ガンランスの話をしよう。 作:はせがわ
「ひっ……ひぃぃいいやぁぁ~~~!!!!」
――――私は逃げ出した。
一目散に。みんなの顔を見た途端。わき目も振らず。
「ちょ! ……おいテメェ!!
追えっ!! 逃がすなぁぁああああーーーーーー!!!!」
髭モジャを筆頭に、仲間たちが〈ドドドド!!〉と土煙をあげて迫ってくる。その額に青筋を浮かべて。
嫌だっ! もうどんな顔してみんなと会えば良いのか分からない! ……怖いッッ!!
「なんで逃げんのよぉソフィーさん! ソフィーさぁぁーーん!!」
「待たんか馬鹿者! どこへ行くつもりだ!!」
「うわぁぁぁーーーーん!!!!」
――――走る。とにもかくにも走る。
彼方まで行くぞ私は。この地平の彼方まで。
「 ふぬごっっ!! 」スボォッ!
地面に仕掛けられた落とし穴にハマる私。情けない声も出る。
「バカ野郎お前! 読み読みなんだよお前ッ!!
こちとらこれでメシ食ってんだよ!! いつも蜘蛛の巣とか採取してんだよ!」
穴にハマった私に向かい、捕獲用麻酔玉を「えいえい!」とぶつけてくるメンバー達。
「い……痛いっ! ……煙たいっ!!」
「やかましいわ腐れガンサーめが!! 散々我に心配かけおって!! ……泣くぞ!!」
「わああああ! わああああ!」
「大人しくなさいっ! 大人しくなさいっ! えいえい!」
ミラは罵りながら、チエは叫びながら、虫棍さんは諭しながら玉を投げてくる。
そこらじゅうにモクモクと白煙が上がる。もう何をしているのかも分からない。
「はい! 調合おわったよ! どんどんなげてね!」
「じゃんじゃんもってこい坊主ッ!! テメェこの野郎! テメェこの野郎!!」
プリティが捕獲用麻酔玉を調合し、次々とみんなに手渡していく。
「白く染まれっ! 我が麻酔玉で白く染まるがよいッッ!!!!」
「わああああ! わああああ!」
「ブスになりなさい! ブスになりなさい! えいえい!」
みんなの怒りが収まるまで、プリティのポーチから調合の素材が無くなるまで……私は捕獲用麻酔玉を喰らい続けた。
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ガラガラガラ! ペッ!
ガラガラガラガラ! ペッ!
ごしごしごしごし!!
本日の寝床となる家屋に到着し、おもいっきりウガイと手洗いをし、お風呂に入った後……。
「頑張ったわねソフィー、えらいわ――――」
虫棍さんが、私を抱きしめてくれる。
まるで母親がするように、よしよしと頭を撫でながら。
「事情は、プリちゃんから聞いたわ。
わざと私達に素っ気なくしてまで……辛かったでしょうに……。
でももういいの。よく頑張ったわ……ソフィー」
いつもとは違う、柔らかな笑み。暖かなぬくもり。
それはまるで……本当にあの頃、お母さんがしてくれたみたいな……。
「――――っ! うっ……うぅ~~~~っっ!!」
「うんうん。いいの泣いても……。
もう大丈夫よ、ソフィー。……いい子ね……」
もう止まらない。私の感情が決壊し、とめどなく涙が流れる。
虫棍さんはそれを、優しく受け止めてくれた。
なんてバカな事したんだろう、私は。
こんな暖かい人から離れようとしていたなんて。逃げようとしただなんて。
そう感じ、よけい涙が止まらなくなった。
「…………つか、あのよ相棒?
いい雰囲気の所、申し訳ねぇんだけどよ?」
「ん?」
傍で私達の事を見守ってくれていた髭モジャが、言いにくそうにして口を開く。
「間違ってたらすまねぇんだが……。俺の解釈で言ゃあ、
そういうのって
「 !? 」
硬直する虫棍さん。
ふと視線を向ければ、そこには〈ぷくぅ~!〉と頬を膨らませているプリティの姿があった。
「あ……あのね坊や!? ……これはね!?」
「…………」(ぷくぅ~!)
「違うの! 私は別にっ……! た、ただ……ついね!?」
「…………」(ぷっくぅ~~う!)
無言で〈じと~っ〉と虫棍さんを見るプリティ。
物凄く珍しい光景なのだけど……プリティは今、ほんとに怒ってるんじゃないだろうか?
