ガンランスの話をしよう。 作:はせがわ
お時間のある時にどうぞ。
「チャアクのおにぃさん! 虫棍のおねぇさん!
G級しょうかく、おめでとう!」
「おめでとぉーーう!!」
天に向かい、乙女がドゴーンと砲撃を行う。さながら祝砲かクラッカーのように。
そしてその隣には、嬉しそうにパチパチとはやし立てる男の子の姿。
「ありがとよお前ら。
やっとこさ俺らもG級だ。この集会所ともおさらばってワケさ」
「まぁガンサーさんにも手伝ってもらっちゃったし、
あんまり威張れない上がり方だけどね……」
そうなのだ。先日この二人は砂漠でのG級昇格クエストを、見事突破していた。
試験の相手はディアブロスだという事で、かの竜との対戦経験の無かった二人は乙女に助力を請い、まぁなんだかんだとボッコボコにされつつも討伐に成功。
そのHRをG級資格者である“9“へ上げる事に成功していた。
でも正直、二度とディアとはやりたくない。なんだあのシャトルランは。
「ま、とりあえず上がれはしたんだし、最初は地道に鉱石でも掘るわ」
「確かエルトライト鉱石だっけか……。
いつものこったけど、上がりたてが一番つれぇんだよな……この家業」
恐らく装備の整わない内は、今まで楽に狩ってきたハズのモンスター達にボコボコにされるような事もあるだろう。手も足も出ない程に。
シャレにならない位パワーアップしているであろう、G級のクックやテツカブラ。それと戦う事を想像し、ちょっとげんなりしている両名だ。
「でも……、さびしくなるね。
おにぃさんたち、しばらくこっちには来れなくなるんでしょう?」
「あぁ、G級クエ受ける為にゃ、こことは違う集会所に行かなきゃなんねぇからな。
なんか小せぇ酒場みてぇなトコだったぜ?」
「やたら規模が小さくなったな……とは思ったわ。
まぁG級資格者の数なんてたかが知れているし、あれで充分なのかもね。
しばらく坊やと会えなくなるのは、私も寂しいわ♪」
そして今日をもって、両名はこの馴染みの集会所を“卒業“する。
二人の今後の更なる活躍を願い、現在はいつもの仲間たちと共に、ささやかな送迎会を行っているのだった。
……さっき屋内で砲撃をしていたけれど、あれは大丈夫だったのだろうか?
「私はあの集会所は好きだぞ。
ここの集会所のように、たくさん人がいる広い場所よりは、心に優しい。
たとえ一人きりで座っていても、いま私の隣に誰もいないのは、
G級資格者の数が少ないからなのだと自分に言い訳が」
「止めろ、子供もいんだよ」
「聞かせないでよそんな話」
ここではないどこかを見つめる乙女。死んだ目で過去を回想しているのが見て取れた。
急いで話題を変えなければ! と、そんな使命感からでは無いのだけれど、チャアクの男が呆れながらも語り出す。
「……まぁお前もよ? 今はそれなりにやれてんじゃねぇか。
坊主がいるってのもデカいんだろうが、
最近は他の連中とも話してんだろ?」
「おねぇさん、きょうもHR3の人のおてつだいしてたよ?
ありがとうーって、すごくかんしゃされてたもん」
「あら、いい感じじゃないのガンサーさん♪
貴方の腕なら、きっとその子も大助かりだったでしょうっ」
「い、いやぁ……そんな……」
モジモジ、てれてれと身をくねらせる乙女。その姿を微笑ましく見つめる三人。
以前の彼女の事を考えれば、これは大きな進歩だと喜ばしく思う。
それもこれも、やはり男の子が傍にいる事、そしてこの両名の存在はとても大きい。
最初こそは極悪非道の代名詞であるガンランサーであるとして、乙女が男の子が組むと知った時は皆が警戒をした物だが。
しかしあれから1か月ほどがたった現在でも、男の子は毎日ほんとうに楽しそうに乙女と過ごし、笑顔を見せている。
そしてこの集会所のリーダー格であったチャアクと虫棍の両名が毎日乙女に声を掛け、そして楽しそうに4人で談笑している姿が、ここ最近の集会所の日常であったのだ。
その姿を遠くで見ていた集会所の面々が、次第に乙女に対する印象を軟化させていったのは疑いようの無い事。
今では皆が向ける視線には、以前のような敵意は無くなっていた。
それに加えて、ここ最近の彼女の“意識の変化“。
以前のように“大きな声の挨拶“だけで終わるのはなく、彼女なりにではあるが、積極的に集会所の仲間たちと関わろうと奮闘しているのが見て取れるのだ。
誰かが困っている所を見つければ、オドオドしながらも「何かお困りですか?」と自分から声をかけていく。
誰かがウンウンと悩んでいるなら、噛みっ噛みになりながらも傍に寄って行き「どうかなさいましたか?」と訊ねていく。
たとえ最初に必ず「うわっ、ガンサーだ!」と嫌な顔をされようともだ。
彼女はどんな言葉や態度にも挫ける事無く、根気よく仲間たちへと声を掛け、そして悩みを手助けしていった。
今では「変だし、ガンサーではあるけど、悪い人じゃないよね?」と言われる程には、皆からの信頼を勝ち取っていたのである。
『一緒にいて恥ずかしくない、
プリティが胸を張れるような相棒に、私はなりたいんだ――――』
あの二人で一緒に帰った、泣き虫だった夜……、そう乙女は少年に語った。
その誓いを、約束を、懸命に果たそうとがんばっている。それが痛い程に分かる。
今目の前でテレテレと嬉しそうに笑う乙女を、少年は微笑みを称えた瞳で見つめる。
「まぁ今日でしばらくは留守にすっけどよ?
……おいガンランサー。俺は受けた恩は絶対忘れねぇぞ。必ず借りは返す」
今のいままで、酒を飲んで朗らかに笑っていたチャアクの男が、急に真剣な表情で乙女を見つめる。
それに対して乙女は驚くも、隣にいた虫棍の女性は静かに頷いていた。男の言葉に同意するようにして。
「そうね。昨日は助かっちゃったし、借りっぱなしっていうのは無い話だわ」
「おぅ。だからよガンランサー? あと半年ほど坊主と待ってろよ。
流石に200とはまでいかねぇが……、
お前の背中守れるくれぇには、上がってみせっから」
「えっ……」
目を見開いている乙女を余所に、暖かみのある表情で笑い合う二人。
実は先日のG級試験、乙女は愛用のG級武具を使うのではなく、わざわざ上位クラスの武具を制作してまで協力してくれていたのだ。
彼らが他力ではなく、彼ら自身の手でこの試練を乗り越えられるようにと。
この戦いを自信に、そして糧に出来るようにと願って。
乙女はそれを伝えてはいなかったのだが、その細やかな心遣いと優しさはしっかりと二人には伝わっていた。
そして深く、彼女に感謝をしていたのだ。
「……ま、いつまでも相棒と二人だけってのも、あれだしよ?
まぁその……なんだ。黙って待ってろって事だ」
「ランクの低い私が言うのはおかしいけれど……、貴方だったらいいわ。
このまま坊やを取られちゃうのも癪だしぃ?
だから二人分……、席を開けておいてね」
――――その言葉の意味を理解した時、乙女の瞳から、すぅっと涙が零れた。
まるでその感情に心が追いついていないかのような、呆然とした表情で。
身動きも出来ず、言葉を返せもしないまま……乙女は涙を流す。
仲間になろう――――そう二人が、言ってくれたのがわかったから。
「ったく、めそめそしてんじゃねぇよソロモン。
…………ってこれ、ほんとに“ソロモン“って呼ぶのか?
偽名なんだろこれ……?」
「あの……出来れば私たちが帰ってくる前に、
その名前だけなんとかしといてくれたら助かるワ……。
坊や? 今度役所について行ってあげてね?
一人で行かせたら、今度はどんな名前にする事か……」
慰めればいいのか、それとも説得すればよいのか。
そんなよく分からない場面があったりしながらも、4人で過ごす最後の夜が過ぎていった。
翌日、G級の集会酒場へと旅立つ二人を、乙女と男の子は見送った。
彼らの無事と幸運を祈り、見えなくなるまで、いつまでも手を振って――――
……………………
………………………………………………
『 ――――エレガントに舞い、クレイジーに酔う 』
ライゼクスの尻尾が切断される。
ブラストダッシュから一閃、すり抜け様にガンランスを振り下ろす。
ライゼクスの尻尾は吹き飛ぶように宙を舞っていった。
『~♪♪♪ ~~♪♪』
身体のバランスを失い、前方へ倒れ込もうとするライゼクス。その顎を男の子の狩猟笛が跳ね上げる。
まるで待っていたかのように頭部をかっ飛ばされ、地面を転がるライゼクス。そしてクルクルと目を回している。
その光景を、ヘヴィ使いの新人ハンターが遠くから見つめていた。
今回乙女と男の子は、この彼の緊急クエストにお手伝いとして参加していた。
ヘヴィ使いの彼は特にどこかのパーティに属しているワケでもなく、今までずっとソロでやってきたハンターだ。
しかし今回の相手は四天王と名高きライゼクスという事で、足回りの遅い自分一人ではどうしようも無いと途方に暮れていた所、彼女たちが快くサポートを買って出てくれたのだった。
『 ガンサーの荒ぶる魂が、静かな狂気に昇華した 』
なんだこれは――――と彼は思う。
自分の担いでいるのは遠距離武器。だから彼女の戦っている姿がよく見える。
……だが、分からない。彼女が何をやっているのかが。
遠くから見ていても、微塵もその動きを理解する事が出来ない。
斬撃、砲撃、ステップ、ジャストガード、カウンター。
完全に攻撃を見切り、ヒラヒラと舞うように乙女が駆ける。
そして苛烈にモンスを斬り刻む彼女の姿に、まったく理解が及ばない。
絶え間なく連続して聞こえる斬撃音。
時折、それに緩急をつけるかのように炸裂する砲撃。
男の子の奏でる旋律に乗り、その全てがひとつの音楽のように狩場へと響いていて……。
こんな事が出来るのか!? こんなにも圧倒出来るものなのか!?
こんなにも強く、苛烈に戦えるものなのか!?
人が、竜という存在に対して!!!!
ヘヴィの引き金を引く事も忘れ、彼は呆然とスコープを覗き続ける。乙女のガンランスの舞いに酔いしれる。
『 銃槍とは刃……。女を上げる真夏のウェポン 』
ようやく彼の身体が動くようになったのは、それから2分ほど後の事。
泣き叫ぶように咆哮を上げるライゼクスが、命からがら、自分の巣へと逃げ去っていった時であった。
………………………
………………………………………………
強いなんてもんじゃない、化け物だよあれは――――!!
