだの買ってくるでしょ……?

 大事な息子を貰おうという人間が……これはあるまじき事……。

 貴方、やる気あるんザマスか……?」

 

 現在乙女のポーチには、集会所の仲間から貰ったグレートだの強走薬だのしか入っていない。

 印鑑もカードも貯金通帳も、家に置きっぱなしだ。手土産になる物など何も無いのだった。

 

「貴方……見た所まだ18才くらいザマスね……?

 じゃあ教えといてあげるけど、これは当然の事なんザマスよ……」

 

「姑が嫁をイビる――――――

 これはこの世の摂理。果たすべき役割ザマス。

 ……アタクシ、この為に生まれてきたと言っても過言ではなくてよ……?

 貴方をイビり倒す……その為だけに、これから生きていくんザマス……」

 

「貴方のカッコ悪い所、駄目な所、ブサイクな所……、

 みんなラインハルトに見てもらいましょうねぇ……?

 たくさんたくさん、幻滅してもらいましょうねぇ……?」

 

「アッハッハ!」と笑うご婦人の声が洞窟内に響き、乙女の脚がもうエライ勢いでガクガクと震える。

 やがて姑……いやご婦人が笛を構え直し、その身体をユラユラと揺らし始めた。まるで狂人のように。

 

 

『 ぶち殺すぞ、この泥棒猫ッッ!!!!

  かかって来んかぁクソ嫁がぁぁぁあああーーーーッッ!!!! 』

 

 

 狩猟笛、禁断のスタンプ。

 大地を粉砕せんばかりのその一撃が、嫁姑戦争の火蓋を切った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「 おおぉぉお義母さまぁぁああああーーーーーッッ!!! 」

 

「 こんの泥棒猫がぁぁあああーーーーーッッ!!!! 」

 

 夜の洞窟に、武器同士がぶつかり合う火花が散る。

 

「何そのだっさいドレス!! だっさい靴!!

 そんなモンであの子が喜ぶかッ!! 気合を入れんかぁぁああーーッッ!!」

 

「はいっ、精進致しますッッ!! 今度オヤジどのの所に行ってきます!!」

 

「からあげは作れるのかっ!? 肉じゃがはっ!?!?

 貴方ッ、毎日ネコ飯で済ませてんじゃないでしょうねぇぇええーーッ!!!!」

 

「今度虫棍さんに教えて貰いますッ!!

 からあげも肉じゃがも! 作れるようになりますッッ!!」

 

 地面は砕け、壁は粉砕し、天井がボロッボロ崩れる。それでも二人の動きは止まらない、止む事なく轟音が鳴り続ける。

 

「キャベツを刻めッ! 大根をカツラ剥きしろッ!

 指が折れるまでッ!! 指が折れるまでッッ!!!!」

 

「はいっ、やりますッ!! 指が折れるまでッッ!!!!」

 

「掃除はしているかッ!? 毎日! 毎日だッ!!

 ハウスダストを許すなッ! 決してッ!! 決して許す事なかれッッ!!!!」

 

「許しませんッ!! 決してハウスダストをッッ!!

 ラギアクルスとハウスダストを私は許しませんッッ!!!!」

 

 乙女がブン回しをジャストガードすれば、その反撃をご婦人がジャスト回避で返す。目まぐるしく攻守が入れ替わり、閃光のように連続して火花が散る。

 

「もしラインハルトと999万9999zが崖から落ちそうになっていたら、

 貴様どちらを助けるッ!?」

 

「ラインハルト君です! プリティを助けますッ!!!!」

 

「合格ッ!!

 ではもしこの国の大統領とラインハルトが落ちそうになっていたら、

 どちらを助けるッ!?」

 

「ラインハルト君です!! 後にプリティに大統領就任をしてもらいますッ!!」

 

「合格ッッ!!!!」

 

 次第にご婦人の猛攻が、乙女を圧倒し始めた。

 乙女の動きを読み切るかように、……いや、まるで乙女がどう動くのかが全て分かっているかように(・・・・・・・・・・・・・)。次第にご婦人の攻撃が、乙女に被弾していく。

 

「……くっ!!」

 

「馬鹿めっ、こちとら笛使いザマスッ!!

 どれだけ笛使いが、いつも仲間の事を見ているとっ!?

 貴方たちを理解する為、支える為、日々研鑽を積んでいると思っているッ!!

 貴様が何を思い、どう動くのかなどッ、手に取るように分かるザマスぁーー!!」

 

 ついにご婦人渾身のスタンプ攻撃がヒットする。成す術なく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる乙女。

 

「どうしたザマス!! そんなもんザマスかガンランサーは!!

 狩りよりショタっ子を誑かす方がお得意なんザマスか!?

 ハンター辞めて、あの子のおっぱい抱き枕にでもなるんザマスか!!」

 

「辞めませんッ! 私はガンランサーです!!

 ガンスを握るのを、決して辞めませんッッ!!!!」

 

「あの子が笛を吹くのは、誰の為ザマス!?

