数の暴力で神殺し   作:十六夜やと

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 今回は原作主人公視点の、今作主人公の評価回。
 あんまりお気に入り登録増えないなー。エタりてぇ。


彼の魔王は

「なぁ、万理谷。日本にいるもう一人の魔王って……どんな人なんだ?」

 

 私立城楠学院の屋上。

 日本に生まれし()()()()()()()()()()──草薙護堂の言葉に、一緒に朝食を取ろうとしていた少女──万理谷祐里は訝しげな表情を表に出す。

 それは、彼の横にいた金髪の少女──エリカ・ブランデッリも同じだった。

 

「……護堂、急にどうしたのかしら? まさか、『自分の国に同格の魔王は二人も要らない!』って、喧嘩を売りに行くつもり?」

 

「そんなこと誰がするか! いや、サルバトーレ・ドニの野郎のことは(嫌というほど)知ってるのに、その人のことは何も知らないからさ。いつか会った時の為に、色々と知っておきたいんだ」

 

 そういうことでしたら……と、彼の唐突な要求に、祐里は応える。

 護堂はサルバトーレ・ドニの一件から、どうあがいてもまつろわぬ神や同胞の神殺しの縁からは逃れられないと学んだ。ましてや同じ国に住むのだから。

 

「エリカも何か知ってることがあるんなら教えてくれ」

 

「それは別に構わないのだけど……」

 

 せっかくの楽しい昼食なのに、話題にするのは自分ではなく、他の魔王の素性。表面上は絶対に顔には出さないが、エリカは胸の内に少なからず不満を募らせる。

 しかし、理性では「彼のことは知っておくべきだ」と囁いている。

 本心を胸に仕舞ったエリカは、自分が知っている限りの情報を護堂に伝えた。

 

「私も何度か会ったことがあるけど、護堂とは似ているようで全く違うベクトルのカンピオーネね。名前は櫻木桜華。鹿児島を本拠地として、九州圏内を中心に活動する、○○大学の大学二年生。二年前に豊穣を司る女神・フレイヤを弑逆し、神殺しになったと言われている方よ」

 

「……なったと言われてる?」

 

 エリカの説明に違和感を覚える護堂。

 その違和感を払拭したのは、日本の媛巫女だった。

 

「櫻木さんの権能に関しましては、近代に生まれた神殺しなんですが、謎に包まれている部分が非常に多いんです。二年前に侯爵と対峙する際に最初に使用した権能が、豊穣の女神の権能だったため、現在ではそれが彼の第一権能として認識されてるんですが……」

 

「そうなのか……でも、俺達の権能は『賢人議会』ってところが管理してるんだろ? その人たちですら分からないのか?」

 

「旧世代のカンピオーネの権能は未知の部分が多いし、アストラル界で神殺しを成したサルバトーレ卿の例があるから、賢人議会も全てを把握しているとは限らないわ。サルバトーレ卿は幸いにも……幸いにも? 権能を知る機会があったのだけれど、彼は巧妙に隠しているせいで、旧世代のカンピオーネ並に得体の知れない人物とされてるのよ」

 

 サルバトーレ・ドニのように考えなしのカンピオーネだったら、賢人議会も苦労することはなかっただろう。しかし、七人目のカンピオーネは『権能の情報』という分野では、頑ななまでに明かそうとしない御仁だった。

 その実情の全てを把握しているのは欧州の魔王のみ。

 ましてや、賢人議会に残っている記録の中で、彼がまつろわぬ神と戦闘した記録は()()()()()しかない。

 

 その情報の秘匿の徹底ぶりに、さすがの護堂も引きつった笑みを浮かべる。

 何をそんなに隠そうとするのだ。

 

「私の推測では、櫻木桜華の所有する権能は、護堂のそれに近いもの。つまり、発動条件が厄介かつ複雑であり、対策を講じることのできる類の権能ね」

 

「確かにウルスラグナの権能は、良く言えば何でもできるけど、面倒な制約が多いもんなぁ」

 

 護堂は感慨深く納得し、そしてふと気づく。

 あれ? もしかして俺の権能って、賢人議会に知られてるってことは、対策も密かに講じられているのでは? だから七人目の先輩は隠し通しているのでは?