狩りを終えて集会所へと帰ったヘヴィ使いの彼が、自身がHR3へと昇格した事も忘れ、興奮ぎみに息を荒くして仲間たちと語る。
あんな凄い人見た事ない! とんでもないよ彼女は――――!!
両手を広げ、訴えるように彼は熱弁する。それを目を見開きながら聞いている集会所の面々。
「僕はガンナーだけど、あれほど強い人を今まで見た事がない!
みんなガンランサーがどうとか言ってるけど、
あの男の子にだって、一回たりとも当ててないんだ!
いくら砲撃をしても、巻き込んでしまう素振すらなかった!
彼女は竜の身体だけを、恐ろしいほど適確に撃っていくんだ!!」
彼の熱の籠った演説に、次第にざわついていくハンター達。。
酒場の席に座る乙女が、赤面しながら小さくなり、その光景から目を背けようとがんばっていた。
「僕はギルカを貰ったけど、すごく納得したよ!
彼女のHRは、250を超えてるんだよ!!」
「「「 ええーーーーーーーーーーーっっ!!!! 」」」
「そりゃ凄いわけだよ! 強いに決まってる!
いつも普通の武器を使ってたから分からなかったけど、
彼女は文字通り、レベルが違うんだもの! このギルカは僕の宝物だ!!」
ちょ待て! 俺にも見せろ! 僕も! わたしも!!
そんな風に一層ガヤガヤと騒ぎだす集会所の面々。
乙女は引き続き小さくなりながら、ダラダラと冷や汗を流していた。そんな彼女に男の子も寄り添う。
「うおっ、マジだこれ!! 高っ!!」
「ランク解放のギルカなんて初めて見たよ俺!!」
「出撃回数多ッ!
……ってか闘技大会オールSランク!? なにコレ!?!?」
「ソロモンて! いやソロモンて!!」
そろそろ乙女の頭から〈ポーッ!〉と煙が上がり出し、ヤバイ事になってきた。恥ずかしくて死んでしまう。
「……なんかすごい事になっちゃったね、おねぇさん」
「こ、これはちょっとアカンやつかもしれない。
ギルカを渡したは良いものの、完全に予想外の事態だ。
いままでモグラのように生きてきた私だというのに」
乙女は今まで、いつもの3人にくらいしかギルドカードを渡してこなかった。
未だ極端に友人の少ない乙女の事、特に求められなかったというのもあるし、彼女のシャイな性格もそうさせていたのかもしれない。
しかしこの下位、上位クエストを取り扱う場末の集会所において、G級ハンターである彼女の存在はとても珍しい物だ。
本来はなにか特別な用事でもない限り、彼女のようなハンターがここを訪れる事など極めて稀なのだ。
ゆえにここの者達が、G級資格者のギルドカードを見る機会などあろうハズも無い。
このキラキラと装飾された豪華なギルドカードは、彼らにとって特別な物に映る。
乙女も今まで何度かは、お手伝いとしてクエストに協力した事もあるのだが、たまたまその者達の使用しているのが近接武器ばかりだった事もあったのだろう。
彼らは未だ自分が戦う事に精一杯で、乙女の動きや周りを見る余裕など、持ってはいない。
ゆえに乙女の動きを、実力を、彼らが実感する事は今まで無かったのだ。
乙女が同じ近接武器の者達と共に戦う場合、彼らが気持ちよく戦えるようにと極力“サポートする“という姿勢でいたのも大きかったのかもしれない。
そういう立ち回りが出来る、という事自体が、本来この上ない程の“上手さ“であるのだが……。
まぁそんなこんなの事情もあり、今になってようやく明るみに出た、乙女のハンターとしての実力。
今までは良くて変な人、悪けりゃ腐れガンランサーくらいにしか思っていなかった人物が、実は凄腕のG級ハンター。
うんこどころか、自分達の憧れの存在その物だ。
この事実は集会所の者達にとって、非常にセンセーショナルなニュースとなっていたのだ。
「……うん、きょうはぼくら、帰ったほうがいいかも。
まだ早いじかんだけど、しかたないよね」
「あぁ、今日の所は大人しく巣に帰ろう。
明日になれば、いつもの私。
普通の便所コオロギに戻りたい」
モグラじゃなかったの? とそんな事を言いつつも、イソイソと帰り支度を始めていく乙女と男の子。
だが、そうは問屋が卸さない。
「――――ガンサーさん! 俺にもギルカくれよ!!」
「私も! 私もギルカほしいのっ!」
「俺もだ!」
出口へ向かって踏み出そうとした瞬間、ダダダーっと駆け寄ってきた者達により、あっという間に取り囲まれてしまう乙女と男の子。
満面の笑みで乙女に話しかけ、やいのやいのと騒ぎ立てる集会所の面々。
昨日までとは打って変わってのその様子に、ただただ硬直し、冷や汗を流す乙女。
「つかアイツばっかズルいよガンサーさん!
俺も今度、HR2の試験がさ!?」
「おねがいっ、私もてつだって! キリンさんの防具が欲しいのっ。
でもゾウさん(ガムート)の方がもぉ~っと欲しいのっ」
「俺も行きたいクエがさ!? なぁ良いだろガンサーさん!?」
「わたしもっ!! わたしも!!」
ギルカひとつで、こうまで変わるモノなのか――――
もうなんとも言えない気持ちになりつつも、乙女はひとりひとりに丁寧に対応をしていく。
ギルカを手渡し、時に握手に応じたりなんかもして、一生懸命話を聞いていった。
非常にテンパり、硬い表情。でもこれまでずっと孤独に生き、人と関わってくる事が出来なかった彼女が今、とても喜んでいる。
沢山の笑顔に囲まれ、テレ笑いなんかを見せている。
「……えっと、私でよければ、力になるです……わよ」
そんな乙女の姿を見つめる男の子も、すごく嬉しそうな顔だ。
自分のだいすきなおねぇさんが、今ようやく、みんなに受け入れられたのだ。
それをよかったと、心から思う。
けれど、まだ幼い男の子は、
そして人見知りの乙女は、今まで知らなかったのだ――――
ギルドカードを他人に渡すという事の、意味。
なぜ乙女のHRを知っていたあの二人が、それを決して、皆に話さなかったのかを。
…………………
………………………………………………
「すげぇよあのガンサーさん! あっという間にガンキン倒しちまった!」
「俺これガンサーの姉御に作って貰ったんだよ! 良いだろコレ!」
皆の力になり、出来る限り協力をする。その約束を乙女は果たしていった。
「俺この前、火山に連れてって貰ったぜ。
毎回ラングロトラも一人でやってくれてよ?
掘るのに集中出来るようにって、ちゃんと捕獲にしといてくれるんだよ」
「あたしコレ! キリン装備一式っ!! もー助かっちゃった!」
皆が乙女を頼り、乙女は快くそれを引き受ける。
アレを作って貰った、アレ手伝って貰った。今この集会所では、そんな会話が毎日のように聞こえてきた。
「お前この前、手伝って貰ってただろうが!
次は俺の番だっつーの!」
「ガンサーさん、強い防具が欲しいんだ! それさえありゃ、俺も立派にさ?」
「ガンサーの姉御、今日ひま? 私ラギアクルスにね?」
………その今の状況を、男の子は“良くない物“として捉えていた。
特にまだ新人のハンター達に多いが、もう誰も彼もが、乙女の力に頼り切りになってしまっているのだ。
純粋にアドバイスを求めにくる者達もいる。だがそれはごく少数派で、大抵の者達の要求は「〇〇が欲しい」という物。
手伝ってくれ、ではなく、“これを作ってくれ“。そんな恥ずかし気もないお願いをする者ばかり。
皆、まるで「乙女に武具を作って貰ってからじゃないと戦えない」とでも言うような、そんな甘えた気持ちが透けて見えるかのようだった。
「すまないプリティ、今日は彼らとホロロホルルに行かなければいけないんだ。
夕方までには帰るから、一緒にゴハンを食べよう」
乙女は後ろを指さし、出発口の所に居るハンター達に視線を向ける。
ホロロは上のランクに上がる為の必須クエストだという事で、あの3人をまとめて連れていく事となっていた。
「うん、わかった――――。
いってらっしゃい、おねぇさん。 気をつけて」
「あぁ、行ってくる――――。
今日は何が食べたいか、考えておいてくれ」
乙女は優しく微笑む。男の子もそれに、微笑みを返す。
そんな親愛を感じさせるやり取りの後、彼女は新人たちを引き連れてクエスト出発口へと消えていった。
後に残されたのは、ひとり酒場の席に座る、男の子のみ。
「……………」
男の子は視線を落とし、一人この数日間の事を回想する。
今胸にある、この寂しさの原因に、男の子は思いを馳せていった。
……………………
………………………………………………
「ガンサーさん、G級の武器ってどんなスか? いっぺん見せて下さいよ!」
最初は、こんな何気ない言葉だったと思う。
乙女を囲んでの雑談の中で、ハンターの一人が言った一言がきっかけだった。
「おぉ、俺も見たいかも! やっぱスゲェんだろうな~!」
「アタシも見たい見たい!
おねがいガンサーさん! 持ってきてよ!」
いま乙女が担いでいるガンランス、骨銃槍Lv3。
このありふれた武器こそが、今まで彼女の素性がバレなかったひとつの原因でもあった。
男の子との狩りの中で強化していき、自分達の成長に合わせて強くしていこう。そんな想いの籠った大切な銃槍であったが、彼らからして見れば、それはただのつまらないガンランスでしかない。
G級の凄い武器が見たい。そう思ったのは当然の事かもしれない。
「わ、わかった。 じゃあ今から、いくつか取ってくる。
プリティ、すまないが手伝って貰えるだろうか?」
一度家に引き返し、男の子と共に何本かのガンランスをえっちらおっちらと運ぶ。
そして集会所へと再び辿り着き、それを机に並べた時、集会所は歓喜の声に包まれたのだ。
「スゲェ! めっちゃカッコいいじゃん!」
「これ何のモンスの素材?! 見た事ない色してる!! 強そう!!」
そんな風に大盛り上がりしている仲間たちを見つめ、嬉しいやら恥ずかしいやらといった表情の乙女。
自分の制作した、大好きなガンランス。それを見て貰える事、カッコいいと喜んでもらえる事。それは間違いなく彼女にとって、とても大きな喜びであったハズだ。
テレテレと身体をくねらせる乙女を見て、男の子も凄く暖かい気持ちになる。
しかし――――
「――――じゃあ姉御! これ担いでクエ行きましょうよ!!」
……その一言に、乙女は硬直する。
強い武器がある。だからその武器の強さを見てみたい。
これはそんな当然の気持ちから出た言葉なのかもしれない。
けれど……。
「そうだ! お願いしますよガンサーさん!
