ガンランスの話をしよう。 作:はせがわ
「ごめんごめん。ちょっと庭でガンスの素振りでもと思ったんだけど……、
間違えて砲撃のトリガーを引いちゃってね。アッハッハ!」
いや~凄い音したよね~。ニワトリ達びっくりしなかったかな? ……そんな風におにいちゃんは朗らかに笑う。未だ地面に座り込む私に対して。
「気をつけてはいるんだけど、乗ってくるとつい……引いちゃうんだよね。
よく狩場でも、勢い余ってモンスじゃなくて仲間の方を吹っ飛ばしちゃったり。
動く物は全て撃つ! って感じで。ガンサーのサガなんだろうね」
先ほど弁解してはいたが、この人は本当のサイコパスなんじゃないだろうか。
今も「まぁ後でおもいっきり仲間に怒られるんだけど……」とうんうん頷いているおにいちゃんを見て、私は思う。
「そんじゃあよっこいしょ……っと。
改めまして、こんにちは女の子さん。こんな所でどうしたんだい?」
おにいちゃんは私の手を引き、優しく立たせてくれる。そして軽くポンポンと服に付いた埃を払ってくれた。
「……ん?」
その過程で、おにいちゃんが私の服に付いた泥の跡を見つけたのが分かった。これはここにやってくる前、村の男の子たちに泥玉をぶつけられた時の物だ。
思わず私は手でそれを隠し、何も言えず俯いてしまう。私はイジメられっ子だと知られるのが、きっと子供ながらに恥ずかしかったんだと思う。
「……あ、そうだ女の子さん。
もし良かったら、僕の話し相手になってくれないかい?
ちょうど今、母さんがお茶の用意をしてくれているんだ。
美味しいクッキーもあるよ?」
線の細い身体。どこか人懐っこい雰囲気。
金色の短い髪は、太陽の光でキラキラとしていた。
そのメガネをかけた柔らかい微笑みに照らされ……、いつしか私は、こくりと頷いていた。
………………………………………………
「はいお嬢ちゃん♪ 暫くはこれを着てて頂戴ね」
おにいちゃんのお母さんが、私を着替えさせてくれる。
代わりに泥の付いた洋服を受け取ったお母さんは、私をお茶の用意されたテーブルに案内した後、いそいそと奥の部屋へ持っていく。きっと汚れを落としに行ってくれんだろう。
「さぁ、どうぞ召し上がれ。
と言っても僕が淹れたワケじゃないけど……。美味しいのは保証するよ」
おにいちゃんは、何も聞かなかった。
たださり気なく私を家に誘い、軽くお母さんに私の服の事を話し、こうしてのほほんとお茶をすすっている。
今思えばだけど、おにいちゃんは全てを察していたのだと思う。服の汚れと、黙って俯く私の姿を見て。
それでも何も言わず、こうして私をもてなしてくれたのだと思う。
しかしながら……幼かった私にはそんな事はわからない。ただただ「バレなくてよかった……」と、内心胸を撫でおろしていた記憶がある。
つまらないプライド、幼い意地。
……でも子供の小さな世界で生きていた私にとって、これはとても大切な物。必死に守らなきゃいけない物。
そんな私のちいさな矜持を、おにいちゃんは守ってくれたのだ――――
「こ……このたびはお招きいただきマコトにありがとうございます!
ツウコンのきわみですっ!
わたしは村のこども衆がひとり、ソフィーというおんなです!」
「痛恨の極みって」
「こらっ、ガロン!
