稗田邸に暴徒が侵入してから約三十分が経過した。
三十人以上の暴徒が尊の持ち物検査を受けた上で庭に拘束。謀反は鎮圧された。
大広間に集まった尊、霊夢、魔理沙、慧音がため息を吐きながら外の暴徒たちを眺めている。
踏み荒らされた庭と床や大広間の変わり果てた姿を嘆くも、阿求は気持ちを切り替え、活躍してくれた面子へ礼を言う。
「皆さん、ご苦労さまでした」
だが、尊は稗田家後方で何かがこちらへ駆けてくる音に気がつく。
「なんか音がしません? あっちのほうから」
彼が指さす。その方向は、
「あっちは火口家があるほう……。まさか、この暴徒たちの狙いは――」
全てを察した阿求が連中の狙いを言いかける中、火縄銃や日本刀で武装した男たちが稗田邸に押し入る。
その数、優に二十はくだらない。
「いくら武装したからって――」
霊夢はお祓い棒を、慧音は拳を構え前に立ちふさがり、魔理沙が阿求をいつでも逃がせるように庇い、尊が魔理沙の隣で壁になるように警護する。
一触即発の状況。そこに一足遅れて秘密結社の田端が現れた。
直後、田端は阿求へ向かって勝ち誇ったように言ってみせる。
「火口家は投降しました。お分かりになるかと思いますが」
「そのようですね」
「あぁ、ちなみに風下家もここにはきませんよ? 我々の仲間が屋敷を占拠していますので」
「(相手の武装のから火口家が陥落したというのは理解できたけど、まさか風下家まで占領されているなんて)」
額に汗をかきながら気丈に振る舞うも内心、申し訳ない気持ちで一杯だった。
ここで動揺する訳にはいかない。阿求は覚悟を持って田端と向き合う。
「武力で稗田家を打倒する。それがあなた方の目的ですか?」
「それは違う、あなたが我々の言葉を暴力で排除しようとしたから戦わざるを得なくなった。これは仕方のない行為だったのです」
「私たちは何もしていません!」
「まだお認めにならない!? 奥村を撃ち殺し、人々の中に爆弾を投げ込んだと」
「ですから、稗田家は何も関与しておりません!」
「お知り合いの妖怪にでも依頼したのでしょう? 本当に卑怯な方だ。うんざりしますね」
肩を竦める田端。
慧音は彼の態度にひどく腹を立てた。
「お前たち、もうこんなことはよせ! 稗田家で暴れても無意味だ!」
「かもしれません。しかしながら我々はこの里に妖怪と妖怪側の連中がいること自体、耐えられないのですよ!」
「なんだと……」と魔理沙。
「我々は里からほとんど出られない。そりゃあ催しなど特別な行事の日には一部区間に限り妖怪は襲ってこない。それでも行ける範囲はごくわずか。一般人は里の中で活動するしかない。それなのに妖怪たちは我が物顔で里を跋扈、楽しそうに遊んでいる。人間はそれを眺めているだけ。不公平ではありませんか? この状況に納得できる人間なんてそうそういませんよ。妖怪狩りを生業としていたご先祖様を持つのであればなおのこと。だから奥村は立ち上がった。平等な世界――もっといえば〝里人の自由〟を取り戻すためにね」
「「「「「里人の自由!?」」」」」
「そうです! 里人の里人による里人のための政治。これが我々の理想だ。妖怪に支配されない――対等な関係を目指す。そう、我々は一勢力として
「独立……ってアンタたち、それは幻想郷のあり方に反するわ!」と霊夢が吠える。
「幻想郷がどうであれ関係ない。これ以上、妖怪側の思い通りにはならない。もちろん、表の世界に行く気はありませんよ? 空気の淀んだ機械文明なんてゴメンだ」
「……それがどんな意味を持つのか、わかっているのですか?」と阿求が問う。
「ええ、存じておりますよ。妖怪との対立は回避できないと。だとしても、我々は上の下もない平等な世界を作りたい。
慧音は叫ぶ。
「そんなもの、許せるか!! 妖怪と人間のあり方を変えるなど!」
霊夢は怒る。
「幻想郷のルールに反する。認めるわけにはいかないわ!」
阿求は反論する。
「妖怪と人間は互いを必要とする関係にあります。そのバランスを乱そうとするなら、それは幻想郷への反逆行為に他ならない。断じて認めるわけにはいきません!」
互いの言い分は真っ向から対立した。
「なら仕方ありませんね――」
田端が部下に目配せする。
すると後方から聞き覚えのある鈴の音が鳴り、市松模様の服を着た少女が口と両手をタオルで縛られている状態で田端の隣へ連れてこられた。
阿求と霊夢は目を見張りながら叫んだ。
「小鈴!!(小鈴ちゃん!!)」
小鈴は口を押さえるタオルを外そうともがくが、すぐにナイフを喉元に突きつけられ、恐怖で動けなくなる。
田端は卑しく嗤った。
「彼女だけじゃありませんよ? 他にもあちらこちらに我々の息のかかった者たちが潜んでいる。この意味、わかりますよね?」
「人質ということですか」と阿求。
「まぁ、そう言って貰っても差し支えないかと」