これでやってる所みせてよ!」
「私もみたい! つか、これ使って手伝って欲しい!
きっとすぐ倒しちゃうんじゃないっ? G級武器だもん!!」
「……い、いや……。しかし……」
それは駄目だと言う事が出来ず、モゴモゴと言いよどむ乙女。
そんな彼女を余所に、盛り上がり続ける集会所の者達。
「お願いしますよ姉御! おねがいっ」
「カッコいいとこ見たいの! お願いガンサーの姉御っ」
イジワルしないで! お願い! ……そんな風に頼み込み、乙女をもてはやす一同。
なにやら気乗りしない様子の乙女だが、そんなのはもう知った事かとばかりに。
褒め、おだて、なんとかその気にさせとうとする仲間たち。
最終的には「ハイ! ハイ! ハイ!」と、何故か手拍子まで繰り出して来た。
「……………わ、わかったよみんな。 ……それじゃあ」
「「「 ワーーーーーーーッ!!!! 」」」
やがてオロオロとしていた乙女は折れ、そして一同は歓喜の声を上げる。
「ありがとう姉御! 姉御さいこうっ!」
「いよっ! G級ガンサー!!」
喜びすぎた一同にメチャクチャにされ、しがみつかれたり抱き着かれたりして白目を剥く乙女。
その時はまだ、男の子も彼らを微笑ましく見つめていた。
しかしなぜ引っ込み思案な乙女が、気弱な彼女が、G級武器で下位クエストに出るのに気乗りしない様子であったのか……。
その理由は、この後すぐに分かった。
「 ………………うぉっ、早ぇ!! 3分かかってねぇじゃん!!!! 」
試しにと何人かの仲間を引き連れ、乙女は渓流の狩場へレイア狩りに来ていた。
そして皆の前に晒される、G級武器の力。
クエスト開始からレイアの元に辿り着き、そして討伐をし終わるまで。その所要時間は手元の時計を見ても3分を切る物だった。
他の誰も手出しをせず、乙女一人の力で、である。
「すげぇ……。つか姉御、これもう2分切れるんじゃないの……?」
「かすりもしないじゃんレイアの攻撃!
もうレイア何も出来てないよ! ずっとバッタンバッタンって!!」
「……こんな強いのかG級武器って……。
俺ら4人でも、いつも15分はかかるだろ!?」
初めて見たG級武器の威力。こんなものを見てしまえば、もうまともに狩ろうなどと考える新人ハンターは稀だ。
一度見てしまえば、後はもうそれを求め続けるのみ。
いくら気弱にやんわりと窘めても、乙女が再び骨銃槍に戻る事を、この者達は決して許さない。
だって“2分“なのだ。
自分達が今まで苦労していたのは、いったい何だったのかという話だ!
なんだって、どいつだって倒せる。
そして何でも作れる!! 作って貰える!!
「姉御さん! 実は俺ディノバルドをさ!?」
「レウスは!? レウスはどうガンサーさん!? あの3頭出てくるヤツ!!!!」
熱に浮かされ、乙女に詰め寄るハンターたち。
大勢に取り囲まれ、もみくちゃにされ、乙女はグルグルと目を回す。とても抗う事など、彼女に出来ようハズもない。
彼らはまだ弱い。弱いからこそ、強くなる事に貪欲だ。
……たとえそれが努力による物ではなく、完全に他力による物だとしても。
そしてそこからは、もう坂道を転げ落ちるようにして――――
………………………………………………
最初の数日こそは男の子も交え、乙女たちはプラス二人という4人PTで手伝いを行っていた。
だけれど、手伝いを希望する者の数が非常に多かった事、またこなさなければならないクエストが尋常な数では無かった事により、次第に男の子を集会所へと残し、乙女ひとりで彼らと出発していくようになった。
行かなければならないのは、一度や二度のクエストではない。
まだ子供である男の子に、この一日に狩場を“何十往復“するような生活はさせられなかった。
ゆえに乙女は一人で赴く。もう二人は、数週間もの間、共に狩場には出ていない。
いつも男の子は、乙女の帰りを酒場で待っていた。たとえ夜になってしまっても。
「……………つか砂漠って暑くね? やってらんないよね」
乙女は今、ひとりセルレギオスと戦っている。
その間キャンプ地にて留まり、ゲラゲラと談笑している新人ハンター達。
「ここから一歩でも出たら、クーラー飲まないと死んじゃうんだって」
「は? 何考えてこんな場所で戦うん? バカなの?」
そして数分後、セルレギオスを狩りを終えた乙女がキャンプ地へと戻り、待っていた仲間たちにそう報告をする。
「おつかれガンサーの姉御!
いま足と腕が作れたトコだから、あと4頭くらいね!」
………………………………………………
「おーw めっちゃ頑張ってるw めっちゃ頑張ってるw」
乙女は今、リオレウスと戦っている。
その姿を高台の上、ボウガンのスコープで眺める新人ハンターの3人。
「覗くのはいいけど、絶対撃つなよ?
ヘイト取ってレウスこっち来たら、死ぬよ俺?」
「バーカ、撃つかよw 弾もったいねぇw」
「2分待ってりゃ終わんだし。撃つ意味あんの?」
やがてその2分が経過し、乙女が仲間たちの元へと引き返して行く。
「ぐっじょぶ!」
「ぐっじょぶw」
「おっけ! あと2頭ね姉御! がんば!」
………………………………………………
「いつになったら手伝ってくれんの?
アイツらだけズルくない?」
乙女は今、ペコペコと頭を下げている。
目の前には腰に手を当て、彼女を睨みつける新人ハンターの姿がある。
「……す、すまない。 この後はナルガに行かなければならないんだ。
以前からずっと、彼らと約束をしていて……」
「何? アタシだけ作って貰えないの? 酷くない?
言ってきたらいーじゃん、今日はあの子のクエ行きますぅ~って。
どうせ2分くらいで終わるんでしょ? いーじゃんアタシが先で」
………………………………………………
「お、これ消散剤じゃん! でも何に使うのこれ?」
乙女は今、ひとりオストガロアと対峙している。
そして安全な崖の上にあるキャンプ地には、暇そうにアイテムボックスを覗く新人ハンター達の姿がある。
「いちおう貰っとこコレw いつか使うかもw」
「つか次俺だかんな? 勝手にクエ貼りやがって……」
「わかってるよぉ。ガロアの素材貰えるんだし、いいじゃん!
あ~、あと何分かしたら私も上位ハンターかぁ~。 感慨深いねまったく♪」
やがて雲に覆われていた空が晴れ、巨大な魔が祓われたかのように、天から光が差しこむ。
「……おっ! 終わったみてぇだぞ!
おっし、降りろ降りろ! 剥ぎ取り行くぞお前ら!」
「姉御おつー♪ つぎ俺がオストガロア貼るね~!」
………………………………………………
朝早くから、時に明け方近くまで――――
何度も何度も、乙女は狩場と集会所を往復する。
あれだけ渇望していた、人との繋がり。 ずっと憧れていたPTでの狩り。
一回3分とかからないクエストを、ただ延々と繰り返す日々。
仲間たちに言われるがまま、ひたすらクエストに出撃していった。
「――――え、なんで? 姉御いま座ってたじゃん。じゃあ暇なんでしょ?」
「……す、すまない。これからプリティと二人でゴハンに行くんだ。
また今度……、で構わないだろうか?」
「えー! なんだよ! どーでもいいじゃんか飯とか!
武器作ってよ俺に! クエてつだって!」
乙女が頭を下げる。ペコペコと申し訳なさそうに謝罪している。
あれだけ渇望していた、“仲間“に対して。
「アイツはいつも姉御といるんでしょ?
いつも手伝ってもらってんでしょ? ズルいよアイツだけ!
クエてつだって!」
もちろん、乙女に頼らずに自らの力で狩りをする、そんな心ある者達も大勢いる。
たとえHRはまだ低くとも、あのチャアクの男や虫棍の女性のように、ハンターとしての矜持を持って戦っている者達も大勢いるのだ。
そんな者達から見て、この甘え切った新人ハンターたちの姿が、どう映るか?
もちろん、言うまでも無く、心底軽蔑している。
もう彼らは烈火の如く、狩人の誇りも倫理も持たないあの者達を毛嫌いしていた。
あんなヤツらに狩人の資格などあるものかと。
自分で狩ってもいないモンスターの武具を、どうしてそう恥ずかしげもなく身につけられる?
何故ただ与えられた物を、乞食のように喜べる?
ヤツらはハンターなどではない、“寄生虫“だ。何の誇りも持たず、戦おうとする意志すら持たない者達。
それなのに何故ハンターなんぞをやろうと思ったのか……、自分達には心底理解に苦しむのだ。
こんな奴らが同じ狩場に来ると思うだけで、寒気がする。居るだけで際限なく周りに迷惑をかけ続ける、まさに“地雷“とも言うべき存在だ。
もう話す事も、関わる事すらしたくない。害悪その物の連中だと。
そして彼らの目からみて、今またその“寄生虫“にゴネられている様子の乙女は、いったいどう映っているか?
