ガンランスの話をしよう。 作:はせがわ
こいつはもうすでに、例のウイルスに侵されている。
だからこいつに行かせれば、
これは、ずっと後になって聞いた事。
私が多少なりとも大きくなり、そしてある程度事情を理解できるようになった頃、聞いた事だった。
「ソフィー。悪いけど、母さんと別の部屋に行っててくれ」
ある日、家で療養中だったハズのおにいちゃんの家に、ギルドの使者を名乗る男がやってきた。
彼は家にやってくるなり、「ギルドからの招集だ」と。
すぐに出発の支度をするようにと、否応なくおにいさんに告げた。
この地域からそう離れていない場所に、まだ当時新種のモンスターであった“ゴア・マガラ“が現れたという情報がギルドに入った。
このモンスターは、過去におにいさんが偶然にも遭遇し、そしてハンター稼業を休業に追い込まれた原因であるモンスターだ。
まだ未知の部分が多いこのモンスターの討伐は、大変な危険を伴う。
それに加えて、この竜が持つという、危険なウイルスの存在。
ゆえにこのモンスターの討伐に、ギルドは自分達お抱えの精鋭達を使う事を、嫌がった。
たたが竜一匹の処理ごときで、自分達の力の象徴である精鋭ハンターたちを壊されてしまうかもしれない事を、嫌ったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、おにいちゃん。
過去にこの竜との対戦経験があり、そして
このひと山いくらの下位ハンターであれば、たとえ敗れて死んだとて、大した痛手とはならない。
加えてこのガロンという狩人は、その身を蝕む病により、たとえ放っておいても
おにいさんがギルドから招集を受けた理由……それはつまり、こういう事だった。
当時の幼い私には、当然ながらそれは理解出来ない。
ただ、この家にやってきた使者の男の偉そうな態度と、「この国とギルドの為に貢献せよ」という傲慢な言葉に、物凄く腹が立ったのを憶えている。
おにいさんは今、身体を壊して休んでいるのではないのか。
なぜそんなおにいさんを、貴方は戦わせようとするのですか――――
身体の大きな知らない大人に怯えつつも、そう憤る私に向かい、おにいさんはこの場を離れるように指示した。
「ソフィーちゃん、あっちでおばさんと遊びましょう。
だいじょうぶ……大丈夫だから……」
お母さんに抱きかかえられ、私は出入り口をくぐる。
扉が閉まる寸前に見えた、おにいさんの真剣な表情……。それが今も、私の目に焼き付いて離れない。
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「それじゃあ行ってくるよ、母さん。またしばらく留守にする」
小さなポーチの荷物と、一本のガンランス。
それだけを持ち、おにいちゃんは扉をくぐっていく。外で控えている馬車の所へと。
「――――――おにいちゃんっ」
私は駆けだす。抱かれていたお母さんの腕を振り切って、必死におにいちゃんのもとへと。
「……ッ! ……ッッ!!」
でも、もうすで馬車に乗り込み、そして私に気が付いてこちらを振り向いたおにいちゃんを目の前にしても、何も言葉が出てこない。
これはただならぬ事であるのは、私にも分かった。
しかし幼い私には、これがどういう事態なのか、またなんとおにいちゃんに声をかければ良いのかが分からなかった。
行かないで――――
行っちゃダメだよおにいちゃん――――
そう、声を掛けたい。是が非でも引き留めたかった。
しかし……子供である私には、それが正しい事なのかすら、分からなかったんだ。
「……それじゃあね、ソフィー。
しばらくの間、いい子にしてるんだよ?」
やがて、何も言えずにいる私に向かって、おにいちゃんが優しい顔で微笑んだ。
「帰って来たら、ガンランスの連携技をみっちり教えてあげる。
それまでに、しっかり予習復習をしておくように」
馬車から手をのばし、私の頭を優しく撫でる、おにいちゃん。
「“危機に対して立ちはだかり、絶望を穿つ“
……この大きな盾と銃槍は、その為にあるんだ」
「行ってくるよ、ソフィー。
君が想ってくれるなら、僕は決して倒れない――――」
離れていくぬくもりに、遠ざかっていく優しい笑顔に……、私は手を伸ばした。
でももう届かない。もう二度と届かなくなった。
おにいちゃんが高く掲げたガンランス。
それが私の幸せだった日々の、最後の記憶――――
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それからの事は、もうよく憶えていない。
記憶が曖昧なんだ。