 八人目の魔王は己の権能事情を危惧する。

 

「現段階で確認されている彼の権能は二つ。さっき言ったフレイヤの『黄昏の主(load of Valkyrie)』と、時間の神クロノスから簒奪した『時間神殿(Chronus)』。数百の戦乙女(Valkyrie)を配下とする能力と、物質や空間の時間を止める能力よ」

 

「なんか数百とか景気良過ぎないか? まぁ、時間を操るって権能は厄介だって俺でもわかるけど」

 

「『黄昏の主』も十分厄介よ。かつて英雄が死者になった際に、フレイヤの元へ運んだワルキューレは、賢人議会の報告書だと『神祖以上、まつろわぬ神未満』と記されているわ。私ですら多対一だと逃げの一手しか取れない相手が、数百単位で殺しに来るのよ? 貴方の戦ったサルバトーレ卿とはわけが違うの」

 

 もちろん護堂の危惧通り、クロノスの権能も侮れないとエリカは語る。

 ある程度呪術や魔術の心得を持つ者ならば、時間停止から逃れることはできる。しかし、一般人は『物質』と認定され、建造物と同じように内外の時間が止まる。やろうと思えばエリカですら時間停止の対象にすることも可能らしいが、膨大な魔力を消費すると本人は語った。

 ある一定の範囲内で空間の時間を止める権能は、他の権能から止めた物の干渉すらも拒むと言われている。この権能の最大の特徴は、時間や場所などに干渉したり、それを条件に発動する魔術や権能の使用が一切できない点にある。草薙護堂の権能に当てはめると、空気に干渉する『強風』や、大地の魔力を吸い上げる『雄牛』などが対象になるだろう。

 

 護堂にとって『強風』や『雄牛』は、なくてはならない手札。

 最年少のカンピオーネは思わず背筋が凍った。

 

「ですが、櫻木さんの二番目の権能は、他の権能から干渉されない特性のため、周囲に甚大な被害を及ぼさない傾向にあります。……草薙さんのように、公園を抉ったり道路を融解したりする心配がないということです」

 

「うっ……それは反論要素が一切思いつかないんだが。そっか、その櫻木桜華って人は割と平和主義で、ドニの野郎みたいに馬鹿な事を平気でするカンピオーネじゃないんだな? 俺とも気が合いそうだ」

 

「……貴方と気が合うかは別として、彼もそれなりに甚大な被害を出しているのよ?」

 

「「……え?」」

 

 媛巫女のどこか責めるような視線が痛い護堂だったが、エリカの発言に二人は疑問符を重ねた。

 

「公式で記録されている、彼の魔王が戦った地を調べた結果、『時間神殿』で停止した場所や建造物の時間が、彼が止めた時間だけ他とずれていることが分かったらしいの。要するに、経年劣化がそこだけ少なかったってこと」

 

「……それって、人や物を長期間そのままにしておける、と?」

 

「えぇ。二、三時間だったら問題はないわ。でも、一年や二年も時間を止められるならば──」

 

 まだ破壊されるほうがマシではないか?

 エリカの口には出さなかった部分を想像して、祐里は衝撃の事実に青ざめた。

 正史編纂委員会や四家などは、櫻木桜華に害となる神獣の討伐依頼を任せていた。もちろん、被害が出ないように『時間神殿』を使ってもらって、だ。しかし、自分達が魔王に強要していたことは、時間を歪めることと同義であったことに、生真面目な祐里は己の見通しの甘さを悔いる。

 

 これでは、自分達は草薙護堂の環境破壊を責める資格はない。

 『時間神殿』のデメリットを公開していない櫻木桜華や、ついコロッセオを倒壊させた草薙護堂と違い、彼の権能の使用に一切かかわってない彼女を責めるものは誰一人としていないのだが、内心のことだけにツッコむ者はいなかった。