――――言うまでも無い、“軽蔑“だ。
彼らは、腐った新人たちを甘やかす存在である乙女の事もまた、烈火の如く嫌悪していた。
余計な事をしやがって、くそガンランサーが……。
もう二度とあんなヤツとは関わらない。
無理やり手を引かれ、クエスト出発口へと引きずられていく乙女の姿を、彼らが憎悪を込めた瞳で見つめていた。
……………………
………………………………………………
「だいじょうぶ、おねぇさん? つらくはない?」
夜の街を、二人で歩く。
今日は4日ぶりに夕食を共にし、乙女と男の子は今、手を繋いで帰路についていた。
「おねぇさん、すごくつかれてる。
笑ってたよ? たくさんぼくに笑ってくれたけれど……元気なかったもん」
俯きがちに、そして乙女の手をギュっと握りしめる男の子。
……男の子は今日、こんな話を聞いた。
集会所に男の子が居るとは思わなかったのか、あるハンター達がこんな事を話しているのが聞こえてきた。
『ガンサーの人って、チョロいよな。 お願いすりゃ何でもしてくれそう』
男の子が振り向いた時には、彼らはもう歩き去った後だった。
でもあの時の後味の悪い気持ちを、今も憶えている。
もしかしたら、タガが外れてしまったのかもしれないと思う。
この集会所のリーダー格だった、チャアクと虫棍の二人。
彼らが居なくなってしまった事による寂しさ、空虚さ。緩んでしまった秩序。
そして何より、“もうあの二人に頼れない“というこれからへの不安が、降って沸いたように出てきた乙女ひとりの肩に、全てのしかかってしまったのかもしれない。
心配だった、乙女の事が。
日に日にやつれていく、彼女の表情を見て。
その優しさが、いつか擦り潰されてしまうのではないかと、そう感じていた。
「……はは、ごめんよプリティ。
確かに私は今、少し疲れている……、のかもしれない」
本当は「大丈夫さ」と、言いたかった。心配させない為、カラ元気を振り絞っておどけようかとも思った。
でも乙女は、男の子に嘘なんてつけない。
この暖かく、愛すべき子に向かって、偽りなんて口に出来ない。
なにより私などでは、君を欺く事なんて出来ない。この綺麗でまっすぐな目に、嘘をつき通す事は出来ない。
乙女は男の子への親愛と共に、心からそう思う。
「でも、嬉しい気持ちもあるんだ。
誰かから頼られる、手を貸して欲しいと言われる事は、
今までの私には無かった事だから」
力の無い笑顔。でもこの上なく優しい顔で、乙女は微笑みかける。
「知らなかったんだ。
“ありがとう“って言われるのが、こんなにも嬉しい事だなんて。
誰かに頼られるのが嬉しいだなんて、今まで知らなかったんだ。
だから……、大丈夫な気がしている」
「えへへ」とハニカミながら、乙女が手を握り返す。そして元気よくブンブン振って、行進のように元気に歩きだす。
「“弱い“気持ちは、分かる気がするんだ。私にも――――」
男の子がキョトンとした顔で乙女を見つめた。
それに対し、少し困ったような顔をしながら、乙女が言葉を紡いでいく。
「怖い気持ちも、臆病さも……。
楽をしたい、少しだけズルをしたいっていう気持ちも、私には少し分かる。
決して良い事じゃ、無いかもしれないけれど……でも分かる気はするんだ」
「だから、せめて最初くらいは、彼らに安心の出来る強さを――――
戦う事を怖がらないで済むくらいの武具を……、作ってあげたかった」
「きっとこの先、怖い想いを沢山する。
心がすり潰されるような想いも、投げ出したくなるような絶望も、
たくさん経験する」
「……その時彼らが、どんな風にするのかは分からない。
けれど、最初の一歩目だけは……、
“自分はやれるんだ“っていう、そんな楽しさで、踏み出して貰いたい」
でももうちょっと時間が欲しいかな? プリティと会えないのは、やっぱり嫌だ。
そんな風に、悪戯めいた顔で笑う乙女。
「だから、“ひとり一回“にするよ。
骨銃槍でならいくらでも付き合うけれど、
G級武器で手伝うのは、ここぞという一回だけだって。
……怒られるかも、しれないけれど。
イジワルだって、みんなに嫌われてしまうかもしれないけれど……。
でも明日、勇気を出して、言ってみる」
これ以上は、為にならない――――
乙女にだって、そんな事くらい充分にわかっているのだ。
楽をしてしまう事の怖さも、そして力が育たなかったハンターが、狩場でいったいどうなるのかも。
だから怖いけど、明日言おう――――
男の子の手を握り、彼女はそう決意を固める。
「うん、それがいいとおもう。
ぼくもおねぇさんと狩りにいけないのは、いやだ」
「ふふっ、私もだプリティ。 これからは毎日プリティといるぞ。
私は君のパートナーなんだ。 決して離すものか」
そう言い、二人は久しぶりに、心から笑い合う事が出来たのだった――――
……………………
………………………………………………
『 ちょっとガンサーさん!? アレすごい迷惑なんだけど!! 』
その女性ハンターたちが乙女の家へと怒鳴り込んで来たのは、あれから数日が経った日の事だった。
あの日の翌日、朝から乙女は勇気を振り絞り、集会所の皆に対して「もうG級武器での手伝いはしない」と宣言をした。
男の子が傍で見守る中、ビクビクしながらも、必死に大きな声で。
それを聞いた集会所の者達は一瞬ポカンとした後、もう一斉に嵐のような抗議をおこなった。
突然手伝ってくれなくなった乙女に対し、「じゃあこれからどうすんだよ!?」など、思い思いの罵詈雑言を浴びせていった。
……いつも弱気で押しに弱い乙女だが、この時だけはどれだけ怒鳴られようが、また口汚く罵られようが、意見を曲げなかった。
根気よく理由を説明していき、そして皆と同じ下位武器である骨銃槍であれはいつでも手伝うとは説得したものの、一度味をしめた者達にとって、そんな物はなんの慰めにもならない。まったく意味のない事だ。
「自分さえ良けりゃいいのか!? 俺らの事はどうでもいいのかよ!?」
「やっぱガンサーって自己中じゃん!」
やがてどれだけ詰め寄っても意見を変えない乙女を見限り、それぞれが思い思いの捨て台詞を吐き、一人また一人とその場から去って行った。
…………あれから数日、この集会所で乙女に話しかけて来る者、また寄ってくる者の姿は皆無となっている。
まるでサッと波が引くように、あれだけ詰め寄ってきていた人々は、乙女の周りから完全に消え去った。
それを心底悲しみはすれど、どこか達観した気持ちで「これでいいんだ」と、そう思っていたのだけれど……。
だが今目の前で憤慨しているこの女性ハンター達は、それとはまったく別の要件で、乙女の元へやって来たように思えた。
「いったいどうゆうつもりよ!? アタシ達に恨みでもあんの!?」
「…………お、落ち着いてくれ。
どうしたんだみんな……? 私は、何か君たちに」
「 とぼけないでよッッ!!!! 」
オロオロと狼狽えつつも話を聞こうとする乙女を、女性ハンターの一人が怒鳴りつけた。
『
貴方がアイツらにガンス作ったんでしょ!? 責任取りなさいよ!! 』
乙女の手からコップが落ち、砕け散る音が辺りに響いた。
……………………
………………………………………………
乙女にクエストを手伝って貰った者の中には、退屈凌ぎに竜と戦う彼女の姿を観戦していた者達もいた。
大概の者はキャンプ地で待機をしたり、採取をしたり、仲間と談笑していたりと、思い思いの行動を取っていたのだが……それでも乙女がガンランスを操る姿を目撃していた者達はいたのだ。
「……すっげ。……なんだアレ」
かすりもしない竜の攻撃。
斬撃と砲撃を交えた、華麗なコンビネーション。
そして随所随所で放たれる狩り技に、ド迫力の竜撃砲。
「あの武器……実はめっちゃ強いんじゃねぇの?」
知識のない新人には、乙女の動きの理屈は分からない。何をやっているから凄いのかなど、理解が及ばない。
ただ、“上辺だけを“。
彼女の操るガンランス、そのカッコよさだけを見て、しめしめとばかりに頷いた。
「そっか……、アイツに手伝わせて、
その強さを、表面だけを見て、そう考える者達がいた事は、至極当然の事だった。
…………………
「なんスか姉御? クエ手伝ってくれる気になったんスか?」
息を切らせて、乙女は彼らのもとに向かった。
そこにはそれぞれがガンランスを担ぐ、かつて自分がクエストに協力した新人たちの姿があった。
「君たち……、ガンランスを作ったのか……?」
「あぁコレ? 姉御に手伝って貰ったクエの素材で作ったんですよ。
良いでしょこのガンス? 姉貴のと違って“拡散型“のヤツですよ」
ディノバルド……これはディノの素材のガンランスだ。
確かに乙女は「防具が作りたい」と言われ、彼らのねだるディノのクエストを7回も8回も手伝った憶えがある。
恐らく彼らは、その素材でガンランスも制作したのだろう。皆が同じガンスを担いでいるのだ。
「拡散型……を……?」
「そっすよ? やっぱ通常型撃ってても楽しくないじゃないスか?
ガンス握るなら、やっぱボンボン鳴る拡散じゃないと」
そしてこのディノバルドのガンランスは、拡散砲撃型。
その砲撃の炎は文字通り広範囲に拡散し、たとえ共にいる仲間が竜の身体ごしにいようとも、容易く吹き飛ばしてしまうほどの危険性を持つ。
PTプレイで握るのはご法度、とも言える程、ガンランスの名を“最低の武器だ“と地に落としている、最大の原因。
PTプレイで握れば、たちまち味方を吹き飛ばす。どれだけ気をつけて撃とうが、それはもう避ける事が出来ない。
それが彼らの今握る、拡散型のガンランスであった。
乙女は必死にその危険性を説き、彼らに砲撃を自重するよう窘める。
「なんでスか、ガンスは撃ってナンボじゃないスか。
撃たないでガンス握る意味あるんスか」
「パーティアタックなんて、お互い様でしょ。
なんで俺らだけ、責められなきゃなんないんですか」
しかし彼らは、聞く耳を持たない。
それぞれが好きに戦ったらいいじゃないか。何故口出しをされねばならないのか。
そう主張して譲らない。
「戦えなく……なるんだ。
ガンランスのせいで……、みんなまともに戦えなくなる……。
モンスターに近寄れない……、何もする事が出来なくなる……」
「そんなの俺らが撃ってないトコ斬ればいいっしょ?
なんでそこまで気ぃ使わされなきゃなんないの?」
「せめて……っ! せめて自重をして欲しいんだっ!
砲撃は確かに必要だ……だがガンスの本分は、あくまで斬撃なんだ!
PTでは斬撃をメインに……、そういう意識の立ち回りを……っ」
「だからぁ、なんでガンス握ってんのに撃っちゃダメなんスか。意味ないでしょ?
ガンスで斬撃なんかして何が面白いんすか? 撃ってこそでしょ」
彼らはガンランスを握り始めたその日から、斬撃を一切使う事なく、狩場で砲撃をし続けた。
ボクシングを始めた者がランニングではなく、やたらとスパーリングをしたがるように。
サッカーを齧った者が、ボレーやオーバーヘッドばかりを練習したがるように。
基礎や他の技術の重要性など、彼らには少しも理解出来ない。
“ガンランスといえば砲撃“
そう言って譲らない。 いや、それしかしたくないのだ。彼らは。
「えらそうな事言ってますけど、アンタだっていつも撃ってるじゃんスか?
なんで俺らだけ止められんスか。おかしいでしょ」
「そーそー。撃たなきゃ上手くなんないでしょ。
バンバン撃ってバンバン練習しないと」
「そりゃ味方ぶっ飛ばしちゃった時は、悪いな~とか思いますよ?