あらあら、ソフィーちゃんはしっかり挨拶が出来てえらいのね♪」
人見知りや口下手に加えてテンパっていたのもあるのだが、だいぶ言葉遣いがおかしな事になっている私。
それでもおにいちゃん……ガロンさんのお母さんは、朗らかに笑って頭を撫でてくれた。
「この子ったら、何年かぶりに家に帰ってきたかと思えば、
こうして毎日だらけているばかり。ろくに外に出ようともしないんだから。
だからソフィーちゃんが来てくれて、おばさんとっても嬉しいわ♪
このぐーたら息子と遊んでやって頂戴ね♪」
ひどいなぁ母さん……ちょっとした療養だって言ってるのに。
そう呟いてはいるものの、おにいちゃんとお母さんが本当に仲が良い事が分かる。
「でもまぁ、毎日退屈してたっていうのは本当だよ。
僕はハンターをやっててね。ここ数年はずっと街の方で活動してたんだけど、
最近、ちょっとだけ身体を悪くしちゃってさ。
今はこうして家に戻って、少し身体を休めている所なんだ。
ソフィーは“ガンランス“って知ってるかい?」
ガンランス? と首を傾げる私。
コテンと首を傾げるその仕草に、お母さんは微笑ましそうにしている。
「そう、僕がさっき庭で握ってた武器だよ。
僕はあれを担いで、モンスターと戦う仕事をしているんだよ」
えへへとばかりに鼻の下をこすり、照れ臭そうな、それでいてどこか誇らしげな表情を浮かべるおにいちゃん。
身体は小さくて(私からみたら大きいけど)、年だってまだ15才かそこらなのに、このおにいちゃんはあんなに重そうな武器を持ってモンスターと戦っているのか。
幼い私はその事におどろき、思わず「ほぉ~!」と声を上げる。憧れに目を輝かせる。
少し後で聞いたのだけど、おにいちゃんはこの時の事が、とても嬉しかったのだそうだ。
自分を見て目を輝かせる私の様子を、おにいちゃんは嬉しそうに何度も語っていたそうな。
後にお母さんがそう聞かせてくれた。
「うんうん! あ、良かったらソフィーも一度握ってみるかい!?
ちょっと今から庭に出て、ガンランスの扱い方を……」
「ガロンっ!!」
なにやらテンションの上がったおにいちゃんが、いそいそと私の手を引いて庭に連れ出そうとする。それを拳骨で阻止するお母さん。
「なにしてるの!! こんな小さい子にガンランスなんて持てるワケないでしょ!
いったいなに考えてるのっ!!」
「だ……大丈夫だよ母さん。
実は僕が個人的に作った、ミニマムサイズのガンランスがあって……。
これを使って練習しておけば、この子も将来は……」
「だからなに考えてるのよっ!!
こ~んな愛らしい女の子にいったい何させる気なの貴方は!!
ガンス狂いもいい加減になさいっ!!」
烈火の如く怒られるおにいちゃん。その光景に恐れおののく私。
「だいたいガンランスなんて握ってるから、
身体こわして帰って来くるハメになったんじゃないの!?
いい加減ほかの武器を使いなさい! カッコ悪いじゃないのガンランスなんて!」
「ガンランス馬鹿にしないでよ! 僕だって怒るよ母さん!」
「ねー♪ ソフィーちゃんもそう思うわよねー♪
ガンランスなんて使ってるから、いつまでたっても女の子にモテないのよねー♪」
「ガンランス馬鹿にしないでったら! 出来れば僕の事もやめてよ!」
私を撫で繰りまわしつつ、おにいちゃんをからかうお母さん。
二人はとっても仲良しなんだな、私はそう思った(白目で)
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“討伐隊正式銃槍“。
これがおにいちゃんの握っているガンランス。そして私が生まれて初めて目にしたガンランスだった。
その機能美に溢れたデザインと性能は高く評価されており、アイアンガンランスや骨銃槍よりも一段上の銃槍として、ガンサーを志す者がまず一番最初に制作を目指す銃槍。
そして、“ガンランス“と言えばこの銃槍を思い浮かべるという人も多い程、有名なガンスでもある。
私にとって思い出深く、そして私の“憧れ“その物となるガンランスだった。
「ソフィーはハンターに興味があるのかい? あまりそんな風には見えないけど」
お茶とお菓子をご馳走になった後、私はおにいちゃんにお願いし、ハンターの武器というのを見せてもらっていた。
今このおにいちゃんの部屋には、おにいちゃん愛用のガンランスを始めとし、多種多様な武具が並んでいる。
「さっきはああ言ったけど、やっぱり女の子が見ても面白い物じゃないかもしれない。
特にソフィーには、花や人形なんかの方が似合うだろうしね」
そうおにいちゃんは朗らかに笑うが、それを聞いて即座に私は反論した。
「そんなことない! とてもきょうみ深くハイケンしてます!
うまくは言えませんが、とてもオモムキがあると! カクシンしているしだい!