 

「肝心の護堂が一番気にしていること──彼の性格は、温厚で社交的、少なくとも出会った瞬間に刃を向けてくるような、非常識な方ではないことは確かよ。私も一年前位にお会いしたけど、良くも悪くも普通の日本人らしい性格だったわ」

 

 聡明な彼女も、さすがに出会い頭の挨拶が「どうも、日本で魔王を務めている櫻木桜華という者です。以後お見知り置きを。あ、これ名刺です」と、日本のサラリーマンさながらの対応をされるとは思わなかった。

 魔王は共通して非常識な存在だが、彼は『魔王として』非常識な存在だった。

 彼女としては強固なパイプが出来たので、それがマイナスだとは全然思わないが。彼女の仕事用のスマホには、魔王と交換した電話番号が登録されている。

 

「祐里もそんな感じじゃない?」

 

「……櫻木さんは、悪い人ではないのは確かですね。他の魔王の方々とは違って、決して自分の立場を利用して、悪行を強いる人ではありませんし」

 

「……含みのある言い方だな」

 

 祐里が目を逸らしながら言葉を濁す。

 それはエリカも同じだった。

 

 カンピオーネとは常識の範囲外に生きる化物。

 草薙護堂のように口では平和主義を掲げていたとしても、櫻木桜華のように初対面の相手にも礼節を重んじる性格だったとしても、彼等は確かに神を弑逆した戦士なのだ。

 正の面が目立つ七人目のカンピオーネの、全世界の魔術師を悩ませる面を語る。

 

「彼が所有する『黄昏の主』は、護堂が持つウルスラグナの権能と比較して、複数の効力がある権能ではないわ。けれども、多様性がないからといって、融通が利かないわけじゃない。数百の戦乙女を従える彼の魔王は、私たちの間で『司令官』や『不敗の奇術師』、『詐欺師』と称される」

 

「今まで私達は、悪鬼羅刹の魔王の共通点として、『まつろわぬ神と一対一で戦う存在』と考えていました。数多の権能を持つウォバン侯爵も、自信を強化することで敵を屠ることが多かったと言われています。まつろわぬ神には生半可な攻撃は通用しないんです」

 

「その常識を覆し、数の暴力で神殺しを成す魔王。それが櫻木桜華よ」

 

 彼の戦法は単純で怪奇とされる。

 まつろわぬ神に会っても即時撤退。後日、自分に有利な戦場を『時間神殿』で固定し、『黄昏の主』で戦乙女による軍事行動。

 簡単に説明すれば誰でも考えるような、魔王らしからぬ戦い方だろう。しかし、意思を持つ戦乙女を支配する魔王が、全世界の魔術師から畏怖と畏敬を抱かせる理由は、数百の手駒を使った奇策を用いるゲリラ戦だった。

 

「彼曰く、『神であろうと、神殺しであろうと、自我を持つ時点で大して変わらない。彼等だって大きな過ちを犯すし、罠にだってハマる時はハマる』と」

 

「確かに、まつろわぬ神も人を舐めた態度を取ることがあるよなー。ウルスラグナもアテナも、最初から全力を出す奴って見たことないぞ。……あぁ、そこを突いて戦ってる人なのか」

 

 というか、魔王という生き物は、勝つためならば手段を選ばない生き物だ。

 なんだ、自分だけが勝利に貪欲じゃなかったのか。護堂は内心で胸をなでおろすが、その考え方に行きつく時点で厄災の同類だと気づかない。

 

「自分の土俵内で、相手の弱点を突いて戦う──その点では、護堂も似たようなものね。貴方の言霊の剣も、まつろわぬ神の過去を抉るようなものだし」

 

「………」

 

「あ、あの。その話は止めよう。エリカ、な?」

 

 おそらく祐里は『戦士』を使うときの、エリカとの()()を思いだしたのだろう。

 隣に座る媛巫女の顔が険しくなったのを察知して、不敗の軍神を討った神殺しは慌てる。魔王にもどうにもならないことはある。

 