「アンタら!!」と霊夢が動こうとするが、寸でのところで魔理沙が押さえる。
「いいんですか? 彼女がどうなっても。それに外来人だって無事では済みませんよ? ほら写真です」
田端の部下はスマホで隠し撮りした裕美と淳也の写真を見せた。
尊が「クソ、もっと注意を払っていればっ」と嘆いた。
愉快そうに田端は続ける。
「そういえば……寺子屋さんの生徒のお宅、それに雑貨屋さんの近くにも仲間たちが向かった気がするなー」
「な――雑貨屋だとっ……」
魔理沙の顔から血の気が引いていく。
「あ、魔法使いさんのご実家でしたっけ? それはそれは奇遇ですねー」
田端はわざとらしく振る舞いながらも下衆びた笑みを浮かべた。
瞬間、魔理沙は平静さを失った。
「てんめええええええ!! ふざけんじゃねえぞおおおおおお!!」
大声を上げながら今にも飛びかかりそうになる。
「アンタ、やめなさい!!」
今度は霊夢が魔理沙をなだめるように制止させる。
慧音もまた「私の生徒も人質に取っているのか!!」と怒りを顕わにするも田端はなんの悪びれる様子もない。
「あなた方、妖怪側が我々をここまで追いつめた!! 奥村との話し合いを拒否し、殺した!! だからこんな手段に打って出るしかなかった!!」
「嘘を吐かないで!! どうせ最初からこうするつもりだったんでしょ!!」
悔しさのあまり阿求は叫んだ。
その言葉に触発された田端が激昂する。
「嘘を吐いているのはお前ら妖怪側だ!! お前らは奥村を殺した――殺したんだよ!!」
感情高ぶる田端は部下に火縄銃を構えさせ、小鈴の頭に突きつけさせた。
「俺たちの目的は里の独立。そのためには里の中から妖怪勢力を排除せねばならない――はぁ……はぁ……、速やかに里を出て行くのなら手荒い真似は致しません。ついでにこの娘も解放しましょう。悪い話ではないと思うのですが?」と田端は敬語に戻しながら提案する。
「そんな交渉――」
阿求は奥歯を噛み締めた。
「では交渉決裂でよろしいか? 我々に何かあれば仲間たちが一斉に行動する手筈となっている。いくらあなた方でも全てを護ることは不可能。それなりに死人は出るしょうね」
「卑怯、すぎる……」と霊夢は絞り出すように言った。
「そうでもしなければ里を妖怪から取り戻せませんから。どうします? 稗田阿求さん? お友だち、見捨てますか?」
「うーーー、うーーー!」
「小鈴……」
銃を突きつけられて涙目になる小鈴を阿求は苦しそうに眺めている。
今、動けば霊夢や魔理沙なら小鈴を救出しつつ、正面の敵を制圧できるだろう。しかし、それをやってしまえば他の里人が犠牲となる。結社メンバーの顔を見れば彼らが本気であることは理解できる。必ず実行するだろう。
数分の間、無言の時間が続いた。
痺れを切らした田端は「時間稼ぎは通用しませんよ?」と部下に引き金を引かせるべく、合図を出そうとした。その瞬間――。
「わかりました。条件通り……我々は里を出て行きます」
阿求が折れた。
続けて「皆、それでいいわよね?」と他のメンバーに確認を取る。
皆、諦めたように無言で頷いた。
「ありがとうございます」
田端はお礼を言ってから小鈴から銃を離した。
銃口が外されたことを確認した阿求は、
「ただし、表の方を含む里人には決して危害を加えないでください。それが条件です」
「我々は必要のない暴力を好みません、ご安心を。ただし――里の中に妖怪が紛れ込んでいたら排除します。それは構いませんよね? 妖怪に里の独立を邪魔されたくないのでね」
「わかりました……。ですがくれぐれも――くれぐれも、人々に手を出さないように願います」
「わかっています」
こうして稗田側は実質敗北した。
阿求たち一行はすぐさま、結社メンバーに見送られる形で解放された小鈴と共に里を追い出される。
その姿を後方から満足げに眺めている田端へメンバーが質問する。
「解放してよかったのか?」
「ヤツらを人質に取ったら仲のよい妖怪たちがムキになって里を攻撃してくるかもしれん。今はこちらが話し合う姿勢を持っていると思わせるほうが大事だ」と田端は回答する。
「でも交渉材料に使ったほうがよかったんじゃ……」
「妖怪を本気にさせたら終わりだ。かなりギリギリのところだろうがな。それに交渉材料なら腐るほどある」
「どこにだ?」
「ここさ」
里の中を指さしながら田端は語る。
「妖怪と人間のバランス。それを保つためにはこの里が必要不可欠――どこに俺たちの仲間が潜んでいるかわからない上、何かあれば多くの里人が殺されるかもしれないんだ。迂闊に手は出せまいよ。そこを利用して上手く話し合いに持ち込んでやるさ」
田端はどこか強がって見せ、その様子を建物の物陰からそっと様子を窺っていた〝聖なる狩人〟が、
――ここからが本当の勝負。
と言い残して姿を消した。