でも仕方ないじゃないですか。撃ってナンボなんだし」
「でもよ? 人が吹っ飛んでゴロゴロ~って転がってくの、
正直なんか面白くね?」
「あー、それなw
まぁ実はワザと飛ばしてる時あるw ムカつく奴に『ザマァ』って言ってw」
「HR3とか言っても、俺より弱いじゃん。ぶっ飛んでんじゃん。とかねw」
目の前が、真っ暗になる――――
視界は失われ、思わず地面に倒れそうになる。
聴覚だけは、律儀に目の前の男たちの声をひろっている。
彼らがゲラゲラと笑っている声が、頭に響いてくる――――
「………………ダメだ」
「あぁ? なんスか?」
「……人を撃っては……、ダメだ。
撃っちゃ……ダメなんだ……」
縋りつくような声で、乙女は語り掛ける。
お願い、やめてと、必死に声を振り絞る。
「 ガンランスは――――人を撃つ為の物じゃないッ!!!! 」
絶叫――――それは絶叫だった。
乙女にとってその言葉は、あらんかぎりの想いを込め、振り絞るように出した言葉だったのだ。
「…………………………は? 何言ってんのこの人?」
「何マジになってんのコイツ? キモ」
「やっぱ変人じゃん」
「あぶないよコイツ」
涙が、零れた。
無垢な、縋りつくような表情のまま、涙だけがすっと零れていった。
乙女はここから、動かない。
動けないまま、彼らが立ち去って行く足音を、聞いた――――
……………………
………………………………………………
「ねぇ、ちゃんと話してきたの? ちゃんとアイツら止めたの?」
やがて長い時間をかけ、ようやく乙女の意識がこの場に戻った頃……。
あの時詰め寄ってきた女性ハンター達の一人が、声を掛けてきた。
「いい迷惑よまったく。
アイツらのせいで、どんだけ被害被ったと思ってるの?
集会所に来るの止めちゃった子もいるんだよ? アンタ責任とれんの?」
乙女にはもう視線を返す力すら無い。その瞳は、だまって虚空を見つめているのみ。
「……あとね? みんなとも相談したんだけどさ?
やっぱアンタに、あの坊やを預ける事は出来ない。
――――もう関わらないでくれる?」
なのに、ドクンと身体が跳ねた――――
まるで時計の秒針のように、ゆっくりゆっくり、彼女に視線を向けた。
もう表情すら動かせない。たった今聞いた言葉を、理解する事が出来ない。
「知ってるよ? “養殖“してたんでしょアンタ?
新人の連中に、アンタの力だけで武具作ってあげてた。ランク上げしてた」
「技術も知識も無い連中に、
戦わせないで道具だけ作ったり、HRだけ上げたり……。
なんのつもりだったのかは知らない。でも何の意味もないわソレ。
立派な武具だけを持った、やる気ゼロの無能ハンター共が、
たくさん私たちの狩場に送り込まれて来るってだけ。
迷惑以外の、何物でもないわ。……狩場を何だと思ってんのよ」
「そんな行為をするような人に、坊やは預けられないの。
……坊やだって、どうされるか分かったモンじゃない。
だってアンタには、まともに人を育てようって気が無いんだから。
ね、当然の事でしょ?」
ハンターの女性が、踵を返して歩いて行く。
まるで乙女の無垢な顔に、その瞳から流れる涙に耐えられないと言うように、早足に去って行く。
「――――言ったわよ? “関わるな“って。
もうあの子と話す必要は無い。最後のお別れも、説明だっていらない。
あの子はこれから、アタシ達とやってくの。
あの子を想うなら、潔く消えて。
それが何よりあの子の為よ、
……………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
「あ、坊やおはよう!!
さぁこっち座ってっ、今日はお姉さん達とクエストいこっか♪」
「……あぁ、ガンサーの人?
えっとね……あの人、今日からしばらく、ここを離れるんだってさ?
アタシ達、坊やの事をよろしくねって、彼女に頼まれてたのよ♪」
「彼女G級だから、きっとギルドの偉い人達に仕事を頼まれちゃったのよ♪
……ん? ナルガ行くって約束してたの? だったらアタシ達と行こうよ!」
「しばらくは寂しいかもしれないけれど、我慢して頂戴ね?
その代わり、あたし達みんなでお手伝いしてあげるから♪
さ! もうなんだって付き合ってあげる! ご飯もいっしょに食べよ!」
「そーそー! 久しぶりに坊やの笛ききたいのっ。
坊やはいつもあの人と一緒だったでしょ? お姉ちゃん達もう寂しくって!
やーっと坊やとクエスト行けるって楽しみにしてたんだからっ、おねがいっ」
「さークエ貼ったよっ! 参加参加っ!!
あたし実はぁ~、キークエスト知ってるんだぁ~♪
も~ね? す~ぐ坊やをHR3にしてあげちゃうからっ。いこいこ♪」
………………………………………………
「……なぁ、なんか最近つまんなくね?」
「おぉ……。イマイチ狩りに乗り気しねぇんだよな。
……ガンス合ってねぇのかな俺?」
「いや、そりゃ合ってないでしょw
俺らのガンスじゃ、4人で行ってもガルルガ倒せなかったじゃんw」
「お前っ! それは散々おめぇらが! 俺を吹き飛ばしてっから!」
「お互い様だろ。俺も何回お前に飛ばされたか。
マジもうガルルガどころじゃねー。マジお前らがジャマ」
「……あのガンサー、昨日から姿見えねーし。
アイツいねぇと何も作れねぇってのに……。マジどうしろってんだよ……」
「つかガンスなんか作んじゃなかった。素材もったいなかった」
「重てぇわ、使いづれぇわ、クソ弱ぇわ。……騙された!
そんで自分で作ったモンでもねぇから、全然愛着も湧かねぇのw
次アイツが来たら『ガンス辞めてやる代わりに武器作れ』
って言おうと思ってたもん俺w」
「あ、それ俺も考えてた。
……つかよ? あーあ! ハンターつまんねぇぇーーーーっ!!!!
こんなにもつまんなかったかね? モンスターハンターってのは……」
「自分で戦いもしねぇで、おもしれぇワケねぇだろw
寄生だけでG級目指す気だったの? どんな楽しさだよオイw」
「貰いモンの装備ばっかで、全然ありがたみもねぇしな。
……つかもうこのガンス、売っちまわね?
ほんで防具もアイテムも全部売り飛ばせば、しばらく食いつなげるっしょ?」
「ハンター辞めても、しばらくはもつ……か。
いいよ……。なんかもう、ダルい……」
「そもそも、もう俺らとクエ行くヤツいねぇしなw 嫌われ放題w
あー! ガンスなんか使うんじゃなかったぁ~っ!
人生損したよなっ! あのクソガンランサーのせいでっ!!」
………………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
乙女が姿を見せなくなってから、はや数日。
集会所は平穏を取り戻し、……いや以前より、少しだけ気だるげな空気が漂っていた。
料理をただ摘まむ者、気だるそうに談笑する者、酒を飲むばかりの者。
それはまるで、火が消えてしまったような空気。誰もがクエストに行く意欲を失い、ただ惰性のようにここへ集まっていた。
そして男の子は今、ひとり席に着いている。
あの女性ハンター達からクエストに誘われていたものの、ソロで練習をしてみたいと言って断ってしまった。
女性ハンター達は大変に渋ったが、男の子の笑顔をみて「練習熱心な子だ」と感心。またご飯を一緒に食べようと約束した後、皆で狩りへと出かけていった。
「……………」
嘘だった。男の子は自分が記憶している限り、ほんとうに久しぶりに嘘をついたと思う。
ソロで練習をしたいなどという、嘘。
そんなつまらない事をしたのも、少しでもこの集会所に、居たいからだった。
「……………おねぇさん……」
男の子の呟きが、集会所の雑音にまぎれて消える。
乙女の事を想い、俯く男の子。
突然居なくなってしまった、暖かい人。
何も言わないまま自分の前から消えてしまった人を、男の子はここで待ち続けていた。
彼女が帰ってきた時に、すぐ、一番に会えるようにと。
『――――ごめんあそばせ!』
そんな気だるい雰囲気を、扉をブチ破るかのような轟音が切り裂く。
突然の来訪者に皆は目を見開くも、ツカツカと集会所に入ってきたその女性は、気にする様子もないまま、一直線に受付へと向かった。
フワフワした青いドレス。
物語のお姫様のようにロールしたブロンド。
そしてキッと吊り上がった、意志の強そうな瞳――――
まるで対極にあるハズなのに、男の子は何故か、乙女の事が思い浮かんだ。
「貴方、今すぐ“ソフィー“をここに出しなさいな。
ここに居るのは分かっているの。隠し立ては無用です」
開口一番、そのお嬢様は受付嬢へと告げる。
その姿に唖然としている、集会所の面々。
「ソフィー。……あら分からない?
貴方達が隠しているガンランサーの事です!!
今すぐここに出して寄越しなさいっ!!!!」
集会所に衝撃が走る。男の子は目を見開いて、お嬢様にくぎ付けとなる。
だって、ソフィーという名前に聞き覚えは無くとも、“ガンサーの女性“なんて、ここには一人しかいない!
「貴方達、よ~くもこんな大層な事をしでかしてくれましたわね?
ウチの大切なG級ハンターを引き抜ぬくだなんて……、
自分達が何をしたのか、分かっていますの!?
私はギルドの使い、彼女と同じG級の“プリシラ“と申す者。
貴方達ッ、相応の処罰がある事を覚悟しておきなさいッッ!!
こんな場末の薄汚い集会所……今すぐ取り潰してあげてもよろしくってよ!?」
受付嬢は、もうアワアワと混乱するばかり。そしてそんな事は知った事かと一方的に喚き散らすプリシラ。
「さぁ! 今すぐソフィーをお出しなさい!!
本来はもう、このような事をしている場合ではないのです!
さっさとなさいッッ!!!!」
「ちょっと待って下さいっ!
ウチの集会所に“ソフィー“という名の方はいらっしゃいません!
ガンランスの女性といえば、あのソロモンさんくらいしか……」
「ソロモン……? あぁ、そのソロモンです!!
そういえばあの子、偽名を使っているとの報告がございましたわ!」
「その……ソロモンさんですが、今日はお越しになっていません。
というか、ここ数日ばかり、この集会所には……」
「貴方ふざけてますのっ!?!?
いいから即刻ソフィーをお出しなさい!! “この国の危機“なのですよっ!?」
このプリシラが来てからという物、集会所の面々は驚愕しぱなっしだ。
しかし、それでも彼女の良く通る声で放たれた「この国の危機」という言葉。
突然飛び出した意味の分からない言葉に、男の子は言葉を失ってしまう。
「ミラがっ、祖龍ミラボレアスが出現したのです!!
かの龍に立ち向かえるのは、ソフィーただ一人!
