日が沈んで間もない時刻。
里の外では妖怪たちが里人がクーデターを起こしたと大騒ぎだった。
どの勢力もその話題を持ちきりで、怒る者、嘆く者、危機意識を持つ者、楽観視する者と反応は様々であった。
しかし、一旦落ちつけば、どのような対応すればよいのか。そう考えて妖怪たちは人間たちが初めて起こした過激な運動に頭を悩ませることになる。
近隣勢力同士が集まった臨時集会があちこちで開かれるも、攻撃的な勢力は「妖怪を派遣してクーデター側を潰す」と叫び、穏健な勢力は「それでは罪のない人間まで巻き込んでしまう」と反論した。「手加減すればよいのでは?」と言うも「妖怪は手加減しているつもりでも人間は弱いから死んでしまう。おまけに人質も大勢いる。彼らに何かあったらどうするつもりだ」。「ならばスペルカードで戦えばいい」と言うも「里人はスペルカードでは戦わない」と指摘される。
誰かが手を挙げて「自分たちが問題を解決する」と発言すれば「お前ら、これを機に里を取るつもりなんじゃないのか!?」と喧嘩になる始末だ。妖怪同士でも意見がまとまることはなかった。
☆
二十時。永琳たちへの事情説明を終えた一行は永遠亭の勢力を交えて今後の話し合いを行うも調整役の阿求が倒れてしまったせいで具体的な方針を練れずにいた。
夕飯に優曇華が作ったうどんをご馳走になり、マミや文は情報収集のため一旦、永遠亭を離れた。
霊夢や魔理沙は寝ている阿求たちの護衛を担当。慧音は仮眠を取っている。
その中で尊は一人、右京の病室を訪れ、寝巻姿でぐっすりと眠りに就く彼の姿を椅子に座って眺める。
「杉下さん。あなたが撃たれてから里は大変なことになりました」
独り言のように呟いた。
「薬莢と銃弾は発見されるも犯人へ繋がる決定的な証拠は見つからず、阿求さんたちやマミさん等の妖怪勢とも連携が取れず、秘密結社の演説中に狙撃事件が発生。リーダーの奥村が射殺。直後、煙玉と手投げ爆弾が投げ込まれ、妖怪の仕業だと大騒ぎになり、結社主導のデモが起こり、暴動に発展しました。稗田家が暴徒を鎮圧している最中、火口家は結社の別働隊によって壊滅。火龍会代表の火口は死亡し、彼らの所持する火縄銃や日本刀で武装した連中が稗田家に押し入る。
双方、言い合いになるも小鈴さんや大勢の里人を人質に取られてしまい最終的にぼくを含めた稗田一派は里外へ追放。博麗神社に向かう最中、稗田さんと小鈴さんが倒れ、永遠亭で療養することなり、今後の方針を話し合うも大してまとまらず、現在に至る。……酷い話ですよね」
現役警察官である自分がいながら事件を防げなかった。
尊は自信を喪失していた。
「自分がいかに恵まれた組織の一員であったかという事実に改めて気づかされました。組織から離れれば大したことはできない。何とか表のふたりだけでも救出したいところですが、それどころではない。どの勢力が人間との話し合いに応じるのか、どの勢力が救出作戦を実行するのか、それとも秘密結社を殲滅するのか。他の妖怪勢力も決めかねているようです。後手後手過ぎて笑っちゃいますよね。妖怪たちはこういう経験は初めてだそうです。真っ先に里を武力で制圧しようとしないだけマシと考えるべきなのかもしれませんけど。
あ、ちなみにぼくは人里解放部隊を結成するように打診しましたが、誰を選定するのかで荒れました。『妖怪勢力は相手を刺激するから使うべきではない』『里に近い人間だけで可能なのか』とかいろんな意見が出ましたけど、各妖怪勢力とコンタクトを取るのと有志を募って部隊を用意するのは決定しつつあるかなって感じです。後は稗田さん次第でしょうかね。まぁ、こんなところかな」
尊が言い終わると廊下がドタドタと騒がしくなる。
どうやら、事態を聞きつけたレミリア・スカーレットや西行寺幽々子が従者を引き連れてここ永遠亭を訪れたようだ。
それに伴い、会議が再開されようとしている。
「会議が再開されるようなのでぼくも行ってきます」
彼は椅子から立ち上がって右京の顔をみやり、
「早く起きてください。残念ながらここの住民はぼくの手にはおえない。それにもし交渉や突入の方向で固まれば
病室を去ったその足で広間へ戻る。
襖を開けるとレミリアと咲夜、幽々子と妖夢が座布団に座っていた。
彼女たちへの挨拶を済ませた尊も定位置につく。
そこから十五分ほど慧音が四人に事情を聞かせる。
皆、真剣な様子で話に耳を傾けており、彼女の説明が終わるとの同時にレミリアが口を開く。そこには確かな怒りが込められていた。
「大体の事情は把握した。稗田さんが気の毒だわ。それに人質にされた小鈴さんも……」
「そうよね。可哀想に……」幽々子も同じように同情を示し、妖夢は「ど、どうしたら……」と狼狽える。
