「これはぼくも上司から聞いた話なんだけどさ。実は特命係の前身となった組織――正しくは〈緊急対策特命係〉は
瞬間、周囲にどよめきが走った。
「マジかよ! じゃあ今回の件に打ってつけじゃねえか!」
わたりに船とはこのことだ。魔理沙が浮かれるも、特命係が窓際部署だと理解しているレミリアや幽々子はその後の展開を先読んで暗い表情を浮かべる。
「確かにな。これ以上ない配役だよ。でもな……」
言葉を濁す尊。察するレミリアが静かに問いかける。
「あまり、よい結果じゃなかったのね」
「そんなところです」
「失敗したの?」と幽々子は訊ねた。
「人質と隊員、それにテロリスト側を含め多くの死傷者を出してしまったんです。今の日本においてこれは失敗なんてレベルじゃない。最悪の結果だと言えます。そのことが原因で杉下さんは全責任を負わせられる形で島流しに遭い、現在の特命係が誕生したんです。
誰もが言葉を失った。優秀な杉下右京にまさかここまでの汚点があったとは思わなかったのである。おまけにこれから任せようと思っている仕事内容でこのやらかしを知ってしまえば、気が引けてしまうのも無理はない。
空気が重くなる中、尊ははっきり言った。
「ですが、ぼくは杉下さんが悪かったとは思ってません」
「どうして?」と永琳が訊く。
「途中までは非常によい流れだったんです。杉下さんは巧みな話術と粘り強さで人質を減らすことに成功していた。後少し。一日でも時間があれば人質全員を無傷で解放できたんじゃないかって思うんですよね」
「じゃあ、どうしてそんな結果に?」
「ちょうど同盟国であるアメリカの大使来日と被ってしまい、政治を優先する上司、後に官房長になる小野田って人なんですけど、そのひとに交渉の途中で強行突入を命令されたんです。もちろん杉下さんは最後まで反対したんです。政治よりも人命だと。ですが、小野田官房長はそれを聞き入れず、杉下さんを強引に解任――隊員を突入させた。つまり、最悪の結果を引き起こしたのは官房長本人なんです。
杉下さんはその責任を押しつけられて未来を絶たれた。ちなみに嫌がる杉下さんを強引に参謀へ抜擢したのは官房長本人です。ざっくりですが、これが杉下さんと特命係誕生の真実です」
尊が静かに語り終えると別の意味で空気が重くなる。
やらかしたのは右京ではなく上司の小野田であり、その尻拭いのために犠牲となった。
酷すぎる。この場にいる全員の意見が一致する。
「ひでぇ話だな……。聞いちまって悪かったな」
魔理沙は足元に視線を落とし、
「言葉が見つからない」
霊夢が深くため息を吐き、
「まともな上司じゃないわね」
レミリアは呆れ果て、
「そんな人に仕えたくないわ……」
咲夜が零し、
「どうしてそんな酷いことを……」
妖夢は悲しみ、
「人命より政治を優先する、か」
永琳は昔を思い出し、
「なんだか月の連中みたいね」
輝夜はかつての故郷を思い浮かべ
「理不尽だ……」
優曇華は嘆き、
「身勝手すぎる!」
慧音は怒り、最後に幽々子が、
「ろくな死に方しないわね。その小野田とか言う人間」と締めくくった。
最後のコメントに尊は思わず苦笑する。
「西行寺さんの言う通り、小野田官房長はろくな死に方をしなかった」
「どんな最期だったの?」レミリアが興味を示す。
「最期は自身が責任を負わせて懲戒処分を下した身内の警察官に腹を刺されて亡くなりました。しかもぼくたちの目の前で。死の間際、官房長は自身の傷口を押さえる杉下さんに向かって『殺されるならお前にだと思っていた』と言い残し、笑ってこの世を去った。特命係ができた後もこのふたりは何だかんだで仲よかったんですよ。持ちつ持たれつの関係だった。ぼくは今でもふたりの関係が理解できませんけどね。きっと腐れ縁だったんでしょう。――あ、こんなところでよろしいですか? これ以上、この話題を出すと杉下さんに怒られそうなので」
しんみりする心を隠すべく尊は冗談を語った。
皆、無言で聴き入っていたので反応が遅れて頷く。説明を終えた尊は「ひとの話なのになんか疲れたな」と漏らした。
そのときだった――。
――勝手にひとの話をしておいて随分な言いぐさですねえ~。
聞き覚えのある声が室内に響き渡り、皆と一斉に同じ方向を見た。
視界の先には目を開ける紳士の姿あった。
「「「「「杉下さん!!!!」」」」」
「ふふっ、どうも」
右京が目を覚ましたのである。
まさかの展開に尊の目が泳ぎに泳ぐ。
「ちょ――い、いつから……お、お、起きていたんですかぁ!?」
右京の黒歴史を本人が聞いている前で堂々と語ってしまった。
慌てふためく尊を当の本人は滑稽そうに、
「んふふ、君が僕の過去を語り始めた辺りでしょうか。驚きましたよー、君があの話を知っていたなんて。大河内さんから聞きましたか?」
「アハハ、まぁ、そんなところです。ハハ……。その……お、怒ってます?」
「そのくらいで怒ったりはしませんよ。ただ背中が……むず痒くなりましたがねえ~。物凄く」
顔は笑っているが目の奥までは笑っていない。元部下は口を開けて仰け反った。
面白そうに魔理沙が口笛を吹く。
「わからなくないなー。人前で他人に秘密を暴露されたんだからなぁ~」
「アンタが訊いたから仕方なく答えたんでしょ……」と霊夢は呆れた。
右京は室内一杯に集まる人物を確認して、撃たれた自分がどうなったのかを察した。