「問題は、櫻木桜華という魔王は、『過ちを犯す』を故意に起こし、無理矢理弱点を引き出す点。そのせいで、アメリカの守護者や、イギリスの黒王子が『二度と殺し合いたくない』と酷評してるわ」

 

「もしかしてドニも? それ難しくないか?」

 

 言霊の剣を使った時、アテナは確かに激高したが、すぐに落ち着きを取り戻した。ましてやドニだって、適当でアホで考えなしのカンピオーネだが、こと決闘になると冴えるタイプの化物だ。

 そんな連中を故意に事故らせる?

 どうやったらそんな芸当が出来るんだ?

 

 実は祐里もその点には疑問を持っていた。

 資料では『温厚で友好的だが、こと戦闘という分野に切り替わると、カンピオーネの中で一番人が悪くなる』と書いていたが、彼女は櫻木桜華がまつろわぬ神や他の神殺しと直に殺し合う場面に遭遇したことがない。

 ただ『魔王は理不尽』という常識を信じていたので、彼女は「なぜ不敗の魔王が悪く言われるのか」を知りたいと思った。もしかしたら草薙護堂のように、頑張って平和主義を掲げていたが、まつろわぬ神のせいで不可能だケースなのではないか?と疑う。

 

 結果としては「議論の余地もなく、彼の魔王はマジで人が悪かった」なのだが。

 

「まず戦う相手の情報を集める。集めに集めて集めて、そこから分析して使えるものは戦術に組み込む。その徹底具合は、私の叔父ですら顔をしかめたレベルよ」

 

「例えば?」

 

「神話におけるトラウマを再現して、わざと理性を失わせる。逆に再現することで、同じ轍を踏まないように思考誘導させ、別の罠に引っ掛ける。戦乙女による絶え間ないhit and away(ヒットアンドアウェイ)で思考を掻き乱す。籠城戦を仕掛けて痺れを切らせる。相手の手札を無駄に切らせ、徐々に選択肢を無くしていく」

 

「「………」」

 

「特にアレクサンドル・ガスコインとの戦闘……通称『魔の一週間』は酷かったわよ。黒王子の罠をわざと踏み抜いて自分の罠に引きずり込んだり、彼が時間をかけて構築した舞台を逆に利用したり、舞台そのものを変えたり、撤退戦で黒王子に重傷を負わせたり。彼の情報を全て洗いざらい分析し、彼の特徴や戦闘スタイルを逆手に取った戦術は、彼を曲がりなりにもカンピオーネだと世界に宣伝した戦いね」

 

「「………」」

 

 先輩であるはずの腹黒男に、同じ土俵で新たなトラウマを植え付けるレベルに暴れる。ましてやこれが、プリンセス・アリスとの「アレクが勝手に私の寝室に上がってくるの。何とかならないかしら?」「任せてー」という軽い会話から生まれた惨劇なだけに、噂に拍車をかけて『カンピオーネ一人が悪い』の評価を裏付ける材料となった。

 そのような背景があり、櫻木桜華の権能は賢人議会が詳しく調べられていない要因にもなっている。誰が好き好んでトラウマ製造機に聞き出す?

 

「だから、彼の愛読する小説の名将の異名を冠して『不敗の奇術師』。まつろわぬ神やカンピオーネとの全戦闘において、一度として決定的な敗北をしなかった戦術の天才。特に『撤退するときの櫻木桜華を追撃するべからず』と最古の魔王に言わしめた王よ」

 

「……なんか……こう、敵対したくないって言う理由が分かったよ」

 

「護堂も彼と戦うときは十分に準備するのよ? 既に西日本の王は、護堂の情報を掻き集めて、権能の対策を講じているだろうけど。応援はしてるわ」

 

「誰がそんなことするかっ!」

 

 他の魔王に浮気した小さな仕返しとして、エリカは護堂を煽るのだった。

 

 

 

 




次回、ドニと通話。時間系列的に二巻途中。

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