「その……これからどうするのですか?」と咲夜が質問し、慧音が答える。
「各勢力の代表にコンタクトを取ってご意見を伺おうと思っている。それと同じく有志を募って里人救出部隊の結成も考えている」
返答を聞いたレミリアが訊ねた。
「各勢力にコンタクトを取る、ね。どいつもこいつも人間を下に見ているヤツばかりだから難しいと思うわよ。それに有志って言ったわね? それは人間だけ、それとも妖怪も含めて?」
「まだ決まっていない。里人を刺激するから妖怪を部隊に入れるのか否か。意見が分かれている」と慧音。
そこに魔理沙が続ける。
「結社ども、それに離反したかもしれん四家の荒くれどもは妖怪を極端に嫌ってやがる。迂闊に妖怪が里へ入れば何を仕出かすかわからん」
さらに霊夢が意見を述べる。
「私は可能な限り人間だけでやるべきだと思うわ。里のことを考えるとね」
「人間だけでやるってどうやるつもりなのよ。あまり言いたくないけどアンタらがしくじったせいでもあるのよ?」
レミリアの物言いに霊夢が苛立った。
「あのねぇ――こっちだってやれることをやったのよ!! いきなり民主主義とかスマホとかデモとか武器奪取されるとか、初めての経験だったのよ!?」
「それはわかるけど、私ら妖怪が今の言い分で納得できると思うのかい?」
睨みを利かせる吸血鬼に霊夢はたじろいだ。
「そ、それは……」
「私らだって幻想郷の住民。こんなときくらい協力させてくれてもいいじゃない」
「だからって……」と霊夢は言いよどむ。そこに幽々子が彼女の気持ちを代弁する。
「妖怪は里を取るべく勢力争いをしているからね。信用できないんでしょ?」
「言ってしまえばそうよ」霊夢は言った。
「この状況で陣取り合戦なんて言ってられるかい!? 陣地がなくなったら取り合いも何もないんだよ」
そのようにレミリアが言い放つも呆れ顔の魔理沙が「やっぱりお前も狙ってんのかよ……」と零す。
静かに耳を傾けていた尊が様子を窺いつつソロソロと手を挙げた。
「質問なんですけど、どうして妖怪の皆さんは里を欲しがるのですか?」
彼の質問にレミリアは「他の妖怪に舐められないためかしらね。といっても大っぴらに何か仕出かそうなんて思ってないわよ?」と回答した。
幽々子は「私は冥界の住民だから最近の里事情は詳しく知らないの」と語り、永琳は「私は医者で種族的には人間だから」と争いに参加していないと言う。
慧音は「力を誇示するためかと」と述べた。
「なるほど……」
一呼吸おいてから尊は、
「そういった妖怪の勢力が裏で暗躍し、妖怪たちが里の中を歩くようになり、知らず知らずの内に里の方々の不平不満が募った。その結果、今の過激な結社が生まれるきっかけとなった」
「里の人間は今の状況にストレスを感じているっていうの?」とレミリアが問う。
「ぼくはそう感じました。捜査の過程で知り合ったとある里の有識者も同じようなことを言ってましたから。他にも色々とお話を伺いましたが、その方も妖怪が勢力争いをしているのではないかと疑っていましたよ?」
「ふーん。誰なんだ、そんなこと言ったヤツは?」と魔理沙が何気なく訊ねるが彼は「守秘義務がある」と名前を明かさなかった。「少しくらいならいいだろ?」と彼女が粘るも「言えないね」と一蹴する。
その様子をレミリアは「表の警察官は口が堅いねぇ~」と笑い、永琳が「情報を扱う職業だから当然と言えば当然よね」と面白そうに言った。
愉快げなレミリアを見やる幽々子は「けど里の人間が妖怪の行動でストレスを感じているのなら、今回の騒動の原因は妖怪にもあるってことじゃない? もちろん、失態を犯した狸と天狗を除いてもね」と痛いところをつく。
「そういう見方も、できなくはない、かしら……」
少しだけ苦しげなレミリア。
「そうよそうよ!」
霊夢がここぞとばかりに強気に出るが「あなたたちの失態であることには変わりないのよ?」幽々子に指摘され再び意気消沈する。
「私らに責任を押しつける気かよ!?」
怒る魔理沙が食ってかかるも「だから皆で解決しようって言っているのよ」と幽々子に諭され、彼女は溜飲を下げる。
しばらくの間、議論が続けられ、慧音が阿求の代わりに各勢力との交渉を担当することになり、有志のほうは人間側の安全を考慮して
こうなった主な理由は『人間を知らないと手加減ができずに殺してしまう』『結社の連中は外部勢力(バルバトス)に利用もしくは洗脳されている可能性があるために極力、殺生は避けたい』などがある。
そこまでする必要があるのかとも思われるが、妖怪と人間の力の差は歴然であり、片手を振り回しただけで人間を殺してしまう妖怪はゴロゴロいるのだ。
妖怪が人間に気を使う。それすら気に入らんする妖怪も多い中、彼らに配慮しようとする永遠亭に集まった人外勢力は親人里派とも言い表せるだろう。
