プロローグ~謎の手紙~
警視庁
人材の墓場と呼ばれるその部署にはとある変わり者の刑事が在籍する。
彼は組織に属しながらも組織人らしくない言動や振る舞いから同僚、幹部問わず煙たがられている人物として有名だ。
しかしながら、他者を凌駕する圧倒的な推理力で数々の難事件を解決へと導き、一目置かれるところもある。
そんな彼を一部の関係者たちは『和製シャーロック・ホームズ』と例える。
今日も右京は特命係の仕事部屋で優雅に紅茶でも飲みながら新聞を読んでいるのだろう、と現在の部下である
「おはようございます。ってアレ?」
時刻は朝八時半。いつも通りのギリギリ出勤。上司は結構、時間にうるさく、遅れると小言を言ってくるので、早歩きで仕事場へと駆け込んだ。
だが、肝心の上司の姿が見えない。出勤ボートを確認しても出勤している様子はない。
「遅刻かな~?」
珍しそうに首を傾げた亘は、自分の席に着く。
そこへ別の部署からやって来た男が彼に声をかけた。
「杉下なら出かけたよ」
「マジですか!?」
男は
角田は特命係の部屋に置かれるコーヒーメーカーを起動。コーヒーを愛用のマグカップに注ぎ、亘へと近づく。
「右京さんはどこに行ったんですか?」
体ごと振り向いた亘が上司の居場所を尋ねた途端、相手は改まったような態度を取った。
「聞いて驚け――長野県だぞ」
「長野県!? 何でまたそんなところに!?」
その問いの返しにと、暇課長は目を細め、両手を奇妙な形に折り畳む。
「なんでも、幽霊が出る場所があるんだとよ」
「えっ、また幽霊絡みですか」
幽霊のポーズに息を呑む亘。面白がった角田は幽霊役を解除し、両人差し指をピンと立てたまま、左右の即頭部へ添えた。
「それだけじゃない、妖怪まで出るそうだ」
「なんですか、そのオカルト全開の場所は!? 大体、幽霊なんているわけないじゃないですか」
「俺もそう思う。だが、杉下は何かを感じ取ったみたいに『これは行かねばなりませんねえ』って言って出て行ったんだよ」
「怖! てか、職務ほったらかしで行くとかありないでしょ普通!」
「俺だってね、同じことを言ったよ。そしたら手紙を見せられて『これも立派な職務です。ここに書いてあることが事実ならば非常に興味深い。足を運ぶ価値があります』って突っぱねられたんだよ」
「手紙……。その手紙の内容は?」
「なんか、女の字で書かれた手紙だったな……。パッと見じゃ読めなかったが」
「幽霊に女の字――うぅ、寒気が……」
以前、幽霊を目撃してすっかりオカルト嫌いになってしまった現相棒に幽霊、妖怪、女の字の古典的怪談要素の三連撃を受け止める気力はない。
「どうだ? 詳しい行先は本人から聞いてるけど――」
「いや、結構です! 右京さんが帰ってくるまで待ちます!」
もう無理だ。一刻も早くこんな不気味な話は忘れたい。お土産話で十分だ。心の中でそう言い切った彼は上司の後を追うのを躊躇ってここに残ることを選ぶ。
その後、角田や遊びにきた元特命係の青木と一緒に雑談を楽しむ亘なのであった。
☆
「のどかな村ですねえ~」
昼下がりの午後。杉下右京は長野県のとある村を訪れていた。
都会的要素がほとんどなく、美しい緑と青い空に囲まれたノスタルジックな村だった。右京は目に入るものを隅々までチェックする。
時折、近隣住民に声をかけられ、軽く挨拶しながら目的の場所まで歩く。
しばらくすると鳥居が視界に入った。
「あそこが手紙が落ちていた神社でしょうか」
右京の眼前には古びた神社がひっそりと佇んでいた。周囲を囲むスギの木がより神秘性を醸し出す。
鳥居をくぐった右京は境内をグルグルと散策し始める。特に変わったものはなく、よくある田舎の神社だった。
足を止めた右京は懐にしまっていた差出人不明の手紙を取り出す。
「一体、誰が書いた手紙なんでしょうかねえ」
手紙を読み返すとそこには、このように書かれてあった。
『私は今、無数の幽霊に取り囲まれている。そして、その後方からは見たこともない化け物たちが押し寄せてくる。この化け物は間違いなく妖怪だろう。伝説の秘境、〈
文章はそこで途切れていた。右京は手紙をそっと元の場所に戻す。
はるばる都会から旅行目的でこの村を訪れ、この神社を通りかかった女性が偶然発見した差出人不明の手紙。そこに書かれていた謎の文章。
村の駐在に届けようにも不在かつ、帰りのバスが迫っていたため、仕方なく持ち帰ってしまい、改めて中身を読むとオカルトめいた内容が書かれてあったのだ。
不気味に思った女性が警視庁に相談するも悪戯だと笑われて取り合って貰えなかった。それを偶然にも右京が聞きつけて手紙を預かり
澄み渡る青空を仰ぎながら彼は宣言する。
「見つけてみせようじゃありませんか――この手紙を書いた人物と幽霊や妖怪が存在する伝説の秘境たる幻想郷を」
これは和製シャーロック・ホームズと称される杉下右京が幻想入りし、様々な人物と出会い、事件を解決し、お屋敷に呼ばれ、幽霊を見るために努力し、怪しまれながらも真実を追求していく物語である。