ガンランスの話をしよう。 作:はせがわ
「おや? ……ど、どうしたのですかハンター殿っ!?
その服の泥は……?」
村周辺の視察を終え、私は村長のいる家に戻る。
村長は少しうろたえた後、やがてその原因を察する事が出来たようで、気まずそうに私から目を逸らす。
「……部屋を用意しております。
どうぞ今夜はそこで、身体をお休めくだされ……」
村長は私を部屋まで案内してくれようとする。
しかしそれを手で制し、私はこの村に来て以来、初めて口を開いた。
「――――必要ありません。すぐに出発します。
ヤツがこの村を襲う、その前にこちらから叩きます」
おどろいた目で私を見つめる村長。それに構う事無く、私は必要な事柄を告げていく。
「飛竜観測所より、ヤツの居所の情報は伝わっています。
もし万が一私が倒れた時は、即座にこの村に伝令が来る手筈となっています。
その時の為、住人を避難させる準備を進めておいて下さい。
必要な物は、全てギルド側が用意しています」
村を見て回った結果、まだヤツがここにやってくる気配は無かった。若干の猶予がある。
ならばこちらからヤツの元に向かい、即座に叩く。
「……馬鹿なッ、もう外は日も暮れておるッ!!
今からあの深い森を進み、ヤツのもとに向かうなど……!」
伝えるべき事は、全て言い終えた。
私は視線を切り、出入り口へと踵を返す。
「 ま……待て! 待たんかッ!! ………………ソフィーーッッ!!!! 」
縋るような、村長の声。
それが聞こえなかったかのように、私は歩みを進める。
思えば、私が村を出て行ったあの日まで……。身よりの無い私に一番親身になってくれたのは、この人だったな。
そんな事を、歩きながら思い出していた。
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「あら、逃げるのねガンランサーさん?
やっぱり貴方には無理だったのかしら?」
村長の家を後にし、村の門へと向かっていた私。そこに通りかかった幾人かの住人が、私に声をかけた。
いつものヒソヒソ話ではなく、まっすぐに私に向けて。
「あーそうなのそうなの! どうぞ行きなさいなガンランサーさん!
こっちだって、アンタに期待なんてしてなかったわよ」
「ハナからガンサーにどうこう出来るだなんて、思っちゃいねぇ。
むしろお前なんかに助けられたとあっちゃあ、
明日からどんな顔して生きていきゃあいいか……」
「出ていけよクズがッ!! 二度と村の門をまたぐんじゃねぇぞッ!!」
頭部に、衝撃を受ける。
どうやらこの場にいる誰かが投げた石が、私の頭にぶつかったようだ。
当たり所も良かった為か、額から血が流れていくのを知覚する。
「 失せろガンランサーッ!! さっさと出て行きやがれ!! 」
投石、そして罵声。
沢山のそれを背に受けて、私は生まれ故郷の村を、後にした。
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夜の森を泳ぐようにして進む。
昔はこの森も、私の庭のような物だった。そういえば初めてファンゴを見たのもこの森だったのだが、あの愛らしいブタの親子は今も元気にしているだろうか?
「問題ない、この先だ。まっすぐ進め」
感覚を研ぎ澄ませ、夜を駆ける。
そうしていながらも私の脳裏には、まるで溢れ出すかのようにして、過去の記憶が蘇ってくる。
おにいちゃんとお母さんを失った後、本当なら私の生活は、以前ひとりだった頃に戻るだけだったハズだ。
しかし、決してそんな風にはなってくれなかった。
私の中には、左腕には、おにいちゃんに教わった沢山の事と、ガンランスの扱いが染み付いていたのだから。
人目を避けた森の中、私は毎日ガンスを振り続けた。
雨の日も、雪の日も、胸がすくような晴天の日も。
そうせずには、いられなかった。だって私には、代わりにする事なんか何も無かったのだから。
もう花や人形が似合うソフィーは、どこにも居ない。
だって私はガンランサーで、この銃槍を振るう事以外、生きる意味は無いんだから。
この頃から私は、村の住人達と会話をする事が無くなった。正確に言えば「出来なくなった」のだが……。
どれだけ村の大人達が親切にしてくれようとも、優しく微笑みかけてくれても、その頃の私の表情は氷のように固まったまま決して動く事がなく、言葉を話す事なく。
たとえ目の前に誰かいようとも、ただここではないどこか、虚空を見つめているように見えたのだそうだ。
あるとしたら、突然なんの前触れもなく泣きだす事くらいだ。
そして私は、物を考えるのもやめた。
ただ朝起きて、水と慎ましい食事を摂った後、夜の帳が落ちるまでガンスを振り続ける。
たったそれだけで生きた生活が、やがて9歳になり、10を数え、11の時に村を追い出されるまで続いていった。
「――――お前か」
私は、ヤツを見つける。
漆黒の身体、しかし通常の個体とは明らかに異なる模様をした、不浄なる竜。
「帰ってきたんだな、ここに。
……私もそうなんだ。すぐに村は出てきてしまったけれど」
こいつは、通常のゴア・マガラとは違う、いわゆる“なりそこない“というヤツだ。
しかるべき時を経ても、その進化系であるシャガル・マガラへと羽化する事がついに出来なかった、そんな個体。
道を外れ、大人になれず……その未来をも閉ざされた。
こいつの命は
ゴアが今、幾多の竜を見てきた私をしても“ありえない“と感じる程、凄まじいまでの瘴気を放っている、
これは、こいつの怨念なのか。
それとも憎しみ? 悲しみ? 悔しさなのか?