「そもそもよ? やっぱおかしいと思うんだよ。
なんで猟団の俺達じゃなく、坊主のお袋さんが迎えに行ってんだよ」
プリシラの元に押しかけ、共にこの地域までやってきた一同。
場所が夜の深い森であった為、下手したら遭難の危険がある。なので全員で向かうのではなく誰かひとりが代表して迎えに行く、という事になったらしいのだが……。
「当然でしょ? アタクシでしょ?」
そこでお義母さまは、「この中でいちばん腕が立つ」という圧倒的な説得力を持って、有無を言わさず代表の座を勝ち取ったのだそうだ。すごい(小並)
「ズルいよおかぁさん! ぼくだって、おねぇさんをむかえに行きたかったのにっ!」
「お黙りなさいラインハルトっ! 幼い我が身を恨むザマス!
……文句があるのなら、その狩猟笛で語りなさいッッ!!」
「やらいでか! ――――りゅうは! かりばでりゅう、しゅりょうぶえじゅつ!!」
「狩場出家ッ、家訓ッッ!!!!」
プリティがお義母さまに斬りかかっていく。
二人の狩猟笛が嵐のように交錯し、なんか〈ドガガガガ!!〉みたいな音が辺りに鳴り響く。
「 なにがユーのしあわせ!? 」
「 何をしてッ! ハッピィィ!? 」
「「 そうだッ! 恐れないッ!!
飛び蹴りのような技が空中で交錯し、なにやら二人の背後に広大な大海原が見える。
「「 愛とっ!
〈ザッパーン!〉という巨大な大波が見え、まるで決めポーズのようなカッコいい姿勢をとっている二人。
プリティにもこんな一面があるんだな。そりゃそうか、お義母さまの子供だもんな。
私は思いました。
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【少し出かけて来ます。夕方には戻ります。 ソフィー】
次の日。そう置手紙を残して、私はひとり村へと向かった。
……まぁ途中でみんなに見つかって、ついて来られてしまったけれど。
「おっほっほ! 村長さんもお上手ザマスね!
そうなのです! やはりカリカリピーこそが数ある狩猟武器の中で至高の……」
狩りの報告をする為に村長の家を訪ねた途端、私を押しのけて村長と話し出すお義母さま。私はアングリと置いてけぼりをくらう。
「でもね? まぁね? 不詳の嫁ですがね? よくやっているとは思うんザマスよ。
まだまだ料理もドが付くほど下手くそザマスが。食えたモンじゃないザマスが。
……しかし、健気に頑張っててね? そこがまた可愛げがあるというか……」
彼女は絶好調だ。私は赤面して俯いているしかない。
けれど、胸が暖かくなる心地がする。お義母さまが隣に居てくれる。
おっほっほとか言いつつ肩をパシパシ叩かれながら……私はどこか、嬉しい気持ちでいたんだ。
…………村に着いた時、住人のみんなは、私を不審な目で見ていた。
ゾロゾロと仲間をしたがえて村に引き返してきた私を見て、いったい何のつもりなのかと、とても警戒していたのだと思う。
ミラなどはもう「あっコラ? おっコラ?」と、そこらじゅうにメンチを切りまくっていたけれど。
「おいアンタ……その怪我ッ……」
昨夜の戦いによって負傷し、私の身体のいたる所にある治療の跡。それを見た住人の一人が、思わずというような様子で私に近寄って来た。
「アンタまさか……あれから、あのモンスと……」
小さく騒めいている住人達。そこから言葉が続かずうろたえている様子の、目の前の男。
私の仲間たちは、ただ黙ってその光景を見守っている。
「――――」
男を通り過ぎ、私は歩いて行く。やがて少し遅れて、仲間たちも追従する。
「………………アンタ……」
呟くような声が聞こえた。でも私は振り返る事なく、歩いて行く。
言葉を交わす必要は無いから。もう全て、終わった事だから。
分かってるんだ。別にみんな、私個人に対して憎しみを抱いてたんじゃない事も。
みんながモンスターに怯え、すごく不安だったっていう気持ちも。
そして、憶えてるんだ。
ここにいるみんなに……私は昔、とても優しくしてもらったって事も。
……………………………………
「あぁ……、本当にありがとうございます、ハンター殿……。
村には何ひとつ被害なく、誰一人として死なずにすんだ……。
ありがとうございましたハンター殿。……本当に……」
今、村長が私に向かい、深々と頭を下げている。
私はそれを黙って受け入れる。もう特に、思う事もないから。
でも……“ハンター殿“……か。
少しだけ、ほんの少しだけそう思ったけれど……私は静かに、この感情に蓋をする。
「どれだけ言葉を尽くそうとも……感謝などしきれません。
少ないですが、出来る限りの報酬金を用意しました。