国民も、貴方達も、残らず死ぬやもしれないのですよ!?」
………………………………………………
プリシラは、ギルドから使者として送られてきたG級ハンターだ。
その目的は祖龍ミラボレアスの脅威から世界を守るべく、唯一の対抗手段であり、また最後の希望であるガンランサー、乙女を連れ戻す事にあるという。
今から一年ほど前、乙女は自身の所属する団体から科せられた全てのクエストを達成後、突然空に浮かぶ龍識船の上から〈ピョーン!〉と飛び降り、そのまま行方不明となっていたのだという。
彼女の事だから「まぁ死にはすまい」とは思われていたが、ようやく最近になって彼女の居場所を突き止め、そしてプリシラが迎えに来たのだという。
もちろん以前から彼女を探していた……とは、実は言い難い。
律儀にやる事を全て終えてから、責任を果たしたとばかりに彼女が逃げ出した後、捜索は特に積極的には行われていなかった。
居なくなるなら、それでいい。ガンランサーなど、その程度の認識であったのだ。
しかしごく最近になって、この国の近隣に、祖龍ミラボレアス襲来の情報が入る。
団体とギルドは急ぎ乙女を捜索。そして今日ようやくここへやって来たのだという。
この集会所の者達が、彼女を連れ去ったのだ――――
彼女のG級ハンターとしての力欲しさに彼女を匿い、世界の危機などお構いなしに、我々から隠そうとしている。
そんな濡れ衣と権力を盾に、乙女の強引な引き渡しを迫っていたのだ。
「対抗しうる可能性のあった狩人は、もう全て死にました。
残すはG級ハンターであり、我が国最高のガンランサーであるソフィーのみ。
彼女が祖龍と戦わない……、それはイコール、国の滅亡を意味します」
「かの龍は今も、あの古塔で待っている。
まるで狩人が来る事を待ち続けているかの如く、じっとそこに留まっています。
しかし挑む者が居ないと分かれば、かの龍は躊躇なくこの国を襲うでしょう。
一度そうなってしまったなら……もう我々に、成す術などありません」
その説明に、空気が凍り付く――――
そして一瞬遅れ、まるで爆発したかのような混乱が集会所を包んだ。
「さぁ! 今すぐソフィーをお出しなさい!
それともこの集会所のハンター総出で、祖龍に挑んでみますか!?
貴方がた……、腕に自信はおありなのでしょうね?
これはまさに国家存亡の危機! 拒否権などございません事よ!!」
喚き散らす者、泣き叫ぶ者、そしてこの場から駆け出していく者。その反応は様々だった。
腰を抜かしてへたり込んでしまう受付嬢の姿を見て、男の子が傍に駆け寄り、その肩を支える。
「……あぁ……あぁぁ……ッ」
ガタガタと震え、焦点の合わない瞳で涙を流す受付嬢。
しかしボソッと彼女が呟いた一言に、男の子が目を見開く。
「……私の……せいよ……。
私が彼女を…………『ここから追い出そう』なんて、言ったから……ッ」
その言葉を理解するのに、男の子は長い時間を要した。
今も嗚咽を漏らして、ただただへたり込む彼女。その腕を掴み、プリシラが無理やり彼女を立たせる。
「 今なんと言ったのッ! 知っている事を全て話しなさいッッ!!!! 」
腰から小刀を抜き、彼女の首筋に突きつけるプリシラ。
やがて受付嬢は慟哭しながらも、ポツポツと語り出す。
「……私が集会所の女性たちに、ソフィーさんのしていた事を話したんです。
そして、この子を預けておくのは望ましくない、と彼女達を説得しました」
「 !?!? 」
驚愕に目を見開くプリシラと男の子。
彼女達の目を見られず、顔を伏せる受付嬢。
「あのガンサー組だけの事ではなく……、
ソフィーさんに手を借りていた多くの新人達による迷惑行為は、
こちらから見ても大変目に余る物でした……。
だから、彼らを手助けしたソフィーさんに全ての責任を取らせ、
この子を彼女から取り上げ、集会所から追放してしまおうと……。
そうする事で、寄生行為ばかり行う新人達の“拠り所“を無くせると……」
「……あっ、貴方はッッ!!!!」
プリシラが投げ捨てるようにして彼女の腕を放す。受付嬢は再び床にへたり込み、ただただ嗚咽を漏らし続ける。
私はなんて事を。私のせいでみんな死ぬ。私も殺されてしまう――――
それは乙女への謝罪からではなく、ただただ“自分のせいだ“という罪の意識。
そして悲劇的な状況にいる自身への哀れみ、死の恐怖によってのみで流している涙だった。
男の子はその姿に、何かとても黒い感情が胸の中に湧き、そして直視したくない程の醜悪さを感じる。
「一刻も早くソフィーを見つけ出しなさいッ!!
彼女はまだこの街のどこかに居るハズ!
この場の全員で、草の根を分けてでも探し出すのです!!!!」
プリシラの号令と共に、一斉にこの場から駆け出していく一同。
この場に残る者達も、何か手掛かりを探すようにそこら中を引っかき回し始める。
「おいアイツの家はどこだ!? どこに住んでやがる!!」
「確か川のすぐ近くだった! ……でもそこも追い出しちまったんだろう!?
街ぐるみで圧力かけて、家から出て行かせたって聞いたぞ!!」
「最近見たヤツはいねぇのか!? 加工屋のオヤジはどうだ!?」
「とにかく市民でも商人達でもいい!
片っ端から訊いてこい!! さっさとしろ!!」
狂乱――――まさにそんな光景だった。
この場の誰もが目を血走らせ、イスやテーブルをなぎ倒し、「探し出せ」と声を荒げている。
そうせねば俺達は死ぬ。アイツを差し出さなきゃ自分達は殺される。ミラボレアスという龍と戦わされ、全員喰い殺されてしまうと。
乙女に貰った武具を身につけた者達が、「ヤツをギルドに差し出せ」と喚き散らしている。
ふと男の子が視線を動かせば、そこには大勢のハンターたちに取り囲まれ、泣き喚きながら許しを請うている受付嬢の姿。
罵倒され、罵られ、今にも引きずり回されんばかりに皆から責められいる。
「全部テメェのせいだ!! テメェのせいで俺らは!!」
「死ねッ! お前ひとりで死ねッ!! 今すぐ死んでこいッ!!」
その光景を、男の子が見つめる。
身動きも出来ず、ただ目を見開き、立ち尽くしたままで。
……何も考える事が出来ない。
この状況を受け止める事も、理解する事も。
ただただ眼前の、醜悪な光景を、男の子は見つめ続ける―――
…………………………
「 見つけた! 見つけたぞ!! 」
やがて、息を切らせたひとりの男が、集会所へと駆けこんで来た。
汗水をたらし、しかし心底安心したような満面の笑みを浮かべ、大声でそう報告する。
「オラ歩けッ!! さっさとしねぇかッ!!!!」
やがて集会所の入り口に、縄で繋がれ、身動きを封じられた乙女の姿が現れる。
髪は乱れ、白いドレスは汚れ、身体の至る所にある擦り傷。
そして力なく項垂れたその顔には、おびただしい暴力の痕。
綺麗な桜色だった唇からは、血を流しているのが分かった。
「おいテメェ! どこに隠れてやがった!!!!」
「俺達を殺す気かッ!!!!」
背中を突き飛ばされ、床に倒れ込む乙女。そこにハンターたちが一斉に群がった。
取り囲み、怒声を浴びせながら乙女を蹴りつける。
顔に、腕に、腹に、次々に暴行を加えていく集会所の者達。重い打撃音が次々に鳴った。
「――――何をしているッ!! お止めなさいッッ!!!!」
その集団に向かい、プリシラが突進していく。
片っ端から殴り、蹴り飛ばし、顔面を吹き飛ばして全員を床に沈める。
殴り倒された者達は呻き声すら上げておらず、残らず失神していた。
その光景に、一瞬にして静まりかえる集会所。
「…………フン。間違いありません、ソフィーです」
やがて乙女を仰向けに寝かせたプリシラが、その顔が“ソフィー“に間違いがない事を確認し終える。
「もうここに用はありません。
行きますわよお前達。ソフィーを馬車に運びなさい」
即座にプリシラのお付きの者達が駆け寄り、乙女を床から引き上げる。
両の腕を持ち上げられ、まるで磔にされているような態勢で、力なく項垂れる乙女。
身体のどこにも力が入っておらず、その姿は人形か、死人のように思えた。
「……
誰かがボソリと呟く。
薄汚れ、ボロボロの姿で引きずられていく乙女の姿を見て、誰からともなくザワザワと言い始める。
「アイツG級だろ? 行って当然だろ」
「ここに逃げ込んでたんだろ? 手間かけさせやがって」
「ガンサーだもん。しょうがないよ」
「こっちはいい迷惑よ、まったく。なんだってのよ……」
これでよかった。俺達は正しい。
そう同意を求め合うように、集会所の者達がざわめいている。
「……ゴミ溜めですわ、ここは」
誰に言うでもなく呟いた後、プリシラは集会所の者達に向かって告げる。
「お騒がせ致しましたわ皆さんっ!
貴方がたとは、もう二度とっ! 会う事は御座いませんでしょ~うっ!
それでは皆さま方っ、ど~ぞ良きハンターライフをっ♪♪♪」
ニコッと花のように笑い、プリシラが上品に一礼する。
そして用は済んだとばかりに踵を返し、この場から立ち去ろうと踏み出そうとした、その時。
「――――」
ふいにクイッと裾を引っ張られ、何事かと目線を下げるプリシラ。
「…………」
足元に目をやってみれば、そこに立つのは狩猟笛を背負った、幼い男の子。
「……………おっ……」
感情のない無垢な顔。めいっぱい見開いた瞳。
そして今、両の頬を伝い、床に落ちた涙。
「おねぇさん、を…………かえし、て………」
怖い――――と、そう感じてしまう程の、純粋無垢な瞳。
怪訝な顔で目線を合わせたプリシラが、その顔を一瞬で硬直させる。
「かえし、て……。おねぇさん、を。
……ぼくの、あいぼう……なの。
……ぼくの……だいじな、仲間なん、だよ……?」
凍り付き、静まり返る集会所。
やがて一人の女性ハンターが男の子に駆け寄り、身体を持ち上げようと、しがみつこうとした。
しかし……。
「――――――さわるなぁーッッ!!」
切り裂くような声を上げ、男の子がその者を弾き飛ばす。
信じられないような強い力で。
「さわるなッ! おまえたちなんかに! ふれられたくないッ!!」
床に倒れ込み、驚愕する女性ハンター。
そしてそれは、集会所の者達も同じ。
「なにがハンターなの!? その武器はなんなの!?
そんなもの、いったい何のために担いでるの!?
――――だれも守れない! たたかいもしない!
みんなでそれを、だれかに押し付ける!
ほんとのハンターなんて、ここにはひとりもいないッ!!」
激昂――――
「おねぇさんを返してッ!!