こいつは、周りと同じにはなれなかった。“普通“にはなれなかったんだ。
自ら望んだワケでもなく、たまたまどこかが“特別“な者として、生を受けてしまっただけ。
そんな、たったひとりきりの、悲しい存在。
そうしてこいつは、もうすぐ消えていく。
何者にもなれずに、消えていく。
その前に……戻って来たんだな、ここへ。
せめて最後は、この場所で――――
お前はそう思い、ここに帰って来たんだな。
「参ったな……似た者同士だ。
全部お前のせいだっていうのに……、私は憎めそうにない……」
けれど、“不文律“がある。
こうして出会ってしまったら、私達は戦うしかない。殺し合うしかない。
それがお前という竜と、私という人間の、不文律。
私達ふたりの、やくそく。
「勝負しよう、ゴア。……おにいちゃんが待ってる」
轟く、ゴア・マガラの咆哮。
大地さえ震わせるその轟音が、私にはどこか、泣いている子供のように思えた。
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夜の森で踊る。ふたりと一頭で、クルクルとまわる。
「――――ッ!?」
勢いをつけて突進するゴア・マガラ。その破壊的な衝撃を、大盾で受ける。
「ガードは
……すごいんだなお前。このまますり潰されそうだ」
ガンランサーの大盾が、軋みをあげる。
今まで私が縋ってきた盾が、自分を守る為の術が、こいつには通用しない。
今まで必死に、これに隠れてきたのに。
おにいちゃんが“似合う“と、そう言ったのに。
似た者同士の力比べは、どうやらコイツが一枚上らしい。
「私の場合は盾だったが……お前はその牙で、“守って“きたのか?」
生きる為、歩いていく為。
「ここにいても良い」って、そう許してもらう為に。
「泣きたいのか、それとも怒りたいのか……。
いい加減どっちかハッキリしろ!! この駄々っ子め!!」
――――――そんな事だから友達が出来ない!!!!
自分の事を棚にあげて、私は叫ぶ。
「自分だけだって、そう思ってるのか?!
私だって辛かった! 死にたかったッ!!
でも仕方ないじゃないか! 生きてるんだから!!
私が生きてなきゃ……全部消えちゃうんだから!!!!」
次第にゴア・マガラのウイルスが、
視界が歪む、思考がどこかへ飛んでいく。
明らかに他の個体のとは違う、今まで経験した事の無い感覚が、私を侵す――――
…………村を出て、集会所通いをするようになった頃だ。私の心に変化が訪れたのは。
ただただ毎日のように命の危険に晒されていく、そのうちに……今まで凍っていたハズの感情が次第に溶けていき、その中から本当の私“泣き虫ソフィー“だけが残った。
ランポス、ファンゴ、ランゴスタ。
クック、ゲリョス、リオレイア。
……怖い! とんでもなく怖い! 戦うなんてとても耐えられない!!
でも仕方ないじゃないか! “ガンランサー“なんだから!!
痛くても怖くても! たとえ
私はガンスを振るうしかない! もうそれ以外なにも持ってないッ!!
ここには花も人形も本もない! あるのは痛いのと、怖いのばっかりだ!!
「ウソを……ついたから……。
ずっと、嘘をついていたから……」
これはその罰なのか?
私が悪い子だったから、ウソつきだったから……、だから今こんなに苦しまなくっちゃいけないのか?
だって、おにいちゃんと話したかった! おにいちゃんが欲しかったッ!!
ならいったい、他にどうすればよかったんですか!?
「似合うって……言ってくれた……。
おにいちゃんが私に、“ガンランサー似合う“って……」
おにいちゃんが言った。もういないおにいちゃんが、そう言った。
なら私は
そうしないと、消えてしまう――――――
おにいちゃんがくれた言葉が、……想いが!! ……全部消え去ってしまう!!!!
全部なくしてしまうんだよ! ガンスを握らなきゃ!!
私はもうそれしか、それしか持ってないんだよ!!!!
………………………………………………
「 狩りなんて出来ないよおにいちゃん!!
わたし、ハンターになんてなれない!!!! 」
ゴア・マガラを、斬り付ける。
斬り付けながら私は、今まで決して言えなかった、“本当の気持ち“を叫ぶ。
「 おにいちゃんがすきなの!
ガンランサーじゃなくて、おにいちゃんがすきなだけなの!!!! 」
ガンスを振るう手を止められない。
もうすでに息絶え、鱗も甲羅もバキバキに割れてしまったゴアの死骸にガンスを突き刺すのを、止められない。
「 狩りなんてだいきらい! ハンターなんてだいきらい!!
生き物をころすなんて……できるわけないッ!!!! 」
銃剣が折れる。
バキンという固い音が鳴った途端、私はバランスを崩し、もんどりうって倒れる。
もう立ち上がる事が、出来ない――――
「おもい……。おもいよぅ、おにいちゃん……」
大盾も銃槍も手放して、地面に蹲る。
もう動かなくなった、似た者同士の友達。その傍らで、私は泣く。
「おもいよぉおにいちゃん……。ガンランス――――」
………………………………………………
雨が、降っている。
夜の森に、雨音だけが響く。
私の涙も、この想いも。
ぜんぶ無かったみたいに、するようにして。