いつしか時刻は深夜零時を回る。
人間側の疲労が懸念されたため、一旦議論を打ち切られた。
解散が宣言されるのと同時に幽々子は尊の耳元で何気なく「杉下さんの調子は?」と訊ねた。
「ぐっすり寝てますよ」
「そう……。せっかく足を運んだのだから顔だけでも見ていきましょうか」
「なら私もそうさせて貰おうかしらね」
小耳に挟んだレミリアがそのように発言したことで彼の様子を気にかけていた他メンバーも病室についていくことになり、八畳程度の部屋に八人以上が押しかけるという珍事に発展する。
「狭いのだけど?」
幽々子が困った表情を浮かべる。
「アンタら邪魔よ」
レミリアが口角を吊り上げて不快感を表す。
「邪魔なのはアンタらの従者でしょ!?」
逆切れする霊夢。
「お嬢さまをひとりにはできません。目を離すと何をするか……」
心配する咲夜。
「咲夜……私は子供じゃないのよ?」
呆れるレミリア。
今度は妖夢が幽々子をみやり。
「幽々子さまも目を離すとすぐにはぐれてしまいますし」
「いつもはぐれるのはアナタでしょ、妖夢」
間髪入れずに言い返す幽々子。
「はいはい。そういうのはいいから。とっとと済ませて頂戴よ。何時だと思っているの」
めんどくさそうな主治医の永琳。
「一番、幅を取ってんのは誰だよ!?」
半ギレの魔理沙へ「デカイ白黒帽子抱えてるアンタでしょ!」とレミリアがつっこむ。
つき添いの尊が「あの真面目にやりません?」とさりげなく言うも一切、まとまろうとしない幻想郷の住民たち。その様子を慧音や輝夜、優曇華が白けた顔つきと共に部屋の外から眺めている。
室内は賑やかかつ美女と美少女ぞろいで華やか。スッチーなんて目じゃない。
警察学校の米沢守なら泣いて喜ぶシチュエーション。それでも杉下右京は目を覚まさない。
気になった幽々子が主治医を見た。
「経過は良好なのよね?」
「ええ。感染症も見られない。後は意識が目覚めさえすれば、すぐにでも退院もできるわよ」
「動ける?」
「傷口が開くから激しい運動は無理だけど、日常生活くらいなら何とかなるわ。痛み止めもご要望とあればより効き目のあるものを出せる」
「さすがね。これならいざというとき、頼りにできるわね」
「病み上がりですぐに働かせる気なの!?」
どういう神経しているんだ、と言わんばかりで永琳は幽々子の顔を凝視した。
「相手が表の利器や思想を使った搦め手でくるならこちらも搦め手に対抗できないと。やりなれてそうな人材が必要だわ。ね、神戸さん?」
「ハハ、おっしゃるとおり――このひと、そういうのは得意中の得意です」
愉快げに尊が答える。同時に魔理沙と霊夢がため息を吐いて、
「幻想郷にもそういうヤツはいるんだがな」
「あの胡散臭いヤツね! こういう時にどこほっつき歩いてんのよ!」
「あの胡散臭いヤツ……?」
尊は疑問符を浮かべた。
幽々子がふふっと笑いながらその人物の名前を言う。
「八雲紫。幻想郷の賢者のひとり。通称、スキマ妖怪または――」
「「胡散臭いヤツ」」
「なるほど……。あの方か」
口元に手を当てながら尊は幻想郷縁起の内容を脳裏に思い浮かべる。絶対的な能力の持ち主かつ人間への有効度は限りなく低い。まるで性質の悪いヤクザのような女。
彼女の話題になった途端、永琳は険しい顔つきになった。
「まさか、彼女に交渉や突入作戦を任せるつもり!? ダメ! それだけは絶対にダメよ!」
「私も同意見よ。紫は意外と大雑把だから神経を使う作戦の指揮なんて任せたら必ず犠牲を出すわね」と親友のである幽々子も頷いた。
ふたりは紫が引き起こした
片や味方、片や敵として。だからこそ彼女には頼らないほうがいいとまで思っているのだ。
「だったら杉下さんのほうがいいでしょ?」
「そりゃあ、かなり優秀だとは思うが……。いくらおじさんでも
魔理沙が何となく発した言葉だったが尊は無言で視線を右京のほうへと向けた。
彼の仕草が気になった幽々子が元部下に問う。
「実際のところはどうなの?」
「……」
「どうして黙っているんだ?」
魔理沙は首を傾げた。
「いや、そのさ……。言って、いいのかなって」
尊は思い詰めたように右京の顔を凝視していた。
周囲の者たちも次第に
それもそのはず。この話は杉下右京本人が思い出すことさえも忌み嫌う暗い過去だからだ。
彼自体一度、仲のよい監察官から聞いただけの話であるために本当に正しいかどうかも定かではない。
話すべきか話さないべきか――迷っていた。しかし、表の世界の人間が苦しんでいるかもしれない、そんな状況で失敗するわけにはいかない。
確実に成功させるためには右京をこの作戦の中心に置く必要がある。悩んだ末、尊は口を開く決意を固めた。