おねぇさんが居なくなるなら、ぼくもう、狩りなんてしない!!
おねぇさんを取っていく狩りなんか、だいきらいだ!!
――――――ハンターなんかッ、だいきらいだッッ!!!!」
天を見上げ、男の子が泣く――――
そして背負っていた狩猟笛を、決別するように床に叩きつた。
こんな物に、意味なんて無い。
無力で、誰も守れない、何の意味もない物なのだと。
胸を引き裂くような慟哭の声が、集会所に響いた。
「……てめぇッ! クソガキッッ!!!!」
一人の男性ハンターが駆け寄り、男の子に拳を振り上げる。
もう一時たりともこの泣き声を聞きたくない。
心が潰れる。黙らせたい。そんな衝動がさせたのだろう。
殴られる。その場の全ての者がそう思った。
今天井を見上げて泣き続けているあの子は、次の瞬間、壁に叩きつけられてしまうと。
しかし。
「ッぐぅべっっ――――――」
…………分からない。この場の誰にも、その動きが見えず、何が起きたのか理解が出来なかった。
しかし今彼らの前には、轟音を伴ってテーブルをなぎ倒し、吹き飛んでいった男の姿。
そして男の子の前に悠然と立つ、“乙女“の姿があった。
………………………………………………
「―――――」
息を吞む――――とは、こういう事をいうのか。
その場にいる全員が、ただ一言も言葉を発する事無く、その光景に見入っている。
それほど壮言な、犯しがたい光景だったのかもしれない。
「……おねぇ……さん?」
満身創痍の身体、ボロボロになったドレス、血の滲んでいる顔。
それでもなお、彼女は美しかった――――
男の子を見つめる瞳には、親愛。
そして触れるのも躊躇わせるような、この上ない“真剣さ“が宿る。
「おねぇ、さん……」
瞳から、ポロポロと涙が零れる。しかしそんな事も気にせず、男の子はただ乙女を見つめ続ける。
――――言葉が出ない。
何かを言おうとしても、口を動かす事が出来ない。
まるで不思議な何かに囚われてしまったかのように、男の子は、動く事が出来なかった。
「――――」
やがて乙女が、男の子から視線を切る。そして集会所の者達の方へと向き直り、スタスタと歩いて来た。
「……ヒッ!!」
「ヒィッッ!!!!」
思わず後ずさる一同。
触れる事の出来ぬ壮言さを纏い、乙女がまっすぐこちらへと歩いてくる。
絶対的な空気、重圧を伴うほどのカリスマ。
弱者としての本能が恐怖を感じ、海が割れるようにして集団が割れる。乙女の為の道を作る。
――――殺される。
この場の全員が、そう直観する。
しかし乙女はただ集団を通り過ぎ、床に落ちたままの“狩猟笛“を拾い上げる。
そしてそのまま踵を返し、男の子の前へと戻って行く。
弱者たちの群れは、その姿を見ている事しか出来ない。
「……えっ」
ポスッと、手渡される狩猟笛。
男の子はキョトンとした顔で、思わずという風にそれを受け取る。何も分からないままに。
今目の前には、真剣さを称えた瞳で自分を見つめる、乙女がいる。
大切な相棒。暖かくて優しくて、だいすきな人。
そんなこの人が今、ぼくの眼を見ている――――
何も言わず、何も語らず。
万感の想いを込め――――――ぼくに狩猟笛を、握らせた。
「――――」
「――――」
二人は見つめ合う。
まるで二人の周りだけ、時が止まってしまったかのように。
やがて男の子は、小さく頷く。 ありったけの親愛を込めた瞳で。
大事な狩猟笛を、しっかりと胸に抱いて――――
…………………………
「―――――プリシラ、行こう」
乙女が目線を切り、プリシラに向かい直る。
そしてそのまま歩き出し、あっという間に集会所の出口をくぐって行った。
「ちょっ、おっ! ……あっ!!」
取り残され、アタフタしながら乙女を追いかけるプリシラ。
やがて少し遅れてお付きの者達も走り出し、この場には、いつもの集会所の面々しか居なくなる。
ここまでが、約5秒ほど。
一瞬のうちに、この集会所での騒動の全てが終わる。
そして唐突に、この場に平穏が戻った。
「……………」
「……………お」
「………あっ、え」
ただただ皆、その場に立ち尽くす他ない。
全ての者たちの心を、置き去りにして。
……………………
………………………………………………
…………………………………………………………………………………………
「はぁい坊や♪ ご機嫌いかがかしら?」
あの騒動の日から2日後。
加工屋帰りだった男の子のもとに、あのG級ハンター、プリシラが現れた。
「……なんてね。こんなのはただの挨拶。
ご機嫌でたまるか、って話ですわよね」
肩をすくませ、プリシラは苦笑する。
その様子はあの時に見た高圧的な物ではなく、どこか男の子の事を、気遣っているように思えた。
「探していましたの、貴方を。
もうこの街に来るつもりは無かったんですけれど……。
恥をしのんで、というヤツですわ」
そう言って、プリシラはベンチの方を指さす。
キョトンとした男の子を置いたまま、自分だけさっさとベンチに向かう。
その無視して帰れないタイプの雰囲気に、男の子も少し遅れて追従する。
いつもの事だが、この子は大変に付き合いの良い子なのだ。
「先日は、大変失礼致しました。
詮無き事とはいえ、貴方の事情も知らず、配慮が足りませんでしたわ……」
そう言って、頭を下げる彼女。
男の子はその姿を、黙って見つめている。
「あの加工屋のオヤジに聞いたのだけれど、
貴方ソフィーに“プリティ“と呼ばれているそうですわね?
わたくしの名は“プリシラ”。……ふふっ、少し似ていますわね♪」
プリシラは笑う。
しかしその笑顔は、どこか力の無い……悲しそうな微笑みに見えた。
「わたくしは、ソフィーとまともに話した事はありませんわ。
愛称で呼び合うなど、とてもとても。
だからね? 少し……ほんのちょびっとですけれど、羨ましく思うんですの」
「というのもね? わたくし昔は“ガンランサー“でしたのよ。
今はランスなど握っておりますけれど」
男の子の目が開く。続きを促すような事はせずとも、話を聞きたがっている様子が見て取れた。
「ガンスは…………キッツイですわ。
取り回しもさることながら、握るには信念が必要な武器です。
例えば、この世界全てを、敵にまわすような……。
自分ひとりきりで、この世界を生き抜くような……。
そんなが覚悟がいる武器、なのかもしれません。
わたくしにはその覚悟が、無かった」
「――――折れましたわ。心が。
彼女と違い、早々に担ぐのを止めました。
わたくしには、この気持ちひとつで世界と戦う覚悟は、持てなかった……。
今は手慰みのように、ランスを握っておりますの。
まぁなんだかんだと、楽しくやれていますけれど」
「……だから、かもしれませんわ。
わたくしがソフィーを、眩しく思うのは。
別に言ったりしませんし、話す事も無ければ、会う事すら稀ですわ。
それでもわたくしには……彼女が眩しく見える。
その身ひとつ、銃槍ひとつで世界と向き合う、ソフィーが」
プリシラが空を見上げる。
この場ではない、どこか遠くの空を見るようにして。
「それを羨ましいとは、ぜんぜん思いませんわ。
あんな生き方……たとえ生まれ変わってもしたくありませんわよ? わたくし。
ただでさえあの子、貧乏農村に生まれ、その上、村を追い出されてますのよ!?
そこからガンス一本担いで、11の時から集会所巡りでしょう!?
とてもじゃありませんが、生きてける自信が無いですわ……」
「ゴミを見る目で見られるのも! クズ扱いされるのもゴメンですっ!
あんな生き方が出来るのは、きっとソフィーくらいですわ!!
ガンランスが好きで好きでたまらない……。
そんなソフィーだったからこそ、出来た生き方なのでしょう――――」
プリシラがベンチから立ち上がる。
そして自身のポーチから、小さな機械のような物と、一枚の便せんを取り出した。
「帰ります。少しおしゃべりが過ぎましたわ。
この機械はわたくしからの餞別。
便せんは…………読めば分かりますわ」
…………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
【プリティ、“ガンランスを教えて“、と言っていたな。
その約束をいま、果たしてこようと思う。】
【危機に対して立ちはだかり、絶望を穿つ。
この大きな盾と銃槍は、きっとその為に作られたんだ。
私はつまらない女だけれど……、ガンランスの事ならば、教えてあげられる。】
【君がいいんだ。
君にガンランスの事を知ってて貰えたら、私はそれでいい。】
【他の誰にでもなく、だいすきな君に。
それだけで私は、戦えると思う――――――】
………………………………………………
古い塔の上。
空はドス黒い雲に覆われ、辺り一面に赤い瘴気が立ち込める。
そこに今、祖龍ミラボレアスが鎮座し、一人の人間と向かい合っていた。
ミラボレアスはゆっくりと立ち上がり、その魔眼で人間の姿を見つめる。
対して人間は棒立ちのまま。武器を構える事も無く、ただ祖龍の方へと歩み寄り、その顔を見上げた。
「待っていたんだろう……、私を」
ミラボレアスは、静かに人間を見つめる。
乙女も静かな表情で、目の前の龍を見つめている。
「ずっと何百年、何千年もの間……、
自分を倒せる誰かを待っていたんだろう……? お前は」
何気なく、ほんとうに何気なく歩み寄り、乙女がその手で龍の身体に触れた。
慈しむようにして、そっと龍の鱗を撫でた。
「待っていたんだろう? “ガンランサー“を。
自分の所にやって来るのを……ずっと待ってたんだ」
ミラボレアスは、ただ見つめている。
決して動く事無く、まるで乙女の話に聞き入っているかのように。
「お前とこうして会う為に、ガンスを握ってきたのかもしれないって……、
そう思う」
「私は……寂しかった。 今までずっと寂しかったんだ。
……お前もそうなんだろうミラボレアス?