カッコいいとおもいます!」
フンスフンスと息を荒くし、私は武具の数々を眺めていく。
ソフィーには花や人形が似合う……それはまったくその通りだったのだけど、当時の私はおにいちゃんの言葉に反発心を抱いた。
きっと「おにいちゃんの好きな物は、私も好きだ」と。そして「か弱い女の子なんかじゃない」と見栄を張りたかったのかもしれない。
普段いじめられっ子な私の、精一杯の見栄――――
おにいちゃんは本当の私など知りはしないのだからと、少しでも良く見られたかったんだ。
「そうかい?
僕としては、こうやって自分の武器を見てもらえるのは嬉しい事だけど。
ソフィーはこの中で、どれが一番良いと思う?
もし使うなら、どれを握ってみたい?」
おにいちゃんは壁に立てかけられた沢山の武器を指し、興味深そうに私の好みを訊ねる。
「――――ッ」
でも正直……私にとってここにある大きな武器達は、みんな“怖い物“でしかなかった。
おにいちゃんの背丈ほどある大きな剣。かぼちゃよりも大きな鉄のハンマー。こんな物でもし叩かれでもしたら、きっととんでもなく痛いのだろう。
どうしてもその事が頭をよぎり、臆病な私は言いよどんでしまう。
でも、ここは頑張りどころ。だってさっき、私はこれを「カッコいい」と言ったばかり。
少しでもおにいちゃんに良く思われたい。
だからおにいちゃんの好きな物は、私も好きと。そう“嘘“をついたのだ。
やがて私はうんうんと悩んだ末に、そこにあったひとつの武具を指さす。
「……弓? おぉー、ソフィーはガンナー志望なのかぁ。
きっとすごい美人の弓使いが誕生するね。とても絵になると思うよ」
「え……えへへ」
おそらくは私の将来の姿を想像し、満足そうにウムウムと頷くおにいちゃん。
……しかしながら、褒めてもらえたのはとても嬉しいのだけれど、私が弓という武器を選んだのは、見た目が
ギラギラと光る刃物や、重そうな斧、そんなのは見ているだけで痛くなってくる。
生き物の身体を叩いたり、斬ったりする……それを想像するだけで、私の身体は震えた。
そしてこれは、
「この弓で、ソフィーはモンスの脳天を撃ち抜くのかぁ~」
「……うっ、うちぬくの?!?!」
思わず「ガーン!」と打ちひしがれる私。
見た目は細くて、楽器のような見た目だったからこそ“弓“というのを選んだのに……そこには衝撃の真実が隠されていた。
撃ち抜いたらきっと物凄く痛い。そんな事したら死んでしまう。
「や……やっぱりこれで……」
「ん、大盾かい? ソフィーは盾が好きなの?」
先ほどの発言を取り下げ、私は同じく壁にあった大盾を指さす。
これらなら刃物は付いていない。武器ではないのかもしれないけれど、背に腹は代えられなかった……。
「……いや、これは賢い選択だよソフィー。
攻撃より、まずは守りの事。勝つ事より、生き残る事――――
これはハンターにとって、一番大切な事かもしれない」
妥協に妥協を重ねてしまい、意気消沈していた私。そんな私の意識を、おにいちゃんの言葉がこの場に呼び戻す。
「ハンターっていうのは血の気の多い連中も多いからね。
だからどうしても、攻めの事ばかりを考えてしまいがちだ。
……でもねソフィー? 敵を倒す事も強さだけれど、
怖い気持ちに負けず、必死に耐える事……これも“強さ“なんだ」
おにいちゃんが、まっすぐに私を見据えている――――
まるで光が差したように、それが天啓だったかのように……、私は決して目を逸らす事が出来ない。
いままでに感じた事の無い、衝撃。
それを全身に受けて、身体を動かす事が出来ない。
叩くよりも、守る事。
力の強さより、耐える強さ。
勝つんじゃなく、負けない。
怖い気持ちに、負けない――――
「ソフィー、君は女の子だ。
別に村の男の子達みたいに、力持ちじゃなくったっていいんだ」
「けれど、“心“は……。
自分を大切にし、好きな人達を大切に出来る強さは、
どうか持っていて欲しいんだ。
そのガンランスの大盾は、きっと君によく似合うよ――――」
この日、おにいちゃんに言われた、この言葉を。
私は生涯、忘れる事は出来ないんだろう。