「どうやら僕は永遠亭に運ばれたようですね。ということは、治療なさってくれたのは八意永琳先生でしょうか?」と手前側にいる永琳に向かって訊ねる。
「はい、そうです。体調は如何?」
「まだ身体にだるさと傷口に多少の痛みが残りますが、それ以外、特に問題はありません。すぐにでも退院できそうです。ご噂通りの腕前ですねえ。感謝申し上げます」
「医者として当然のことをしたまでですよ」と永琳は笑顔で言った。
「ご無事で何より」
レミリアが発言すると周りも同じように反応した。
その中で魔理沙が「それでさ、このにーさんの言ったことは本当なのか?」とついで感覚で質問した。
右京は一言「大体そんなところです」と回答し、皆が彼に同情の視線を送った。
間をおいてから幽々子が訊く。
「小野田さんだっけ。その人のこと、恨んでないの?」
「恨んでいない、と言えば嘘になりますね。当時は憤ったものですから」
「自分の将来を潰した男だからなぁ。腹立たしいよな……」
という魔理沙の発言に右京は首を横に振った。
「そうではなく、政治を優先させて人質の方はもちろん隊員の方々、そして犯人たちが流さなくてもよい血を流して亡くなった……。僕はそれが許せなかったんです」
真に無念である。右京はそう言いたげな目をしていた。再び、重い空気が病室を包み込んだ。
「かと言って、官房長だけが悪い訳ではありません。交渉に時間をかけてしまった僕の落ち度でもあります」
「おじさんさぁ。ちと真面目過ぎないか?」
「人の命を預かるとはそういうことなのですよ、魔理沙さん。だから、僕の責任であることに変わりはない。生涯、忘れてはならない」
「「「「……」」」」
真面目過ぎる狂人、杉下右京。部屋の内外問わず、話を聞かされた者たちは考えさせられたように黙った。
右京はふいに目覚めてから気になっていた疑問を口にする。
「ところで、神戸君が皆さんのいる前で僕の秘密を喋るということは、僕が眠っている間に何か大変なことでも起きましたか?」
「はい。実は――」
彼の問いに尊は彼が眠ってから起きるまでの全ての出来事を説明した。
右京は深いため息を吐きながら「そうでしたか……。僕にも何かできることはありますか?」と力になれないかと申し出だ。
そこで幽々子がストレートに言った。
「アナタに交渉および突入部隊の指揮を取って貰いたいの」
「僕に……ですか?」戸惑う右京。
「里人がいつまでも安全とは限らないし、妖怪も独断で行動する可能性が高くて、衝突すれば人間だけじゃなく幻想郷も危険に晒されるかもしれない。お願いできないかしら?」
そこに霊夢が口を挟む。
「でも、里には里の事情があるわ……」
しかし、幽々子は、
「この人結構、幻想郷の
「そうですねえ」
「「「「はぁ!?」」」」
更なる衝撃が周囲に走る。動揺しすぎた霊夢は開いた口が塞がらないばかりかバランスを崩して転倒しそうになり、魔理沙にキャッチされる。
「その上で協力してくれるのよね?」
「もちろんです。言いたいことは山ほどありますが、今はそんなことで言い争っている場合ではない。いかに大義あれど、暴力と血を伴った革命など僕は到底認められません。現に大勢の里人が苦しんでいるはずです。彼らに犠牲を強いるなど、絶対にあってはならない。一刻も早い解決が望まれる。むろん、この世界の問題点について騒動が収まった後、改めて言及させて頂きます」
「だそうよ? 皆、どうする?」
しばしの沈黙が続く。
冥界勢力の長、西行寺幽々子と議論できるほどの情報を持っているという事実に驚きを隠せない。
だが、じれったいと思ったのか魔理沙が手を挙げる。
「いいんじゃねぇか? 私らは交渉や大規模な解放作戦とかやったことないから、本職のアドバイスが必要だろう?」
彼女の発言を皮きりにレミリアも手を挙げた。
「同意するわ。相手はそれなりに頭を使って作戦を計画、実行してる。こちらも専門家が必要よ。だったらこのひとが適任でしょ?」
続いて永琳が言う。
「私もいいと思うわ」
力ある者たちが賛成したことで妖夢、咲夜、優曇華、輝夜が続々と賛成を表明する。
残りは霊夢と慧音になった。
ふたりは阿求次第だと言って手を挙げるのを拒むも、本心では折れているように見えた。
そこに話を聞いていた阿求本人が廊下の奥からズルズルと壁に手を突いて病室へ歩いてくる。
物音に反応した慧音が阿求の存在を確認し、手を貸そうとするが本人を半ば無視するように身体を引きずりながら病室へと入る。
「話はある程度、聞かせて頂きました」
そう言って阿求は皆を押し退けて右京の元までたどり着く。
「どの辺りまででしょうか?」
「特命係誕生のお話から今までです」
「つまり僕の経歴をご理解している」
「はい」
一呼吸おいてから彼女は言った。
「こちらの事情を察した上で協力して頂けるのですね?」
「はい。今は議論するつもりはありません。事件が解決して一段落するまでは」
「どうしてそこまで……。表の方がいらっしゃるからですか?」
「それもありますが、同じくらい、恐怖と隣り合わせになっている里の方々を放ってはおけない。そう思ったんですよ」
「……わかりました」
目を閉じ、決意を固めた阿求がついに――。
「杉下さん。里を救うため、我々に協力して頂けませんか?」
「よろこんで」
こうして幻想郷にて参謀杉下右京が復活する。