ずっとひとりで、寂しかったろう? …………待たせて、済まなかった」
やがて乙女は、名残惜しそうに、その手を降ろした。
龍に対して背中を向け、そして少し歩いた所で、ゆっくりと振り返る。
「さぁ戦おう、ミラボレアス。
私が、お前の待ち望んでいた相手だよ」
乙女が静かに、ガンランスを構えた。
「――――私がお前の、“天敵“だ」
轟く、ミラボレアスの咆哮。
天地を割るような轟音は、戦いの開始を告げる音。
震える程の、歓喜の声。
「 私が――――ガンランサーだッッ!!!! 」
……………………
………………………………………………
男の子が、ゆっくりと狩猟笛を構えた。
目を閉じ、腰を落とし、リズムに乗って身体を揺らしていく。
「――――――――――――♪♬♬――――♪♪♬♬――――♪♪♪」
響き渡る笛の音。
美しい旋律が、辺りを虹色に染める。
その中心で、男の子が舞う。
音を感じ、大切な誰かを想いながら、狩猟笛を奏でていく。
「――――――――――――♬♪♬――――♪♪♬♬――――♪♬♪♪」
目を閉じ、彼女を想う。
今もひとり遠くで戦う、だいすきな乙女の事を想う。
男の子の足元には、あの女性から貰った、機械。
ピカピカとランプが点滅し、その美しい音色を、乙女のもとへと届けた――――
……………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
――――――フルバースト。
装填された全ての砲弾が、一斉にミラの口内に放たれる。
「 オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ッッッッ!!!! 」
そして舞い上がる、凄まじい爆炎。
勢いよく吹き飛び、何度も地面でバウンドする乙女の身体。
そして城壁にぶつかり、ようやく制止した。
盾もガンランスもすでに手放し、倒れ伏したまま、乙女は動かない。
そんな瀕死の彼女を余所に。
ミラボレアスの身体が、ゆっくりと傾いていく――――
「…………………………ぷ、プリティ……」
天を仰ぎ、最後にどこか満足気な声を上げて、祖龍ミラボレアスが身体を横たえていく。
黒雲が晴れ、天から光が差し込み、古塔に居る二人の身体を照らした。
「……お前も、聴いたか? ……あの笛の音色を」
暫くし、ゆっくりと乙女が身体を起こしていく。
左腕はへし折れ、身体中が血に染む。それでも必死に足を引きずりながら、祖龍のもとへと歩いて行った。
「あれは私の相棒……。プリティの物だ」
やがて乙女は祖龍のもとへとたどり着き、その首もとを優しく撫でた。
そして己の身体を預け、寄り添うようにして、ミラボレアスを抱きしめる。
「楽しかったんだ……、プリティと出会えて。
プリティといられて、……私は幸せだった」
「最後の力は……、あの子に貰った。
あの子に出会わなければ、きっと勝てなかった。
……それが……お前と私の差だったのかもしれない……」
優しく抱きしめ、頬を合わせて頬ずりする。
まるで動物の親子がするような、そんな原始的な慈しみ方。
「プリティはな? 凄いんだぞ?
あんなに小さいのに、もう狩猟笛の達人なんだ。
あの子の笛は、心に届く……。 暖かい気持ちになったろう?」
「それとな? プリティは、とっても可愛いんだ。
この前だって、私が街頭に立っていた時な?
寒さで凍えていた私を、夜なのに迎えに来てくれたんだよ。
それとな……?」
絶え間なく続く、大切な男の子の話。
しかしその幸せな時間にも、やがて終わりが訪れる。
乙女の声から、次第に力が無くなっていく。
身体を支えている事が、ミラを撫でてやる事が、出来なくなっていく。
「なぁ……、今度生まれ変わったら……、パーティを組もう」
「そうだなぁ……、お前は頑強な鱗と、強力な火砲。そして鋭い爪を持つ。
……なんかガンランサーみたいなヤツだから、
お前はガンランスを握ると良いぞ?」
乙女の瞼が、ゆっくりと閉じていく。
その口元に、心からの幸せな笑みを浮かべて。
「そして私も、またガンランスだ……。
そこにプリティを入れての、三人パーティだぞ?
あの子ならきっと、お前も受け入れてもらえる――――――」
最後の力で、ミラの頬を撫でた。
乙女の身体がゆっくりとずれていき、ドサリと音を立て、地面に倒れていった。
……………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
集会所は、今日も賑やかな声で溢れている。
「――――お前、笛使いか?」
そんな中、男の子は白い髪の女の子と出会った。
席に着き、何気なくこの光景を眺めていた所、唐突にこの子が声を掛けてきたのだ。
「ここにソロの笛使いがいる、と聞いた。
お前がそうか? 少年」
男の子は口をポカンと開け、その女の子を見つめ返す。
いや、幼女だ。女の子というより、この子は紛れも無い幼女だった。
大人びた口調で「少年」と言っているものの、その年齢は明らかに男の子とどっこいどっこいなのだ。
「……えっと、そうだよ? きっとぼくの事だとおもう」
「ならば話は早い。 貴様、時間はあるな?」
許可も取らず、「えいやっ」とばかりに椅子によじ登る幼女。そして男の子の隣の席に着く。
「貴様の事が知りたい。
なんでも構わん。 さぁ、何か話せ」
唐突に意味の分からない発言をする幼女。しかも唐突なばかりか、どことなく俺様的な雰囲気すら醸し出している。唯我独尊だ。
「えっと……ぼくのことがいい? それとも狩猟笛のことの方がいいかな?」
「どちらも聞こう。だがまず貴様自身の事からだ。
何を見、何を食い、何をして生きてきた? さぁ話すがいい」
本当ならばここで「ギャー!」とか言って逃げ去ってしまっても良いのだが……、しかし男の子は大変に付き合いの良い子である。
このくらいの事、へのかっぱなのだ。
「それでね? HR1のときの緊急クエストでね?」
「その猿は、そこまで強かったか?
不甲斐ない相棒を持ち、貴様も苦労をしたのだな……」
独特の雰囲気を持つ幼女に対し、ニコニコと笑顔で語り続ける男の子。
口調こそは大人びた物だが、女の子はエピソードを聞く度に「おー」だの「ほぉー」だのと様々な顔をし、その純粋さ無邪気さはまごう事無い子供特有の物。
真剣に聞き入る女の子の様子に、男の子の話も熱の籠った物になっていく。
男の子がこんなにも元気に誰かと話すのは、あの時以来。
きっともう、1か月ぶりくらいの事かもしれなかった――――
あれからも男の子は、この集会所でハンター家業を続けている。
あの騒動があってからというもの、集会所の雰囲気は変わった。
そして今はギルド本部の指導のもと、従業員やハンター達に対する新しい規則やルールが出来始めた。
残念ながら大勢のハンター達が、あの日以来この集会所から姿を消していった。
罰則を受けた者や、自信を喪失し集会所へ来なくなった者など、その理由は様々だ。
しかし今日も集会所は活気で溢れ、また以前のような姿を取り戻しつつある。
そして今も完全とは言えないものの、少しずつではあるが、狩場の状況は改善しつつあった。
誰もが共に戦う仲間を気遣い、思いやり、そして気持ちよく狩りが出来る。そんな日が来ると良いなと男の子は思う。
乙女がひとり旅立っていったあの日から、男の子はソロでの活動を続けている。
あれからも声を掛けてくれるハンター達はいるが、その誘いは全て、丁重にお断りしている。
「今はやれる所まで、ひとりでやってみたい」と言ってお引き取り願っているものの、その理由は半分本当、そして半分は間違いだ。
――――男の子は今日も、ここで彼女を待っている。
いつも一緒にゴハンを食べ、共に笑い合っていた、この席に座って。
乙女が出発して一週間ほどたった時、彼女が乗って行った飛行船が、ミラボレアスの手によって撃墜されていたという事を聞いた。
それが“行き“なのか“帰り“なのかは分からない。ただ乗っていた乗員の生存は絶望視。
危険な場所である事もあり、救助の目処は一向に立っていない状況だ。
しかし、その後また一週間ほどがたった時、突然“祖龍ミラボレアスが討伐された“という情報が飛び込んで来た。
討伐をしたのは、ギルド屈指の精鋭ハンター達であったという。
男の子は見てなどいないが、とても派手な凱旋パレードも行っていたそうな。
『残念ながら現地はとても危険な環境にあり、倒した祖龍の死骸や素材を持ち帰る事は出来なかった』そうだが、ミラボレアスは倒され、もうこの国に脅威をもたらす事は無い。
尊い平和は守られたのだ、そうギルドは国民に宣言した――――
「――――ほほう、やはりその相棒は、
貴様にとって苦労の種だったのではないか?」
ウムウムと頷き、腕を組んでいる女の子。
「不憫だったな、笛使い。
頭を撫でたり、泣き止ませたり、立場が逆になっているではないか」
そう言われると反論は致しかねるのだけれど……それでも楽しい思い出が沢山あったのだと、男の子は語る。
その顔は、心からの笑顔。心底嬉しそうに乙女との思い出を聞かせる。
「……ふむ。 そうか、貴様がそう言うのならば、致し方ない。
では
我ら二人揃えば、その情けないらしき大事な相棒とやらも、
少しは制御が出来よう」
「えっ」
突然の“決定“に、思わず声を漏らす男の子。
白髪の幼女は、今も満足そうにウムウムと頷いている。
「ちょ……ちょっとまって!
あのね? ぼく今はソロでやっているのっ。
それにね? そのガンスのおねぇさんはね……?」
「ん、ガンサーの事か? ふむ、ならば暫しここで待て。
我は今でも多少飛べるゆえ、ついヤツを置いて先に来てしまったが……、
そろそろこの場に、辿り着く頃合いぞ?」
「え」
その言葉と同時に、集会所の扉が開く。
「ほれ、やって来おったわあの腐れガンサーめが。
では主との打ち合わせ通り、我は暫しのあいだ黙っておるゆえな。
後は好きに話すが良いぞ、“笛使いのプリティ”よ――――――」
………………………
………………………………………………
あの日、安らかな表情で力尽き、ミラボレアスの傍らで倒れたガンランサー。
その身体を突如、白い光が包み込む。
それと同時に龍の身体が眩しい光を放ち、次第にその形を、小さな小さな人型へと変えていった。
やがて眩しい光が止み、辺りに静寂が戻った時……そこにあったのは地面に横たわり、小さく胸元を上下させている乙女の姿。
そして彼女の傍らに立ち、その様子をジッと見つめる、一人の女の子の姿であった。
『大事は無いな? ガンランサー。
いや、我が主よ』
乙女の目が、ゆっくりと開く。
そして未だ状況をつかめないまま、眼前の白髪の少女をぼんやりと見つめる。
『パーティを組む、……先ほどそう言ったな?』
深く息を吸い、ため息にして吐き出す女の子。
そして静かに目を開き、まっすぐに己の主を見つめた。
『待てぬよ、生まれ変わりなど……。
我は今すぐ、その男の子に会いたい――――――』
………………………………………………
「あのっ……、私とパーティを、組んで……下さい」
一人の女性が、男の子に声を掛けた。
「えへへ。今度会ったら、私から言おうと心に決めていたんだ。
しっかりと練習もしてきた。完璧だ。
聞いてくれるか? プリティ」
その女性は、キラキラと輝くブロンドの髪。
白いドレス、静かな優しい声。
そして背中には“ガンランス”を背負っている。
「ガンランスを使います。でもちゃんと、気をつけて撃ちます。
私といっしょに、狩りに行きませんか?」
―――Fin―――