 あの子が吹いてる間、誰があの子を守るんザマス!?」

 

「私です!! 私がプリティを守りますッッ!!

 私のガンランスが守りますッッ!!!!」

 

「――――ならば立てぇッ!! 盾持って立てぇいッ!!

 足を踏ん張り、腰を入れんかッッ!!!!

 そんな事で竜が倒せるかッ! 気合を入れんザマスかぁぁああーーーッッ!!!!」

 

 雄たけびを上げて乙女が立ち上がる。両者の狩り技ゲージが燃えるように赤く点滅し、身体は凄まじい熱を放つ。

 

「トドメざますガンランサー!! 死ねぇぇぇええええーーーーーーーッッ!!!!」

 

「お義母さまぁぁああーーーーッッ!!!!」

 

 ブシドーダッシュからの三連撃、アンド音撃震。その全てをジャストガードで弾き、乙女がガンランスを跳ね上げる。

 

「当たるかぁボケェェエエエエーーーーッッ!! 女狐ぇぇえええーーーッ!!」

 

 そのカウンター切り上げさえもジャスト回避するご婦人、即座にその場からダッシュで離脱しようと試みるが……。

 

『―――――おおおおおおぉぉぉぉお義母さまぁぁぁあああーーーーーッッ!!!!』

 

「 !?!? 」

 

 ジャストガード切り上げ、キャンセル“ブラストダッシュ“。

 後方に構えたガンランスから凄まじい炎が放たれ、乙女の身体が前方に射出される。

 弾丸のように、一直線にッ、ご婦人に向かって!!

 

「こっ……こんのぉ泥棒猫があああぁぁあああーーーーーーッッ!!!!」

 

『 いぃぃいいいいやぁぁぁあああああああーーーーーーーーッッ!!!! 』

 

 迎撃する狩猟笛のブン回し、そしてブラストダッシュからの強叩きつけが空中で交差する。

 ご婦人の狩猟笛は明後日の方へと跳ね飛ばされ、その身体は完全な死に体となる。

 

「――――くらえお義母さまっ、愛と勇気と悲しみのぉぉ~~~ッッ……!!!!」

 

「 !?!? 」

 

 最後の瞬間、ご婦人が見た物……、それは赤い光を放つガンランスの銃口。

 そして――――燃えるような光を放つ、ガンランサーの乙女の瞳であった。

 

「 フルバーストッ! アンド、竜撃砲だぁぁぁああああああーーッッ!!!! 」

 

 洞窟に木霊する凄まじい爆音。

 ガンランスの放つ閃光が、まさに世界を真っ赤に染めた――――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「…………ふっ、どうして泣くザマス……?

 勝ったのは貴方……ザマスのに……」

 

 この洞窟のもう一つの入り口、エリア6(モスとか崖とかの所)側の入り口がら日が差し込み、空が赤くに染まっているのが見える。

 現在乙女は地面に座り、ご婦人と共に、朝焼けを見つめていた。

 

「アタクシの負け……ザマスね。

 早くも嫁は、姑を超えた……。見事と言う他ないザマス」

 

 乙女に膝まくらされながら、優しく微笑むご婦人。

 しかし上からは、乙女が流す涙がポロポロと落ちて来ていた。

 

「……ちっ、違うッ! 貴方は戦いながら、いつも私を鼓舞していた!!

 折れそうになる私を……挫けそうになる心を! ずっと励ましてくれていた!!

 自分を超えて見せろと……私を導いてくれたんだ!!」

 

「なのにっ……なのに私は自分の事ばかりッ!

 貴方を倒す、勝つ事ばかりを考えていた……! それなのに貴方はッ……!!」

 

「……ふふ……それでもこれは、アタクシの負け。

 強かったザマスよ、ガンランサー。……いいえ、“ソフィーさん“」

 

 ちなみにご婦人が今倒れているのは、“腰がグッキリいったから“である。

 乙女はあの最後の時、フルバも竜撃砲も当てる事をしなかった。

 ガンランスは人を撃つ物じゃない――――その信念を貫き、ご婦人に当てる事は無かったのだ。

 ……でも残念ながら“その音“にビックリしちゃったご婦人は、思わずドテッと地面にコロンしちゃった瞬間、グキッと腰をやってしまった。

 現在ご婦人は乙女の膝をかりて地面に寝っ転がり、朝焼け眺めながら回復を待っている最中なのだ。

 

 一応勝ちを認められたものの、ご婦人の腰をグッキリいかせちゃった乙女の罪悪感は、もうとんでもないレベルだ。

 加えて勝負の時にかけてもらった、ご婦人の励ましの数々。

 あれは決して憎い敵に言う事でも、ましてや泥棒猫に言う事でも無い。

 乙女の弱い心を鼓舞し、愛を持って導いてくれた、まさに“お義母さまからの言葉“であったのだ。

 

「これからも、ラインハルトの事をお願いね……?