おそらく、幼かった当時の私には、あまりにも耐えがたい光景だったのだろう。
……おにいちゃんは、帰って来た。
あれから数日が過ぎた頃、私との約束を守り、必死で生きて帰って来てくれたのだ。
しかし、私がおにいちゃんにまたガンランスを教えてもらう事、そしておにいちゃんと言葉を交わす事は、もう二度となかった。
『――――――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!』
おにいちゃんが村に帰って来たと聞き、息を切らせて家までたどり着いた私が見たのは……担架に寝そべった状態のままでグルグル巻きに縛られ、そして叫び声を上げるおにいちゃんの姿だった。
「 ソフィーちゃん!? ……だめっ、入ってきてはダメッ!!!! 」
出入り口の前で呆然とする私に、お母さんが叫ぶ。
口から泡を吹き、血走った瞳で白目を剥き、縄を引き千切らんばかりに暴れ狂うおにいちゃんの姿……それを決して私に見せまいとして。
『 あああああぁぁぁぁああああ!!!! あああああああああ!!!! 』
おにいちゃんは、帰って来た。
死闘の末にゴア・マガラを撃退し、その銃槍で私たちを守ってくれた。
しかし、その身体と精神はもたなかった。
すでに病に蝕まれ、限界まで来ていたであろうその身は、再びゴア・マガラのウイルスに晒される事により、臨界点を超えた。
ギルドは、狩りを終えてすぐ地面に崩れ落ちたおにいちゃんを連れ帰るだけは連れ帰り、そしてロクな治療を施す事もなく、即座にこの村に送り返した。
おにいちゃんが再び私に笑いかけてくれる事、優しく私の頭を撫でてくれる事は、もう無かった。
おにいちゃんの遺体は、炎で焼かれた。
ゴウゴウと、真っ白な灰になってしまうまで。村の人々により徹底して
私達の村の風習では、天に召された人の身体は、土に埋めて土葬する事になっている。
幼い頃はハッキリと理解していなかったけれど、この国の人々が信仰する神様の教えで、亡くなった人の遺体は大切に残しておかなければいけないのだ。
いつか私達の神様がこの世界に復活をなさる時、同じく信徒である私達も、共に復活する。
その時の為に身体は大切に土の中に埋め、残しておかなくてはならない物なのだ。
……だから、遺体を炎でやかれるなんて、決して許されない罪を犯した人だけ。“罪人“だけなのだ。
炎で遺体を焼かれる……。それはこの国の人々にとっての最大の罰であり、一番残酷な仕打ち。
必死に戦い、この国の為に命を捧げたおにいちゃんは、罪人と同じ扱いを受け、その尊厳までもを奪われた。
おにいさんとお母さんの家。
これも村の人々により、火を放たれた――――
未知のウイルス。まったく自分達に分からない物。
そんな物をどうにかするなら、怖くて仕方がないのなら……、もうその全てを炎で焼いてしまう、それより他は無かったのだろう。
おにいちゃんと共に過ごし、一番近くにいたお母さん。
彼女も村の人々の手により、私の目の前で、家と共に炎で焼かれていった。
「――――こんな子は知りません。見た事も無いわ」
私が最後にお母さんに掛けられた言葉、それは私との決別を意味する言葉。
そして、世界一やさしくて。心から私を愛してくれていたという、その証のような言葉だった。
おにいちゃんと共に過ごしたのは、お母さんだけじゃない。
その私を庇い、幼い私を生かす為に、お母さんはたったひとりで、炎に焼かれていった。
ゴウゴウと燃え盛る家。私達の過ごした、暖かな場所。
それを無事に灰にし終えて、村の大人達がほっと胸を撫でおろす。安心した表情を浮かべる。
やがて一人、二人と家路につき……この場の全ての村の大人達が立ち去った後も、私はこの場から動けず、ただただ立ちすくんだ。
灰を。暖かさの残骸を。
幸せの終わりを。
私はいつまでも、見続けていた――――
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あの日の私と同じように、今この場に立っている。
あの頃とは違って、いま目の前にあるのは、草木だけ。
この場所には、未だに誰も怖がって、家など建てないから。
「おにいちゃん、お母さん。ただいま――――」
私は、報告する。
今はもういない、心から愛した人達に向かって。
「宿命、を感じるんだ……。
ここに帰ってきたのも、ヤツがここに来るのも、
そして私だった事も……きっと偶然なんかじゃない」
おにいちゃんが、呼んでる。
帰ってこい。そして“守れ“と。はっきりそう分かったんだ。
「
今度は私が、しっかり決着をつける――――」
おにいちゃんの、ガンランスで。
私達ふたりの、ガンランスで。