他にも村に出来る事であれば、……このワシに出来る事であれば、
もう何でもおっしゃってくだされ。
貴方の献身に報いるに足るとはとても思いません。ですが……!」
覚悟が見えた。
その言葉、その姿から、本当に村長は私の為に、何でもしてくれるつもりでいるのだろうというのが分かった。
誠実さ。報い。償い……。そんな想いを感じる事が出来た。
「――――要りません、何も」
村長が目を見開いている。
私の言葉を聞き、その顔を絶望に染めるかのように。
何故お前はそんな事を、と。
何故そんなにも、残酷な事を……と。
「ただ……ひとつだけ。お願いしたい事があるんです」
村長の顔色が変わる。
まるでその言葉に救われたかのような、助けられたかのような、そんな表情。
けれど私は、それを見る事もせずに。
「墓を、作らせてください。
あの土地に墓を。……どうかっ……」
跪き、懇願した。
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“インペリアルオルデン“
これはあの討伐隊正式銃槍を、進化させた銃槍。私が長い時間をかけて、狩りの中で強化していった銃槍。
そして、おにいちゃんの銃槍だ。
「……こんな所、かな」
それを土に埋める。私達が過ごした、暖かな思い出のあるこの土地に。
「ごめんねおにいちゃん……。昨日ので、銃剣が折れちゃったんだ」
根本からポキリと折れた銃剣。もうこのガンランスが、何かと戦う事は無い。
……謝りたい事は他にもある。実はこの銃槍は、討伐隊正式銃槍の最終強化形であるにも関わらず、元の物とは全然色が違う。真っ黒ブラックなのだ。
だから正直、おにいちゃんが握っていた頃とは、ぜんぜん見た目が違うと思う。
愛槍だったのに……ホントにごめん、おにいちゃん。
そしてこれは、ゴアを倒した銃槍。
過去二度に渡ってあのゴアと戦い、そして力の限り渡り合った銃槍だ。
この真っ黒な見た目は、まるであのゴアの事も彷彿とさせる。
だからこれは、ゴアの銃槍でもあるんだ。
「いったい、何のお墓なんだろうね……?
ここには遺体も骨も無い。ただガンランスを埋めて、
墓標代わりに盾を飾っているだけだ……」
意味なんて、無いのかもしれない。
あれから長い時が経ち、きっとおにいちゃんもお母さんも、もう天国で幸せに暮らしているんだから。
だから、私が作ったこのお墓は、きっと何の意味も無い物なんだ。
それでも……。
「今ね? すごくスッキリした気持ちでいるんだ、私。
きっと、たくさん泣いたせいなのかな?
……またここ来て、ゴアと戦って、お墓を作れて……。
本当に、よかったって思う」
これは、おにいちゃんとお母さんのお墓。
あの悲しいゴアマガラのお墓。
そして、少女だった頃の……私の想いのお墓。
“泣き虫ソフィー“の、お墓……。
「ガンランスが、おもかった――――
心の弱い私には、とても抱えてはいられなかった」
狩りをするのが、嫌だった。
生き物を殺してしまう事が、怖かった。
ガンランスを振るう事が……つらかった。
「……けどね? 本当は、分かってたんだ。
おにいちゃんは、私をガンスで縛りたかったんじゃない。
私を狩場で生きさせる為に、ガンスを教えてくれたんじゃない」
――――自分を大切に出来る強さ。好きな人を大切に出来る強さ。
――――それを持っていて欲しいんだ。 この盾は、ソフィーによく似合う。
「……けれど、馬鹿な私は……決しておにいちゃんを忘れたくなくて。
ずっとおにいちゃんに縋っていたくて、……ガンスを握ってたんだ」
そうしていれば、私はおにいちゃんと一緒にいられる。
このガンランスがおにいちゃんで、この大きな盾が私。ふたりはいつも一緒。
そんな風に思えたからこそ……私はガンランスを握り続けた。
「ガンスを教えてくれて、ありがとう。
私と一緒にいてくれて、ありがとう――――」
そう、伝えたかった。
どうしてもまたこの場所で、おにいちゃんとお母さんに、そう伝えたかったんだ。
「これからも、なんとかやってくよ。
ガンランスを握って。仲間達と一緒に」
「だから……泣き虫ソフィーは、今日でおしまい。
私は全部、ここに置いていく」
花で飾ろう、ありったけの花で――――
見えなくなるくらい。
苦しみも、涙も、全て覆い隠してしまえるくらいに。
たとえいつか、枯れるとしても。いつか崩れ落ちるとしても。
その度にまた、こうしてありったけの花で飾って、私は歩いていく。
たとえそれが、正しくなんかなくても――――
「ガンランスがすき。今度はウソじゃないよ?」
振り向けば、そこにプリティの姿。
沢山の花で飾られたお墓を後にし、私は駆けだしていった――――