 貴方になら……あの子を任せられるザマス」

 

「お……お義母さま! はいっ! ……はいッ!!」

 

「まぁソフィーさん……見て? あの真っ赤な朝焼けを……。

 美しいザマスねぇ……ソフィーさん……」

 

「……はいっ! 大変美しゅう御座いますッッ!!」

 

「ではやりましょうか、ソフィーさん……。

 ――――流派ッ、狩場出流 狩猟笛術ッ!! 狩場出家、家訓ッ!!!!」

 

 ご婦人と乙女の二人が、目に涙を浮かべながら朝焼けを見つめ、言い放つ――――

 

『 何がユーの幸せっ!? 』

 

『 何をしてッ! ハッピーッ!?!? 』

 

『 分からないまま、クエ終了ッッ!!!! 』

 

『『 そんなのはッッ!! いいいいいぃぃやだぁぁあああーーーーッッ!!!! 』』

 

 朝焼けに誓うように、世界に宣言をするように、二人の大きな声がエリア6に響き渡る。

 

 

『『 そうだっ! 恐れないッ! 狩り友(みんな)の為にぃぃッ!! 』』

 

『『 愛とぉ! 狩猟笛(カリカリピー)がぁッ! とぉぉもだちだぁぁぁああああーーーッッ!! 』』

 

 

 そして大声を出した拍子に、ご婦人の腰がまた〈ゴッキィ!!〉といった。

 ご婦人は白目を剥き、力なくその身体を、だらりと横たえる――――

 

「おっ……お義母さまっ!? お義母さまぁぁッ!?!?」

 

 なんか無駄に安らかな表情をし、ご婦人は眠った。

 まるでソフィーの成長を見届け、「息子を頼みましたよ……」とでも言いたげな……、そんな腹の立つ感じの表情で。

 

 

『 おおおぉぉッッ!! 義母さまぁぁぁあああああ~~~~~ッッッッ!!!! 』

 

 

 ……おかあさまぁ……あさまぁ……さまぁ……まぁ……ぁ…………

 

 

 ――――いくら狩場とはいえ、時刻はやっと夜が明けた位の時間帯。

 

 動物によっては、まだ寝ている子達もいるだろうに……。

 朝っぱからから迷惑なガンランサーの声が、森丘に響き渡っていった――――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ、トーマス迎えに来たザマスわ。

 それでは皆さん、ご機嫌よう。 ――――あ、そ~れ♪」

 

「 ぬぅっ!?!? 目がッ、目がぁぁあああーーッッ!!!! 」

 

 その後、後から駆けつけて来た仲間たちに囲まれ、仲良く談笑していた乙女とご婦人。

 しかしトーマス氏がこの場に来たのを見た途端、ご婦人は乙女たちに閃光玉を〈ドゴーン!〉と投げつけ、アッハッハとこの場から逃げ出して行った。

 

「 これで勝ったと思うなよこの泥棒猫ッッ!!!!

  アタクシは何度でも貴方の前に現れる!! 覚悟しておくザマスッッ!! 」

 

「あ、ちなみに坊ちゃんは、今頃お家でグッスリ眠っております!

 わたくしトーマスが集会所までお送りしときましたのでっ! ご安心下さい!!」

 

「残念だったわねぇクソ嫁がぁーー!!」「またお会いしましょうホッホッホ!!」とか言いながら、狩場出家の二人が駆けて行く。

 なんと言うか……、すごく元気に帰って行った。

 

「……えっ。プリティくんもう帰ってんの?

 じゃあなんでここおるん……ウチら……」

 

「……子供は寝る時間~とか、夜は危ないから~とか……そんな理由か?

 何故にそんな所ばかりちゃんとしておるのだ……きゃつらは……」

 

「……何でしたのこのクエ? 何がしたかったんですの……?」

 

 呆然としている仲間たち。するとなにやらその場に、ヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。

 地面に落ちたそれは、よく見ると一枚の写真。

 キリン装備(女性用)に身を包んだ、男の子のプロマイド写真であった。

 

「……え、これ今回のクエ報酬? ……このプリティくんの写真が?」

 

「……うむ、可愛い。この上なく愛らしき姿よ。……だが」

 

「……えっと。ねぇ何ですのコレ?

 これ貰う為に……、貴方たちは頑張ってたって事ですの……?」

 

 写真を眺め、引き続き呆然とする仲間たち。

 そんな彼女たちを余所に、乙女はご婦人の去って行った方を、いつまでも見つめていた。

 

(ありがとう、お義母さま――――私これからも頑張ります)

 

 今も冷めない、胸に残る暖かさ。

 そんな、“目に見えないクエスト報酬“を受け取り、おとめは胸に手を当てて、静かに瞳を閉じる。

 

 ……まぁぶっちゃけ、乙女からしても今日はよく分からない事だらけだったので(・・・・・・・・・・・・・・・・)、取り合えずは綺麗な感じで終われるよう、いい風に思っておく事にした。

 

 

 早く帰って、プリティと寝よう――――

 そう心に誓う、乙女であった。

 

 


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